……みたいなこと考えてて更新遅れたと思ってください。ビル大好きです。
十歩と行かない内に、今までの電流は攻撃ではなく警告だったことを知った。
胸に開いた穴が一際大きくなる。
左手から指が一本、消えてなくなる。
視界で自覚できる範囲の崩壊。これが、防衛本能の真髄か。
「まだ百メートルと歩いてないわよ。そのペースで行ったら間に合わないわね」
メルトの心象世界ゆえか。付いてきてる訳ではないがメルトの声は近くから聞こえてくる。
間に合わない、そんな気もする。
だが、そう思って止まっている時間はないのだ。
まだまだ先は長い。痛みで心が萎えてしまう前に、果てまで辿り着かなければ。
「……」
メルトは、僕を助けようとして表から裏側まで落ちてきてくれた。
その道がどれほどのものだったかは分からない。
だが、それをしてくれたメルトに対して、僕がここで諦めるわけにはいかないのだ。
一歩一歩を確かに感じて踏み締めていたが、不意に足首の感覚が無くなった。
「――」
足首の神経が消えたらしい。
それでも立っているというのは酷く不自然だ。
だが、幸いまだ“足を動かす”という機能は残っている。
歩くのは不可能ではない。ならば先に進む事は出来る。何の問題も無い。
膝を動かしても。足を前に出しても。地に付けるという感覚がなく、浮かんで移動しているような感覚だ。
もう、体のどれくらいが消えているのだろうか。
胸に開いた穴から広がる痛みに耐えるのに精一杯で、細かいことに考えが行っていない。
……好都合とも言えるだろうか。
余計なことに気が回らなければ歩くことに集中できる。
痛みに加え、体の消滅を気にしていては多分、碌に進むことも出来ないだろう。
だったら、逆にこの痛みには感謝するべきか。
本当は泣き叫びたいという気持ちで一杯だ。すぐにでもこの痛みを吐き出してしまいたい。
メルトに加虐体質という性質がなければ、躊躇いはなかった。
しかしその性質が、痛みを堪えさせている。
多分、痛みに屈してしまっては今頃はこんなところまで来れていないだろう。
そんな厄介さに、思わず笑ってしまった。
彼女はそんな当たり前の弱さを許容しない。今までメルトといて、そんな弱さだけはいつの間にか無くしてしまっていた。
「――」
もう、何歩歩いただろうか。
気付くと、前方に何かが見えてきた。
――レリーフだ。
メルトのレリーフ、あれが心の核。僕が目指すべき場所。
見えてきたという事は、もうすぐ着く筈だ。
と思った矢先、レリーフが見えなくなる。
というよりも、視界が全体的に暗くなった。明かりが半分ほど無くなってしまったような感じ。目の機能にまで崩壊が進んできているようだ。
手足が動かなくなるのはまだ良い。だが、明かりが無くなるのは死活問題だ。
何しろ、メルトが見えなくなる。目指すべきものが、近くにいてほしい人が見えなくなってしまう。
振り返ってみる。もう最初にいた場所は遥か遠くだ。
割合で考えてみれば――後三割くらいか。
歩む速度は少しずつ、遅くなっている。
だが、このくらいの距離であればギリギリ――頭が残るくらいのバランスで辿り着ける。
「良く耐えるわね。少し驚いたわ」
メルトは多分、最初の位置から動いていないのだろう。
だが自分の空間である以上、此方の位置は把握しているようだ。
そうだ。耐え切ってみせる。最後まで辿り着いてみせる。
メルトに支えられてばかりの僕だからこそ、意地を見せなければならない時もある。
だから、後もう少し。
感覚の殆どなくなったこの体に鞭を打って前に進み続ける。
「ッ――」
不意に、体が軽くなった。
胸に開いていた穴が更に広がったのだろうか。
いや……どうやら、腹部が丸々消し飛んだらしい。
もう痛覚すらどこかに行ってしまったようだ。痛みを感じないからこそ不気味、骸骨の怪物になってしまったような感覚。
幸いかもしれない。
体が軽くなった。これで少しでも、歩みが早くなるといいのだが……
「変な人間。頭がおかしいんじゃないかしら。確証の無い、分の悪すぎる賭けに乗って、まだ足掻こうとする。貴方みたいなのが、人間にとっては普通なのかしら」
他の人というものを殆ど知らない僕には、その答えは出せない。
だが、絶望の中にいて、望んでいたものを再び掴めるという希望を見出せたのだとしたら。
絶望から抜け出そうと手を伸ばす人は決して少なくない筈だ。
何の取り得もない凡才でも、それくらいは出来る。
否、それしか出来ないから、僕はただそれだけに必死になっているんだ。
それしか出来ない――だったら、せめてそれだけは達成しなければならない。
もうすぐそこだ。今までの道程と比べれば、かなり短い。
「ッ!」
届く――そう確信した瞬間、体勢が崩れた。
膝から下が無くなった。
感覚が消え失せたのではなく、足そのものが消滅したのだ。
「終わったわね。お疲れ様。この上なく無様だったわ」
メルトの静かな終わりの宣告に、真の意味での敗北を予感する。
進む手段を失い、ここから戻ることも不可能。よって動くことの出来ないまま、ここで終了。
……いや、まだ終わった訳ではない。
暗闇の中で自分はどうやって進んでいた。
歩くことが出来なくとも、前に進む手段が失われてはいない。
這ってでも、いや、這うことしか出来ない。
手の先の感覚がないため、掛かる時間は今までよりも遥かに長い。
間に合うかどうかが不安になってきた。それでも、ここで止まるという選択は存在しない。
最悪、転がってでも進むことは出来る。
あと少しなのだ。あと少しで、メルトの記憶に手が届く。
「とことん恥の上塗りが好きなのね。被虐趣味? 全然見ていて気持ち良くないわ」
たとえメルトがそう言おうと、止まるつもりはない。
見ていて不愉快――それはすまない。もう暫くの間我慢していてくれ。
「……」
「――み、えた」
視界が暗くなって大分経った。
ようやく見えた。月の裏側まで付き従ってくれた相棒。凍結されたメルトの心が。
あれさえ解放できれば――
「ッ……!」
意識が朦朧としている。ひどく眠い。複数の要素が終わりへと誘おうとしている。
限界が近いようだ。
知ったことか。求めていたものは、もう目の前だ。
レリーフが存在する広場への下り坂に手を掛けて、しかしバランスを取れずに転がり落ちる。
その衝撃のせいだろうか。右腕が動かない。
視界もほぼ全てが黒に染まり、最早中央がほんの少し明るいだけだ。
それでも、見える。転げ落ちたのは僥倖だった。随分と距離は短縮され、目指すゴールはすぐそこにある。
「……人間。間違いなく貴方、私が知ってる人間の中でも一番の気狂いよ。どうしてそこまでして、私の記憶を解放しようとしてるの?」
そんなの、口にするわけにはいかない。
――かつて、メルトとの思い出を失った。
その時のメルトの失望の表情を覚えている。
理由はそれだけで十分だ。ここで全霊をかけることに後悔も迷いもない。
だから、もう少しだけ、体に動けと命令する――!
「そこまでです。この先は最後のファイアーウォール。絶対に進ませません」
「――」
背後に聞こえる、BBの声。
そして、レリーフへの道を塞ぐように現れた、敵性プログラム。
「せっかく封印したのに起こされてはたまりませんから。貴方をここで排除します」
暗闇の空間でも見た、影のようなエネミー。
その触手が振り上げられる。
――躱せない。あと少しのところだったのに。
全てが無駄になる。耐え切れる筈もない。たった一撃で、残った体を構成する霊子は粉々に――
風が、体の傍を通り抜けていく。
ガキン、という音と共に、目の前から、敵性プログラムが消えた。
「ッ……!? 何故貴女が邪魔を! その人を野放しにする事は貴女にとって自殺行為なのですよ!?」
BBの驚愕の声。金属が地に付く音がした方向に目を向ける。
鋼の脚具と、丈の長いコートの背中が、そこにあった。
「ここで消したらつまらないじゃないの。残りのほんの数メートル。どこで果てるかが見ものなのに」
――メルト。
「BB、女の子のデザートを目の前で引っ繰り返すのはルール違反よ?」
メルトが、僕を守ってくれている。
その目的は違うとしても、心の底からの嬉しさがあった。
「ま、助けるつもりもないけどね。人の心の中で無様に血を流して這いずって。霊子体だから体が消えるまで限界がないのが更に不愉快ね」
「だ、だったらどうして……!」
「良い事教えてあげるわ、BB。鞭を打ち続けるだけの支配者は三流よ。アメと鞭の使い分けを知ってこその支配者なの」
妨害は見られない。
あのエネミーを止められたのに、代替となるエネミーは出現しない。
「どうせ貴女、この人間に鞭しか与えてないんでしょう? チラつかせるだけのアメなんて妄想癖のある楽天家にしか効果が無いのよ」
「っ……じゃあ、私の邪魔をしたのは……!」
「億分の一に懸けるお馬鹿さんへの
レリーフへの道には、もう何も障害物はない。
どうやらBBは、これ以上の手駒の召喚は不可能らしい。
「ご褒美の二つ目よ。人間、アレを解放して私が少しでも貴方の記憶を取り戻したら、この場に限って力を貸してあげる」
認めてくれたのか……?
いや、それは気にすることではない。
今メルトが守ってくれている。それだけで十分だ。
――それでも、
「……あり、がとう、メルト……」
「……いいからさっさと行きなさい、人間……いえ、シドウハクト、だったわね。じゃあ――ハク、とでも呼んでみようかしら」
「――うん……それで、構わないよ」
懐かしささえ覚えるその呼び名。
気力は十分に復活した。
全力で残りの道を踏破する。
ようやく、レリーフに触れた。
崩れかけた掌に、確かなカタチを感じる。
崩れていく体、崩れかけた精神が冷たい彫刻に流れ込んでいく。
――さあ、どうすればいい?
なんて馬鹿馬鹿しい疑問だろうか。そんな事、最初から分かっているじゃないか。
いつだってそうしてきた。何をすべきかなんて考えるまでもない。僕に出来ることは、一つだけだ。
「――――メルト――――!」
いつだって、その名を呼びかける――!
「――お疲れ様、ハク。貴方の意思、私が確かに受け取ったわ」
砕けたレリーフから流れ行く水流の音。
川のせせらぎのような落ち着いたそれに、遥か悠久の懐かしさを感じる。
そうだ。この力こそ、聖杯戦争の五回戦で初めて見た、メルトの最強の力。
ユリウスとの戦いに際して、解放した宝具。
冷たい流れに身を任せているうちに、心地よさの中で体が修復されていく。
外敵ではなく、“いても良い存在”として認められたように。
しかし力を使い果たしてしまい立つことも出来ず、ただ目だけを開く。
「――メルト」
何よりも大切な人が、傍に居た。
「まったく……もっと体を大事にして。でも、嬉しいわ。そんなボロボロになってまで、ここに来てくれて」
その微笑みを見て湧き上がった達成感。
遂に、やったのだ。
離れ離れになってからここに辿り着くまでのたった一人の道程は、あまりにも長過ぎた。やはり僕には、何よりメルトが必要なのだ。
「後は私に任せて。ここから先は、貴方のサーヴァントの仕事よ」
頼りになる笑みを消し、敵意を剥き出しにしてBBを――そしてエネミーを睥睨する。
周囲から感じられる、流れる水のような感覚。それは間違いなくメルトから発されるものであり、メルトの空間であるが故の絶対的な支配者の証だった。
「そんな……宝具が解禁されるなんて……!」
「ハクの記憶の封印、それによって私の宝具は間接的に凍結されたわ。けれどそんな大切なもの、バックアップを取っておかない訳ないでしょ」
悔しそうに歯噛みするBB。
この場において、彼女に勝ち目は無い。
「まぁ、宝具が解放してもしなくても、この場の貴女の処遇は決まってるけど」
「っ……」
「ハクにあんな恥をかかせた罪は大きいわよ。さてさて、どう償ってもらおうかしら」
……見られていたのか。
メルトに醜態を見られたという恥はあるのだが、それほど焦りは沸いてこない。
それに、メルトが怒ってくれているのならば、嬉し――
「まずは映像の永久保存版を私専用に提供。それからあの空間の作り方、私に教えなさい」
「は?」
――は?
「貴女が仕組んだってのが気に食わないけど、趣向自体はグッドよ。自重していたけどああいうプレイはやっぱり素晴らしいわ」
「……」
聞き間違い、だろうか。
ようやく再会というこんな時にそんな事いう訳が……
「限界を超えて尚前進するハク……その苦しみと反抗心に満ちた表情……ええ、こっちが溶けてしまいそうだったわ」
「……」
……
ようやく再会できたサーヴァント。
彼女に、こんな事は言いたくない。本当に――本当に言いたくない。
だからこそ、心だけに留めておく。
どうかしている。本ッッッ当に、このサーヴァントはどうかしている。
「……冗談よ。羽目外す場面じゃないわよね。分かってるわ」
微妙になってしまった空気を訂正するようにメルトは仕切りなおす。
残念そうに溜息を吐いていたのは――まぁ、気にしないようにしておこう。
「さて。こんな心の奥底にまでずけずけと入り込んでくる不躾な女には、そろそろ退場してもらおうかしら」
周囲に満ちていた水のような雰囲気が一変する。
川のせせらぎが海に到達し、荒れ狂う波に変わるように、攻撃的な敵意へと。
エネミーは波に呑まれるように動きを止めている。これも、メルトが何かをしているのだろう。
「仕置きの時間よ。BB、本当の支配者ってものを教えてあげるわ」
不敵に笑うメルト。その戦意に応じるように、彼女の宝具はその機能を発動させた。
普通に原作沿いだと文字数不足になるので色々嵩増ししてたら主人公がもっとキチガイになりました。
・足がなくなったけど最悪転がってでも進める←New!
尚、本能メルトが最後に「ハク」と呼んだのはEXTRA編の聖杯戦争序盤でメルトが「ハク」呼びを決めた時と交流の時間が大して変わらないからです。
どっちも白野以外の人間とまともに(?)関わるのが初めてであり、それを認めたという共通点から同じ思考に至ったんでしょう、多分。
さて、次回は4章ラストですが、章末書き終わってないです。ヤバイ。