THE IDOLM@STER 輝く星になりたくて 作:蒼百合
……デレステのMVも恐ろしいです(みくにゃんは来ず)
衣装間違いは起こりうる事件だ。
例えば、
幸いなことに、二人の控え室は同じで一曲目に『お願いシンデレラ』を歌う。なので例え入れ替わっていてもさほど問題ない。
けれど、輿水幸子ちゃんと川島瑞樹さんのメイク道具が入れ替わっていた場合は、メイク道具の違いに泣いてしまうかもしれない。年齢は一回り程違うから……
「ねぇ、
「ひゃっ! すいません。 そ、その名前はやめて下さい……」
脅し、だろうか。川島は耳元で囁いた。
――ってか、何でバレているの。
メイクはした。髪型も違う。雰囲気だって変わっているはずだ。
それなのに、ほぼ一瞬で正体を看破されては変装の意味がない。
遊びすぎたか、と雪乃は反省する。
そもそも、自由に動ける身分ではないのだ。バレたら一巻の終わりだという事実をもっと自覚する必要がある。
そんな川島の服はタンクトップの上からジャージを羽織り、ショートパンツとレギンスを履いていた。
ジャージのファスナーは全て開けっ放しなので、体のラインがはっきりと見えた。大変美しい。
「えっと、リハーサルお疲れ様です。川島瑞樹さん」
「それは、これからよ。ゆ、き、の、ちゃん」
――不味い、話題を変えないと。
「今日はナポレオンのメンバーで歌うんですか?」
「『ブルーナポレオン!!』 ということは、荒木ちゃん千枝ちゃん春菜ちゃんと歌うんですね!」
「比奈ちゃんだけ上で呼ぶのね。その気持ち。ちょっとわかるわ」
卯月は、ユニット名を聞くなり即座に会話に割り込んで来た。それにしても食い付きいいな。
川島もちょっと引いていた。
「でも残念だけど、今回は無いわ。最近忙しくて練習時間が取れないのよね」
付け加えた川島の声は少し悲しそうだった。
けれど、仕事があるのはいいことである。それがステージ系であれば更にいい。
「ところで、雪乃ちゃんと二人はどうして仕事をしてるの?」
「ちょっとヘルプしてます。人がいないみたいなので」
「そう。それに二人を巻き込んでるわけね」
川島の言葉に、雪乃は動揺する。勝手な行動をしている自覚はあったからだ。
――最善かは解らないが、被害を最小限にしたかった
その気持ちしか持っていなかったことを雪乃は恥じていた。
「そんなことないですよ! 貴重な体験をしました。ですよね、きらりちゃん?」
「うん、とってもやりがいのある仕事だにぃ!」
――うわぁ、凄くいい娘たちだな。
雪乃は少しほっとすると同時に、申し訳なさでいっぱいになる。
「……なら、いいんだけどね。それで二人はどんな娘なのかしら」
話題が自分たちのことに変わって、卯月ときらりは、ぴくりと反応する。
「背の高いのがきらりちゃんちゃんです。彼女はこれからアイドルになるそうです」
「諸星きらりだにぃ。よ、よろしくお願いします」
「普通で大丈夫よ。きらりちゃん、よろしくね」
川島の言葉に、きらりははい、と少し高い声で返事をした。
「この時期にアイドルになるってことはもしかして、新規プロジェクトの?」
「そうみたいです」
事務所内でも新規プロジェクトは話題になっているようだ。
346プロとして力を入れていることがよくわかる。
「ってこては、卯月ちゃんも?」
そのように考えるのは必然だろう。けれど卯月は違う。
その事実を伝えるのを、雪乃は少し躊躇ってしまった。
「ええっと……卯月ちゃんは」
「か、川島さん!」
「なにかしら?」
会話に割って入った卯月は、叫んだ。
川島は驚いたものの、笑顔で卯月を見つめている。
「わたし、アイドルになりたいです! それで、346プロに入って、そのぉ……」
「ふふっ。今度貴女に会うときは、後輩になってることを願うわ。それじゃあね」
「は、はいっ!」
去っていく姿は当にトップアイドルの背中である。アイドルを志す二人には、どんな風に映っているのだろうか――
*
川島が去っていく姿を卯月は、ただ見つめることしかできなかった。
顔も少し火照っていた。
――「待っているからね」って言われちゃいました……!! 頑張らないとですね!
その後の作業は上の空になってしまい、何度かミスもあったが、予定時刻までに滞りなく終わらせることが出来た。
「作業完了しました」
「了解した。みんな助かったよ。空いたヘルプは午後から入ってくれることになったからもう大丈夫だ」
「そうですか。それはなによりです」
卯月は少し悲しくなっていた。
せっかく(少し先輩になるが)アイドルを目指す仲間であるきらりと仲良くなれたのに、別れないといけないからだ。そして、今自身がバイトをしていることに悲しくなる。
これからきらりと雪乃は、ライブを観戦する。対して卯月は、事務所のオーディションに落ち続ける研修生にもなれない一般人だ。
養成所に所属はしているが、明確な差である。
「それと、こちらで昼食は提供しよう」
「ありますございます」
「嬉しいにぃ!」
「それじゃあ、本当にご苦労だった」
「島村。ちょっといいか」
二人と一緒に去ろうとする卯月を上司である男が呼び止めた。
どうかしましたか、と卯月は疑問に思いながら返答する。
「二人の連絡先しっかり交換しておけよ。特にあの嬢ちゃん。あれはただ者じゃないだろう。あいつとつながりを持てるいいチャンスだ」
「そうですね。ありがとうございます」
周りに聞こえないように、少し小さな声でアドバイスをくれた。彼は、卯月の夢を応援してくれていた。
「「「いただきます!」」」
昼休憩。
きらり、雪乃、卯月の三人は休憩室で食事を取っていた。
話の話題は当然アイドルだ。さっきあった川島の話題に始まり、彼女の参加するグループ、関係のあるアイドルへと話題は広がっていった。
だからこそ、現実を直視するのを避けられない。
「うぅっ。こんなにライブ当日に盛り上がっているのに、私はライブを見れないんですよねぇ」
卯月は自分で言って余計に悲しくなった。
今の卯月は仕事中だ。サボることは許されない。
「ねぇ卯月ちゃん」
「は、はい?」
「よかったら席取ってあげよっか? 勿論、バイトの補填も私がなんとかしよう」
「えぇ!?」
それは悪魔の誘いだった。しかも、卯月にとって利しか無い取引だ。
普通に考えたら不可能な話ではないか、と卯月思ったが、彼女なら問題なくそれをやり遂げてしまいそうだと心の何処かでは確信していた。
「いえ、大丈夫です。一度やるって言った仕事を放り投げるなん駄目です! 嬉しい話ですが、お断りします」
卯月は力強く宣言する。
アイドルになったら引き受けた仕事は必ずやり遂げる必要がある。私情で仕事を放り投げるなんて絶対に駄目に決まっている。
それは、卯月なりの決意でもあった。
――そもそも、ズルして現地参加しても他の参加出来なかった皆さんにも申し訳ないですし……
「本当にいいの?」
きらりは驚いた。
「はい。必要ありません」
「おぉ……気持ちは一人前だね。安心して、卯月ちゃん。私たちが卯月ちゃんの分もしっかり見届けててあげるから!」
対して雪乃は、感心した上で煽ってきた。
卯月はちょっとだけ後悔した。凄く悔しい。
そんな気持ちを知りもしない雪乃はパンッ。と手を叩いて立ち上がった。
「そうと決まれば、きらりちゃん。君には
「え?」
「例えば、息づかい。ステージ上での動きかた。入りとハケの仕方。それに曲の表現方法! 他にも沢山あるけど、デビュー前の"ランク"外だからそうねぇ……」
卯月にとって聞いたことない単語も多く飛び交ったが、為になる話だった。
――それにしても、ランク外、か。先は長いですね
ほとんどのアイドルが登録されているアイドルランクを見れば、そのアイドルがどれくらい人気なのか一目で解ってしまう。更新があるのは毎週なので変動も大きい。
因みに、事務所に所属さえしていない卯月は、当然ランクを持っていない。
ライドルランクには、デビューしたての新人が貰えるFランクから始まり、トップアイドルのAランクと頂点のSランクが存在する。
卯月は改めて、自分の現状を顧みる。
これまで自分もあのステージに立ちたい、と思うことはあっても技術を盗もうと思ったことは無かった。
――もっと「頑張ら」ないとですね!
卯月は、自分に渇を入れた。
「えっと、つまり……」
「これからは、ファンとして楽しむだけじゃ無いってこと。周りは全員、『ライバル』ってことよ」
ライバル、卯月はこの言葉を胸の内で繰り返し呟く。
卯月にとっては縁の無かった関係であり、それ故に憧れでもあった。
「それは……
そのプロダクション名に雪乃の目は大きく見開いた。そして、口元をにやりと持ち上げる。
「当然よ」
部屋を出る前、卯月の側に立ち止まり、耳元で囁いた。
「大丈夫だよ卯月ちゃん。これから貴女は数え切れない程に生のステージを観ることになる。私が約束する。」
「え、それって……」
「今はバイト、頑張って!」
卯月の疑問への返事はなく、肩をポンと叩きながら言われた声は大きかった。
*
部屋を出たはいいものの、ライブ開始までは時間があるので正直暇だった。
物販を買えず、ファン同士で交流出来ないのが悩ましい。
周囲の迷惑にならないように通路脇をのんびり歩いていると、控え室からは賑やかな声が聞こえてくる。
リハーサルも終わり本番前まで一休み。と言ったところだろうか。
ふと思い付いたのは、彼女たちの会話に混ざることだ。
けれど、346プロのアイドルの中で交流があるのは限られている。その上、今の私は変装中だ。バレたら不味い。
諦めて先程の控え室に戻ろうかと思った時に気づいたのは、アルコールの匂いだった。
――は? なんで。まさか、火事……
それはない。焦げ臭くは無かったのでその考えを直ぐに棄てる。
――なら、異質な匂いの発生源は何処だ。
周囲が騒いでない以上、何処かの部屋の中なことは確かだ。
念のためハンカチを取りだし、口を隠しておく。
額に汗が落ちる。もし爆発したら……。そこまで懸念するのは創作の見すぎかもしれないが、酸素というのは過熱されるのにうってつけの元素だ。
――ここは大人しく誰かに知らせよう。まだ警報器も鳴ってないから大丈夫なはずだ。
足早に退散しようと決意したその時、笑い声が聞こえた。
――あれ?
最初の懸念とは大きく違ったようでほっとする。それなら、異質な匂いは何だろう、と不安になりながらもそっとドアを開けた。
その部屋に火の煙は無かった。
その部屋は散らかっていた。
その部屋は……
――なんだ。アルコールの匂い、か
事業終わりに打ち上げを行っているような光景だった。
つまり、平和でよくある日常――
「よくないわー!!」
私はおもいっきり叫んだ。部屋にいた女性は全員ぎょっとして私の方を向く。
「あら、雪乃ちゃんじゃない」
「川島さん……これは、一体?」
何事も無いように、声をかけてきたのは川島さんだった。
川島さんがいることに驚いたが、私はこの惨状についての説明を求めた。
「何って、どうみてもお酒に決まっているじゃない」
質問に答えたのは
そんなことは、酒が飲めない私でも見ればわかる。
当然でしょ、と言わんばかりな彼女の顔は赤い。明らかに酔っていた。あぁそうだ、彼女は酒豪家だった。
机の上に転がるのは、数多くの缶ビール。積まれた枝豆の皮。端に申し訳なさそうに置かれた空の弁当箱。
その光景はどう考えても異常だ。
ライブ前の、しかも演者の控え室ではない。
「貴女……元警官ですよね? 職務前に酒を浴びるなんて随分といいご身分になったものですね」
「当然よ。なんてったってアイドルだから」
私の傲慢な態度を片桐は気にも留めていなかった。それどころか上機嫌になっていた。
私の方が気が動転しているのかもしれない。
そう判断した私は、落ち着くためにすうっと大きく息を吸い込む。そして、ゆっくり吐いた。
「すいません。そうじゃなくってですね……」
落ち着け、自分。今の問題はなんだ。
答えは簡単だ。控え室に酒があること。発生するのは、酔ったままライブへの登壇だ。不味い。問題がありすぎる。
「と、とにかくっ! 皆さん今すぐ水を飲んでください!」
妙な沈黙が生まれた。
それを破ることになるのは、酔いどれ娘だ。
「ん? 雪乃ってことは、もしかしてもがなちゃん?」
「はい、お久しぶりです。高垣楓さん。……って、なに持ってるんですか」
片手にビール瓶、反対にの手にコップを持つどころか、ぐびぐび飲みながら話しかけてきたのは、346プロが誇るトップアイドルの高垣楓だった。
現在進行形で度肝を抜かれるような行動を多々起こす問題児25ちゃいの元モデルだ。
モデル時代から才能があり、その歌唱力は346の中でも随一の実力を持っている。
天は何故こんな人に才能を与えたのだろうと、私は妬ましく思っていた。
三話だと一万字を越えそうになったので分割投稿にしました。
そんな訳で、雪乃ちゃんは芸名を用いて活動していました。アイマス界ではレオンと、ジュリア以外はみなさん本名なのでしょうかね?
そして、今週末はしぶりんの中の人が幕張でライブだ……
【7/7追記】高木社長お誕生日おめでとうございます。