終わり無き孤独な幻想   作:カモシカ

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第十四話 彼は、遅ればせながら到着する。

「くっ」

「おい霊夢、これどうするんだぜ!?」

 

 霊夢と魔理沙は苦戦していた。いかな博霊の巫女と魔法使いと言えど、軽々と敵の首魁を倒せる筈がないのである。それも幻想郷全域から春を結晶化させ奪っていけるような相手となれば尚更だ。

 

「ああもう!面倒な弾幕ね!」

 

 そしてその弾幕に当たってはならないと霊夢の直感が告げているのだ。彼女の直感はこと戦闘に関しては外れたことがない。それは魔理沙も分かっているし霊夢の指示に従い当たらないように避け、あるいは相殺している。

 しかしそれにだって限度はあるし、何より犯人の後ろに有る桜から嫌な気配を感じるのだ。

 

「ふふふ、もう少しで西行妖が満開になるわ。楽しみねえ。楽しみだわ」

「ああもう!お前は一体何がしたいんだぜ!?」

 

 八分咲きとなった西行妖を見て幽々子が怪しく微笑み、魔理沙が突っ込む。その間も弾幕は飛び続けているので結構危ない。

 

「何って……私はただあの桜の麓に居る人とお話ししたいだけよ」

「はあ?」

「……分かる必要は無いわ」

 

 幽々子はそう言って止めとでも言うかのように妖力を解放する。それまでとは比べ物にならない量の妖力に魔理沙は驚き、一瞬止まってしまった。

 しかし戦闘において一瞬の停滞は大きな意味を持つ。そして今回は、幽々子がスペルカードを宣言するに足る時間を稼がせてしまったのだ。

 

「っ!魔理沙!今すぐそこから離れて!」

 

 霊夢の最早未来予知とさえ言える直感が告げる。これは、これまでの弾幕とは比べ物にならないものだと。下手をしたら自分も魔理沙も死んでしまうのではないか。そんな疑念さえ抱く始末である。

 しかしそんな思考に浸かってはいられない。幽々子のスペルカードに対抗するため、霊夢自身もスペルカードを宣言する。

 

「ふふっ――『幽雅:死出の誘蛾灯』」

 

 幽々子のスペルの効果により、霊夢と魔理沙はだんだんと幽々子に引き寄せられていく。それはさながら空を舞う虫達を引き寄せる誘蛾灯のごとく。そして誘蛾灯に引き寄せられた虫を待ち受けるのは死のみ。しかし霊夢も魔理沙もただで殺されるようなたまではない。

 

「ちっ――『霊符:夢想封印』」

「何なんだよっ!――『恋符:マスタースパーク』!」

 

 霊夢が放った弾幕は幽々子に群がり、しかし幽々子の弾幕で相殺されてしまう。それでも幽々子のスペルの五分の一ほどの弾幕は削っただろうか。

 そして魔理沙も同じく極太のレーザー型弾幕を打ち出す。弾幕の波を根こそぎ消しながら幽々子に迫る。それでも一歩及ばずスペルを中止させるだけに留まる。

 

「ふふふっ、もう少しよ。あと少しで封印が解けるわ」

 

 そう、九分咲きになった西行妖を見つめながら幽々子は微笑む。まるでプレゼントを待ちきれない子供のように。そして子供だからこその残虐さ。死へと誘うことに何の抵抗もなく、寧ろ楽しさを感じているのだ。そしてそれを嫌った筈の生前の彼女が命を賭けて封印した桜を、今度は殺すことを楽しむ彼女が解き放とうとは何たる皮肉か。

 

「ちっ、どうでも良いからさっさと春を返しなさい!さっさと片付けて炬燵に入りたいのよ!」

 

 しかしそんなことは露知らず。霊夢は最早愚痴としか思えない説得をする。知っていたとしてもまともに説得するかは怪しいが。

 

「そうだぜ!お前のせいで色んなやつらが迷惑してんだよ!」

「しーらなーい」

 

 そんな緊張感の無いやり取りを続けながらも、やはり弾幕を飛ばし続ける。

 そして両者の戦いは拮抗し、そして――

 

 

 

 呪いの桜が、目を覚ました。

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

「ちっ、おいどうすんだよ八雲!もう満開になってるぞ!?」

「落ち着きなさい。そのためにあなたをこの異変に呼んだのよ」

 

 何やら八雲には考えがあるらしいが、とにかく感じたのはあの桜の強大な『負』の力だ。

 怨み、絶望、悲しみ、恐怖、殺意、そう言った感情が多くの人間を死へと誘った妖の桜から感じられる。そして溢れだす己の力。あの桜の『負』はフランの狂気よりも大きく、強く、だからこそ俺の力も強くなる。

 霊力が高まり、魔力が練り上げられ、妖力が産み出される。どれもこれまでとは比べ物にならない量と質だ。もちろんそのままの俺が耐えられる量の力じゃない。いくら慣れていてもこんな量の負の感情を受け止めるのだって容易じゃない。だから作り替えられる。三つの力は魂を少しずつ変異させ、負の感情は俺の心を磨り減らす。だがそんなもの、

 

 

()()()()()()()()()()

 

 そう感じられるほどに、俺の心は既に壊れているのである。今更この程度の負の感情で傷つくことはない。

 だから、八雲の提案も受け入れられる。それが外での比企谷八幡も取ってきた行動で、しかし今度は決定的に違う。

 

「自分から言っておいて何だけど、本当にやる気?」

「当たり前だろ。それくらいじゃ俺は傷つかない。外での俺を見てきたんなら分かる筈だ。……それに、俺がやらなきゃあいつらは下手すりゃ死ぬ。そうだろ?」

「……ええ。ごめんなさい。頼んだわよ」

 

 おう。任せろ。これは俺の、得意分野だ。

 

 

 

 ****

 

 

 

 確実に進んでいる。わざわざ確かめる必要もないくらい、彼の魂は変異している。外の世界で既に人間の域は脱し、今日大妖怪と同等程度の魂にまで変異していた。本来そんな幻想郷のバランスを崩すような存在は消さねばならないが、どういうわけか彼の心は変わっていない。普通の人間ならば魂と体の変異に付いていけず心も体も崩壊し暴走する。それにあんな能力を持って生まれたら確実に死産となる。だが彼は生き永らえた。

 だからこそ彼を観察したのだ。彼の力でこの世界の歪な『負』の部分を処理できるのではないかと考えて。そして彼は予想以上だった。数年生きられれば幸運。十年生きれば奇跡、ぐらいに考えて彼を観察していた。しかし予想に反して彼は死ななかった。親に裏切られ、友達に傷つけられ、教師に疎まれ、それでも生きてきた。

 そして救われ、けれど自分から手放し、幻想郷(ここ)へやって来た。全てを受け入れる理想郷。けれど何にだって限度はある。妖怪に虐げられる存在である人間の負の感情は累積し、いつかは爆発する。そうなる前にどうにかしなければならない。……まぁそれだけでは無いのだけれど。

 そこに来て彼の能力は喉から手が出るほど欲しいものだった。もちろん一介の人間が持つには負担が大きすぎる上に無意識に周囲から悪意を集め、精神的にも肉体的にも追い詰められる力だ。そんなものはあってはならない。

 だが現にここにあるのだ。今回の異変。そして西行妖の持つ強大な『負』の力。彼を成長させるには十分だ。もちろん成長すればするほど彼の力は大きくなり、制御できなくなれば消さなければならない。だが私は何だかんだ言って彼を殺せないのだろう。それはきっと、彼を見ていると─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不思議と、霊夢(哀しい少女)を思い出すから。


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