ユウキ・オブ・アリシゼーション   作:九尾銀狐
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9巻は買いました。


第二話

 幼かったユウキには剣の才があった。
 拾った枝や棒切れをまるで熟練の兵士のように振り回した。

 剣武のユウキに、神聖術のアリス。
 二人は村長の生まれという事を抜きにしても、村で名を知らぬ者はいない程の有名人だった。

 アリスは神聖術に才があったものの、剣は振れなかった。
 ユウキは剣術ができた代わりに、神聖術はからっきしだった。
 それは英語の勉強など欠片もせずに過ごした前世が原因なのだが。

 故に、彼女は村の衛士見習いとして毎日を過ごしていた――。

 しかし2年前、ようやく剣を満足に触れるだけの筋力がついた途端、ユウキは村の衛士全てを薙ぎ払い、村一番の強者となった。

 誰も剣を教えられる者が村にいなくなったことで、《衛士見習い》という天職を本来の期間をすっ飛ばして満了したユウキに与えられた選択肢は二つ。村の衛士として一生を過ごすか、あるいは衛兵や整合騎士を目指し央都へ行くか。

 そして、その決断をユウキは2年の間、保留し続けてきた。

 なぜユージオを置いてでも央都へ行かなかったのかはユウキにも分からない。だが誰かが、何かが、ユウキに待てと言っていた気がした。

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 
(side:ユウキ)

 ユージオがボクとキリトを見た途端、露骨に嫌そうな顔をしたのは、もしかしてボクがまた面倒ごとを持ってきたんじゃないかと思ったからなのかな。
 いや、その通りなんだけれども。

「君は、誰?どこから来たの?」

 恐る恐るといった体でユージオから問いかけられたキリトは一瞬ビクリと肩を震わせると、

「ええと、俺は、キリト。あっちの方から来たんだけど――」

 と、南――央都の方角を指差し、

「――道に迷ってしまって」

 と頭を掻きながら言った。
 ユージオは驚いたように目を丸くした。

「もしかして、ザッカリアから来たのかい?」

「い、いや…なんと言うか。その、俺もよく分からないんだ。気づいたら森の中に倒れてて…」

 ユージオは再度の驚愕を顔に浮かべてまじまじとキリトの顔を見て、それからボクを見た。

「えっと、つまり…《ベクタの迷子》ってこと?」

「うん、そうらしいね」

 ボクとユージオが意思疎通をしていると、キリトが訳が分からないという顔をしながら、片手を上げおずおずと聞いてきた。

「べくたのまいごって…何?」

「あれ、君の故郷じゃそう言わないの?ある日突然いなくなったり、逆に森や野原に突然現れる人を、僕達の村じゃそう呼ぶんだよ。闇の神ベクタが悪戯で人間をさらって、生まれの記憶を引っこ抜いてすごく遠い土地に放り出すんだ。僕の村でも、ずーっと昔、お婆さんが一人消えたんだって」

「へ、へぇ……。じゃあ、俺もそうかも知れないな」

「うん、きっとそうだよ。それでね、ユージオ。キリトは暫くボクの家に泊めようかと思ってるんだけど」

 キリトがギョっとしたようにボクを見た。

「うん、それが良いよ。僕達の村には宿屋がないからね」

 キリトは言いにくそうにモゴモゴと口を動かしていたけれど、やがて諦めたように息を吐いた。

「あ、そうだ。ユウキ一人だと面倒な事になるだろうから僕も付いていくよ。どうせまた厄介ごとだって思われて門前払いされたら困るでしょ?」

 と、ユージオが大変失礼な事を言うので、ボクは腰に手を当てた。

「失礼な!明日から三日間お弁当抜きにするよ?」

「それは困る。ごめんごめん」

 この流れはいつもの流れだ。
 笑いながら謝るユージオに、いよいよ本当にお弁当抜きにしようかと考えていると、ふとユージオが残念そうに顔を曇らせた。

「ああ……でも、仕事があるからすぐには無理かな……」

「仕事?」

「うん。今は昼休みなんだ」

 ちらりと、ユージオがバスケットを見る。
 預けたバスケットの中のサンドイッチは全て無くなっているから、ついさっき食べ終わったものだと思われる。

「仕事が終わるまで待っててくれれば、村のみんなに君がしばらく滞在するからよろしくするよう頼んであげられるんだけど……まだあと四時間くらいかかるんだ」

「だから、ボクが案内するから良いって言ってるのに!さっきだって普通に家まで行けたんだから!」

 勝手に話がポンポン進んでいっているのを止めるべく、ボクは声を張り上げた。
 それを聞いたユージオは目を細める。

「それ、どこを通って行ったの?」

「え?……えーっと、それは……」

「どうせ、3ヶ月くらい前に『大発見だよ!』って大騒ぎしてた抜け道か何かじゃないの?」

「うっ」

 図星だ。
 思わず呻いたボクに、ユージオはため息を深々と吐くと、申し訳なさそうにキリトを見た。

「ごめんね、ユウキはこういう子なんだ。普通に衛士に断って入れば良かったのにわざわざ裏道なんて使う。きっと村では見慣れない黒髪の男を見たって話題になってるんじゃないかな」

「げっ、そうなのか。それじゃあ君の村に泊まるのはまずいんじゃあ……」

「うーん……でも、近くに別の村なんて無いからね。僕が衛士に事情を説明して頼んであげるよ」

 あ、そうだ。とユージオは続けると、

「そういえば、まだ名前を言ってなかったよね。僕はユージオ。よろしく、キリト君」

 と、手を差し出してキリトと力強く握手した。

「キリトでいいよ」

「そう?じゃあ、僕もユージオって呼んで」

 早速打ち解けた二人に少し疎外感を覚えながら、ボクは足下の小石を蹴った。

「そういえば、ユージオの仕事……天職っていうのは、何なの?」

「ああ……そこからじゃ見えないよね」

 ユージオはキリトに手招きすると、ギガスシダーの根元へ向かった。

 口をあんぐりと開けるキリトに得意げに微笑むと、立て掛けてある斧を手に取って構える。
 ユージオの細い体がぐうっとしなり、大きく後ろに引かれた斧は、一瞬の溜めに続いて鋭く空気を裂いた。重い刃が見事、切り込みの中央に命中し、甲高い金属音を高々と響かせる。

「随分、上達したよね」

 ボクが感心したように呟くと、ユージオは当然とばかりに声を張って、

「当たり、前だろ?僕は、もう七年も《刻み手》を、やってるんだ。上達して、当然さ」

 言いながらも正確なスピードと軌道で斧を振るうユージオは、五十回ほどそれを繰り返した。

 やがて最後の一撃を終え、幹からゆっくりと斧を引き抜くと、ふぅっと長い息を吐いた。斧を木に立て掛けて、どさりと幹を支えに座り込む。
 ぽかんと口を開けていたキリトが、我に返ったようにユージオに問いかける。

「ユージオの天職は、《木こり》なのか?この森で木を切ってる?」

 短衣のポケットからハンカチを取り出して汗を拭いて、ユージオは首を傾けた。

「うーん、まあ、そう言ってもいいかもね」

 意味深なセリフにキリトが首を捻ってるので、ボクは助け舟を出してあげた。

「この木は《ギガスシダー》って言ってね。ユージオはこれに傷を付けてるんだ。この木が周りの栄養を全部吸い取っちゃうから、開拓に邪魔なんだよ」

「へぇ……でも七年やってこれだけか。随分やり甲斐が無さそうだな」

「まさか。あのね、僕は七代目の刻み手なんだよ。この木にこれだけ刻むのに掛かった時間はだいたい三百年」

「さっ、三百……!?」

 ユージオはびっくり仰天、と目を見開き口を開けるキリトに苦笑して、

「僕が八代目に斧を譲る時までに刻み進められるのは……」

 これくらいかな、と20センほどの隙間をつくって見せた。
 キリトは何か達観したかのように細長く息を吐く。
 うん、その気持ちは分かる。ボクとユージオも前任のガリッタ爺さんが自慢げにそれくらいの隙間を見せてくれた時、同じ反応したもん。
 と、キリトが少しワクワクしたように斧を指差して言った。

「なあ、ユージオ……それ、ちょっと俺にもやらせてくれない?」

 仕事を手伝おうと言われたのが初めてのユージオは、ぽかんと口を開けていたけど、やがて躊躇いがちに口を開いた。

「えっ?うん……まあ、天職を誰かに手伝ってもらっちゃいけないなんて掟はないし……」

「えっ、無いの!?」

 ボクは思わず大声を上げた。
 ユージオが呆れたようにボクを見るので、恥ずかしくて俯いた。

「うん。ユウキだって知ってるはずだろう?小さい頃から散々聞かされ続けてきたじゃないか」

「知らなかった……」

 小さく呟くボクの隣で、キリトがいよいよ我慢できないといった感じで身を乗り出した。

「まあ、その話は後でいいだろ?なあ、頼むよ。ちょっとやってみたいんだ。それに、二人でやれば早く終わるかもしれないだろ?」

「でも、案外難しいんだよ、これ。僕も昔はまともに当たんなかったんだから。あと斧は一つしかないから時間は変わらないと思う」

「やってみなきゃ判らないだろ?」

 キリトはニッと笑って右手を突き出した。

「無理だと思うなぁ……」

 ボクの呟きは、ギガスシダーに吸収されたかのように、斧を握って右往左往する二人に届くことはなかった。

 あれ、何だろう。前にこんな光景見たことがあった気が――。

 ふと頭に浮かんだ懐かしさは、ガァン!というキリトの一撃に掻き消された。

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

「……よし、それで最後!」

「はっ――!……うひぃ、ひぃ、はあ〜……疲れた」

 汗だくで斧を放り投げたキリトに、笑いながらユージオは水筒を差し出し、ボクは一度村に帰って取ってきたタオルを手渡した。

「お疲れ様。やあ、キリトは筋がいいよ。最後の方は二、三回くらいいい音させてたしね。おかげでは僕も今日は随分と楽だったよ」

「いや……ユージオがやればもっと早く終わっただろうな。悪かったな、手伝うつもりが足引っ張っちゃって……」

 なぜかきっちり最後までやったキリトは水筒の中身を飲み干す勢いで呷ると、その後で恐縮しつつ謝った。ユージオは、大丈夫大丈夫って笑って樹を見て、溜め息を吐いた。

「この樹は僕が一生かかっても倒せないって言ったろ。何せ、一日がかりで刻んだ深さの半分を、こいつは夜の間に埋め戻しちゃうんだからさ……。この樹の天命は23万と2千あるんだ。僕が生きてる間には到底無理さ」

「うえ……」

「僕が丸一年斧を振ってギガスシダーの天命はたったの600しか減らない。つまり、僕が引退してもこいつの天命は20万近く残るってわけさ。こいつが倒れるまであと900年はかかる」

 ユージオとキリトがうんざりしている間に、ボクはユージオの荷物を片付ける。

「キリト、ユージオ。うんざりするのも良いけれどさ、この後にも面倒ごとは残ってるんだよ?さ、帰ろう?」

「その面倒ごとはユウキが持ってきたものなんだけどね……」

 ユージオが苦虫を噛み潰したような表情で呟いた。

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 村に帰る途中、斧を置いておく物置小屋に到着して、ユージオは乱雑にそこに斧を投げ入れると、ぱたんと戸を閉めた。

「その、鍵とかはいいのか?」

「鍵?なんで?」

「なんでって……盗まれたりとか」

 驚いたように目を丸くするユージオ。ボクはキリトが言わんとすることを察して、答えを口にした。

「《禁忌目録》がある限り、盗みなんて無理だよキリト」

「うん。この小屋を開けていいのは僕だけなんだから」

 真顔で返したボク達二人を交互に見て、キリトは頬が引き攣るのを誤魔化しながら頷きかけた。

「じゃあ、なんで衛士なんているんだ?盗賊かいないなら必要ないよな?」

「ああ、それはね……」

「《闇の軍勢》に対抗するためなんだ」

 言いかけたボクを遮るかたちで発したユージオの言葉にキリトが首を傾ける。

「ほら、見えるだろう、あそこ」

 ユージオが右手を上げる。その先には村――と、純白の山脈。ノコギリみたいに険峻な稜線が、視線の届くかぎり左から右へと続いてる。

「あれが、《果ての山脈》。あの向こうには太陽神ソルスの光も届かない闇の国があるんだ。空は昼でも黒雲に覆われていて、天の光は血のように赤かった。地面も、樹も、炭みたいに黒くて――」

「闇の国にはゴブリンやオークみたいな亜人、それから黒い竜に乗った暗黒騎士が住んでるんだ。それらの侵入は、《整合騎士》っていう人界の切り札たちが防いでる。でもごくたまに地下の洞窟とかを通って忍び込んでくるのもいるみたいだね」

 昔を思い出したんだろう、声が震えて満足に話せないユージオに続けて、ボクがキリトに説明した。

「その……言いにくいんだが、ユウキやユージオは闇の軍勢と戦った事が?ユウキは剣が振れるし、ユージオはあんな重い斧を正確に振れるんだから」

「ううん。天職として果ての山脈の近くまで行ける村の衛士たちなら戦った事があると思うけど。でも、そんな事があれば衛士たちは自慢してくるだろうし、多分まだ誰も戦った事がないんじゃないかなあ」

「ボクは見習いだったからね。山脈までは連れてってはもらえなかったな……一度、ユージオとアリスといっしょに行った事があるんだけどね」

 ボクが付け加えた一言でユージオがびくりと肩を震わせた。

「そうなのか……アリスっていうのは?」

「ボクの双子のお姉さん。でも、禁忌目録を破って11歳のとき整合騎士に連れてかれちゃった」

「アリスは……ほんのちょっとダークテリトリーの大地に手を触れただけだったんだ。整合騎士は尋問ののち処刑するって言ってた。だけど、だけど……」

 ユージオが目を伏せたまま小さくかぶりを振った。
 顔を上げ、キリトを真っ直ぐに見ると、一泊置いて、

「アリスは、きっと生きてる。僕はそう信じてる」

「ボクもだよユージオ」

 強い意志を込めて言ったユージオの言葉にボクも同意した。

 アリスを助ける。

 この決意は昔から鈍っていない。

「その、悪かった」

 キリトが申し訳なさそうに頭を下げるので、ボクは慌てて手を振った。

「キリトは何も悪くないよ。ボクが暗い話題を出しちゃったのがいけなかったんだ。……さあ、村に着いたよ」

 暗い話題を無理やり断ち切るようにボクは前を向いて、狭い水路に架かる苔むした橋を渡って、ルーリッドの村に足を踏み入れた。

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 

『道に迷った旅人って事にするからね!』とはなんだったのかね。

 ユージオが、キリトが《ベクタの迷子》だという事を詰め所で話すと、拍子抜けするくらいあっさりと村に滞在する事を許してもらえた。

 村ではボクの時とは大違いに、村の人たちがキリトの事を聞いてきた。ユージオに。

 そんなキリトは今頃シスター・アザリヤの教会で、寝ているだろう。
 あそこにはユウキとアリスの妹のセルカがいる。アリスに似てお転婆なあの子に振り回されて、キリトはさぞ苦労している事だろう……と、そこまで考えてからボクは窓を開けた。空には星が輝いて、大地には星と対比するように、黄金の稲穂が揺れていた。

 今日は久しぶりに色々な事があった。特にキリトが――前世(仮)の人物と会ったなんて事は、今までの人生を思い返してもまるで無かった出来事だ。

 キリトとは明日の朝また会う事を約束している。

「ここが仮想世界なら、アスナもボクの事を見てくれてるのかな」

 キリトと接触したからボクの事は外の世界の人たちにバレているだろう。キリトがいるならアスナもいるはずだ。いつかまた会えるかな。

「楽しみだなぁ……」

 ボクを見てどんな反応するのかな。笑ってくれるかな。泣いてくれるかな。それとも、嬉しくて抱きしめてくれるかもしれない。


 アスナの笑顔を思い出して、懐かしい気持ちになりながら、ボクはそっと窓を閉めた。麦畑の向こうに見えた巨樹の事は、忘れようとした。



気づいたんですが、ユウキの傍付き(そばつき)修剣士の存在すっかり忘れてました。
というわけで、活動報告にて名前や経歴を募集中です。

オリジナルキャラクターとなるので、なるべく批判などを無くすため読者の意見を取り入れようとする作家の鏡(手抜きのため)←おい

一言でも良いので感想・評価・推薦をお願いいたします。モチベーションが上がります。






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