幸せになる番(ごちうさ×Charlotte) 作:森永文太郎
ジリリリリリ!
部屋に置いてある目覚ましが鳴り響く。
時計を止め目を覚ますと、そこは見知らぬ場所だった。だがすぐに記憶が鮮明になり、有宇は状況を把握した。
「……そういえば、昨日からラビットハウスで住み込みで働くことになったんだっけ……」
時計は朝五時を指している。
昨日マスターと、ココア達の弁当を作る約束をしたから、部屋に置いてあった時計に目覚ましを設定しておいたのだった。
正直結構きついかなとも思ったが、昨日は風呂から上がってさっさと寝たせいかすっきり起きられた。
そして昨日渡された白のワイシャツと黒のスラックス、ロングエプロンに着替えると、階段をおりて一階のキッチンへ向かった。
キッチンに着くと、既に制服姿のマスターがいた。
「やあ、おはよう。どうやらちゃんと起きれたみたいだね」
この人夜遅くまでバーテンダーやってんだよな……よく起きられるな。
「おはようございます……早いですね」
「そうかい?まあいつもやってることだからね。それじゃあ始めようか」
「あっ、はい」
弁当作り自体はそこまで手間ではなかった。
ソーセージとかを焼いたりして盛り付けるだけだったし、マスターも付いていたし、教わりながら普通にできた。
因みにマスターは僕が弁当作りに手を焼いている間にも店のパンの焼き上げをやったりしていた。
(本当何でもできるなこの人……)
そして奮闘しながらもなんとか弁当が完成する。
「できましたね」
「おめでとう、綺麗にできてるよ」
それなりに上手くできたと思う。
ただ有宇には一つ疑問があった。
「あの……」
「なんだい?」
「ところで……どうしてうさぎなんですか?」
僕たちが作った弁当の真ん中にご飯でできたうさぎが居座っていた。
俗に言うキャラ弁ってやつだ。
「この方がチノ達も喜ぶと思ってね」
「そうですか?ココアなんか高校生ですし、チノも結構大人びてますし、流石に恥ずかしいのでは?」
「そうかい?いつも喜んでくれているよ」
マスターは微笑みながらそう答える。
ココアはまぁ、精神年齢低そうだし喜ぶかも知れないが、あのクールでどことなく大人びているチノがうさぎのキャラ弁で喜ぶ姿は思い浮かばない。
しかし別に自分が食べる訳ではないし、本人達が納得しているというのであれば口を出すことではないな。
それから弁当箱を包み、今度はあの二人の朝ごはんを用意する。
メニューはパンとサラダ、そして先程の弁当作りで余ったソーセージと目玉焼きという簡単なものだ。
しかし有宇は今まで目玉焼きすら焼いたことがなかったので、目玉焼きの形は残念なものになってしまった。
「なに、最初はみんなそんなものさ」
「すみません……」
「形はあれだが、味は大丈夫だろうし問題ないよ。これから練習していこう」
「はい……」
そして朝ごはんを作り終えると同時に、着替え終えたチノが二階から下りてきた。
「あっおはようございます、乙坂さん」
チノは私立の小学生なのか、私服姿ではなく制服姿であった。しかしその制服姿がまたなんというか園児服みたいなデザインなのだ。
布地は白で青いラインがはいっており、胸には青いネクタイというデザインで、セーラー服の元にもなった海軍の制服を意識したデザインといえばデザインなのだが、帽子は当然海軍帽などではなく白い園帽子のようなデザインなのだ。
それも合さってか、チノぐらいの子がこの制服を着ると、海軍制服のようなデザインの白の制服も園児服にしか見えないのだ。そのおかげで余計に幼く見える。
あれだな、この制服考えたやつは絶対ロリコンだな。小学生に園児服みたいな制服着せるとか、ロリコンの極みだなほんと。
都内の私立の小学生はもっと制服らしい制服を着ていたが、地方だと色々なデザインがあるんだな。
「どうしたんですか……?」
「いや何でもない。おはよう、もうご飯できてるから席着いてて」
「いえ、お皿ぐらい並べますので」
そう言うとチノは料理を乗せた皿をそれぞれの席に並べていく。
そして並べ終わったところで
「そういえばチノ、ココアさんは?」
「ココアさん、まだ寝てるようですね……ハア、起こしに行かないと」
あいつらしいといえばあいつらしいが、小学生にため息つかれる高校生とは……。
「いいよいいよ、チノは学校あるし先食べてなよ。僕が起こしに行くから」
「いいんですか、すみません」
「いいっていいって」
そう言って有宇は階段を上がって行った。
ココアの部屋がある三階まで上がり部屋の前につくと、有宇はココアの部屋のドアをノックした。
「ココアさん、朝ですよ。起きないと遅刻しますよ」
しかし返事はない。ただ中からスピースピーと寝息はかすかに聞こえるから寝てるのは確かだ。
「……入りますよ」
中に入ると、ココアは普通にベッドで気持ちよさそうにすぴーすぴーと寝息をたてて寝ていた。
「馬鹿面して寝てやがって……。僕は五時起きだってのに……」
早速布団の上から体をゆすって起こしにかかった。
「ココアさん、学校遅刻しますよ」
しかし起きる気配はない。
仕舞には、
「パンが焼けたらラッパで知らせてね……zzz」
と寝言をほざいてた。
本当に耳元で大音量でラッパの音を鳴らしてやろうか。まあ、素がばれるとやっかいなので実行には移さないが……。
その後も声を掛けたが、全く起きる気配がなく困っていると、朝ごはんを食べ終わったチノが部屋にあがってきた。
「やっぱり起きませんか……」
「さっきから声はかけてるんだけどね……」
「……仕方ありませんね」
そう言うとチノはココアの側まで行って耳元で囁いた。
「ココアお姉ちゃん、朝ですよ」
するとココアがものすごい勢いで体を起こした。
なんでさっきまで完全に眠りこけてたくせに、そんな小さな声で起きるんだよ!?
「あれ……チノちゃん?それに有宇くんも。なんで私の部屋にいるの?」
「ココアさんを起こしに来たんです。ココアさんがなかなか起きないので乙坂さんも困ってましたよ」
チノがそう言うと、ココアが「えへへ……」とヘラヘラ笑い、平謝り。
「ゴメンゴメン、次はがんばるよ」
「それ何回目ですか……」
この様子だとチノも相当苦労していそうだよな……。
そんな僕とチノの気も知らず、ココアが言う。
「それよりご飯食べよ、お腹すいちゃったよ」
「もう食べる時間ありませんよ、着替えて急いで出ますよ」
「そんな~!」
そしてココアは制服に着替えると、結局朝食も取らずにチノとともに学校に向け家を出た。
ココアたちが家を出た後は店の開店の準備だ。
料理やコーヒーは頼まれるたびに作るので、開店の準備としては机を拭いたり、軽く箒で軽く掃いたりするぐらいだった。下ごしらえとかの面倒なことは今日はマスターが全部やっておいてくれたようだ。
開店準備を終えると、マスターが机の上に何やらごつい道具を並べ始めた。
「さて、まだ開店まで少し時間があるから軽くコーヒーの作り方を教えておこうか」
「えっ早くないですか!?」
「いや、まだお客さんには出さないけど、君にもこれから先やってもらいたいからね、今から覚えておいて損はないさ」
出来れば面倒なのでやりたくないな……。
有宇がそんなことを思っていると、それを見透かしてからなのか、マスターがこんなことを言う。
「出来るようになって、お客さんに出せるまでになったら、君の給料を少し上げることも考えておくよ」
「がんばって覚えます」
金とあらば頑張る。乙坂有宇は現金な男だった。
それから有宇の視線はマスターが並べた道具に向けられた。
「これで作るんですか?」
「ああ、他の道具を使うやり方もあるんだが、うちではサイフォンを使ってコーヒーを入れているんだ」
サイフォンとはおそらく、この目の前にある理科の実験室にありそうなフラスコのようなやつのことだろう。
「まずはコーヒーミルで豆を挽く。うちは挽きたてのコーヒーを飲んでもらいたいから注文のたびに挽くんだ」
「めんどくさくないですか?」
「君はコーヒーは飲むかね」
「えっ」
突然の質問に驚いたが、考えてみるとそういえば家にコーヒーなんて洒落たもの淹れるやつなんてないし、外食なんて滅多にしなかったから缶コーヒーぐらいしか飲んだことないかもしれない。
「君も淹れたてのコーヒーを飲めばわかるさ」
それからマスターは有宇に手順を教えながらコーヒーを淹れて見せた。
一応メモはしたが頭にはろくに入ってこなかった。
まぁ下に入れていたお湯が上に上がっていくのは見てて面白かった。
「……そして最後に
そうしてコーヒーが完全に下のフラスコに落ちると、マスターはサイフォンのロートを外してコーヒーをカップに注いだ。
「これで完成だが、サイフォンに残ったコーヒーの粉を見てごらん」
言われた通りに見てみると、コーヒーの粉が盛り上がっていた。
「抽出後にコーヒーの粉の表面が盛り上がって、一番上に泡が付いていれば成功だ。今後の参考にするといい」
成る程、それで成功したかどうかわかるようになってるのか。
少し感心した。
そしてマスターはコーヒーをカップに入れ、それを有宇の目の前に置く。
「飲んでみたまえ」
言われた通りにカップを口へ運ぶ。
「……おいしい!」
上手く言葉に言い表せないが、缶コーヒーぐらいしか飲んだことない僕でもこれが美味しいのがよく分かった。
これが淹れたての美味しさってやつなのだろうか。
「これから少しずつ練習していこう。なに、君もすぐに淹れられるようになるさ。また日を改めて細かいところも教えていくとしよう。さて、じゃあもういい時間だし、そろそろ開店しようか」
こうして有宇の初めてのアルバイトが始まった。
僕の仕事は基本注文を取ってきて、それを運んだりするウエイターだ。
あとはレジ打ちをしたり手が空いてる時は皿を洗ったりした。
来る客も平日の昼間の割に数もそう多くはなく、仕事を覚えるには都合がよかった。
だがそれにしても……。
「あまりお客さん来ないんですね……」
「まあ、普段からこんなものだよ」
雑誌に載ってるぐらいだから繁盛してるのかと思ったけど、どうやらそうでもないらしい。時給も最低賃金並みだったしな。
ついでにさっきから気になっている目の前の物についても聞いてみた。
「マスター……この白い毛玉は何ですか」
そこには白い毛でもじゃもじゃした何かがいた。
なんかの動物だというのはわかるがそれが何なのかはわからない。
昨日店に来た時からたびたび姿を見かけていたのだが、昨日は疲れていたので気には留めなかった。
しかしさっきからそこら辺をうろうろしてて、見ていて鬱陶しい。
「ああ、うちで飼っているアンゴラウサギのティッピーだ」
「アンゴラウサギ……ですか」
へぇ、こんな毛玉のような品種のうさぎがいたなんて知らなかった。うさぎなんてみんなあの長い耳があるやつしかいないのかと思ってたがそうではないようだ。
しかし感心する反面、有宇は少し心配になる。
「にしても飲食店で動物って衛生上どうなんですかね……」
「なに、よく看板猫とかがいる飲食店とかもあるだろう。それにちゃんと毛がコーヒーや食べ物に入らないよう私もティッピーも十分注意を払っているから問題はないさ」
「いや、うさぎが気を使うわけないじゃないですか」
「まあ、特に問題はないから安心していい」
マスターがそう言うので、有宇はこれ以上言及するのはやめといた。
それから暇なので壁を眺めていると、うさぎの絵が飾ってあるのが目に留まった。
本当にうさぎまみれだなと思ってよく見てみると、絵ではなくパズルであることが分かった。
「これ、マスターが作ったんですか?」
「ああ、それは去年ココア君たちが作ったパズルだよ」
「たち?」
「ああ、ココア君とチノとココア君の友人達が作ったものなんだ」
あの頭のおかしな奴の友達とかどんな奴等なんだ……。
できれば関わりたくないなと有宇は少し不安になる。
「ちなみにその中の子が一人うちで働いているから、会ったら挨拶しておきなさい」
「えっ!?」
マスターのその言葉を聞いて、有宇は更に不安になった……。
朝から働き続け、時間ももう午後の三時に差し掛かる。
そろそろチノ達が帰ってくるからこれで終わりだと有宇が思ったその時だった。
ドアが開いて誰かが入ってきた。
客だと思い、振り向いて挨拶する。
「いらっしゃいませ」
見るとそこにはツインテールの女がいた。
身長はココアと比べると高く、スタイルも良いなかなかの美少女だった。ココアと年は近そうだが、着ている学校の制服は朝ココアが着ていた制服とは違う。
すると女はポケットに手を入れ、突然何かを取り出した。
驚くことにそれは黒々と光る拳銃で、しかも女は有宇にそれを向け言い放った。
「おまえは誰だ!」
女に銃を向けられ、思わず有宇は反射的に手を上げ、変な声で叫んだ。
「ひっ!!ご、強盗!?」
「なっ、私は強盗じゃない!」
女はそう言ったが、格好が制服なこと以外、店に入って銃を店員に突き付けている姿はどうみても強盗のようにしか見えなかった。
「わっ私は父が軍人で護身用にこいつを携帯いるが、普通の女子高生だから信じろ!」
「普通の女子高生は銃持たねえよ!!」
「うっ……」
すると女は恥ずかしそうに顔を赤らめ銃をしまった。
「いきなり銃を向けたのは悪かった。私はここのバイトのリゼだ」
「バイト!?」
てことはココアの友達でここでバイトしてる奴ってこいつかよ……。
あいつの友達というくらいだしまともな奴ではないとは思っていたが、こんな危ない女だとは思わなかった。
「ところでおまえは誰だ!新しいバイトが入るなんて聞いてないぞ!さてはここに潜入に来たスパイだな!」
これでやっとまともに話し合えると思った矢先、リゼと名乗る女は今度は僕をスパイ扱いし始めた。
「んなわけあるか!僕は正真正銘ここの新しいバイトだよ!」
こいつ、本当に頭がやばい奴だ。
初見で美人だと思った自分が恥ずかしい……。
「スパイと聞いて慌てるなんて……やっぱりお前スパイだな!」
慌てたというより、この女がバカのことを言うものだから躍起になって反論しただけだが……。
しかしそう言うとリゼは再び銃を取り出し、有宇の胸ぐらを掴み額に銃口を押し付ける。
「ひっ!ちっちげーよ、お前がバカなこと言うからだろうが」
「必死になるところがますます怪しい、覚悟しろ!」
「うわあああああ!」
もう死んだと有宇が思ったその時。
「ただいま……」
タイミングよくチノが帰ってきたが、目の前の光景に唖然としているようだ。
「……なにしてるんですか?」
◆◆◆◆◆
「リゼさん、今日から新しくうちで働くことになった乙坂有宇さんです」
チノに事情を話し、説明してもらった。
説明を受けてる本人は顔を真っ赤にして申し訳なさそうにこちらをみている。
「で、乙坂さん、こちらはここのバイトのリゼさんです」
「えっと……」
本来であれば素直によろしくと言うべき場面なんだろう。しかし有宇は正直このリゼという女とは関わりたくないと思った。初見の印象の悪さはココア以上だ。
有宇がなんと声をかけていいか迷っていると、向こうから先に切り出してきた。
「その……さっきはすまなかった。今までここに男のバイトが入ったことがなかったからつい疑ってしまった」
どうやらリゼもそれなりに反省しているようだった。
ここで付き合い悪くしてもメリットはないし、ここは素直に謝罪を受け入れた方がいいと判断する。
「別にいいですよ。お互い知らなかったわけですし」
さっきまでのイメージを払拭しようといつも通り再び猫を被る。
そう言うと安心したのか、リゼの顔に笑みが浮かぶ。
「そうか、そういってもらえると助かる。これからよろしくな、有宇」
そう言って有宇に手を伸ばす。
その笑みに一瞬顔が熱くなるのを感じたが、さっきまでのこいつの行動を思い返し我に返る。
「ああ、よろしく」
そして伸ばされたその手を握った。
どうやら普通に接する分にはまともにコミュニケーションが取れそうだ。
するとチノが間に入って言った。
「ですが乙坂さんはシフトがほぼ午前中に入っているので、私たちと一緒に働く機会はそれほどないと思いますが」
「あれ?有宇って私たちと同い年くらいじゃないのか?学校はどうしてるんだ?」
リゼが当然のように疑問を抱く。
するとチノはリゼの耳元にこそこそと話し始めた。
チノが話し終わるとリゼがこちらに向き直り、なぜか涙を流していた。
「そうか……お前も結構苦労してたんだな……辛かったな……」
などと言って俺の肩を優しくポンと叩く。
すぐにチノに耳打ちしてリゼに何を話したか聞いた。
「乙坂さんが来た日にココアさんから事情はうかがってたので、それをそのままリゼさんに伝えただけですが、言ってはまずかったでしょうか?」
そういやココアになんか同情寄せられるような嘘ついたんだっけか。
あの時は本当のことを言えば馬鹿にされると思ってとっさについた嘘だったのだが、結果的に念願の職と住まいを手にすることができて結果オーライとなった。
しかしそれは逆に言えば、嘘がばれるとまずいことになる。
バレてマスターの耳に届けば最悪クビになるということもあるし、今まで通り外面良くして悲劇の少年を演じ続けなければならないということだ。
とにかく、これこらもこのまま悲劇の美少年を演じた方が良いということだ。
「いや、別に大丈夫だよ。それよりもう引き継いでもらっていいかな?」
取り敢えず下手にしゃべってボロが出るとまずいので話を逸らす。
「あっそうでしたね、すみませんすぐ着替えてきます」
そう言うとチノは更衣室の方へ向かった。
「それじゃあ私も着替えに行くか。あれ?そういえば有宇はどこで着替えるんだ?」
「え、自分の部屋ですけど」
当然のようにそう返した。
女子達は一階の更衣室で制服に着替えるのだが、当然男の有宇がそこで着替えるわけにはいかないので、与えられた自分の部屋で着替えている。
しかしそれを聞いたリゼは驚いている様子だった。
「えっ……自分の部屋?ちょっと待て、まさかお前ここに住んでるのか!?」
「え?ええ、そうですけど……」
有宇がそう答えると、リゼは急いで階段を駆け上がっていた。
どうやらさっきチノがリゼに話したときの話に、僕が住み込みで働くことはなかったみたいだな。
◆◆◆◆◆
「チノ、あの男がここに住むって本当か!?」
リゼは更衣室のドアを開けるとすぐにチノに問い詰めた。
「はい、そうですが。どうしてそんなこと聞くんですか?」
「だって同じ屋根の下で男女が一緒って色々とまずいだろ!?」
「そうかもしれませんが、乙坂さん、他に住む宛もないようですし」
それはさっき聞いた。
かなり複雑な身の上のようだが、それにしてもどうなのかとリゼは思った。
しかしチノは何でもないかのように答える。
「父もいますし問題ありませんよ。それに乙坂さん悪い人ではなさそうですし」
「そんなのわからないじゃないか。万が一にも……」
「大丈夫ですよ。それに雇うと決めたのは父ですし、ちゃんと父が面接もしました。心配ありませんよ」
チノはそう言って、有宇と一緒に住むことには納得している様子だ。
正直納得はできないが、しかしこの店のことに自分が口を挟むのは野暮だとリゼは考えた。
「……ならいいけど、なんかあったら遠慮なく言えよ」
「はい、ありがとうございますリゼさん」
◆◆◆◆◆
チノ達が着替えてホールにやって来ると、彼女達にシフトを引き継ぎ、有宇のバイト初日は無事?終了した。
部屋にいても暇なのでせっかくだし街にくりだしてみようと考え、着替えて下に降りるとココアがもう帰っていた。
「あっ有宇くんただいま~。あれっ、バイト終わったの?」
「はい、皆さんが帰ってくるまでなので」
「そういえばそうだったね、でもできれば一緒に働きたかったな」
こっちとしてはごめんなんだが。お前、なんか皿とか割りそうだし。
「今度午後にシフトが入ってるのでその時一緒に働けますよ」
「そうなんだ、有宇くんと働くの楽しみにしてるよ」
こいつ、本当に僕に気があるわけじゃないんだよな……。
すると、リゼとチノがココアに言う。
「ココア、いつまでも話してないで早く着替えて来いよ」
「そうですよ、もう時間過ぎてますよ」
「ゴメンゴメン……あっ!有宇くんリゼちゃんと話した?リゼちゃんかわいいでしょ!」
ずいぶんとまた答えづらいことを……。
確かに正直初見で美人だと思ったが、人に会うなりいきなり銃を向ける危ない女を可愛いとは言い難い。
するとリゼが顔を真っ赤にして慌てた様子で反論した。
「なっなにを言ってるんだお前は!私なんか全然……」
「え~そんなことないよ!リゼちゃんかわいいよ」
「はい、リゼさんは魅力的だと思いますよ」
「なっ!?」
何やら突然談笑が繰り広げられ、三人で盛り上がり始めた。
こいつらいつもこんな感じなのか?まぁ、女子の会話って大体こんなもんか。
しかし有宇はさっさと出かけたかったので、彼女達に早く話を切り上げてもらいたかった。
「えっと、出かけたいからもういいかな……」
「有宇くんどっか出かけるの?」
「暇だし街を見て回ろうかと思って」
「なら私が案内してあげよっか?」
ココアから突然の提案。確かに街案内はして欲しいといえばして欲しいが……。
するとチノがココアに言う。
「ココアさん、早速仕事サボろうとしないでください」
「別にそんなつもりじゃないよ〜」
……街を案内してもらえるのは正直ありがたいのだが、こいつのサボりの片棒をかつぐのは御免なので、ココアには仕事をするように促す。
「えっとココアさん、街の案内はまた今度おねがいします」
「でもこの街広いから迷っちゃうよ?」
「迷うのはココアさんだけです」
チノから鋭いツッコミ。
「そんなことないよ〜。初めてだと本当に迷うんだよ」
「とにかく今日は仕事してください」
「はぁ〜い」
チノに促され、ココアはようやく諦めたようだった。
「乙坂さんも夕飯の準備がありますので早めに帰ってきてください」
「ええ、わかりました。それでは」
そしてようやく店から出て行くことができた。
◆◆◆◆◆
「なぁココア……」
有宇が店を出た後、着替え終わってホールに戻って来たココアにリゼが尋ねる。
「有宇のことだけど、お前は一緒に住むことで何も思わないのか?」
「えっ?どうしてそんなこと聞くの?」
「いや、普通気にするだろ男と一緒に住むことなんかになったら」
「でもリゼちゃんのお家も男の人いっぱいいるよね?」
「あいつらは親父の部下だし、それに、私の部屋周りは女の使用人で固めてるし。で、どうも思わないのか?」
「う〜ん、でも有宇くん他に行くところもないみたいだし、可愛そうだよ」
「そりゃそうかもしれないけど、そもそも有宇ってどこから来たんだ?学校に行ってないみたいだけど一体何者なんだ?」
するとリゼの質問に、ココアの代わりにチノが答える。
「確か父が東京の方から来たと言ってましたよ。歳は十五歳だったかと」
「普通だったら高一だな」
「えっ?有宇くん私より年下なんだ」
「お前そんなことも知らなかったのかよ!!」
思わずリゼがココアにツッコむ。
「だって昨日は有宇くんお風呂上がってからすぐ寝ちゃったから、あんま喋る時間なかったんだもん」
「確かに昨日はお疲れの様子でしたね」
普通年頃の男なら自分と一緒に住む女の子と仲良くなりたいとか思うらしいが、ココア達に見向きもせずに寝たということは、ひとまずそういう心配は無いようだな……。
リゼはほっと安堵する。
「待って!ということは……」
すると、突然ココアが神妙な顔つきになって何かを考え始めた。
「どうした、やっぱ何か問題でもあるのか!?」
リゼがそう聞くと、ココアが真剣な顔で答える。
「有宇くんが私より年下ということは、私にも遂に妹だけじゃなくて、弟ができたってことになるよね……」
「……」
ココアに真面目な回答を期待した自分がバカだったとリゼは反省した。
「この街に来てからチノちゃん、マヤちゃん、メグちゃんが私の妹になったけど遂に弟もできるんだよ!?」
「妹じゃないです」
チノの冷静なツッコミを無視してココアは続ける。
「有宇くんが帰ってきたらお姉ちゃんって呼ばせなきゃ!」
「それはやめといた方がいいと思うぞ」
喜ぶココアにリゼがそう忠告する。
「えっどうして?」
「普通いきなり赤の他人に姉と呼べなんて言われたら引くぞ」
「えっ引かれちゃうの!?でもチノちゃんはそんなことなかったよ」
「いえ、私も最初はいきなりなんだと思いました」
「ええぇぇぇ!?」
そんな調子でいつもと変わらずココアは通常運転だった。
この様子を見たリゼは、さっきまで有宇がここに住むことに感じていた不安も、何もなかったかのように消し飛んだ。
◆◆◆◆◆
ラビットハウスを出てから、有宇は街のいろんな所をぶらついていた。
途中生活の必要品を買って歩いて、そのうち広い公園の広場の近くまで来る。すると……。
「キャァァァァァ!こっちこないで!」
どこからか女の子の叫び声が聞こえた。
なんだと思い声のする方を見てみると、ミニスカートにメイド服のような服装の金髪少女が追われていた…………うさぎに。
「こっち来たら舌噛むから!」
などと女の子はうさぎに向かって言ったが、それをうさぎが聞くわけもなく、うさぎは女の子に近づいていく。
正直危ない奴に追われているとかだったら面倒事に巻き込まれたくないので出て行かないつもりだったが、あまりにも見ていられないので助けに行くことにした。
うさぎは後ろから近づくとひょいと抱き上げ簡単に捕まえることができた。
それから女の子を見る。すると、この女の子がまたセミロングの結構な美少女だった。胸はまぁ、見た感じ貧相なのだが。
あんまりじっと見られたら気味悪がれるだろうと思い、女の子に声をかける。
「大丈夫、君?」
もちろん猫をかぶることは忘れない。
「あっありがとうございます」
「どういたしまして」
これが暴漢に襲われてるところだったらかっこ良く決まったんだろうな……。まぁ、本当に暴漢だったら出ていかないが。
そして有宇はそのままベンチでその女の子と話した。
「さっきは本当にありがとうございます。私、シャロっていいます」
シャロって日本人の名前か?と疑問を抱いたが、ココアとかリゼとかいう名前の奴もいるし、この街にはそういう名前の人間が多いのかもしれないと思って気に止めなかった。
「乙坂有宇といいます。昨日からこの街に越してきました。それよりもさっきはなんでうさぎから逃げてたんですか?」
そう聞くとシャロは恥ずかしそうにしながら答えた。
「私、うさぎが苦手なんです……」
犬が苦手とかいう奴はよくいるが、うさぎが苦手なんて珍しいな。
「そうなんだ、珍しいね。うさぎ結構可愛いと思うけどな」
別に可愛いとは思わないが建前上そう言っておく。
「その……小さい頃、幼なじみの子が飼ってるうさぎに噛まれてからちょっと苦手なんです……」
さっきのはちょっとって感じには見えなかったのだが……。
しかしあれか、幼少期のトラウマってやつか。確かにそれなら怖がるのも無理ないかもしれないな。
「そうなんだ、それじゃあ仕方ないよね。ところでさっきから気になってたんだけどその格好は……」
すると有宇はシャロの服装について尋ねた。
シャロの格好はヒラヒラのミニスカートのメイド服に頭にはロップイヤーの帽子というあまりにも奇抜な格好だった。気にならないわけがない。
「あ、この服ですか。バイト先の制服です。フルール・ド・ラパンていうお店なんでけど……」
なるほど、メイド喫茶の制服ってことか。
「えっと……ハーブティーのお店です。制服は店長の趣味です……」
外したか。
というか心の声が漏れていたようだ。いかんいかん。
「それでシャロさんはどうしてここに?バイト中じゃないの?」
「チラシを配ってたんです。よければ一枚どうぞ」
とチラシを差し出され、それを手にとってみた。
〈心も体も癒やします〉
なんだがどことなく勘違いされそうなデザインのチラシだ。
チラシにはバニー姿の女の子の黒いシルエットがあり、あとなんていうか……チラシ全体がピンクだ。
心も体も癒やすって、まぁハーブで癒やしてくれるってことなんだろうけど、少なくともハーブティーの店とは思えなかった。
まぁ、指摘したところで僕に得はないので何も言わないでおくが。
「ありがとう、今度行ってみるよ」
「はい、ありがとうございます」
無難にそう答えて、シャロと別れた。
シャロと別れた後、色々と少しぶらついていると日が暮れてきた。
チノに早めに帰ってくるようにと言われていたので帰ろうとした……帰ろうとしたのだが。
「……どこだここ?」
見事に迷ってしまった。
昨日は地図をしっかり持っていたから迷わず行けたのだが、今日は持ってくるのを忘れてしまった。一度通った道なら大丈夫だと慢心していたのだが、有宇が思っていた以上にこの街は広かった。
『でもこの街広いから迷っちゃうよ?』
店を出る前、ココアが僕に言った言葉が思い起こされる。
やっぱ道案内してもらえばよかったか……。
しかし後悔していても何も始まらないので、取り敢えず適当な誰かに聞いてみるか。
そう思ってしばらく歩いていると、変わった建物が目に入った。
一階部分はこの街では珍しく窓枠に和風の木の柵が付いており、和風の外装となっている。しかし二階部分は他の家同様洋風となっており、看板には『甘兎庵』の文字。
西洋風の木組みの家が立ち並ぶこの街では珍しかった。
「おれ……うさぎ……あまい…?なんて読むんだ?」
もっとも学の無い有宇には看板の文字が読めなかったのだが。
ともかく何かの店であることは確かなので、ここで道を聞くことにした。
木製の扉を開いて中に入ると、緑色の和服に白いエプロンをした女の子が出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ」
すると女の子の姿を見て、有宇は思わず驚いた。
「……白柳さん?」
「はい?」
店員の女の子は黒髪ぱっつんの美少女で、有宇が陽野森高校にいたとき付き合っていた彼女───白柳弓とよく似ていた。正確には付き合う直前ぐらいまでで付きあってはいなかったのだが。
しかしよく見るとやはり白柳弓であるはずがなかった。
「えっと……お客様?」
「あ、えっと……すみません、知り合いによく似てたものですから」
恥ずかしいことをしたなと思ったが、女の子の方は気にしているような様子はなかった。
「いいえ、大丈夫ですよ。人違いはよくありますから。今お席にご案内しますね」
女の子が席に案内しようとしたところで、有宇はこの店に入った目的を思い出した。
「あのすみません、その……道を尋ねに来たのですが……」
「あら、そうだったんですね。申し訳ございません」
女の子は礼儀正しく頭を下げた。
客としてではなくただ道を尋ねに入ったこちら側の方に否があるので、流石の有宇も申し訳なく思ってしまう。
「いえ、こちらこそすみません。それであの……」
「道案内でしたね。どちらへ行かれるんですか?」
「ラビットハウスという店なんですが」
「まぁ、ラビットハウスね♪」
そう答えると、なぜか女の子はうれしそうだった。
それからわかりやすく丁寧にラビットハウスまでの道を教えてくれた。
「ありがとうございます」
「どういたしまして。ラビットハウスはいいお店よ♪」
女の子は客への敬語も忘れてラビットハウスを褒めていた。
普通自分の店以外の店を褒めたりすることはないと思うのだが、何か関係があるのだろうか?
「でも次は是非うちへ来て欲しいわ。サービスするわ」
そう言うと女の子は有宇に店のサービス券を渡した。
「ありがとうございます、今度はちゃんと客としてここに来ます。ところでここって何のお店なんですか?」
「甘味処よ」
「甘味処……ああ、和菓子屋か」
「ええ、そんなところよ」
確かにそんな感じの雰囲気の店だ。
ただ甘いものはそんなに好きではないので、好き好んでここに寄ることはないだろうな。
そんなことを思いながら、有宇は甘兎庵を後にした。
その後、女の子に教えてもらった通りの道を進むと無事ラビットハウスにたどり着いた。
帰った時にはリゼはもうすでに帰宅していたようで、ココアとチノが出迎えてくれて、すぐチノと夕飯の準備に取り掛かった。
そして夕飯の時、ココアが今日のことを聞いてきた。
「そういえば有宇くん何処に行ってきたの?」
「ん?ああ、適当にぶらついてたよ。途中日用品とか買ったりしたかな」
「そうなんだ、迷ったりしなかった?」
「ココアさんじゃあるまいし、迷いませんよ」
「ゔっ……」
グサッ!
チノの言葉が胸に刺さる。
そんな有宇の様子にチノも感づいた。
「……え、迷ったんですか!?」
「だっ大丈夫だよ!今度ちゃんと案内してあげるからね」
「ココアさん方向音痴でしたよね!?それよりどうやって帰ってきたんですか?」
「甘味処の店員さんに教えてもらって何とか……」
「えっ千夜ちゃんに会ったんだ?」
「えっ!?いや名前までわからないけど……」
なんか嫌な予感がする……。
そう思いながらも恐る恐る聞いてみることにした。
「その子ってもしかして黒髪で前髪がぱっつんの子……?」
「そうそう、なんだ今度紹介しようと思ってたのに~」
あの普通に優しそうな綺麗な子がこいつの友達かよ!?
ということは、あの子もこいつやリゼみたいに変な奴だったりする可能性があるということだ。
(はっ!まさか……)
有宇は千夜に会う前に会ったシャロのことを思い出し、もしやと思い聞いてみる。
「もしかしてシャロって子も……」
「えっ!?シャロちゃんにも会ったの!?すごいよ、これは偶然を取り越して運命だよ!!」
こっちは運命というより運に見放されたといった感じなんだが……。
せっかくこっちに来てから会えたまともそうな女の子までココアの知り合いだったとは……と有宇は頭を痛くした。
「あっそうだ有宇くん」
ココアが身を乗り出してくる。
「なんでしょう……」
正直、色々頭が混乱しててこいつの相手をする心の余裕はないのだが。
「あのね、今度から私のことお姉ちゃんって呼んでいいからね!」
「……」
「えっ引いてる?もしかして引いてるの?ねえ有宇く~ん!!」
有宇はこれからのここでの生活に一気に不安を覚えた。