「ニネミア」
「陛下!御子が無事生まれました!」
「おおっ!それは真か!して、王子か?姫か?」
「はい!可愛らしい姫君にございます!」
「そうか!それはよいな!民に愛される子に育てばいいな!」
トロスを名祖とするアポロンとポセイドンが築いた堅牢なる城壁に囲まれし都市トロイア。
傲慢と強欲によって大英雄に滅ぼされしラオメドンの子にして現トロイアの王慎み深しプリアモスとその王妃ヘカベーとの間に新たに姫君が生まれた。
プリアモスは子が多くいながらも子煩悩な王であり、王妃ヘカベーや側妃との間に生まれた一人を除いた101人の子ども達を全て愛する善き父である。
その例外の一人についても、王としては捨てざるを得なかったのだが。
それでも父として全ての我が子を愛する善き父である。
後世、彼らの末裔が強大な帝国を築き上げたのは彼の情愛が帝国の神祖に受け継がれたからかもしれない。
その情愛に溢れた王が新たに授かった娘が可愛くないはずがない。
プリアモスが我が子を愛するのは捨てざるを得なかった一人の王子の分まで全ての子を愛したいと想う故なのかもしれない。
「ヘカベー、また無事に子を産んでくれて感謝するぞ!」
王妃と新たに生まれた姫君が待つ部屋に訪れて王は開口一番に王妃に感謝の言葉を告げた。
「まあ……」
既に妙齢となりながらも王妃ヘカベーは美しかった。
彼女は王妃としてではなく、母としてもトロイアを慈しむ女性である。
だが、その慈愛ゆえに後にトロイアを滅ぼすことを招き、そして我が子の死を招き、その愛ゆえに我が子の無念を晴らす。
父は情愛、母は慈愛に溢れ姫君は幸福なはずだった。
「さあ、顔を見せておくれ……」
プリアモスはこの世に生まれたばかりの娘を抱きかかえた。
すると、娘は心でこの男こそが自らの父であると理解したのか、父の顔を見て嬉しく思ったのか愛らしい声を出した。
その笑みは赤子の時点で既に将来約束された愛おしさが滲み出ていた。きっと、この娘は姫君としてトロイアの全ての者から愛されるだろうと父は感じた。
「カッサンドラに劣らない愛おしさだ……
将来、この
「まあ、気がお早いことですね……
フフフ……カッサンドラも可愛らしい妹が生まれて嬉しいでしょうね」
プリアモスのこの発言は一見、親馬鹿とも思えるが、これはこの姫君の一つ上の姉であるカッサンドラが可憐さを赤子の時から見せていたことによる経験則である。
姉姫であるカッサンドラは幼いながらも既に周囲から可愛がられるほどに可憐な姫君としての片鱗を見せている。
後の事ではあるが、この新たに生まれた姫君にとってカッサンドラこそが大きく関わっていくことになる。
侍女たちの誰もが国王夫妻の話を微笑ましく見え、きっとこの姫君には平穏な幸福が与えらえるだろうと信じていた。
「ははは、愛らしいな……
父王と母妃の愛を感じてか、王女はさらに嬉しさを身体で体現した。
その愛らしい娘の様子にプリアモスはつい、名付けようとしていた名前を口に出してしまった。
「……
「ああ、この娘の人生が平穏であって欲しいと思ってな……」
プリアモスは少し、黄昏ながらもそう言った。
プリアモスの親兄弟は姉を除いて大英雄に皆殺しにされた。
それは父にして先代の王であるラオメドンが招いたことではあるが、やはりそれでも平穏をプリアモスは望んでしまう。
「……そうですね。ほら、ニネミア?
父様はあなたのこと大切に想っているわ」
ヘカベーはプリアモスの言葉から来る想いを察して、同じように娘の安寧を想った。
父に付けられた名前と母に付けられたばかりの名前を呼ばれて、今、「ニネミア」と言う名を授けられたばかりの姫君はさらに喜んだ。
それを見て、国王夫妻はさらに彼女の名前を呼び、姫君は再び喜んだ。
幸せの繰り返し。
この場にいる誰もがこの時が続けばいいと考え、それが無理ならばこの場を織物の絵にしたいと思っていただろう。
その時だった。
「陛下!予言を授かりに行った使者が帰られました!」
姫君が姫君としての幸せを奪われる時間を告げる音が近づいた。
トロイア戦争関連の作品はFate関係なしに面白いです。
ヘクトールと妻子との別れやプリアモスとアキレウスとの和解、アキレウスの少し過激な所があるけれど英雄らしい生き方が人間らしくて本当によくできてます。
確かにこれは征服王などがはまってオタク化するのも理解できます。