Fate/Meltout   作:けっぺん

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乙女コースターなんて無かった。


Slave On Syndrome.-3

 

 

 一旦生徒会室に戻ってレオから受けた指示。

 それは、心の専門家であるキアラさんに助力を頼むことだった。

 そして何か手段を手にし次第、迷宮に向かうように、と。

 メルトは関わるなと釘を刺していたが、それ以外に方法がないなら仕方ないと渋々承諾してくれた。

「レオさんから話は伺ってます。凛さんの意匠が施された壁があるとの事ですね」

 そんな訳でキアラさんを訪ねると、既にレオから話を聞いていたらしい。

「迷宮に心の壁があり、凛さんの分身が現れる。その段階でもしや、と予感していました」

「あれの正体を知ってるんですか?」

「はい。その彫刻こそ遠坂 凛の本体に他なりません。周囲を覆っているのは心の殻。その中に凛さんの本心は眠っています」

 つまり、あれを取り除くにはその内部に潜入し、中に眠る凛を本心を目覚めさせなければならないと。

 しかしどうすれば、ディーバのように中に入れるのだろうか。あれは外敵を寄せ付けない心の壁。

 入る手段などあるのだろうか。

「この術式は門外不出の秘儀。ですのでおいそれと伝授は出来ません……私がお手伝いいたしましょう」

「……入る方法が?」

「えぇ。ハクトさんは凛さんの秘密を多く発見しています。三つもあれば、深層への精神潜入(サイコダイブ)も可能でしょう。

 その場合――凛の心の底に侵入するという事で、僕は許可を得ずに入った外敵だ。

「あのレリーフに潜入すれば……凛と戦う事に?」

「直接対決は避けられないでしょう。準備は抜かりないよう」

 今度こそ、凛との直接対決が待っている。

 実力の未知数なディーバ。メルトがその戦闘力を知っているとしても、初期化してしまったメルトのステータスで勝機があるかも分からない。

 だが現状それしか方法がないのなら、行くしかない。

「では、私は先に行きますね。凛さんの意匠の前でお待ちしております」

「はい――」

 ともかく、勝てる勝てないは考えない。

 行かなければ話にならないのなら、結果はどうあれ進まない選択は無い。

 歩いていくキアラさん。傍に立っていたアンデルセンは小さく溜息を吐くが、それっきりで一向に付いていこうとしない。

「何をしてるんですか、アンデルセン」

「……まさか、俺に付いていけと? 戦いの出来んサーヴァントを連れてく利点はないだろう」

「それでも……サーヴァントとしての体裁くらいは保ちなさい」

「はぁ……作家に肉体労働を期待するなと何度も言ってるだろうに」

「何が労働ですか……令呪で迷宮一周を命じられるか大人しくついてくるか、どちらか――」

「あぁ待て待てキアラ微力どころか無力だが付き合おうだからやめろ本気でやめろ」

 それまで愚痴を吐いていたアンデルセンはその一言で折れた。

 マシンガンの様に一息でそこまで言ったアンデルセンは焦りの表情を浮かべながら歩いていく。

 キアラさんはどうやら、アンデルセンの扱いには十分に慣れてるらしい。

 まぁ、迷宮に居ればアンデルセンが文句を言うだろうし、その発端である僕が早く行かないとその矛先がこっちに向かないとも限らない。

「――メルト、あのディーバってサーヴァント、勝てるかな」

『勝てない道理がないわ』

 どこから来るんだろう、この自信。

 何やら縁がある。そしてその際に勝てたからとはいえ、今の状態で勝てるとは限らない。

 メルトが言うのならば僕は信じる。だが、どこか根拠的なものが抜けてるような……

『さて、行くわよ。あのじゃじゃ馬を矯正してあげないと』

「……その言い方はどうなのかな」

 最早言葉での説得はできないだろう。この戦いがどちらに転ぶかは分からない。

 後悔するかもしれない。でも、せめて悪い方向には転ばないように祈りながら。

 戦うのは僕。凛を正気に戻せるかどうかは僕に懸かっているのだ。

 サクラ迷宮に繋がる桜のウロはいつもより暗い気がする。殆ど無意識だが、緊張によるものだろう。

 暫しの、溺れるような感覚。そして次に足を付けた時、巨大な凛のレリーフはすぐ目の前にあった。

 サクラ迷宮の特徴の一つだ。既に踏み込んだ階ならば、階と階を繋げる場所という関係上セキュリティの弱い箇所にならば入り口から転移できるのだ。

 どうやらここは三階の終着地点。つまり、目標となる表側への最後の扉といってもいい。

「お待ちしておりました。ハクトさん」

 キアラさんはレリーフに手をついて調べながら、顔だけ向けて此方に会釈をしてきた。

「さて……これが凛さんのレリーフですか。こうして実物を見ると、何とも悩ましいものですね」

『悩ましい……? 美しい、や痛々しい、ではなく?』

 憂うように呟いたキアラさんの言葉に疑問を持ったのかレオが問う。

「はい――本心を告げられず、心に囚われた姿。その懊悩は生の証です。優れた精神性の持ち主でなければ、これほどの壁は現れませんから」

 その強さ、苦しみ、その一切を含めて――悩ましいと。

 儚げなキアラさんの表情はレリーフの底の底に在る、凛を理解しているような口ぶりだった。

「――と、雑談はここまでに。ハクトさん、中に入れば私どもの声は届きません。自らの意思で外に出ることも適いません」

「……はい」

 恐らくそうなのではないか、と予想は出来ていた。

 元よりあの内部は凛の心で構成されている。

 一旦入ってしまえば、残された道はただ一つ。

「外に出るには心の主を説き伏せるのみ。御覚悟の程は、如何ですか?」

「大丈夫です。今すぐにでも」

 凛の本体と対峙する準備は十分に整っている。

「結構です。それでは――」

 キアラさんはそこで言葉を切り、僕の背後に目を向けた。

 既にメルトもその何かに目を向けており、何だろうかと振り向くと――

「っ……」

 白銀と黄金の痩躯、ランサーが歩いてきていた。

「何かしらランサー。私たちは今から貴方のマスターを正気に戻してくるのだけど」

「あぁ、理解している――それに伴ってだが、オレも連れて行ってもらえないだろうか」

 ここで彼と戦うのかと身構えたが、ランサーの頼みは意外なものだった。

「……貴方はリンの味方ではないの?」

「その通りだ。オレはリンに従うサーヴァント。間違っても、歌姫の走狗ではない」

 今の自身の在り方は凛に従うものではなく、ディーバの人形であると。

 凛とディーバの上下関係をそう解釈して、今の状態は凛のためにはならないと判断したのか。

「ハク、どうする? 入ってから裏切る可能性もあるけど」

 確かに、その可能性はある。

 ランサーが此方についてくれるとは限らない。

 元々、ランサーは凛のサーヴァントなのだ。槍となるべく、此方の力を使い心の内部へと入ろうとしているのかもしれない。

 だが――そんな疑問は無駄な事だと、ランサーは目で告げていた。

 聖杯戦争ではともかく、今この時だけは、ランサーは僕たちの味方でいてくれる。

「……キアラさん、ランサーも一緒に……大丈夫ですか?」

「はい。マスターに対する気遣い、感服いたしました。ではランサーさん、此方へ」

「――感謝する」

 キアラさんの許可を得、指示された場所へと移動するランサー。

「これよりハクトさんには、より繊細な擬似霊子になっていただきます」

『ふむ……サーヴァントに加工は施さないのかね?』

 通信で聞こえたダンさんの言葉にキアラさんが答える。

「勿論、メルトさんにも多少の加工は施します。しかし元々サーヴァントはマスターの霊子階梯に合わせて現界するので」

 なるほど。僕の霊子階梯が変化すれば、自然とメルトの霊格にも変化が現れるのだろう。

「そしてランサーさんは元のマスターである凛さんが心の内部に居る以上、変換は比較的容易です。特に問題はないでしょう」

『サーヴァントはマスターに合わせているって事ッスか。いよいよもってオカルトッスねぇ……』

 確かに理解が追いつかない技術ではあるが、それを逐一聞いていってもキリがない。

 とにかく僕は身を任せておく――そうすれば凛の心へと入れるのだから。

「では始めます。桜さん、サポートをお願いします。落ち着いて、教えた通りに」

「は、はい……! ハクトさん、体を楽に……誤差は、どんなに大きくても0.00001以内に収めてみせます!」

「うん――よろしく桜。キアラさん、お願いします」

「はい。意識を楽に……十字を逆り仏性を写し(まろ)びましょう――」

 キアラさんの周囲に、術式を視覚化した曼荼羅のような紋様が浮かぶ。

 その術式を発動するにおいて、紡がれる言の葉は十地の位。

法雲(ほううん)善想(ぜんそう)不動(ふどう)遠行(おんぎょう)現前(げんぜん)難勝(なんしょう)(えん)明地(みょうち)離垢(りく)歓喜(かんき)――」

「電脳体から魂の概念を一時的に分離。純粋な情報体に分解、変換した後、サイズ、フォルムの概念を霊子境界線(ボーダー)に固定」

 そして僕に取り巻くように術式は伸びていく。

「数値をマスター・遠坂 凛に代入。心象空間の深部領域に到達後、電脳体として再構成。深層落下(スパイラル)開始(スタート)! キアラさん、保護を!」

 視界が強烈な光に覆われ、体が融けるような感覚に襲われる。

 しかし嫌悪感のようなものは抱かず、寧ろそれに浸れる心地よさが思考を支配していく。

 意識が白く霞んでいく。耳朶から流れ込むキアラさんの声。

 そんな意識はやがて体を離れ――本来触れ合うことのない、他人(りん)の心に落ちていく――

 

 

 

 ――聞こえる……? それとも伝わっている……?

 

 ――私の声は、心は、誰かに分かってもらえている?

 

 

 

 心の中心に、凛は居た。

 サーヴァント・ディーバも傍に立ち、愚かしいモノを見る冷たい笑みを向けている。

「……やっぱり来たのね。秘密を盗み見るだけじゃ飽き足らず、心の中にまで入ってくる……法治国家なら即投獄モノだけど、許してあげる。寛大な私に感謝なさい」

 堂々と侵入者(ぼくたち)を睥睨する凛。その様は、今までのエゴにあった精神情緒の不安定さはない。

 僕の知る、聖杯戦争優勝候補のマスター、遠坂 凛そのものだった。

 彼女こそ本物の凛だ。心の底に眠る、覚醒させるべき存在――

「それで、ランサー。何故そっち側に居るのかしら。てっきりハクト君たちを止めてるかと思ったけど」

 凛の視線を受けたランサーは、しかし凛の側につく事はない。

「すまないリン。だがオレは、そこの貴族に従事するつもりはないのでな」

「……何それ。ディーバのマスターは私よ? 私はここの女王なのよ?」

「そこに気付かないのならば、オレがそちらにつくことはない。リン――君の為に、君に槍を向けさせてもらおう」

 顕現した紫電の槍。まさか、ランサーと共闘するなんて思わなかった。

 凛の戦いを一番近くで感じてきた相棒。だからこそ、凛という強敵と戦うにおいてこれ程頼りになる存在はいない。

「ワケ分からないけど……本当に、此方につく気はないのね?」

「元よりオレはリンにとって、善かれとする道を選ぶつもりだ」

「そ。……ならアンタも、叩き潰して力ずくで従わせるわ。強大な力は、選ばれた人間が管理しなくてはいけないの」

「そうよリン。生まれつき管理する責任を帯びた貴族。それが貴女よ女王(クイーン)。貴女の在り方は、何も間違ってないわ」

 ディーバは笑い、凛の前に立つ。

 手に持つ槍はランサーが持つそれほど強大なものではない。

 だが殺傷能力は十分――ディーバの戦闘能力から考えれば十分危険だ。

「えぇ、その通り。私は女王よ。月の裏側を統べる女王。貴方たちを管理して、いずれムーンセルのシステムにまで辿り着き、月全体を掌握する女王なの」

 月の女王――本体である凛そのものも、その在り方を肯定している。

 経緯はどうあれ、今の凛に話し合いは通じない。月の女王であるのならば、戦うしかない。

「ハクト君、そしてそこのサーヴァント。貴方たちも私を女王と崇めなさい。そうすれば、命は助けてあげるし今後の処遇もそれなりに考えてあげるわ」

 その答えには困ったが、この場で女王と呼んでも付け上がらせるだけだ。

 とにかくここは、逃げの一手だ。

「……そのミニスカはどうなんだろう」

「相応しい格好をしてから出直してきなさい。革靴(ブーツ)はともかく(ウィップ)礼装(ボンデージ)が足りてないわよ」

「女王様って呼べ――――ッ! アンタたち鬼!? 最後くらい言う事聞いてくれても良いんじゃない!? それに何、ウィップにボンデージ!? 誰がそんなサドマゾキズムな女王様だってのよ!」

 一言だけで済ませる予定だったのだが、続けて言い放たれたメルトの発言に顔を真っ赤にして凛は激昂した。

「あーもう怒った! 絶対に許してあげないんだから……!」

「……私、帰っていいかしら」

 溜息を吐くディーバは、マスターの怒りに対して心底どうでもいいような素振りをしている。

 いや、まぁ実際にどうでもいいんだろうが。

「やっちゃいなさいディーバ。永久労働確定よ!」

「はいはい……ま、ちょっと冷めちゃったけど、お陰で頭痛も消えたし? 派手に暴れさせてもらおうかしら」

 槍を構えるディーバ。それに対してメルトも体勢を低くし、ランサーも自然体ながらその戦意を纏う魔力に表出させる。

 今から、表に帰るための大事な決戦が始まる。絶対に負けられない、決戦が。

 だがその前に、

「……凛、一ついいかな?」

 聞いておきたいことがあった。

「何かしら。労働の内容? まずは――」

「いや、違う。……何で凛は、女王に固執するんだ? 女の子だったら、王女に憧れるものじゃないのか?」

 もっとも、自分の価値観ではないのだが。

 イメージ的にも、女王に拘る理由というのがイマイチ掴めなかった。

 凛は何を言っているのか、と不思議そうに首を傾げ、言った。

「何言ってるの? 王女(プリンセス)より断然女王(クイーン)よ。王女だったら、国の予算を好きに使えないじゃない」

「……」

「……」

「……」

 ――よし、倒そう。

 それが世の為人の為、ムーンセルの為とみた……!

「な、何その目……悪者でも小悪党を見るみたいな……こうなったら、戦いでどっちが正しいか決着を付けてあげる!」

 価値観の相違。それは時に、命を懸けた決戦にまで発展する。

「行くわよディーバ。私たちは選ばれた貴族である事を証明するの!」

「ええ。愚民の躾は貴族の嗜み。上に立つ者への礼儀を教えてあげるわ、子ブタ!」

 突っ込んでくるディーバ。メルトはそれを対処し、ランサーも続く。

 月の女王、遠坂 凛との決戦。

 それが遂に、開幕した。




『まな板にし…まな板にしようぜ! まな板に! まな板にしたら! まな板にしようぜ! まな板にしようぜ! かなりまな板だよコレ!』
メルト「ッ……!」
ハク「メルト、落ち着いて! テレビ壊さないでっ!」

ちひゃーさんよりはあるんですよね、一応。

そんな訳で決戦開始です。
次回は色々飛ばしていきますよ。色々。

↓最近下らない茶番を考えるのが面白い予告↓
「――Anfang(令呪解放)

飛ばしてきますよー。

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