Fate/Meltout   作:けっぺん

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多忙期間は後一週間と少し。
そこを過ぎても執筆速度戻るかは分からないんですけどね。

では四章開始です。どうぞ。


Sick/Home Sink-1

 

 

 ――女の話をしよう。

 

 肥大化した自我は、女の人生を食い潰した。

 

 誰だろうと夢を見る自由はある。

 

 理想の自分。理想の快楽。理想の未来。

 

 理想の他人。理想の恋人。理想の別離。

 

 誰だろうと安い夢を見る自由はある。

 

 だが、その大半は悪夢(わるいゆめ)だ。

 

 

 +

 

 

 微睡みから、少しずつ覚醒していくのを感じる。

 もう少し、という願望ともうそろそろ、という決心。

 どちらに身を任せるかは自由だが、目覚めなければという思いが今回は強かったらしい。

「あ、起きました?」

 目を開けると、覚えのある穏やかな声が聞こえてきた。

 そうだ、三階層の衛士として出会ったカズラは、生徒会の一員として旧校舎に来てくれたのだ。

「……カズラ?」

「はい。おはようございます」

 何故か部屋にカズラがいた――割烹着を着て。

 メルトはどうにもバツの悪そうな表情だった。

「えっと、どうしてここに……って」

 部屋に付属されるように、何やら扉が出現していた。

「……これは?」

「調理場です。リンさんに言って、即席で作ってもらいました」

「いや、それが何でここにあるのよ」

「朝ごはんですよ」

 何を言っているのか――そんな疑問を振り払うようにカズラはその扉の中に入っていき、お盆を持って帰ってきた。

「霊子体には特段必要のないものですが、活力になりますよ」

 いつの間にか用意されていた円形テーブルに二人前の見事な朝食が並べられる。

「わ……」

 ご飯、味噌汁、焼き魚。

 和え物に、特に時間を掛けただろう煮物、カブの御新香。

 どこから材料を仕入れてきたのかという疑問は生まれるものの、理想的な一汁三菜の食卓だ。

 素人目だが、彩り美しく栄養も考えられている。

「さあ、どうぞ。メルトも」

「……」

 どうやら、僕たちに用意してくれたという事らしい。

「毒は入ってませんよ?」

「……こんなことする義理があるのかしら」

 メルトはカズラを疑っているようだ。

 確かにカズラは三階層の最後、九階では敵として戦った。だが、それが彼女の意思ではなかったことは分かっている。

 それに、もう仲間である以上特に疑う余地はないと思う。

「私はお二人に助けられたんです。だから、お礼をするのは当然でしょう」

「助けたつもりはないわよ」

「私の悩みを払ってくれたのはメルト、貴女です。だから貴女にも」

「……悩み?」

「言ったじゃないですか――誰かの所有物なら、奪い取ればいいって……」

 一瞬、何か背筋に冷たいものが走った。気がした。

 敵意とも殺気とも違うが、まず間違いなく良いものではない嫌な予感のする何かは、カズラから向けられて――

「駄目」

「何でですか?」

「許可はあげてないもの」

「許可があったら奪うとは言わないでしょう?」

 何だろう。

 一触即発の様子なのに炎上する気配のない不毛な舌戦が淡々と続いている。

 止めようにも、両者にはそれをさせまいとする謎の威圧感があった。

「ハクトさん、冷めないうちにどうぞ」

「え、あぁ……」

 戦いの合間にカズラが口早にそう言ってきた。

 確かに、並べられた食事は湯気が昇り、食べ頃であることが窺える。

「……」

「だから、私もこのくらいは許され……」

「許す許さないはまた別問題として、ここは私とハクの個室……」

「……いただきます」

 箸を持つのは霊子体だとかなり新鮮な感覚だ。

 まずは煮物に手をつける。たけのこを主とした筑前煮だ。

「おいしい……」

 筑前煮は具材を最初に炒めてから煮る料理である。

 今まで食欲のようなものは無かったが、絶妙な甘辛さが味覚を刺激し、眠っていた食欲を見事なまでに覚醒させた。

 すかさずふっくらと炊かれたご飯を口に放り込む。

 芯も無くつやつやで、もっちりとした理想的な白米。これを炊くにも細心の注意を払っていたのではないかとすら思える完璧さだ。

 味噌汁の具はアサリ。三つ葉が散らしてあり見た目も華やかだ。濃くもなく薄くもない、程よい味が箸を動かす手を加速させる。

 ふきのとうは酢味噌で和えてある。ながらしょっぱさは控えめだ。ふきのとう本来の苦味を抑え香りを引き立てる、その独特な味わいが癖になる。

 焼き魚は……鯛だろうか。やわらかく脂の乗った身の味を損ねないほのかな塩の風味は主品として主食たるご飯を盛り立てる役を堅実にこなしている。

 カブの浅漬けには葉も添えられている。どれもご飯の進む絶品だ。

 気が付けば、カズラの朝食に夢中になっている自分がいた。

「そもそも、力が無いから私なりに考えて……」

「それは貴女が悪いだけで……」

 今まで月の裏側で戦ってきて、食事を必要とも思っていなかったがやはり精神面に大きく作用するらしい。

 心なしか気力が沸いてくる。

「戦闘能力を付加しなかったのはお母様です」

「じゃあBBの責任にしておけばいいじゃないの。貴女に力を与えなかったのはBBでしょ」

「そうですね」

 どうやら舌戦は終了したらしい。

 何らかの結論が出たらしいがそれまでの過程がまったく分からないため、BBが理不尽にも目の敵にされているくらいしか把握できない。

「ハクトさん、いかがですか?」

「うん、どれもおいしいよ」

「なんで貴女、そんな事できるのよ」

「料理スキルです」

「料理スキル……?」

 サーヴァントの固有スキルには、そんなものもあるのか。

 カズラの料理の腕は決して半端なものではない。卓越した実力を申し分なく発揮している。

「メルトもどうぞ。せっかくお二人の分を用意したので」

「……」

「ごちそうさまでした」

「お粗末様です」

 随分と長い時間繰り広げていた戦いの間に僕は食事を済ませていた。

 これほどのものなら、是非とも毎朝食したい――そう思える絶品だった。

 勧められたメルトはというと、並べられた自分の朝食を見ながら閉口していた。

 暫くして意を決したように箸を持ち――止まった。

「……メルト?」

「……嫌がらせ、かしら」

 あぁ、そうかと納得する。

 メルトは神経障害を患っている。以前制服騒動の際に知ったが、特に指先の感覚は皆無らしい。

 そんなメルトにとって、箸を持つなど不可能に近い事柄なのだろう。

「そんなつもりはないですが……和食にお箸がつくのは当然でしょう」

 カズラはメルトのそれを知っていたのか分からないが、逆に困り顔だ。

「しょうがないですね……」

 何やら妥協案を出すようで、しかし行動を起こそうとしないカズラは此方を見て微笑む。

「ハクトさん、メルトがお困りのようですが」

「えっ?」

 それは見れば分かるが――僕にどうしろというのか。

 手伝えることなら手伝いたいが、僕には何も思い浮かばない。

「……ですから、メルト一人では食べられないようなので」

「ちょ、貴女……」

 ……そういうことか。

 理解はできたものの、はいそうですかと実行できるようなことでもない。

 まさかカズラは、最初からこうするつもりでいたのだろうか。

「さあ、冷めてしまいますよ」

「……いや、でも」

 何より、プライドの高いメルトがそんな事容認する筈が、

「……ハク」

「ん?」

「…………お願い」

 筈、が――――?

 おかしい。

 どうも月の裏側に来てから――そもそも表の記憶が無い訳だが――メルトの様子がおかしい。

 より正確にいうと、記憶にあるメルトの性格と違いがある気がする。

 少なくとも……こんな頼みごとをするなんて無かった筈だ。

「ハクトさん?」

「ハク……?」

「……」

 何で止まっているのかというカズラの声色と、何故かどこか不安げなメルトの声色。

 この状況で“しない”という選択など誰ができようか。

 メルトから箸を受け取り暫くの間、使用人よろしくメルトに食事を食べさせる人形に徹する。

 カズラの料理はどうやらメルトの口にも合っていたらしく終始メルトは微笑んでいた。

 それを見てカズラも困ったように笑う。なんというか、束の間の幸せを感じさせる――そんな一時だった。

 それはあくまで一時であり。

 この後すぐに、この出来事が忘れ去られるほどの衝撃が待っていることは、この時点で知っているべきだったのかもしれない。

 

 

 朝食に長い時間を掛けていたものの、それは予めカズラが連絡を入れていたらしく生徒会からの集合連絡は普段よりも遅い時間だった。

 しかし、だからこそ待たせてはいけないと思い早めに支度を済ませて生徒会室に向かう。

 生徒会室には既に、殆どのマスターが集まっていた。

 いないのは、衛士となってしまったジナコのみだ。

「あぁ、来ましたね、ハクトさん。お疲れかと思いますが、じき記憶の開封ですので呼びつけてしまいました」

「うん、構わないけど……」

 部屋の空気は、やはり重苦しい。

 記憶の開封によって何があるか、分からないからだ。

 皆、神妙な表情だ。求めていた記憶――いざ手にすると、こうなってしまうのは必然だった。

「うむ……実に緊迫した空気。小生もさすがに黙っておる。ところで、レオ会長。朝食はまだですかな?」

「はい、おじさん。クッキーだよ」

「おぉ、これはありがたい。対して面識も無き坊主に施しを賜すとは、幼いのに素晴らしき心の持ち主。小生感激である!」

 ……ガトーとありす、アリスを除いて。

「……ちょっと、大丈夫なのシンジ。顔色と髪、真っ青よ?」

「うるさいな、髪が青いのは生まれつきだよ。いいからさっさと済ませろよな!」

「膝が震えているぞ、シンジ。強がりは余計に恐れを生む。是、小生のように泰然と構えるが良い……むぐ、むほぉ、これは美味!」

「おっさんは体全体で震えているだろ! ってか、良く食ってられるよな!?」

 凛の軽口で、少しだが場の空気が明るくなった。

 だが、やはり記憶を取り戻すのに恐怖感はある。そこに何か真実があるにしても、記憶はどんなものなのか、考えて痛くないという思いが存在する。

「記憶の開放準備、整いました。キアラさん、いざという時のメンタルケア、お願いします」

「はい。承知致しております。この旧校舎で培われた思い出と、本来の記憶、その二つが融和しない場合、深刻な衝突(コンプリクト)を起こす可能性があります。その時のために私は控えております」

「なるほど……それで最悪、二つの人格が現れる場合があるのですね」

「どうって事ないわよ。誰だって多かれ少なかれ、人格の裏表はあるし。どっちだって、飲み込んでやるわ」

 SGを暴かれたやけっぱちに見えなくもないが、凛らしい思い切りっぷりだ。

 ラニも笑って頷き、桜はでは、と術式を取り出す。

「オペレーションを開始します。皆さん、できるだけ心を落ち着けて。抵抗はしないでください」

 普段より固い桜の声が聞こえた途端、

 

「――――――――――――――――――――」

 

 頭に、無くてはならないものが蘇っていく。

 

 

 

「まさか君が一回戦の相手とはね。この本戦にいるだけでも驚きだったけどねぇ!」

 

 誰と出会って。誰と戦ってきて。

 それは今、目の前にいる人で。逃れられない、どうしようもない運命で。

 

 

「あはははははっ! シンジがぽんぽんばらすから危ないとは思ってたけど、本当に行き着いちまうとはねぇ!」

 

 その真名()を知っていた。行き着いていた。

 戦った者たちの、仮ではない本当の姿を。

 

 

「あ、あぁ……消える! 紫藤! 助けてくれよ、友達だっただろ!?」

 

 運命に敗れた者に何が待ち受けているのか。そして、目の前にいる親友をその手で屠ったのは一体誰だったのか。

 残酷に無慈悲に情も無く純粋に記憶は事実を叩きつけていく。

 本当に? 本当だ。

 認めたくない。真実だ。

 嘘に決まっている。現実だ。

 

 

「儂は自身に懸けて負けられぬし、当然の様に勝つ。その覚悟だ」

 

 

「無駄話はここまでだ。まずはその饒舌から撃ち抜いてやる――!」

 

 彼らとも、戦っていたのか。

 あまりにも実力の離れすぎた彼を相手に、戦って――

 

「……そして可能であるなら、戦いに意味を見出してほしい」

 

 あぁ――思い出す。思い出して()()()

 

 

 

「でも、次の遊びあいてなんだよね……しょうがないから、遊んであげる」

 

 

「そうよ。あたし(ありす)あたし(アリス)だけいればいいの。あたし(アリス)あたし(ありす)だけのあたし(アリス)だもの」

 

 

 

「……いつもあたしは誰かの夢。ほんとのあたし(アリス)は誰も知らないもの。あたし(ありす)あたし(アリス)。でもしあわせだったけど」

 

 

 

 

「紫藤 白斗が令呪を以て命ずる――」

 

「メルト、僕をあの決戦場へ連れて行って!」

 

 

「いえ……記憶を取り戻すのはあなただけでは困難と判断します。ですので……わ、私でよければお手伝いする選択も、ありますが」

 

 

 

「――ナラ、ソイツラ欲シイ! ランサー!」

 

「さぁ貴様ら、特と味わえ――裁きの槍をっ!」

 

 

 

「そう。なら、お互いに全力で死を拒絶しようか。命を懸けたパ・ド・ドゥを、ってね」

 

 

「今度は、負けませんからね」

 

 

 

「……いっぱしの目をする。随分と腕を上げたようだ……これだから、魔術師というものはわからんな」

 

 

「呵々、今までの相手より何倍も愉しいぞ。殺すには惜しい相手、というヤツか!」

 

 

 

 ――――――――?

 今、何かあったのか?

 記憶の齟齬? そんな事が……

 故意に失われたような、不思議な感覚が脳を走り抜けて――

 

 

 

 ッ――! ――――ッ!!

 

 何だ。何だ。何だ。何が起きた。

 

 やめろ。誰が。記憶。上書き――

 

 違う。これは僕が持つべき記憶。思い出さなくてはいけない事だ。

 

 だか――だから、返――返せ。返してくれ――――!

 

 

 

 

 そこで終わりか?

 違うだろう。そこで、終わりなのか?

 

 これは、僕が歩んだ戦いなんだ――干渉するな――

 

 

 

 

 

 

「そ■■、私。メ■■リ■スの■■よ」

 

 

 

 

「あ■■■■■■■■■り■■■。■憶■、■■■か■■■■■■■■■」

 

 

 

 

 

 

「……■■■■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■、■■■、■……■■■■■■」

 

 

 

 

 

 

 

 

「なら、理解していると思うが言わせて貰おう。――未練を残すな。下らない妄執を抱くほど、君は不幸ではない」

 

 

「……聖杯戦争が始まってからずっと、負けた時は後悔でいっぱいだと思ってた。でも、何でだろう。凄く落ち着いてるわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

『マスター:レオナルド・B・ハーウェイ

 決戦場:七の月想海』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   「  ――      ■ ■   ■     」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハクッ!」

「紫藤さんっ! 気をしっかり!」

「ッ――――!」

 気付けば、テーブルに倒れこんでいた。

 頭が割れそうに痛い。耐え難いほどの吐き気が容赦なく意識を抉る。

「ッ、ひぁ……」

「ああ、あああああああぁああぁあぁぁあああ!」

 嗚咽の中で搾り出したような声が聞こえる。

 誰かが、椅子から転げ落ちて叫んでいる。

「ミス黄崎! シンジ!」

 呼ばれた名前に、びくりと体が震え上がる。

 二人が記憶を取り戻し、そしてこんな状態になったならば、その理由は一つしかない。

 あの二人と戦って、その先に進んだのは――

「ぁ――」

 白羽さんと、目が合った。

 恐怖に染まった表情を、どうにか堪えようとしているが――その目の前にいるのは、自分から命を奪った死神。

 彼女だけではない――部屋の殆どの視線は、此方に集まっていた。




食事描写をまともに書いたのは初めてです。難しすぎワロタ。
書くにあたって色々参考にしてたら腹減ったのは当然。

記憶がどこまでのものなのかはまだ曖昧としていませんね。
ただ、原作のように五回戦までという訳ではありません。
それより後のどこか、という事ですね。


↓青菜の芥子和えが食べたい予告↓
「うん――知ってたよ」

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