THE IDOLM@STER 輝く星になりたくて   作:蒼百合

3 / 11
3話 スカウト

 ジリリリリリ――――

 

 部屋全体に鳴り響く機械音によって、雪乃は目を覚ました。止めようとして、布団の中からもぞもぞと手を伸ばす。けたましく鳴り続ける目覚まし時計を止めると室内は静寂に包まれる。その中で、カチカチと時計の針は刻み続けていた。

 

 ――――あれから、何日経ったかな

 

 分刻みでスケジュールに終われていた頃とは違う自堕落な日々を何日続けていたのか、雪乃自身把握していない。

 解るのは、目覚ましの前にうっすら目が覚めるようになったことと、体力が著しく落ちていることだ。そして、以前よりは少しだけ目覚めは良かった。

 雪乃は、二度寝をしてしまう前に、のそりと起き上がってベッドから這い出た。

 

「はぁ……」

 

 口に出しても意味の無い、何度目か解らないため息を口にする。時計をセットした時間は六時半なので、外はまだ暗かった。

 体を引き摺りながら部屋の扉を開けて廊下に出て、洗面所の鏡に映った顔は、窶れていた。

 

 ――酷い顔ね

 

 当然だった。食べるとき以外は部屋の中で延々と寸暇を惜しんでゲームをすれば、目には隈が出来て、身体は重くなり、殆ど動いて無いから体力も落ちる。

 

(積みゲーと化していたソフトを一気に消化するのはもうやめよう……)

 

 何日も睡眠不足になっていて、頭痛に魘されるのはもうごめんだと思ったからだ。

 

 

 

 ***

 

 

 

「アイドルに興味は有りませんか」

「……はぃ?」

 

 今思えば、それは、スカウトマンにしては随分とストレートな勧誘であった。余計な話を延々と聞かされるのと比べたら、うんとマシではあるが、その勧誘を聞いた相手は驚いて面食らってしまうだろう。

 とはいえ、私の場合は違っていた。

 怒りであった。

 アイドル事務所を辞めて来た人がどうして別事務所から勧誘されなければならないのだろうか。

 

()()、ですか」

「はい。貴女が、です」

 

 彼の瞳は、暗闇の中で星のように輝いていた。私は思わず、目を反らした。

 

「……お断りします」

 

 記憶は定かではないが、ハッキリと口に出して否定していた。

 私のアイドル人生はとうの昔に朽ちていたのだから。

 

「理由を、聞いてもよろしいですか」

 

 スカウトマン――名刺には、武内と書いてあった――は、無愛想な顔を少しだけ変えた。諦めてはいないようだった。

 

「理由、理由ねぇ……」

 

 言葉を反芻し考える。

 アイドルになった頃のこと。765プロに初めて行ったこと。スタジオの風景。沢山のカメラを向けられて演技を披露したこと……

 自身の中で考えたり、律子と話した時とは別の思いが浮かんでは、消えていった。

 

「……ふふっ」

「どうかしましたか」

 

 最後に出てきたのは笑みだった。

 

「すいません、余りにも可笑しくて。……私にアイドルなんか成れる訳無いですから」

 

 無謀すぎる挑戦だった。だからこそ、終わりもそこそこだったのだ。トップアイドルになんて成れる訳がない。

 どれも私には過ぎた出来事だったのだろう。今考えたら、どうして私がアイドルになれると思ったのかさえ理解出来なかった。

 どれくらい前の出来事だったか、誰に言われたのかさえ記憶からは薄れているが、「お前にアイドルは向いてない」と言われた。当時は気にも止めていなかったが、結局は正しかった。

 

「そうですか。残念です」

 

 そう言ってから、武内と思われる男性、は少し寂しそうな背中を向けて去っていった。少し申し訳ないことをしたかもしれない。

 

「……帰りますか」

 

 

 

「ただいま」

「随分遅かったじゃない? 生っすかにも出てなかったけど、どうしたの?」

 

 室内にはお腹にそそる匂いが微かに残っている。夕食は既に終わっていた。

 

「…………てきた」

「ん、なんだって?」

「765プロを辞めてきたの」

「ちょっと、どういうことなの!?」

 

 驚愕するのは当然だ。けれど、返事をする気力も残って無くて、私は着ていた着物の帯をシュルシュルとほどいたらそのまま眠りに堕ちた。

 

 

 *

 

 

 それから、一ヶ月が過ぎていた。

 

 765プロ公式での雪乃の処遇は、「無期限の活動休止」ということになった。

 テレビを初めとするマスコミ各社は、突然の出来事に多くの憶測や、ワイドショーで騒ぎ立てたが、日に日に話題の片隅へと追いやられ報道することは無くなっていた。

 当然のように、雪乃の携帯には765プロの所属アイドル――同僚であり、仲間――からは、無数の着信と連絡があったが、雪乃は返事をすることはなかった。

 過密スケジュールから解放されてからは、積まれていた小説やゲームをひたすら消化する日々を続けた。それらが消えると、無気力状態になっていた。燃え尽きていた。

 

 そんなある日、随分と珍しい名前からの着信があった。

 

「やあ、元気にしているかね」

 

 開口一番に出てきた穏やかな声は、今の雪乃には皮肉のように聞こえた。

 

「……元気、だと思いますか?」

「すまないね。でも、通話は出来るなら心配なさそうだ」

「ふふっ。そうですね。自分でも、驚いているくらいですよ、今西さん」

 

 明るく話せている自分が不思議で仕方が無かった。

 電話の相手は、346プロのアイドル事業部を総括する今西だ。前世での年齢を含めても、二回りほど歳上の男性である。

 

「それで本日は、どのようなご用件で?」

 

 只のアイドル、しかも他のプロダクションに所属していたら普通は、連絡先を交換している以前に接点すら無いだろう。

 しかし雪乃が所属していたのは、零細プロダクションの765プロ。そこには上層部なんてものは存在しないので、社長の高木や事務所の先輩である秋月律子と共に、事務所同士の会合等に同席する機会があった。

 さらに何故か、346プロがアイドル事業部を立ち上げる時に相談を受けたこともあったから関わりは、大きい。

 

「用が無いと電話をしてはダメかね?」

「い、いぇ。そういう訳ではありませんが……」

 

 話ずらい。彼には年長者だから持つオーラ以外に独特な雰囲気が確実にある。

 

「彼が少し迷惑をかけたみたいだからね」

「彼、ですか?」

「あぁ、すまない。武内のことだ。君を我が社のアイドルにスカウトをした男だよ」

 

 把握できた。改めて思うと、ギャクかドッキリに近い喜劇だ。

 

「あの人でしたか。あのことなら気にしないでください」

 

 傷口は大きく抉られたけれど、と心の中で付け足す。

 

「ならよかった。それにしても、突然引退するから驚いたよ」

「あはは……暫く考えてはいたので。もう潮時かなーって思ってました」

「そうか。それにしても()()()()()()()()

  『()()()()()()()()()()退()するとは……寂しくなるよ」

 

 リーダーの麗華は、二足どころか三種の草鞋を履いた化け物であり、何年もトップアイドルの地位に居続けていた。電撃引退だ。

 

「記者会見も突然でしたからね。家族から急いでテレビ見なさい、って言われて観たら……驚きました」

 

 彼女たち魔王エンジェルは、引退し後輩の指導と社長業を行うというのだから、寝耳に水のとんでも話であった。

 私と同じように、一緒のステージで闘っていたのに、辞めてしまった。

 

「それは、君の方が唐突であろう?」

「まぁ、そうですけど……」

 

 3ちゃんねるでは、前兆はあったと書かれてしまったしなぁ。多分バレてる。

 

「お陰で、アイドル界は大騒ぎだよ」

「……まぁ、随分と荒れていますよね」

 

 私だけではないけれど、少し責任は感じてしまった。言葉にすると、余計に現実味が沸いてくる。今は、世紀末、と称しても間違いでは無いくらいの状況だ。死人――正確には引退したアイドル――も存在するのだから。

 

「それも全て、年末のアイドルアルティメイトがきっかけになるね」

「……」

 

 一言で表すならば、無差別級のトーナメント生歌番組だ。

 約半年をかけて予選を行い、年末に決勝が行われる。只のライブではなく、アイドル同士が優劣をつけあう闘いの場だ。

 普段から、毎週のように、オーディションがありライブも行っているが、このアイドルアルティメイトへの気合いの入れ方は特に違う。数多くある予選さえ勝ち抜けば、参加は誰でも可能だ。同時に、トップアイドルへの道が大きく開かれる。

 舞台は武道館、観客もカメラも入り、視聴率も高い一大競技といって過言でない。国民的スポーツだ。

 

「……君のパフォーマンスも一因だと言うことは解っているかね?」

「理解はしていますよ、実感は無いですが」

 

 そもそも、あの時の記憶が無いのに、質問を求められても答えられないのだ。

 三回前の大会から――魔王エンジェルがごり押しをして変更したという噂もあるが――ソロだけではなく、複数人参加のユニットとしても出場可能になった。

 ユニットの方が有利に思えるが、コンビネーションを合わせる難しさも存在する為ソロと、ユニットが競い合う珍しい大会となった。

 そんな中で私は、ソロで出場していた。年末年始の撮影は既に終わっていたので、あれが、最後の収録だった。

 

「そんな君の目には、今の346プロがどう見えるかね?」

「346プロですか……」

 

 参加していたのはソロが二人と、ユニットも同様に二組だった。所属アイドルの人数と比べると大変少ない。

 実力が無かった、という訳では当然無い。

 そこが、他プロダクションとは大幅に違う346の売りだと多くの人が考える。

 その理由の一つは、所属アイドルの多様さだ。演劇、ドラマ、映画……自社アイドルだけでも完結可能だ。それ故に、アイドルランクがないアイドルが多いのが1番の特徴であり強みであるが、欠点ともいえる。参加不可能なオーディションもあるが、ランクアップ出来ない悩みを抱える必要もない。

 だから……

 

「特異点、ですかね?」

「なるほど、随分と面白い答えだ。それでなんだか……」

 

「雪乃君。君を改めてスカウトしたいと思う」

 

 私が返事を出来ずに固まっていると、続けてこういった。

 

 

 

「今の346のアイドルが今の()()()()()()()と戦う力を持っているかどうか見て欲しい」

 

 これまた、思いもよらない話だった。346プロは私に悪意があるのではと錯覚してしまう。

 

「……考えさせて下さい」

 

 私は、逃げ出した。答えを放棄したのだ。




かれこれ2ヶ月が過ぎました。お久しぶりです。
ミリオンpvといい、ミリシタといい、ミリオンライブも来てますが、今は『パン』と『セクシー』ですよね!?
あと、5thライブ

そして、作中……。アイドルが一人もでない衝撃的な展開ですが……今西部長もいいキャラしていると思いませんか? だからアニデレの二次小説ではあります。
それにしても、魔王エンジェル・アイドルアルティメイト……うん、懐かしいですね! え、知らない?
なら、ニコマスを是非見ましょう! アイマスSPなら安く手に入りますし、そちらもおすすめですよ。

追伸。
・タグの追加をしました。
ライブバトルと迷いましたが、野良ではなくプロ同士なのでOFAから名前は拝借。
・遅くなりましたが、前作はチラシ裏に移動しました

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。