終わり無き孤独な幻想   作:カモシカ

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序章 幻想入り
第一話 そうして彼は、幻想を求める。


「あなたのやり方、嫌いだわ」

 

 やっぱり、こうなるのか。

 

「人の気持ち、もっと考えてよ!」

 

 これで、終わろうかな。

 

「もう、無理して来なくて良いわ」

 

 やっぱり裏切られる。

 

 いや、勝手に期待してただけか。

 

 この世界に、本物なんて無いんだ。

 

 俺が一方的に期待して、勝手に失望していた。ただそれだけの話だ。

 

 誰も悪くない。強いて言うなら俺が一番悪いのだろう。

 

 だって、『皆』も俺が悪いって言ってただろう。

 

 大丈夫。また独りに戻るだけだ。これまでと何も変わらない。寧ろこの数ヵ月が異常だっただけだ。

 

 悪は俺一人、傷つくのも俺一人、不幸なのも俺一人、憎まれるのも俺一人、嫌われるのも俺一人、愛されないのも俺一人、裏切られるのも俺一人。

 

 うん。これまでと何も変わらない。

 

 それで良い。

 

 これで良い。

 

 後悔は……ちょっとあるかもな。

 

 でも、もう良いや。

 

 これで、終わるんだから。

 

 生命保険には入ってたみたいだし、それで小町には良い生活してもらおう。

 

 じゃあな。

 

 

 

 ****

 

 

 

『終わる』ための場所に来て、そんなことを考えていた。文化祭の一件から始まり、修学旅行の事件によって激化したイジメ。そして信じていたあいつらに投げ掛けられた拒絶。幾ら俺でももう無理だ。

 俺は元々誰かに必要とされていた訳じゃない。

 でも、必要とされないなりに頑張ってきた。

 だから……

 

「もう、良いよな」

 

 そして、俺は一歩、また一歩と、『あっち』の世界に行くために、歩を進める。

 

「それは困るのよね」

 

 目の前にいきなり女性が現れる。その女性は、絶世の美女と言って差し支えないだろう。腰まで伸びた金髪に、紫色の瞳。

 何処から現れたのかは分からないが、今はそんなことどうでも良い。さっさとこの辛いだけの世界に別れを告げたいのだ。

 そして、俺はその女を無視して崖の淵に立とうとする。

 

「ねえ、話だけでも聞いてくれないかしら」

 

 俺の腕を掴んで、その女は妖しく微笑む。どこにそんな力が有るのか、掴まれた腕を振りほどこうと力を込めるがびくともしない。

 そして、もう一度その女を見たとき、俺がどうこうできる存在ではないのだと本能的に悟る。俺はため息を一つ吐き、その女に向き直り、目で続きを促す。

 それを見てその女は満足げに頷き、

 

「ねえ、貴方、幻想郷に来ない?」

 

 

 

 ****

 

 

 

「ねえ、貴方、幻想郷に来ない?」

 

 妖怪の賢者として観察を続けていた人間に、この提案を持ち掛ける。

 この少年は、外の世界で生きるには誠実すぎた。善意で行動し、悪意で返され、それでも何かを求めるようにひたすら藻掻き、足掻き……しかしもう決壊寸前で、この少年は命を投げ出そうとしている。無理も無いだろう。寧ろここまでよく投げ出さなかったものだと感心さえする。

 悪意や害意から解放されて楽になりたい。そう考えた彼を止める権利なんて、見ていただけの私には無いだろう。いや、そうなってしまった一因たる私には、もう話しかける権利すら無いのかもしれない。だが、彼がただのすれ違いで命を散らしてしまうのは余りにも不憫だ。

 

「幻想郷は、貴方を必要としている」

「……………………」

 

 彼は沈黙を貫いている。

 

「幻想郷は、忘れられた者の最後の楽園。人間が、妖怪が、妖精が、霊が、神が共存する世界。幻想郷は全てを受け入れる。時に残酷なほどに」

「……………………」

 

 ふと、彼が顔を上げる。彼の目は、最早何も映してはいなかった。けれどそこに、私の姿が映り込む。

 

「貴方だって、このまま幸せを知らないまま、終わりたくはないでしょう」

「…………俺を」

「…………」

「あんたの言う幻想郷は、俺を受け入れるってのか」

「ええ」

「……そうか」

 

 それきり彼は黙ってしまう。不思議な人間だ。あれだけ裏切られてなお、人に優しくあろうとする。その優しさは分かりにくくて、回りくどくて捻くれていて、誰にでも受け入れられるものでは無いだろう。

 誰も助けてはくれず、ずっと独りで戦ってきて、初めて優しさに触れて、初めての、決定的で致命的なすれ違いで傷つき……

 だからこそ幻想郷は彼を欲する。

 

「それで、貴方はどうする?」

「…………連れてってくれ」

 

 そう答えた彼からは、大分投げやりな印象を感じる。実際何もかもどうでも良いのだろう。きっと彼は、僅かな最後の可能性に縋っただけ。それでも私は、彼を追い込んだ遠因として、彼の救いを願わずにはいられなかった。


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