愛されててよかったねエリちゃん。
「だ、だってあの子ブタたち、トップアイドルたる私に対しての礼儀を弁えてないのよ!?」
「貴女がトップアイドルであるかはともかくとして、貴女は衛士であり彼らの敵です。その関係から、強気な対応は当然と思いますが」
暫く静観していたが、エリザベートが何を言ってもヴァイオレットは一切気にしていない。
どころか、寧ろ冷たくあしらっているようにも見える。
それはどう良く解釈しても「トップアイドル」と「マネージャー」の会話には聞こえず、どちらかと言えば問題児と堅い教師というところだろうか。
「なによ! マネージャーも子ブタたちの味方なの!?」
「いえ、私はBBの側近でありエリザベート、貴女のマネージャーとマスターを兼ねています。言うまでもなく、貴女の味方ですが」
「だったら私を擁護くらいしてよ!」
「アイドルにあるまじき発言ですね。もう既に擁護不可能な域にまで自爆していますよ」
エリザベートの必死の懇願を、表情を変えずにヴァイオレットが一蹴する。
そんなループを多分、既に五回くらいは繰り返している。
「第一、貴女は文句を言えるほどの戦績でもないでしょう」
「う、うるさいわね。アレは私が悪いんじゃないわ! マスターの問題なのよ!」
『は?』
『……魔力供給は問題なかった筈ですが』
妙に威圧めいた凛の声と、少し思考の時間を要してのラニの指摘。
正反対な両者の圧力にエリザベートが「うぐ……」と口を閉ざし、その瞬間にメルトが吹き出したのは言うまでもない。
「ええ。一層二層の頃の貴女も、潤沢な魔力提供がありました。出力は勿論、術式の腕も問題ないでしょう。それでも、マスターに問題があると?」
そしてとどめにヴァイオレットから客観的な評価を下され、エリザベートの主張は根拠無しとされた。
「やっぱり私の味方じゃないんじゃないの!」
「いえ、私はエリザベート、貴女のマネージャーとマスターを兼ねています。言うまでもなく、貴女の味方ですが」
「さっき聞いたわよそれ! だから、私の味方なら擁護くらい――」
どうやら、次のループが始まったようだ。
一体あと何十分、生徒会約二名をも巻き込んだこの漫才は終わるのだろうか。
そろそろ本題に入りたい。
『……ここまで彼女は残念でしたでしょうか、ミス遠坂』
『……なんで私に聞くのよ。まぁ、あれがエリザベートの素なんじゃないの?』
『まぁ、お二人はともかくとして、このままでは埒が開きませんね』
その通りだ。正直、この漫才をこれ以上聞いているのは精神的にも辛いものがある。
「はーい。お喋りが長い子には、BBちゃんから正義の鉄槌~!」
そんな、多分生徒会大半の意思を察してか、その空気を吹き飛ばす存在が姿を現した。
ひっそりとエリザベートの背後に出現し、教鞭を振るったBB。
すると一瞬空が光り――雷がエリザベートに向かって落ちた。
「きゃああぁあああ!?」
脳天から強い衝撃を受けたエリザベートはオーバーにリアクションをしながら崩れ落ちていく。
やはり、彼女はアイドルというよりは芸人ではないだろうか。
「な、何すんのよBB! 私何もしてないわよ!?」
「はい。だから天罰です♪ ちゃーんと、衛士としての仕事をしてくださいね」
立ち上がりながら文句を言うエリザベートに、BBは教鞭で手を叩きながら忠告する。
「あ、そうそう。
『――ええ。三人とも、此方に味方してくれるとの事です』
「別に構いませんよ。今回は、許可を出しに来ただけですから」
「え……?」
許可を出しに……?
BBは、三人の謀反を許すというのか?
「無理して取り返すほど必要な駒でもありませんし、そっちについても良い未来なんて待ってません。後悔と絶望を得と味わってくださいと、私自ら告げに来てあげたんです」
『BB……先に裏切ったのは貴様だろう。散々に吾々のマスターを人質に出しておきながら、既に殺していたなどと!』
通信で聞こえてくるアタランテの声には、明らかに怒気が含まれている。
恐らくはジャックもセイバーも同意だ。
散々に利用していた三人の怒りを、BBは平然と受けている。
「生かしておくメリットがない以上仕方ないんですよ。ほら、私AIですし、無駄な事は好まないと言いますか」
『っ――ふざけるなBB!』
「ふざけてませんよ。月のAIが敗退したマスターを見つけた。聖杯戦争のルールに則って削除するのは当然の帰結です」
AIとしての役割を考えれば、その判断は間違っていない。
だが、それで納得できる筈がない。
「ムーンセルに設定された役割なんですから、その辺り無理矢理でも納得してほしいものです。さて、時間も惜しいですし、失礼しますね」
『待てっ!』
「待ちません。じゃ、エリちゃん、しっかりSGは守ってくださいね。ヴァイオレット、エリちゃんがやり過ぎないよう、お願いします」
そう言って、BBは転移する。
『くっ……』
『一旦抑えてください、アーチャー。今は迷宮の攻略が最優先です』
やりきれないといった様子のアタランテをレオが抑える。
そうだ。今はBBに対して何も出来ない。
まずはBBに追いつかなければならないのだ。
その為にも、エリザベートのSGを取得しなければ。
「ふん。秘密なんて、私一人で守れるわよ。さあ、オープニングトークはここまで。復活ライブに震えなさい!」
得意げに宣戦布告をしながらエリザベートは転移する。
「……では、私もこれで」
ヴァイオレットもそれに続く。
かたちはどうあれBBが微妙な空気を打破してくれたことで、ようやく話が進んだ。
多分この階の奥へと去ったのだろう。
『エネミー反応多数。これは……先のアルターエゴによるものか』
『はい。ヴァイオレットが改造したエネミーが迷宮内に出現したようです』
それはつまり……普通のエネミーとは何かが違うのだろう。
そして、きっと意図がある。でなければわざわざ改造したエネミーを使う理由がない。
「行くしかないか……」
どんな意図があったにしろ、倒さなければならない事には変わりない。
「……」
「……? メルト?」
「――あぁ、ごめんなさいハク。行きましょう」
何か考え事をしていたようだが、多分聞いても答えてはくれないだろう。
だが、僕のために戦ってくれている以上、何も文句は言いようがない。
先行するメルトを追いつつ、正面にいるエネミーを倒すべく、術式を紡ぎ始めた。
何体かエネミーと戦ったが、今までの迷宮のエネミーと比べると随分と規則的な動きをしている。
そして、かなり耐久性に重きを置いている。
規則的な動きのおかげで倒すのに苦労はしないが、意図的にこの動きを設定したならば何故わざわざ耐久力を高くしたのだろう。
ともかく、これまでの迷宮攻略で術式の精度、威力も上がっている。
メルトに掛ける負担も少なめに出来ているようだ。
「ふっ……!」
「よし……」
三体連なった巨大なエネミーを倒しきり、先に進もうとすると、不意にメルトが立ち止まる。
「メルト、どうかした?」
「……ハク、そろそろ疲れてないかしら」
「え?」
魔力はまだ余裕があるし、体力も限界には程遠いが……
「別に、疲れてないけど」
「本当に? 無理をしなくていいのよ?」
どうしたのだろう。
今日のメルトは、妙に心配性というか……
「僕は大丈夫だよ。行こう」
「……そう」
良く分からないが、あまり乗り気でないように見える。
どうも釈然としない。
普通に戦っている以上、指摘するまでもないとは思うが……
『そろそろ疲労が見えると思いましたが、予想外でしたか』
「ヴァイオレット……?」
迷宮はまだ先があるが、突如通信が入る。
『戦闘能力確認のために多少耐久向きのエネミーを使ったのですが、どうやらまだ余力は残っていそうですね』
「ああ……この程度じゃ、止まらないよ」
『そうみたいですね。測定は終了です。後は迷宮の常設されたエネミーに任せましょう』
何やら、エリザベートの驚愕したような声が聞こえた。気のせいだろうか。
まぁ……それはともかく、どうやらこれまでのエネミーは此方の戦力を測定するためのものだったようだ。
迷宮内の気配がいくつか消える。残っているのは、元からこの階に設置されていたエネミーだけか。
「あと、どのくらいなんだ?」
『……現在およそ七割を踏破しています。あと三割、エネミーの数は多くありません』
随分と親切に、ヴァイオレットは答えてくれた。
後三割……ならば、休憩を挟む必要もないだろう。
このまま先に進んでしまおう。
そういえば、今までの迷宮に比べて、衛士との関わりが少ない気がする。
ヴァイオレットがいる以上簡単には行かないのは分かっていたが、一応聞いてみよう。
「ヴァイオレット、エリザベートはどうしたんだ?」
『おや。エリザベートと話したいですか?』
「話したいというか、会いたいんだけど……」
「っ」
まだSGの手掛かりすら掴めていない。
ある程度接触しなければ、その片鱗さえ見えてこないだろう。
だというのに、現状は彼女の漫才を見ただけであり、当然五停心観は反応していない。
『SGを守る以上会わせる訳にも行きませんが……エリザベート、何をしてるんですか?』
「……?」
『……理解不能です。ともかく、先に進めば、自然と私たちの逃げ場はなくなります。SGが知りたいならば、進むことです――あっ』
通信が切れる。エリザベートは何をしていたのだろうか。
それと、通信が切れる直前、ヴァイオレットが声を漏らしたような気がする。
「にしても……逃げ場がなくなる?」
『衛士は迷宮と繋がっている以上、フロアと切り離して完全に隠すことはできません。逃げる場所は自然と限られているのです』
ラニからの説明が入る。体験者は語る、というところか。
「そうか。なら、とりあえず進も――」
『待ってください! 紫藤さん、そこから十時の方向の石柱、見えますか?』
「え?」
桜に指示された方向を見る。
崩れた石柱の間――赤いフリルが覗いていた。
「どういう事……どういう事なの? どうしちゃってるの、私……さっきのは見間違いかと思って確認しにきたのに……なんだか、凄く……」
「……」
どうやら、エリザベートは此方の視線には気付いていないらしい。
掌で頬を包み、ふるふると髪を揺らしている。
「しかも、私に会いたいって……! 家畜のクセに、身の程も弁えずに……!」
「……」
「直球すぎ、熱烈すぎ、大胆すぎよ……そういうのはまず手紙を送って、お互いの予定を確認しあってから……」
「……」
「占いをしていい日取りを確かめてからさりげなく返事をしたためて、舞踏会で偶然出会ってOKを出すものじゃないの!?」
「……」
「って、何イメージしてるのよ私。それはない。ないの。私はアイドルよ。ブランド価値を守らなきゃ……」
「……」
さて、どうしたものか。
声を掛けていいのかどうかすら分からない。
メルトにちらりと目線を投げるが、何やら悍しい殺気をエリザベートに向けて放っている。さすがにその理由を聞く勇気はない。
仕方ない。迷っていても事は進まないだろうし、声を掛けてみよう。
そう思って一歩踏み出したとき。
「よし、決めたわ。私はアイドルであり、ここの衛士。会いたいといわれたからには、とっておきのステージで出迎えてやるわ!」
エリザベートは何やら決意をしたようにぐっと拳を握り締めた。
「セットは……あれにしましょう。だとしたら、ネイルの色は……ああ、今からで間に合うかしら!」
色々と独り言を呟きながら、エリザベートはまた転移していった。
「……」
『とりあえず……急に戦闘にはならなくてよかったわね』
『なんか……今回は結構簡単そうだね』
『ミス黄崎、SGに心当たりが?』
『ないって訳じゃないけど……まだ曖昧なんだよね。妄想癖? 思い込み? うーん……』
どうやら、白羽さんにはある程度予想がついているようだ。
やはり、その辺りは女子の方が掴みやすいのだろうか。
まだ僕はあまり分かっていない。この先にいるようだし、もう少し情報を集めなければ。
『私にはまったく分かりません。ミス遠坂やミス黄崎と、エリザベートの思考回路は似ているのでしょうか?』
『あんまり嬉しくないね、それ』
『だから……違うっての』
どうしてこうも、生徒会は緊張感がないのだろう。
女子マスター三人が、いつもの如く雑談を始めたことに若干呆れつつも、先に進む。
そういえば……先程からメルトがまったく喋らない。
しかも妙に殺気を振りまいている。感情がない筈のエネミーすら近寄ってこないレベルに。
メルトを怒らせる原因になったような出来事は……特にない筈だ。
何故だろう。エリザベートと仲が悪い様子だったし、そのせいだろうか。
そんな事を考えている間に、どうやらこの階の最奥部まで辿り着いたようだ。
エリちゃんはチョロインかわいい。
いじめられ属性かわいい。
メルトが不機嫌な理由はお察し。
だって、エリちゃんのSG知ってるんだもの。当然じゃない。
ハクを気遣ったのも、そこで一旦帰還すれば「体力ない」→「ダメダメ」というイメージをエリちゃんに植えつけられるためです。
でもそうするとSG出てこないですよね。だからハクにはスルーしてもらいました。
マジ鈍感ハクさまさまです。