でもなんか女体化されてて「型月か」と自然に思ってしまった。
ノアはこの容姿で英霊化されても良いと思うんだ!
『迷宮の構造は把握しました。では、始めてください』
ラニの合図で、ヴァイオレットが前に出る。
空を攻める――それは想像がついたが、その方法はまだ謎だった。
ヴァイオレットは「私が担当します」と言っていたが……確かに彼女は天馬の姿でここに来ていた。だが、僕、メルト、セイバーの三人を乗せられるほどの大きさはなかった。
果たしてどうするのかと考えていると、ヴァイオレットは先程と同じように腕を振り上げる。
「下がっていてください」
言われた通りに下がると、突然に無数の繊維のようなものが現れ、形を構成していく。
完成したそれは繊維ではなく肉体へと変化する。厚い鱗に覆われた巨大な竜――幻想種とされる生物の中でも最上位に位置する存在。
「……これは」
召喚術、だろうか。
どういう仕組みか分からない。だが、これは間違いなく竜。
二本の強靭な脚が支える、四人が軽く乗れるほどの大きな身体。
そんな巨体に飛行を可能とする翼。
なめし皮を被せたような厳つい面相ながらその目は穏やかだった。
一般にワイバーンと言われる竜。ヴァイオレットはそれを喚びだしたのだ。
飛び乗ったヴァイオレットは腕を繊維のように分解させ、伸ばす。
「っ!」
竜の背から伸ばされたそれは僕たち三人に巻きつき、身体がふわりと浮き上がる。
降り立った竜の背。同じくセイバーも乗せられる、が――
「……早く降ろしなさい」
「脚具を外してからです」
そういえば、メルトはその脚に鋼の脚具を装備している。
先が尖っている以上、その状態で乗せるわけにはいかないのだろう。
「何言ってるの。咄嗟に行動できないじゃない」
「その為のセイバーです。貴女には今回、役目はありません。乗せるだけありがたいと思いなさい」
メルトは憎らしげにヴァイオレットを睨んでいる。
どうやら、どちらも譲るつもりは無いらしい。
この竜の鱗の厚さからして特に問題は無さそうだが、喚びだしたヴァイオレットが決定したからにはそれに従わないと事が進まない。
「メルト、ヴァイオレットに従ってくれ」
「……」
ようやく脚具を外したメルトが竜の背に降ろされる。
「……せめてタンデムが良かったのに」
此方に走り寄ってきたメルトは未だにヴァイオレットを睨みながらぶつぶつと何か呟いている。
しかしヴァイオレット本人は一切気にもせず、全員乗ったと足で竜の背を軽く叩く。
その巨体に合わない覇気の無い咆哮を上げ、竜は大きな翼を広げ羽ばたく。
「っ、うわ!」
迷宮の奥に向けて飛行を始めた竜の振動で、不意に体のバランスが崩れる。
しかし、落ちる事は無く体は不自然に停止した。
「ハク、大丈夫?」
腕に巻きついた赤い聖骸布。
厄介なばかりの礼装かと思っていたが、こんなところで役に立つとは。
「ごめん、メルト」
「気にしないで。飛び方は荒くないけど、ハクは騎乗スキルを持ってないもの。仕方ないわ」
乗り物を操るすべに補正が掛かる騎乗スキル。
メルトがそれを持っていること自体初耳だが、ならばメルトやクラススキルとして騎乗スキルを保持しているセイバーならば問題ないだろう。
ヴァイオレットも、この竜を呼び出しそれに乗る策を提案したことから騎乗スキルを持っているようだ。
足手まといになっているのは間違いない。
だが、SGを取れるのは僕だけだ。僕がこの先に行かなければならないのだ。
“ッ――、ヴァイオレット……!”
地の底から響いてくるような、カズラの声。
「おやカズラ、意識がありましたか」
“近づかないでください……私に、ハクトさんを、近づかせないで……!”
「それは私に言うことではないでしょう。当人がこの場にいますが?」
みしり、と空間が――カズラを核に構成された迷宮が唸りを上げる。
怒りなのか、悲しみなのか、或いは別の何かなのか。
確実な負の感情。それを生み出すカズラの強大な精神力を迷宮の容量が抑え切れていないのだ。
このままでは迷宮に構成されたカズラ自体、崩壊しかねない。
「――カズラ!」
“ハクトさん……警告しましたよね? なのに、なんで来るんですか?”
きっとどう言っても、カズラには届かない。
心の底から拒絶されている以上、それは明白だ。
だが、それを分かった上で、止まる事は出来ない。僕を動かしているのは、そんな感情だけ。
「……望んでないからだよ」
何を? そう問われる前に、言葉をぶつける。
「僕はここで止まる事を望んでいない。メルトも、生徒会の皆も望んでいない。そして、カズラだって望んでいないだろう」
“――私、が?”
「だって、カズラは今まで協力的だった。最初のSGを渡してくれて、二つ目のSG――カズラの分身も応援してくれた。それは、全部
そうではない、と僕は確信できる。
そんな事など思いつかないほど、カズラは真っ直ぐな信念を持っていると断言できる。
“違います。違います――だけど……こうしなければ、ならないんです”
「それは、何故?」
“私は……アルターエゴだから。結局、どれだけ逆らおうとしても、こうするしか道がないんです”
「BBに言われたことなのか?」
“……いえ……ですが、ノートの言葉はお母様の言葉も同然です……”
ノート……またあの少女が一枚噛んでいるのか。
他のアルターエゴとは何かが違う彼女。
BBの代わりに動いているのであろう彼女は、一体何を企んでいるのか。
ともかく、ノートに言われて動いているのならば、尚更、カズラは道を自ら塞いでいることになる。
“でも……それで良いんです”
「え……?」
“私、気付きました。お母様の絶対な決定と私自身の選択、どちらを優先するべきかって”
「っ、くっ!?」
突如目の前に現れた花弁。
バグデータを防がんとする
竜は急停止したため追突は免れたが、これでは進む事が出来ない。
“大きな決定を前に、個人の選択なんて無駄な抵抗でしかないんです。無力な私は無力なりに、その決定に仰がれるしかない。世界のどんなものも縮図にしてみれば、これとまったく同じなんですね”
全てを悟ってしまったように、カズラは声に憂いを持たせる。
もう諦めた。都合よく利用されるだけのシステムに戻ろう。自我なんて持たなければ良かった。そうすれば、こんな当たり前を感じ取ることさえなかったのだから。
花弁は徐々に迫ってくる。竜はそれに触れないように後退し、領域の外――入り口地点に戻ってきてしまった。
“そこから入ってこないでください。最後の警告です。ヴァイオレットも、邪魔をしないで。応じないというのなら、外敵として処理します”
今までのカズラとは、何もかもが違った。
敵意を持って、殺気を持って、あらゆるものを拒絶してたった独りの世界を作ってしまっている。
「カズラ……」
小さな体に収まらない苦しみは痛いほどに伝わってくる。
だが、カズラは苦しみを手放そうとしない。誰にも渡さず自分だけのものとしている。
それがカズラなりの良心なのだ。苦しみを他に与えるわけにはいかない。だから自分一人が苦しもうと。
そのままで良いのか。少なくとも――僕は良いとは思わない。
「……望むところだ」
「ハク?」
「メルト――カズラのところに行こう。SGは分かった」
「え……?」
竜の背から降りる。
地上は駄目。空中も駄目。カズラに近づく方法はない。
だが、結局止まっていたところで何も解決しないのだ。
裏側に留まっていたら、僕たちは意味の無い存在になっていくばかり。
だったら――可能性が無くとも前に進むしかない。
「どうするのです? この状態で、貴方を安全にカズラのもとに送る方法は私にもありませんが」
「方法なんか思いつかない。だけど、行く」
『ちょっ……アンタねぇ……根性でどうにかなる問題じゃないのよ? 無策で挑むのは無理があるわ』
凛が呆れ返るのも当然だ。まったくの無謀なのだから。
それでも確信が持てたのは――もしかすると、思い掛けない信頼があったからかもしれない。
「――
“ッ――――!”
厳かな声に続き、地鳴りが起きた。
カズラの領域に何の躊躇いも無く出現したのは、一本の槍だった。
地中からせり上がってきた槍は天にその刃を向けている。
消滅は――されない。それを良い事に、第二の槍が出現した。
『間に合ったな。レオ、迷宮の入り口に設置していた監視術式が壊れていたぞ』
『兄さん? 白羽さんも。一体何が……』
どうやらリップの特訓から戻ったらしいユリウスと白羽さんが生徒会室に到着したようだ。
サクラ迷宮の入り口である、桜の木。
それが存在する校庭にいた以上、この現象を発生させた第三者の姿を視認していたという事だ。
『おや、照らし合わせていたと思ったのですが。捕捉していたのはわたし一人ですか?』
生徒会室でただ一人、カレンだけが分かっていたらしい。
「どうして……」
「何、恩義は定まった形で返さねばなるまい。我が妻を救ってもらった恩を、この場で返させてもらおう」
血塗れの黒鎧に身を包んだ男性。
紛れも無く、五階で出会ったランサー――ヴラドだった。
そして肩に乗る長身のマスター。
「アリガト。ランルー君、感謝感激。ランルー君トランサーの恩返シ!」
「応とも妻よ! さあ、裁きの時間である。我が槍は真実無限――道をば
地より突き出す槍はより一層数を増す。
マスター――ランルー君と共に腕を大きく開くヴラド。
槍はいつまで経ってもインセクトイーターの餌食になることはない。
これが、ヴラドの宝具。串刺公ヴラド三世が誇る串刺平原は、即ちヴラドの領域。
カズラの領域を、ヴラドはその宝具によって剥奪しているのだ。
それはカズラにとって、絶対的な弱点だった。
たった一つ、不安な点はノートの存在。僕たち以外が迷宮に潜ってはいけないという警告。
ただ、彼女が現れる兆しは見えない。カズラの領域は次々と串刺平原へと変わっていく。
『とにかく、どうやらチャンスのようです。ハクトさん、先へ』
「ああ――メルト!」
「え、えぇ……!」
破壊されていく領域を走り抜けていく。ただ一点――カズラに向かって。
“ッ――来ないで、くださいっ! 来ないでっ!”
カズラの拒絶の声と共に襲い来る花弁。だが、メルトが足から放つ斬撃によって散っていく。
そう、これはただ拒絶、洗浄しているだけ。
攻撃ではない以上攻撃行為には弱い。攻撃を洗浄すべく放ったものならともかく、僕たちを消すべく放った花弁では攻撃に耐え切ることができない。
洗浄は対象の性質を読み取らねばならない。カズラの領域でなければそれにも時間が掛かる。よって、一つ一つを冷静に見れば、対処可能なものなのだ。
“メルト、貴女も……!”
再び迫る花弁に対し斬撃を放つ――が、その斬撃は花弁に包まれ消えていった。
斬撃を対象とした花弁、それと共に接近する、別の性質を持った花弁――
「
それらも、炎の属性に対応できるものではない。焼き払われた花弁の跡を気にせず走る。
「そんな塞ぎこんだ状態で同情を誘うなんて痛々しいわね。それじゃあどう繕っても障害にしかならないわよ?」
“私は、貴女みたいに強くない……だから、こうするしかないんです!”
「無力なら無力なりに、救いの道もあるかも知れないわよ? 少なくとも――貴女はBBから生まれた。だったらその可能性は持っているの」
花弁を対処しつつ、明確な根拠があるように自信を持って告げたメルト。
“知ったような、口を……貴女にはハクトさんがいるから、そんな事言えるんです。私には……!”
「同情を誘うばかり。望むなら自分から取りに行く。誰かの所有物なら奪い取る。それくらいの気概持ちなさい」
やがて襲い来る花弁は数を増し、メルトのあらゆる手に対処できるようになってくる。
弾丸のコードも盾のコードも既に対処され、そろそろ前進が難しくなってきた。
「っ」
「情けない……マスターくらい守りなさい、メルトリリス」
背後からの声と共に、前方から迫る花弁を迎撃する二本の鞭。
先端に刃の付いたそれは、ヴァイオレットが両腕を変形させたものだった。
礼を言っている時間はない。メルトもヴァイオレットに対して何も言わずに疾走を続ける。
“奪い、取る……奪い取る……?”
「
迷宮が不安定になっている。
カズラの心が揺れているのだ。
“――――メルト”
「――――来なさい」
メルトがカズラの心に隙を作ってくれている。
ヴラドが食虫花の庭を貫き、道を拓いてくれている。
ヴァイオレットがメルトを補佐し、守ってくれている。
挑発にカズラが乗った。花弁が一斉にメルト一人に向かう。
止まっていられない。せっかくメルトが時間を稼いでくれているのだから。
「
脚力を強化させ、走る速度を極限まで上昇させる。
一気に迷宮を走り抜け、その先に――
「――見えた」
id_esの中心、床を覆う蔦が集結し、絡まった巨大なつる植物となった、三階層自体の核。
檻に囚われたように、蔦の内部に立つカズラ。
やはり暴走もあって前も見えていないらしい。此方に気付いてないようで、その大きな眼からも光が消えていた。
「
まずはあのつるをどうにかしなければならない。
弾丸を放つも、威力が不足しているようで後何発かかるか分からない。
と、そこで気がついた。
背後から迫る何者か――力を温存していたサーヴァントに。
「っ、セイバー!」
「最後の扉を開く――後は、任せるぞ」
「――ああ」
その剣からは既に圧倒的な魔力が零れ出している。
今回彼が目指すものは勝利ではない。
「満ちろ……」
セイバーが前に立ち、剣を振りかぶる。
黄昏の眩い光が剣に満ちる。
つるの群れを払うべく、その光を一層強くし、剣を持つ手にはより力が込められる。
「
かつて、竜殺しを成し遂げた英雄がいた。
以後幾度も積み重ねられる偉業と奇跡。それらが積まれる際、常に共にあった相棒たる剣。
「――
解き放たれた真名は黄昏の極光を爆発させる。
半円の斬撃がつるを切り裂き、焼き払っていく。
しかし、その加減はされている。凄まじい極光の先――跡形も無くなったつるの中にいたカズラは無傷だった。
「行け!」
最後に、セイバーが扉を開いた。
id_esの核を焼かれ、暴走状態からも脱されたらしいカズラは呆然と立ち竦んでいる。
「カズラ、君のSGはこの能力自体――望まずして持ってしまった、攻撃性だ!」
「ッ――!」
五停心観がその機能を働かせる。
最後のSGを抜き出さんと、術式が励起し引き伸ばされていく。
「あ――――ぁあ――――――ッ!」
伸ばされた手。
一気に走り抜け、次に大きく息を吸った時。
SGは、手の中にあった。
カオスな戦場だ。さらっと所有物扱いするメルト可愛いよメルト。
そんな訳でカニバピエロさん復活しました。
迷宮入ってるけど大丈夫ですかね?
前回の前書きで書いたサヴァレンジャーについてですが、戦士の配役はこんな感じです。
レッド→エミヤ
ブルー→アルトリア
イエロー→ジャンヌ
ブラック→ジークフリート
ピンク→アストルフォたん
先代レッド(故人)→イスカンダル
先代ブルー→兄貴
先代イエロー→ギル(ゴールドとして途中参戦)
先代グリーン(故人)→エルキドゥ
先代ピンク→タマモ
ブラックはグリーンの後継、敵はその他の英霊さんたちです。
三人が外典勢なのは気のせいです。
↓敵の雑兵が「ハサン兵」になるのはお察しですよね予告↓
「信じる。信じるよ、カズラ」
次回、三章最終局面! なんですよ。