幸せになる番(ごちうさ×Charlotte)   作:森永文太郎

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第2話、ラビットハウス

「ここが君の部屋だ、それじゃあ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 そういってマスターはバーの準備をしに行った。

 

 有宇はここで働くことが決まった後、マスターとシフトやその他色々ここで暮らしていくためのルールを決め、そして、有宇がこれから使う部屋まで案内されたところだ。

 早速有宇は自分の部屋のドアを開ける。そこは棚と机、ベッドの他には特に何にもなかったが、部屋としては十分だ。

 そして有宇は置いてあったベッドの上で横になってみた。

 家にいた頃は硬い床の上に布団を敷いて寝ていたし、何より自分の部屋なんてなかった。更に家を出てからも、ゲームやバソコンの音が響くネットカフェの硬い床で毛布をかけて寝ていた有宇にとって、ベッドの柔らかさはたまらなく気持ちいいものだった。

 そのままうとうとしていると突然、ドアが勢いよく開いた。

 突然のことに有宇は目を覚ました。

 

「有宇くんお疲れ!バイトのシフト決まった?」

 

 するとノックもなしにいきなりココアが入ってきた。

 

「ココアさん、ノックぐらいちゃんとしてくださいって言ってるじゃないですか」

 

 そう言いながら昼間、青い制服を着て働いていた小さな女の子も続いて部屋に入ってきた。

 

「すみません乙坂さん、お休みのところをお邪魔してしまって」

 

 驚きはしたが、女を前にして素をみせる有宇ではなかった。

 

「大丈夫、気にしてないから……。でも心臓に悪いから次はノックしてから入ってほしいかな」

 

「は~い」

 

 ココアが軽い返事を返す。

 

「ココアさん、本当にわかってますか?」

 

 ココアの返事に、チノが信用ならないと言わんばかりに(いぶか)しむ。

 

「わかってるよ~お姉ちゃんをもっと信頼してほしいな」

 

「なら普段から信頼に足りる行動をしてください」

 

「うう~今日はなんだか辛辣な言葉が多い気がするよ~」

 

 こいつらはいつもこんな感じ何だろうか。だとしたらこの子、毎日ココアの相手してるのか……大変そうだな。

 しかしこのままずっと放っておくと、この茶番がずっと続きそうだと思い、有宇はここに来た本題に入ってもらうよう二人に促した。

 

「それで僕に何か用かな?」

 

「あっはい、夕食のリクエストを聞きに来たのですが、何か食べたいものはありますか?」

 

「そうだな、特に嫌いなものもないし、なんでもいいよ」

 

「そうですか、ではナポリタンでもいいでしょうか?」

 

「ああ、それでいいよ。えっと……」

 

 そういえばこの子、名前なんだっけ?

 すると有宇の考えてることを察したのか、小さい子が答える。

 

「そういえばまだしっかり自己紹介してませんでしたね。この店のマスターの娘の香風智乃です。よろしくお願いします」

 

 そうだ、チノだ。

 そういえばココアがそう呼んでいたじゃないか。

 

「ああ、よろしく」

 

「私は保登心愛っていいます♪気軽にココアって呼んでくれていいからね。有宇くんと同じでここで住み込みで働いてるんだ」

 

 お前はもう知ってるから。

 にしてもチノにココアか……この辺の土地の人間の名前は変わってるな。ココアに関してはアイドルの芸名みたいな名前だ。これが俗に言うキラキラネームってやつか。

 自己紹介を互いに済ませると、チノが申し訳なさそうに有宇に言う。

 

「それで……乙坂さん、来てもらってそうそう申し訳ないのですが、夕食作りを手伝ってもらえないでしょうか?」

 

「えっと、料理はあまり得意じゃないんだけど……」

 

 得意どころか有宇はやったことすらない。

 いつも料理は妹の歩未の仕事だったから、皿洗いぐらいしかできないのだ。

 だが飲食店で働くのにできないなんて言ったらまずいと思い、少し控えめに断ろうとした。

 しかし有宇の思う通りにはいかなかった。

 

「ええ、ですから夕飯をつくりながら料理を覚えていただこうと思ったのですが、どうでしょうか?」

 

 仕事のためと言われたからには流石に断り辛いな……。

 正直めんどくさいと思うがやらないと意識が低いと思われるだろう。それにこれから一緒に住むわけだし、関係を悪化させるような真似はこの先色々面倒になるだろうと有宇は考えた。

 

「そういうことであればわかりました。よろしくお願いします」

 

 するとココアが嬉しそうに言う。

 

「おおっ、みんなでお料理だね!!私の腕もなるよ~」

 

 げっこいつも作るのか!

 有宇は怪訝な顔を浮かべた。

 ココアの雰囲気からしてうまい料理を作れるとは思えないし、せっかくピザソース生活から離れられたのに、またおかしな料理を食う羽目にはなりたくはない。

 有宇がそんな事を思っていると、チノがココアに先程のように冷静に諭した。

 

「一人の方が教えやすいので、しばらくココアさんは遠慮してください」

 

「え~そんな~」

 

 ナイスだチノ!これでこいつの変な料理を食わされずに済む!

 喜ぶ有宇とは裏腹にココアは残念そうにしていたが、納得にしたようでそれ以上は何も言ってこなかった。

 

「それでは行きましょうか乙坂さん」

 

「ああ」

 

 そしてチノと共に部屋を後にした。

 

 

 

 それから階段を降りてニ階の台所に着くと、チノが冷蔵庫や棚から使う材料を揃える。

 

「では乙坂さん、準備できたので始めましょうか」

 

「ああ、よろしく頼むよ」

 

「ナポリタンの作り方ですが、まず最初にお湯を沸かします。一人分で一リットルなので、今回は三人分で三リットル沸かします」

 

「あれ、マスターは食べないんですか?」

 

「父はバーの準備があるので、私達より少し早めに食べているので大丈夫です」

 

「バー?」

 

「ラビットハウスは昼は喫茶店ですが、夜にはバーになります」

 

 そういえばカウンターの後ろの棚にコーヒーの瓶以外にも酒が置いてあったな。カフェの仕事もあるのにその上夜もバーで働くとか、結構あの人も大変なんだな。

 そして有宇はチノに言われた通り、鍋に水を入れていく。

 

「次に塩を加えます。こちらは一人十グラムなので今回は三十グラム加えます」

 

「あの、塩を入れる意味って何かあるの?」

 

「塩を入れるとパスタに下味をつけられます。あとアルデンテを作りやすいですね」

 

 すると有宇は疑問に思った。

 

「アルデンテ?ナポリタンを作るんじゃなくて?」

 

「えっと……アルデンテというのはパスタの芯を僅かに残して茹で上げる調理方法のことでして……その……料理の名前ではないです」

 

「え!?」

 

 それを聞くと、有宇の顔はみるみる赤くなって、その場で頭を抱えて踞った。

 アルデンテって料理の名前じゃないのか!?もしかして僕、かなり恥ずかしい勘違いをしたんじゃないか!?

 羞恥のあまり恥ずかしそうに頭を抱える有宇を、チノがフォローする。

 

「えっと……あの、大丈夫です。ココアさんも結構恥ずかしい勘違いすること多いですし、気にする必要ありませんよ」

 

 こんな幼い女の子に慰められたあげく、あの(ココア)と比べられるなんて……。

 チノにフォローされ、(あまつさ)えココアと比べられたことに、逆に有宇は更にショックを受けた。

 

「えっと……次行きましょう」

 

 そう言ってチノは、落ち込む有宇をスルーし次の手順の説明に移った────

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

「それでは次にパスタを……」

 

 それからパスタを茹でたり、具を炒めたりソースを作ったりして、最後にとパスタと混ぜ合わせ無事ナポリタンが完成した。

 

「できましたね、ではお皿によそってください。その間に私はココアさんを呼んでくるので。」

 

 そう言ってチノは階段を上がっていった。その間有宇はチノに言われた通り皿にナポリタンと、付け合せのサラダを三人分よそった。

 しばらくしてココアとチノが降りてくると、三人で皿やフォークなどををテーブルに配り、キッチンのテーブルに着く。

 

「う〜ん、いい匂い!中々美味しそうだね」

 

「それではいただきましょうか」

 

「うん、もうお腹ペコペコだよ〜」

 

 正直チノに横で教わりながら作ったとはいえ、やはり不安がある。

 料理なんて今までしたことないし、何か変なミスはしてないだろうか。

 有宇がどこかミスはなかったかと不安に駆られてる間に、ココアとチノが手を合わせる。

 

「それではいただきます。」

 

「いただきま~す」

 

 そして二人はパスタに口をつけた。

 もう口をつけられてしまったのなら仕方ない、と有宇も覚悟を決めてフォークを握る。

 

「いただきます」

 

 フォークでパスタをすくい口に運ぶ。

 

「……!」

 

 しっかりケチャップの酸味が飛んでおり、加えたはちみつの甘みがあり、まろやかな味わいが口に広がる。

 どうやらちゃんとおいしくできたようだ。

 

「ん~おいしいね♪」

 

「はい、おいしくできてますね」

 

「有宇くん、お料理上手だね」

 

 上手と言われて少し胸が高鳴る。

 今まで顔以外で自分のことを誰かに褒められたことなんてなかったので新鮮に感じた。

 

「いや、チノに教えてもらわなかったらこうはならなかったよ」

 

「いえ、そんなことないと思います。乙坂さんなかなか筋がよかったですよ」

 

「そうかな……?」

 

「そうだよ、もっと胸を張っていいんだよ」

 

 ココアにそう言われ、歩未に美味しいと言うとよく喜んでいたことを思い出した。

 正直何で美味しいと言うだけで歩未があんなに喜んでいたのかわからなかったが、今ならその……少しはその気持ちもわかる気がする。

 

 

 

 食事が終わり、食事の後片づけに入る。

 家にいた頃なら、食後の皿洗いとかの片付けなんて後でもできると放置して、結局歩未が一人で片付けてしまうことが多いのだが、流石に居候の身でそんなことはできず、後片付けを手伝った。

 そして片付けを終え部屋に戻ろうとすると、後ろからマスターに呼び止められる。

 

「あ、有宇くん、少しいいかな」

 

「はい、なんでしょうか?」

 

「明日の朝、娘たちの弁当作りを手伝ってもらっていいかな」

 

 軽く明日は早起きしろと言われた。

 弁当作りとなると五時起きぐらいになるんだろうか……。

 

「えっと……マスター一人で作った方が早いと思いますが……」

 

「なに、君の料理の練習も含めてだ。もちろん職務ではないから別に断ってくれても構わないよ」

 

 職務に関係ないと言われても、断るとイメージ悪くなりそうで断れないじゃないか。

 

「いえ、マスターがいいなら是非お手伝いさせていただきます」

 

「そうか、では明日五時にキッチンに降りてきてくれ。」

 

「はい……」

 

 結局、明日から5時起きすることが決定してしまった。

 まぁ、無事住み込みのバイトに嗅ぎつけたんだ。多少の事は我慢しないとな……。

 

 

 

 その後は特にすることもなく、有宇は自分の部屋に戻った。

 風呂はチノとココアが先で有宇が一番最後なので、二人が出るまで時間が空く。しかしすることがないので暇だ。

 暇なときはよく適当に買ってきた雑誌を眺めてたり、テレビを見てたりしていたが、そのどちらもこの部屋にはない。

 何かないかと部屋を散策すると、棚に置いてある本に目がいく。

 しかし見渡す限り、コーヒーの事や料理、店の経営や法律などの本ばかりだった。

 

「ジジ臭せぇ本ばっかだな……。この部屋一体誰の部屋だったんだ?」

 

 普段はまず読むことはないが、かといって他にすることもないので、その中のコーヒーの本を適当に読んでみることにした。

 

「キリマンジャロ……マンデリン。それに浅煎り深煎り……?全然わからん……」

 

 コーヒーといっても色々種類があるようで、それぞれ味も淹れ方も違うみたいなことが書かれてるのは有宇でもなんとなくは理解できた。しかし、詳しいことは全くもって理解できなかった。

 この辺は明日教えてもらえるのだろうとか思いながら読んでると、突然、背後から肩をたたかれた。

 

「有宇くん、お風呂空いたよ~」

 

「うわぁ!?」

 

 いきなり背後をつかれ、驚いて思わず声をあげてしまう。

 

「うわ、ビックリした~。いきなり大声出したらびっくりするよ~」

 

「驚いたはこっちのセリフだ!いきなりなんだよ!」

 

「えっと、お風呂空いたよ~って知らせに来たんだけど……」

 

「そうか……頼むからノックをしてくれ……」

 

「えへへ、ごめんごめん」

 

 この女、本当に分かってんのか?

 

「それより有宇くん、なんかさっきまでと雰囲気違うような気がするんだけど……?」

 

 しまった、驚いてつい素に戻ってた。

 素の自分は出さないほうがいいだろう。印象は良いに超したことはないだろうしな。一緒に暮らしていくわけだし、これまで通り隠し通させてもらう。

 

「いや、驚いたからそう見えただけだよ、次から気を付けてください」

 

「そう……?」

 

 そういってココアは背を向けそのまま出ていくと思われたのだが、振り返り間際、有宇に尋ねた。

 

「そういえばさっきは聞き忘れちゃったけど、有宇くんシフトどうなってるの?」

 

 そんなこと聞いてどうすんだ。別にお前には関係ないだろ。

 そう思ったが素は出さないと決めているので、仕方なくココアの質問に答える。

 

「えっと、ほとんど午前中から君たちが帰ってくるまでの間に入ってるけど……」

 

 午後はココア達が働くので、有宇はほとんど午前中にシフトが入っている。

 午前中はココア達は学校なので、マスター一人で切り盛りしなくてはならない。だから前からココア達が学校に行ってる間働けるアルバイトを探していたらしいのだ。

 正直朝から働くのは面倒だが我儘(わがまま)言ってられないしな……。

 すると、有宇の答えを聞いてココアが少し残念そうな表情を浮かべる。

 

「そっか……。じゃあ一緒に働くのは難しいね……」

 

「えっと……まぁ、そうだね」

 

 一緒に働きたいって……なんだこいつ、僕に気があるのか?

 でも別に顔を赤らめてる様子もないし特にそういう様子は見られない。顔はまぁそこそこだけど、どのみち僕に気があろうともこんな頭のおかしそうな女を相手にするつもりはさらさらないがな。

 そんな事を考えていると、何やらココアから視線を感じる。

 

「……(じ~)」

 

 何故か知らないが、ココアがじーっと有宇の顔を見つめていた。

 なんかじっと僕の顔を見てくるんだが、一体なんなんだ?

 

「えっと……まだなにか?」

 

「えっとね、有宇くん。今日はどうだったかな?」

 

 今日はどうだったか?

 まだこの店に来てから半日も経ってないぞ。

 

「まだ具体的には何も……」

 

「そっか。有宇くん、今まではいろんなことたくさん我慢してきたかもしれないけどこれからは自由だよ。ここでは色んな事経験して、いっぱい楽しんでほしいなって思って」

 

 そういやこいつは僕のことを、かわいそうな悲劇の少年だと思ってるんだったっけな。どうする、誤解を説いておくか?

 いや、そのおかげでここで働けたわけだし、黙っておいた方がいいだろう。

 

「話し込んじゃってごめんね、お風呂どうぞ」

 

 そう言うとココアはようやく部屋から出て行った。

 

 

 

 それから風呂に入る。

 風呂には何故かアヒルが浮いていた。

 

「ココアのやつ、これ浮かべて入ってたのか?一体いくつだよ……」

 

 有宇はアヒルを湯槽から取り出し、適当な場所に置いておく。それから頭と体を洗ってから湯船に浸かる。

 思えばちゃんとした風呂に入るのは結構久しぶりだよな。ずっとネカフェのシャワーだったし。

 そして湯船の水をすくい上げる。そこでふとあることに気づく。

 そういやこの風呂、さっきまでチノやココアが入ってたんだよな……。

 すると頭の中にチノやココアが風呂に浸かる情景が浮かんだ。

 いやいやいや、何考えてんだ僕は!!たかが女子の入った風呂ごとき、それもココアなんかに欲情してたまるか!?

 すぐに雑念を振り払い……たかったが、一度意識すると中々頭から離れず、悶々としてしまい、素直に久しぶりの風呂を楽しむことができなかった。

 

 

 

 風呂から上がると、再び与えられた自分の部屋へと戻る。

 することもなく、明日も早いので有宇はもう寝ることにした。

 寝る前に窓を開け外を見てみると、都会とは違い街はもう暗くなっており、電灯の明かりだけがポツポツと見えた。

 本当に遠い所まで来たんだなと感慨に浸り、ふと空を見上げる。すると都会では見られないような満天の星空が広がっていた。

 もしいつかほとぼりが冷めてここを出て、どこかに就職して本当に生活が安定したら、歩未に再び会いに行ってこの街で空を眺めるのもいいかもしれないな……。

 そのためにも明日からこの店で頑張らないとな、と新たに決意を胸にし窓を閉め寝床に着いた。


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