終わり無き孤独な幻想   作:カモシカ

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第九話 彼は、思ったよりも心配されている。

「……ん、んぅ」

 

 俺が目を覚ますと、そこはフランドールの部屋では無かった。まああのまま放置された訳じゃないならそれで良いんだが、かと言ってここまで豪華な部屋で寝かされるのも居心地が悪い。ただの人間で一般人も良いところ……とは言えないが。それでも庶民であることには変わり無いのでできればさっさと帰りたい。

 そう思って体を起こそうとするがピクリとも動かない。おいおい何が起きた俺を家に帰せ引きこもらせろ。そんなことを考えながら動くところがないか体中を動かす。そしてフランドールと戦ったことを思い出す。

 ……うん。完全にそれが原因ですね。まあ色々無茶したからな。むしろ意識が有るだけ有り難い。

 

「……おにい、さん」

 

 微かに声が聞こえて、何とか動く首を左に向けるとフランドールが静かに眠っていた。……これは俺が起きるまで待っててくれたってことか?何だよ。正気に戻れば随分と可愛らしい顔してんじゃんか。おっと待て、俺はロリコンではない。だからその携帯をしまえ。通報しないでお願いします。

 そういえばこいつお姉さまとか言ってたがそのお姉さまとやらが異変の首謀者ってことで良いのか?こんだけ強いフランドールの姉ならそれぐらい普通にやりそうだが。

 まあフランドールがここに居るからにはもう異変は終わったのだろう。でなければ敵側の俺にフランドールを近づけさせはしないだろうし。

 

「……あら、ようやく起きましたか」

 

 そう言いながら扉を開けて入ってきたのは、俺にナイフを投げてきた瞬間移動のメイド、確か十六夜咲夜とか言ったか。

 

「お陰さまで……ところで異変は終わったんですよね?」

 

 確かめておかなければどうなるか分からん。最悪ここで仕留められる、なんて事になりかねん。まあそうなったら俺にはどうしようも無いが。

 

「ええ。一週間ほど前に終わりました。この度は、妹様をお救いいただき本当にありがとうございました。お嬢様に代わり、お礼申し上げます」

 

 そう言うと、咲夜さんは深く頭を下げる。

 

「ちょっ、別に大したことはしてないんすから。頭を上げてください」

 

 ベッドに倒れながらという締まらない状態での説得だが、何とか頭を上げて貰うことができた。すると、その声で目を覚ましたのかフランドールと目が合う。

 

「……お」

「お?」

「お兄さーーーーーん!!!!!」

「ぐぶぁっ!」

 

 フランドールがいきなり抱きついてきた。痛い。

 

「お、おい。いきなりどうした」

「うわーーーん!!」

「…………ったく」

 

 俺が起きたと知った途端飛び込んできたフランドール。いくら軽いとはいえ二十キロはあるだろうから潰された俺の体が痛みで悲鳴を上げる。とはいえ、それはフランドールと戦ったときと比べれば大したことはない。

 だから俺はこの際自分の体の事など無視して、フランドールを安心させるようにどうにか動く右手で撫でる。

 

「お兄さん!お兄さーーん!!」

「…………よしよし」

 

 そのままフランドールが泣き止むまで撫でること五分。フランドールが落ち着いた頃を見計らい、咲夜さんが話しかけてくる。

 

「ところで、どうして妹様を助けてくださったのですか?」

 

 どうして、か。そもそも何故俺が異変解決に駆り出されたのか、そして八雲の狙いは何だったのか、というかここまで体を張る必要があったのか。寧ろ俺が聞きたい。

 

「あー、昔の俺に似てたから、ですかね?」

「似ていた?妹様と、あなたが?」

「ええ。まああそこまで狂っては無かったですけど。俺も昔から周りに避けられて、ずっと傷つけられながら生きてきたんです。そして俺は一度救われた。こんな俺にも救いはあったんだから、今度は俺が誰かを救いたかった。それだけの、ただの自己満足ですよ。多分ね」

 

 その救いも結局裏切り、あまつさえ裏切られただなんて思ったまま死のうとしてしまったが。しかしそのお陰で俺はこっちに来れたわけで、こうして一人の少女を救えたのだ。だからこれはこれで……いや良くない。あいつらを裏切ったことには変わり無いし。

 

「それでも、あなたは妹様と私たちを救ってくださいました。本当に、ありがとうございます」

「いや、だから大したことはしてないっすよ」

「ううん。お兄さんは私を助けてくれたんだよ。だから、本当にありがとう。お兄さんのお陰で、私はお姉さまと仲直りできた」

 

 そう言って笑うフランドールは、先日の狂い方が嘘のように晴れやかだ。長い間一人で、なのに純粋に家族を信じ、人を信じ、俺を信じてくれる。俺のように人を疑って、やっと掴んだ救いを裏切る、なんて事はフランドールはしないのだろう。その強さがすごく眩しくて、自分が嫌になる。どうしても俺は無条件に人を信じられないし、この先もそれは変わらないだろう。

 

「そっか」

「うん!」

 

 だから無邪気にはしゃぐフランドールが、とても愛しく思えた。……恋愛的な意味じゃないぞ。

 

 

 

 ****

 

 

 

「あーん」

「…………」

 

 フランドールがスプーンでお粥を掬い、俺の口元に差し出す。俺は無言で口を開け、フランドールが差し出してくれたお粥を食べる。そして霊夢たちのゴミを見るような視線に耐える。

 

「おいしい?」

「……ああ。うまい。最高だ」

「えっへへー、私が咲夜に教わって作ったんだー。―――はい、あーん」

「…………」

 

 俺はフランドールにあーんをされている。しかし勘違いして欲しくないのだが、これは俺が望んだわけでは無い。最初フランドールにあーんをしてあげると言われたときは断ろうとしたが、上目遣いで頼まれたら断れる訳が無い。もしも断れたらそれは千葉の兄でもなんでもない。そして俺はどうやっても千葉の兄なので断ることなんか出来ず、俺が起きたと聞いて来てくれた霊夢と魔理沙、八雲の前で、幼女にあーんされて喜ぶ腐り目の男、という図を展開することとなったのである。

 

 そしてそんな光景を見て霊夢たちが黙っている筈もなく、

 

「ロリコン」

「ぐっ」

「屑」

「うっ」

「ゴミ」

「ギュフッ」

 

 と、好き放題罵倒してくるのである。最初の方はロリコンじゃないただ妹が好きなだけだと反論していたが、もうそんな元気は無い。あれ?どっちにしてもアウトじゃね?

 

「んっふふー、おいしい?」

「お、おう。おいしいぞ」

「えへへー。―――はい、あーん」

「…………」

 

 そんな状況は俺が全部食べ終わるまで続き、ようやっとあーんの公開処刑から解放された俺はベッドに深く倒れ込む。まあもともと倒れてるからあんまり変わらないが。

 そもそも事の原因は、俺が腹減ったと発言したことにある。俺は一週間も寝ていたらしく、当然ながらその期間は何も食べていない。霊力やらのお陰で命に別状は無いが、だからといって空腹感が解消される筈もない。そしてその発言はフランドールの耳に入り、「私が何か作る!」と言い出したのである。それを聞いた咲夜さんが、フランドールにお粥の作り方を教えた。その結果、フランドールが体を動かせない俺にあーんをする、という事態が起こったのである。俺は無理をすれば腕を動かせなくもないという状況だったので断ろうとしたが、フランドールに上目遣いで押しきられ、結局あーんをされることになった。

 そしてタイミングの悪いことに、俺があーんをされてちょっとにやついたところに霊夢たちがやってきたのである。

 そして霊夢たちは俺の弁解を聞くこともなく、俺にロリコンの烙印を押したのだ。――あぁ、神よ。俺が何をしたというのだ。見た目幼女の女の子にあーんをして貰ってにやついただけなのに……!あ、アウトですかそうですか。

 

「まったく、こっちは八幡が起きたって聞いて飛んできたっていうのに……」

「は?何、お前心配してくれてたの?」

「……はぁ、違うわよ。あんたを連れていったのは私で、あんたを放っといたのも私。だからそのせいで死なれたんじゃ目覚めが悪いってだけよ」

「嘘つけ、お前この一週間ずーっとそわそわしてた癖してよ」

「なっ、ちょ、そんなんじゃ無いわよ!最近は、ほら、その、ちょ、ちょっと調子が悪いだけよ!」

「それにしては随分と元気そうだなー。ほらほら、素直になれよ。八幡が心配で心配で仕方なかったって」

「ふ、ふざけないで!別にそんなんじゃ無いわよ!こんな腐り目心配する訳ないじゃない!」

 

 おうおう随分と嫌われてますな俺。だが口調と魔理沙のゲス顔から察するに、霊夢が否定するのも照れ隠しだろう。照れ隠しだよね?本気で言ってたら俺泣いちゃうよ?

 

「嘘ついてるときの癖が出てるぞー。目が泳ぎまくってるぞー」

「~~~~~!」

 

 霊夢が真っ赤になって声にならない声で怒っている。

 

「魔理沙!表に出なさい!」

「はっはっはっ、すまんすまんそう怒るなって霊夢。……いや、ほんとにごめんって。いいからそのお祓い棒しまえ。な、後そのお札も」

 

 霊夢がマジギレしかけていた。

 

「はぁー、まあ良いわ。八幡の無事も確認できたし」

「あんまり無事じゃないんだよなー」

 

 体は動かんし。

 

「はぁ?そんなの気合いで何とかしなさい」

「無茶ぶりなんだよなー」

 

 何でもかんでも気合いでどうにか出来たらそもそもこんな事になっていない。

 

「あ、後、明日の夜宴会やるから。それまでに体治しなさい」

「いや普通に無理だろ。いくら八幡でも一日でこんだけの傷治せるわけ……」

「え?お兄さんできるでしょ?私と戦ったときもこれより酷い傷治してたし」

「「「え?」」」

 

 何気なくフランドールが放った言葉は、この場に居る俺と八雲以外の人間を驚かせる。いやまあ八雲についてはもう何も言わないが、霊夢は出来ないと思いながらもあんなことを言ったのか。

 

「ちょ、ちょっと八幡、それ本当なの?」

「ああまあ、できなくは無い」

「妹様を止めたのですからそれぐらいできても不思議ではありませんが……」

「おいおいお前まさか能力持ってたとかいうオチじゃねぇよな」

「そのまさかよ」

 

 部屋に来てからもずっと黙っていた八雲がおもむろに口を開く。

 

「ちょ、ちょっと、そんなこと聞いてないわよ?」

「ええ。だって言ってないもの」

「あんたねぇ…………はぁ、まあ紫に常識を求める方が酷よね」

「霊夢も大変だな」

「ええ本当に。あんたらのせいでね!」

 

 おっと地雷か。単純に思ったことを言っただけだが、今のこいつからしたら皮肉以外の何者でも無いか。

 

「はぁ。で、話を戻すけど……明日までに傷を治せるのね?」

「ああ。一気にやると負担がかかって結局同じになるから小出しに治してくことになるがな」

「ええ。それでいいわ」

「はぁぁ、初めて戦ったときにもただ者じゃ無いとは思ったがこれ程とはな……」

 

 そんなに感心される程凄いものなのだろうか。個人的にこの能力はかなりリスキーだと思うんだが。まず悪意への耐性が必要だし。

 

「それで結局どんな能力なんだぜ?『どんな傷でも癒す程度の能力』とかか?」

「いや、俺の能力は『負を集積し、力に変換する程度の能力』だ。詳しいことは八雲に聞いてくれ。俺も完全に理解できてる訳じゃねえんだ」

「負を集積?……うーん、良く分からないぜ。というわけで私は宴会の準備をするんだぜ!」

 

 何がというわけなのかは知らないが、飽きたらしい魔理沙は箒に乗って飛んでいった。本当に宴会の準備をしに行ったのかは不明である。

 

「じゃ、私は依頼が来てるかもしれないから帰るわね」

 

 霊夢は妖怪退治の依頼も受けることがあり、異変以外であまり長時間博霊神社を開けることは無いらしい。今日ここに来てくれたのはそれだけ心配してくれているということだろう。にしても霊夢があんなに心配してくれてるとは思わなかった。寧ろ忘れられてるんじゃ無いかと思ってたまである。

 そして霊夢が神社に戻り、八雲がいつの間にか消えたところで体の傷を治し始める。

 そしてどうにか歩けるまで回復したのは、次の日の昼だった。

 

 

 

 side霊夢

 

 

 

「『負を集積し、変換する程度の能力』、ね。……まさか紫のやつ、いや、まさか……ね」


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