Fate/Meltout   作:けっぺん

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筆の速度も日に日に上がり、ヒャッハー状態の最中。
そんなときに、左手の平を思い切り擦り剥きました。
手の平って広い範囲怪我すると痛みで指も動かせなくなるんですね、初めて知りました。
何よりキーボードを打つのに片手が不自由なのがヤバイ。
ですが、近々やってくる例のシーンの描写が捗りました。怪我の功名ですが、マイナス方面に向きすぎです。超痛ぇ。


BAD END.

 

 ようこそ、快楽原理の底の底へ。

 

 ここにあるのは深い安寧。

 

 覚めない夢こそ至上の揺り籠。

 

 理性と本能、不快と快楽。

 

 どちらに寄るかは、貴方の心が命じるままに。

 

 

 +

 

 

 主体性は眠りについている。

 客観性は常に駆動している。

 

 

 名前……覚えている。

 

 

 状況……覚えている。

 

 

 聖杯戦争に、紫藤 白斗は参加した。

 サーヴァントと共に何人ものマスターを乗り越えて、セラフの海の深部にまで進んでいた。

 そして――――――――?

 

 何かがあった。

 想定外――予想外――欠陥――バグ――月の裏側――――心心心心心心……

 記憶の整理は不可能です。ムーンセルの上位権限によって検閲が掛けられています。

 

 

 探索の末、記憶の奪還に成功。

 サクラ迷宮十二階のその奥にてBBと接触。

 以後は不明。

 これより先に記述はなく、要するに未来なんて存在しない。

 ここが全ての終着点であり、結末である。

 

 以上、終結した存在。これが、紫藤 白斗の現在の状態である。

 

 

 問題がある。

 記憶を取り戻した。だが、それにはいくつもの穴があった。

 聖杯戦争を戦った記憶。そのところどころに空いた穴によって、記憶の整理が難解になっている。

 そして、地上の記憶が無い。よって、他のマスターのように聖杯戦争を戦う目的がなかった。

 何があったのか、それすら記憶に存在しない。

 何者なのか。何のために聖杯を求めたのか。決定的な存在意義を紫藤 白斗は失っている。あやふやな定義のまま、白紙の何者かは戦ってきたのだ。戦わなければ、命を失ってしまうから。

 だとすれば、紫藤 白斗は生存だけを目的にしていたのだろうか。

 だとすれば、生存してさえいればどうなっても良いのだろうか。

 だとすれば、何も分からなくても、戦うことなく生きていられるのなら、それで紫藤 白斗は良いのだろうか。

 

 

 +

 

 

 雑踏、あるいは回想の中、何かを聞いた気がした。

 体が異常に思い。視界は暗く、低い。

 ここは何処なのだろうか。それより、彼女は――

「   」

 声にしたつもりが、声にならない。

 掠れている訳でもなく、喉が焼けている訳でもない。

 ただ、体が声を出すという機能そのものを忘却してしまったようだった。

 体が重い。関節がだるい。どんなに力を込めても――込めたつもりでもそれを体が受け付けず、立ち上がれない。

 まさか、これは……二本足で立てないようになっているのだろうか。

 全力を出せば、右手を上げることが出来る。左手を上げることも、辛うじて出来る。

 だが、その二つを同時に行うことが出来ない。

 ……周囲は見渡す限りの闇。

 地面は何やら、柔らかな手触りの織物が広がっている。

 BBもメルトもいない。そもそも、生命の気配を一切感じず、死の世界というイメージすら持たせる。

 これが、月の裏側の海……出口も果てもない、虚数空間なのだろうか。

 ……考えていても始まらないか。

 相変わらず、立ち上がることは出来ない。だが、別に立たずとも歩くことは可能だ。

 右手を持ち上げて、前に出す。それを起点にして、今度は左手を前に出しながら左の足を引きずるように前に出す。

 今度は右手。次の左手を、ようやく前に出す。

 何処まで行っても、風景は変わらない。いや、歩数で言えばまだ、十も行っていないだろう。

 僅かな物音さえしない、完全な無音の世界。足を引きずっている筈だが、音は起きない。

 些細でも良い。音を求めて叫ぼうとしてみても、喉から声は出ない。

 ……もしかして、ここは虚数空間ではないのではないだろうか。

 死後の世界、という考察が浮かぶ。自分以外には誰も居ない。ひたすら続く風景以外には、何もない。

 違う。きっと、違う。そんな考えが浮かんでは、不安で押し潰されてしまう。

 愚かな考えを忘れるように、進むことを続ける。

 これは、何者かによる拷問なのだろうか。

 小さな願望だった。

 拷問であれば、誰かの意思が介在している。目的さえ果たされれば解放される。

 では、これをいつまで続ければ良いのだろう。

 一日か? 一週間か? 一ヶ月か? 一年か? 十年か? 或いは、一生続けるのか?

 一生でも構わない。それが刑期であるならば。

 だが、これが何の意味の無いものなのだとしたら?

 死すら許されない、時間の概念を無くし何も考えなくなっても進むのを止められないのだとしたら?

「     」

 不安から、絶叫を出したつもりだった。

 それが当たり前であるように声は出ない。

 声を出せないと改めて理解した瞬間、急速に虚脱感と睡魔に襲われた。

 こんなことをしている場合なのだろうか。

 何を馬鹿な疑問を持っているのか。こんなところで何が出来る。進まなければ。

 対立する考え。この世界が何もない場所なのだとしたら、それら全てを破棄して眠ってしまうのが正解の気がしてならない。

 ――

 ――――でも。

 

 まだ、体は動く。

 ならばもう少し、進んでみた方が良いのだろう。

 

 

 

 

“……何、まだ生きてるの? みっともない。負けが確定したんだから活動止めなさいよ。資源の無駄でしょ”

 ふと、声が聞こえた気がした。

 顔を上げても、誰もいない……幻聴か。

 残響音も存在しない。正真正銘、今まで感じていた通りの音のない空間だ。

“無駄よ。全部、無駄だったの。だから諦めて、眠っちゃえば?”

“理解できません。速やかな眠りを期待します”

“一人は怖い。怖いくらいなら毛布に包まって現実逃避するッス。お前たち、もう寝なさーい”

“諦めましょう。僕たちには何も出来ない”

“そうだよ。辛い思いなんてする必要はないよ。さ、眠っちゃお”

“諦めねばならない状況も存在する。君はもう十分に頑張った”

“心を空にするのだ。さすれば楽園(エリュシオン)への扉が開くぞ?”

“あのさ、お前。もう終わってるって分からないの?”

 やめてほしい。

 次から次へと聞こえてくる幻の声は全て、諦めろと告げてくる。

 聞き覚えのある、すぐ傍で聞いていたような声ばかりが、思い返されるように耳に届いてくる。

 聞こえてくるたびに、一瞬止まってしまいそうになる。

 確かに、ここで諦めてしまえば楽になれるかもしれない。

 だがそんな――訳の分からないまま終わってしまっていいのだろうか。

 その答えが出ないから、まだ進み続ける。

 どれだけ進めばいいのかも見えてこないが、少なくとも、まだ手を前に出す気力は残っている。

 

 

 

 

 ……もう、どれくらい進んだだろう。

 時間も昼夜も距離も存在しないこの空間では、何一つ判然としない。

 その中にずっと居続けると、こうも時間への概念に疎くなるのか。

 一日くらいだろうか。もしかすると、一年くらい経っているかもしれない。

 終わりのない反復作業をひたすら続けているだけで、それほどまでの錯覚を覚えている。

 誰のものか分からなかった幻聴も途絶えて久しい。

 生きているのか、死んでいるのかさえも曖昧になりつつある。

「ふ――ふふふ――」

 ふと、声が聞こえた。

 幻聴ではない。実際にこの空間に響いている。

 誰の声だっただろうか。

 自分の声すら出せなくなり、その声質さえ忘れて幾星霜。

 殆ど全てを思い出せない状況では、その答えが出せる筈もない。

「驚きです。ちょっと覗いてみたら、まだ動いていたんですね。そんなに痛いのが好きなんですか?」

 聞き覚えのある気がする少女の声は囁くように小さく、それでいて響くように大きい。

 空間そのものに話しかけられているように頭に響き、ギリギリと締め付けられる感覚に襲われる。

 誰の声なのか分からないが、これは光明、なのだろうか。

 声が存在するということは、その主がどこかに居るということだ。

 ……そんな希望はない、とは分かっている。

 出口のない、■■の支配する虚数空間。

 逆らうだけ無駄なのだ。もう、眠ってしまっても、良い――

 

 

 

 

「どこに行こうと言うんですか? 出口なんてどこにもないって、まだ分からないんですか?」

 分かっている。

 全てが無駄になる事なんて、とうの昔に感づいている。

「貴方たちには何もないんです。脱出も生存も、ゼロパーセント。だって、そんなに弱いんですから!」

 嘲笑、翻弄、愚弄、罵倒。

 いつまで経っても、出口どころか何も見えてこない。

 自分たちは負けた。完全に敗北した。

 勝てる見込みなど最初からなかったのだ。

 それでも、光が遠くに見えている気がした。

 何度も何度も諦めようとして、その度に小さな光が見えた。

 そこに行けばもしかしたら何かがあるのかもしれないと思い、とりあえず諦めるのはそこに辿り着いてからにしようと思った。

 結局何もなくて、しかし、ずっと先にまた光が見えた。

 ひたすら同じ行動を、意味もなく続けている。

「誘蛾灯の虫そのものね。ちっぽけな希望に縋って彷徨うなんて。ホント、無様です。蜘蛛の糸も、正義の味方も、この世界にはありませんよ?」

 あぁ、言い得て妙だ。

 光に向かい続けるなんて、虫そのものではないか。

「貴方のやっている事は無意味です。大人しくここで眠っていれば、苦しみからは解放されますよ?」

 ――希望はない。

 ――助けは来ない。

 そうだ。この誰かの言うように、もう諦めてしまえばいいんだ。

 

 

 

 

「ああ恥ずかしい。完全に犬、ですよ。センパイ」

 延々と聞こえていた高笑いが止まり、久しぶりに“言葉”を聞いた。

 そして、自覚する。

 この期に及んで、自分はまだ進み続けていたのか。

「ああもう、だから無駄ですってば。ハウス! ワンちゃん、ハウスですよ!」

 何故こんなに、進んでいるのだろう。

 もう遥か昔に無駄だと分かっていた筈なのに。

「あはは! これが聖杯戦争のマスターだなんて、サーヴァントが見たらどう思うでしょうねぇ……!」

 サーヴァント。

 サーヴァントとは、果たしてなんだっただろうか。

 とても重要な単語であった筈なのに、忘れそうになってしまっている。

 あぁ――でも、サーヴァントが見ていたら、みっともない。恥ずかしい。往生際が悪い。

 きっと、散々に言われるだろう。

 正直に言えば、もう止めてほしい。

 ここで休みたい。何処かに向かわせるのを止めてほしい。いい加減、無意味だと悟ってほしい。

「……ほら、意識ももうそんなに縮んでますよ? アリンコみたいですよ? もうすぐ、見えなくなっちゃいますね」

 そういえば、と考えてみると、“意識が小さくなった”のを自覚できる。

 それ以外にどう形容していいのか分からない。

「嵐の海に漂う小船を見ている気分です。大人しく休んで良いんですよ? 疲れたでしょう?」

 聞こえる声は、小さな救いを差し伸べてきた。

「貴方は良く耐えました。今なら誰も笑いません。ほら、もう手を動かすのはやめてください」

 形ばかりとはいえ――それは賞賛だった。

 そうだ。この賞賛を受け入れてしまえば良いのだ。

 ここは真実、本当に、何もない世界なのだ。進むのはやめよう。声の言う通り、眠ってしまえば解決だ。

 思えば、何故進んでいるのだろう。

 結末を見届けるため? いや、好きこのんで結末を見届ける必要なんてない。

 それで良いではないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ちょっと異常です。諦めるって事、知らないんですか? 自分の無力さ、痛感しましたよね? 眠りたいって、言いましたよね?」

 ――?

「おかしい。どうかしてる。狂ってます」

 ――――?

「とっくに限界なのに、動く道理がないのに、何で大人しく眠らないの!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう、限界だ。自分さえ見えない。

 

 ――しかし、それは別段、どうという事もない。

 

 

 もう、不可能だ。限界は見えない。

 

 ――しかし、それは特別、珍しい事でもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「止まりなさい。止まってください。止まれ。止まれ。止まれ……!」

 

 

「殆ど見えないじゃないですか、吹けば飛ぶくらいの大きさじゃないですか。なのに、どうして……!」

 

 

「どうしてまだ前に進んでいるんですか!? 貴方は異常です! もう……もう、戦う力も残ってないのに!」

 

 

 

 

 

  

 

 

   

 

 ……………………いや、それは違う。

 

 

 自分も勘違いしていた。

 ここに落とされるとき――自分は、もう戦う力はない、と謝った。

 馬鹿げている。何を愚かな思い上がり、思い違いをしていたのだろう。

 戦う力なんて、最初から“僕”にはなかったじゃないか。

 今まで残れたのは多くの仲間の助けがあったからだ。

 これまで勝ち進めたのは、自分を支えてくれるサーヴァントがいてくれたからだ。

 僕には戦う力なんてない。出来ることはただ、前に進むだけだ。

 それだけしか出来なかったから、それだけを頑なに守り続けてきた誇りだったのではないか。

 ――そうだ。だから。

 

 前に進める内は、

 

 体がまだ動く内は、

 

 

 ――自分から止まることだけはしたくない――!

 

 

「っ、なんて強情な……いいです。私が甘すぎました。もう一度、強制的に眠らせます」

 我慢の限界、といった声が聞こえる。

 BB――彼女が如何な妨害をしようと、僕は止まりたくない。

 止まる訳にはいかないのだ……!

「貴方の全ての記憶を奪います。思い出のない無垢な記憶に――赤ちゃんに戻してあげます」

 その言葉のどこまでが本気なのかは分からない。

 もしかすると、本当にそれをしてくるかもしれない。

 では、果たしてそれで止まるという決定は出てくるだろうか。

「それなら――さすがのセンパイももう、抵抗できない筈です!」

 もう一歩、と進もうとしたとき、目の前に何かが立ちふさがった。

 暗闇の中でもうその役目を忘れていたと思われていた目に、久しぶりに黒以外の色が焼き付けられる。

 敵性エネミー――!

 影がそのまま浮き出たような平たい形状。そして、今まで見たことのない大きさだ。

 あれに捕まったら最後。強制的に眠らされて、今度こそ記憶を消去されてしまう。

 だが、こんなのどうやっても逃げられない。

 今の状態では、どれだけ全力を懸けてもあの触手のリーチから逃れることはできない。

 終わりたくない。このまま踏み潰されて終わり――そんな結末、絶対に嫌だ。

 せめて、抵抗だけでも。何もせずに終わるなんて、許されることではない――!

 

 

 

「――間に合ったか。相変わらず、見事な悪あがきだな、紫藤」




書いてて思った。EXTRA主人公ってホントにキチガイだ。
もう動けない→前進
限界→どうという事もない
不可能→珍しい事でもない
頭おかしいんじゃねえのコイツ。

そういえば、最近の切り裂きジャックの犯人判明を批判したのはきっと少数派じゃない筈。
ミステリーの代名詞である以上、判明してはいけない暗黙の了解だと思うんです。ロマンなんですよ、ロマン。
外典の設定であるジャックたんはともかく、fakeはどうなるか不安なところ。
少なくとも本作においては外典設定のため一切本編では触れません。
おっさんがアタランテに付き纏ってるって嫌ですし。
余談ですが、「何でまだ調べてるんだよ時効だろ時効」って思ったらイギリスって時効ないんですね。

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