THE IDOLM@STER 輝く星になりたくて 作:蒼百合
――ふう、こんなものかな
化粧鏡を観て確認をする。一目見ただけでは誰も私だとは思うまい。
元から
完成イメージは、相手に舐められないような顔だ。勿論、私がアイドルであることも隠すことは忘れない。
「……え、誰」
廊下で遭った凛は、不審な人物を見たように困惑していた。
凛を一瞬でも騙せたのなら、私のメイクは成功だろう。
「どう、私には見えないでしょ?」
「なんだ、雪乃義姉さんか。驚かさないでよ」
少し色っぽく言ってみる。
声を聞いて私だと解ったようで、凛は安堵した。
「でも、言われたら義姉さんにしか見えないや」
それは仕方がない。あくまでも年相応以上の年齢のように見えればいい。
「でも、未成年には見えないでしょ?」
「そう、かな。大学生でもいそうだけど……」
「そ、そっか」
手厳しい現役中学生兼身内の評価だ。別に子供でも今日は問題は無いけれど、凄く悲しい。
「今日は珍しく洋服なんだね」
「うん。ライブに行くからねえ。流石に動き辛いし」
「ライブって、346のだよね?」
凛はその会場まで、注文のあったフラワースタンドの配達と撤収をする手伝いを行うそうだ。
「勿論」
対して今日の私は、観客であり、仕事だ。
テレビに出演する人の職種は様々である。歌手、タレント、芸人やモデルに声優……。多種多様に存在する中であり番組毎に出るジャンルは異なる。
その中でも、現在一番総人口と、見る機会が多いのは『アイドル』だ。
朝のミニコーナーに始まり、お昼のバライティ。夕方の子供向け番組。ゴールデンタイムはステージの中継がある。深夜には大人組のちょっとエッチな番組やディープな内容も放送されている。
そんなアイドルの経済効果は、絶大だ。至るところに広告が点在している。
駅前の交差点には、大小複数の街中を彩るように広告が存在する。そのどれもが765プロのアイドルが出演していた。
『竜宮小町with律子』の新曲の広告や、『プロジェクト フェアリー』とコラボしているおにぎり屋の広告。四条貴音の交通安全ポスターまで掲載されている。
ライブ会場のある横浜みなとみらいに向かう地下鉄のつり革広告にも、アイドルを起用した広告は掲載されている。
その中で目を惹くのは、週刊誌の広告だ。アイドルの母数が多くなれば、それに比例して黒い噂も多くなる。需要も売り上げもあるだろう。
記事の見出しには、知らないアイドルの枕営業についてでかでかと載っていた。
――真偽は兎も角として、相当な痛手だろうな。
事務所の名前を見たら、こだまプロ、と書いてある。
新幹少女のところだ。
新幹少女は深夜帯に帯番組を持っている。そのメンバーの一人が菊地真の熱狂的なファンである。彼女は「真のファン」とのバトルを繰り広げているので度々話題になる。
今度は、事務所アンチとの戦いか。
御愁傷様。と小さく合掌しておく。
他のにも新曲の宣伝。
衣装や番組も――広告を見る度に、次はどんな新しいことを企画し、水面下で実行しているのだろうか、と想像する。そのことを考えているだけでもワクワクしてくるからだ。
これから346プロのライブを見ることも影響しているかもしれない。心置きなく観るライブは何時観ても最高だ。
移動中は、タブレットをつけてメールの確認や、資料作りを行うことが多い。ライブ前なら、ボーカル無しの曲を流してイメージすることが多いし、オーディションなら気分転換に小説を読む。
けれど今は、一人の観客だ。ライブを観に行く時は、出演アイドルの曲を聴きながら、SNSで物販の販売状況や現地にいる人のまとめを確認していた。
しかし、それらを行う気分にはならなかった。背の高い少女から目を話せなかったからだ。
目を閉じて、電車の揺れに身を任せてゆらゆらと動きなが幸せそうに音楽を聴いている姿は、絵になる光景だ。
ちらちらと覗いていたら、時間はあっという間に過ぎた。
ライブ会場であるみなとみらいに着いたのは9時過ぎだ。
地上に出ると風が吹いていた。海風だ。真冬ということもありかなり寒い。空は少し曇っていて、雪が降りそうだ。
そんな悪天候であろうと、ライブ会場周辺には既に長蛇の列が形成されている。
雪の降りそうな寒い日ではあるが、この一帯だけはファンの熱狂に徐々に包まれていく。といっても過言でない。
彼らは物品を確実に買うために朝早くから並んでいるのだろう。徹夜して並ぶ人も居るだろうが、近隣の迷惑にもなり、経費が掛かるので自粛してくれると運営は助かること。特にお盆と年末のビックサイトでは――
列に並ぶファンの人たちを横目に、階段を下りて搬入口等のある裏口のスタッフ用出入り口に向かう。
すると、また彼女がいた。立ち姿はさらに目立った。百八十はあるかもしれない。
紙を片手に、何かを探しているように見えた。
ふと思い出したのは、今西部長との電話中にあった「シンデレラプロジェクト」だ。
どんな人がいるのかと話を聞いてみると、背の低い娘と高い娘をスカウトしたそうだ。普通は秘密でありそうなのに、あっさり答えたのは少し驚いた。
けれどそのお陰で、彼女の容姿はそれに一致することが解った。
*
警備員の仕事には、不審者がいないかの見回りや、「入り待ち・出待ち」のファンからのアイドルの警護も含まれる。
「ねえ君。ここで何をしているのかな」
言葉としては優しく感じるものの、口調は相手を問い詰めるように、厳しいものだった。
少女――
「えっと、きらりは……」
「はいはいちょいと失礼」
会話を遮るように、雪乃は二人の間に割り込んだ。
「誰だね君は」
「誰? と言われましても、こういう者です」
そう言いながら雪乃は通行証を見せる。
警備員の顔は、穏やかな表情を少しだけ取り戻した。
「そうですか。それで、そこの彼女とは何か関係でも」
「関係は無いですけど……君"シンデレラプロジェクト"の娘だよね?」
「う、うん。まだアイドルじゃないけど、きらりは"シンデレラプロジェクト"にスカウトされたにい」
「ってことはつまり……」
ようやく警備員は状況を把握出来たらしい。
きらりの手には、地図の他にチケットも握っていた。
「関係者、だね。という事で彼女も通って大丈夫だよね?」
「はい。失礼しました」
警備員に謝罪にきらりは、気にしなくて大丈夫だにぃ、と優しく返事をする。
その様子を見て雪乃は、アイドルらしく可愛いなと思っていた。
「それじゃあ行こっか」
「……うん」
警備員に、お勤めご苦労様です。と挨拶をしてから先ほど見せたチケットと証明書を首にかけたケースに入れた。
「さっきはありがとね」
「ううん、気にしないで。私は、渋谷雪乃。あなたは?」
「きらりは、諸星きらりだにぃ」
VTRで観るような、ライブ直前の興奮しきったテンションは、裏方である会場設営側であるスタッフには存在しなかった。まるで地獄のように思える。
その主な原因は、ライブの運営スケジュールは大変過密に組むことが多いからだ。前日の深夜から夜を徹して設営を行い、ライブ後数時間で撤収する……なんてことも頻繁にある。
ステージの設営が終われば、出演者であるアイドルが現地入りしてのリハーサルだ。同時進行でコンサート関連の物販も随時搬入されて、陳列されていく。
同時に、販売商品や、ステージ衣装の汚れや不備が無いかも確認していると、開場時間まではあっという間だ。
しかも、当日は当日で忙しい。会場整理やチケット確認に物品販売や全ての席にパンフレットを手作業で置いていったりと、挙げ始めたらきりがないけれど、兎に角嵐のように大変だ。
そんな舞台裏に入ると、大勢のスタッフが既に慌ただしく動き回っていた。
きらりはその様子を興味深く眺めていた。
「やっぱり珍しい?」
「うん。ライブの裏側を観るのは初めてだから、ちょっとわくわくしてるにぃ!」
邪魔にならないように端や隅を通りながら、通路を歩く。
「――さん現場入りました~!」
「え、もう来たの!?」
「機材通りまーす!」
「照明さんもう少し右です右」
「まだ小道具が届いてないのか!?」
「点呼取るぞ!」
左右を見れば報告、依頼、怒号等々の大声が響き渡る。
――あれ、ここまでうるさいかな?
本番当日の、リハーサル前だと言うのに現場が荒れすぎではないかと、雪乃は疑問に思っていた。
「お前ら、今何時だと思っている。遅いぞ!! 」
「にょわ!?」
そんな中で、私服の、しかも見知らぬ人がこの時間に歩いていれば勘違いもするのは仕方がないことかもしれない。
如何にも体育会系の男性が、恐ろしい形相で激怒していた。
体育部の男子が怒られても怖く感じるのに、体育部とは無縁であろう女性が、同じように怒鳴られると堪ったものではない。
「すいません……私たちバイトじゃないんです」
雪乃は、申し訳なさそうに首にかけてあるカードを見せた。
「そ、そうか。いきなり怒ってしまい、すまなかった」
高槻やよいの挨拶よりも深々とお辞儀をした。
雪乃は、たった数十分も経ってない間に二回も理不尽な怒りをぶつけられるのは理不尽だと思った。
現場がピリピリとしていることは、雪乃も自覚している。だが、緊張や不安。負の感情が周りに伝達するのはよくない。
――トラブルが起きたときに怒るのは非効率だ。 先ずは原因の出所の究明、そして速やかな対処だ。責任追及はその後だ。
「あの、誰か来てないんですか?」
「ああ、そうなんだよ。ったく、人手はフルでも足りないってのに」
「因みに、担当だった仕事の内容は?」
「……アイドル付きのスタッフなんだ」
「うわぁ」
男の声は重い。
雪乃の顔も険しくなった。
会場で働く多くのスタッフはアルバイトだ。つまりは一般人。裏方で働いても、出演者との接点は一切ないことがほとんどだ。
すれ違うことがあってたとしても、会話は当然厳禁だ。
守秘義務も当然あるが、直接関わるとなると代わりが効きにくい担当だ。
「それなら、私たちがやりましょうか?」
「君たちが、か?」
「ええ。関わりのある立場ですし、ので」
「なるほどな。いやでも、急に言われてもな……」
「そうですよね。ちょっと待ってください」
雪乃は携帯を手に取った。
「今西さん、おはようございます。渋谷です」
電話で話し出した雪乃は、姿勢も口調も変わっていた。
二人を置いて、雪乃は話を続ける。最初は二人とも困惑していたが、体育会系の男は電話相手を理解して驚いた。
「まじかよ」
「あのー……」
「ん、どうした?」
「雪乃ちゃんは、誰と話しているんだにい?」
何がなんだか、きらりには訳がわからなかった。
「あー、そりゃあ知るわけねぇか。あいつは、346プロのお偉いさんと話してるんだ」
「にょわ!?」
一体彼女は何者なんだろうか。
きらりが疑問に思っていたら、雪乃はスマホを降ろした。電話が終わったようだ。
「お待たせしました。大丈夫だそうです」
雪乃の言葉に、男の顔はひきつった。
きらりも詳しく状況は把握してないが、とにかく凄いことをしていることは分かった。
「そうか……それならお願いしよう。
「あっ、はい!」
慌てて返事をする少女――島村
「島村、午前は彼女たちと一緒に業務を変わって貰ってもいいか?」
「……はい! わかりました」
「そうか。よろしく頼むぞ」
卯月に連れられて、二人は更衣室に入る。ロッカーの前で着ていたコートやスカートを脱いで、青色のファーが着いて裏にはでかでかとスタッフと解りやすいくらいに書かれているスタッフ用の服に着替える。
来ていた服はロッカー内に畳んでから鍵をかけた。
そんな中で、卯月は更衣室の長椅子に座っていた。
「突然こんなことになっちゃって、ごめんね」
「そんなことないですよ! もしかしたら、アイドルに会えるかもしれないですし」
徐々に小声になっていたが、二人にはしっかりと聞こえていた。
雪乃は、まぁ、ちょっとくらいしかたないか。と見逃すことにしたのを二人は気づかない。自分だって同じ立場なら、そうするだろうから責める資格はないのだ。
……駄目な人たちである。
「きらりも、ちょっぴり楽しみだにい」
「そうですよね! こんな機会なんて滅多にないですから!」
きらりと卯月は、目を輝かせていた。
そんな初々しい姿を見る雪乃は、微笑ましく思えてきた。
「あ、忘れてました! 私は、島村卯月って言います。今日はよろしくお願いしますね」
ぺこりとお辞儀をすると、彼女の長い髪もふわりと浮いた。
見た目、声共に可愛らしい娘だなと、雪乃は思った。
互いに自己紹介を済ませると、割り当てられた今日の行程を確認する。
「えぇっと、本来の仕事完了時刻は"11:30"ですが、作業開始時刻の遅延もあるので、定刻通りでなくて構わないとのことです」
リーダーは当然、卯月だ。仕事内容を共有していく。
「ケータリングだけは遅くとも11:45までに完了させたいと思います。先に慌てずに終わらせましょう」
きらりと雪乃は頷いた。
「それでは、頑張りましょう!」
「ええ」
「頑張っちゃうにい!」
搬入されたキャスター付きの洋服掛けにある衣装と、靴や小道具を各控え室に移動させていく。
衣装に間違いが無いかを再度確認するのも大切だ。そして不具合が無いかの確認だ。
例えば、服のほつれ。アクセサリーが外れていないか。小道具が有るか。それらを資料に照らし合わせる。それだけの仕事といえばそれまでだか、大変重要な仕事だ。
「……と、まぁこんな感じですね。後は、ケータリングのお弁当と飲み物を配る、くらいだと思います。」
卯月は、慣れた手つきで一通りの仕事を終えた。
その手際に、二人は感心していた。まるで職人技だ。
「きらり、驚いちゃったにい」
「本当ですか?」
「卯月ちゃんってバイト歴長いんだね」
笑って、驚いて、照れる。
卯月の表情はころころと変わって見ていて飽きない。
――アイドルにも向いてるかも
そんな思いは、卯月の言葉によって後悔に変わった。
「……はぃ、沢山の現場を経験しました」
彼女の顔は下を向き、悲しそうな表情であった。
気まずい空気のまま、三人は作業を初めた。
*
「うにゅう……」
「きらりちゃんどうしたんですか?」
悩むきらりに、卯月は心配して声をかけた。
「……これって数は大丈夫なのかにぃ?」
きらりは、同じタイプで色違いの衣装が10着以上あるのを不思議に思っていた。
それを見て卯月は納得する。
「あぁ、
L.M.B.Gは、346プロに所属する小さなアイドルで構成されたマーチングバンドのユニットだ。
見た目の可愛らしさと、カラフルな衣装も合わさって346プロを代表するユニットの一つとなっている。
創立当初から存在するユニットであり、徐々に参加アイドルは増えている。今では346プロのみならず、アイドルユニットとしては最大人数となっている。
「それって『
「はい! その娘たちです! まさかこんなに近くで衣装を観られるだなんて、夢にも思っていませんでした……」
きらりの声に、卯月は脊髄反射していた。
卯月の興奮しきった姿から、本当にアイドルが好きなことは一目瞭然だった。
「やっぱりL.M.B.Gは最高だよね」
「ですよね! ぴょんぴょん跳ねる姿はかわいくて……」
オレンジサファイアは、常夏の南国の島がイメージの元気溢れるラブソングだ。
因みに、時期外れであり、マーチングバンドとは一切関係無い。
「……どうしよう、
「あぁ……凄くわかります! 」
使い捨てのペンライトであり、強い光を発光するのがUOだ。観客が一斉に使用する光景は圧巻である。
卯月は悔しそうに涙を浮かべて同意している。
「そういえば、今回って何人参加でしたっけ?」
普段テレビに出演する時は選抜メンバーになってしまうことが多いために、定期公演でフルメンバーが揃うことを願うファンの期待は計り知れない。
「今日は参加メンバーに
当然、知っているのを資料を見たからだ。つまりは機密事項。
「凄い人数だにぃ……」
「あれ? 保護者役は誰でしたっけ……」
「日下部若葉さんがいるから! あの人20才!」
「そ、そうでした。可愛いので忘れちゃいます……」
「わかるわー。あの娘たちって本当に可愛いらしくて
突然会話に割り込んで来た人がいた。
相手が誰か、よりも仕事中に話し込んでしまったことを思い出した卯月と雪乃は慌てていた。
「うわあぁっと……すみません!」
「ご、ごめんなさい」
話した順に卯月と雪乃だ。二人とも頭をできる限り下げていた。
全くもって、気がつくのが遅すぎである。
しかも、声の主は……
「急に謝ってどうしたのよ」
「そ、その声は川島さん!?」
「あ、瑞希さんか。おはようございます」
346プロを代表するアイドルの川島瑞樹だった。
きらりは、驚きのあまり固まっている。
「おはよう。って瑞希って誰なのよ」
「冗談ですよ、瑞樹さん」
「ん、その声って…………えぇ、雪乃ちゃんね」
川島は、予想外の人物がいたことに驚いた。
けれど、雪乃の方が驚いていることに、卯月は気づかなかった。
静岡公演に参加した皆さんお疲れ様でした。
ほぼ二徹は体に響きました。トホホ
さて、本編ですが、ようやくアニメの会場入り&再構成らしく卯月の仕事を変えてみました。
そう、やっと卯月が出せたんです!(歓喜) 只のファンと化したバイトちゃんですが……。仕事、大丈夫なのかな?
LMBGもタイムリーなので入れてみました。ヤバかった。みりあちゃんと薫ちゃんのコンビは凄かったです。
話は変わりますが、総合評価のポイントが1000を越えました。評価、感想、お気に入り、閲覧をしてくれた読者の皆さん、ありがとうございます。