幸せになる番(ごちうさ×Charlotte) 作:森永文太郎
因みに今回有宇達がキャンプに行ってる場所は原作で行った山ではありません。
さて、今回から新章です。どうぞこれからもよろしくお願いします。
第29話、僕らの出会い
「で、遊びに来たはずなのに何故僕らは釣りなんかしてるんだ」
リゼの家の別荘があるキャンプ地に着いた有宇達一行。本来であればここでしかできないレジャーな遊びを満喫する予定だった。
しかし何故か彼らは今、森の中にある川辺で魚釣りをしていた。
「まぁまぁ、これもアウトドアな遊びみたいなものだよ」
ココアはそう言うものの、有宇のぶすっとした態度は直らなかった。
「ったく、だからキャンプなんぞ来たくなかったんだ」
◆◆◆◆◆
───事の発端は一時間前。
コテージに着いた直後、みんなそれぞれの荷物を下ろし、早速遊びに出かけようとしていた。
しかしリゼがその直後、慌てた様子で空のクーラーボックスを持ってきて緊急事態と言わんばかりにこう言った。いや、実際緊急事態だった。
「大変だ!どういうわけか食料が入ってない!」
「「「ええぇぇぇぇぇ!?」」」
その場にいた誰もが驚いた。
そりゃそうだ、今日明日2日分の食料はコテージの方で用意したと聞いていたから、こちらは何も用意していないのだ。それが無いというのだから驚くに決まっている。
おまけに僕らを送った車は明日また来ると帰って行ってしまったため、今更街に引き返すこともできない。
「携帯はこの辺圏外だし、何故か電話線は抜かれてるし、街まで戻るにしても歩くとかなり距離があるし……」
電話線抜かれたって……あり得ないだろ。これってどう考えてもあのリゼのクソ親父の仕業だよな……。
しかしあのクソ親父がリゼを本気で危険な目に合わせるような事をわざわざするとは思えないが……クソッ、本当に何考えてやがる。
にしても、これでどうやら外部との連絡とかも完全に絶たれたようだな……。
するとココアがリゼにこんな事を尋ねる。
「でもここってキャンプ地なんだよね。お店とかやってないの?」
ココアにしてはナイスアイデアだ。
キャンプ地なら薪とかの他にも色々売ってるはずだ。当然食料もだ。少し値は張るかもしれんが、背に腹は替えられん。そこで食料を買えば……。
しかしリゼはそんな希望をあっさりと打ち砕く。
「確かにここはキャンプ地だが、悪魔で元だ。この辺り幽霊騒ぎが頻発して起きて人が寄り付かなくなって、もうキャンプ地としては営業してないんだ。だから店も全部閉まってる」
マジかよ……。ていうか幽霊騒ぎって、車の中で千夜が言ってたあれのことか……?
とうやら本当に打つ手無しってわけか。
「待て、となると僕らの今日と明日の分の食事はどうなる?」
有宇はリゼにそう尋ねる。
するとリゼは釣り竿とナイフを両手に持って言い放つ。
「食料は我々で現地調達となる!」
「はぁ!?マジで言ってんのかよ!?」
これには有宇も驚いた。
なにせ適当にコテージで寝て過ごそうと思っていたのに、いきなりバカンスがサバイバルになったのだから。
そして動揺を見せたのは何も有宇だけではない。どちらかというと同じくインドアなチノもまた不安そうな表情を浮かべた。サバイバルなんて経験もないだろうし、有宇が動揺してるぐらいだから不安になるのは当然だ。
しかしそんな様子を見たココアがシャロに何か話しかけ、そのまま二人して何やらコソコソと話し合う。
二人が話し終えると、二人は腕を組み皆に言い放つ。
「みんな、大丈夫!実家の大自然に鍛えられた私と!」
「しっ、食費のやりくりに鍛えられた私がいればなんとかなるわ!」
二人が息を揃えてそう言うと、チノの表情も少し和らぐ。全くもって根拠もない主張だが、チノの気休め程度にはなったようだ。
それから、(自称)サバイバルマスターのココアとシャロが率先して釣り竿を持ち、森へ食料となるきのこを探しに行った千夜とメグ以外のメンバーはみんなココアとシャロに続き釣り竿を持って魚釣りに向かい、今に至るというわけだ。
◆◆◆◆◆
それから魚釣りになったのはいいが、率先して釣り竿を持ったココアとシャロも素人で、経験者が誰一人としていなかったのだ。
まぁ、それでもなんだかんだ二人とも結構釣れているのでそれはいいのだ。
一番問題なのは……。
「全然釣れん!」
……この僕が一匹も釣れてないことだ。
「まぁまぁ有宇くん、諦めない諦めない」
「クソッ……」
この僕が釣りとはいえ、ここにいる全員より劣るだと……納得できん!
しかし場所を少し変えてみたり、餌を付け替えたりしてみるものの、全くかかる様子がない。
すると、そんな有宇にココアがこんな提案をする。
「あ、じゃあ有宇くんにも私のパワー分けてあげよっか?チノちゃんにも効いたし、有宇くんにも効くかもよ」
「さっきのあれの事を言ってるのなら断る」
「ええ〜。良いと思うんだけどな〜」
さっきのあれというのは、有宇同様釣りに苦戦していたチノが、ココアに後ろから抱きしめられ、一緒に釣り竿を持った瞬間魚が釣れたというものだ。
ココアは気にしていない様子だが、有宇とて男子。ココアの近すぎる距離には困らされている。
(ほんとに、こいつはもう少しそういうのを意識したほうがいいっぞ割とまじで……)
そして有宇はとうとうやっていられるかと釣り竿をその場に放った。
「やってられるか。他の事をする」
「え、諦めちゃうの?それに他って?」
「千夜とメグの山菜採りの手伝いでもやるさ。それじゃあな」
そう言い残すと有宇は川辺を去り、森の方へと消えていってしまった。
川辺を後にした有宇は、千夜達の山菜採りでも手伝おうかと森の中へと入って行った。
森に入ってしばらくすると、千夜とメグの姿を無事捉えることができた。
「おーい、手伝いに来たぞ」
有宇が声をかけると、向こうも有宇に気づき声を返してくれる。
「あら有宇くん、釣りの方はもういいのかしら?」
一人だけ釣れなかったからこっちに来た……とは言いたくないな。
プライドの高さからそう判断した有宇は、適当な理由をつけて言い逃れようとする。
「あぁ、ココア達が結構釣っていたし十分だろ」
我ながらナイス回避だ。
自分の言い訳を自負していると、千夜の持つかごに目がいく。
「おっ、結構入ってるな」
「ウン、千夜さんが食べられるきのこ知ってたから、千夜さんと一緒で良かったよ〜」
どうやら千夜が食べられるものかどうか判別して、メグが採取していたようだな。なんにせよ、順調に取れているようで何よ……り……。
そこで有宇がかごの中身に気づいた。
よく見るとかごの中身は明らかに毒々しいきのこで一杯だったのだ。
「大漁でしょ♪」
「全部毒きのこじゃないか!!」
「正しいツッコミありがと♪」
「ボケてたのかよ!?」
この女ぁ……全力でふざけてかかりやがったな……。
かごを千夜から引ったくり、中のきのこを全部見て見るも、一つもまともなきのこがなかった。
「全部やり直し」
「はぁーい♪」
はぁーい♪ じゃねえよ。この女本当に反省してんのか?
ったくこいつら……いや、メグは千夜に騙されただけだが、この小一時間無駄に過ごしやがって……。
「はぁ……まぁいい、僕も手伝うからさっさと終わらせるぞ」
「ありがと、助かるわ♪」
「お兄さん頼もしい〜!」
今にして思えば釣りを止めてこっちに来たのは正解だったかもしれん。
一から山菜採りをさせられることとなり、そう思わずにはいられなかった有宇であった。
それから三人で改めて山菜採りを開始した。
途中何度かまた千夜がボケて毒きのこを採ろうとしたが、それは全力で阻止した。一応ボケるとき以外は千夜も、ちゃんと食べられる物と食べられないものを判別してくれたので、それは素直に助かった。
……これでもっと真面目に取り組んでくれればなぁ……。
有宇とメグにはそういう山菜の知識はないので、ひたすら千夜に採って良いと言われた山菜を採取した。
ある程度山菜を採ってキャンプ地に戻ると、もうみんな引き上げており、昼食の準備をしていた。
「お、帰ってきたか。もう魚焼いてるぞ」
「それはいいけど、なんでお前ら濡れてんだ?」
リゼ含め、釣り組は全員何故か水で濡れていた。
リゼ以外のメンバーに関しては服が濡れたのか、全員着替えていた。
「ちょっと水遊びをな……」
リゼがそう言うと、釣り組が水遊びをしていたことを知り、千夜とメグが羨ましそうに言う。
「エーずるい!」
「私達も水の掛け合いっこしたかったわ」
いや、千夜がふざけなかったらもっと早く戻れただろ。
心の中で有宇はツッコんだ。
一方有宇はというと、別に羨ましくはなかったが、自分達が働いている間に遊んでいると聞き、妬ましく思い嫌味を漏らす。
「ふん、食料がねぇってのに随分と呑気なもんだな」
「あ、食料なら倉庫に保存食があったから問題なさそうだ」
「あったのかよ!?つかあったなら僕達の苦労は一体何だったんだ!」
一体なんのためにこの炎天下の中、森を歩き回ったと思ってるんだ。ということはつまり、僕達のしたことは徒労に終わったってことか……。
「まぁまぁ、それよりこっち来いよ。魚もう焼けてるからさ」
よくもまぁぬけぬけと……。
すると千夜とメグは有宇とは違い、嫌味一つ漏らさず笑顔でリゼ達の方へ向かう。
「わぁ〜!お魚美味しそ〜」
「私、そういえばおにぎり作ってきたんだったわ。それもよかったら食べて」
「あったなら先に言えよ!」
千夜に思わずそうツッコみを入れる。
全く、身勝手な連中だ。
そう思うと有宇は女子達とは離れたところに腰を下ろす。
「おい、有宇もこっちこいよ。もう魚焼けてるぞ?」
「いい。僕の分は食べてくれて構わん」
「けど……ってお前、それはなんだ!」
リゼの視線の先で、有宇が自分のカバンから取り出したのは、コンビニ弁当だった。
「見ての通り、僕の大好物のおろし竜田弁当だが?」
「そうじゃなくてどうして弁当なんか買ってるんだって話だ!ていうかいつ買った!?」
「ここに来る途中道の駅でトイレ休憩しただろ。その時に買った」
「あの時か……いつの間にそんなことを。でも食事はここでみんなで取るって……」
「仕方ないだろ、僕の大好物のおろし竜田弁当だったんだから。勘弁してくれよ」
「どんな言い訳だ!」
「あ、でも千夜のおにぎりは欲しいから一つくれ」
「はい、どうぞ♪」
千夜からおにぎりを一つ受け取ると、有宇はそのまま皆と少し離れた場所で一人食事をとった。
そんな有宇を遠目にリゼが愚痴をこぼす。
「まったく、どっちが身勝手なんだか……」
「あいつ、未だにゲスいとこありますよね。自己中というか協調性がないっていうか……」
リゼとシャロがそう言うと、いつものようにココアがフォローを入れる。
「まぁまぁ、それも有宇くんの魅力だよ。……たまにちょっと困るけど」
「でも私のおにぎりは食べてくれたわ♪」
どうやら千夜以外のメンバーは未だに有宇の身勝手さに時折頭を悩ませている様子だった。
しかしココアは続けて言う。
「でも有宇くん、少し変わったよね。最初会った頃より優しくなった」
ココアがそう言うと、リゼとシャロも頷く。
「まぁ、確かにそうだな。……私もなんだかんだ助けられたし」
「そうね、まぁ少しはマシになったんじゃない?」
「だからきっと、いつか有宇くんもさ、”友達の大切さ”に気づいて、きっと今より素敵な男の子になれると思うんだ」
ココアのその言葉に、三人とも笑みで答える。
みんな本当は分かっているのだ。有宇は色々と捻くれているところはあるが、彼自身ここに来てから日々変わり続けていることを。
そしてみんな信じているのだ。彼がココアのいう素敵な男の子とやらになれるであろうということを。
昼食を終え午後になると、みんな食料問題も解決したので遊びに出かけた。
高校生組は拓けた場所で、持ってきたラケットでバトミントン、中学生組は再び川辺に戻り水遊びをしていた。
すると、川でマヤとメグと遊んでいたチノの目に、一人森の中へと入っていく有宇の姿が映った。
「あれ、お兄さん?」
「え、有宇にぃ?あ、ホントだ」
マヤにも、有宇の姿が目に入った。
「お兄さん、森に何しに行くんだろ〜?山菜採りかな?」
「いや、もう山菜はいらないでしょ。でも本当何してんだろ?」
メグとマヤがそんなことを話していると、チノは川から上がり、サンダルから靴に履き替えた。
「チノ、どこに行くの?」
「ちょっとお兄さんを見てきます」
そう言うとチノは、有宇の後を追って森の中へと入っていった。
チノが森の中へ入っていくと、すぐに有宇の姿を捉えることができた。
有宇は何やら地図を片手に、木の枝に赤い布のような物を結びつけていた。
「お兄さん、何してるんですか?」
「ん、チノか。危ないから一人で森に入るなよ。迷ったら大変だしな」
「すみません、お兄さんの姿が見えたもので。それであの、何してるんですか?お兄さんはココアさん達と遊ばないんですか?」
「ふん、僕はバトミントンなんぞに興味はない。大体あいつらと一緒にいるのは疲れる。ココアはしつこく誘ってきたが突っぱねてやった」
昼食後、ココア達が有宇に単独行動を許すはずもなく、有宇はかなりしつこくココア達に一緒に遊ぼうと誘われていた。
有宇は別に一緒に遊びたいなどと思ってここに来たわけではないし、一人でコテージで寝てようと思っていたので、ココアたちの誘いを断固拒否した。
「でもあいつも中々引き下がらなくて埒が明かないから、千夜の頼まれごとを引き受けるということで片を付けた」
「頼まれごと……ですか?」
「ああ。夜、千夜が主催の肝試しをやるんだと。で、迷わないようにこうして今僕がやってるように、肝試しのルートに目印を付けてくれってさ」
本当はわざわざ仕事なんて進んでやる有宇ではないが、ココア達とバトミントンで疲れ果てるより、そっちの方が一人で気楽でいいと思い引き受けたのだ。
「き、肝試し……千夜さんらしいですね……」
すると肝試しと聞き、チノの体が少し身震いする。
「怖いのか?」
「はい、少し……。でも大丈夫です」
「そうか、でも無理はするなよ」
「はい」
すると有宇がチノに聞く。
「にしてもやっぱ千夜って怪談とか肝試しとか、そういうの好きなのか?」
有宇は車の中でも、隣に座っていたということもあり、色んな怪談を聞かされていた。今日の肝試しも凄く楽しみにしていたようだったので、なんとなくそんな事を聞いてみたのだ。
「はい、よく私達にも怪談を話されてますよ。とても怖いですが、参考になります」
「参考?」
「はい、いつかマヤさんメグさんを怖がらせてみたいので」
「怖がらせたいって……チノもそういうことするのな」
千夜はともかく、チノは他人を怖がらせて喜ぶような人間ではないと思っていたので少し意外だった。
「はい、うちにも怪談あるんですよ?」
「そんなのあったのか?」
そんなの初耳だ。
確かにラビットハウスも幽霊とかいそうな感じはなくはないが……。
そんな事実に軽い衝撃を覚える。
「はい。聞いてみますか!」
「そ、そうだな、じゃあまぁ……」
チノが目をキラキラさせて聞いてくるので、有宇は思わず頷いてしまう。
「わかりました。お兄さんもうちに住んでいるわけですが、心して聞いてくださいね」
「あ、あぁ……」
なんかいつもとテンション違くないか?
そしてチノは静かにラビットハウスの怪談とやらを語り始めた。
「うちのお客さんの何人かが目撃したらしいんです。特にバータイムのお客さんが目撃したと言っています。父も目撃したらしいです」
バータイム……つまり夜か。
幽霊とかが出る定番の時間帯だな。
「最初はゴミか何かと見間違えたと皆さん言うんです。けど本当は夜になると……出るんです」
「何が?」
有宇がそう聞き返すと、チノは少し間を置いてから答える。
「白い───ふわふわしたおばけが」
「……は?」
心からの「は?」だった。
白いふわふわしたって……それあの毛玉うさぎのことだろ?
あの毛玉、バータイムによく顔出してるみたいだし、バータイムの客が目撃したのも多分そのせいだろう。ていうかなんでマスターも驚いてんだよ。
「本当ですよ?父も見たと言ってるんです」
「いや、それあの毛玉うさぎのことだよな」
「……はぁ」
すると何故かチノは深く溜め息を吐いた。
えっ、なんで今溜め息吐かれたんだ僕?
「ココアさんもお兄さんも理解に乏しくて困りますね」
「いや、だってそれ明らかに……」
「もういいです。もうお兄さんには話しません」
「えぇ……」
なんでぼくが悪いみたいになってんだ。
ココアじゃなくても、これは流石にツッコまずにはいられないだろ。
しかしチノは機嫌をすっかり損ねてしまった。
「悪かったって。ほら、機嫌直せよ」
「別に機嫌なんて損ねてません」
それは大概損ねてる奴が言うんだよ。このままじゃ埒が明かないな。
「あ~えっと、そういえばチノは戻らなくていいのか?マヤとメグと遊んでたんだろ?」
取り敢えず話を変えようと試みる。
するとぷりぷり怒っていたチノの顔が緩み、いつもの表情に戻る。
「大丈夫だと思いますよ。二人とも多分ココアさん達のとこに行ったと思いますし」
「けど折角のキャンプだろ?戻んなくていいのか?」
有宇がそう言うと、チノは少し考えたのか、間を置いてから答える。
「いえ、お兄さん一人じゃ大変でしょうからお手伝いします。お兄さんも一人じゃ寂しいでしょうし」
「いや僕は……まぁ、別にいいか」
正直一人でいたかったので、断わろうとも思ったが、チノの親切を無下にするのも
「じゃあ地図持っててくれ。僕がボロ切れを木に結びつけていくから」
「はい」
そして、チノと一緒に千夜の頼まれごとをこなしていくこととなった。
チノとともに肝試しルートに目印を付けていく途中、無言というのもあれなので、有宇は話の種のつもりで、なんとなくチノに話を振る。
「そういえば、午前中僕が森に入ってる間、お前達の方はどうだったんだ?」
するとチノの体がビクッと震える。
別に変なことを聞いたつもりじゃないが……確か水遊びをしてたってさっきリゼは言っていたが、何かあったのか?
「その……お兄さんってココアさんに怒られたことってありますか?」
「何だ突然、藪から棒に」
ココアに怒られたことって……それ聞いてどうすんだよ。
するとチノが恥ずかしそうに答える。
「いえ、その……恥ずかしながら、ココアさんに怒られまして……」
「えっ!?」
ココアが?チノに?怒る?
普段チノには甘々なあのココアが?チノにキレたのか?
リゼとかならちびっ子相手でもキレそうだが、ココアがか……雪でも降るんじゃないか?
「それっていつものプンプンって感じじゃなくてか?」
「そんな感じじゃありませんでした……」
そう言うと、チノは自分の額を軽く擦る。
それで有宇は思い当たる。
「もしかしてチョップでもされたか?」
「はい、そうです。もしかしてお兄さんも?」
「あぁ、まぁな。最初会った頃、お前等に嘘ついたろ?それでな」
「そうでしたか……」
すると、有宇は無意識にこんな事を漏らす。
「けどなんていうか、怒られるっていうのもそこまで悪くないと思えたな」
「えっ……」
自分でも何故こんな事言ってるのかわからなかったが、有宇はそのまま話を続けた。
「怒りっていうのはさ、自分の思い通りにならない事への腹いせや、ただの鬱憤を晴らすためのものだと僕はずっと思っていた。けど、あいつの怒りはそれとは違った。本気で相手を心配してるからこその怒りなんだ。あいつは相手を本気で心配してるから本気で怒るんだ。なんていうか……あいつは、誰に対しても本気なのかもな。今回チノに怒ったのだってそうだったんじゃないか?」
チノにそう聞き返すと、いかにも図星だという顔を浮かべる。
「確かに……そうかもしれません」
そんなチノに有宇は微笑む。
おそらくだが、チノは僕に言われるまでもなく、そんな事分かっていたのだろう。付き合いの短い僕にわかるぐらいだ。チノにわからないはずがない。
ただ確しかめたかったのだろう。共感が欲しかったのだろう。
だからチノは同じようにココアに怒られたことがあるであろう僕にそれを問いたかったのだ。
そして今、それは確信に変わったのだろう。
そんなチノが、何故か微笑ましいと有宇は思ったのだ。
「そういえば、なんでココアに怒られたんだ?」
まだココアに怒られた理由を聞いてなかったなと思い、チノに聞く。
「その……ココアさんの帽子が流されてしまって……それを追いかけに川へ入ったら深いところがあって……」
「溺れたのか!?」
「はい……」
すると有宇は鬼気迫る表情を浮かべる。
「バカッ!泳げもしないのに何やってんだ!もし何かあったらどうすんだ!帽子なんかより自分の事考えろよ!」
そして言ってからハッと我にかえる。
いかん、なにをムキになっているんだ僕は。いきなり怒鳴り声出して泣かせてしまったか?と思ったが、チノは泣くでもなく、ただぽかんとした表情を浮かべていた。
「どうした?」
「いえ、その……ココアさんと同じような事を言われて怒られたので……」
あぁ、ココアも同じ気持ちだったのか。
普段はあいつの気持ちなんざ理解できないことの方が多いが、今回はココアの怒る気持ちも理解できた。
妹の歩未がチノと同じことをしようものなら、僕も怒ったはずだから。
「その……ご心配かけてすみませんでした。お兄さん」
「あ、いや……まぁ、監督するはずの僕達がそこにいなかったのも悪かったわけだし、気にするな。ただその……ココア達は心配するだろうから、もう危ないことはやるなよ」
何だか自分の妹のように怒ってしまったのが今になって恥ずかしくなり、心配する人間の中に自分を敢えて入れずに、有宇はチノの謝罪に対してそう返した。
「はい」
すると、チノは少し微笑みながらそう答えると、何故かクスクスと笑いだした。
「フフッ、にしても今のお兄さん、何だか本当のお兄さんみたいでしたね」
チノにそう言われ、有宇は今更自分の言った言葉に恥ずかしさを覚えた。
「今のは忘れてくれ……。ていうかココア達にはさっき話したこと含めて言うなよ」
茶化されること間違いないからな。
「はい、ではお兄さんと私との秘密にしておきますね」
「ったく……。ほら、さっさと行くぞ」
有宇は照れ臭そうにそう言う。
「はい」
そして二人は更に森の奥へと歩いていった。
それから二人で順調に肝試しのルートに印をつけていくと、遂に肝試しのゴール地点へと辿り着いた。
すると、有宇は目の前に広がる光景に感嘆の声を漏らす。
「なんだここは、山火事でもあったのか?」
さっきまで、木がこれでもかというぐらい生い茂っていたのに、そこはまるで何かが焼けた跡のように、ポッカリと空間が空いているのだ。
「当たらずとも遠からずですね。お兄さんはここで何が起きたか知らないんですか?」
「あぁ、千夜が後のお楽しみとか言って話してくれなかった。なんだ、何があったんだ?」
有宇がそう聞くと、チノは何かに思いを馳せるかのように、ポッカリと空いた空間を見つめながら言う。
「三年前、ここでバス事故が起きたんです」
「バス事故?」
そういえば千夜もバスがどうとか言ってたな。
「はい。関東の方のある高校がうちの街に修学旅行に来たんです……いえ、来るはずだったんです。ですが、修学旅行バスの内の一台が土砂崩れに巻き込まれて……。ほら、そこの崖です」
するとチノは、奥に見える崖の上の方を指差した。
この森は崖の下にあり、どうやらこの崖の上は道路になっているようだ。
「この崖の上の道路は、街の外に通じてて、あの日修学旅行のバスはここを通ったんです。ですがあの日、前日の雨で地盤が緩み、土砂崩れが起きたんです」
そして更にチノは続ける。
「酷い事故だったと聞いています。バスは落下後火がつき、更にバスから漏れ出したガソリンが火に引火して爆発、運転手さんを含むバスの中の乗客のほぼ全員が亡くなられたそうです」
それで木が焼けて、この辺り一帯だけ何もないのか……。
でもあれ?その話って確か……。
「思い出した。三年前のバス事故、それうちの方でも連日ニュースになってたな」
そう、三年前、確か僕もニュースで見た覚えがある。
連日ニュースで報道していたものだから記憶に残っていたのだ。なにせニ十人以上の高校生が亡くなったのだ。ニュースにならない方がおかしいってもんだ。
「東京の方でもニュースになってたんですね」
「あぁ、でも確か全員亡くなったわけじゃなかったよなその事故」
「はい、バスの中の生徒さんの殆どが意識を失っており、そのままバスの爆発に巻き込まれてしまいましたが、意識があった二人の生徒さんはバスを脱出して生き残れたそうです。ですが、それ以外の方はお亡くなりに……」
バス事故には二人の生存者がいた。
僕の記憶が正しければ確か、仲の良い男女だったとか。
にしても、よくそんな最悪の状況から抜け出せたもんだな。さぞ、ラッキーだと思ったことだろう。
「それで、その二人ってその後どうなったんだ?」
するとチノは暗い顔を浮かべる。
「……あくまで噂ですが、学校に戻った後いじめに合い転校されたとか……。そこから先はなんとも……自殺したという噂も聞いたことがあります」
いじめか……まぁ、そうなるのは当然といえば当然か。
負傷しているクラスメイト達を置いて自分達だけ逃げたのだ。咎められても仕方ないといえば仕方ない。
しかし、そんなバスがいつ爆発するかわからん危険な状況で逃げるなっていうのが無理ってもんだろ。僕なら絶対逃げる。
まぁ、当事者ではない僕からはお気の毒……としか言えないな。
すると、重い話をしたせいか暗い雰囲気になってしまったので、有宇は話を変えた。
「にしても、木組みの街って修学旅行先に選ばれるような街だったんだな」
「はい、結構歴史ある街なんですよ。気になるのでしたら街の図書館へ行ってみては?」
「あーまぁ、暇だったらな」
なんとなく興味はあるが、ガチで調べたい程ではない。でも本を借りに行くぐらいなら行ってみるのはいいかもしれない。
それから二人はゴール地点にも目印を付け、最後に二人で手を合わせ黙祷する。
するとチノがこんなことを漏らす。
「なんか、ここで肝試しするのは不謹慎な気がしてきました……」
「実際不謹慎だしな。肝試しなんてそんなもんだろ。まぁ、祟られてもあれだし、花ぐらいは添えてやろう」
そういえば確か、ここに来る途中にあった道の駅で、千夜が花を買っていたから、おそらくはここに備える用の花だったんだろう。
そう考えると、千夜は千夜で一応は不謹慎であることは自覚していたようだな。
「さて、戻るか、チノ」
「はい」
そして二人は事故現場を後にし、来た道を戻って行った。
二人がキャンプ地に戻ると、皆が集まって何かワーワー騒いでいた。
するとココアが二人が戻ってきた事に気づき、こちらに向かって走ってくる。
二人のもとに来るとココアは、目を輝かせながら興奮気味に言う。
「有宇くんチノちゃん!いいタイミングで戻ってきたよ!聞いて聞いて、みんなでこれから野球やろうって話してたところなの!」
「野球?バカか、この人数じゃまともにやれないだろ」
有宇達一行は八人。4人対4人でやれなくはないが、人数がギリギリ過ぎるし、それだったらまだサッカーのミニゲームの方が現実的だろ。
有宇はそう思って顔をしかめた。
そんな有宇にココアがこう言う。
「えへへ、実は私達と野球がしたいって誘われたの」
「誘われた?誰に?」
有宇がココアにそう聞くと、他のメンバーも有宇とチノがかえってきたことに気づいた。
「あ、有宇達帰ってきたみたいだな」
「おーいチノ!野球しようぜ!」
なにがなんだかよくわからないが、二人は仕方なくみんなが集まる方へ行ってみた。するとさっきまでみんなが壁になっていて見えなかったが、知らない顔の一団がいた。
そいつらは皆男女共に赤いラインの入った黒い制服を着ており、おそらくどこかの高校の一団と見受けられる。そしてその一団の中央にいる有宇に負けず劣らずの端正な顔立ちの男がこう言う。
「お、その二人が残りのメンバーか」
それから、その男の隣にいるどこか大人っぽい雰囲気を漂わせる黒髪の女が、やってきた二人の姿を見ると不満を漏らす。
「なんだ。男がいたのか。チッ……うら若き乙女達と野球をしながらくんずほぐれつキャッキャッうふふしたかったというのに……」
いきなりなんだこの女は。
見た目はスタイル抜群で大人っぽく、才色兼備な感じがして僕の好みだったが、出会って数秒で印象が180度変わったぞ。
有宇が黒髪の女の一言で機嫌を悪くすると、連中の周りの奴らがフォローに入る。
「唯ちゃん、そういうこと言っちゃダメだよ。折角みんなで一緒に遊ぶんだから仲良くしないと」
「そーですよ姉御!それに男子なら遠慮なくイタズラできますヨ」
おい、お前も何言ってやがるこの変なツインテ女。
「葉留佳くん、君は何を言ってる……」
そう言いながら黒髪女はやれやれといった感じで、ツインテ女に呆れた様子で皮肉の笑みを浮かべる。
お、こいつ、なんだかんだいってやっぱまともなのか……?
「イタズラするなら断然美少女にだろ!」
やっぱりまともじゃなかった!
つかなんなんだよこいつら。変則ツインテの葉留佳って女と黒髪の唯っていう女は論外だし、他の奴らもなんか奇抜な格好してたり、おかしな奴らばかりだし……。
有宇は黒髪女から他のメンバー達に目を移す。
頭に星の飾りが付いたリボンした女、制服に白い帽子とマントをしたチビな外人、外で道着着て「マーン!」とひたすら叫びながら竹刀で素振りをする男、一人で「筋肉、筋肉……」と呟きながら筋トレをする男……。
まともそうなのが、リーダーっぽいさっきの男と赤のカチューシャした女しかいないじゃないか!
有宇が謎の一団に困惑していると、リーダーらしきイケメンが言い放つ。
「よし、それじゃあそちらも全員集まったようだし始めるか!我らリトルバスターズの力、存分にお見せしよう!」
───これが僕と、彼らリトルバスターズとの出会いだった。