終わり無き孤独な幻想   作:カモシカ

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第八話 彼は、孤独な狂姫を受け入れる。

 俺を不思議な人間と称したメイドの出現には霊夢も驚いていたように見える。もちろん驚いて硬直する、なんて事は無く即座に距離をとる。というか霊夢でも接近に気づかないとか化け物かよ。さっきの美鈴のように荒々しい敵意では無く、深海のように静かな敵意であったため俺も気づかなかった。気づいたところでどうこうできたとは思えないが。

 

「申し遅れました。私、この館でメイド長をしております。十六夜咲夜と申します」

 

 ──以後お見知りおきを。そう言った十六夜咲夜は、いきなり俺に向かって数十本のナイフを放った。

 

「なっ、ちょ、──独符『独房』」

 

 あっぶねー。幾ら侵入者相手だとしてもいきなりナイフ投げるか?普通。いやまあ幻想郷で普通も何も無いってのは分かってるんだが。

 俺が自分で作った箱の中に閉じ籠っている間、外では霊夢と咲夜の戦闘が始まったようだ。霊夢がナイフを弾く音と、弾幕を放つ音。そして、

 

「あーもう、一々後ろに現れて!うっとうしいわね!」

 

 中々に苦戦しているようである。しかしまあ魔理沙曰く霊夢は反則級に強いらしいので大丈夫だろう。あのメイドの瞬間移動のような能力は厄介だが。

 そう考え『独房』の効果が切れると同時に、外の世界で培った気配遮断を発動してこそこそと逃げ出す。と言っても館のなかを動き回って、彷徨いている妖精を減らそうと言うだけだが。けっして楽をしたいわけではない。ハチマンウソツカナイ。それにここに近づいたときから感じていたが、この館の地下からとんでもなく強い『負』を感じる。それをどうにかしないとこの異変は終わらないだろう。まあ八雲が連れてけって霊夢たちに言ったわけだから何かあるとは思ったが……

 俺は能力のお陰で強い『負』を発しているところまで楽に辿り着けるし、万が一戦闘になっても相手が負を持っている限り俺の力は無尽蔵だ。少なくとも瞬殺はされないだろう。

 それじゃあ、後は任せた。すまん霊夢。

 心の中で謝りながら、俺は館の奥へと進んでいった。

 

 

 

 ****

 

 

 

「どこだよここ」

 

『負』の気配を辿って館を歩いている内に、妖精も居ない暗い廊下に辿り着いた。ちなみにここまで来るのに十分ほどかかっている。

 

「まじでこの館広すぎるだろ」

 

 独り言が多くなるのはぼっちの悪い癖である。

 

「マッカン飲みたい……」

 

 そんなことを愚痴っている内に、廊下の端にぽつんと佇む部屋を発見した。間違いなくここが強大な『負』の発生源だ。

 いつか由比ヶ浜が部室の前でやっていたように、ゆっくりと深呼吸をして覚悟を決める。そして、ゆっくりと扉を開き、そこに居たのは、

 

「……お兄さん、誰?」

 

 金髪の幼女だった。

 ………………ほーん!?なに?まさかこいつが『負』の発生源だとでも言うのか?何?なんなの幻想郷。ここの世界は全員美少女にしないと気が済まないんですか?八雲はババっ

 

「…………」

 

 やめよう。今ものすごい殺気を感じた。

 

「お兄さん、誰?」

 

 もう一度投げ掛けられる質問。しかし先程とは違い、警戒よりも好奇心が滲み出た声に感じる。しかしその中からも、部屋の惨状からも『負』の一つの極致、『狂気』を感じる。

 

「俺は比企谷八幡だ。色々面倒なことが起きててな。ついでにお前の狂気を貰いに来た」

 

 そう言うと、幼女の雰囲気が変わる。我慢できないと言うように体を震わせる。妖力と共に抑えきれない狂気が氾濫し出す。それと共に、幼女の、フランドールスカーレットの記憶が少しだけ狂気と共に流れ込んでくる。その記憶は狂気の源泉。ただひたすらに『負』を集め続ける俺の力が、少しの記憶を拾う。

 

「ぐっ、がっ」

 

 孤独。俺がフランドールから感じたのは孤独感。持って生まれた能力のせいで拒絶される日々。俺が見た記憶は、全体の極々一部でしか無いのだろう。しかしそれでも、幼いフランドールを狂わせるには充分だった。

 

「お兄さん、すぐに壊れないでね?」

 

 そう言うが早いがフランドールは吸血鬼の身体能力を十全に活かし、俺を蹴り飛ばす。

 

「ぐはっ!ぐ、ごほっ!」

 

 妖力も使わずに繰り出された、純粋な身体能力による蹴り。それでもその力は、ただの人間である俺を倒すには充分だ。

 

「……もう終わり?」

 

 そう尋ねてくるフランドール。俺は実際ボロボロで、もう戦うどころか立つことさえ危うい。

 

「『癒負:集負者の救済』」

 

 このスペルは、俺の能力である『負を集積し、力に変換する程度の能力』を用いたスペルである。自身が負ったダメージという『負』を、力に変換するというものだ。もちろんこのスペルにも代償はある。それはこのスペルの発動中、自身が受けるダメージと、自身が使う霊力の消費が二倍になるというもの。前者はともかく、後者は能力で相殺できるので随分と都合の良いスペルである。実際に使うのは初めてなので他にも代償がありそうで怖い。

 

「すごーい!お兄さん人間なのに壊れないんだ!」

「けっ、千葉の兄を舐めるな。――『独符:幻の本物』」

 

 魔理沙と戦ったときにも使ったスペルである。しかし今使ったのは弾幕ごっこ用の低威力の物ではなく、実戦で使うためのものである。といっても、吸血鬼にも効くかは分からないが。

 

「アハハハハハハっ!」

 

 どうやら効果は薄いようだ。狭い部屋だから少しは当たるが、いかんせん相手が悪い。ほとんどの弾幕は避けられるし、当たったとしてもダメージはほとんど無いように見える。

 

「キャハハハハハハ!次は私の番っ!『禁忌:スターボウブレイク』っ!」

 

 フランドールはスペルの発動を宣言し、俺は絶句する。弾幕の数が異様に多いのだ。俺は『集負者の救済』を使っているためダメージを食らうわけにはいかなくなっている。そのため、俺は毎度お世話になっているスペル、『独符:独房』を発動する。これもこの一週間で大分強化されたが、相手は規格外の吸血鬼である。一応霊力と魔力でコーティングして防御力を底上げする。

 

 それにしてもさっきから流れ込んでくる『狂気』の量が半端じゃない。まだ耐えられるが、あんまり長引かせると俺の許容量を越えた『負』が集積され、最悪変換された力を消費しきれず暴走してしまう。

 

「ぎゅっとして、どかん!」

「のわっ!」

 

 そんなことを考えていると、いきなり『独房』が弾けとんだ。弾幕で破られた様子もないので、これがフランドールの能力か。

 

「あれー、お兄さんを壊すつもりだったのに生きてるー」

 

 何が面白いのか、フランドールはきゃっきゃっと喜んでいる。しかしその笑顔も、フランドールのその狂気でさえも酷く痛々しい。何処か無理をしているように感じるのだ。フランドールのその様子と先程少しだけ拾った記憶から考える。

 しかしたったそれだけの情報で、狂気の原因を知ることなど出来る筈もない。そして、これ以上フランドールから情報を引き出すなど不可能だ。だとするなら、フランドールの狂気そのものを根こそぎ奪い取れば良い。そもそもそのつもりでここに来たのだ。

 

「おい!聞け!フランドール!何でお前が狂ったのかとか、どうすれば正気に戻るかなんて、俺にはわからん!」

「は?お兄さん、何言ってるの?」

 

 フランドールは、俺がいきなり喋り出したことが理解できないと言うように呆れ顔になる。

 

「俺なら、お前の狂気を全て受け入れられる!」

「……なにを」

「お前の狂気、俺に渡せ!そうすれば、お前はここから出られる!」

 

 フランドールが狂ったのはずっと孤独だったから。遊び相手も、話し相手も、ずっとフランドールには居なかった。だからフランドールは狂ってしまったのだ。

 

「……へぇ、じゃあ、受け止めてよ」

 

 そう言うと、フランドールの威圧感がさらに増す。正直スゲー怖い。もう逃げたい帰りたい家でごろごろしたい。だが、自分より小さい女の子を助けずに逃げるなど千葉の兄貴が聞いて呆れる。というか小町に怒られる。

 とはいえ、このまま何もせずに居ては一方的に一瞬で殺される。それぐらいの力がフランドールにはあるのだ。だから、俺もこれまでただ貯め続けていたフランドールの純粋な狂気を妖力に変換する。これで、俺は霊力と魔力、妖力を得た。そして、俺はその三種類の相容れない筈の力を無理矢理一つに纏める。

 

「コワレチャエッ!『禁忌:フォーオブアカインド』!『禁忌:レーヴァテイン』!」

 

 相容れない三種の力は、俺の能力に従い『負』そのものとなる。『負』とは破壊。『負』とは死。『負』とは狂気。だとするなら、『負』そのものを纏えば、俺は全ての攻撃を受けなくなる。俺に攻撃が届いた瞬間、それは俺が纏う『負』に触れ、破壊され、俺の力へと変換される。まあこの状態じゃ、霊力魔力妖力総動員して体の耐久力の強化と治癒をしながらでも五分が限度で、その後も暫くは動けないだろう。

 

「なんデ、ナンデ壊れナイっ!」

「だ、から、千葉の、兄を、舐めんな、っつの」

「ナに、何なノ、イミ、ワカンなイっ!きゅっとして―――ドカン!!!」

 

 フランドールの攻撃は、恐らくありとあらゆるものを破壊できる。しかしそれも、フランドールから供給される質の良い狂気から生成される『負』の前には、消えるべき事象の一つでしかない。だからその攻撃も、俺には届かない。

 

「ど、うした。もう、終わり、か」

「コワレロコワレロコワレロコワレロコワレロコワレロコワレロコワレロコワレロコワレロコワレロコワレロコワレロコワレロコワレロコワレロコワレロ」

 

 やばいきつい体が痛いやばいやばいこれ死ぬ、死ねる。……耐久力強化と治癒をしながらでこれってなにもしなかったら一体どうなることやら。しかしこれからが本番だ。

 

「フ、ラン、ドー、ル。お前、今、楽しい、か?」

「……楽しく、無いっ!楽しいわけっ、無いよ!!!」

 

 俺は途切れ途切れの声で問いかける。すると狂ったように攻撃を続けていたフランドールだったが、不意に弾幕の嵐が止む。

 

「もう、傷つけたくないっ!壊したくないっ!お姉さまと、咲夜と、美鈴と、パチュリーと、小悪魔と、遊びたいっ!一緒に、笑いたいだけなのに!私が、狂って、傷つけちゃうから、だからっ!」

 

 フランドールは、涙を流しながら訴える。そこに、さっきまでの狂気は見えない。……やばい、もう意識が朦朧としてきた。体の感覚もない。さっさと終わらせないとここまでやった意味が無い。

 

「フラ、ン、ドール、もう、狂気は、要らな、いな?」

「要らないっ!狂気なんて、要らないっ!」

 

 フランドールがそう叫んだ途端、何年も貯め続けたであろう狂気が表出する。それは、フランドールのような幼い女の子が背負いきれる量ではなく、『負』を力とする俺にもちょっと、いやかなりきつい。だがフランドールが持つよりも、俺が全て力に変換すれば良い。俺には、その力があるのだから。

 

「『集負:狂危囚終』」

 

 俺が掠れた声で呟くと、フランドールは気絶したかのよう床に倒れる。が、流石吸血鬼と言ったところか。直ぐに立ち上がり、同じように倒れた俺を覗き込む。

 

「お……さん!……よ!おね……ら!」

 

 フランドールが何か言っているが、能力を使ったことと、無理矢理『負』を作り出したことで俺の体への負荷が凄まじいことになっているので全く聞き取れない。だがまあ、これで役目は果たしただろう。この一週間、夜限定とは言え、八雲に能力の使い方を教わったかいがあったな。

 それにしてもどうして見ず知らずのフランドールのために体を張れたのか。自分の事なのによく分からん。……が、これで良いのだろう。それだけは確信できる。

 そして、俺の意識は、闇の中に落ちていった。


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