幸せになる番(ごちうさ×Charlotte)   作:森永文太郎

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大変遅くなりました。
平成が終わるまでには上げたかったんですが、中々モチベーションが上がらず、遅れてしまい申し訳ありません。
令和でもよろしくお願いします。


第36話、騒がし乙女の憂愁(前編)

 昨日は酷い目にあった……。

 来ヶ谷の野郎……いつか絶対泣かす。

 今日は野球の朝練もなく、有宇は起きて着替えるとそのまま学食へ向かっていた。そして学食へ向かう途中、有宇は昨日の出来事を思い返していた。

 昨日の練習で来ヶ谷が新たにリトルバスターズに加入したわけだが、あの女が入ると本当ろくでもない事しか起きんな。

 あの後、あいつがどこからか持ち出した模造刀でボコボコに殴られた。大きな怪我こそないが、僕の二枚目の顔に痣ができてしまった。

 今は湿布が貼ってあるが、顔に湿布ってやっぱ目立つな……クラスの連中に変な目で見られなければいいのだが。

 クソッ顔に傷つけやがって……顔は僕の命だというのに。仕返ししてやりたいが、また殴られるのはゴメンだし、これ以上あの女と敵対して好感度を下げるのも信頼関係を築いていく上ではやっぱりなぁ……ああ、憂鬱だ。

 そして学食へ着き、朝食セットの食券を券売機で買う。それからコーヒーとバタートースト、サラダをおばちゃんから受取り、お盆を持って席を探す。

 

「おーい有宇」

 

 するといつもの席から直枝さんがこちらに手を振っていた。いつもの席というのはいつも直枝さん達五人のために学食の窓際の席が空けられてるのだとかなんだとか。そして今日は新たに一つ、空席が増えている。

 

「おはようございます直枝さん」

 

「おはよう。有宇もこの時間なんだ。てっきりもう食べ終わって教室にむかってるのかと」

 

「せっかく朝練がないので、まぁ」

 

「そうだね、もう少し寝ていたいよね」

 

 神北小毬ほどじゃないが、この人もいつも笑顔で優しいよな。

 笑顔保ってるの疲れないのか?そんなどうでもいいことが頭を過る。

 

「よう乙坂、昨日は散々だったな」

 

 それからムカつくぐらい爽やかないつまの澄まし顔を浮かべながら、棗恭介が挨拶を交わす。

 

「ああ、おかげさまでな。昨日は全員ちゃっかり逃げやがって。この薄情者どもめ」

 

 そう、昨日はこの棗恭介含め全員、僕が来ヶ谷に半殺しにされているところを誰も助けてくれなかったのだ。これぞ仲間の体たらくというやつだ。

 

「昨日は悪かったよ。でも有宇が来ヶ谷さんを怒らせるようなこと言ったのが原因だったから、弁明したくても弁明に入る余地がなかったし……」

 

「それは……」

 

「そうだぞ乙坂、人を撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけさ。踏まなくてもいい虎の尾を踏んだんだ。撃たれる覚悟ぐらいはしておくんだな。まっ、要は自業自得というわけだ」

 

「アホだな」

 

 クソッ、この兄妹。変なところで連携取りやがって……まぁその通りなんだが(鈴さんのはただの罵倒だが)。

 するといつの間にか側にいた真人がポンと僕の肩を叩いた。

 

「俺はわかるぜ乙坂。おめえも来ヶ谷(らいらいだに)にしてやられたんだもんな。俺もいつかまた対決する時が来たら、あいつに特訓の成果を見せてやりたいと思ってる」

 

「いや、まず誰だよ()()()()()()

 

「真人、今年のクラス発表の張り出しで、来ヶ谷さんの名前見て素でそう読んだんだよ」

 

「アホの極みだな」

 

 ほんと、こいつこの頭でよくこの学校入れたな。

 

「お前が乙坂か」

 

 有宇達がそんなやり取りをしていると、端の席にいた藍色の道着に袴という出で立ちの男が声をかけてきた。当然それが誰なのかなんていうのは有宇にはわかっていた。

 

「えっと、初めましてですよね。宮沢先輩」

 

 この男は宮沢謙吾。リトルバスターズの初期のメンバーのうちの一人だが、直枝さんから聞いた限りだと現時点においては野球には参加していないらしい。

 にしても、この世界でこうして直接顔を合わせるのは初めてになるが、キャンプ場であった時と大分雰囲気が違うようだ。

 向こうでのこいつは「マーン!」と意味不明な言葉を口にしながら竹刀の素振りをしており、筋肉ダルマとも仲良さげにしてたし、よく笑う男であった。

 しかし今のこいつは筋肉バカとよく喧嘩しているようだし、顔も険しく、それにクールぶった感じだ。

 唯一同じなのは相も変わらず道着を着ていることぐらいだろうか?だがあの時は着ていた妙なジャンパーは着ていないようだな。

 そして謙吾は有宇の方を見向きもしないまま口を開く。

 

「ああ、だが裏では好き放題言ってくれてるようだな。『バカ共』だとかな」

 

 素はバレてるだろうと思っていたが、そこまでバレてるのか。

 思わず有宇の体がギクッとビクつく。

 

「今のやりとりといい、どうやら恭介から聞いた通りの男のようだな。女子や自分より上だと思う他人に対してはヘコヘコと(へつら)い猫を被り、自分より下と思う人間には強く出る。まぁ、所詮は人数合わせか」

 

「あ゙っ?」

 

 謙吾の喧嘩腰の口調に有宇は憤りを覚えた。

 こいつ……好き放題言いやがって。

 

「理樹、メンバー集めが大変なのはわかるが、付き合う人間は選べよ。お前のためにならんからな」

 

「謙吾、そんな言い方って……」

 

 健吾の口にした言葉を、とっさに理樹は諌めようとする。

 すると有宇が静かに薄ら笑いを浮かべ口を開いた。

 

「付き合う人間は選べか。はっ、よく言うな。自分はそこの筋肉バカと喧嘩して直枝さんに散々迷惑かけてるくせに」

 

「……なに?」

 

「そういえば昨日もお前らの喧嘩のために恭介を呼びに行かされたっけか。自覚もなしに周りに迷惑振りまいてる奴がよくもまあ平然と抜かせるもんだな。厚顔無恥とはまさにこのことだ」

 

「貴様……」

 

「ちょっ、ちょっと待って二人とも!」

 

 有宇の言動に、謙吾は眉間にシワを寄せ、剣幕に満ちた表情を浮かべた。そして謙吾が席から立ち上がる瞬間、ヤバイと感じた理樹が止めに入る。

 

「二人とも落ち着いて。謙吾もほら席ついて。有宇もちょっと言い過ぎだよ。謙吾も有宇のこと悪く言っちゃダメだよ」

 

 謙吾は理樹に諭されると、大人しく席についた。しかし有宇はそのまま理樹達に背を向け歩き出す。

 

「ちょっと有宇、どこ行くの?」

 

「そこの万年道着野郎と一緒に飯なんか食えるか。向こうで食う」

 

 そう言い残すと有宇は理樹達から遠く離れた席へと移動してしまった。

 

「謙吾、なんであんなこと言ったのさ。有宇にバカって言われたのが嫌だったならそういえばいいじゃないか」

 

 有宇が去った後、理樹は謙吾が有宇に嫌味を言ったことを注意した。

 

「確かにあの男の年上に対する態度に関しては言いたいことが山程あるが、そこは別にどうだっていい」

 

「じゃあなんで……」

 

「……あの男が俺達の味方である保証がないからだ」

 

 理樹には謙吾の言ってることの意味が理解できなかった。

 味方である保証?どういうこと?

 僕たちがよく知らない人を入れるのが嫌ってこと?でも残りの野球のメンバーを集めるためにはそれは仕方ないことだし、謙吾だってそれはわかってるはずだ。

 寧ろメンバーが増えればメンバーが足りないからと野球に誘われずに済むし、部活で野球に参加できない謙吾にとっては悪い話ではない筈だ。

 だったらどうして謙吾はそこまで有宇を警戒するんだろう。

 そして謙吾はその言葉の意味を特に説明するでもなく席を立つ。

 

「俺はもう行く。理樹、あの男と野球をするだけなら別に構わんが、あまり深く関わろうとするな」

 

 そう言い残して謙吾は自分のトレイを持って去ってしまった。残された理樹はただ、煮え切らない謙吾の言動に得体のしれない不安を感じていた。

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 宮沢謙吾め……クソッ、ムカつく男だ。

 放課後、練習のためグラウンドへ向かおうと下駄箱に向かって歩いていた有宇は、今朝のことを未だに根に持っており、機嫌を損ねていた。

 ムカついたからいっそのこと能力で乗り移って素っ裸にひん剥いて、あの済まし顔を崩してやればよかった。

 しかしこれ以上の関係悪化は僕の今後にも差し支える。我慢したくはないがするしかない。

 にしても来ヶ谷唯湖に宮沢謙吾、こいつらと信頼なんて築けるものなのか?この二人とはどうも折が合わない。

 だいたい、仮に奴らに仲間と認めさせるだけの信頼を得られたところで、僕がこれから話す内容はあまりにもオカルト過ぎた話だからな。状況が状況だし、奥の手として僕の持つ特殊能力を披露して最悪認めさせるつもりではいるのだが、本当に信じてもらえるのか?

 あいつら頭良さそうだしな。この手のオカルト話はあまり乗ってこなさそうだし、やっぱこの計画は無理があるか?

 だが他に未来に帰る手立てはない。未来に帰れる保証も、そもそも奴ら全員を事故から救い出せる保証もないが、僕が思いつく限り可能性はこれしかないし、やるしかないんだよな……。

 たが、あいつらと上手くやっていける自身が微塵もないし……うん?なんか騒がしいな。

 すると目の前で、いかにも頭の良さそうな眼鏡男子二人が何やら騒いでいる。

 

「また逃したらしいぞ!」

 

「またかよ!?やばいな……委員長に知られる前に捕まえるぞ!」

 

 すると男子共はそのまま走り去って行った。

 何やら腕に腕章のようなものを付けていたが、何かの委員会か?

 逃したとか言っていたが、まるで怪盗に逃げられた刑事みたいなセリフだよな。なにかのトラブルが発生してるのは確かみたいだが、それにしたって一体なんの委員会なんだ?

 するとその時、有宇の足に何かコロンと転がり当たった。それを拾い上げて見てみると、それは綺麗なビー玉だった。

 

「ビー玉……?なんでこんなもんがこんなところに」

 

「いや〜駄菓子屋さんでビー玉貰ったらね、あんまりにも綺麗だからばら撒いてみたわけなんデスよ」

 

「そうか……って、は?」

 

 さり気なく自然に会話に入られたものだから、有宇は思わず驚いて背後を振り向いた。

 そして、そこには見知った変則ツインテールの女が立っていた。

 

「えっと……どちら様で?」

 

 一応ここでは初対面なので知らない体で接する。

 

「おおっと!?このはるちんを知らないとは君モグリだね」

 

「いや、一応ここの生徒だが……」

 

 この女、確かそう、三枝葉留佳だ。こいつだけやたらうざかったらよく覚えてる。

 来ヶ谷、謙吾といい、次はこいつかよ。マジ勘弁してくれ……。

 

「で、そのはるちん先輩がなんのようだ」

 

「あれ?年下なのになんか当たり強くない?」

 

 現状は理解してるつもりだが、こいつ相手に敬語は使いたくないと本能的にそう思ったのだ。

 

「まぁいっか。それでね、それ返して」

 

「それ?……ああ、ビー玉か」

 

 有宇は手に持っていたビー玉を三枝に返す。

 

「ありがと」

 

「ああ、それじゃ」

 

「あ、ちょっと待ってよ〜!」

 

 そのまま立ち去ろうとすると、後ろから三枝に呼び止められる。

 

「んだよ……」

 

「君の名前教えてよ。今度お礼してあげるから」

 

 いらん!と答えようと思ったが、敬語はともかくあまりつっけんどんにしてると今後に差し支えるか。

 ただでさえ来ヶ谷と謙吾相手にやらかしたばかりだしな。少しは友好的に接しないと流石にやばいか。

 

「一のB、乙坂有宇」

 

「有宇くんか。よろしくね」

 

「ああ、よろし……」

 

「くそっ、本当にどこに行ったんだ三枝め」

 

 よろしくと言いかけたとき、すぐ横の教室の扉が開き、またさっきの奴等と同じような腕章を腕に巻いた男子生徒が出てきた。

 そして三枝と男子生徒の目が合う。

 

「あ」

 

「……あぁぁーっ!?おい、三枝がいるぞ!捕まえろ!」

 

 男子生徒はそう叫ぶと、ポケットから笛を出しピーッ!と鳴らした。

 

「うわ〜連呼しないでよ。はずいじゃん」

 

「なんだ?何が起こってる?」

 

 事態が把握できない有宇はただただ戸惑うばかりであった。

 

「落ち着いて有宇くん、取り敢えず……」

 

「取り敢えず?」

 

「逃げる!!」

 

 そう言うと三枝は有宇の手を取り、そのまま有宇を連れて走り出した。

 

「待て待て待て待て!?なぜ僕まで逃げなきゃならん!?」

 

「一蓮托生!五里霧中!」

 

「答えになってねえよ!?」

 

「捕まったら大変なんだよ?お説教されるわお説教されるわで……とにかく大変なんだよ!!」

 

「だから待てって!まずなんで僕らが追われなきゃなら……!」

 

 その時有宇は先程三枝が口にしていたことを思い出した。

 

「……そういやお前、ビー玉ばら撒いたとか言ってたよな」

 

「うん」

 

「今追ってきてる奴等は何者だ……」

 

「風紀委員だよ。あいつらしつこいよ本当」

 

 風紀委員……?ああ、よく学園漫画とかにいる。実在したのか?いや、今はそんなことどうでもいい。

 

「ちなみにどこにばら撒いた……」

 

「さっきの場所だけど?」

 

「あの教室は……」

 

「風紀委員の委員会室だけど?」

 

 イラッ

 まさかとは思ってたがやっぱり……

 

「お前のせいじゃないか!!」

 

「一蓮托生!五里霧中!」

 

「いや僕を巻き込むんじゃねえよ!それにお前ただ迷ってるだけだろ!ていうか好きだなそれ!」

 

 クソッ、この女ナチュラルに巻き込みやがって……あとで覚えておけよ……。

 

『待てぇぇぇぇ!!三枝葉留佳!!』

 

 後ろを振り返ると、さっきよりも人数を増やした風紀委員が僕らを追っていた。

 やばいやばいやばいっ!こんなことで周りにマイナスイメージ振りまくとかゴメンだぞ。

 既に僕らが走り去って行くところを何人ものすれ違った生徒や、騒ぎを聞いて教室から顔を出す生徒達に目撃されている。こんな悪目立ちは僕の望むものではない!

 

「おい、手を離せ!お前の巻沿いとかこっちはゴメンだ!僕だけでも事情を話してなんとか誤解を解いてもらう!」

 

 奴等の目的はあくまでこの女だ。だからこの女が手を離してくれさえすれば、奴等はそのままこの女を追って行くことだろう。

 だが、一緒に捕まればその限りではない。一緒に捕まればこいつの仲間だと思われ、おそらく僕の言い分なんか聞いてくれなくなるだろう。

 だから今すぐにでも手を解いて、僕がこいつの仲間ではないことを説明する必要がある。

 しかしこの女相手にそう上手くいくはずなかった。

 

「一蓮托生!死なばもろとも!」

 

「このクソアマァ!!」

 

 完全に僕を道連れにする気満々じゃねえか!!何がお礼だよクソがぁ!!やっぱあの時立ち止まらずに立ち去ればよかったんだ!!

 そしてとうとう風紀委員達が僕らのすぐ後ろまで迫ってきていた。

 

「おい!追いつかれるぞ!」

 

「う〜ん仕方ないな。ここは忍びないけど……」

 

 そう言いながら三枝は自分の制服のポケットを弄り始めた。

 

「おい……なにしてる。まさか違うよな……やめろよ!?絶対やめろよ!?」

 

 嫌な予感しかしなかった。そして有宇のその予感は見事に的中した。

 

「秘技!ビー玉転がし!」

 

 ざあああ!!と撒かれた色とりどりのビー玉達は、じゃららら!!と音を立てて、追ってくる風紀委員達の足元に転がっていった。

 

「うわっ!?」

 

「きゃっ!?」

 

「なっなんだ!?」

 

 風紀委員達は三枝がばら撒いたビー玉に足を取られ転んでいた。

 しかも転んだ後、更にあのビー玉でいっぱいの廊下に背中から倒れるんだから凄い痛そうだ。現に後ろから倒れた風紀委員達の悲鳴が聞こえる。

 取り敢えずこの時点でもう言い逃れるのは無理そうだ。

 

「よし、じゃあ今のうちに戦闘離脱!」

 

 そしてひとまず僕らはその場を離れた。

 

 

 

「……はぁ、はぁ……」

 

 マジで疲れた。まさか練習前にこんな走らされるとは思わなかった。

 というより人に追いかけられるなんて、家出したばかりの頃、警察に追いかけられた時以来だな。こんな体験もう二度とゴメンだ。

 有宇と三枝はあれから裏庭まで走ってきてようやく立ち止まった。

 

「ふ〜。いや〜ここまで来れば大丈夫だね。うん」

 

 一方こいつの方は結構余裕そうだ。慣れというやつだろうか?

 もしかしなくてもだが、いつもこんなことやってるのかこいつ。元々おかしい奴だと思っていたが、どうやらそれ以上の問題児のようだな。

 

「お前のせいで酷い目にあった……これ後で呼び出しくらったりしないだろうな」

 

 これで呼び出しくらったりなんかしたら逃げた意味がないし、余計に怒られるし、本当に徒労になってしまう。

 

「心配ご無用No problem!多分呼び出されるのは私だけだと思うよ」

 

「ならいいが……」

 

「まぁ、逆にいえば、君が逃げる必要もなかったわけだけどね♪にゃはは」

 

 イラッ

 さっきまで堪えていたがもう我慢の限界だ。

 

「誰のせいだと思ってんだ誰の!!」

 

 有宇は三枝に思い切りコブラツイストをかける。

 

「ギッ……ギブギブギブ!!ゴメンゴメンって!お詫びに何か奢るから」

 

「奢るって何を」

 

 取り敢えず有宇はコブラツイストを解く。

 すると解放された三枝は、トコトコと自販機の前まで行く。どうやら普通にジュースを奢ってくれるようだ。

 そして三枝は自販機のジュースを指差して言う。

 

「うーん、コレなんてどう?グリーンポーション!!解毒剤みたいな色してて健康に良さそうデスよ」

 

「青汁と書いてあるように見えるんだが……?」

 

「ならこっちはどうだ!レッドポーション!!体力回復しそうデスよ」

 

「紅生姜と書いてあるんだが……」

 

 ジュース一本奢るのも普通にできないのかこの女は……。

 というよりこの学校は、なんでこんなイロモノ自販機で売ってるんだよ。

 

「ていうか僕に選ばせろよ。お前が選ぶものなんてろくなもんじゃ……」

 

「えい」

 

 ピッ、ガコン

 

「っておい!?」

 

 有宇が自分に選ばせるように言う前に、三枝はボタンを押してしまった。

 そして三枝はその正体不明のジュースの缶を有宇の手に握らせる。

 

「ふーっ、はるちんいい仕事した」

 

 三枝は有宇にジュースを渡すと、満面の笑みで汗を拭う仕草をする。

 そして有宇は渡されたジュースを見る。そこには味噌カツジュースと書いてあった。

 

「……これを僕に飲めと?」

 

「飲まないんデスか?」

 

「飲めるかぁぁぁ!!」

 

 有宇は手に持った味噌カツジュースの缶をその場に叩きつける。

 

「クソッ、こいつの礼なんかに期待した僕がバカだった……」

 

「アハハ、何事も期待し過ぎはよくありませんヨ」

 

 小馬鹿にするように笑いながら三枝が言う。

 またイラッとしたので、もう一度コブラツイストでもかけてやろうかと思ったその時だった。

 

「相変わらず騒がしいわね」

 

 僕達の前に一人の女子生徒が立ちはだかった。

 よく見るとその女子生徒は腕に腕章をつけており、風紀委員と書いてあるところからさっきの奴等と同じく風紀委員、いや他の部員と雰囲気が違う。もしかしなくてもこの女が風紀委員の委員長か?

 

厄介者(トラブルメーカー)

 

 長い長髪をなびかせ、その女は一言そう言った。それが誰に向けられた言葉かなんてことはわかりきっている。

 言葉を向けられたその相手はというと、てっきりさっきまでのように笑いながら誤魔化すのかと思っていたのだが、眉にシワを寄せ、表情も暗く俯き、先程までのヘラヘラした態度が嘘のように暗澹(あんたん)とした雰囲気であった。

 そして僕もまた、三枝を睨みつけるように見つめるこの女の目付きから敵意……いや、悪意のようなものを感じた。

 だが、それと同時にある事にも気付く。

 しかしその事について僕が聞こうとする前に、女は三枝に向け言い放つ。

 

「またつまらない事をしているのね貴方は。第一に時間を無駄にしている。第二に気力を浪費している。第三に努力を間違えてる」

 

「……そんなの、私の勝手だもん」

 

 三枝もなんとか必死の抵抗を試みる。

 だが……。

 

「図星だから開き直ることしかできないんでしょ?心配される内が華よ、三枝葉留佳」

 

 女がそう言うと、三枝が歯をグッと噛み締めたのが僕にもわかった。

 うわっ……すげえ気まずい……。

 ぶっちゃけ十ゼロぐらいで三枝(こいつ)が悪いわけだし、口を挟むべきではないと思ったんだが、これは……。

 あまりにも居た堪れないと感じた有宇は、流石に止めに入った方がいいと判断し、渋々二人の仲裁に入る。

 

「えっと、まぁ二人とも落ち着けよ。お互い立場があるんだろうけど、姉妹で喧嘩なんて……」

 

「姉妹!?」

 

 僕が姉妹と言った瞬間、鋭い目つきで女が僕を睨んだ。

 えっ違うのか……?

 有宇は女の反応に困惑した。

 髪型は違うが顔がよく似ているし、同じ髪飾りを付けているもんだからてっきり姉妹なのかと思ったのだが違ったみたいだな……。

 本当に姉妹かどうかやはり一度聞くべきだったか。何事も憶測で考えちゃいかんな。

 にしてもこの女おっかねえな……。来ヶ谷やリゼとはまた違ったおっかなさだ。あいつらのは命の危険に対するものだが、この女の場合、こちらの言いたいことすら黙らせてしまう、周りの空気を凍らせるようなプレッシャーがある。

 すると女は僕から三枝の方へと視線を移す。

 

「……まさか貴方、喋ったの?」

 

「知らないよ。さっき会ったばっかだし」

 

 三枝もテンション低めの声のまま否定する。

 そして女はまた僕の方を睨みつける。

 

「貴方、何を根拠に私達が姉妹だと思ったわけ?ただの嫌がらせと言うなら……」

 

「いやいや違うって!?なんとなく二人とも顔似てるし、あと……そう!同じ髪飾りなんて付けてるからてっきり姉妹なのかと……」

 

 僕がそう言い終わると、女は「はぁ」とため息を吐く。それから再び鋭い目つきで僕を睨みつける。

 

「こんな安物の髪飾りなんてそこら辺でいくらでも売ってるし、誰かが同じ髪飾りを付けてたっておかしくないわ。それに、私の名前は二木佳奈多。そこにいるのは三枝葉留佳。これでわかるでしょ」

 

「あ、ああ……」

 

 女はどうやら自分は三枝葉留佳とは姉妹なんかじゃないと言いたかったようだ。

 確かに姉妹だったら名字が違うのは変だし、その通りかもしれない。だが、それだったらさっきの反応は……?

 すると二木と名乗る女は僕にむけ尋ねる。

 

「貴方、名前は」

 

「は?」

 

「名前はなんていうのか聞いてるんだけど」

 

 クソッ、さっきからこの女偉そうだな。ビジュアルも悪くないし、才色兼備っぽいところは僕好みだが、偉そうなところが気に食わん。

 取り敢えず質問には答える。

 

「乙坂有宇だが……」

 

「三枝葉留佳とはどういう関係?」

 

「行きずりの関係だ。ってさっき三枝(こいつ)が言ってたろ」

 

「年上への口の聞き方がなってないようね。まぁいいわ。でも、これだけは言っておくわ。三枝葉留佳といるだけで内申に響くから止めておきなさい」

 

「……内申……」

 

 有宇は二木が言ったその言葉がやけに引っかかった。

 かつての僕にとって、内申というのはそれはそれは大事なものだった。

 中学の成績なんてのは高校の成績と違って内申が大きく影響する。カンニングでただ良い成績を取ればいいわけじゃない。教師からの心象も良くなければ高い成績は貰えない。なんならテストの点よりそっちを重要視する馬鹿教師もいたぐらいだ。

 僕はレベルの高い高校に入るために必死になった。能力を手にする前までの成績は中の下だったし、レベルの高い。高校の推薦を手に入れるために、それまでの成績から巻き返すためには僕の成績は五以外はあり得なかった。

 教師の手伝いは積極的にやったし、クラスの奴等にも外面を良くして担任の印象を良くした。陽野森に行くのが当然と言わんばかりの人物像を必死こいて作り上げた。

 ほんと笑えたよ。成績は本当は僕なんかより良い筈の人間が、少し教師の反感を買っただけで点数を落とされていく様を見るのは。

 僕みたいな上っ面だけのカンニング魔を見抜けないで何が内申だ。最もそんな当てにならないものを当てにするバカな大人がいるおかげで僕みたいなのが這い上がれるわけなんだがな。

 間違っているとわかっていてもそれが現実。そう思っていた。

 だが───

 

『上にあがれなくたっていいじゃん。認められなくたっていいじゃん。頭が良くなきゃ認めてくれない人なんかに、有宇くんが振り回される必要なんかないんだよ』

 

 心愛(おまえ)はそう言ったな。作られた自分なんかに意味がないと。そんなものでしか人を認めることができない人間なんかに振り回される必要はないと。

 ああ、そうだ。だから僕はこう答えるべきなんだろう。

 

「……悪いが、そんなくだらないもんに振り回されるほど、僕の人生は安くないんでな」

 

「へぇ、内申より三枝葉留佳を取ると」

 

「まさか。あんたに言われるまでもなくこの女とは距離を置きたいと思っていたところだ。ただ、内申なんてもんじゃこの僕は脅せないと言いたいだけだ」

 

 有宇がそう答えると、二木は僕をあざ笑うかのような笑みを浮かべる。

 

「バカね、今はそう言ってられるのかもしれないけどね。将来後悔するのはあなたよ。今はその重要さがわからなくてもね」

 

 そうだな。僕もそう思ってたさ。だが───

 

「言われるまでもなく後悔なら痛いほどしたさ。信頼なんてもんは、日々どんなに周りの顔色伺って築いていっても、崩れるときは一瞬なんだってな。僕に言わせりゃ、風紀だなんだ言ってそんな脆いものの為に必死になってるあんたの方が見てて哀れだ」

 

 有宇もまた二木がしたように嘲笑し、そして、内申に踊らされていたかつての自分を相手にするかのように言葉を吐き捨てた。

 すると、二木の顔付きが険しくなる。歯を食いしばり、腕を振るわせ、静かに有宇に対する怒りを顕にしていた。

 そして怒りを絞り出すかのように有宇に向け言う。

 

「……貴方に……何がわかる」

 

「は?」

 

「貴方に私の何がわかるっ!!」

 

 感情のままに吐き出されたその言葉の圧力に、思わず有宇も気圧される。

 それから二木はすぐに自分が感情的になっていた事にハッと気づき、そのままバッと有宇達に背を向け歩き去って行ってしまった。

 

「なんだよ……喧嘩売ってきたのはそっちだろ……」

 

 二木が去ったその場には気まずい雰囲気が流れた。

 有宇はなんとか沈黙を破ろうと、さっきから黙り込んでいる三枝に話しかける。

 

「なぁ、結局あの女は何なんだよ」

 

「……風紀委員長だよ。凄腕の風紀委員で、教師からも他の風紀委員達からも信頼されてる」

 

 やはり風紀委員長だったのか。するとこいつとはまさに水と油というわけか。

 にしても風紀委員に喧嘩を売ってしまったわけだが、まずかっただろうか……いや、まずくないわけないよな。見たところこの学園内ではかなり力強いみたいだしな。

 本来僕はここの生徒ではないわけだし、内申なんかは問題ではない。いかに成績が良かろうが悪かろうが、そこは重要ではない。

 だが、僕はこの世界をうまく渡り歩いていかなきゃならない。あいつらはその中で最大の障害になりそうだ。あの女は気に入らないが、衝突はできるだけ避けないようにしないと……ってもう手遅れか。

 はぁ、ココア達と過ごすようになってからボロ出やすくなってきたからな。僕も外面良くするの下手になったよな、本当。素でいることに慣れるのも良いことばかりではないな。

 既に来ヶ谷と謙吾との仲は最悪だし、少し巻き返さないとまずいよな……。

 有宇はこれからの事を考えて頭を悩ませる。すると三枝が有宇に声をかける。

 

「ねぇ」

 

「あ?なんだよ」

 

「どうしてあんなこと言ったの」

 

「あんなことって?」

 

「だって、余計なこと言わなきゃあいつに目付けられないで済んだのに、なんであんな事言ったの?私のため?」

 

「バカ言うな。誰がお前なんかの為にんなことするかよ」

 

「じゃあ、なんで……」

 

 なんでって……それは……。

 

「……あそこで頷いたら、僕は何も変わらなかったことになる」

 

「え?」

 

「いや、何でもない。単にあの女が気に入らなかっただけだ。女のくせに偉そうだしな」

 

 変化の証明。僕があそこで二木佳奈多に食って掛かったのはそれが一番の理由だろう。

 周りの評価のために人との付き合いを考え、時に突き放し、時に蹴落としさえする。もうそういうのはやめにしたんだ。

 少なくともココアだったら、自分の損得で人付き合いを考えたりはしないし、まして自分の評価のために誰かとの付き合いをやめたり蹴落としたりなんてことはしないだろう。

 あいつのようになりたい……というわけではないが、周りがどうとかではなく、自分がどうしたいかを考えたあいつの態度や行動理念は見習いたいと思っている。

 それに、自分を偽り、他人を欺くことで評価を得ることは正当なことだと頷くということは、僕を素直に受け入れてくれたあいつらへの裏切りにもなる。そんな風にも思えたのだ。

 最も、それを話したところでこいつには理解できないだろうし、いちいち説明したくもないし、敢えて話はしないがな。

 

「アッハハハハ!!おっかし〜!そんな理由であいつに喧嘩売ったんだ」

 

 すると、有宇の答えを聞いた三枝が突然声を大にして笑い出した。

 

「何がおかしい」

 

「だってさ、あいつのこと怖くないの?みんなあいつのこと恐れてるのにさ」

 

「? 何故僕が女なんぞを恐れなきゃならんのだ?」

 

 確かにあいつの放つ妙なプレッシャーに一瞬たじろぎはしたが、その程度で屈する僕じゃない。

 この僕が恐れる女なんて銃持ったリゼか来ヶ谷ぐらいなもんだろう。あとそうだな、恐れているわけではないが、星ノ海学園の友利もただの女とはいえない何かを感じる。

 そして有宇の答えを聞くと、三枝はまたクスクス笑いだした。

 

「いや〜君変わってるね」

 

「お前には言われたくない」

 

「え〜釣れないぞガイズ〜♪」

 

 どうやらいつものこいつに戻ったようだな。

 やかましい女ではあるが、あんな顔で黙り込んでいるのは正直もう見たくない。

 取り敢えず気まずい雰囲気は払拭出来たようだと有宇は取り敢えず安堵する。

 すると三枝が頭の後ろに腕を組みながら言う。

 

「まぁでも、なんだかんだまた助けられちゃいましたし、お礼しなくちゃね〜」

 

「味噌カツジュースならもういらんぞ」

 

「大丈夫ですヨ、今度はちゃんとお礼するから」

 

「さっきはちゃんとしてなかったのかよ!」

 

 この女ぁ……やはりこいつとは今すぐにでも縁を切ってやりたい。

 そして三枝はそのまま頭の後ろで腕を組んだまま、有宇への礼を考え始めた。

 

「そうだなーんーじゃあはるちんの髪留め上げるよ」

 

 そう言いながら三枝は自分の変速ツインテールの上の短い方を結ぶピンクの丸い髪留めを指差す。

 

「いらん」

 

「付けたら似合うかもよ?」

 

「誰がつけるか!」

 

 やはりろくなお返しか期待できないなこいつからは。

 すると三枝は「あっ、じゃあ……」と続ける。

 

「はるちんが一つだけ有宇くんのお願いを叶えてしんぜよう。あ、エッチなのはダメですよ」

 

「安心しろ。誰もお前にそんなことは求めてない」

 

 有宇がそう答えると「何をー!このはるちんのナイスバディが目に入らぬかー!」と三枝は憤慨していたが、有宇は当然のごとくスルーした。

 にしても一つだけ言うこと聞かせられるってことか。僕に逆らわないようにするとか、僕を巻き込むなとか、言い聞かせたいことは山ほどあるが、さて、どうしたものかな……あっそうだ。

 いい事を思いついたのだが、それに先手を打つように三枝が付け足す。

 

「あ、これからずっと俺の言うことを聞けとかそういうのもなしね」

 

「ちっ」

 

 やはり駄目か。まぁ、でなきゃ一つと決めた意味がないしな。

 しかしだとすると一体何をしてもらうか。よく考えるとこいつにとって悪印象になる命令だと、今後に差し支えるな。要は無理に遠ざけようとするとこいつからの印象が悪くなるということだ。悪くはならなくとも良くもならない。せっかく今こいつの僕に対する評価は悪くないようだし、この調子を保っていきたい。

 じゃあどうするか。この際当たり障りのない感じで────

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

「というわけで僕直々にメンバー集めに尽力してやった。感謝しろ」

 

 放課後のグラウンド、練習を中断し遅れてきた有宇の周りに集まるリトルバスターズの面々の視線は有宇の隣にいる女生徒に注がれた。「こいつなんでこんな偉そうなんだ?」と鈴が愚痴り、真人にいたっては何やら有宇に対して不満気である。

 

「あのなぁ乙坂、確かにうちは今人手が足りてねぇがな……少なくともこんな役立たずまで連れてくるこたぁねぇだろうが!!」

 

 そう言って真人は皆から視線を集める女子生徒───三枝葉留佳を指差した。

 その反応を受けて有宇は側にいた理樹に耳打ちする。

 

「直枝さん、こいつ何やらかしたんですか?」

 

「三枝さん、よくうちの教室に遊びに来ててね。そのたびに色々と……ね?」

 

 ああ、こいつ、風紀員だけじゃなくて他でも同じようなことやらかしてるのか。そりゃ筋肉バカでなくてもこんな反応になるよな。

 やはり僕ではなく直枝さんに誘わせて穏便に仲間に入れた方がよかったのではないかと有宇は若干後悔した。

 

「にしても有宇、三枝さんと知り合いだったの?」

 

「いや、さっきこいつの騒動に巻き込まれてきただけで……」

 

「アハハ、ヤクタタズゥー!」

 

「三枝!俺を指差してんじゃねぇっ!」

 

 有宇と理樹が話している間も三枝は真人に向かって笑いながら喧嘩を売っている最中だった。

 三枝のお礼に一つだけ言うことを聞いてもらえるということだったが、有宇は三枝にリトルバスターズに入ってもらうことにしたのだ。

 本来なら直枝さん辺りが三枝を誘っていたのだろうけど、直枝さんの相手は鈴さんだし、二人の出会いはそこまで重要ではないだろう。そうなると三枝に頼める当たり障りのない願い事として叶えてもらっても問題ないだろう。

 そんな思惑から有宇は三枝をリトルバスターズに勧誘したのだった。

 

「取り敢えず、いつもの入団テストをやるんだろう、恭介」

 

 このままこの場を放っておいても埒が明かないので、リーダーの恭介に判断を仰ぐ。

 

「乙坂、特技はあるのかこいつに」

 

「知らん。おい、何か特技はないのか?」

 

 有宇はいつの間にか真人をからかうのをやめてグラウンドにしゃがみこんでいる三枝に尋ねる。

 すると彼女は有宇の質問に答えるでもなく、グラウンドに誰かが脱ぎ捨てたグローブを鼻先に持っていた。

 

「青春の匂いだ〜」

 

「合格っ!!」

 

「だから早ぇよ!?」

 

 以前の神北よろしく、速攻で恭介は入団を受け入れてしまった。

 

「もうぶっちゃけ誰でもいいだろ」と鈴さんがぼやく。すると恭介も「ぶっちゃけるな、鈴」と答える。

 ぶっ……ぶっちゃけやがった。誰でもよかったなら僕の入団のときのあれは何だったんだよ。

 

「と、取り敢えずキャッチボールしようか、三枝さん」

 

 話を切り替えて早速理樹が三枝の実力を見ようとキャッチボールを提案する。

 すると三枝は手に持ってたグローブを放って、素手のまま両手を前に構えた。

 

「……念の為だけど、ボールはグローブで取るんだよ」

 

「おおっ、そうか」と言うと三枝は投げ捨てたグローブを拾い上げ、左手にはめる。

 

「どこ当てると十点?」

 

「ストラックアウトじゃないよ!?恭介もなにベニヤ板にコンパスで円を描いてるのさっ!的当てでもないよっ!」

 

 すると恭介が「ちっ……」と言いながらベニヤ板を下ろす。

 やっぱ直枝さんいるとツッコミ楽だな。

 この様子を見て有宇はふとそんな感想を抱いた。

 

「そうじゃなくて、普通にこう、ボールを投げ合うんだよ」

 

「おお、つまりキャッチボールをすればいいんだねっ。初めからそう言ってくれればいいのに理樹くんったら〜」

 

「いや最初に言ったんだけど……」

 

 本当にこの女は人の話を聞かないな。

 直枝さんもこの女を相手するのは大変そうだ。まぁ、面倒なので手伝いはしないが。

 

「んーっ」

 

 改めてキャッチボールが始まった。すると三枝は右腕をぐるぐる回し始めた。

 

「ほい」

 

 ひょろ〜ん。ぽすん

 そしてハエが止まりそうな球を直枝さんに放った。

 こいつ、キャンプ場での試合でも目立った活躍はしてなかったとは思ってたが、ここまで肩が弱いとは思わなかったな。女子とはいえ、ここまで弱いもんだろうか。神北小毬ほどではないが、これじゃあまり戦力にはならなさそうだな。

 三枝の様子を見て有宇がそんなことを思っていると、恭介が三枝に言う。

 

「えーと、三枝だったか」

 

「んー、あ、はい。確か鈴ちゃんのお兄さんの……棗先輩?」

 

「なんだか投げ辛そうだな」

 

「はい、ちょっとだけですけど」

 

 それを聞くと恭介は「ちょっと待ってろ」と言い残して野球部の部室の中へと入っていた。しばらくしてグローブを持って出てくると、「ほれ、三枝」と言って三枝に持ってきたグローブを投げ渡す。

 

「わっ……っと、とと」

 

「そいつをはめてみろ……右手にな」

 

「了解でーす」

 

 そして三枝は恭介に言われた通り、渡されたグローブを右手にはめる。それからパスパス、と左手をグローブにぶつけている。

 

「おっ、バッチリ指が入るよ」

 

「お前がさっき使ってたグローブは右利き用。つまり左手にはめる。そして今はめているのはその逆、つまり左利き用。三枝は左利きなんだな」

 

「うん、そうだよ……じゃなくって、そうですよ、棗先輩」

 

 それから改めてキャッチボールをすると、三枝の投げる球速が、さっきと比べると断然に上がっていた。

 恭介のやつ、一球投げただけで三枝が左利きであることを見抜いたのか。一度こいつと試合をした僕でも女子の投げる球だからと高を括って見抜けなかったというのに。

 やはりこの男はバカそうに見えるが油断ならん男だな。来ヶ谷同様敵にはしたくないタイプだ。

 

「左利きの選手か。これは戦力だな」

 

 恭介がそう頷くと、突然どこからともなく『ちゃららららーん』とファンファーレが鳴った。

 

「三枝葉留佳は役立たずからジョブチェンジした!」

 

「なんか華麗にジョブチェンジされたーっ!?」

 

 役立たずと思っていた三枝が戦力になりそうだということで、真人ががっくりと膝をついた。

 

「ふっふっふ〜、真人くん、私はもう役立たずなどではないのですヨっ!」

 

 項垂れる真人相手に三枝は、手を腰に当て、胸を張り態度を大きくする。すると理樹がまだ何かあるようで三枝に尋ねる。

 

「……三枝さん、因みにボールが飛んできた後はどうすればいいか知ってる?」

 

「え?打った人に当てればいいんでしょ?こうやって」

 

 ぶん。ゴスッ!

 

「ぐぉぅ……」

 

 何をトチ狂ったかしらないが、三枝は突然手に持ったボールを思いっきり真人の股間に投げつけた。そして真人は声にもならない悲痛の叫びを上げた。

 

「違うの?」

 

「全然違うよ!ああっ真人!!」

 

 理樹は股間を抑えて倒れ込む真人に駆け寄った。

 

「……取り敢えず三枝は外野の守備な」

 

「アイアイサ〜」

 

 こうして、真人の悲痛な叫びとともに、三枝葉留佳がリトルバスターズの仲間入りを果たしたのだった。

 


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