幸せになる番(ごちうさ×Charlotte)   作:森永文太郎

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第34話、入団!リトルバスターズ!

「真人、今月末の試合どうしよっか」

 

 休み時間、やることもなく直枝理樹は親友、井ノ原真人にそう声をかけた。

 

「どうするも何もお前らが始めたことだろ。大体、野球なんて甘っちょろいスポーツをするために俺はこの筋肉を鍛え上げたんじゃねぇ」

 

「ははっ、真人はいつも筋肉のことばっかだね」

 

「おうよ、理樹も筋肉の相談ならいつでもしてくれていいんだぜ」

 

「いや、僕が筋肉のことで悩むことは多分ないから。それよりメンバー集めだよ。謙吾はやっぱ入ってくれないみたいだし、あと五人どうしようか」

 

『野球をしよう。チーム名は───リトルバスターズだ!』

 そんな恭介の言葉から始まった野球だけど、僕達幼馴染は五人。そしてその内の一人、謙吾は剣道部に所属していて、エースということもあってとても僕達と野球をしているヒマがない。だから僕達リトルバスターズのチームは現状四人だけ。これじゃまともに試合をすることもできない。

 だというのに昨日、いつものように僕の部屋にみんなが集まった時、恭介から既に今月末に試合を組んでしまった事を告げられ、僕達はすぐにでもメンバーを集めなきゃいけなくなってしまった。だけど……。

 

「三年は受験に就活、一二年だってもう部活入った奴は入ってるだろうし無理だろ。それに、そこから(あぶ)れた筋肉の欠片もないモヤシっ子とチームなんて俺はゴメンだぜ」

 

「真人は何でも筋肉が基準なんだね」

 

「ああ、マッスルメイトになるんだったら、やっぱ筋肉は必要不可欠だろ」

 

「マッスルメイトじゃなくて野球のチームメイトを探してるんだけどね」

 

 でも真人の言い分も最もだ。

 もう五月も中旬、一年生だってもう既に自分の入りたい部活に入っていっただろうし、三年生も進路のことで色々と忙しいはずだ(恭介は平気そうにしてるけど)。

 強いて言えば二年生だけど、二年生もまた謙吾みたいに部活に入ってる人は部活があるだろうし、もう進路のこと考えてる人とかだっているだろうし、はっきりいって今からリトルバスターズに入ってくれる人を探すのは無謀といえるだろう。

 

「はぁ、誰かメンバーになりたいって人いないかな……」

 

 そもそもの話、元々みんなで何かやりたいと言ったのは僕なんだ。

 恭介は三年だから今年で卒業してしまい、僕達四人だって来年にはみんなバラバラになってしまう。これまでずっと一緒だった僕達も散り散りになってしまうんだ。

 だから、みんなでまた何かやってみたかった。昔みたいに、何かを悪に見立てては近所をみんなで闊歩していたあの頃のように、何か思い出になるようなことがしたかったんだ。

 それで恭介が野球をやろうと言い出したんだけど、スタートから出鼻を挫じかれてしまった。

 僕も言い出しっぺとしてなんとかメンバーを集めたいけど、そう上手くいくとは……。

 

「直枝くん」

 

 すると突然、クラスメイトの女子から声をかけられる。

 

「なに?」

 

「直枝くんのこと呼んでる一年生がいるんだけど」

 

「え?」

 

 そう言われて廊下の方を見ると、一人の見知らぬ男子が立っていた。

 整った顔立ち、人の良さそうな雰囲気、初めて見る彼からはそんな印象を受けた。緑のネクタイということは一年生だろうか?

 僕は教室の外で待つ彼の所まで歩いていく。

 

「えっと、僕に何か用かな?」

 

「これ、直枝先輩の生徒手帳ですよね」

 

 彼はそう言って一冊の生徒手帳を取り出した。そこには確かに僕の名前が書いてあった。

 制服のポケットを弄ると確かに僕の生徒手帳がない。どうやら彼は僕が落とした生徒手帳を届けに来てくれたようだ。

 

「ありがとう。わざわざごめんね」

 

「いえ、構いませんよ。それはそうと直枝先輩、何やら野球チームを作ってるって聞いたんですが」

 

「え? ああうん、でもまだ人数が足りなくてね……あはは」

 

「そうなんですか。あの、それでしたら僕入ってもいいですか?」

 

「あはは、そう……………えっ、ほんとに!?」

 

 一瞬聞き間違えかなと思った。ここ数日知り合いに声をかけてみたけど全員に断られたから、もうだめかと思ったのに。

 でも確かに今、聞き間違えなどではなく、彼はリトルバスターズに入りたいと言ってくれたのだ。

 

「はい。実は僕、まだ転校してきたばかりで。ほら、今から部活に入っても既にグループとかできてそうですし。だから新しく出来る部活になら入れるかなと思ったんですけど」

 

「リトルバスターズは部活ではないんだけど……」

 

「何かできるならそれで構いません。せっかく高校に入ったわけですから何かやりたいじゃないですか。それで、どうでしょうか?」

 

 そっか、確かに転校生ならまだ部活とかにも入ってないし、入ってくれる可能性があるかも。すっかり見落としてたよ。

 でも一年生で、それもまだ五月のこんな時期に転校生だなんて……。まぁ、どうでもいっか。新たにメンバーが加わった。今はそれでいい。

 

「うん、大丈夫だよ。歓迎するよ……えっと、そういえば君の名前は?」

 

「はい、一のBの乙坂有宇といいます」

 

「そっか、じゃあよろしく、有……」

 

「ちょっと待ったぁ!」

 

 すると突然、教室にいた真人が声を上げた。そして険しい顔を浮かべながらズカズカ足音を立てて有宇に迫り寄って行く。

 

「理樹、お前こんな筋肉の欠片もなさそうなモヤシっ子をリトルバスターズに入れる気かよ。俺は反対だぜ。こんなのと一緒じゃ、俺の筋肉まで訛っちまう」

 

「何言ってるんだよ真人。それにそれ言ったら多分、僕の方が資格ないと思うんだけど」

 

 多分、見た感じ彼の方が運動神経良さそうだし。

 

「理樹は俺の認めたマッスルメイトだからいいんだよ。とにかく俺はこいつを入れるのは反対だ」

 

「そんな……」

 

 どうしよう。せっかくメンバーが集められると思ったのにこれじゃあ……。

 すると今まで黙っていた有宇が口を開く。

 

「それでも、うなぎパイ手に棒立ちして負ける貴様よりはマシだろ」

 

「ちょっ、有宇!?」

 

 まさかの有宇がここで真人を挑発した。もしかして有宇って結構怒りっぽい……?口調もさっきと変わってるし。

 そして、それにより当然、真人の鋭い視線が有宇に向けられる。

 

「おいてめぇ……今なんつった?」

 

「何もできずラケットでぶん殴られて負けた貴様よりマシだと言ったんだ。ああ、そういえばこう呼んだ方がいいんだったか、クズ」

 

「てめぇ、言うじゃねぇか……」

 

 やばい、真人が本気で怒ってる。このままじゃ有宇はただでは済まない。

 

「ちょっと有宇、確かに最初に言った真人が悪いけど、有宇も言いすぎだよ。ほら、真人もストップ!」

 

 しかし二人とも睨み合うのをやめない。どうしよう、やっぱり恭介じゃないと止められないのかな……。

 いや、でもここはやっぱ僕がなんとかしないと。

 取り敢えず話を聞かない真人は置いておいて、有宇の方を説得しよう。

 

「有宇、見ればわかると思うけど真人は力が強いんだ。喧嘩したら危ないよ」

 

 これでやめてくれるだろう。有宇だって何もこんなことで怪我はしたくないはずだ。これで有宇が引いてくれたら……。

 しかしそんな僕の思惑通りにはいかなかった。

 

「なら例のルールを使ってもらおう。確か周りに物を投げてもらってそれを武器にするんだったか。それなら普通に殴り合うのとは違って僕にも勝ち目があるはずだ」

 

「てめぇ、俺に勝つつもりかよ」

 

「クズに負けるほど、僕は落ちぶれてないんでな」

 

 まずい、火に油を注いでしまった。もうこうなったら恭介を呼ぶしか……。

 

「なんだ、バトルか」

 

「うん……って恭介!?」

 

 いつの間にか横に恭介が立っていた。本当神出鬼没だな……。

 

「真人と……もう一人は一年か?流石に一般生徒が相手じゃなぁ……」

 

 流石の恭介も相手が一般生徒、それも入りたての一年生であるということで、いつものバトルをするのは(はばか)られるようだ。でもこれなら恭介に二人を止めてもらえる。

 すると真人が恭介に言う。

 

「恭介、一般生徒じゃねぇぜ。理樹がメンバーに入れたんだ」

 

「ほう、ならいいか」

 

「いやいや、よくないって!止めてよ恭介」

 

 しまった。せっかく止めてもらえると思ったのにこれじゃあ……。

 そして、結局恭介が携帯で野次馬を集めて有宇と真人のバトルが始まった。

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 どうしてこんなことになった。

 いつの間にか僕は周りを沢山の野次馬に囲まれていた。

 今朝登校する時に、直枝さんに能力を使って乗り移って生徒手帳を落とさせ、それを拾い直枝さんに届ける。そしてその場の話の流れでリトルバスターズに参加する。これが僕の立てた最初の計画だった。

 わざわざ手帳を落とさせたのは、一応考えあってのことだ。

 いきなり見知らぬ人間である僕がリトルバスターズへ入りたいと言うと不自然だ。当然直枝先輩にも警戒される。だから何かしら、そう、些細なきっかけでいい。そこから何とか話を繋げてリトルバスターズに入りたい意志を伝えればいいのだ。手帳を落とさせたのはそのきっかけ作りに過ぎない。

 幸い野球をする人数もまだ足りておらず、メンバーを探しているという情報を耳にしたので、そこに付け入る形でリトルバスターズに入れた……というのに、つい筋肉バカの言動にイラつき、喧嘩を買ったらこのざまだ。

 まぁいい、入ってから後々喧嘩売られても面倒だし、ここで力の差というやつをわからせるのもいいかもしれん。

 無論、単純な力比べでいえば向こうが断然有利なのだが、僕には特殊能力がある。万が一のときにはこの能力(ちから)を使えば何とかなるだろう

 

「乙坂!」

 

「乙坂く〜ん!」

 

 すると、野次馬に紛れていたクラスメイトの奴等が僕の名を呼んだ。どうやら話を聞きつけて応援に来てくれたようだ。僕は笑顔で軽く手を振り声援に答えた。

 そしてバトルが始まる。次々と野次馬が僕と真人に物を投げ入れる。

 そしてお互い、投げ入れられるアイテムの中、武器となるアイテムを掴みとった。僕が掴んだものは───

 

「……油取り紙」

 

 あれだよな。よく京都の土産屋とかに置いてあるやつだよな。

 しかし有宇が手に取ったのは、どことなく高級感あるケースに入れられた油取り紙だった。

 これ確かシ◯ネルの三千円くらいのやつじゃないか?女子が化粧直しとかに使うやつ。なんで無駄にこんな高級なやつが……。

 野次馬の方をよく見ると、クラスメイトの女子達がグッと親指立てていた。どうやら彼女達が僕のために投げ入れてくれたようだが、正直武器としては全くもって使えない……。

 これはまずい……!そう思って真人の方を見る。そして真人が手にしていたのは────

 

「……プラモ?」

 

「ちげぇよペーパークラフトだよ!それも姫路城だぜ!」

 

「知るか」

 

 真人が手にしていたのは『日本名城シリーズ 姫路城』と表に書いてある縦30cm、横20cmぐらいの大きめの箱だった。

 ペーパークラフトってそんな物まであるのか。誰が投げ入れたんだよそんな物……。

 ていうか本来の使い方で勝負するというのがルールのはずだが、この場合どうなるんだ。

 それとなく恭介の方に視線を送る。すると彼も有宇の言いたい事を察したのか、こう答える。

 

「一年の油取り紙は本来の使い方、つまり肌を擦る以外の使い方はできない。対する真人のは本来の使い方というと鑑賞する以外なくなって勝負にならないからなぁ、まぁ特別に投げつける等の攻撃に使うことを許可する……が、その代わり姫路城をちゃんと完成させてからでないと攻撃はできない」

 

 なるほど、ちゃんと勝負になるように追加のルールは設けられるんだな……っていやいやいや!!そしたら油取り紙だってろくに戦えないじゃないか!?

 

「それじゃあバトルスタート!!」

 

 恭介の開始の合図と共に、周りの野次馬の歓声が廊下中に響き渡る。真人の方は僕に背を向け廊下に尻をつき、早速姫路城作りに取り掛かった。

 ペーパークラフトなんて作り終わるのにそこそこ時間はかかるはずだが、何分僕の武器は油取り紙だからなぁ……。さて、どうやって倒せばいいんだ?

 有宇は手にした油取り紙を見つめながら、武器としての活用法を考える。

 油取り紙をあいつの肌に擦りまくるか? いや、そんなのであの筋肉ダルマが倒れるとは思えない。せいぜい摩擦で少し熱く感じる程度だろう。

 油取り紙の角であいつの目を突き刺すか? いや、いくら筋肉だるまでも目までは鍛えられてないし、流石に危なすぎるか。

 クソッ、油取り紙でどう戦えばいい。そもそも油取り紙なんて化粧直しや肌のケアに使うもので戦うものじゃないしな。あーでも昔中学の頃、修学旅行で京都行ったときクラスの奴等同士がふざけて……待てよ、もしかしてこれ使えるんじゃないか?

 何かを思いついた有宇は、早速真人にゆっくりと歩み寄って行く。そして自分に背を向け必死に紙の城を作る彼の肩をトントンと指で叩く。

 

「あ、なんだよ」

 

 そう言って彼が振り返った瞬間────

 

「よっと」

 

「うげっ!」

 

 持っていた油取り紙で、彼の顔をべっとり擦り付けた。

 

「テメェ……いきなり何しやがる?」

 

「なにって攻撃しただけだ。そういう勝負だろ」

 

「この野郎……。へっ、まぁいいぜ、どの道いくらその紙を俺に擦り付けようと、俺の筋肉には傷一つつけることはできねぇんだからよ」

 

 確かにそのとおりだ。紙ヤスリならまだしも、幾ら油取り紙で擦り付けようとこの男を倒すことは不可能だ。だが、その自慢の筋肉を傷つけずとも、倒せる方法はある。

 そして有宇は真人に擦り付けた油取り紙を一瞥する。

 流石筋肉男、油ベットリだ。それに顔をいきなり擦り付けたせいか、よだれか鼻水か知らん液体まで付いてる。

 それを確認すると有宇は、真人に背を向け歩き出した。

 

「何だ、逃げんのかよ」

 

 なわけ無いだろ。

 真人のそんな安い挑発を無視して、そのまま野次馬の方へと歩いて行く。そして、野次馬の中にいた一人の見知らぬ二年生の男子生徒の前に立つ。

 

「……え、俺?なに……」

 

 いきなり自分の目の前に立たれて、意味が分からず男子生徒は困惑している。

 そんな彼に有宇はニコッと微笑む。すると、有宇は真人の顔を擦り付けた油取り紙を取り出して……。

 

「先輩、パス」

 

「へっ?」

 

 擦り付けた方の面を触れるようにして彼に手渡す。それに気づいた彼はすぐさま声を上げる。

 

「うわぁ汚え!ぱ、パス!」

 

 そして彼はすぐ隣りに居た別の生徒に油取り紙を押し付ける。

 

「うわ、なんか湿ってる!ぱ、パス!」

 

 そこから更に隣りに居た女子生徒の手に渡る。

 

「ちょっと止めてよ汚い!」

 

 更にそこから別の生徒に、そこからまた……と、野次馬達は皆油取り紙を押し付け合いパニックに陥る。そして……。

 

「お、おい、まるで俺が汚えみたいじゃねぇかよ……。や、やめろ……お前ら筋肉いじめて楽しいか!?」

 

 その様子を見ていた真人の顔は青ざめ、自分の油を吸った紙が皆にばい菌のように扱われていることで今にも泣きそうな顔をしている。しかし、そんな真人の嘆きも虚しく、未だ野次馬達は油取り紙を押し付けあっている。

 すると真人は、折れそうな心を保とうと、一人の男子生徒に視線を送る。

 

「り、理樹……俺、汚くないよな」

 

 その相手とは当然、彼の幼馴染であり、ルームメイトでもある親友、直枝さんだ。涙ながらにすがりつくようにそう尋ねる真人に、直枝さんが苦笑いを浮かべながら答える。

 

「えっと……うん、真人は汚く……ないよ……?」

 

「り、理樹……!」

 

 疑問形であるのが気になるが、直枝さんがそう言うと、真人の顔に笑顔が戻る。しかし……。

 

「でも夏場とか筋トレの後汗かいたまま肩組まれたりするのはちょっと……。あと最近ちょっと匂うからいい加減布団ちゃんと干して欲しいかな……?」

 

「理樹ぃ!?」

 

 直枝さんのその言葉がトドメとなった。

 それを聞いた周りからは悲鳴が上がり、野次馬達は更にパニックに陥る。そして親友に裏切られた真人は精気を無くしたようにその場にバタッと倒れた。

 

「弱っ!?」

 

「真人は筋肉は凄くても心は繊細だから……」

 

「筋肉よりそっち鍛えろよ……」

 

 そしてこの混沌と化した状況の中、その様子を見て一人、微妙な表情を浮かべる恭介が言う。

 

「なんだこれ……。あーえっと、勝者……そういやお前名前なんだっけ?」

 

「乙坂です」

 

「わかった。じゃあ改めて……勝者、乙坂!」

 

 恭介の勝者コールによりバトルは終了。しかし、いつもならここで歓声を上げる野次馬達はそれどころではない様子だ。

 中学の頃、修学旅行で土産屋にいたとき、同じクラスの奴等がある一人の男子の顔に油取り紙を擦り付け、それをクラスの女子とかに回して、今の真人みたいな、いや、今の真人よりはマシではあったが、それで周りに似たような反応を取られて、擦り付けられた男子が泣き出すという出来事があったのを思い出したのだ。

 つまり、何も体を痛めつけずとも、心を痛めつけてやればいいということだ。そういうのは僕の得意分野だしな。

 しかしちょっとした嫌がらせ程度のつもりでやったのだが、僕が思った以上の結果になったな……。

 すると恭介が続けて言う。

 

「それじゃあ乙坂、勝者であるお前はそこの負け犬に一つ、称号を与えることができる」

 

 そう言って恭介はショックで倒れている真人を指差す。ほんと血も涙もねぇな……。

 まぁ、そういうルールというならなんか付けてみるか。

 

「えっと、じゃあ『筋肉バカ』で」

 

 そう言うと倒れていた真人がガバッと起き上がる。

 

「へっ、ありがとよ」

 

 そう言って鼻を人差し指で擦り、満足気な顔を浮かべる。

 すると直枝さんが補足する。

 

「真人は筋肉って付けば大体褒め言葉として受け取るから」

 

 なんて単純な男だ……あと復活はやっ!?

 すると恭介が言う。

 

「さて、乙坂。これでお前は晴れてリトルバスターズの入団テストを受ける権利を得たわけだが……」

 

「いや待て……待ってください、これで入団できるわけじゃないんですか」

 

「何言ってんだ。俺達がやろうとしてるのは野球だぞ。こんなので入団を決めるわけないだろ」

 

 こんなのって、お前か始めた遊びだろうが。まぁ、正論ではあるが……。

 

「放課後グラウンドに来い。そこで軽い入団テストをして、それからお前をリトルバスターズに入れるか判断する」

 

 そう言い残すと、恭介は直枝先輩の教室へと入っていき、いつの間にか教室の窓からぶら下がっていた縄を伝って上の階にある自分の教室へと戻って行った。

 

「あれはなんですか……」

 

「有宇は初めてだったね。恭介はああやって僕らの教室によく来るんだ」

 

 直枝さんはそう平然という。

 

「この学校のモラルはどうなってんだ……」

 

 改めて考えると、やばい奴と関わろうとしてるんだな……僕は。

 未だに収まることのない野次馬の喧騒の中、そう再認識させられた有宇であった。

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 昼休みのバトルからクラスに戻ってからは散々だった。

 『どうして井ノ原先輩と戦うことになったんだ?』とか『乙坂くんリトルバスターズに入るの?』など散々周りの奴らに質問攻めにされた。

 嘘言ってもその内バレることだしと、クラスメイトには一応リトルバスターズへ入る事を打ち明けた。

 筋肉バカとの喧嘩については、適当にリトルバスターズに入るための入団テストと言っておいた。流石に腹立って喧嘩になったなんて僕のイメージに傷がつくからな。

 そしてそれから五、六限を終えて放課後、僕は恭介との約束通り、グラウドにやって来た。

 グラウンドには既に体操服姿の恭介、筋肉バカ、直枝さん、そして昼は姿を見せなかった鈴さんがいた。更にもう一人……。

 

「わぁ〜!私ともう一人新入部員さんいたんだ〜!」

 

 そう言ってキラキラした視線を僕に向ける女子がいた。

 ショートボブの髪型に大きな星の髪飾りと赤いリボンを付けた、いかにもゆるふわ系って感じの女だ。しかし僕はこの女に見覚えがあった。

 確かこの人もリトルバスターズの試合のときにいたメンバーだったよな……?名前なんだっけ?

 

「えっと恭介先輩、この人は?」

 

「あぁ、お前と同じリトルバスターズへの入団希望者だ。名前は確か神北だったか?」

 

「はい、神北小毬です!よろしくね、えっと……」

 

「乙坂です。乙坂有宇といいます」

 

「そっか、よろしくね乙坂くん」

 

 そう言って満面の笑みで微笑む。

 どうやらまず最初にこの女が新たなリトルバスターズのメンバーになるようだな。ということは、これから他のメンバーも次々仲間になっていくのだろうか。

 にしてもこの女、野球なんて出来るのか?僕達と試合をした時もそんな目立った活躍は見せてなかった筈だし、見るからに運動が出来る奴ではないよな……?

 そして、神北小毬との顔合わせも程々に、すぐにリトルバスターズへの入団テストとやらが始まった。

 僕ら二人の前に恭介が腕を組みながら立っている。そして僕らをじっと見る。

 

「さて、諸君らに集まってもらったのは他でもない。これから諸君らをリトルバスターズに入れるのに相応しい選手かテストをさせてもらう。諸君らを審査するのはこの俺、棗恭介だ。よろしく」

 

 なんでそんな畏まった言い方を……。

 大方なんかの漫画か何かの影響だろう。いかにもそんな感じの言い方だ。

 

「さて、ではテストを始める前に諸君らに問う。ずばり、諸君らにとって野球に必要な物とはなんだ」

 

 うわ出たそのよくある意味がありそうで意味なんてない、漫画特有の意味有りげな問いかけ。本当にする奴初めて見た。

 大体、そんな事急に聞かれても答えられるかっつうの。

 しかし、隣に立つ神北小毬は「えっと、えっと……」と真剣に悩んでいた。純粋というか何というか、こんな下らない問いかけに答える必要なんざないだろうに……。

 すると彼女は「……よし」と一言言うと力強く足を一歩前に踏み出す。

 そして───

 

「ガッツと〜勇気!そして〜友情っ!!」

 

 そう言いながら彼女は空に向けて思い切り拳を上げるポーズを取る。

 ……なんだこれ。

 

「合格ッ!!」

 

(ええぇぇぇっ!?)

 

 すると、神北小毬の答えを聞いた恭介が即座に合格を言い渡した。

 待て、野球の素質を見るテストではなかったのか!?僕がおかしいのか!?

 

「ちょっ、ちょっと待ったぁ恭介!?」

 

「どうした理樹?」

 

「どうしたもこうしたも、どうしてそうなるのさ!野球ができるかどうかをテストするんじゃないの!?」

 

「おっと、そうだったな。あまりに的確な答えに思わず感動してつい。悪い悪い」

 

 よかった、直枝さんはちゃんとまともでいてくれて。てっきり僕がおかしいのかと一瞬思ってしまった。

 つくづくこのリトルバスターズに直枝さんがいてくれて良かったと思わずにはいられなかった有宇であった。

 

 

 

 それから早速、ちゃんとした入団テストが始まった。

 最初のバッティングのテストは鈴さんの投げたボールを打つのだが、鈴さんの投げたボールが僕の顔面に飛んできた時は死ぬかと思った。あともう少し避けるのが遅かったら、僕の二枚目の顔が台無しになっていたことだろう。

 てっきりライジングニャットボールの生みの親というものだから上手いのかと思っていたが、とんだノーコン選手だった。まぁ、これから上手くなるのかもしれないが。

 そして鈴さんがノーコンなので、その後はピッチャー交代して恭介が投げたボールを打つことになった。恭介の方はというと可もなく不可もなくといった感じだ。僕らと試合をした時のような豪速球ではなく、普通の球を投げていた。

 あの豪速球と比べるととても遅く感じ、普通に打ち返す事が出来た。おそらく僕の方は普通に合格を貰えることだろう。

 問題は神北小毬の方だ。なんとこの女、金属バットすら満足に持つことが出来ないのだ。

 確かにプラスチックのバットと比べると重いっちゃ重いが、満足に構えることが出来ないほどじゃないだろう。チノとマヤとメグのちびっ子どもだって、それぐらいは普通に持てていたのに。

 彼女も彼女なりに何とか震えながらもバットを構えようとしたが、ふらついてしまい、その勢いで近くにいた真人の脛に思い切りバットをスイングして当ててしまい、真人は阿鼻叫喚、一時その場は騒然となった。

 バッティングテストが終わると次はベースランニング、最後は守備のテストだった。僕の方は卒なく(こな)していったが、神北小毬の方はベースランニングをやればすっ転び、守備をやらせればゴロのボールですら補給できずにトンネル、終いには守備の途中だというのに側に生えていたタンポポに目がいく始末だ。

 

「有宇の方は大丈夫そうだね。小毬さんは……どうかな、恭介?」

 

「ヤバイな……。どのくらいヤバイかというと、眉間に寄ったシワが戻らない……」

 

「あはは……」

 

 様子を見ていた直枝さん達がそんな苦言を呈するのも仕方ない程に、この女は野球というスポーツには向いてないというのがわかった。

 

 

 

 そして一連のテストが終わり、僕らはテストを始める前のように横一列に並ぶ。目の前に立つ恭介は再び僕らを真っ直ぐ見据える。

 おそらく僕は普通に合格できるだろう。一方、神北小毬の方は……無理じゃないか?

 いや、将来的にリトルバスターズのメンバーになってることは知ってはいるが、いくら何でもテストであれだけボロボロだと流石に厳しいんじゃないか。

 まぁ、直枝さん達もメンバー集めに躍起になってるようだし、本来の僕がいなかった過去においては、お情けで入れてもらったのかもしれない。しかし今回は僕がいる。

 別に二人のうちどっちか一人だけチームに入れるというわけではないが、僕と比べられながらテストをやったせいで、彼女一人だけをテストしていた時より彼女の評価が下がっている可能性がある。そうなると彼女が合格できない可能性も否定できないのだ。

 だが僕の目的はあくまでリトルバスターズのメンバーを修学旅行の悲劇から救うことだ。この際この女がリトルバスターズの仲間入りをしていなくても問題ないだろう。

 そして恭介が告げる。

 

「さて、テストの結果だが、その前に最後に一つ、今一度問おう」

 

 今一度?もしかしてさっきみたいな意味のない問い掛けか?

 

「諸君らにとって野球に必要な物とはなんだ?」

 

 またそれかよ!?いいからさっさと結果を言えよ!!

 すると隣りにいる神北小毬が再び一歩足を踏み出す。

 

「ガッツと〜勇気!そして〜友情っ!!」

 

 そして最後にさっきと同じ決めポーズ。ほんと、僕は何を見せられてるんだか。

 まぁ、流石にさっきのようには……。

 

「合格ッ!!」

 

(ええぇぇぇっ!?)

 

「やはり合格だ!神北小毬、君は野球に必要な物を全て兼ね備えている!入団決定!今日から君は我らリトルバスターズのメンバーだ!」

 

 一度ならず二度までも……。

 そしてこの様子を見ている直枝さんと筋肉バカ、鈴さんはもうもはや何か言う気力もないという感じで、ポカンとしていた。神北小毬の方は嬉しそうに喜んでいる。

 結局このテストやる意味があったのか?無駄に汗かいた気しかしないんだが……。

 まぁ、なんにせよこれで僕ら二人は無事リトルバスターズに入れたってことでいいんだよな。

 すると直枝さんが恭介に尋ねる。

 

「てことは恭介、二人とも合格でいいんだよね」

 

「いや、合格は神北だけだ。乙坂は不合格だ」

 

「……は?」

 

 思わず「は?」と心の声が漏れる。

 いやだって……は?今なんて言った? 不合格って聞こえたんだが気のせいだよな?

 

「ええぇぇぇっ!?ちょっと恭介どういうこと!?わけがわからないよ」

 

 恭介の答えを聞いて直枝さんが絶叫する。

 しかしわけがわからないはこっちのセリフだ。何故あの女が合格で、僕が落とされなきゃならんのだ!

 

「そうですよ!どうして僕が不合格なんですか!?」

 

 僕も直枝さんに続いて恭介に食ってかかる。しかし恭介は何も答えない。

 そんな恭介に直枝さんが言う。

 

「恭介、有宇はわざわざ僕らの入団テストに付き合ってくれたんだよ。不合格にするならちゃんと理由がないと僕も有宇も納得できないよ」

 

 更に、意外にも筋肉バカも僕を擁護する。

 

「俺も理樹の意見に賛成だ。恭介、確かに俺はこいつのことは気に入らねぇが、筋肉のテストとなれば話は別だ。公正に判断しねぇといけねぇ」

 

 筋肉のテストって、野球のテストだろうが。別に筋力だけのテストじゃなかっただろ。

 しかしこの男、一応情に流されずに物事を判断するだけの頭はあるようだな。そこは素直に評価できる。

 

「少なくとも、俺の目には神北よりはこいつの方が使えそうに見えたんだが。まぁ、おめえの合格基準がわからねぇから、両方落とすか両方合格か、或いはこいつだけを合格ってんなら俺も何も言わなかっただろうよ。だがよ、こいつより出来なかった神北を合格にして、神北より出来ていたこいつを落とすってのは俺も納得がいかねぇな」

 

 筋肉バカにしては真っ当な意見だ。直枝さんもおそらくこいつと同じ考えだろう。

 ともかく、あの女より明らかに僕の方がテストを上手く熟していたはずなのに、何故僕が落とされなきゃならんのだ!

 すると、幼馴染二人に言われて流石の恭介も口を開いた。

 

「そうだな、じゃあ一つ聞こう。乙坂、お前なんでリトルバスターズに入ろうと思った?」

 

 急になんだ。入ろうとした理由?そんなもの、未来に帰るために決まっている。お前達に取り入り、そしてある程度の信頼関係を築いた上で修学旅行のバス事故の事を警告する。リトルバスターズへの入団はそのための手段に過ぎない。

 だがそれをここで馬鹿正直に言うわけにはいかんしな、ここは適当にそれっぽいこと言って誤魔化すか。

 

「直枝先輩にも言いましたが、僕、まだ数日前に転校してきたばかりで。それで部活に入ろうにも、もうどこも部内にグループとか出来てるじゃないですか。ですから、これから作られる部活なら僕も気にせず入れると思って入団を希望しました」

 

 我ながら完璧な答えだ。ちゃんと理に適った入部理由だし、嘘だとは思われないだろう。

 そして、続けて恭介は僕に尋ねる。

 

「そうか。それじゃあさっきの質問だが、お前にとって野球に必要な物とは何だ」

 

「またそれですか?ていうかその質問なんの意味が……」

 

「さぁ、なんだ」

 

 恭介は僕に有無も言わさず、僕に尋ねる。

 野球に必要な物?普通に答えるならバットやグローブといった必需品となるが、こいつの求める答えはそうではないのだろう。

 さっきの神北小毬の答えから察するに、どうやら青春っぽい答えを言えばいいのではないだろうか?

 さっきから漫画やアニメで出てくるような畏まった言い方をしたり、それこそ神北小毬の答えを良しとしたことからそう考えられる。

 にしても青春……青春っぽいねぇ……。

 

「……仲間……とか?」

 

 恭介の顔を伺いながら僕はそう答えた。

 

「そうだな、チームワークが勝利の鍵となる以上、仲間は必要だな」

 

 どうやら恭介の望む答えを返せたようだ。

 僕がほっと胸をなでおろすと、恭介が言う。

 

「なぁ乙坂、それでお前は何もかもを隠したまま俺達の仲間になるつもりか?」

 

「……え?」

 

 何を言って……隠したままって、まさかこいつ……!

 

「人間誰しも隠し事の一つや二つはあるだろう。それこそ仲間に打ち明けることすらできないようなことだってあるかもしれないし、それを無理に打ち明ける必要はないとは思う。けどな、自分自身をを偽ったままでいるのはそれとは違うだろ。お前は仲間に自分の素顔を見せないまま仲間になれるのか?本当のお前を知らないままで、俺達は真の意味で仲間になったといえるのか?」

 

 こいつ……僕が優等生を演じてることに気づいていたのか……。

 このキャラの方が立ち回りしやすいと思って素を隠していたが、それが逆効果になったか……。

 恭介は更に続ける。

 

「どんな秘密があったとしても、自分自身を偽ってちゃ、俺達は真の意味での仲間にはなれないんだ。だってそうだろ、俺達がこれから仲間になりたいのは乙坂、お前自身であって理想の誰かをを装ったお前じゃない。そして仲間とはある種の共同体であり、そこにはやはり一定の信頼関係が必要だ。だから自分の素顔すら(さら)け出すことのできない、今のお前を仲間としては受け入れられない」

 

 直枝さんと鈴さん、神北小毬は恭介が何を言ってるのかわからないといった様子だ。

 真人の方はというと、こいつの馬鹿さ加減から考えてすべてを理解してるかは不明だが、恭介が何を言いたいかはわかったといった感じだ。おそらく昼休みのバトルで素の僕を見たからだろう。

 はぁ……全く、ココアといいこいつといい、どうしてこういう奴らには僕の演技が通じないんだか。バカのくせに何かと感が鋭い。

 だがこのまま知らぬ存ぜぬを決め込んだところで、この男が譲歩するとは考え辛い。あの時のココアみたく、引き下がる気は更々ないだろう。

 予想外の展開であったが、まぁ何もかも上手く行くなんて端から思ってはなかったがな。

 

「恭介、恭介が何を言ってるのかわけがわからないよ。一体、有宇が何を隠してるっていうのさ」

 

 直枝さんが未だに恭介の言った意味が理解できず、恭介を問い詰める。しかし恭介は何も答えず、僕の顔を真剣な顔でじっと見つめる。

 おそらく、このまま直枝さんに説得を任しても無駄だろう。ならばここは……。

 そして僕は少し顔を俯けて、それから頬を緩ませる。

 

「ククッ……はは」

 

「有宇?」

 

「ははははっ!!」

 

「ゆ、有宇!?」

 

 有宇はそのままけたたましく笑い声を上げた。

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 いきなりどうしたんだ?

 リトルバスターズへの入団を恭介に断られた瞬間、突然有宇が「ククッ……」と小刻みに笑い声を洩らした。

 明らかに様子がおかしかったので、心配になって顔を伺うと、いきなり笑い声を上げるものだから驚いてつい声を上げてしまった。

 そして先程までの大人しそうな彼からは、とても想像できないような態度に豹変していた。

 

「ったく、わざわざ馬鹿な貴様らにキャラを合わせてやったっていうのに、わざわざ暴きにかかるとかアホの極みだな」

 

 先程までの畏まった丁寧な口調ではなく、昼間真人と戦っていたときのような乱暴な口調だ。

 僕はてっきり怒るとああなるのかと思っていたけど、もしかしてこっちが彼の素の顔なのか。

 鈴なんかさっきまで無関心だったのに「何だこいつ!こわっ!」と彼女なりに有宇の豹変に驚いている様子だ。小毬さんも目を点にして口をあんぐり開けて驚いているみたいだ。

 しかし恭介はというと特に驚いた様子はなく、寧ろニヤリと微小を浮かべ、いつもの表情に戻っていた。

 

「それがお前の素か、乙坂」

 

「ああそうだ。で、これで満足か?」

 

「そうだな、じゃあ改めて聞くが何故お前はうちのチームに入ろうと思った。お前、野球大好きってわけでもないだろ」

 

 恭介が再び問いかける。

 その質問はさっき有宇はちゃんと答えていた。でも今の有宇を見ると、さっき言った答えはもしかして本当の理由ではないかもしれない。

 だって今の有宇は転校したてで、既にグループができてるから他の部には入り辛い、なんて言うような人柄ではないと思うからだ。それどころか多分、進んで部活に入るような人にすら見えない。

 一体彼はなぜリトルバスターズに……。

 そして有宇が答える。

 

「野球なんぞに興味はない……が、リトルバスターズには興味がある」

 

「ほう、野球ではなく俺達にか。それはどういう理由で?」

 

「貴様らは校内のカリスマなんだろ? クラスの奴が言ってたぞ、リトルバスターズを知らない奴はいないってな」

 

「ちょっ、ちょっと待って!」

 

 黙って聞いてるつもりだったけど、流石にツッコまずにはいられなかった。

 おそらく彼は何か勘違いしている。だって僕ら五人はただの幼馴染で、それ以上でもそれ以下でもない、この学校のただの一生徒の一グループにしか過ぎないんだから。

 

「僕達、別にカリスマなんかじゃ……」

 

「あんた方が自覚してるかは知らんが、少なくとも周りからは一目置かれる存在なのは確かだろ。でなきゃ普通、あんな騒ぎ起こしてお咎め無しなんていかないだろ。もう少し周りにどう見られてるか自覚した方がいいんじゃないか」

 

「ゔっ……」

 

 確かにそうだ。バトルをするようになったのはこの前恭介が就活から帰ってきた時からだけど、その前から色々僕らはこの学校で同じような事をやらかしていた。

 周りが自然とそれを受け入れていたせいで忘れていたけど、思えばこれは普通じゃないかもしれない。

 そうじゃなくても僕以外の四人は色々と周りからは注目を集めることが多い。そしてそれが許されているというのも、恭介達のカリスマあってのことなのかもしれない。

 すると有宇がボソッと零す。

 

「まぁ、直枝さんはぶっちゃけ空気でしたから違うでしょうが」

 

 うう……そんなのわかってるよ。本当に今の彼は容赦ない……。

 

「理樹は窓際のもやしっ子だからな」

 

「恭介、今その不名誉な称号で呼ぶのやめて……傷つくから」

 

 恭介まで……。

 確か以前、みんなで新しい学年になるんだから、みんなに覚えてもらえる通り名を付け合おうって話してた時に、恭介に付けられた僕の二つ名だ。

 そりゃ恭介達と比べたら、僕なんてキャラ立ちしないよ……。

 そして僕が落ち込んでいるのもお構いなしに、有宇は話を続ける。

 

「そこでだ、校内から一目置かれる貴様らと一緒に過ごすことで、僕もまた校内で一目置かれる存在になるということだ」

 

「なるほど、乙坂は人気者になりたいということか」

 

「少し違うな。僕はただ自分に見合う評価が欲しいだけさ。僕みたいな二枚目の男にはそれ相応の評価があってもいいだろ?それで、それを手っ取り早く叶えるのに貴様らは使えると思っただけさ」

 

 うわ、プライド高そうとは思ってたけど、有宇ってナルシストなのか。あれかな、男版笹瀬川さんみたいな感じかな。典型的な俺様くんって初めて見た(一人称"僕"だけど……)。

 にしてもそうか、恭介は彼の本質を見抜いていたからチームに入れなかったのか。確かに今の彼はチームワークとか取れなさそうだし、チームプレーの野球には向いていないかもしれない。

 しかし、僕がそうしてようやく恭介が有宇を入れないと言ったわけに納得したところで恭介が言う。

 

「なるほど、己が目的のためなら手段も選ばないその精神、野球に必要な物だな。いいだろう、乙坂有宇、今ここに君のリトルバスターズへの入団を認めようじゃないか」

 

「うん……ってええ!?ちょっとまって、認めちゃうの!?」

 

「なんだ、理樹は嫌か?」

 

 すると有宇がジッと睨んでくる。

 ううっ……年下なのに怖い……。

 

「不満じゃないけど、結局恭介はなにがしたかったのさ……」

 

「言ったろ、俺は本当のこいつが見たかっただけだ。それに中々面白そうな奴じゃないか。これで神北も入れてバランスよく男女一名ずつ入れられるしな」

 

 まぁ、確かに今は一人でも多くのメンバーが必要だし、恭介がいいって言うなら多分大丈夫だろう。

 こうして僕らリトルバスターズのチームに、二人の新人が入団した。

 色々と前途多難な新メンバーだけど、きっと上手くいくよね。恭介やみんなだっているんだ。きっといいチームになる。

 直枝理樹はそんな期待を一人、胸に抱いた。

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 今日は散々だった。

 夜、一人部屋のベッドで横になり、有宇は今日のことを振り返っていた。

 公衆の面前で見世物にさせるわ、意味のないテストを受けさせられるわ、その上不合格を言い渡されるわ、本当になんて日だ。

 まぁ、結果的に無事入団出来たからよかったものの、これで本当に不合格だったら今日一日の苦労が徒労に終わるとこだったし、また初めから策を考えなければならないところだったぞ。

 なんにせよ、ここからだ。なんとしてでも奴等とそれなりの信頼関係を築き上げ、修学旅行の悲劇の話を信じてもらえるようにしなければならないわけだが、ぶっちゃけ不安しかない。

 あの連中とそこまでの仲になれるのか。そもそも信頼関係を築いたところで信じてもらえるのか。色々と穴が多い計画ではあるのだが……。

 

『私は有宇くんを信じる。だから有宇くんもみんなを信じて欲しいな』

 

 ふとココアのあの言葉を思い出す。

 そうだな、信頼関係を築けると信じなければ何も始まらない。何も得られない。なら、やるしかないんだ。

 それに元々他に選択はない。未来に帰るにはどの道やるしかないのだから。

 だから、僕もあいつ等に歩み寄っていかないとな。素の僕があいつ等に受け入れられるかはわからないけど、それでも信じてみようと思う。僕もリトルバスターズの一員になれるように。


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