10月22日編集
は、は、は、と新鮮な空気を肺へ送る。前方にはドッグミートが疾走している。
後ろを振り向けば俺の尻を追いかけて走る骸骨の群れ。中には新鮮な死体や腐乱死体もある。まるでゾンビドラマだ。
何故こうなったのかは時は遡る事1時間ほど前。
◆アントキバの集団墓地◆
墓荒らしの討伐依頼。陰気臭いクエストだ。依頼書も古びたモノだ。
アンキトバの街の2件目のクエストである。前回は何とか倒して終了したわけだが、あれは完全に初心者には地雷だ。
ただ念能力が使えるような奴だとなます切りにされてるだろう。搦め手を使うようなモンスターではなかっただけで純粋に戦闘能力が無いような奴はあの世へ即退場案件だ。
あの後、高揚と興奮が静まると、ドッグミートが1枚のカードを加えていたのに気づく。ドッグミートは時折アイテムを発見すると咥えて足元まで持ってきてくれる。
「行きずり鬼」
危険な妖怪。初めて出会った時に蠱惑的な魅力を放っており、気を許すと憑りつかれる。最終的には鬼の本性を出し手取り付いた者を食らう。怪力の持ち主。優しく抱擁すると骨抜きになる。
難度C
優しくの所にこのゲームの悪辣さを感じる。
取り敢えずフリーポケットにカードを入れて、依頼主に報酬として10000Jのカードをゲット!
グリードアイランドでは金もカードとして存在しており、カード状態の金でしか使用できない。しかし、まだまだ10000Jでは足りない。生活費を稼がねば。
であるからして今日は生活費を稼ぐべく、こんな辺鄙な場所まで来たわけだ。
古びた西洋式の墓が立ち並んでいる。中には新しい物もあるが少ない。日本の様に縦に長い訳でないので見晴らしはいい。
ドッグミートは耳をピンと立てて周囲の匂い嗅いでいる。
空は今にも雨が降りそうな曇天。晴れは好きではないから良いが、雨は嫌いだ。とゆうよりも服が濡れて身体に張り付いたり、靴の中がぐちょぐちょになるのが嫌いだ。
「早く済まそう。ドッグミート」
「ワン!」
行くか。依頼主はここの墓守だったはずだ。墓地に入って直ぐ右手に平屋が見える。如何にもと感じるぐらい古びている。きっとひげ面のじじいが出てくるんだろうと予測する。
ドンドンと木製のドアをノックする。
「依頼を受けて来た者だが、誰かいないかー!」
中から誰かが歩いてくる音が聞こえた。ぎいぃと軋みを上げて開くドア。そこから現れたのは。
「あらあらあらあら~。ようこそ~。お待ちしてましたのよ~」
空は曇天、しかし太陽の様な笑みと丸みを帯びた中年太りのおばさんであった。身長は俺の胸の当たりだろう。女性では大柄の部類。体重はまあ重いだろうな。
快く家に招き入れられて居間に通される。ドッグミートは家の外でお留守番だ。部屋全体の印象は暗い。このおばさんとは対照的だ。お茶を入れて来るわねと言うとおばさんはキッチンへと消えて行く。
失礼と思いながらそれとなく部屋全体を見回す。簡素に纏められた部屋。汚くはないがどうも人物と家がかみ合わない。
そんな事を考えているとおばさんがトレーを持って戻ってくる。
「珍しいものでもあったかしら?不思議そうな顔をしているわ?当てて見せましょうか?」
ニコニコしながらそんな事を言うおばさん。
「実は墓守の仕事は主人の仕事だったのだけれど、腰を痛めてしまってね。それで代わりに私がしてるのよ。私が来る前はもっと散らかっていたのよ」
なるほど、そういゆうことか。そこからお茶を啜りながら依頼の話をする。話の要点を掻い摘んで話すとこうだ。
毎夜、墓荒らしが居る様で墓が掘り返されている。尚且つ掘り返された死体が夜歩いているらしい。昼になると動かなくなるので埋めなおしているとの事。埋め直すのが一苦労なのよ。
とニコニコと笑い話でもするように話しているおばさん。肝が据わってるなおい。
「で、実害や他に何か起こってないんですか?」
「そうね~。火の玉を見た気がするわ。ふわふわ、お墓の上を飛んでるわね」
死体に火の玉。怪奇現象だろう。前回の妖怪といいここはなんなんだ。取り敢えず、夜になる前に一度下調べして夜に墓荒らしを撃退だ。
おばさんに墓地の案内を頼み掘り返されたばかりの墓まで案内してもらう。墓場はかなりの広さを有している様で少なくとも数百の墓石が並んでいる。空は今にも泣きだしそうな様子。
件の火の玉は見えない。死体も歩いていないし、静寂が支配している。墓地の匂いは独特で何とも表現しようの無いものだ。風は少し吹ているだろうか。
大分歩いて今朝掘り返された墓に到着。ぽっかりと空いた四角い穴。穴の左右には掘り返された土くれが積みあがっている。死体が掘り出されたにしては死臭はしないようだ。
「ねえ、綺麗に掘り返されてるでしょ。毎晩こんな調子なのよね~。いい加減してほしいわ~」
覗き込むと綺麗さっぱり死体はない。辺りにもそれらしき死体や骨の類は見当たらない。
「死体がないですね。いつもはどうなっているんですか?」
「いつもですか?いつもはそこら辺に転がってるんですよ。でもね。今日の死体はこれから出来るんです」
何をと言いかけた瞬間背中に衝撃を受けて掘り返された、いや掘られた穴に落ちる。高さは3メートルは無い位か。俺が落ちると同時にドッグミートがあのおばさんに襲い掛かっているのが見えた。一瞬だがおばさんの目は血走り口からは涎と血の混ざった様な汁が滴っていた。
嵌められた。何が目的か、いやプレイヤーに対しての悪辣な嫌がらせだろう。
体勢を立て直さねばと思うとそれが地面から生えてきた。
幾本もの腐った腕、折れた腕の骨らしき物が地面から俺目掛けて迫ってくる。傍から見ればまるで食虫植物の葉の中に入ったハエの様だろう。
腐った腕は俺の両手両足に胴体を掴もうと伸び、折れた骨の幾本は俺の急所が集まる胴体の正中部分を正確に襲ってくる。
掴んできた腕を力任せに引きちぎり、上体を無理やり反らせて鋭い骨の襲撃を寸でで回避。影と微かな呻きを感じ、上を見れば殆ど骸骨となったゾンビと腐乱したゾンビが俺を見下ろしている。
先が三又に分かれた農具、藁を刺して運ぶ奴と言えば分かるか。それを俺に向けている。
表情の変化など無いが笑っている様に感じる。
「勝った気になってんじゃねえぞ!」
掘られ穴の壁までバックステップして農具の攻撃を避ける。身を土の壁に瞬時に預け、それの銃口を腐った肉共に向けてやる。
ベネリM4。軍用のセミオートマチック散弾銃(ショットガン)
銃身は黒塗りで気に入っているショットガンだ。元々のフォールアウト4にはなくMODでの追加した武器だ。
「吹き飛べ!」
1発、2発。二つの頭は木っ端みじん。汚い欠片がパラパラと降ってくる。腐った香りが降り注いで鼻を刺激する。気合で吐き気を吹き飛ばす。
べネリを一度収納。飛び上がりよじ登る。穴の淵を掴んで腕力だけで穴を勢いよく飛び出す。飛び出したと同時にべネリを再度出すのを忘れない。
目に飛び込んできた光景はドッグミートがおばさん改めゾンビばばあの喉元に食らいついて振り回している。千切れた。首の左側をドッグミートが食いちぎり、ブラブラの頭。ゾンビらしく、新鮮な血は出ず、どろっとした何かが垂れている。
辺りを見回すと周りの墓から腕がにょきにょき、死臭も充満してくる。
数が多いな。殆どの墓から出てくる様だ。まるで天に救いを求める亡者の如く手が並ぶ。
「わん、わん!」
血濡れのドッグミートが駆け寄ってくる。ドッグミートさんちょっと顔凄いよ。
「ヴァァァァァァァァァァァ」
首をぶら下げたゾンビばばあが立ち上がっていた。千切れ掛けた頭の目が俺をねめつけている。リアルな死体に吐き気がまた込みあがってくる。
「成仏しろ!」
ぶら下がった頭を狙い引き金を引く。頭は砕け散り、残った腐った身体は吹き飛んで行く。吹き飛んだゾンビばばあはぼんっと煙となりカード化。ドッグミートは直ぐに回収して来てくれる。カードの内容を見る暇もない、直ぐに本を出してフリーポケットへ。
そうこうしている内にゾンビ共がうじゃうじゃと這い出てくる。まるでB級パニック映画だ。兎に角、香ってくる腐敗臭が酷すぎる。
来た道を急いで戻ろう。思い出せば墓地内の随分奥まで連れて来られていたのを思い出す。
「ちっ」
既に来た道にはゾンビ達が新鮮な肉を求めて歩き出していた。
全くもって臭すぎる。消えろ! 消えろ! 消えろ!
先頭のゾンビ共に散弾を立て続けに浴びせかける。1匹、2匹とカード化していく。回収する暇もなく、後続が迫ってくる。弾切れしたべネリをリロードせず戻す。
「汚物は」
べネリの代わりにあるモノを取り出す。MODで現実的に調整されたものだ。
「消毒だ!」
火炎放射器。映画などで使われているものはプロパンガスだが、本来のものはナパームないしガソリン燃料を高圧ノズルから噴射するため、もっと高威力であり攻撃できる距離は長い。
赤い線が通った場所に居たゾンビ共は凶悪な炎に憑りつかれる。ゾンビ共は数歩近寄って来たが力尽きカード化して消え去る。
十数体消し去っても四方から更に追加されてくる。寄って来る傍から火刑に処すがそれを越えて増援が押し寄せる。
グルネードをばら撒き退散。後方で爆発音が立て続けに響き渡る。邪魔をするゾンビはべネリで蹴散らす、殴る、蹴る、踏みつぶす。
ドッグミートの尻を追いかけて走る。
俺の尻を追いかけて走る骸骨の群れ。中には新鮮な死体や腐乱死体もある。まるでゾンビドラマだ。
べネリから武器を接近武器に切り替える。
「シシケバブ」
火炎放射機構を備える異色の刀剣。刃による物理ダメージに加えて火炎にダメージを同時に与える。振ると刀身が燃えているかのように火炎を纏う。
前進を邪魔するゾンビやほぼとなったスケルトンを切って切って切りまくる。腐肉が焦げる匂いがまた強烈だが、匂いを感じる前に進み続ける。
ドッグミートも噛み付き、引っ掻き、体当たり、時にはゾンビの足を噛み付き引っ張り倒す。
緩慢な動きのゾンビが俺に追いすがる事も出来ず、後方に消えて行く。囲みを脱してしまえばこちらのものよ。
そろそろ、出口が見えてくるはずだが。
そこに見えたのはゾンビの群れ。先ほどの数など比較にならない死の集団。その集団の真ん中の少し上に青い火の玉がゆらゆらと揺れている。
嫌な予感が背中に悪寒を走らせる。
数百の目が俺を射抜くと一斉にケタケタとゾンビ共が笑い出す。
後方からも笑い声とゆうかカチカチ、カタカタと聞こえる。更に地面から新たなゾンビが生まれてて来る。
数百体のゾンビ共の笑いが無かったかのように止まると一斉に走り出す。俺とは反対の方向に。青い火の玉目がけてまるでブラックホールに引き寄せられる様に集まってくる。
見る間に死体共に青い火の玉は飲み込まれて、巨大な腐った肉団子が完成する。所々顔が見え、腕や足も産毛の様に生えている。なんて醜悪、なんて非現実。なんてグロテスク。
めちゃめちゃ気持ち悪い。三十六計逃げるに如かず。
とは行かないようだ。数多のゾンビ共が左右後方を埋め尽くしている。そいつらはケタケタとバカにした様に笑っている。
「毒を食らわば皿までか」
べネリを取り出し、ため息をつく。やるしかないようだ。
わん!とドッグミートも気合を入れて一鳴きした。