THE IDOLM@STER 輝く星になりたくて 作:蒼百合
やる気が出ましたので早速投稿します。
―――どうしよう。考えておきます、って言ってしまった。
今西との電話を終えてから気がついたが、やってしまったと雪乃は思った。冷静になり、出てきた感情は困惑だ。
雪乃は、勝手な自己判断ではあるが、プロデューサーとしてもある程度の実力があると自負してはいた。文字通り一流ではないと自覚した上ではある。
――わたしよりも実力のあるアイドルを見定められるのかな……
以前の雪乃であれば、ただでライブを観れるとあれば喜んで参加していただろう。けれども今は、ライブ自体を観たいと思えないでいた。そもそも、断るべきではなかったかと思いはじめている。
とはいえ、この答えは単純だ。参加するかしないかの二択でしかない。
たまには外に出よう、悩んでも解決しそうにない問題は一旦寝かせることにした。そして雪乃は、気分転換をすることにする。
備え付けのクローゼットを開ければ、山のような衣服で溢れている。種類も数も当然、豊富だ。
モデルやテレビの仕事が終わって貰った服に、買い取った服。友達とショッピングをした時に買った服。
――あっちのアクセは美希に貰って、このシュシュは春香とお揃いなんだよね……
服やアクセサリーを見る度に、思い出が蘇ってしまい雪乃の視界には、靄がかかってきた。
――今日も和服にしよう。
和服なら、思い出とも一番縁遠い。765プロのアイドルたちとも呉服屋に行ったことは有るが、残念なことに和服は不評だった。唯一雪歩は、和服を身に付け事務所に来たこともあったが、それも母からの御下がりだ。
クローゼットをばたんと閉めた。
代わりに、タンスを開ける。取り出すのは襦袢に帯や袴……。着付けに使う物一式だ。
雪乃は、寝巻きのパジャマとズボンを脱いで、背中側にあるベッドの上にふわりと投げた。
下着姿になったら、自宅から持ってきた姿見の鏡に向かい立った。着付け時に着物の乱れを確認する為だ。そんな少しの動作でも雪乃の、『自分は女です』と自己主張しているような乳房が、上下に揺れる。日常では意識しなくても鏡の前では非常に解りやすく、意識が向いてしまう。
どうせならと、右足を軸足として雪乃は、くるりと一回転してすとんと足を降ろしかわいくポーズを決めてみた。当然、揺れた。
――げ、全く笑えて無いじゃん……
アイドルをやっていたとは思えないくらいに硬くて、微妙な顔。覇気を一切感じなかった。その事実に雪乃は、改めて驚いた。
そんな筈はない。今回はたまたま出来なかっただけだと思い、ゆっくりと目を閉じて深呼吸をした。
冷静になり、気がついたのは、自身がつい先程までやっていた行為だった。下着姿のままでこんな行為を――勿論誰もいない自室ではあるが――行うのは痴女そのものでは無いのかと、思ったところで雪乃は、たまらず顔を真っ赤に染めていく。
しかし同時に、長く伸びていて寝癖が残るぼさぼさな髪が、頭の回転に遅れてふわりと舞うのはなかなかによい光景であった。
目の前の美人が私ではなくて、別の女性ならよかったのに、と雪乃はたまに考えてしまう。
――でも、ポーズなんて普段はとらないし。着替える為に立つのはどうせ同じなんだから……
誰も観てはいないが、言い訳をして気持ちを再び落ち着かせる。雪乃は、とりわけ大きくはないけれど、しっかりと出ている女らしい部分に手をそっと当てた。心臓の鼓動が聞こえてくる。
視線を下に降ろしてみるが足元が見えない程に立派に成長しているのが、下着姿だと一層目立っていた。
――こんなにいらなかった。千早くらいでいいのに……
それは、禁句に近い言葉だ。
ある時雪乃は、千早と不毛な争いを繰り広げたこともあった。結果は痛み分け。雪乃も千早も傷口が広がってしまった悲しい争いだ。
間違いなく、女としては嬉しいことではあることは雪乃も理解していている。小さい娘からは羨ましがられる。けれど、悩みもある。残骸のようではあるが、確かに残っている『男』としての記憶と意識が有るからこその悩みでもあった。
着物だと胸の大きさが隠れる、当然ある程度の形は解るが洋服よりは目立たないので、雪乃は好んで着ている。余計なことを考えていたので少し時間は掛かったが、無意識でも着付けが可能なくらいに着ているので、着替え終わった。後ろ姿も鏡で確認するが問題ない。
紛れもない美人がそこにいた。
リビングに向かうと、義妹の渋谷凛と彼女の母がテレビを観ながら談笑していた。
「雪乃ちゃんおはよう」
「おはよう、雪乃義姉さん」
「おはよぉ~叔母さん、凛」
凛の母と凛への挨拶は、気の抜けただらしない挨拶であった。
雪乃と凛の血縁関係は、『いとこ』に当たる。仕事場から近いこともあり雪乃は、彼女らの自宅に何年も住まわせてもらっている。
そこに出来た絆は家族のそれと近かった。
「全く。せっかく可愛いお着物を着ているのだから、少しはおしとやかに挨拶したらいいんじゃないの?」
「す、すいません…」
凛の母は、またなのかと呆れた様子で雪乃に言った。対して雪乃は、家だけなんです。外ではしっかりしてますから。とよくある子供の言い訳を口にした。
仕事を辞める以前から何度も見てきた光景なので、凛はまたなのかと呆れていた。
雪乃は、彼女の母にも散々指摘をされてる。やはり女は強しだ、と雪乃は思っていた。こればっかりは前世が男の私では敵いそうにないと、心の中でつけ加えながら。
*
「うわっ。こんなに寒かったんだ」
外に出たのも765プロを辞めてきたのが最後だ。真冬の寒さに驚く。普通の人は満員電車の中を通勤通学していることを考えると、ニートライフを満喫していた私が虚しくなる。 幸いなのは、多くの学生が冬休みの時期であることだ。
私立に通う学生らしき人と何組かすれ違った。中には、参考書を片手に歩いてる人もいる。此方は私服だが、もうすぐセンター試験があることを思い出した。
そっか……今頃最後の追い込みなんだね。これも、高校に在籍すらしていない私には縁の無い話だった。
誰もが視線を私に向けるが、テレビに出ている人だとは気がついている節は無い。そもそも、スマホを観ていて気がつかない人すらもいた。
だけど、流石にバレちゃうかもしれないよね。小声でもしかして、と話す声が聞こえた。つい先日活動休止を表明し、アイドルアルティメイトでも目立ったことで、多くの人が目にしたはずだ。
――アルティメイトは完全に引き立て役だったけど
それでも、話題になったことには変わりない。そんな人が、目立つ格好でいては身バレするのも時間の問題かだろう。
私は足早に、目的の場所へ向かった。
「ありがとうございました」
定型文と共に、深くお辞儀を行った店員さんに見送られた。
向かった先は、ヘアサロンだ。黒染めをしてもらい、ぼさぼさになった髪を整えてもらった上で、髪型も変えた。
人にはそれぞれトレードマークが存在する。それは、持ち物だったり口癖かもしれない。身体的特徴の可能性もある。例えば春香だと頭のリボンで、律子であればパイナップルヘアーは非常に有名だ。美希なら金髪と胸。高垣楓さんなら、目だ。
オフの日に、身バレされなくなければそのような特徴を隠すのが最適だ。当然、一ヶ所変えただけでは判別はつきやすいが、逆に身体的特徴を捉えていれば、どんな人物か解りやすい。その最たる例がモノマネだ。全く違う顔だとしても、どこか本人とにていると感じるのは、表示や仕草、声の癖をマネしているからだ。
だから、特徴的な髪色と髪型を変えることにした。
今の髪型は、黒髪の姫カットもどきだ。前髪ぱっつんは着物とよく合い、髪飾りもよいアクセントになっていると思う。まごうことない着物美人がそこにいた、なんて漫画やアニメのモノローグみたいなことを美容師さんに言われてしまったので少し恥ずかしい。
ちょっと変わった人だが、口も堅くて優秀だ。
*
その足で、原宿まで出てきた。ギャル系ファッションの方が多いものの、呉服屋も数件あるので観に行こう。
駅周辺のポスターには、アイドルが出演しているポスターも多かった。
街中は、買い物客やデートのカップルで溢れかえっていた。その中でも、着物の私は当然目立つ。とはいえ、数名だが同じように着物を着て街中を闊歩する人も見つけた。ちょっとだけ嬉しくなる。
「おい、あっちでライブバトルがあるらしいぞ!」
「マジか。行かなきゃ!」
一際賑わっている場所があった。
多くの観客の視線を集めているステージ上で、二人の少女がマイクを持ってライブ前のアピールをしている。
「ライブバトル、か」
アイドルブームの影響は、単にアイドル番組やライブ会場の増加だけでは無い。動画サイトやSNSの認知度が上がり始めると、「踊ってみた」動画。つまりは、コピーダンスが流行した。
その流れは、創作ダンスやネットアイドルの誕生に繋がった。
中でもELLIEやサイネリアなどを始めとするネットアイドルは、「コラボ」を行った。
アンケート機能を利用し、どちらのアイドルが面白いかを競いあったり、ユニットを組んで多くの視聴者を盛り上げた。
そうして、現実世界で実際のアイドルと同じように対決を行うようになったのが「ライブバトル」だ。
全国各地で突発的に行われている。
――見ていこうかな
「みんなー!ネコちゃんパワーでみくは頑張るから、応援よろしくにゃ~!」
「「「いえええぇぇ!!」」」
――なるほど、色物か
猫耳、尻尾をつけた少女の名前は、みくというらしい。どうやら、固定のファンもいるらしく人気だということが解る。
「こんにちは、ぴょん吉です!! 今回はみくちゃくと対決することが出来てとーーっても嬉しいです!」
「ニャァ~。誉めても手加減しないよ?」
言葉とは対象的に、みくは嬉しそうだ。
みくの対戦相手は、ぴょん吉というようだ。背丈はみくよりも低く、童顔だ。此方のハンドルネームはどう考えても本名ではない。
「みくちゃんといえば、やはり猫耳が特徴ですよね!
…………
………
……
それからみくちゃんは、スタイルもいいですよね!」
「にゃ!?」
――この娘、凄く喋るのね。まるで「俺ら」だ
一つわかることは、ぴょん吉と名乗る少女がアイドルを好きだということだ。その点で、多くの観客も親近感がわいたことだろう。
とはいえ、流石に長すぎだ。もっと自分のアピールをした方がいい。
ステージ脇にいる司会者も、呆然としていた。まて、あんたはしっかりと仕切りなさい。
「あっ! すみません。話しすぎちゃいましたぁー。でへへ~♪ 」
「……ぇー、それではステージの方へ参りましょう!
それでは、先方のみくちゃん。曲名をどうぞ!!」
「それじゃ歌うにゃ! タイトルは……『超時空飯店
――え、あれってCMバージョン以外にあったの?
『超時空飯店 娘々!』は、アニメの劇中歌だ。それも架空のCMである。アイドル曲といえるのかも定かではないが、歌ったキャラは銀河のアイドルなのでアイドル曲だ。
そんな雪乃の思考を置いていくように曲は始まった。
どうやら、みくは一貫して色物猫系アイドルとして勝負をするらしい。
肉球のついたグローブをポーズを取りながら、時に頬を撫でるようにスリスリと動かし、時に招き猫のような可愛らしく一瞬だけ止まってポーズを取る。
身体を動くと当然、はっきりと輪郭の把握可能なお尻と、そこから生えた尻尾も、ゆらゆらと動いていく。背中を向ける時だけに見えるお尻についた尻尾がなんとも愛しく感じる。
そして、歌声も悪くない。全体的と少女と思えないような甘える音色で歌いきった。
みくのアピールが終わった。
観客からは、拍手が鳴り響く。
「ありがとにゃー!」
――少し、エロすぎるけど、それがいい
デ・カルチャー! 驚いた。いいステージだった。
みくは肉球グローブはめた右手を高く上げて、観客からの声援に応えた。
雪乃は、みくの猫の動きを観察したからこそ表現出来たであろう細かな仕草が、魅力的に感じていた。
――思ったよりもこの勝負……期待できそうだね
それならぴょん吉さんはどんな演技をするのだろうか、期待が高まる。
ぴょん吉さんの方に目を向けると、私たちと同じように拍手をしていた。しかも、マイクを床に置いて……
――もしや、只のドルオタ?
疑惑。本当に彼女は踊れるのだろうか。
「ぴょん吉ちゃん。ぴょん吉ちゃん……?」
「ぁあ! はい。 私の番ですね」
すると、直ぐにトランペットの演奏が流れ始まった。
その曲は、毎日のように聞いていた明るくて軽快なイントロだ。
ぴょん吉の目は変わった。
アイドルの目だ。
「『乙女よ大志を抱け!』」
――凄い
予想は裏切られた。ぴょん吉は楽しんでますオーラを全回にして、ステージを駆け抜けた。観客は、実際のライブと同じようにサイリウムを振り、コールもした。
歌声は、発売当時は特に音痴だった本家とは段違いだった。それが普通なのかもしれないが。
と、いうのも『乙女よ大志を抱け!』は、765プロのメインヒロインこと天海春香の持ち歌である。彼女は……音痴だ。今では、千早たちにしごかれたかいあって、上達しているが。ファンの間では有名な話であり、彼女の成長に涙した。
――でも、これじゃあみくには勝てないわね
それでは結果発表だー! そのアナウンスを聞くと、余韻に浸っていた人も、談笑した人も視線を司会者に向けた。
「勝者は……みくっ! おめでとう‼」
「ーーっ。 勝ったにゃー!」
「あー、負けちゃいました~」
ライブバトルの元ネタは実際のアイドルが行うステージバトルであり、オーディションだ。審査対象は、
オーディションでは重要視される能力は違うが、
ぴょん吉は
ライブバトルのいいところは、演者との距離が近いことだ。地下アイドルやご当地アイドルとは違い、多くの場合は、ファン活動のような趣味である。例えるなら、即売会のような距離の近さがある。路地ライブのようなものだが、ステージは存在する。
ライブ後に演者と話せる場合もある。今回は、出来る。せっかくだし話してみよう。
既に列が形成されていた。彼女たちのステージに思いを馳せながら、私の番を待っていた。私の隣の人はスーツ姿の男性だ。仕事終わりかなと思ったが、どこかこの背中に見覚えがあった。
「「……あ」」
私と彼――武内――が驚いたのはほぼ同時であった。
にゃんにゃんにゃん!
原宿のアイドルといえばやはり彼女ですよね? そんな訳で、前川みくにゃんのライブバトルでした。元ネタはモバマスです。
みくの曲はマクロスF内の曲です。一番猫っぽいアイドル曲から選んでみましたが……それ以外に猫曲ありますかね? 因みに、雪乃のプロトタイプはシェリルをイメージしていました。今は違います。
みくの対戦相手は悩みましたが、ミリオンの赤こと春日未来に出てもらいました。ちょっと中の人が溢れてますが、ゲッサンでも半分くらいあれだったしね。
読者の皆さん、次回もよろしくお願いします。
……高評価や、感想があると執筆のモチベーションはあがりますよ……(チラッ)