幸せになる番(ごちうさ×Charlotte)   作:森永文太郎

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第24話、甘味コラボレーション!

「コラボってどういうつもりだ有宇!」

 

「言葉通りの意味だ。甘兎庵とコラボして相乗効果を図る」

 

さっき甘兎で働くと言われて思ったのだ。向こうの客をこちらにも呼べないかと。

そしてそれをコラボという形で実現できないかと。

それに、普通に他の企業や喫茶店とかとコラボするよりも、知り合いの店の方がコラボの実現も容易いだろう。

これで集客率アップを図る。

 

「でも有宇くん、コラボっていっても実際何するの?」

 

ココアの疑問は最もだ。

コラボといっても形は色々ある。

例えばお互いのマスコットやグッズをモチーフにしたグッズ展開や、それこそ喫茶店であれば互いの店のメニューの特徴を合わせた新メニューを展開するなど、一口にコラボといっても様々である。

 

「それはまぁ、これから考えよう。僕としては、喫茶店ならコラボメニューとかがいいとは思うけど」

 

すると三人とも何故か微妙そうな顔をする。

案としては悪くないと思ったのだが……。

 

「何か問題でもあるのか?メニューの事なら和菓子とコーヒーって結構合うし問題ないだろ?」

 

そう言うと、チノが答えづらそうに答える。

 

「あの……お兄さん、実は昔、ラビットハウスと甘兎庵はコラボしたことがあったんです……」

 

「え……」

 

それは初耳だ。

まさか既にコラボしてたとは……いや、案としては結構安易なものだし、していてもおかしくはないか。

しかし、だったら尚更コラボの実現が容易いというものではないか。

 

「ならその時のコラボを参考にして、また新たに何かやれば……」

 

「以前やったコラボがなくなったのは、うちのお祖父ちゃんと千夜さんのお婆さんが仲違いしたからなんです」

 

「なに!?」

 

仲違いだと!?

でもあの婆さん、チノには優しかったみたいだし、大体うちのメンバーと千夜だって仲はいいわけだし、そんなことがあったなんて思えないんだが……。

 

「なにがあったんだ……?」

 

「……以前コラボした時に、お互いの店でコラボメニューとしてコーヒー餡蜜とコーヒー羊羹を出したんです」

 

コーヒー餡蜜にコーヒー羊羹……成る程、コーヒーと和菓子を組合せたのか。なかなか美味しそうだな。

しかしここから何が起きたんだ?

メニューは問題なさそうだし、やっぱお互いの経営方針とかそういうのに違いが出たとかか?

 

「コラボメニューはとても人気が出ました。最初はお祖父ちゃんも、千夜さんのお婆さんも大喜びでした。ですが……」

 

「ですが?」

 

「コーヒー餡蜜は甘兎の特製あんこが美味しいと、コーヒー羊羹はうちのコーヒーが美味しいと評判になったんです……」

 

「……ん?」

 

それの何が駄目なんだ?

それぞれ互いの店の持ち味が活かせてよかったじゃないか。

一体何がダメだったんだ?

 

「それでお互い、自分の店の物が注目されなくて嫉妬してしまいました。それで結局仲違いするような形でコラボは終わってしまいました。以後ラビットハウスと甘兎庵でコラボがされることはなく

なってしまいました」

 

「……は?」

 

……ちょっと待て、それって要は互いに嫉妬し合って、拗ねて、それで喧嘩したってことか?

なんて大人気ないんだ……。

 

「お祖父ちゃんは自分のコーヒーに強いこだわりを持っていましたから……辛かったんですね……」

 

「いや、くだらねぇよ!」

 

本当くだらない!

いい歳した大人がそんな事で喧嘩したとか本当にくだらねぇよ!

もっと深刻な因縁があるのかと思って真面目に聞いた僕がバカだった!

 

『くだらないとはなんじゃ!!小僧!!貴様にワシの気持ちがわかってたまるか!!』

 

「おおっ、チノちゃんの腹話術!」

 

「あぁ、なんか久しぶりに聞いたな」

 

するとどこからともなくジジイの声がする。

いつものチノの腹話術だが、やはり変だな。

ココアとリゼは特に疑っている様子はないが、有宇は違和感を感じざるを得なかった。

すると有宇はチノの頭の上にいる毛玉兎をジーと見つめる。

チノは確かに口を塞いではいたが、声が聞こえる位置がやはりもう少し上から出ていた気が……。

 

「あの……お兄さん……近いです」

 

しかし有宇はそんなチノの訴えなどお構いなしにジーとそのまま毛玉兎兎を見つめる。

そして……。

 

「……まぁ、うさぎが喋るわけないか」

 

結局チノの腹話術ということで話を片付ける。

まだ疑問は残るが、流石にうさぎが喋るだなんてファンタジーなことを、この現実主義な僕が信じるわけがない。

 

「まぁ、とにかく事情はわかった。だがそれも過去の話だろ……それに理由もくっだらねぇし……。大体今は喧嘩の張本人のジジイもいないし、コラボをやり直すなら今しかないだろ」

 

「ですが、千夜さんのお婆さんがいますよ。無理があるんじゃ……」

 

「無理かどうかはやってみなきゃわからんだろ。それに、うちにはもうコーヒーがどうとかで争う火種(ジジイ)はいないんだ。ある程度向こうの条件を飲めば案外いけるかもしれないぞ」

 

「それは……そうかもしれませんが……」

 

「とにかく、向こうと話してみる。それから色々と今後について決めていくぞ。向こうとは僕が話をつけに行くから、お前らは取り敢えずPVの曲とダンスを覚えることに専念してくれ」

 

そう言うと有宇は早速店を出ていってしまった。

 

 

 

 

 

「……大丈夫でしょうか」

 

心配そうにチノがそう呟く。

 

「まぁチノちゃん、取り敢えず有宇くんに任せてみようよ」

 

「あぁ、あいつはやるとなったらとことんやる質だしな」

 

「行動力の塊だよね〜有宇くん。お姉ちゃん感心だよ〜」

 

「そう上手くいくといいんですが……」

 

ココアとリゼはそう言うが、チノは不安でいっぱいだった。

今まで千夜とは親交はあっても、コラボに繋がるまでには至らなかった。

それに千夜の祖母も、孫である自分には優しくしてくれたかもしれないが、過去の因縁となったらそうもいかないかもしれないと。

何にしても有宇の報告を待つしかなかった。

 

 

 

 

 

「……というわけでうちとコラボしないか千夜?」

 

甘兎に来た有宇は、早速千夜にコラボを持ちかける。

しかし千夜はいい顔しなかった。

 

「さっきも言ったが因縁のことはチノから聞いてる。だが、いつまでもそんな理由で利益を無駄にするなんてバカげてるだろ。それにこっちにはもう火種になる爺さんはいないし、ここはお互いの店の集客率アップのためにも千夜からも婆さんに頼んでくれないか?」

 

有宇は先程ラビットハウスで三人に言い聞かせた事と同じ事を千夜にも言い聞かせる。

しかし、千夜の反応が変わることはなかった。

 

「有宇くんの気持ちはわかったわ。私もラビットハウスさんとコラボしてみたいし……」

 

「なら……」

 

「でもごめんなさい。お婆ちゃん、未だにあの時のことちょっと引きずってて……」

 

「それはわかってる。だからこそ千夜の力を借りたい。頼む……!」

 

千夜の婆さんが未だにへそ曲げてるのは大体察しがつく。

コーヒーが美味しいと言われただけで拗ねるようなババアだ。

未だに当時の事を引きずってることなんて百も承知だ。

だからこそ孫娘である千夜からもコラボするよう一緒に頼んで欲しいのだ。

すると千夜は少し戸惑う様子を見せたが、有宇の熱意が伝わったのか、まだ少し戸惑っている様子ではあるが、聞き入れてくれた。

 

「わかったわ。私からもお婆ちゃんに頼んでみるわ」

 

「ありがとう、助かるよ」

 

よし、あとはこれで婆さんに二人して頼めばまだ勝算が……。

 

「アタシに何を頼むって?」

 

すると千夜が引き受けてくれると言ったその時、店の奥から千夜の婆さんが姿を現した。

相変わらず気難しそうな顔をしたババアだ。

だがババア一人に怯む僕ではない。

なんとしてでも引き受けてもらうぞ。

すると早速千夜が交渉に出る。

 

「お婆ちゃんあのね、話があるんだけど……」

 

「ラビットハウスとのコラボならお断りだよ。千夜、前にも言ったはずだよ。あのジジイの店と組む気はもうないって」

 

しかしすぐに撥ね付けられてしまった。

にしても今のババアの口ぶりから察するに、千夜は過去にもラビットハウスとのコラボみたいなことをババアに提案していたようだな。

だがおそらく今みたいに突っぱねられてダメだったのだろう。

だから千夜は快くOKしてくれなかったのだろう。

これは思った以上に厄介だな……だがこんなところで諦める僕じゃない。

 

「えっと……千夜のお婆さん、少しでもいいので話を聞いてくれ……」

 

「小僧、あんたにゃ聞いてないよ!客じゃないならさっさと帰んな!」

 

しかし話を聞いてくれる隙すら与えられず、帰るように促されてしまった。

内心物凄くムカついたが、我慢して再度頼み込む。

 

「ですが、これはお互いの店のために……」

 

「うちは十分繁盛してるよ。客が足りてないのはジジイの店の方だろう」

 

それに関しては否定できない。

甘兎の経営事情は知らないが、だいたい店に来るとうちと違っていつも客が数人いるし、少なくともうちよりは繁盛してるだろう。

だが、だからといって、ここで引き下がるわけにはいかない。

 

「……確かに、うちはお客さんはこの店より少ないですし、コラボをすることでうちが助かるのは事実です。だから、相乗効果で得られる利益もそちらのお客さんに宣伝できる分、こちらの方が多いかもしれません」

 

「有宇くん!?」

 

有宇がいきなり元も子もないことを言い出したので、千夜が驚きの声を上げる。

 

「ですが、甘兎だって何もこのコラボによって利益がないわけじゃない。うちのお客さんもコラボをすれば少なからずともそちらの店に赴く人もいるはずです。ですから、互いの店のためにもうちとコラボしてはくれませんか?」

 

つまりは、コラボすることによって、甘兎には利益はあっても損はしないということだ。

得られる利益こそ、甘兎の客の方が多い分こちらの方が甘兎の客を呼び込めるので、ラビットハウスの方が多い。

だが甘兎だってラビットハウスより新規の客は望めなくとも、ラビットハウスの客が少なからずとも甘兎に来ることを考えたら損はしないはずだ。寧ろ利益になるはずだ。

コラボなんてほとんど名前の貸し借りみたいなものだ。

必要経費だってそんなかからない。

利益となるならやらない手はない。有宇はそう言いたいのだ。

しかし千夜の婆さんの態度は依然として変わらなかった。

 

「……確かにアンタの言うとおり、利益はあっても損することはないんだろうよ。コラボなんて大してコストもかからんし、客寄せには好都合だ。だけどね!うちには利益なんてもんより大事なこだわりがある。うちの和菓子にコーヒーなんてもんは相応しくないんだよ!」

 

千夜の婆さんはそう主張する。

しかしそんなことで怯む有宇ではない。

 

「そんなことはありません!コーヒーと和菓子はよく合うはずです!フードペアリングにおける数値でも、コーヒーと和菓子はよく合うと科学的にも立証されてますし、合わないなんてことはないはずです!だからこそラビットハウスとコラボしたんじゃないんですか!?だからコーヒー餡蜜やコーヒー羊羹だって人気メニューになったんじゃないんですか!?」

 

有宇も必死にそう訴えた。

下準備なしで挑むほど僕は愚かじゃない。

実は甘兎に来るまでの間に有宇は、相手の出方を予想し、それに対抗するための答えを、スマホで必要な情報を調べたりしたりして予め用意してから勝負に出ている。

しかし有宇の必死の訴えも虚しく、千夜の婆さんの態度は変わらなかった。

 

「……人気が出ようが出まいが関係ない。あれは失敗作だった。だからやめただけさ。話は終わりだ。さっさと帰んな」

 

千夜の婆さんはそう言うと、奥へ再び戻ろうとする。

やっぱり駄目だったのね……と千夜が諦め掛けたその時だった。

 

「フフッ……ハハハハ!!」

 

どうしたことか、突然有宇があざ笑うかのように笑い声を上げる。

すると奥へ戻ろうとしていた千夜の婆さんの足が止まる。

 

「何がおかしいんだい小僧」

 

「これが笑わずにはいられるか。こだわりだって?くだらん、美味いと知っていながらも過去の因縁でそれを失敗作呼ばわりするようで何がこだわりだ!ハハッ!まったく、実にバカらしいじゃないか」

 

有宇がそう言い放つと、千夜の婆さんは一本線のように見えるほど閉じているまぶたをカッと開き、瞳を覗かせた。

だがすぐまぶたを細めていつもの目に戻る。

 

「言ってくれるじゃないか小僧……だが確かにあんたの言うとおり、アタシも少し私情を入れてたよ。いいだろう、コラボの話、考えてやってもいい」

 

「お婆ちゃん……!」

 

千夜が喜びの声を上げる。

どうやら上手くいったようだ。

そう、有宇はわざと千夜の婆さんを挑発した。

もう何を言っても無駄なら、挑発して誘い込むしかなかった。

それに婆さんが怒るにしろなんにしろ、足さえ止めて貰えれば、まだ説得を続けることもできる。

もっとも下手すりゃ怒らせるだけ怒らせて機嫌を損ねてしまうだけの可能性もあったが、どの道あそこで行動を起こさなきゃ、コラボの話は完全に無くなっていた。

すると喜ぶのもつかの間、チヤの婆さんが再び口を開く。

 

「ただし、条件があるよ」

 

そら来た、どうせそんなことだろうと思ったよ。

初めからタダで飲んでもらえるとは思ってないさ。

だが条件は粗方予想がつく。

 

「そっちが言い出しっぺなんだ。今回のコラボメニューはアンタ達に考えて貰おうじゃないか。当然うちの名でコラボするんだから美味いもんじゃなきゃタダじゃおかないよ。美味いもんじゃなかったらコラボの話もなし、それでどうだい」

 

やはりそう言って来ると思った。

しかしこれならいける、有宇はそう確信した。

前回までのコラボは片方のメニューの特徴が出すぎたことでトラブルになった。

しかしこちらにはもう文句を言うジジイはいない。

つまり、甘兎よりのコラボメニューを作ればこの婆さんも文句はないだろ。

しかし有宇の思惑とは違い、婆さんは更にこう付け足す。

 

「ただし、和菓子とコーヒーの要素、どちらかを打ち消すようなメニューはダメだ。うちとそっちの店、両方の要素を均等に兼ね備えた新たなメニューを作ること。それが条件だよ」

 

「なに!?」

 

「なんだい、何か不都合だったかい」

 

「いや、さっきも言いましたが、もうチノの爺さんはいないし、甘兎よりのメニューでもこっちは別に……」

 

「はん、どうせうちに媚売ったメニュー出して許してもらおうとでも思ってたんだろ。けどそうはいかないよ」

 

クソッ読まれてたか。

適当にコーヒー要素ほぼ皆無の和菓子メニューでも作って認めてもらおうと思ったのに宛が外れたか。

 

「それに、あのジジイの孫娘、ジジイみたいなごうつくばりじゃないにしろ、この先あの娘がジジイのように強い拘りを見せるようにならんとも限らんだろう」

 

そんな事はない!……とは確かに言い切れない。

カフェドマンシーの時や、この前も値下げをすると言った時も一番に噛み付いてきたのはチノだった。

普段は大人しいが、チノはあれで結構頑固なところもある。

特にコーヒーに関しての拘りは強いみたいだし、婆さんの言うとおり、コラボしても将来また甘兎とケンカしないとは言い切れないかもしれない。

 

「……わかりました。その条件でいきましょう」

 

取り敢えずこの条件を飲むしかない。

今は少しでも引き受けて貰う為の最善を尽くすしかないのだ。

 

「それで、いつまでに作ってくれるんだい」

 

「えっと……今週の土日はPVの撮影があるしな……。それじゃあ、来週の閉店頃の時間に行かせてもらいます」

 

「わかった。それじゃあ楽しみにしてるよ。ま、あんまり期待はしてないよ」

 

そう言うと婆さんは今度こそ奥へと引っ込んでいった。

 

 

 

 

 

「ふぅ、取り敢えず交渉はできたか……」

 

婆さんがいなくなった後、席に力なく座り込んで一息つく。

 

「でも有宇くん、コラボメニューはどうするの?何かアイディアがあるのかしら?」

 

「ない。バイト一ヶ月の僕がそんな簡単にメニューなんか考えつくものか。ま、なんとかやるさ」

 

すると千夜は不安そうな表情を浮かべたまま、心配そうに言う。

 

「無理しなくてもいいのよ?うちとじゃなくてもコラボしてくれる店なら他にもあるはずだし……私もラビットハウスさんとコラボしてみたかったけど、無理はさせたくないわ」

 

「……確かに、もうこの際甘兎とじゃなくて、他の店とのコラボした方が手っ取り早いかもな」

 

この街は喫茶店が結構多い。

そしてその分当然競争率も激しいわけだが、だからこそほとんどコストをかけずに集客率を上げることのできるコラボは、他の店だって持ちかければやってくれる可能性はある。だが……。

すると有宇は千夜に向かって微笑みながら言う。

 

「だからこれは僕のわがままだ。僕が甘兎とコラボしてみたいんだ。それに、僕はやりたいことはやり通さないと気がすまないんだ。だからなんとしてでも婆さんには引き受けてもらうさ」

 

「有宇くん……!」

 

すると先程まで不安そうだった千夜の表情は、いつもの笑顔を取り戻した。

そして千夜自身、どことなく自信ありげな有宇に、頼もしさを感じていた。

 

「わかったわ。私も全力で応援すらから。何か必要なものとかあったら何でも言って」

 

「あぁ、助かる」

 

こうして、PV制作に加え、甘兎とのコラボメニュー制作に奮闘することになった。

 

 

 

 

 

しかしそれから数日が経った。

PVも撮り終え、約束の日も迫っているのだが、未だにコラボメニューの案すら出来ていなかった。

 

「コーヒー饅頭……いや安易すぎるか。それにコーヒー羊羹と同じオチになりそうだし……。コーヒー……和菓子……」

 

「おい有宇、甘兎のこともいいけど、少しはこっちの話し合いにも参加しろ」

 

ラビットハウスでは今、夏休みに向けて夏の新メニューをみんなで考えていた。

しかし一向に有宇が話し合いに参加しないので、リゼが痺れを切らして話し合いに参加するよう言ってきたのだ。

 

「あぁ、そっか……夏メニューももう考えないとな……」

 

仕方ないと一旦夏メニューの話し合いに戻る。

するとココアがハイハイと手を上げる。

 

「前に有宇くんが作ったアイスカフェモカとかいいんじゃない?」

 

「あぁ、確かにあれ美味かったよな」

 

アイスカフェモカね……そういやそんなの作ったな。

確かにあれも夏向きのメニューではあるな。

 

「私はそうだな……フラペチーノとか……」

 

「却下」

 

有宇がすぐにリゼの意見を退ける。

 

「え〜フラペチーノ美味しくていいじゃん」

 

「はい、私も良いと思いますけど……」

 

「何がだめなんだよ有宇?」

 

フラペチーノはコーヒーやクリームなどを氷と一緒にミキサーにかけた飲み物で、確かに夏向きのメニューといえるだろう。

だが、メニューにしてはいけない理由がある。

 

「フラペチーノはス○バの登録商標だ。家庭で勝手に作る分にはいいだろうけど、売り物として勝手に店で出したら訴えられるぞ」

 

「「「え!?」」」

 

三人は揃って驚きの声を上げる。

やはり知らなかったのか……。

まぁ、僕も知ったのはつい最近だからそんな威張れないけどな……。

そして気を取り直して、今度はチノが意見を出す。

 

「アフォガードとかどうでしょう。アイスクリームにエスプレッソをかけたものなんですが冷たくて美味しいですよ」

 

「アホガード!この前有宇くんが言ってたやつだ」

 

「アフォガードな」

 

何回言い間違える気だこいつは。

するとリゼが再び意見を出す。

 

「コーヒーゼリーはどうだ。上にアイスでも乗せれば冷たくていいんじゃないか」

 

「おお、いいね!」

 

「定番ですけど美味しいですよね」

 

コーヒーゼリーか、シンプルだが確かに美味い。

仕込み自体も楽だしいいかもな。

 

「で、有宇、お前はなんかないのか?」

 

「ん、あぁ……」

 

と言われても何も考えてない……。

そうだな……アフォガード……コーヒーゼリー……アイスか……。

 

「コーヒーフロートなんてどうだ?アフォガードやコーヒーゼリーでアイスを使うなら一緒に……」

 

その時、有宇の頭に何かが閃いた。

コーヒーゼリー……アイス……和風……そうだ!

 

「……そうだ、これならイケる」

 

するといきなり席を立ち、店の出口へと向かって行く。

 

「おい!いきなりどこに行くんだ!」

 

「悪い、適当に案出してまとめておいてくれ。ちょっと用事が出来た」

 

そしてそのまま有宇は店を出ていってしまった。

 

「とうしたんだ……有宇のやつ……?」

 

「どうされたんでしょう?」

 

「何か閃いたみたいだけど……?」

 

 

 

 

 

店を出た有宇はポケットから携帯を取り出し、千夜に電話をかける。

 

『もしもし有宇くん?どうしたの?』

 

「千夜か、ちょっと聞きたいことがあるんだが……」

 

有宇は先程思いついたことを話した。

 

『ええ、それなら大丈夫よ。うちの機械、昔お婆ちゃんが奮発して買ったやつで3種類まで作れるやつで、うちは今バニラと抹茶しか使ってないから』

 

奮発してって……どっかのジジイも奮発してパン用のオーブンとか買ってたような……。

 

「ならよかった。じゃあこれでいくか」

 

『でも有宇くん、それで何を作るつもりなの?』

 

「それは当日のお楽しみだ。僕に任せてくれ。あ、だから当日の朝に仕込んだやつ渡しておくから、先にセットしておいてくれ」

 

『ええ、わかったわ』

 

「じゃあそういうことで頼んだぞ」

 

そう言うと有宇は電話を切ろうとした。

 

「あ、ちょっと待って有宇くん」

 

しかし千夜が有宇を呼び止めた。

 

「ん?どうした?」

 

「実はね……」

 

 

 

 

 

───それから二日後、遂にコラボメニューお披露目の日となった。

甘兎の閉店後、有宇達は甘兎に赴いた。

 

「それじゃあ早速見せてもらうよ。約束通り、コラボメニューとして相応しくない物だったら、コラボの話はなしだ」

 

「あぁ、だけど婆さん、コラボメニューとして相応しいと思えるものを作れた時は、コラボの話を受け入れてもらう」

 

有宇と千夜の婆さんが火花を散らしている間、二人のただならぬ雰囲気に、他のメンバーは少し怖気づいていた。

 

「千夜ちゃんのお婆ちゃん、凄い気迫だね……!」

 

「あぁ、でも有宇も負けてないな。うちの親父にビビってた時とは大違いだな」

 

「お兄さん……」

 

未だに心配そうなチノの肩を、千夜がポンと叩く。

 

「大丈夫よ。有宇くんを信じましょ」

 

「……はい」

 

しかしチノはそれでも正直不安を拭いきれていなかった。

何故かというと……。

そして有宇は早速持ってきたクーラーボックスの中を開ける。

 

「有宇くん、これって……」

 

「寒天……いや、ゼリーかい」

 

クーラーボックスには、ゼリーが流し込まれたトレーが二つ入っていた。

一方は黒く、もう片方は深緑である。

 

「コーヒーと抹茶のゼリーです。因みに使用した抹茶は甘兎で買ったものです」

 

当然ココア達は家でゼリーを作っていたのを見ていたので、中身は知っていた。

しかしチノにはこんな二種類のゼリーだけで千夜の婆さんが満足するとは思えず、不安になっていたのだ。

 

「で、小僧。まさかゼリーだけってわけじゃないだろうね」

 

「まぁ、少し待ってください」

 

有宇は少しも怖じけずにそのまま作業を続ける。

トレーをクーラーボックスから取り出すと、バターナイフでゼリーに切り込みを入れていく。

 

「何してるの有宇くん?」

 

「見ての通りだ。ゼリーに切り込みを入れてる」

 

「それは何か意味があるの?」

 

「まぁ見てろ」

 

有宇はそのままゼリーをブロック状に切り分けていくと、それコーヒー、抹茶の順番で透明なカップに入れていく。

五人分それぞれ入れ終わると、それらをトレーにのせていく。

 

「よし、じゃあ千夜、やっておいてくれたか?」

 

「ええ、バッチリよ」

 

「千夜ちゃんになにかお願いしてたの?」

 

「あぁ」

 

そう言うと有宇はソフトクリーム機器の前に立ち、カップをセットするとソフトクリームを上手く乗せていく。

5つ全てに乗せていくと、皆の前にそれらを出す。

 

「ゼリーにソフトクリームか」

 

「美味そうだけど……」

 

「お兄さん……」

 

三人の反応はいまいちだった。

その気持ちはわからないでもない。

それは予想されていたものよりもあまりにもシンプル過ぎていたのだから。

そして千夜の婆さんも口を開く。

 

「これで完成かい、小僧」

 

しかし有宇はニヤッと笑ってみせる。

 

「いや、まだだ」

 

そう言うと、有宇は何かを取り出した。

 

「黒……黒蜜……?」

 

有宇が取り出したのは黒蜜の入ったビンだった。

有宇はそこからスプーンですくって、ソフトクリームの上にかけていく。

そして更にもう一つビンを取り出す。

 

「黄色い……」

 

「それはきな粉かい」

 

「はい、これを茶こしでふりかけて完成です」

 

そしてソフトクリームの上にきな粉が振りかけられる。

 

「……よし、これで乙坂直伝、『コーヒー抹茶ゼリー 〜黒蜜きな粉のソフトクリーム添え〜』の完成だ」

 

すると一同の反応もさっきよりも良くなる。

 

「おお、きな粉と黒蜜!いいね、さっきよりも美味しそうになったよ!」

 

「けど抹茶はともかく、コーヒーに黒蜜ときな粉って合うのか……?」

 

「とにかく食べてみましょう」

 

「「「「いただきま〜す」」」」

 

そして皆ゼリーに口をつけていく。

そして反応は……。

 

「んん!美味しい!」

 

「あぁ、コーヒーゼリーがきな粉と黒蜜と思った以上に合うな!」

 

「はい、美味しいです……!」

 

「美味しいわね〜」

 

四人の評価は良好。

そして肝心の婆さんもゼリーに口をつける。

その様子を皆ゴクリと唾を飲んで見守る。

そして千夜の婆さんは静かに口を開いた。

 

「……いくつか聞いていいかい」

 

「どうぞ」

 

「最初にゼリーを切り分けたのは?」

 

「一つは層にすると、コーヒーと抹茶をそれぞれ二回に分けて流し込む必要があります。そうなると先に流しこんだやつが固まるのを待たなくてはいけなくなり、仕込みの時に手間がかかってしまうのでそれを避けるため。そしてもう一つがソフトクリームです」

 

「どういうことだい」

 

「よくあるじゃないですか。先に上のクリームを食べちゃって、後々クリームがなくなっちゃったみたいなやつ。特に抹茶とコーヒーだとゼリー自体はそんなに甘くはないので、クリームが先になくなると食べるのが苦痛になってしまいます。だからバラバラにして入れておくことで、ソフトクリームが溶けて、間をつたって底にもいき、後々も美味しく頂けるということです」

 

それを聞くと婆さんは更に質問をする。

 

「わざわざソフトクリームにしたのは?」

 

「今回ゼリーをブロック状にくずしていれてるので、固いアイスクリームだと土台となるゼリーがぐらついて食べ辛くなるからです。それに甘兎には餡蜜やパフェ用にソフトクリーム機器がありますし、うちも夏に向けてアフォガードやコーヒーフロート用に機器を入れようとしてますので、丁度いいと思ったので」

 

有宇がそう言うと、今度はソフトクリームに口をつける。

 

「やけにきな粉の風味がするね……このソフトクリーム、きな粉かい」

 

「え!?そうなの!?」

 

婆さんの発言を受けココアが驚く。

 

「いや、普通にきな粉の味しただろ」

 

「はい、しました」

 

「私も気づいたわ」

 

「え!?」

 

……どうやら気づかなかったのは味音痴のココアだけだったようだ。

そういやココアって一年以上働いてるのに未だにコーヒーの味の区別もつかないらしいし、まぁ、こいつだけだから心配する必要はないだろ。

 

「きな粉のソフトクリームは予めうちで仕込んでおき、今朝千夜に頼んで機器にセットしておいて貰いました。一応最後に追いきな粉してますが、ソフトクリーム自体もきな粉にすればよりきな粉感が出せると思いやってみました」

 

普通のバニラソフトにきな粉をかけるだけでも十分だが、そこは話題作りも含めてもうひと工夫といったところだ。

それに作り方も本来の牛乳、生クリーム、砂糖、ゼラチン、バニラエッセンスに加えて牛乳で溶かしたきな粉を入れるだけだし、それ程苦労するわけじゃない。

 

「どうしてきな粉なんだい」

 

「僕がコーヒーと抹茶の二つに合うものと考えて出たのがきな粉と黒蜜だった、それだけです。ですが実際合うでしょ?お前らもそう思うよな」

 

周りの面々に呼びかける。

 

「確かに、きな粉のソフトクリームもいい味出してるよな合うな」

 

「はい、きな粉の味が際立ちますね」

 

「コーヒーと抹茶ともよく合うわ」

 

流れ的にはとても良さそうだが、しかし婆さんの顔は依然として険しかった。

 

「……確かにゼリーとよく合っていて、工夫もされている。だけど、これはどっちかといえば和スイーツじゃないかい?コーヒーが雲隠れしているようにアタシには感じるよ」

 

確かにきな粉に黒蜜、抹茶、一見すれば和スイーツだ。

だが勿論条件として課されたお互いの店の個性の均衡を忘れたわけじゃない。

 

「まぁお婆さん、コーヒーのゼリーの方も口つけてみてから言ってくださいよ。ほら、まだコーヒーの方は一口もつけてないじゃないですか」

 

婆さんはまだ底の方にあるコーヒーゼリーのには口をつけていなかった。

そして有宇に促されて口をつける。

 

「んっ、これは……一気にコーヒーの強い香りが!」

 

「ゼリーに使ったコーヒーはいつもより濃い目に淹れてます。それに抹茶とコーヒーじゃ、コーヒーの方が香りも味も強いですから、マイルドな抹茶を楽しんだ後に、ちょっぴり苦いコーヒーゼリーが楽しめるようになってます。全体的に見れば和スイーツではありますが、決してそれに飲まれないぐらいにコーヒーの個性も負けないように個人的には努力したつもりです」

 

これが僕にできる最大限の工夫だ。

作ってる途中僕自身、これ和スイーツじゃね?と思わなかったわけじゃないが、コーヒー餡蜜にしろ羊羹にしろ、何を作るにしてもどちらかには偏るのでしょうがないと割り切った。

しかし何もしないわけにはいかないので、それなりに工夫をこらした。

コーヒーもいつものサイフォンじゃなくマキネッタを使用、そして砂糖ではなく少しヘルシーにメープルシロップを使用し、コーヒーの苦味と風味を際立たせられるようにした。

まぁ、これでダメだったらもう諦めるしかない。

そして皆が見守る中、婆さんがゼリーを食べ終え、スプーンを置いた。

 

 

 

 

 

────あぁ、懐かしいね。

数年前、あのジジイがいきなりうちに押しかけてコラボを持ちかけてきたのは今でも覚えてるよ。

 

『宇治松の婆さん、うちとコラボしてみんか』

 

『なんだい突然、別にうちとじゃなくてもいいだろ』

 

『ワシはここの和菓子に惚れ込んだんじゃ。コラボするならここしかないと思っての。どうじゃ、うちのコーヒーとコラボしてみんか?』

 

ジジイは最近できたと噂のコーヒーの喫茶店の店主。

だが、まだこれといったいい噂があるというわけでもないし、コラボは断った。

けどあのジジイは諦めず、それから何度もうちを訪ねてきた。

 

『宇治抹の婆さん、試しにここの餡子で作ってみたんじゃ。試食してみてくれんか』

 

『宇治松の婆さん、今度は餡子をコーヒーと組み合わせてみたんじゃがどうじゃろ』

 

『宇治松の婆さん、今度は団子とコーヒーを組み合わせてみた。今度こそどうじゃろ』

 

しかも回数を重ねる度にあのジジイ、腕を上げていった。

それでいつの間にか、アタシもあのジジイと一緒になってメニュー開発をしていたっけね。

 

 

 

この小僧もまた、あの時のジジイとよく似て諦めが悪い。

こっちが何言おうとも引き下がろうともせず、こっちが認めるまで粘り続けられるだけの忍耐力がある。

しかもあのジジイと違って中々の切れ者だね。

今回店の仲間を連れてきたのも、その場の雰囲気を自分に有利な流れを作ろうとしたんだろう。

だがそれだけじゃない。

こちらの意に沿った物を用意するだけの柔軟な思考を持ち、それでいて提供する側である自分達に、そして提供される側である客のことまで考えられる男だ。

悔しいが、認めざるを得ないね────

 

 

 

 

 

「美味かったよ。それにシンプルな割によく考えられている」

 

ゼリーを食べ終え、沈黙していた婆さんはニヤッと笑いながらそう言った。

 

「お婆ちゃん、それじゃあ……!」

 

「いいだろう。うちとのコラボ、認めようじゃないか」

 

「「「「やっ……やったぁ!!」」」」

 

「……よし!」

 

千夜達四人は大喜びした。

有宇も皆に気づかれない程度に拳を握り、ガッツポーズした。

だがまだこれで終わりじゃない。

有宇にはまだやるべきことがあった。

 

「さて、じゃあコラボに差し当たって話し合おうかい。コラボメニューはこのゼリーにするとして……」

 

「いえ、ゼリー以外にも出すつもりです」

 

「なんだって?」

 

「「「え!?」」」

 

有宇の突如として出した提案に四人は驚いた。

もうこれで全部終わったと思っていたからだ。

しかし何故か千夜はこうなることを予想していたように、にこやかな笑みを浮かべていた。

 

「他に出すって、まだ何か作っているのかい」

 

「いえ、僕が作ったのはコーヒー抹茶ゼリーだけです」

 

「だったら他に出せるものなんてないだろ」

 

「あるじゃないですか。コーヒー餡蜜とコーヒー羊羹が」

 

「なに!?」

 

コーヒー餡蜜、コーヒー羊羹……かつてのコラボで出されたコラボメニューだ。

評判は良かったが、それぞれお互いの店の個性が強く出てしまい、互いが嫉妬し合う原因になったメニューでもある。

有宇は何故コラボがようやく出来るとなった今になってその話を持ち出したのだろうとその場にいた全員が不思議に思った。

 

「小僧、お前さんも知ってるだろ。そのメニューのせいでアタシらは……」

 

「コラボがなくなった話は知ってます。だからこそ、それを利用する」

 

「というと?」

 

「コーヒー餡蜜は特製の餡子が美味いと評判になった。そしてコーヒー羊羹はコーヒーが美味しいと評判になった。ならそれぞれ、コーヒー餡蜜は甘兎で、コーヒー羊羹はラビットハウスで提供するんです。一方を食べた客はもう一つを食べたいがためにもう片方の店にも行こうと思えるし、単に同じメニューを互いの店で出すより高い相乗効果が望める。それに、それぞれの個性が出たメニューをそれぞれの店で出せばいざこざもない。まさに一石二鳥というわけだ」

 

これこそが有宇の真の狙いだった。

勿論コラボメニュー作りあってのことではあるが、有宇は初めからかつてのコラボメニューの復活が狙いだったのだ。

 

「なるほどね、あの時はお互い血が上っていてそんな事考えようともしなかったよ。けどそれは無理だ」

 

「何故?」

 

「もう何年も前のことで作り方なんて忘れちまったからね。それに作り方を記したノートはジジイがどっかに隠しちまったよ。アタシも良く出来ていたこともあって、あのノートを捨てるには忍びなかったのさ。それはジジイも同じだったみたいでね。そこであのジジイはレシピノートを街のどこかに隠しちまったのさ。アタシも見て見ぬふりしてたし、あのノートが今どこにあるのかは死んだあのジジイしか知らないってことさ」

 

要はもうレシピを覚えてない。

それをメモしたノートもどこにあるかわからないってことか。

だがそれなら抜かりない。

 

「婆さん、これなーんだ」

 

有宇は一つの古いノートをバックから取り出して見せる。

 

「それは……レシピノートかい!?」

 

『なぬ!小僧、貴様何故それを!?』

 

「ええ!有宇くんどこから持ってきたの!?有宇くんってもしかして魔法使い!?」

 

各々が驚きの声を上げる。

チノに至っては腹話術を使ってしまうほど気持ちが昂っているようだ。

だが僕は決して魔法使いなどではない。

 

「この前、千夜が婆さんの和菓子のレシピノートに挟まってる謎の暗号を見つけたんだ」

 

そして有宇は事情を説明する────

 

 

 

 

 

「……暗号?」

 

千夜にソフトクリームの機械が使えることかどうか確認の電話を入れた後、千夜が突然、家にあった謎の暗号について話し始めたのだ。

 

『ええ、有宇くんのメニュー作りに何か役立てないかって、お婆ちゃんのレシピメモを見てたら挟まってたの。でももうメニューが思いついたなら必要ないかしら?」

 

確かにもうメニューの構想はもう考えている。

だが僕的にはコーヒー餡蜜、コーヒー羊羹、この二つのメニューを復活させてみたいという思惑があった。

……まぁ、正直なことを言えば、僕も伝説のメニューを食べてみたいというのが本音なのだが。

とにかくもし、その暗号がそれと何か関係があるのなら、このまま放っておくわけにはいかない。

 

「いや、必要かもしれない。今からそっちに行くから待っててくれ」

 

そう言って有宇は電話を切った。

 

 

 

それから甘兎につくと、早速例の暗号とやらを見せてもらった。

そして試しに二人して暗号の示した場所へ行ってみたのだが、また次の場所を示す暗号があっただけだった。

 

「こりゃ時間が掛かりそうだな……」

 

「どうする有宇くん、諦める?」

 

「いや、まだ時間はあるし探してみよう」

 

「でもその……私、明日からはお店の仕事が……」

 

「安心しろ。千夜は仕事に専念してくれていい。僕は午後暇だから、その時間で探してみる。ただその……僕は暗号とか頭使う作業は苦手だから、できれば暗号だけ解いて場所を教えて貰えたら助かる……」

 

有宇は頭を使う作業は苦手だ。

それだけの頭脳があったなら、端からこんな街には来ていない。

そして千夜もそれを察して頷く。

 

「わかったわ。学校も期末試験が終わってもうないし、謎は解いておくわ。でもココアちゃん達に頼んだ方が早くないかしら?」

 

「いや、今ちょっとあいつらには頼み辛い……」

 

「? あ、そういえばPV撮影ってどうなって……」

 

「聞かないでくれ……」

 

この前のPV撮影は、成功したといえば成功したが、そのせいであいつら目当ての変な客がやって来てあいつらの怒りを買ってしまった。

そんなこともあって今はちょっとあいつらには頼み辛かった。

 

 

 

そんなこんなで謎解きは千夜、実際に探すのは有宇と役割を分けて、日をかけて謎を順々に解き明かし、全ての謎を解き明かしていった────

 

 

 

 

 

「もう、あの時のことはもう怒ってないって言ったのに。それで、結局どうなったの?」

 

ココアが興味津々に聞いてくる。

すると千夜が答える。

 

「最後に有宇くんが北斗七星の謎を解いて無事見つけられたの」

 

「北斗七星?」

 

ココアが首を傾げる。

 

「暗号の答えだ。この暗号、街中から全部探し出したんだが、最後の暗号が示した場所が甘兎で、結局一周回って戻ってきてしまったんだ。それで千夜が暗号のあった場所を地図でマークしてみたら何か浮かび上がるんじゃないかって言ったから、ペンでこの街の地図にマークをつけていったら北斗七星が浮かび上がったんだ」

 

「へぇ、でも有宇くん、星詳しいんだね。普通気づかないと思うけど」

 

「まぁ……な」

 

「?」

 

妹の歩未が星好きだから自然と覚えてしまった……なんて、ここでわざわざ言うことじゃないな。

 

「ともかく、その北斗七星ってのは柄杓星とも呼ばれ、柄杓の先端に当たる星をつなぐ線を五倍に伸ばすと北極星に行き当たる。だからこの地図で北極星の場所に当たる所を探せば見つかるはずと思い探したところ、案の定こいつが見つかったってわけだ」

 

それを聞くと、ココア達三人は「おぉ!」と納得の声を上げる。

 

『ぐぬぬ、小僧ごときに見つかるとは……』

 

「お爺ちゃん?」

 

『……なんでもないわい』

 

何やらチノがボソボソと一人で何か話しているが、まぁ気に留める程のことじゃないだろう。

 

「……そうかい、まさか見つけ出すとはね……フフ、ハハハハッ!!」

 

すると、突然婆さんが笑い声を上げた。

 

「大したガキだよ。まさかここまでやるとはね。いいだろ小僧、今回のコラボ、お前さんの好きにすればいいさ」

 

「お婆ちゃん……!」

 

「ありがとうございます」

 

よし、これで僕の目的は完遂できた。

するとこのまま婆さんはいつものように奥へと消えていくのかと思ったが、ジーと有宇を見つめる。

 

「えっと……なにか?」

 

「なに、いい男だと思ってね。有宇といったか。どうだい、うちの千夜を貰う気はないかい?」

 

「……え?」

 

「「「えぇ!?」」」

 

有宇本人以上に、ココア達三人の方が驚いていた。

 

「お、お婆ちゃん!何言ってるの!有宇くんはお友達で……」

 

「何言ってんだい。こんないい男、今のうちに貰っておかなきゃ他の女に取られちまうだろ?こういうのは積極的にいくのが大事なんだよ」

 

「も、もうお婆ちゃんたら!そ、そろそろお夕飯の準備だから有宇くん、ココアちゃん、チノちゃん、リゼちゃん、またね」

 

そう言うと顔を真っ赤にした千夜は婆さんを連れて奥へと引っ込んでいった。

まだコラボのこととか詳しく話し合いたかったのだが、まぁもう遅いし後日また来るか。

それに僕も今まともに千夜と顔を合わせられる気がしないし……。

 

 

 

 

 

「にしても、本当有宇くんはモテモテだね〜」

 

帰り道、ココアがそんなことを呟く。

 

「ババアにモテても嬉しくねぇよ……」

 

「でも良かったな。まさか本当に甘兎とのコラボを実現するとは思わなかったよ」

 

「そうだね、お手柄だよ有宇くん」

 

「ふん、この僕が本気になってやってんだ。当然に決まってるだろ」

 

「相変わらずの自信家だなお前は……」

 

するとリゼはさっきからチノが黙り込んでいることに気づく。

 

「おい、どうしたんだチノ。甘兎とコラボできるようになったのになんか浮かない顔してるな」

 

「いえ、別に嬉しくないわけじゃないです。ただ……その……お兄さんはすごいなと思いまして……」

 

「そうなのか?まぁ確かにもう無理だと思ってたのに本当にコラボを実現させるなんて、あいつ、本当大した奴だよな。でもだったらなんでそんな顔してるんだ?」

 

凄いと思っているのなら、尚更何故そんな浮かない顔をしているのだとリゼは余計に疑問に思った。

するとチノが静かに答える。

 

「お兄さんは、喫茶店の店員として働いてから間もないはずなのに、私なんかよりずっとお客さんを呼ぶためのサービスを考えるのが上手くて、それにもう無理だと思ってた甘兎庵とのコラボも実現してしました。この前のサイフォンに茶筅を使うなんてアイデアだって、私だったら絶対思いつきませんでした」

 

「……チノ?」

 

何やらチノの様子が変だ。

そしてチノは本音を漏らす。

 

「……お兄さんと比べて私は、柔軟な考え方もできなくて、もしかしてバリスタに向いてないんじゃないかって思ったんです……」

 

……そうか、チノはプレッシャーを感じていたのか。

まだ働いて間もない有宇が、自分よりお客を呼ぶ知識があったこと。

そして自分にはない、無知だからこそ考えつく独創的なアイディアや、行動に移せるだけの決断力と実行力を持っていて、チノは危機感を感じたのか。

本気でバリスタを目指しているチノだからこそ、自分よりずっと遅く入ったはずの有宇に追い越されたような気持ちになって、焦りを感じているんだ。

でもこればかりは私からは……。

リゼはチノになんて言っていいかわからず頭を悩ませる。

 

「……成る程、チノにとって初めての挫折といったところか」

 

「チノちゃん……そんなこと考えてたんだね……」

 

「うわっ!」

 

いつの間にか前を歩いていたはずの有宇とココアが隣を歩いていた。

チノに返す言葉を考えていて全く気づかなかった。

 

「……お兄さん、ココアさん」

 

ココアの方はというと、リゼ同様チノに何を言おうか頭を悩ませている。

だが有宇の方は、いつものようにニヤリと笑みを浮かべた。

 

「全く、チノ、お前という人間は実にくだらんな」

 

「ちょっ、有宇くん!?」

 

「おい!?少しは言葉を……」

 

だがリゼの言葉を遮り有宇は喋り続ける。

 

「コラボは取り敢えず成功した。だが実際のところ、僕はまだ何も成果を挙げられていない。学生割引もまだそれ程効果を成してないし、PVもなんだかんだで失敗し、甘兎コラボもまだこれからどうなるかわからん。それなのにチノ、お前はもう既に僕のやり方が成功するかのように仮定し慢心している。それで勝手に僕に嫉妬して気を病むなど、実にくだらん!」

 

「お兄さん……!」

 

「そもそも、僕のやり方だって本当に正しいかどうかなんてわからん。経営に成功なんてありはしないだろうしな。だからチノ、お前が気を病む理由なんぞどこにもない。それに、挫折なら僕も負けてないぞ」

 

「えっ……」

 

「かつては東京の超一流校の学年トップクラスの優等生だった僕が、今や中卒フリーターの居候だぞ。全く、お前の悩みなんぞ、人生底辺まで転落した僕から言わせれば実にちっぽけなものさ。あぁ本当、僕も、そしてお前も、まったくもってくだらんな!ハハハハハ!!」

 

そして夜の街中に、有宇の笑い声が響きわたった。

 

 

 

 

 

外の暗い街中に、お兄さんの笑い声が響き渡る。

いつもは周りの目線とか気にするのに、今はまるで物ともしないかのように、お兄さんは笑い続けた。

そんな様子を見ていたら、なんだか本当に私の悩みごとなんてちっぽけに感じてきました。

 

「……フフッ」

 

「お、笑ったねチノちゃん」

 

「……はっ!」

 

つい思わず釣られて笑ってしまいました。

ですがなんででしょう、さっきより気分もなんだか心地良いです。

 

「あの……お兄さん!」

 

「もう大丈夫だな」

 

「はい、その……ありがとうございます」

 

「気にするな。それよりこれから先のことだ。夏が正念場だ。夏メニューに甘兎コラボ、忙しくなるはず……いや、忙しくなるぞ、覚悟しておけ!」

 

「「「サーイエッサー!!」」」

 

ココア達三人は敬礼のポーズで有宇の言葉に答えた。




暗号の設定なんてあったっけって人は『ご注文はうさぎですか?Wonderful Party』をプレイしてみてください。
今までの話の中にも時折Wonderful Partyのお話を混ぜ込んでいましたので、よければ探してみてください。

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