思い入れのある先生の異動が決まってしまうと、そう感じます。
まぁ、それと更新はまったく関係ないんですけどね。どうぞ。
結論から言えば、考えていた凛の実力は過小評価だったといっていい。
サーヴァントの数は二体一。更に一体は名高い大英雄だ。
凛がマスターとして最上級であるのを考慮してもその差は歴然である筈だった。
しかし、
「どうしたのランサー。ハクト君につくフリをしてただけって事?」
明らかに、今のランサーの槍の冴えは落ちていた。
憶測だが先のアルジュナとの戦いからしても、その三割程度しか力が発揮されていない。
火炎を鎧のように体に纏わせることも魔力の奔流を放つことも、槍から火炎を放つ攻撃すら使わず、ただ槍だけを加減した力で振るっていた。
元よりステータスが初期化してしまったメルトでは、如何にディーバの戦法を理解していても思ったように戦えないだろう。
戦いを間近で見て分かったディーバのステータスはそこまで筋力、耐久、敏捷といった肉体的な方向に向けられていない。
恐らく全てC以下、どちらかと言えば魔力と幸運に向けられており、それらはかなり高水準。ステータス的にはキャスター寄りであり、接近戦を主体とするサーヴァントとは相性が悪そうだ。
しかしながら、メルトのステータスは更に下。恐らく勝っているのは敏捷だけだろう。
そしてランサーはその力を十全に発揮していない。実質、凛のサポートも含めて互角か、或いは圧されているといってもよかった。
「ッ……」
一体どうしたというのか。
加減したランサーは、しかし全力を出しているのか苦渋の表情をしている。
「アハハハハ! 君の為に? 君に槍を向けさせてもらおう? 何ソレ、カッコつけたのに実力が伴わないなんて、三流バイプレーヤーもいいところよ!」
一度の切り払いで二人を吹き飛ばす。続けてディーバは、メルトに追い討ちをかけた。
「くっ……エリザベートッ……!」
「あぁ、私を知ってるって、もしかして血を絞った誰かだった? だったら御生憎。殺した女の名前なんて覚えてる訳ないじゃない!」
メルトとランサー。二人合わせてもディーバには一歩及ばない。
軽口を叩きながら二人の攻撃を往なすディーバの表情は余裕そのものだった。
「ランサー、一体……」
「……」
一旦引いたランサーは閉口していたが、それは適作ではないと口を開いた。
「……迷宮とのパスが途切れている。かといって、この場の魔力はリンのものだ。使う訳にはいかない」
……そういう事か。ようやく理解した。
ランサーは今まで迷宮の魔力を使い現界していた。
だが、今は迷宮とのパスが繋がっていない。ここの魔力を使うのは即ち凛の魔力を使う事。
契約していない身である自分が、それをする訳にはいかないと言っているのだ。
迷宮にいた時は、凛だけではなく迷宮そのもののリソースも含まれていると自分を納得させていたのだろう。だが、ここは正真正銘、構成する魔力は凛のもののみ。
律儀な事この上ない。戦闘の最中とは思えない主に対する気遣い。マスターを傷つけはしまいとランサーは自ら制限を負っているのだ。
「そんな事言ってる場合じゃないわ! そんな制限持って、リンに勝てると思ってるの!?」
メルトには既に焦りが出始めている。しかし、ランサーは魔力を喰らう事を良しとしない。
このままでは勝つことができない。凛は今の言葉を聞いたのかにやりと笑い、その指に魔力を込める。
「聞いちゃった。ありがとねランサー。結局私の味方だったってワケ。ま、それでもそっちに居る以上容赦はしないけど」
指をこちらに突き付け、凛はディーバに指示する。
「行ってディーバ――女王ガンド!」
緊張感のない技名を叫びながら、凛は魔力の弾丸を放った。
そのセンスの無さとは裏腹に攻撃力も速度も、僕の放てる弾丸とは比べ物にならない。
大きく僕たちの前で広がるように爆発し視界を奪った凛。
そしてその隙を突くように――
「侵してあげる――イッちゃいなさい!」
「ッ!」
何かが高速で近づいてくるのを察し、咄嗟に魔力を正面に引き出す。
盾のように展開した魔力に突き刺さる槍――それにまるで、魔女が箒にでも乗るようにディーバが座っていた。
「ふぅん……筋は良いわね。ただの三流じゃないってワケ」
突き刺さった槍を特に気にせず飛び降りたディーバ。その隙を狙うようにメルトとランサーが襲い掛かるが――
「ッ、甘いわよ!」
ランサーに放たれた弾丸。そしてメルトにはディーバの尻尾が叩き込まれる。
「くあっ……!」
「メルト!」
ランサーは間一髪で回避し、距離を置いたがメルトは直撃だ。
回復のコードを紡ぎながら傍に寄る。盾のコードが消滅し、再び槍を取るディーバ。
ひたすらに圧倒的。魔力すらまともに回せない僕たちとは違い、凛とディーバは最高の状態をキープしている。
「そろそろ終わりにしましょうリン。飽きちゃったわ」
「そうね。尻尾を使いなさいディーバ。大技で一気に仕留めるわ」
「ちょっ……あれは取っておきよ!? あんまりアレはやらせないでって……!」
何か言い合っている。態勢を整えるなら今の内だ。
恐らく次、凛とディーバの口ぶりからして大技が飛んでくる。
対処しなければ終わりだ。どうにかしなければ……
「っ……ランサー、たった一撃。それで今の状況をどうにかできるかしら」
答えなど見つからない考えを巡らせていた時、メルトが口を開いた。
ランサーは怪訝な表情で、メルトに返す。
「不可能ではない……だが、それをする魔力は残されていないぞ」
「……私とハクが送るわ。頼めるかしら」
「え?」
メルトと……僕?
メルトの力を思い出せる範囲で拾っても、そんな能力は無かったと思うし、僕にもランサーに魔力を送る手段なんてない。
だが、そんな状態で何か、策があるのだろうか。
「……良いだろう。ならば魔力を回すがいい」
ランサーは頷いた。虚偽などない、メルトの目にそれを確信して。
「ハク」
名を呼ばれる……が、どうすればいいか分からない。
僕が出来る事なんて、精々コードを紡ぐくらいで――
「言ったわね。どうせ忘れてるから、私が教えるって」
「っ」
あの星の空間で聞こえてきた、メルトの声。
記憶を失った僕は、聖杯戦争中の事を何も覚えていない。
だが、メルトが何かを知っているのだとしたら、聞いてみれば思い出せたのではないか。
それこそ勝利を掴み取ることができる、切り札の名を。
「欠片を拾い上げるのは貴方。私が出来るのは、その欠片を見つけることだけ」
何か小さなきっかけ。それがあれば、思い出せる。
きっとそれは――僕とメルトを繋ぐ、とても、大事な何か。
「思い出しなさい。私と貴方。二つの絆と道程を」
そしてそれを思い出すため、メルトはきっかけを与えんと言葉を紡ぐ。
あくまでもきっかけ。思い出すべき言葉の、前半だけを。
「
――それは、
――それは、
――それは、
「――
左手の甲に鋭く、深く、熱く、強く。そしてそれ以上に懐かしい痛みを感じた。
聖杯戦争の参加権であり、且つ戦いにおいてはサーヴァント同様、命そのものである紋様。
無くなったそこに再び現れたものは、しかし通常のそれとは違った。
甲に輝くその形を、知っている。正しくそれは僕が持っていた形のもの。
唯一、それでいて最大の違い。
発言した光は赤ではなく、無垢たる純白。
「メルト……これは?」
「記憶の底にある筈よ。使い方も名前も、きっと思い出せる」
何となく、感じる事ができた。僕が知る従来の令呪ではない。
「――」
たった三画の仮初の契約。
ゆえに何色にも染まらない、誰に阿ることもない――白源令呪。
いつ、手に入れた力なのかも分からない。『
だがそれが何であるか、それは理解できる。
「まったく……それじゃ行くわよ。私に続きなさいディーバ」
「仕方ないわね……
どうやら凛とディーバも言い合いを終えたようで、そろそろ戦いの終わりが近づいていると察する。
「メルト、ランサーと一緒に攻撃して」
「分かったわ。さぁ、ハク」
白い令呪に手を添えるメルト。これを使えと言っているのだ。
ランサーは黙して頷く。その効果は不明瞭ながら、彼は彼で僕たちを信じてくれるのだ。
凛を正気に戻すため、一時の味方として。
「さて、チェックメイトよハクト君。何をしようとしているのか知らないけど、これでお終いにしてあげる!」
「――
凛が手に取ったのは、幾多の宝石。それを宙に放り投げると一つ一つが魔力を束ね、より大きなものへと紡ぎ上げていく。
これは恐らく、凛が持つ攻撃術式の中でもかなり上位に位置するものだ。
普通ならば、防御できないと分かっていても盾のコードを発動しせめてもの抵抗を示したり、攻撃の圏内から離れようとするだろう。
だが、僕はそれをしない。僕が選んだのは、最も曖昧で最も確実な手段。
令呪の発動の言葉を宣言すると、三画の紋様は眩く白い輝きを放つ。
全てを失えば文字通り、聖杯戦争の参加権を失うことになる、実質二回限りのサーヴァントに対する絶対命令権。
それが正しい、令呪の定義である。
これはその通常の令呪の位置付けとは一線を画した存在だ。
この白い令呪一画一画に込められた膨大な魔力は普通の令呪とは違い、命令権は持たない。
代わりに持っているただ一つの機能。それは、ごく短時間の一時的な
時間にして、百八十秒。三分間のみの多重契約を可能とする奇跡の一端。
「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に」
自然と口から発される詠唱は、記憶に無い。
恐らくは、契約に必要とされる形式的な魔術詠唱。
「
そして、どこで得たかも分からない、何故この場で力を貸してくれるのかも分からない令呪の輝きは増していく。
凛がコードキャストを発動する。ディーバがそれに続くべく、何故か背中を見せる。
ランサーは“その瞬間”を体勢を低くして待ち、メルトは鋼の脚に鋭利な魔力を収束させていく。
四つの大技がせめぎ合うだろう場。それをより此方の勝利へと向けるべく、僕も出来る限りの行動――詠唱の最後の一節を込める。
「――我に従え。ならばこの命運、汝が剣に預けよう……!」
「誓いを受ける。この一時、汝の為に
繋がった擬似的なパスから流れていく多量の魔力。
今の僕の魔力量ではそれに耐えられない筈なのだが――自然と疲労もなくそれに耐えることができた。
感じるのは、消えた一画の令呪が未だ響かせている痛みのみ。
期は熟した。多数の術式を同時に展開することによる凛の宝石魔術の完成が、戦いを締め括る激突の発端となった。
「女王――ビームッ!」
気の抜ける宣言と共に放たれた巨大なビーム。
しかし、全体的に高いパラメータを持った凛でも特に秀でた攻撃力の真髄がそこにはあった。
「武具など不要――」
対してランサーは低くした体勢のまま、溜めに溜めた魔力を解放する。
「真の英雄は、眼で殺す!」
鋭い眼光は魔力を伴い、膨大な威力を持った宝具と化す。
「なっ――」
凛自慢の術式はそれを遥かに超える一撃に掻き消され、主軸となった宝石が砕け散る。
凛の攻撃力を認めていたであろうディーバもその一撃に唖然となり、誰が見ても明白な隙を作る。
「
そこに叩き込まれるは、メルトの斬撃。
脚から放たれた魔力の刃は敵から完全に目を離していたディーバを切り裂き痛烈なダメージを与えた。
「キャ……ッッ!」
宝具の余波で倒れた凛。力を使い果たしたのか、立ち上がれそうも無い。
「……ぃたた……これは、もうダメね」
切り裂かれた足を押さえながら、ディーバは凛を一瞥する。
「認めるのは癪だけど、勝ち目はないわ。ま、いいけど」
最初こそ悔しさを露にしていたが、すぐに平然とした笑みに戻る。まるで、もう飽きたと凛を見限ったように。
まだディーバには戦う力は残っている。宝具すら発動していない、全力を出していないのは明白だ。
だが、戦う気はないようだった。この状況では、最早勝ち筋はない。そう判断したのだろう。
「所詮今回はリハーサル。前座でしかないもの。じゃあねリン。一時のパートナーだったけど、アナタ、割と可愛かったわよ?」
判断するや否や、何の感慨も持たずに、ディーバは消えた。
致命傷を負って敗北した時の消滅ではない。あれはただの転移。どこかに移動しただけだ。
残るは凛ただ一人。味方がいなくなった今、後は彼女を説得すれば――
「……まだ」
油断し、近づこうとした瞬間、凛は呟いた。
「まだ、負けてない……私は……まだ、まだ……戦えるんだから……!」
「さて……ようやくね」
「メルト……?」
力を振り絞って立とうとする凛を見ながら分かりきったように――何故か心底楽しそうな笑みを浮かべながら、メルトは言った。
「リンはもう無力。後は言葉で、完膚なきまでに叩き潰してやらないと」
「えっ?」
物騒な発言がぶっ放された瞬間、
「こうなったら、最後の手段――貴方たちだけでも道連れにしてやるわっ……!」
視界が暗闇に包まれる。
「ッ――!」
咄嗟にメルトに振り返る。それを既に察していたように、メルトはすぐ傍にまで走り寄っていた。
ランサーは戦いは終わり自分の役目も終了したと、その場に立っている。
後は任せる、と信頼を込めた視線を投げかけてくる。
「――」
暗闇に飲まれる直前に視界に映ったメルトは、何故かこの上ない
ハク「貴方に……力を……」
カルナ「心得た。ここは月ゆえ月は見えんがな」
メルト「マイクロウェーブ、(下から)来るわ」
カルナ「
凛「待て待て待て待て――――! 一発限りの宝具! 軽い気持ちで使うな――!」
とりあえず、令呪については今のところはご都合主義と思っててください。
今回は次回予告はお休みなのですよ。