「なあ、あんた」
「紫」
「は?」
「八雲紫。それが私の名前よ。比企谷八幡くん」
「何で俺の名前知ってんの?何?ストーカー?」
「あながち間違ってないわね」
「は?」
本当にこいつ、八雲は掴み所が無い。何もないところから現れたり、何故か俺の名前を知っていたり。まあここまで訳の分からん事が出来る奴なのだから俺の名前を知っていたところで不思議では無い。
「なあ、ところでここは何処なんだ?」
「ここはスキマ。私の能力、《境界を操る程度の能力》で作り出した……そうね、異空間とでも言えば良いかしら」
「能力って……さっきの突然の出現やら能力やら、もう訳分からん」
「……案外落ち着いているのね」
落ち着いている、か。まああの世界に嫌気が差して、全てから逃げようとしてただけあって失うものなんか無いからな。自暴自棄になった人間ほど面倒なものは無い。まあ俺もその一人な訳だが。
「そりゃあな。死ぬのをちょっと先延ばしにしただけだからな」
「っ……そう」
そう答えるも、何故か八雲は辛そうな顔で俯く。……どうしたのだろうか。今の俺の発言に傷付けるような言葉が有っただろうか。まあ俺が考えたところでこいつの考えを理解できるとは到底思えない。
「……それでこの後の事だけど、貴方には家を用意してあるわ。私もこれで忙しいし、連れてきておいて申し訳無いのだけれどそこで過ごしてもらうことになるわ。何か必要なものがあれば用意する」
「はぁ、ありがとう?」
そう言いながらも、怪しいと考えてしまう俺は別に悪くないと思う。悪いのは俺をこんなふうにした世界である。まあそれはそれとして、無償の厚意なんて有り得ない。そもそも俺が厚意を受けること自体おかしいのだ。なのにそんなふうに与えられるなんてちゃんちゃらおかしな話なのである。……ということは、だ。これから俺は何をやらされるのか。
そんなことを考えていると、不意に八雲がくすりと笑う。……一々絵になるなこいつ。
「別にそこまで身構えなくて良いわ。こっちが勝手に連れてきただけなんだから。それくらいの責任は持つわ」
「……律儀だな」
「ふふっ、貴方もね」
「……けっ。とは言ってもそれとこれとは話が別だ。俺の事もある程度は見てきたんなら分かる筈だが、無償の厚意なんか信じられねえ」
「っ、そう、よね。……なら、たまに私の頼み事を聞いてくれる?それなら無償じゃ無いでしょ」
「あー、まあそういうことなら」
そんなこんで俺は家をゲットした。そして今は、八雲に貰った家でごろごろしている。
…………暇だ。いやね、昨日家に着いた頃はもう夜だったし、今日の午前中は家の中の捜索をしたし、ぶっちゃけやることが無い。
よし。外に出てみよう。特に行くところがある訳じゃないが、このままだらだらしてても要らん事を考えそうだ。折角面白そうな世界に来たってのにわざわざ嫌な思いをする必要は無い。
そんな訳で、インドア派な俺にしては珍しく家の外に居る。といっても家から見える範囲を歩き回っているだけだが。
昨日はスキマで直接家に入ったから分からなかったが、俺の家は森のなかにあるらしい。周りには木が鬱蒼と繁っているだけで、人の姿なんか見えやしない。まあ俺にとっては好都合だが。
「おーい!そこのあんた!」
前言撤回。普通に人居た。俺に声をかけてきたのは、黒い三角帽を被って箒を持った女の子だ。八雲と同じ金髪だが八雲ほど長くはなく、八雲とは違ったベクトルの美少女だ。
「お前、何処から湧いてきた」
「何処からってそりゃ空飛んできただけだが」
「は?空なんか飛べる訳ねえだろ」
「あら、ここでは別に珍しいことでは無いわよ?」
「うひゃいっ!」
驚いて思わず変な声をあげてしまう。それを見てクスクス笑っている八雲を恨みがましく睨む。しかし八雲は悪びれた様子も無く、微笑みを返してくる。
「で?何の用だ?八雲」
「あれ?お前ら知り合いか?」
「ええ。この目が腐ってるのが、昨日幻想入りした比企谷八幡よ」
「ほえー、外の人間か。あ、あたしは霧雨魔理沙。普通の魔法使いだZE☆」
う、うわー。こいつZE☆とか言ってるよ。会話してると分かんねーけど文にしたら確実にZE☆ってなってる。
とは言え、紹介されたなら名乗るのが礼儀と言うものだろう。ここに長い間居るかは分からないが、ここの住人に嫌われたい訳でもない。
「あー比企谷八幡だ。八雲がさっき言った通り昨日幻想郷に来たばっかりだ」
「おう!何か分からない事があったら何時でも聞いてくれよ!よろしくな八幡!」
「お、おう。よろしく」
何だこいつ。初対面でいきなり名前呼びとか難易度マックスハート。
「さて、そろそろ本題に入るわね」
「ああ、おう」
「貴方は幻想郷に来たばかりよね」
「ああ」
「幻想郷は外の世界よりも危険が多いわ。妖怪とか」
「お、おう」
「というわけで今日から貴方には稽古をして貰うわ」
「おう。おう……は?」
「場所は博霊神社。開始はきっかり一時間後。ちなみに遅れたら晩御飯は抜きよ」
「い、いや、ちょっと待て」
「じゃあ、また会いましょう」
「あ、おい!」
俺の制止などものともせず、八雲はスキマの中に帰ってしまう。色々と訳の分からないことを言われ、混乱した俺はただただ呆然と立ち尽くした。