幸せになる番(ごちうさ×Charlotte)   作:森永文太郎

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第4話、一緒に過ごす時間

 ラビットハウスに来て数日が経った。

 ある日の夜、有宇はいつものように風呂に入り、明日に備えて早めに寝ようとベッドに腰を下ろす。しかしそこでいつものごとく、招かねざる訪問者が有宇の部屋を訪れる。

 

「有宇くん、これからチノちゃんとリゼちゃんから借りたDVD見るんだけど有宇くんもどう?」

 

 ここに来て数日、夕飯を終え風呂から出たこのタイミングでいつもこの女はノックもせずに部屋にやってくる。毎回用事は違うものの、しつこいのなんの。こっちは朝早いっていうのに迷惑ったらありゃしない。

 

「せっかくのお誘いですが明日も早いので……」

 

「少しだけ!少しだけでもいいから一緒におしゃべりでもしようよ」

 

 しかし粘り強くココアは引き下がろうとはしない。

 だが、それで折れる有宇ではない。

 

「すみません、ちょっともう眠くて……。また別の機会に誘ってください」

 

「そっか。ごめんね、また別の日に誘うね」

 

 そう言ってココアは部屋を出た。

 別の日と言ってもまた明日来るだろうなあいつ。

 ここ三日間ずっと来てたことから、有宇にはそんな予感しかしなかった。

 あいつ、僕のこと好きなのか?そりゃ僕は二枚目だし仕方がないことだが、けどいまいちあいつからはそういう好意は感じられないんだよな。

 ココアの行動原理に疑問を抱きながらも、すぐにどうでもいいことと切り捨て、明日も早いからと床についた。

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

「今日も有宇くん、誘えなかったよ……」

 

 有宇に誘いを断られた後、ココアはチノの部屋を訪れ、チノにそう愚痴を零した。

 

「ココアさんがしつこいんですよ。毎日ずっと誘ってたら乙坂さんも困りますよ」

 

「でも全然お話できる機会がないんだもん。折角一緒に暮らすんだから、もっと仲良くなりたいよ。それに、誘っても断られてばっかだし……」

 

「きっとお疲れなんですよ。まだここに来て一週間も経ってないわけですし、新しい生活に慣れるのに大変なんですよ。そっとしておいてあげてください」

 

 チノはいつものように、そう冷静にココアを諭した。

 しかしそれでも「でも……」と言うココアに、チノは自分が付き合うと言うと、ココアはすぐ機嫌を良くした。

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 それから更に数日───

 

「有宇くん、今日はよろしくね♪」

 

「よろしくお願いします」

 

「よろしくな」

 

 ココア、チノ、リゼの三人が声を揃えて挨拶する。

 

「ああ、よろしく」

 

 今日は有宇がこの店に来て初めての土曜日。そして休日ということもありココア達は学校が休みだ。そのため普段午前中は学校にいるココア達と初めてシフトが被り、一緒に働くこととなった。

 しかし有宇はこれをあまり芳しく思わなかった。

 今現在この店には僕を含めて四人の店員がいる。対してうちの店内のカフェスペースはおおよそ十五坪ぐらいだろうか。席数は全部で十九席(四人掛けの席のソファーを含めると二十三席)。

 僕の部屋に置いてあった本によると、この店ぐらいの規模だと厨房スタッフとホールスタッフが最低二名は配置する必要があるらしく、計四人必要とのことだ。

 しかしそれというのも基本的にフルサービスで提供するため。つまりは人手がないと料理に接客とその忙しさから店が回らないからである。

 だが見てみろこの店内を。ガラガラである。まだ開店してからそう時間が経ってないということもあるが、客が一人もいない。というより働いてみて分かったことだが、この店元々そんなに客が来ないのだ。

 平日の忙しい時だって僕とタカヒロさんで店を回せるぐらいだ。いや、僕が来る前はタカヒロさん一人で回していたというのだ。つまり何が言いたいかと言うと、この店に四人も店員は必要ないのだ。

 勿論この事はシフトの段階でマスターにも申し伝えた。しかし経営者であるマスターが大丈夫だと言うのでそれ以上口を挟むことはできなかった。

 そして肝心の仕事の役割としてはリゼとチノが厨房で料理、それとコーヒー作り。ココアと僕がホールだ。

 因みに、ココアは僕と同じホール担当なのだが、今日みたいな休みの日は店のメニューのパンの仕込みとかを朝早くやっているらしい。いつも朝寝坊しまくってるこいつにしては珍しいがな。

 何でもココアの実家はパン屋らしく、ラビットハウスでパンを出すようになったのもココアの提案なんだとか。そもそもあんな立派なオーブンがあるのにパンを出さなかったのが不思議なくらいだし、ココアにしてはいい提案なのではないかと思う。

 ココアのいない平日は、マスターが僕より早く起きてやっているのだが、夜のバータイムも働いて、あの人は本当にいつ寝てるのだろうかといつも疑問に思っている。

 

 

 

 挨拶も手短に済ませ開店準備も済ませると、四人とも仕事に取り掛かった。

 仕事を始めてからしばらくは少ないながらも客入りがそれなりにあり、それぞれ自分の仕事をこなしていた。

 しかし客がいなくなると暇を持て余すようになり、ココア達はお喋りと洒落こみ始めた。そして当然のように有宇もその中に入れられた。

 

「有宇くん、まだ来てからそんなに経ってないのになかなかやるね〜」

 

「ありがとうございます」

 

 当然だ!と言いたいところだったが、有宇は素は隠し通し、謙虚で穏やかな感じを醸し出した。

 もっとも最初の頃は、アルバイトなんて今までやってこなかったのでレジ打ちもろくに出来ず失敗も多かったが、幸い客はそんな頻繁には来ないので、仕事を覚える時間だけはたくさんあったのですぐに順応することができた。

 ちなみに接客の方はいつも猫を被っていたせいか、こちらは最初からできた。特に有宇の場合、顔が整ってるせいか特に若い女性客に対しては受けがよかった。

 

「うんうん、お姉ちゃん関心だよ〜」

 

 因みに有宇が年下と知ってから、ココアは事あるごとに有宇の姉であるかのような態度を取るようになった。

 遠回しにやめて欲しいとは何度も言ってるのだが、聞き入れてはもらえなかった。しかしかといって素の自分を知られるわけにもいかないので、強く拒絶するわけにもいかなかった。

 それに『ココアさんは年下の人に対してはああいう感じですから』と経験者は語るみたいな感じでチノが言うので、有宇ももう諦めることにしたのであった。

 

「ココアさんは今でもカップを落としたり転んだりしますもんね」

 

 そうチノに言われると、ココアが恥ずかしそうに顔を赤らめる。

 

「チ、チノちゃ〜ん、それは言わないでよ〜。お姉ちゃんとしての威厳が……」

 

「そんなの最初からありません」

 

「ふえ〜ん!」

 

「ココアは相変わらずだな」

 

 仕事の手を止めずリゼはそう言った。

 正直リゼは初見が初見だったので、仕事でも何かやらかすんじゃないのか危惧していたが、勤務態度は至って真面目でしっかりやっていた。

 料理も上手く、接客も良くできており、どうやら銃さえ持ってなければまともらしい。

 四人が会話に勤しんでいると、突然ドアに掛けてある鈴の音が気持ちのいい音を響かせて、店のドアが開いた。

 

「こんにちはー」

 

「ココアちゃん、来たわよ~」

 

「あっ二人ともいらっしゃい!」

 

 店に来たのは客ではなく、ココアの友達のシャロと千夜だった。

 二人とも以前会ったことはあるが、それきり会ってないしその時はココアの友達だとは知らなかった。

 

「あ、こんにちは有宇くん」

 

「本当にここで働いてるのね」

 

「いらっしゃいませ、お二人とも」

 

 有宇はポーカーフェイスの笑顔を浮かべたまま軽く会釈する。それから二人を席まで案内し、二人はカウンターの席に腰を下ろした。

 

「改めてこんにちは有宇くん、私は千夜よ、甘兎庵で働いてるわ」

 

「あっどうもシャロです。以前お会いしましたよね」

 

 二人が軽く会釈する。

 僕も二人に軽く挨拶をしておく……もちろん本性は隠したままで。

 

「乙坂有宇です。よろしくお願いします」

 

「まぁ、ご丁寧にどうも♪」

 

「よろしく」

 

 よしよし、反応はまずまず。

 有宇は二人の反応にそれなりの好感触を覚えた。それからここに来た用事を、話の種程度のつもりで聞く。

 

「ところでお二人とも今日はどのようなご用事で?」

 

 有宇がそう尋ねると、千夜が答える。

 

「今日はココアちゃんに呼ばれてきたの」

 

 千夜がそう言うのでココアの方を見ると、ココアがえっへんと胸を張って偉そうにしていた。

 

「だってせっかく有宇くん二人と知り合えたのに、全然親睦を深める機会がないんだもん。だから今日ならみんなここに集まれると思ってここに呼んだの」

 

「そ……そうでしたか」

 

 余計なお世話……といいたいところだが実際まだこの二人がどんな人物かはまだ詳しくはわからないし、ココアの友達といえどもおかしい奴らとは限らない。実際チノは愛想はないが普通の女の子だし、この二人もまともな奴かもしれない。

 ならこれは、この二人を見極めるいいチャンスなのかもしれないなと有宇は思うことにした。

 すると、ココアがまるでお見合いの司会でもやるかのように言う。

 

「二人とも、有宇くんに聞きたいことがあったら何でも聞いてね。有宇くんも二人に聞きたいことあったら何でも聞いていいんだよ?」

 

 聞きたいことと言われても正直特にはない。

 それに二人も聞きたいことと言っても、ここで働く経緯(まぁ、嘘まみれなんだが)とかはココアから聞いてるだろうし、今更僕に聞くことなんかないだろう。

 しかし会話がないのもあれだし、適当に好きな物とかでも聞いておくべきか。

 

「はい!」

 

 するとまず私からと言わんばかりに、千夜が学校の授業でやるみたいに手を挙げた。

 

「えっと……どうぞ」

 

 一体千夜は僕の何を知りたいのだろうか。

 

「有宇くん、初めて私と会った時のこと覚えてるかしら?あの時はそんなに気にならなかったんだけど、有宇くんがココアちゃんの知り合いだって聞いてね。それで私と見間違えた白柳さんってどなたなのかしらって気になっちゃったの。もしかして恋人さんだったり?」

 

「えっ!?」

 

 皆の視線が有宇に向けられる。

 そういえばそんなこともあったな……。

 

「えっ、有宇くん彼女いるの?」

 

恋話(コイバナ)!私達の周りじゃ聞けないことですね」

 

「都会は進んでるな〜」

 

 他のメンバー達も普段聞けない恋愛話が聞けると思って興味津々に聞き入ろうとしている。

 これは少し不味いと有宇は危惧した。

 こいつらの中では、僕は親が飲んだくれで高校に通わせてもらえず、終いに家を追い出されたという設定になっている。本当はただのカンニング魔で、それがバレて退学の危機に陥り親権者のおじさんと口論になり家出しただけなんだがな。

 とにかく今僕がここにいられるのはそんな不遇な環境下にいたという嘘の経歴でこいつらから同情を買ってるおかげだ。バレたら店をクビになって追い出されかねん。

 そして過去話はボロが出やすい。慎重に答えなくてはならない。

 白柳弓は僕が高校を辞めさせられる前、付き合っていた……いや、正確には付き合うはずだった女だ(白柳弓に告白される前に退学になったからな……)。

 確か高校に通わせてもらえなかった設定だったはずだから、高校での彼女だなんていう矛盾が出ることは避けないとな……。

 そうして有宇は自分の作り出した設定に矛盾しないように慎重に、そして無難な感じの答えを返す。

 

「白柳さんは中学の頃の同級生だよ。その子も黒髪に前髪がぱっつんだったから見間違えたんだ。彼女とか別にそういうのじゃないよ」

 

「あら、そんなの?有宇くんのコイバナ聞いてみたかったからざ〜んねん。にしてもそんなに私と似てたのかしら。うふふ、一度会ってみたいわ」

 

 一応、千夜は納得した様子だった。

 白柳さんの存在を認めつつ、そして嘘も交える。人を騙すときの常套手段だ。本当の事に嘘を混ぜこめば大概の人間は騙せる。

 全部嘘で固めると不自然さが際立ち怪しまれるからな。白柳さんという同級生がいた事実は認めて、後は嘘で固めてやればいいのだ。

 そして他の連中はというと、恋話が聞けると思ってたのでがっかりしていた。

 すると、シャロが怪訝そうな表情で有宇にこう訊いてきた。

 

「あのーじゃあ乙坂くんは今好きな女の子とかいるのかな……?」

 

 有宇はその質問に少し違和感を感じる。

 普通この手の質問は相手に気があり、それで相手に今付き合ってる人間がいるかどうかを確かめるためにするものだ。しかしなぜかシャロは有宇に対して若干敵意や疑念を抱いているかのように聞いてきた。

 なぜシャロが自分に対してそんな態度をとっているのかは不明だが、疑念を煽るような真似をして、面倒な事になるのは避けたいので、有宇はお世辞も少し混じえて当たり障りのない答えを返す。

 

「えっと……そうですね、今はそういう方はいませんよ。それに僕自身、今の状況が状況ですし、彼女どころじゃありませんから……」

 

「じゃあ今後も彼女は作らないってこと?私達の中に気があるとかもなく?」

 

「そうですね、ここにいる皆さんは全員魅力的ですが、まだ会って間もないですし特にそういった感情はありません。皆さんとは良い友人でありたいと思っています」

 

 実際のところ、僕も男だし正直彼女は欲しいとは思ってる。思っているからこそ白柳弓を堕とそうと策略したわけだしな。

 しかしだからといって誰でもいいわけじゃない。僕に見合う容姿端麗で頭がよく、まともで完璧な才色兼備な女性じゃなきゃダメだ。

 ここにいる奴らは皆容姿だけでいえば……まぁそれなりにレベルは高いんじゃないかと思う。だがココアは性格面に難ありだし、リゼは生活態度に難ありだ。千夜とシャロに至ってはまだどんな人物かがわからないからなんとも言えない。チノは小学生だし年齢的に対象外……ていうか流石に犯罪だしな。Not ロリコン。

 そんなわけで、今は自分の置かれている状況の打開を中心にやっていきたいというのは本当の事だし、彼女だのそういうのは今は後回しだな。

 そして有宇の答えを聞くと、シャロはボソボソと何かを呟いた。

 

「……リゼ先輩が好きってわけじゃないようね。それはそれで癪にさわるけど……」

 

「……?」

 

 有宇の答えに安心したのか、シャロは安堵したように見える。

 シャロの狙いが何だったのかはわからないが、それで自分に対するなんらかの疑念が晴れたならそれでよかったと有宇は安堵した。

 さて、あんまり根掘り葉掘り聞かれても色々困るしな……。

 そう思った有宇は、取り敢えず二人に飲み物でも飲まないかと提案する。

 すると二人はそれぞれコーヒーとホットココアを注文した。

 

「あれ、シャロさんはコーヒー苦手なんですか?」

 

 注文を聞いて有宇がシャロに尋ねる。

 うちの店の売りはやはりサイフォンで淹れたコーヒーだ。それを頼まずココアを頼むということはコーヒーが苦手なんだろうか?

 まぁ、コーヒー苦手な奴なんて割と多いし、珍しくはないがな。

 するとシャロは恥ずかしそうに答える。

 

「別に苦手ってことはないんだけど……。その……私カフェインを取りすぎると酔っちゃうの……」

 

「えっ?」

 

 カフェインで酔う?わけがわからん。

 有宇がシャロの言葉の意味がわからないでいると、それを察したココアがこう付け加えた。

 

「シャロちゃんはカフェインを取るとハイテンションになっちゃうんだよ」

 

「カフェインハイテンション!?」

 

 つまりシャロはコーヒーを飲むと酒を飲んだかのように酔っぱらうのだという。よく漫画で炭酸とかで酔うキャラがいるが、現実にそんな人間がいるとは……。

 その後も色々と話をしたが、そこからは僕が来るまでのここでの出来事とかいった他愛無い世間話だった。

 

 

 

 昼に差し掛かる頃、店はそろそろ昼食を食べにくる客が来るため、先程よりかは忙しくなるのだが、有宇のシフトは昼までなので、一人仕事を切り上げた。

 

「それでは時間ですので、僕は上がらせてもらいます。お疲れ様でした」

 

 そう言って有宇が言って仕事を上がろうとすると、千夜に声をかけられる。

 

「有宇くん、午後暇ならうちの店に来ない?」

 

「お誘いは嬉しいのですが、この後やりたいことがありますので。またの機会に行きます」

 

 千夜の働く店が甘味処だということは覚えていた。有宇は妹の歩未の作るピザソースのこともあって甘いものがあまり好きではないため、進んで行こうとは思わなかった。

 それにお金の使用は最低限に留めておき、万が一の時に備えておきたかったので贅沢はしないように心がけているのだ。

 あとこの後本当にやりたいことがあり、街に出るつもりだったこともあり、有宇は千夜の誘いを断ったのだった。

 有宇が断ると千夜は「あら、残念」と言い、それを聞いて有宇は「すみません」と一言詫びを入れ、それから自分の部屋に着替えに行った。着替え終わり下に降りると、ココア達に出掛けてくると言って店を出て行った。

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

「で、みんな、有宇くんのことどう思う?」

 

 有宇が店を出た後、ココアはその場にいた仲間達にそう問いかけた。

 

「そうですね、ちゃんと仕事もしてくれますし、家事仕事も手伝ってくれますし、いい人だと思いますよ」

 

 とチノ。

 

「ああ、私も悪い奴じゃないと思うぞ」

 

 とリゼ。

 

「私も有宇くんはしっかりした男の子のように見えたけど」

 

 と千夜。

 

「私は正直男の人が働くって聞いて不安だったけど、今日会ってみた感じ特に問題はないと思うわ」

 

 とシャロ。

 

「シャロちゃん、有宇くんがリゼちゃんに気がないかずっと不安だったものね~」

 

「お、おばかぁぁぁぁぁ!!リ、リゼ先輩の前では言わないでって言ったでしょ!?」

 

 シャロが千夜に憤慨していると、当の本人がフォローを入れる。

 

「まあ、確かに今まで女だけだった職場にいきなり男が入るのは、私も色々と不安だったしな。シャロ、気遣ってくれてありがとな」

 

「リ、リジェ先輩…!」

 

 そう言うとシャロは顔を真っ赤にして倒れこんだ。

 

「おっおい大丈夫か!?」

 

「先輩に……お礼言ってもらえた……」

 

 リゼの心配とは裏腹に、倒れたシャロは幸せそうな顔をしていた。

 しばらくしてシャロも落ち着きリゼが話を戻す。

 

「で、ココア。なんか有宇に不満でもあるのか?私も最初はかなり驚いたけど、ちゃんと一緒に暮らせてるんだろ?仕事の方も今日見た限り問題なさそうだしな」

 

 ココアは何か物言いだけな様子で表情を曇らせる。

 

「う~ん、確かに有宇くんは優しくて紳士的だし仕事もしっかりできてるよ。けど……」

 

「けど?」

 

「なんか距離を感じるの!遠慮してるっていうかなんて言うか……せっかく知り合えたのに全然仲良くなれてる感じがしないの!」

 

 ココアの発言に対し、皆も思うことを口々に言う。

 

「そう言われてみると、確かに乙坂さんから話しかけられることってあまりないですよね」

 

「そうね、確かにさっきも有宇くん、あまり会話に参加してなかったわね」

 

「確かにそうだな……」

 

「そうかしら?元々大人しいだけじゃないの?それに会って間もないし、女の子の中に男の人が自分一人だけだったから話しづらかっただけじゃない?みんなココアみたいに騒がしくて遠慮が無い訳じゃないんだし」

 

「シャロちゃんひどいよ!ん〜でも確かにシャロちゃんの言うとおりでもあるんだけど、なんか納得行かなくて……」

 

「なんかって?」

 

 言い淀むココアにリゼが尋ねる。

 

「う〜ん、なんていうかあれが本当の有宇くんじゃないような……」

 

「もっとわかるように言えよ」

 

「えっとね、なんか有宇くんって驚いたりした時とかに、なんていうか口が悪くていつもみたいな感じじゃないときがあって……。もしかしてあれが本当の有宇くんなのかなって思って……」

 

「例えば?」

 

「最初にあった日、有宇くんと話そうと思ってドア開けたら驚かせちゃたことがあって。そしたらなんかいつもと違った雰囲気で怒られたり……」

 

「ココアさんはちゃんとノックするよう心掛けてください」

 

 チノが話の途中に割って入り、ココアに注意を促す。

 

「はい……」

 

 そこはココアも素直に反省する

 するとリゼにもココアの言う事に思い当たる節があったようで、それを口にする。

 

「そういえば確かに私も初めてあった時も、なんか今と雰囲気違ったような気がするな……」

 

「あれはリゼさんが銃で驚かしたからだと思いますよ……」

 

 その時その場に居合わせていたチノが苦い顔を浮かべる。

 それからココアが話をまとめて、皆に言い放つ。

 

「と、とにかく!せっかくこうして会えたんだから遠慮とかしないで欲しいの!それでもっと仲良くなれたらって……それでみんなにどうしたらいいか聞きたくて……」

 

 しかしそう聞くと一同は皆黙り込む。

 

「どうしたらって言われてもな……」

 

「そっとしておいたほうがいいと思いますが」

 

「有宇くんの方から歩み寄ってもらえないと難しいと思うわ」

 

「うぅ〜でも……」

 

 皆は放っておいた方がいいというが、ココアはそれに納得いかない様子であった。例え本当にそれが正しいとしても、ココアはそれを放ってはおけない性格(たち)であったからだ。

 そんなココアにシャロがこう助言する。

 

「ココア、そもそもこっちから歩み寄るにしても、あいつと話さないと始まらないんじゃない?せっかく一緒に住んでるわけなんだし、ゆっくり話し合ったり出来ないの?あんたこういうの得意じゃない」

 

 シャロの言葉に対し、ココアは気難しい顔を浮かべる。

 

「う〜ん、普段はシフトも違うし、夜も有宇くん朝早いからすぐ寝ちゃうしであんまり話せる時間ないんだよね〜。だからみんなと話せば有宇くんも心開いてくれるかなって思って今日みんなを集めたんだけど……」

 

「なんでもいいから話すきっかけ作りなさいよ。何か思いつかないの?」

 

「そんなこと言われても……あっ」

 

 そこでココアがはっとした様子で何かを思いついた。

 

「どうしたのよ」

 

「いい事思いついたの!!えっとね……」

 

 ココアは思いついたアイデアを喜々とした様子で皆に話した。

 

「前に有宇くんに街を案内するって話をしたの。だからそこで私が色々有宇くんと話してみるっていうのはどうかな?」

 

 ココアがそう話すと、皆納得した様子を見せた。

 

「ああ、いいんじゃないか」

 

「はい、いいと思いますよ」

 

「頑張ってねココアちゃん」

 

 皆口々にそう口にする。

 

「でもココア、あんま深追いしちゃだめよ。他人に踏み込まれたくないことだってあるだろうから。特にあいつの場合、なんか重い事情があるんでしょ?」

 

 しかしその中でまたシャロが一人、ココアにそう忠告した。

 シャロもココアの人当たりのいいところは買っているものの、その反面千夜もそうだが、色々と人を振り回したり、天然で心にグサッとくる一言を言ったりする所があるので、万が一を考え忠告した。

 特に有宇の場合、何か色々と抱え込んでいそうなので、ココアがそこに無造作に踏み込んでいかないか心配だったのだ。

 

「わかってるよ〜」

 

 本当にわかってるかどうかはわからないが、ココアはそういつもの調子で答えた。

 こうして有宇不在の中、彼に歩み寄ろうとするココア達の計画が進んでいった。

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 日が沈み辺りが暗くなる頃、有宇はラビットハウスに帰宅した。

 もっと早く帰宅するはずだったのだがまた少し道に迷い、帰るのが遅れてしまった。

 

「ただいま」

 

 有宇が帰るとココアが一番に出迎えてくれた。

 

「あっお帰り有宇くん。あれっ、何か買ってきたの?」

 

「ああ、これ?」

 

 帰ってきた有宇の手には紙袋が握られていた。

 有宇は特に隠す必要はないだろうと思い、袋の中の物を取り出した。

 

「お勉強の本?」

 

「ああ、高卒認定を受けようと思って」

 

 有宇は午後の時間を使って高卒認定について調べたり、参考書を買ったりしていた。

 

「いつまでもここにいるわけにもいかないし、ちゃんとしたところに就職するために少しでも努力はしなくちゃと思ってね」

 

 本当は努力なんてしたくもないのだが、状況が状況なので仕方なく一応の努力はしてみようと試みたのだ。

 

「そっか……」

 

 しかしそれを聞いたココアが何故か暗い顔を浮かべた。

 なんだ、僕がいなくなった後に何かあったのか?

 だがすぐにココアの表情はいつもの笑顔に戻っていた。やっぱ気のせいか?

 そしてココアはいつもの笑顔で有宇に話しかける。

 

「ねぇ有宇くん、明日暇かな?」

 

「えっ?」

 

「ほら、前に街を案内するって言ったよね。確か明日有宇くんお休みだったし、私の方も学校も仕事もないからどうかなって」

 

 確かに明日は暇だし、以前街の案内を頼んだ覚えもある。

 相手がココアなのは心配だが、今日も道に迷ったことを考えると、街の案内は欲しいし素直に受けることにした。

 

「じゃあ、よろしく頼もうかな」

 

 そう返すと、ココアは顔をパァッと明るくし、とても喜々とした様子を見せる。

 

「やった!じゃあ明日お昼に行こっか!」

 

「は、はい」

 

 そしてココアははしゃぎながら階段を駆け上がって行ってしまった。

 ったく……何がそんなに嬉しいのやら。たかだか街の案内ごときで。あの女の感情はいまいち理解し難い。

 有宇はそんな事を思いながら、そのまま夕飯の準備をしに、チノが待っているであろうキッチンへと向かった。


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