イレギュラーは家族と共に 〜ハイスクールD×D'sバタフライエフェクト~ 作:シャルルヤ·ハプティズム
カーミラが用意した車に乗って走ること約30分。俺とクルルは、カーミラ側の領土の中心にある白塗りの城壁の城まで来ていた。
カルンスタイン「······それでは案内致します。こちらへ」
先頭を歩くカルンスタインの後ろを付いて行く。すれ違う吸血鬼共は、カルンスタインの後ろを歩く俺とクルルに奇異の視線を向けてくる。
はぁ······昔からこの手の視線はしょっちゅう向けられていたが、気分がいいもんじゃないな。
数分歩いていくと、天井まで20メートルはあろうかという大広間に出た。窓は一つもなく、壁には
そして······玉座であろう所に、中世のようなドレスを身に纏った、銀髪の女性が肘掛けに両手を掛け俺達を見下ろしている。
女王カーミラ······女性真相を重んじるカーミラ側のトップであり、カーミラという吸血鬼一族の始祖でもある。過去にエリザベート・バートリーとも呼ばれ、ハンガリー王国とオスマン帝国の戦争に関わっていたとも噂されていた。
また、エリザベートの名前から皮肉を込めて、『
因みに、ツェペシュの始祖は隠居しておりツェペシュ側でも極々一部しか居場所は知らないらしい。
カルンスタイン「······カーミラ様。お連れ致しました」
カルンスタインは膝を付き、頭を下げカーミラに話し掛ける。
カーミラ「······ご苦労。下がりなさい」
エルメンヒルデ「はっ。失礼します」
カーミラが一声掛けると、カルンスタインは一礼して出て行った。
カーミラ「······良くぞ来てくれました」
カーミラはその場から動かずに言う。
八幡「······ああ。それで、こちらからの···ギャスパーからの交渉条件は聞いているな?」
目を細めながら言う。純血の吸血鬼然としており、肌の色は生物の肌の色には見えない。
そんなことを言うなら、吸血鬼以外にも生物とは思えないような外見の生き物はいくらでもいるのだが、そう感じてしまうのは人の姿だからだろうか。
カーミラ「当然です。ヴァレリー・ツェペシュの安全を確保した状態で保護出来るようにする、というものでよろしいですね?」
八幡「ああ」
要は、こいつらにツェペシュ側に手を回せということだ。
カーミラ「分かりました。こちらからもツェペシュ側に手を回してみましょう。ですが、ツェペシュ側が応じるかどうかは分かりませんがよろしいですね?」
八幡「構わん。それでいい。ギャスパーからもそう伝えられている」
カーミラ「分かりました。交渉は成立です」
噂では、感情の起伏が激しい人物だと聞いていたがそこらの吸血鬼よりはよっぽど話の通じる吸血鬼だったな。
その時、カーミラはクルルを見て言った。
カーミラ「······クルル・ツェペシ、『ティリネ』という人物をご存知ですか?」
ティリネ······? 誰だ? カーミラの縁者か?
クルル「······ティリネ? 知らないわね。何処の情報かしら?」
カーミラ「知らないのなら構いません。先日こちらに接触を図ってきた者がそう名乗っただけにすぎませんから」
クルル「······そう?」
首を傾げながらクルルが言う。可愛い。
その後、多少の事実確認の後、俺とクルルはカーミラの居城を後にした。
八幡sideout
ギャスパーside
お父様とお母様がカーミラの城に向かっている頃。僕達は僕達で、ツェペシュの城に向かっていた。
車での移動を終え、カーミラ側が用意したツェペシュ側の城下町に繋がる山肌に設置されているゴンドラに乗っている。
黒歌さんは未だに僕のコートの胸元に潜り込んでいるが、猫の状態の黒歌さんが胸元に潜り込んでいると、凄く暖かいので悪い気は一切しない。
ゴンドラは雪山を昇っている。悪天候だが城下町は辛うじて見える。今のところ、何かが起こりそうな気配は感じない。これで吸血鬼の領土でなければ平和そのものなのだが。
ルーマニアか······改めて思うけど、ここには二度と来ることはないと薄々感じていた。いや······正確には来たくなかった。
ここは僕がお父様やお母様、お姉様にお兄様にカルナ······今の家族に会うまでに僕が過ごした町であり、思い出したくもない記憶の宝庫だ。
······あの頃は、城の地下に幽閉されていて、ヴァレリーと2人だけで生きていた。そのまま、日の目を見ることもなく朽ちていくんだと思っていた。
ある時、完全に用無しと判断された僕は、着の身着のまま、ボロボロの薄い手術着のような服のままで、真冬の山······それも吸血鬼領の外に、お金も持たずに放り出された。
あの時のことは今でも忘れられない。体が寒さで動かない中、いつ野犬に襲われるかも分からず、木陰でガタガタ震えていた。
その時、誰かの暖かい手が僕の頬に触れて、僕を抱き締めたことは覚えている。その時はそのまま気を失ってしまったため、顔を見ていなかったが、今思い出せる限りだと、多分お母様だ。
その後気が付いたらツェペシュの城下町の病院で寝ており、僕はヴラディ家の邸宅に送還され、そこでお父様とお母様に出会った。あの頃は意味も分からず周りに強く当たっていたため、お父様とお母様、お兄様には相当な迷惑をかけてしまっていた。
しかも、その頃は碌に面識もなかったお姉様にまで心配をかけさせてしまっていた。
そして、今もこうして僕のことに巻き込んでいる。でも、きっとどれだけ反対しても付いてきただろう。皆、僕を家族だと言ってくれたから。
だから、せめて無事にヴァレリーを連れて帰ることで報いよう。
ゴンドラに揺られること30分ほど。山を越えて、ツェペシュの城下町の近郊にあるゴンドラ乗り場で降りる。
ゴンドラから降りると、迎えと思しき吸血鬼が数名現れる。アザゼル先生に確認を取った後、全員を見て言う。
「お待ちしておりました、アザゼル総督にグレモリー眷属の皆様。話は伺っております。我らはツェペシュ派の者です。こちらへどうぞ。ツェペシュ本城へお連れ致します」
それにしても、クーデターが起きた割に町からは争いの気配を感じ取れない。余程周到な準備をしていたのだろうか······?
乗り場で待っていた吸血鬼に連れられていくと、そこには豪華な宝飾が施された馬車が待機していた。城下町ではそれなりに自動車が走っていたが······貴族は未だに馬車を使っているのだろうか。
僕達が乗り込んだ馬車は町を通過し、ツェペシュ本城の正門を通り抜けて入城する。
ツェペシュの城は遠目で見たカーミラの白塗りの城と違い、石造りの古めかしい趣がある。吸血鬼独特のオーラが隠されもせずに城から漏れ出している。
僕達は馬車を下車するとそのまま城内に通され、大きな扉の前まで連れて来られた。扉には魔物を象ったレリーフが刻まれている。
「では、王への謁見を────」
僕達をここまで連れて来た吸血鬼が、両開きの扉を、重々しい音と共に開けていく。
アザゼル先生が先に進み、次に部長が、僕達はその後に続く。広大な室内には赤い絨毯が敷かれており、扉のレリーフに象られたものと同じデザインの魔物の刺繍が金色に輝いている。
玉座と思しき場所には、忘れもしない僕のここでの唯一の家族のヴァレリーが座っていた。その隣には、若い男性が列席している。その2人以外にも数人いるが、ヴァレリー以外は全員純血であることが見て取れる。
そこで、ヴァレリーが口を開いた。
ヴァレリー「······ごきげんよう皆様。ヴァレリー・ツェペシュと申します」
ヴァレリーは微笑みを浮かべているが、その微笑みは儚さが色濃く映し出されている。
······ヴァレリーが
ヴァレリー「えぇと、一応ツェペシュの現当主を務めることになりました。以後、お見知り置きを」
軽やかな声音をしている反面······光を失った赤い瞳は何も映していないような錯覚にすら陥る。
ヴァレリー「ギャスパー、大きくなったのね。とても会いたかったわ」
ヴァレリーは僕に話し掛けて来る。僕に向かって歩いてくるが、ヴァレリーの側近と思しき者達は止めようとしていなかった。
ギャスパー「······そうだね。僕も会いたかった」
笑顔を作ってヴァレリーに向ける。
ヴァレリーは僕の目の前まで歩いて来ると、そこで僕を抱き締めた。僕はなされるがままになる。黒歌さんも察してか、何も言わない。
ヴァレリー「元気そうで良かったわ」
ギャスパー「僕は元気だよ。ヴァレリーも······」
その後は口を動かせなかった。ヴァレリーが余りにも辛そうに見えた。
······でも、本人はきっと気付いていない。人はそれを当たり前と受け入れると、そうだと思い込み疑わなくなる。
ヴァレリー「ええ。そのことは報告を受けていたの。あちらでは大変お世話になっているそうね」
ギャスパー「うん······お父様もお母様もお兄様も、皆僕を家族だって受け入れてくれたんだ······それに、友達も出来た」
だからヴァレリーも、とは言えない。喉につかえて言葉に出来ない。ヴァレリーが、ヒビだらけで今にも壊れそうなガラス細工にすら思える。
ヴァレリー「それは良かったわ······あら?」
その時、ヴァレリーがふとあらぬ方向に顔を向けた。
ヴァレリー「
そこで僕の息が詰まる。
ヴァレリーが向いた方向には、微かにだが黒い靄が浮かんでいた。
まさかヴァレリー·······ここまで人格を汚染されていたの······!?
その時、ふと靄が動いたような気がした。目が合って、お前にも見えているのか、そう聞かれている気がした。
僕はバロールさんとルーさんの神格のお陰で、この世の者ではない者の影響を受けずにすむ。
『
一見すれば不治の病を治したり死者蘇生すら行える代物だが、命の情報量というものは果てしないほどに膨大だ。聖杯を使う度に、生者や死者など、様々な者達の精神や概念を取り込んでしまう。それも、自身の心や魂に。
ヴァレリーは既に相当な回数聖杯を使っているのだ。無数の他者の意識が心に流れ込んで、侵食されていく······ヴァレリーはもう限界寸前まで来ているのだ。
早く聖杯とヴァレリーに適切な処置を施さなければ、ヴァレリーの精神は崩壊し、やがて魂もこの世の者ではない何かに破壊されてしまう。
僕はバロールさんとルーさんの神格のお陰で、この世の者ではない者の影響を受けずにすむ。そのため、ヴァレリーが何と言っているのか理解出来てしまう。
でも、まともに干渉したらどうなるか分からない、とルーマニアに来る前に夢の中でバロールさんとルーさんに忠告された。だから、気付かなかったふりをして、ヴァレリーに視線を戻した。
おそらく僕以外の人は全く理解出来ないだろう。ヴァレリーが発している言語は普通だったら絶対に理解出来ないのだから。
アザゼル先生が、教会出身のゼノヴィア先輩とアーシア先輩に視線を外させるように言っていた。他の人は怪訝な視線で見つめている。
そこで、ヴァレリーの座っていた玉座の隣にいた男性がパンパンと手を鳴らす。そこでやっとヴァレリーはハッと気付いたような表情になる。
「ヴァレリー、その方々とばかり話していては失礼ですよ? お客様の前なのですからきちんと王として振る舞わなければなりません」
ヴァレリーは同意して相槌を打つと、笑顔で続けた。
ヴァレリー「ごめんなさいね、皆さん。でも、私が女王であれば、平和な吸血鬼の社会を作れるそうなの。楽しみだわ。私やギャスパーが虐められることもなくなるのよ?」
ヴァレリーは何も映さない瞳で僕を見て、更に続けた。
そこで僕はやっと気付いた。遅すぎた。来るのが遅すぎたんだ。壊れそうなんかじゃない······ヴァレリーは───
────ヴァレリーはもう──────
────壊されていたんだ。
ギャスパーsideout
カーミラについては、FGOのカーミラ(再臨第三段階とか?)でも軽く思い浮かべていたたければ。全く同じ、というわけではありませんが。