幸せになる番(ごちうさ×Charlotte)   作:森永文太郎

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野球シーン書くのに手間取りました。元々そんな野球のルールに詳しいわけでもないので、まぁ温かい目で見てやってください。


第30話、対決!リトルバスターズ!(前編)

「バカバカしい、野球なんぞお前らで勝手にやってろ。僕を巻き込むな」

 

 リトルバスターズを名乗る一団のリーダーの一声に対し、有宇はいつもの調子でそう答えた。

 するとそんな有宇に、一番に不平を言うのはやはりココアだった。

 

「えー!野球やろうよ!みんな有宇くんとチノちゃん待ってたんだから」

 

 ココアはそう言うものの、有宇も決して譲ろうとはしない。

 

「そこの頭のおかしい連中とやれってか?はっ、冗談じゃない。やるならお前らだけでやれ。僕はやらないからな」

 

 そう言うと有宇はココア達に背を向け、コテージに向け歩き出す。ココアはそんな有宇の後を追い必死に説得を続ける。

 

「なんだ、彼はいつもあんな調子なのか?」

 

 そんな有宇とココアの二人の様子を見て、仲間から唯と呼ばれていた黒髪の女性、来ヶ谷唯湖がふとそんな事を言う。

 そんな来ヶ谷の疑問に、彼女の近くにいたリゼが答える。

 

「あーまぁ、大体いつもあんな感じだな……」

 

「よくあのような身勝手で傲慢な男と付き合えるな。正直、私はあの男を生理的に受け付けん」

 

 来ヶ谷唯湖が有宇に対し嫌悪感を示すと、リゼが苦笑いしながらも答える。

 

「ははっ……。まぁ、確かにあいつ、勝手なところあるけど、あれで結構いいとこあるんだ」

 

「とてもそうは見えないが……」

 

 来ヶ谷の目先では、未だ有宇とココアが言い争っている。有宇がリゼの言うような男とは、来ヶ谷にはとても思えなかった。

 そして、いつまでも野球をやるかやらないかでココアと言い争う有宇に突然、リトルバスターズのリーダー、棗恭介が言う。

 

「乙坂といったか。要はお前、俺達に負けるのが怖いんだろ」

 

「は?」

 

 突然恭介に投げかけられた言葉を、有宇はまるで意味がわからず思わず呆けた声を出してしまう。

 

「俺達に負けるのが怖い。だから逃げているんだろう」

 

「いや、別にそんなんじゃないんだが……」

 

「なに、それが悪いとは言わないさ。ただな……」

 

「いや、話聞けって」

 

 しかし恭介は無視してそのまま話を続けてしまう。

 

「ただお前はそうやって逃げ続けるのか?逃げてどうする。逃げ続けたところで、いつかは向き合わなきゃいけないときが誰しもやって来るんだ。逃げてるだけじゃだめなんだよ乙坂。つまり何が言いたいかというと……野球やろうぜ!」

 

 そう言い終わると、恭介は決まったと言わんばかりに爽やかな笑みを浮かべた。しかしそれを聞く有宇の方はというと苦い表情を浮かべた。

 こいつ……大方挑発して僕を野球へ誘おうとしたんだろうけど、結論への持っていき方が強引……いや、めちゃくちゃじゃないか……。

 すると有宇は恭介の声を聞いてある事に気づく。

 

(あれ?こいつの声、そういやどこかで……)

 

 それからすぐ、昨日のあのインチキマジシャンの姿が頭に浮かんだ。

 

(あの男か!?)

 

 そうだ、あの男の声にそっくりじゃないか。いや、でも昨日確かに警察に引き渡したはずだが……けど怪しげな仮面を付けていたから顔は見えなかったし、なによりこの爽やかそうに聞こえてどこか胡散臭いこの声は……。

 そして有宇は昨日一緒にいたココアにそっと耳打ちする。

 

(なぁココア、あの声、あの男に似てないか?)

 

(えっ?あの男って?)

 

(昨日の詐欺師だよ。声似てるだろ?)

 

(あぁ、そういえば確かに。でも昨日ちゃんとお巡りさんに引き渡したよね?)

 

(まぁ、確かにそうだが背丈も同じくらいだし。それにあの男なら普通に脱獄しててもおかしくない気がする)

 

 実際、遠く風祭の地でも詐欺を働いていたらしいし、全く懲りないところとかを見ると、普通に脱獄とかしててもおかしくないような気がしたのだ。

 そしてココアも半信半疑ながらも、有宇の言葉に頷いた。

 

(う〜ん、そう言われると、確かにそう思えてきたかも)

 

 するとコソコソ話し合う二人に、すっかり野球を始める気でいる恭介が声をかける。

 

「おいおい、何をコソコソ話してるんだ?早く野球やろうぜ!」

 

 しかし早く野球をしたい恭介の思惑とは裏腹に、有宇とココアの二人は恭介を睨み付けた。

 

(ココアはあいつの注意を引きつけてくれ。その間に僕が後ろから回り込んで取り押さえる。僕が取り押さえた後警察に通報しろ)

 

(了解!)

 

 そしてココアは恭介に話しかける。

 

「あのー、野球やる前にちょっと聞きたいことあるんですけど〜?」

 

「お、なんだ?」

 

 恭介はココアに近づいていく。

 そして、恭介の注意がココアに逸れた瞬間を狙って、ココアの横にいた有宇が男の後ろにこっそり回り込み、そして……。

 

「かくほぉぉぉぉぉ!!」

 

「おわっ!?」

 

 そのまま恭介を地面に押し倒し、取り押さえる。

 どうでもいいが、ここに来てから強盗や詐欺師相手にこんな事ばっかしてる気がする。

 

「ココア、警察に連絡!」

 

「サーイエッサー!」

 

 そしてココアが携帯を手にすると、恭介は慌てた様子で有宇に尋ねる。

 

「待て待て待て!お前らいきなりなにするんだ!?」

 

「黙れこの詐欺師め!昨日に引き続きまた僕らを騙そうとしてもそうはいくか!性懲りもなく脱獄してきやがって。警察に突き出してやる」

 

「待て!なんの事かさっぱりだ!」

 

「とぼけるな!昨日広場で大道芸人に混じってインチキマジックで僕らから金を巻き上げようとしてただろ!」

 

「違う!人違いだ!おい、お前らからもなんか言ってくれ!」

 

 すると男は同じリトルバスターズの仲間達に助けを求める。

 しかし助けを求められた仲間であるはずの筋肉質の男と道着の男は、特に恭介を助けようとする素振りは見せなかった。

 

「恭介、短い付き合いだったな」

 

「まぁ、いつかやると思ってたがな」

 

 筋肉質の男と、道着の男は無慈悲にも地面に押さえつけられている恭介に向けてそう告げた。

 そして仲間の男子二人からだけじゃなく、女子からも軽蔑の視線が送られる。

 

「恭介氏……まさかそんな事をしていたとはな……」

 

 と、来ヶ谷。

 

「わふー……恭介さん、流石にそれは……」

 

 と、有宇(いわ)くチビな外人こと能美クドリャフカ。

 

「恭介さん、いくら就職資金がないからって泥棒はだめだよ……」

 

 と、頭に星の髪飾りをしたリボン娘こと神北小毬。

 

「恭介さん、最低っすね……」

 

 と、変速ツインテ娘こと三枝葉留佳。

 

「……有宇×恭介」

 

 と、カチューシャ女子こと西園美魚。

 

「お前ら!?俺達仲間だよな!?ていうか西園!少しはこっちの話に入ってくれ!」

 

 どうやら仲間達からも信頼されてないようだなこの男は……これでよくリーダーが務まったな。ていうか最後の女の一言は一体……。

 すると来ヶ谷が「さて、冗談はさておき……」と言うと、有宇に向けて言う。

 

「しかし有宇少年、恭介氏は昨日から私達と行動を共にしていた。だから君の言うその詐欺師が恭介氏である可能性はまずないのでは?」

 

「むっ……」

 

 アリバイがあるということか……。

 まぁ、確かによく考えたら普通に考えて脱獄とか漫画じゃあるまいし、しかも昨日の今日であるわけないか。あまりにも声が似ていたため、つい軽率に行動してしまった。

 しかしそれで、はいそうですかごめんなさいと素直に言える有宇ではなかった。

 

「だがお前等はそいつの仲間だ。信用できるとでも?」

 

 恭介への疑いは晴れたものの、こいつらに頭を下げたくはないなと思った有宇はそう返した。

 まぁ、これで適当なところで許してやるとかなんとかいって話を終わせれば……。

 すると来ヶ谷は有宇にこんな提案をしてきた。

 

「ふむ、ならばこれはどうだろう。私達が野球で勝ったら恭介氏は無罪というのは」

 

「は?」

 

「勿論、君達が勝てば恭介氏を好きにすればいい。どうかな?」

 

「いや、僕は野球なんて……」

 

「しないとでも?まぁ、勝負するしないは君の勝手だ。しかし尻尾巻いて逃げるというのなら、それはつまり私達の不戦勝ということだ。そうなれば、君は恭介氏を誤って犯罪者扱いした責任を取って土下座でもするべきだと思うのだが?」

 

「うぐっ……!」

 

 どうやら有宇の考えは来ヶ谷に読まれていたようだ。

 そして、どうしても頭を下げたくないプライドの高い有宇がどうするかわかっているからこそ、それを利用して野球に誘い込もうとこの提案をしたのだろう。

 最早、有宇に頷く以外の選択肢はなかった。

 

「……いいだろう。やってやるさ」

 

「ふっ、物分りのいい少年は嫌いじゃないよ。私は」

 

 こうして今、有宇のプライドと棗恭介の今後を決める木組みの街チームVSリトルバスターズの試合が始ろうとしていた。

 

 

 

 試合は僕らが8人で向こうが7人で行われる。

 向こうも8人いるが、あのカチューシャの西園という女は選手ではなくマネージャーらしい。因みに彼女はこの試合では審判を引き受けるようだ。

 であれば僕らも本来なら一人減らして7対7でやるべきなんだろうけど、向こうは男子が3人もいるし、まぁ8対7でも妥当だろうということでこうなった。いや、実際のところ、こっちにはチノ、マヤ、メグのチビ3人がいることを考えたら、まだ向こうの方が有利かもしれないということで、三人についてもまたハンデをつけさせてもらった。

 そして試合開始前、リゼが有宇に声をかけた。

 

「有宇。この試合、勝てる見込みはあるのか?」

 

「正直厳しいな。向こうは経験者でこっちは素人だ。おまけに男の数も向こうが多く、普段から野球をやっている向こうの方が有利だろうな」

 

 リトルバスターズはなんでも関東のある学校の野球チームだという。野球部ではないらしいが、それでも普段からやってる分、全体的に僕らより強いことは間違いないだろう。

 

「なに、心配するな。手がないわけじゃない」

 

「そうか。まぁ、負けてもお前が土下座するだけだし私はどっちでも構わないけど……」

 

「おい」

 

 この野郎……他人事だと思いやがって。いや、他人事なんだけど。

 

「まぁ、せっかくやるんだ。やるなら勝ちたいよな」

 

 リゼがそう言うと、ココアもバットを高く掲げながら言う。

 

「そうだね!よーし、みんなで勝つぞー!」

 

 すると周りにいる面々も「おー!」と拳を高く掲げた。

 呑気なものだ。この試合には僕のプライドがかかっているっていうのに……。

 そんな呑気な仲間達の試合への意気込みを見て、有宇の試合への不安が増していった。

 

 

 

 そして試合が始まった。

 試合は森に少し入ったところの開けた野原でやることになった。因みにさっきまでココア達がバドミントンで遊んでいたところだ。なんでもここに突然リトルバスターズの面々がやってきて野球をやらないかと誘ってきたのだとか。

 そしてベースはコテージにあったダンボールで作ったお手製ベースを釘で地面に打ち付けたもの。バッドとグローブは向こうが提供してくれた。奇跡的にグローブのサイズはみんなピッタリだった。

 服はみんな一応持ってきていたジャージに着替えた。

 試合は僕らが先行で、向こうが守備でスタート……なのだが。

 

「なに!?」

 

 相手の布陣を見て有宇は驚いた。

 レフトとライトに人はなく、センターに来ヶ谷という布陣だったのだ。いや、確かに二人欠けてる以上、二つポジションが欠けるのは仕方ない。だが、後ろに飛んでいくボールをあの女一人に任せるつもりか?外野が手薄になるぞ。

 だが、おそらくあの女にそれだけの力があるのだろう。なんとなくあの女は只者じゃない気がするし、警戒したほうが良さそうだな……。

 

 そして、試合が始まると早速1番打者のリゼがマウンドに出る。

 

「よし、一発やってくる」

 

 ココア達から「頑張って!」などの声援が飛ぶ。

 相手ピッチャーは、相手チームのリーダー、棗恭介だ。

 

「さて、お手並み拝見といこうか」

 

 そう呟くと、恭介は振りかぶって投げた。

 ど真ん中のストレート、球はかなり速かったようにも見えたが、リゼはこれを余裕で打ち返す。

 

「よし!」

 

 そのまま一塁へと走っていく。リゼの打ったボールはそのままレフトの方へと飛んでいった……のだが。

 

 バシッ

 

 いつの間にか来ヶ谷がレフトのポジションに移動しており、リゼのボールを難なく捕球してみせた。

 

「なに!?」

 

「ふむ、なかなかやるじゃないか。お姉さん感心だ」

 

 思わずリゼが驚きの声を上げるほど、来ヶ谷の動きは凄まじかった。

 フライでもないあの球をセンターの位置から取りに行くなんて……まるで瞬間移動じゃないか。

 始まって初っ端から凄まじいものを見せつけられ、早速こちらのチームに不穏な空気が流れた。

 リゼの次の二番シャロも恭介の球の前に為す術なく、あっという間にツーストライク取られてしまった。

 いきなりツーアウトはまずいと思いと思った有宇は早速奥の手を使おうと考えた。有宇の奥の手というのは、当然自らに宿る特殊能力のことだ。これで相手ピッチャーに乗り移って打ちやすいボールを投げてやろうと思ったのだ。

 そして有宇は恭介に乗り移るべく能力を発動した。だが、ここで予想外の事が起きる。

 

(なに!?能力が効かない!?)

 

 以前、リゼの父に使ったときのように、恭介には有宇の能力が効かなかったのだ。

 リゼの親父はよくわからないが、おそらく僕や星ノ海学園にいる能力者とは違うタイプの能力者だったから効かなかったと思われるのだが、まさかこいつも……?

 理由はわからない。だが、有宇の能力は恭介には能力が効かないのは確かだ。そして試しに有宇は他のリトルバスターズのメンバーにも使ってみたが、誰一人として乗り移ることは出来なかった。

 何だこいつら……全員能力者なのか?いや、来ヶ谷とか男共はともかく、他の女子達はとてもじゃないが能力者のようには見えない……。しかし、なら一体……。

 結局その後、一応シャロは恭介の球を打ち返すには打ち返せたのだがのだが、ショートの宮沢謙吾に捕球され、それからすぐにファーストの能美クドリャフカに送球され、瞬く間にアウトになってしまった。

 そしてその次の三番の有宇も恭介の球の前に為すすべなく、結局三振でバッターアウトになってしまった。

 

 

 

 それから攻守交代し、向こうは一番の来ヶ谷、こちらはピッチャーのリゼが対峙した。

 

「今度はさっきのようにはいかない!」

 

「ほう、それは楽しみだ」

 

 リゼはリゼで燃えている様子だ。どうやらさっきボールを捕られたのが余程悔しかったのだろう。

 そしてリゼが大きく振りかぶる。

 リゼの投げたボールは目にも止まらぬ速さだった。見た感じ来ヶ谷もリゼの球の速さに驚いてる様子だった……のだが。

 

「ボール」

 

 西園審判のコール。そう、リゼの投げたボールはストライクゾーンより思いっきり右にずれて飛んでいったのだ。

 

「……タイム」

 

 それを見て有宇はタイムを取り、リゼに近づく。

 

「おい」

 

「すまん……的に向けて球を当てるのは射撃で慣れてるから大丈夫だと思ったけど、投げると意外と難しい……」

 

 くそっ、あれだけの豪速球が投げられても、ストライクゾーンに入らなければ意味がないじゃないか。かと言って、他にピッチャーに適任な奴がいるわけでもないしな……。

 

「くそっ、仕方ない。リゼ、取り敢えずこのまま投げろ。だがストライクゾーンになるべく入れるよう心がけてくれ」

 

「あ、あぁ、わかった」

 

 それから試合再開、しかしリゼの珠は再び外れ、その次も外し、スリーボールとなってしまった。

 

「リゼ!もっと慎重に投げろ!」

 

 フォアボールになってあの女を塁に進めるのだけは避けなければ!

 

「わかってるって!」

 

 そして4球目、リゼが投げる。ボールはストライクゾーン目がけていく。が、しかし……。

 

 カキーン

 

 打たれてしまった。今度は正確にストライクゾーンを狙うあまり球のスピードが落ちてしまったのだ。サードのマヤがなんとか補給するも、ファーストのチノに送球する際、チノが捕球ミス。その結果、来ヶ谷を一塁へと進めてしまった。

 まぁ、下手すりゃ二塁まで進まれてた可能性を考えるとまだマシか……。

 

 

 

 それから二番、恭介をフォアボールで一塁に出してしまい、三番、井ノ原にデッドボールで再び一塁に出してしまった。

 これにより、一塁、二塁、三塁全てに相手走者を出してしまうことを許してしまった。もしこれで次に嫌なところに打たれたり、ホームランでも取られようものなら大量得点されてしまう。それに対して、まだこちらはワンアウトも取ってない……。

 このままリゼに投げさせたらまずいな……かといって他に投げられる奴が……ん?

 すると有宇の目がキャッチャーのシャロの方にいった。

 そういやあいつ、確か吹き矢の時はリゼよりも正確に的を射ることができたんだっけか。以前お嬢様学校で会った吹き矢部部長が確かそんな事を言っていたはずだ。

 運動神経は悪くないはずだし、リゼほどの球は投げられないにしろ、こいつなら正確にストライクゾーンに投げられるのでは……?

 それに野球初心者の割にリゼの豪速球を受け止められているし、このメンツの中ではそれなりに野球ができる方だろうし、他にやらせるならシャロをおいて他にはないだろう。

 確証はない。が、このままリゼに投げさせたらまずいのは確かだ。なら……。

 

「……よし、ピッチャー交代!シャロ、ピッチャー頼む!」

 

「「え!?」」

 

 二人とも有宇の指示に困惑している様子だ。しかしなりふり構っていられない。やるだけの事はやらねば。

 そしてピッチャーにシャロ、キャッチャーには有宇が入り、有宇のいたセンターの位置にリゼが入った。

 

「ちょっと有宇、私もピッチャーなんてやったことないんだけど……。やっぱりリゼ先輩に代わった方が……」

 

 シャロが弱音を吐く。まぁ、それは確かにそうなんだが……。

 

「物は試しだ。いいから投げてみろ」

 

「わ、わかったわよ……」

 

 有宇に言われシャロは渋々ピッチャーマウンドに立つ。

 そして試合は再開される。シャロに対する相手バッターはあの剣道着の男、宮沢謙吾だ。

 見るからに手強そうだが、ここを抑えないと点を取られてしまう。

 そしてシャロが振りかぶる。ボールは有宇の狙い通り正確にストライクゾーンへ。しかし……。

 

 カキーン

 

 残念ながら打たれてしまう。悪くないボールだったが、この男には通用しなかったようだ。

 そして謙吾は一塁へと向かって行く。同時に来ヶ谷が凄い速さでホームベースを踏んだ。

 ボールはライト、ココアのもとへ。

 

「ココア!全力で取れ!」

 

「任せて!」

 

 しかしボールはココアがグローブを構えた位置を僅かにずれてマウンドに落ちていった。

 すぐにボールを拾ってファーストに送るも、既に謙吾は一塁を超え二塁に着いていた。

 

「ココアァァァ!!」

 

「うわ〜ん、ごめ〜ん!」

 

 しかもその間に恭介にもホームインされ、井ノ原を三塁に出してしまった。これにより僕らは既に2失点してしまった。

 それを受けてシャロが再び言う。

 

「ちょっと、やっぱりリゼ先輩の方が……」

 

「いや、まだ様子を見る」

 

 まだこれだけじゃわからない。それにシャロのボール自体は悪くなかった。コントロールは実際リゼより良かったし。しかしあともう少し勢いがあれば……。

 するとココアがぼそっと何かを言うのが聞こえた。

 

「……ハイテンションなシャロちゃんならイケたかもしれないなぁ……」

 

 ハイテンション?

 

「タイム」

 

 再びタイムを取り、ココアに近づく。

 

「おいココア、今のハイテンションてなんだ?」

 

「え、うそ聞こえてた!?結構離れてるのによく聞こえたね」

 

「優れたバリスタは耳がいいんだよ」

 

「へーそうなんだ」

 

 嘘である。いや、優れたバリスタは耳がいいというのは嘘ではないが。

 有宇の耳がいいのは、単に他人の悪口を聞き逃さぬようにしていたら自然と地獄耳になっただけだ。

 

「それよりハイテンションってどういうことだ?」

 

「えっと……シャロちゃんってカフェイン取ると色々凄くなるから、もしかしたらなって思って……」

 

 ハイテンション……そういえばシャロがカフェイン取らないのってカフェイン酔いするからだっけか。そういえば実際カフェインで酔うところは見たことがないな。

 てっきり体調が悪くなるとか言動がおかしくなる程度の物かと思ったが……。だがココアがこう言うってことはもしかして……。

 有宇はシャロの方をじっと見る。

 シャロは有宇の視線に嫌な予感がしたのか目を逸らす。しかし逃す気はない。

 

「シャロ、ちょっと来てくれ」

 

「嫌よ!私にあれを盛る気でしょ!」

 

「うるさい!いいから来い!」

 

 有宇はシャロの手を引き無理やりマウンドの外へ引きずり出す。

 

「いや〜!リゼ先輩の前で恥ずかしい姿見せたくない〜!」

 

 リトルバスターズの面々は何が起きているのかわからないまま、彼らが森の外へ出ていくのを見送った。

 

 

 

 数分後、二人が戻ってくる。しかし……。

 

「みんなぁ〜!おまたせぇ〜!」

 

 シャロの様子が明らかにおかしい。

 これには流石にリトバスメンバーもツッコまざるを得なかった。

 

「なんだこれは……ドーピングでもしたのかね?」

 

「ドーピングとは人聞きの悪い。ただちょっとコーヒーブレイクしてきただけだ」

 

 来ヶ谷の疑問に有宇は平然とそう返す。

 キャンプ地に戻った後、有宇はココアがマスターに持たされて持ってきたマキネッタでコーヒーを淹れ、それをシャロに飲ませたのだ。

 最初は渋っていたシャロだったが、エスプレッソは意外にカフェイン少ないぞという有宇の言葉に唆され、結局有宇の思惑通りコーヒーを飲んでしまった。

 

「にしてもあのシャロがここまで変わるとはな……。流石に驚いたぞ……」

 

 コーヒーを飲ませた直後、まるで人が変わったかのようにハイテンションになり、あれだけ嫌がっていたマキネッタの中のコーヒーを全て飲み干し、一人で歌いながら踊りだした時は流石の有宇も困惑せざるを得なかった。

 確かにこんな風に痴態を晒すことになるのであれば、カフェインを取りたくなくなるのも無理はないな。まぁ、なんにせよ、これでお手並み拝見だ。

 

 そして試合再開、相手は5番、神北小毬。頭に派手な星の髪飾り付きのリボンをつけたゆるふわ系女子だ。

 

「よ〜し、頑張っちゃうよ〜」

 

 どうでもいいがこの女、この能天気そうな感じがなんとなくココアと雰囲気似てるな。

 そしてカフェインハイテンション状態のシャロが一球目を投げる。すると……。

 

 バンッ

 

 見事に僕の構えるグローブに真っ直ぐ、それも勢い良く入った。

 

「ストライク」

 

「いぇ〜い♪」

 

 西園審判のストライクのコールを聞いてシャロが喜ぶ。

 

「ほう、やるじゃないか」

 

 ベンチに戻っていた恭介も感嘆の声を漏らす。

 ようやくもぎ取ったワンストライク。この勢いを保っていきたいものだ。

 そして一回裏はそのままシャロの独壇場となり、それからは相手に点を取られることなく一回裏は終了した。

 

 

 

 それからお互い膠着状態が続き4回裏、来ヶ谷の盗塁により再び向こうに一点取られてしまった。これにより0対3の3点差となり、勝利からまた更に遠退いた。

 試合はあと5回、その間になんてしても3点取り返し、相手に点を取らせないようにしなければ……。

 有宇がそんなことに頭を悩ませていると、攻守交代の際、向こうのリーダーである棗恭介が有宇に突然声をかけてきた。

 

「なぁ乙坂、お前楽しんでるか?」

 

「なんだ突然」

 

「いやなに、お前はまるで勝ちにしか拘ってないように見えたもんでな。で、どうなんだ」

 

「楽しんでない」

 

 考える間もなく即答する。

 

「僕はお前らみたいにバカじゃない。こんな玉遊びにワーキャー騒ぐ気にはならん。この試合だって、あの来ヶ谷とかいう女との賭けがなければやらなかっただろうさ」

 

 有宇の答えを聞くと、恭介が呆れたような声で言う。

 

「お前、つまらない考え方してるな」

 

「余計なお世話だ。お前にとってつまらなくとも、僕にはこの考えが性にあってるんだ。ほっといてくれ」

 

「そりゃそうかもしれないけどな、もう少し単純に考えてみたらどうだ」

 

「単純ってなんだよ……」

 

 すると恭介はニッと笑みを浮かべる。

 

「勝てば嬉しい、負けたら悔しい。けど、どっちに転んでも仲間とやるスポーツは楽しい。そういうことだ」

 

「意味わかんねぇよ……」

 

「要はなんにも考えず、本能のままに動けばいいってことさ。変に捻くれたこと考えず、その場で得られる感情を素直に受け止めろ。そんでもって俺達に必死こいて勝ちに来い」

 

「……わからん」

 

「今にわかるさ。それじゃあな、お前達の逆転劇、期待してるぜ」

 

 そう言い残すと恭介はピッチャーマウンドの方へと去ってしまった。

 

 

 

 楽しい……楽しいってなんだ?

 5回表、有宇はベンチで恭介に言われたことを考えていた。

 成功を掴めばそりゃ僕だって嬉しい。店を盛り上げ、客が増えたとき、僕は確かに喜びを感じた。でもそれは楽しいとはまた違うものだと思う。

 どんなことにせよ、成功を上げれば嬉しい。けど、何も考えず感情のままに必死になれだと?それが楽しい?バカめ、何も考えずに動くだけで楽しいなどと感じられるものか。

 そりゃ結果的に成功や勝利を収めることが出来るのなら考えなしでもいいだろう。けど、何も考えず失敗や敗北だけ晒すようなことがあったらバカを見るだけじゃないか。

 それも、こんな得られるものもないくだらない茶番の為に必死になるなんて、見ていて無様だし格好悪い。全くもって馬鹿げてる。

 そこまで考えて、有宇は雲一つない青空を見上げ、そしてまた考え込む。

 

 ───なあ……楽しいって一体なんだ?




後編に続きます。

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