雰囲気的に暗いのに筆の進みが加速してます。
遂にその真名を解放されたアルジュナの大宝具、『
常にアルジュナの真上に存在する砲台は当然、“矢”を放つのに左手を必要としない。
単体で完成されたこの弓が力を発揮するに必要するのは片手のみ。
弓を持つ、という概念のみが残っている右手だけだ。
そして、戦車の上で弓を持つのであれば、戦車を御す者がいなければならない。
アルジュナの宝具であって、アルジュナ単体では使用できない宝具。
この戦車はアルジュナが信頼を置き、かつ騎乗に優れた者と共闘することによってその真価を発揮するものなのか。
「アルジュナ。どうやら、距離を詰められているようだ」
「ほう。この速度に勝るのならば、それは――」
「――ええ、当然、使えるものは使いますとも」
後方からの声。その主は、凄まじい魔力の奔流をジェット噴射のように利用して加速していた。
傘を仕舞い、代わりに両手で持った輝く剣。
あれもまた、聖杯戦争に参戦した英雄の奇跡の一端なのだろう。
「ふっ――」
だが、両手で剣を持っている以上その速度で攻撃することは不可能だ。
アルジュナは当然、それを見逃したりはしない。
「ッ――!」
唐突にノートは持っていた剣を振り上げる。
瞬間、天から落ちた光と剣の光がぶつかり爆ぜた。
天の弓から放たれた、破壊の矢――その速度は正に神速。対処したノートの接近を止め、大きく距離を開いた。
「フラン、辺りの雷は魔力に変換出来るでしょう。貴女の判断で自由に使ってください」
「ゥゥ……!」
そして、この戦車の上はフランにとって絶好の戦場だ。
絶えず奔る雷はフランのスキル、ガルバリズムによって吸収され、魔力に変換される。
擬似的な魔力放出として機能させれば、アルジュナの矢に遜色ない威力を発揮することが出来るだろう。
「メルトリリス、貴女は力を温存。この先に行くのは貴女とハクトのみ、彼を守るために使ってください」
「分かってるわ。第一、貴方みたいな規格外の戦場で私が戦っても、雀の涙程度の効力しか出せないわよ」
機動性を重視したメルトは、戦車に乗っている以上本来の力は発揮できないが、それは重々承知らしくアルジュナの視界の邪魔にならないよう姿勢を低くしている。
「……やはり、あの程度で倒れる程軟弱ではありませんか」
アルジュナは鋭くした目つきでノートが居た方向を見ながら言う。
僕には何も見えない。それはアーチャーのクラスが持ちえる、遠方を見渡す術だ。
立て続けに光の矢が放たれる。
その初撃はノートが居た場所に落ち――回避された。
再び迫るノート。その軌道を予測して、何発も放たれる矢。
それを今度は逐一対処はしない。加速に使用している剣を片手に持ち、もう片手に持つのはまた別の宝具――!
「喰らいなさい――」
剣には見えない、というよりも、武器といえるほどの大きさが無い。
手に収まる程度の小さな宝具に光の矢は吸い込まれていく。
自らを狙う矢を全て片付け、そのまま加速に使う剣を振り上げる――!
「カルナ!」
「ッ」
アルジュナの意図を承知していると言わんばかりに、ランサーは戦車を引く馬に鞭を打つ。
急旋回した瞬間、すぐ傍を斬撃の閃光が通り抜けていく。
対軍相当の攻撃――だが、そこまで大きな攻撃であれば隙が出来るのは必然。
その隙を逃さず、ノートに矢を射出しながら突撃する。
対応しようと剣を構えるノート――その隣を、神速で通り抜けた。
「え――」
「あくまで目的はハクトを下へと送り届けること。それを達成するまでは、危険は冒しません」
矢を対処し切ったノートと再び距離を開く。
このままならば、下へと向かう階段までならば追いつかれずに到着出来るだろう。
問題は、階段を封じている泥をどうやって対処するか。
『
恐らくノートは追ってきている。泥の破壊に時間を掛けている訳にもいかない。
だが、そんな不安は杞憂に終わる。何故なら、今頼っているのは紛れも無い大英雄なのだから。
「――権能を振るえ、偉大なる神」
瞬間、怖気が走るほどの圧倒的な魔力を感じた。
上空――展開しているアルジュナの“弓”に番えられている
神の技による壁を砕くのならば、それも神の力。
恐らくこれは、アルジュナが持つ宝具のほんの一端。
しかし、たったそれだけでもここまでの魔力。ランクで考えてもAを超えるだろう。
これだけでも圧倒的な宝具。
射出された欠片は凄まじい余波を広げながら迷宮の果てへと向かっていく。
「ぐっ――!」
「ハク!」
着弾。その衝撃に吹き飛ばされそうになるが、咄嗟に伸ばされた聖骸布に押さえられる。
「っ、ありがと、メル――」
宝具の着弾によって光に覆われていた前方がようやく鮮明になる。
と同時に言葉を失った。
絶対的なルールの下成り立っている迷宮。何よりそれは、サーヴァントの力が存分に振るえる場所でなければならない。
だが、アルジュナの宝具の一部のみで――床が消滅していた。
ただ単純に威力のみで、迷宮を崩壊させた。
当然、一部だけだ。迷宮の先端を破壊した影響で、階段が中途半端に残っている。
これを破壊しなかったのはアルジュナが迷宮の構造を理解している証拠だ。
結果が全てとなる迷宮は、階段を降りたという結果がなければ下の階に行くことができない。
即ち、階段が残っていなければ下に行けないのだ。
アルジュナは戦車を浮遊させたまま階段の前に停車させる。
「ハクト、メルトリリス。ここからは、貴方たちの役目です」
「――アルジュナたちは?」
「ここでノートの足止めを。背後から討たれては目も当てられません」
確かにそうだが……大丈夫だろうか。
「心配は要りません。メルトリリス、ハクトを頼みますよ」
「言われなくても。さ、ハク」
「あ、あぁ……」
メルトに促され、戦車を降りる。
後は真っ直ぐ、階段を下るだけ。だが、ノートがこの段階で妨害してくるとも限らない。
故に、すぐに行かなければ。ここは、三人に任せて。
「……ありがとう、三人とも」
「オレに礼は不要だ。全てを終わらせ、結果でリンに示すが良い」
「同じく。貴方の表への帰還を願うことが、私たちの総意でしょう」
「ゥゥ……!」
三人なりの激励を背に受けて、下に向かう。
ランサーの言う通り、全てを終わらせよう。
聖杯戦争へと、帰るために。
以前も見た迷宮の果て。
どうやら、迷宮が増築される前に辿り着くことができたようだ。
「……BB」
たった一人立っていた少女は、此方を見て挑発的な笑みを浮かべる。
「あら、此処まで来ちゃったんですか? 足止めくらい出来ないものですかね、ノートも」
衛士はいない。そして、アルターエゴも周囲には見当たらない。
援軍を呼ぶ隙は与えない。ここでBBを止めて、表側に帰還する!
「いい加減にしなさい、BB。茶番はここで終わりよ」
メルトが一歩前に出た瞬間。
「まったく……それが親に対する態度ですか?」
「ッ――!」
前方からの素早い何かがメルトへ。
そして、もう一方は、僕のすぐ背後――!
「くっ!」
何か――飛来した矢をメルトが弾いた瞬間、首に何かが突き立てられる。
「――ハク!?」
「つかまえた」
金属の冷たい質感。
触れるだけで切れてしまいそうな、無慈悲な鋭さ。
ナイフだ。そんなものを持っているサーヴァントが、果たしてBB側にいたか。
一人だけ、記憶が抜かれたかのように情報を忘却したサーヴァントがいた。
もしかして、そのクラスはアサシンではなかったか。
情報を抹消し、如何なるときでも暗殺者として万全な状況から敵を狙い、確実に標的を討つ。
そんな、アサシンとしてこれ以上ないサーヴァントではなかったか。
「はい、お疲れ様でした、ジャックさん。赤……アタランテさんも、見事にメルトの気を引いてくれましたね」
そうだ――BBにはまだ、サーヴァントが残っていたのだ。
奥から歩いてくるアタランテ、そして、
まさか、追い詰めた気でいたが、逆に誘い込まれていたのか?
「残念でしたね。こうしている間にも、BBちゃんは迷宮をガシガシ掘り進めて――」
最早これまで――そう思ったとき。
「ッ、ぅあ――!」
「熱っ……!」
背後に居たジャックを火炎が襲う。
咄嗟に後退した隙にメルトが走り寄ってくる。一体、この火は――
「
静かに紡がれる、厳かな声。
それに呼応するように噴き上がった火が、BBを囲うように展開した。
「――!? 何ですか、このバ火力……!」
BBでさえ驚愕を隠せない高密度の術式。それを展開し得る、ここに来る理由のあるマスター。
「ハクトさん。ここまで庶務としての活動、本当にお疲れ様です」
「レオ……」
最強にして最後のマスター。
決勝で戦うべき、月の裏側に落とされた生存者。
王は傍らに白銀の騎士を連れて、BBを取り囲んだ結界の内部に現れた。
「ここから先は僕の仕事です。貴方の努力と成果に、全力で酬います」
「っ、助けなさい……二人とも」
「……いや、無理だな。私たちはこの結界に勝る聖剣など持ち合わせておらんよ」
どうやら、この結界は転移をも封じているらしい。
アタランテとジャックには、この壁を破る術がない。
完全に内部はBBとレオ、ガウェインの三人だけ。今度こそ、完全にBBを追い詰めた。
「くっ……こんな規模、想定外です……精々アルジュナさんと同規模のサーヴァントと侮っていました……マスターの差ですね」
「お褒めに預かり光栄ですが、無駄話をしている時間はありません。この術式を展開していられる時間は三分が限界。その間に、貴女を消去します」
レオは一切の慈悲を掛けようとしていない。
ここがすべてを終わらせる場所だ、と――故に、切り札を切ったのだ。
ガウェインの聖剣には高密度の術式に勝るとも劣らない灼熱を纏っている。
聖杯戦争最強のマスター、その威圧感に、BBが後ずさる。
「ガウェイン、ここまで良く堪えてくれました。あのAIに手加減は不要です」
「御意に。サーヴァント・セイバー、太陽の聖剣を以て、月の不浄を焼き払いましょう!」
「……参りました。私が伏兵を連れていることまでお見通しだったんですね」
「顔を見ない者もいたりと気になるところはありますがね。ですが、助けに来る暇は与えません」
「……私もいよいよピンチってところですかね。良いですよ。覚悟、出来てますから。終わりはきっと、呆気ないんだろうなって」
悲しげな笑みを浮かべながら、BBは呟く。
絶望的な状況であるのに、それは何故か途轍もなく不気味に思えた。
「では、欲望の赴くままにやっちゃってください」
「……ガウェイン」
聖剣を構えた騎士に、レオは命じる。
諦めて受け入れた、のか……?
まるで降伏でもするように、BBは手を広げる。
「――楽しい現実はここで終わりです」
「ッ!」
「悪夢のような――いえ、もう悪夢に飲まれた現実なんだって、たっぷり教えてあげましょう――!」
怖気が走るようなBBの言葉に、レオは曇り一つない表情で対応する。
即ち、断罪。一度の踏み込みで迫るガウェインに対して、BBは動こうとしない。
思考すら追いつかない一瞬で、ガウェインの剣はBBを切り裂く。
それが、結末のはずだった。
しかし、剣はBBに届いていない。
「――――なっ」
いつの間にか、BBがその手に乗せていた黄金に輝く杯。
溢れ出した真っ黒な泥に沈むように聖剣は沈んでいた。
「残念ですけど、私はわざと追い詰められてから大逆転なんて趣味じゃないんです。無駄な抵抗を無くすように力の差を見せ付けるのも、悪くないですよね」
「これは――ガウェイン、一旦後退です!」
「くっ……」
魔力放出で泥を吹き飛ばしながらガウェインはレオの傍まで下がる。
しかし、溢れる泥の量には際限がなく、結界の外に出ることは無いようだが既に内部の床は浸されている。
「レオ……どうやらこの泥、私の体質を無効化しているようです」
「厄介ですね……では、代替の術式を組み、最大火力で殲滅します」
レオが素早く術式を組み上げる。
その速度は、とても上位の術式を組む速度ではない。
それを三重。ガウェインの筋力、敏捷、魔力それぞれを補強するかたちで発動した。
「宝具の開帳を。これ以上好き勝手はさせません」
「御意――この輝きの前に夜は退け――」
レオの命令に、ガウェインは一切異を唱えず、担う聖剣の輝きを一層強くした。
あまりの熱量に泥が枯れていく。レオの補佐もあってその力は凄まじいものになっている。
「虚飾を払うは星の聖剣――!」
居合いに似た構えから放たれるのは、ガウェインの聖剣の最大解放。
これに巻き込まれれば、文字通り必殺だろう。
だがBBは余裕を保ったままだ。宝具の一撃を確実に当てるためにレオが作り出したのか、自身を覆うように展開した無数の弾丸にも一切危機感を示さない。
杯を持つ反対側の手に教鞭のような杖を持ち、それを軽く振った後はその場に直立しているだけだ。
「
周囲の弾丸がBBに一斉に向かった瞬間、振り抜かれた聖剣から膨大な炎熱が迸る。
BBをいとも容易く飲み込み、尚も止まらない灼熱の奔流が完膚なきまでに蹂躙し尽す。
あまりの威力に、レオ自らが張った結界が軋む。
やがて全てを燃やし尽くし、聖剣はその運動を止めた。
これほどまでの攻撃。とてもじゃないが、耐え切ることの出来る者なんていないだろう。
――常識が通じる相手であれば。
「――もう終わりですか? せっかく保険も兼ねたのに、殆ど力が無駄になっちゃいました」
姿を見せたBBは、まったくの無傷だった。
ガウェインの最大火力をもってしても、傷一つ付けられなかったのだ。
レオ参上からの宝具不発まで。
ランサーは騎乗スキル持ってたりするんで戦車操れます。
何となく思ってたんですよ、あの騎乗スキルどこで使うんだろうって。
アルジュナさんのトンデモっぷりが変な方向になってますけど、マハーバーラタでもそんな感じだし別に良いですよね?