幸せになる番(ごちうさ×Charlotte)   作:森永文太郎

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第23話、甘兎庵での一時

朝、いつも通りに起きる。

外はまだ少し暗い時間だが、有宇はいつもこの時間に起きている。

そして一階へ降りていきマスターに挨拶、そして今日のパンの成型をマスターと行う。

それが終われば今度は朝食作りだ。

そして朝食が出来る頃にチノが降りてくる。

 

「おはようございますお兄さん」

 

「おはよう。もう出来てるから皿並べててくれ」

 

「はい」

 

そして2階のキッチンで二人で朝食をとる。

朝食を食べ終わるとチノは学校へと行く。

 

「お兄さん、いってきます」

 

「あぁ、いってらっしゃい」

 

そして有宇は皿の洗い物をする。

この間にマスターがもうパンの焼き上げをやってるはずだ。

すると、有宇が洗い物をしていると後ろからマスターが声をかけてくる。

 

「あれ、マスターどうかしましたか?」

 

「もうココア君とチノは行ったかい」

 

「ええ、もう行きまし……」

 

そこで思い出す。

 

「ヤベッ!ココアがまだ起きてねぇ!」

 

水道の蛇口を止め、手を軽く拭くとダッシュで階段を駆け上がる。

テストが終わってテスト休みに入っていたものだから、すっかり今日が登校日であったことを忘れていた!

しかもあいつ最近は自分で起きてたし、こっちも気に止めてなかった……。

そしてココアの部屋のドアを開ける。

案の定ココアはベットの上で寝ていやがった。

有宇はココアの体を揺すりながら起こしにかかる。

 

「おい起きろ!ココア起きろ!」

 

「zzz……パンが焼けたら……」

 

「ラッパでしらせてる場合じゃねぇよ!いいから起きろ!」

 

するとようやくココアは目を擦りながら目を覚した。

 

「う……ん有宇くん?どうしたのこんな朝早く……」

 

「朝早くじゃねぇよ!もう8時過ぎだ!今日お前学校だろ!」

 

「そっか、もう8時……って8時!?」

 

ようやく事の重大さに気づいたようだ。

 

「うわ〜ん!どうして起こしてくれなかったの〜!」

 

「悪い、忘れてた……って自分のことだろうが!それぐらい自分でなんとかしろ!」

 

そして有宇は部屋を出ていった。

おそらく今から出ても、ぎりぎりホームルームには間にあわないだろう。

ココアの自業自得ではあるが僕のミスでもあるし……それに家の家事を担ってる以上ココアを遅刻にする訳にはいかないしな……仕方ない。

そして何かを思い立ち、有宇は外に出た。

 

 

 

 

 

しばらくしてココアが制服に着替え終わり店から出てくる。

店から出ると目の前には、有宇が自分の愛車『ティッピー号』に跨がっていた。

 

「有宇くん?それ……」

 

「後ろに乗れ。送ってやる」

そう言うとココアの顔がぱあっと笑顔になった。

そしてココアは有宇の後ろのキャリア部分に跨り、有宇の肩をそっと掴む。

 

「よし、行くぞ」

 

「Go!」

 

自転車の後ろにココアを乗せ、有宇は自転車で学校に向かった。

学校へ向かう途中、ココアが「エヘヘ〜」といつもの気持ち悪い呟きを口にする。

 

「そんな気持ち悪い声出してどうした?」

 

「気持ち悪くないよ!?えっとね、いつかチノちゃんを後ろに乗せたいな〜て思ってたのに私が乗ってもらう側になっちゃったな〜って」

 

「なんだ、だめだったか?」

 

「ううん、これはこれでいいなって。また今度乗せてもらおうかな〜」

 

「調子のんな。今度は助けてやらんぞ」

 

「は〜い」

 

乗せてもらう側……ね。

そういえば僕も昔は乗せてもらう側だったけか。

よく後ろに乗せてもらった覚えが……ってあれ?そういえば誰に乗せてもらったんだ?

父さんか?……いや、あの人はそんなことしてくれるような人じゃなかった。

じゃあこの記憶は一体……。

 

「有宇くん前!」

 

「おっと」

 

目の前の電柱をぎりぎりの距離で避ける。

 

「もう、よそ見は危ないよ」

 

「悪い……」

 

取り敢えず今は自転車を漕ぐことに集中するか。

そしてさっきのあやふやな記憶を頭から消し去った。

 

 

 

 

しばらくして学校前まで来ると、校門前に自転車を止める。

ホームルーム5分前、なんとか間に合ったようだ。

 

「ありがとね有宇くん、いってきま〜す」

 

「あぁ、さっさと行ってこい」

 

そしてココアは校舎へと走り去っていった。

それを見届けると、有宇も店の準備とかがまだ残ってるので、そのまままっすぐラビットハウスへと帰った。

 

 

 

 

ココアはクラスに着くと、いつも通りクラスメイト達に挨拶する。

 

「おっはよ〜!」

 

するとクラス中がココアに目を向ける。

雰囲気もどこかいつもと違い、みんな静かだ。

しかし、そんなクラスの様子の変化にも気づかず、ココアは喋り続ける。

 

「いや〜今日学校あること忘れちゃってて、すっかり寝坊しちゃったよ〜。本当有宇くんに送って貰わなかったら……ってどうしたのみんな?」

 

ようやくココアはクラスの様子がいつもと違うことに気づく。

そしてその中の一人、眼鏡をかけたクラス委員長がココアの肩をがっちり掴んで鬼気迫る様子で言う。

 

「委員長……?」

 

「おいココア……あのイケメン誰だ?」

 

「え?えっと、前にも話したよね?うちでお世話になってる有……」

 

「嘘つけぇぇぇ!」

 

「えぇ!?」

 

なんで嘘つき呼ばわりされてるの!?

 

「お前、言ってたじゃないか!『有宇くんはちょっぴり気難しいけど、しっかりしてる私の弟みたいなもの』だって!一緒に暮らしてるとか言ってたからてっきりもうちょっと幼い感じの男の子を想定していたのに……それが……それがなんであんなクソイケメンなんだぁぁぁ!!」

 

「ちょっ、委員長落ち着いて!?」

 

すると周りのクラスメイト達も寄ってきた。

 

「弟とか言ってたけど何あれ!?付き合ってるの!?」

 

「えっと……」

 

「ココアが彼氏持ちか〜。お姉さん達は悲しいよ〜」

 

「彼氏?……って私だってうちではお姉ちゃんだもん!」

 

「あ〜あ、うちにもあんなイケメンなバイト来ないかな〜」

 

クラスはすっかり有宇の話で持ちきりとなった。

といってもココアにとっては有宇は弟みたいなもので、異性として意識はしてないため否定するも、クラスのみんなは有宇のルックスが高かったために、誰一人として信じようとはしなかった。

そして、あまりにもみんなの追求が凄かったので、流石のココアも参ってしまう程だった。

 

「もう!有宇くんとはそんなんじゃないよ〜!」

 

そんなココアの叫びがクラス中に響き渡った───

 

 

 

 

 

「……ってことがあったのよ。ココアちゃん、みんなに質問攻めされてたわ」

 

午後、バイトを終えて甘兎でいつものように一息ついていると、千夜が今日学校であったことを話してくれた。

 

「まぁ、僕みたいなイケメンが現れたらそうなるのも無理はないか」

 

「相変わらずね〜有宇くんは」

 

「で、ココアはなんて?」

 

「有宇くんは弟みたいなもので、みんなが思ってるような関係じゃないよって」

 

あいつに異性として意識はされてはないだろうというのは、普段の弟扱いから察しがつく。

僕も特にココアに想いを寄せてる訳ではないので、寧ろその方がありがたい。

……まぁ、全く意識されていないというのも少し腹立だしいが。

 

「元々、かっこいい店員さんがいる喫茶店があるって噂は流れてたんだけど、みんなそれが有宇くんのことだってことは知らなかったみたいで」

 

やっぱ噂にはなってたのか。

おそらくココア達の学校の女子生徒が僕のいる時間帯で来たことは今までなかったから、それで噂程度に留まっていたのだろう。

じゃなかったら今頃お嬢様学校の連中だけじゃなくて、ココア達の学校の奴らも僕の虜になること間違いなしに違いない。

 

「あ、有宇くん、そこ間違ってるわ」

 

その時、千夜が有宇の解いてる問題の間違いを指摘する。

甘兎でどうせなら勉強もしようと思って教材を持ってきたのだが、折角だからと千夜が国語と日本史を教えてくれるといって、千夜に勉強を教えてもらっていた。

シャロとココアからは、苦手な理系科目と英語を重点的に教わっていたので、この申し出はありがたかった。

それで今は古文をやっていたところだ。

 

「え、どこが?」

 

「下に『とき』ていう名詞、つまり体言があるでしょ。下に体言がある時は連体形になるから……」

 

「あぁ、だから答えは『死ぬ(とき)』だろ?」

 

「五段活用ならそうだけど、これはナ行変格活用の動詞なの。ナ変のときの連体形の活用語尾は『ぬる』。だから答えは『死ぬる(とき)』よ」

 

「クソッ、面倒くせぇな……」

 

「ナ変の動詞は『死ぬ』『往ぬ(去ぬ)』の二語だけだから覚えた方がいいわね。あ、あとそこの単語の意味も違うわ」

 

そしてまた間違いを指摘された。

古文は苦手だ……。

現代文はいつも本を読んでるせいか、漢字間違いを除けばそこそこ出来るのだが、古文はそう簡単にはいかない。

日本語なのに今の日本語と意味が違ったり、逆に同じだったりする奴もあるし、動詞だって活用形を見分けるのが面倒くさいし、本当に苦痛でしかない。

 

 

 

 

 

それからしばらく古文をやった後、今度は文学史を教えてもらう。

 

「有宇くん、では問題です。金閣寺の美しさに取り憑かれた学僧の告白を描いた小説は……」

 

「金閣寺!」

 

「ですが、その作者は誰でしょう」

 

「なっ、ずるいぞ!」

 

「お答えくださ〜い♪」

 

クソッ変な問題出しやがって。

えっと……確か自殺したとかで有名だったっけか……。

自殺自殺……わかった!

 

「川畑康彦!」

 

「残念!正解は三島由紀夫でした。因みに川畑康彦じゃなくて川端康成よ」

 

「クソッ、そっちかよ!」

 

有宇は惜しいと思っているが、全然惜しくない。

 

「因みにテストとかには出ないとは思うけど、川端康成と三島由紀夫は師弟関係にあるの。覚えておいて損はないわ」

 

師弟関係とか、そんなのまでいちいち覚えてられるかよ……。

 

「なぁ、もっと簡単なのにしてくれよ。もっと有名な奴」

 

ぶっちゃけ夏目漱石ぐらいしか出てこねぇよ……。

 

「そうね〜有名な人ね。わかったわ、じゃあ夏目漱石といえば……」

 

お、夏目漱石来た!

これなら簡単に解け……。

 

「坊ちゃんなどで有名な作家ですが、その夏目漱石の初期三部作をお答えください」

 

「わかるか!!」

 

なにまたサラッと引っ掛けようとしてんだよ!

初期三部作?わかるか!

つか初期も後期もわからねぇよ!

今初めて知ったわそんなもん!

 

「夏目漱石ならいいと思ったんだけど……。でもチャレンジして見て?」

 

「んなこと言われても……えっと、『坊ちゃん』『吾輩は猫である』『伊豆の踊子』でどうだ」

 

取り敢えず適当に知ってる名前を上げてみた。

そして当然……。

 

「残念!答えは『三四郎』『それから』『門』でした。因みに『伊豆の踊子』は夏目漱石じゃなくて、さっき出てきた川端康成の作品よ」

 

「いや、適当に知ってる名前上げただけだし。つか漱石とか今言った『坊ちゃん』と『吾輩は猫である』しか知らねぇし」

 

「そう?でも夏目漱石のお話は他にも面白いお話が沢山あるわよ。文学少年の有宇くんにも是非読んで欲しいわ」

 

「別に文学少年じゃないんだが……」

 

暇つぶし程度に読むくらいで、そんな昔の本とか読まないし……。

 

「私、夏目漱石の残した言葉の『月が綺麗ですね』が好きなの。いいわよね〜」

 

そう言うと千夜は頬に手を当て、顔を赤らめ、ニヤけた表情を浮かべる。

 

「確か『I Love You』を言い換えた言葉だっけか。千夜はやっぱプロポーズとかもそういう凝った言い回しがよかったりするのか?」

 

「そうね、プロポーズをされるならそういうかっこいいセリフで言って欲しいわね。あ、あと他にも二葉亭四迷の『死んでもいいわ』っていうのもいいと思うの」

 

流石メニューに変な名前をつけるだけのことだけあって、プロポーズとかもそういうのじゃなきゃダメなのか。

千夜に告白する男は大変そうだな……。

 

「そろそろ休憩入れましょうか。これサービスよ」

 

千夜がそう言って置いたのは、有宇の大好物〈琥珀色の三宝珠(みたらし団子)〉だった。

 

「いいのか?」

 

「ええ、有宇くん頑張ってたからご褒美よ」

 

「それじゃあ、ありがたく頂くよ」

 

そして勉強を一時中断して、ペンを置いた。

 

 

 

 

「そういえば有宇くん、ココアちゃんからPVを作ってるって聞いたんだけど」

 

休憩中、千夜が有宇にそう尋ねてきた。

 

「まあな。と言っても撮るのは日曜で、今は各自振り付けと歌詞を覚えてもらってるだけだけどな」

 

そう言うと、千夜は羨ましそうに言う。

 

「羨ましいわ。うちもそういうのやろうかしら」

 

「わざわざ?別にそんな事しなくても甘兎はそれなりに客入りがあるじゃないか」

 

甘兎はいつも数人は客が入っている。

他にもお得意先には出前サービスもやってるみたいだし、第一この街には数少ない甘味処だしで、わざわざ新たにテコ入れする必要はないと思うのだが……。

 

「いいえ、それなりじゃダメなのよ!それじゃあ甘兎庵、大手チェーン店の第一歩にはほど遠いわ!」

 

「お、おう……」

 

千夜から気迫じみたものを感じる。

こういうのを燃えてるって言うんだろうか。

 

「にしても千夜が歌か……。そういえば千夜って普段どんな曲聞くんだ?」

 

大体予想はつくが、一応聞いてみる。

 

「そうね、普段は演歌をよく聞くわ。今お店に流してるのも私の持ってるCDなの」

 

和風なイメージがあるからもしやと思ったが、やっぱり演歌なのか。

予想ついてたとはいえ、最近の女子高生が演歌ってどうなんだ……。

でも今店で流れてるこの曲なんかは、僕も昔テレビかなんかで聞いたことがあるな。

 

「確かこの曲って昔やってたドラマの……必殺兎人の主題歌だっけか?」

有宇がそう言うと、千夜の体がプルプル震える。

 

「千夜?」

 

「〜〜〜もう!そんなんも知らんとか!これは暴れ狼兎右衛門取締貼のテーマソングやきん!」

 

「千夜!?」

 

本当にどうした!?

てか口調がいつもと違うんだが!?

 

「……はっ!ごめんなさい!つい熱くなっちゃって……」

 

「いや、別にいいんだが……」

 

よくわからないが、今の僕の失言で千夜の何かが目覚めたようだ。

にしてもまさかここまで演歌好きだったとは……。

 

「そ、それよりも、そろそろ勉強に戻るか!次は日本史を頼む」

 

「ええ、任せて」

 

こうして、千夜の意外な一面を目にして、また勉強へと戻った。

 

 

 

 

「……ということで1633年、35年、39年にそれぞれ寛永10年、12年、16年令が発布されて、日本は鎖国体制を築くの。これによって日本はペリー来航の1853年まで中国、オランダ以外との国との国交を絶ってしまうの」

 

「ふーん」

 

「寛永令はそれぞれ内容が違うからちゃんと抑えてね。じゃ、今やったところをテストしま〜す」

 

「うげぇ」

 

そう言われて千夜は自筆の1枚のテストを有宇に差し出す。

高卒認定では日本史Aを専攻するつもりだったので、幕末から教えて欲しいと言ったのだが、幕末を抑えるならまずは江戸時代からと千夜に言われ、江戸時代初期から教わっている。

まぁ、星ノ海学園にいずれ通えるようになった時には日本史Bの知識も必要になるだろうし別にいいけど……。

そして今、江戸時代初期の日本の鎖国体制についてのテストをやらされている。

選択問題なんかは一切無い。

千夜は優しそうに見えて、結構手厳しい。

それからしばらくして問題を解き終わると、千夜に解答を渡す。

そして千夜が丸付けをする。

 

「う〜んそうね、単語の穴埋めは大体出来てるけど年号問題の間違いが多いわね」

 

そう言われると、確かに年号問題はほとんど間違えている。

 

「そんなこと言われても、年号って四桁もあって覚えづらいんだよな……」

 

「そんなことないわ、例えばさっきの寛永令の発布された年はそれぞれ3・5・9の年だから語呂合わせで『鎖国』で覚えられるわ」

 

「へぇ〜なるほど」

 

語呂合わせか、聞いたことはあったが成る程、そういうものなのか。

確かにそれだと覚えやすいかもな。

 

「そして寛永16年の前年に島原の乱が起きてるの。島原の乱が原因で幕府は宗門一揆を恐れて警戒して発布したわけだから、寛永16年令の年号を抑えていれば自ずと島原の乱が起きた年もわかるでしょ?」

 

「じゃあ島原の乱は1638年に起きたってことか」

 

「フフッ、残念ながら島原の乱が起きたのは1637年なの。反乱が起きたのが12月で、乱の平定が翌年2月末だから、そこは注意しなきゃいけないわね」

 

「面倒だな……」

 

そんな年越し前の時期に乱なんか起こしてんじゃねぇよ!

頼むから過去の人間は、後世の若者のためにも覚えやすいよう努力してくれ……。

 

「えっと、島原の乱って確か宗教弾圧されてブチ切れた連中が乱起こしたってやつだっけ?」

 

「ちょっと違うわね。確かに島原の人達は前領主、有馬晴信がキリシタン大名だった影響でキリシタンが多かったのだけれど、反乱を起こした本当の理由は領主の圧政に対する不満からなの」

 

「不満?」

 

「ええ、島原、そして天草のそれぞれの領主、松倉氏と寺沢氏は苛酷な徴税を農民に強いたの。しかもこの時農作物があまり取れない凶作の年で農民の人達はみんな困窮してたの」

 

「そりゃ酷いな」

 

そんなことしたら反乱されるのも無理はない。

僕が領主だったらもっとうまく……いや、僕が領主でも金欲しさで結局やることはそんなに変わりなさそうだな……。

 

「ええ、そして農民はそんな領主の圧政に耐えきれなくなって遂に一揆を起こすの。そしてそんな中、島原に英雄が現れるの」

 

「えっと……確か天草四郎だっけか」

 

「ええ、厳密には益田四郎、教科書とかだと益田時貞ってなってるとこもあるわね。でも天草四郎でも間違いじゃないわ。一般的には天草四郎時貞の名で知られてるわ」

 

「ややこしいな……。で、確かそいつって16とか17とか結構若かったんだよな」

 

「ええ、16歳の若さで乱の総大将となって、島原の人達の為に彼は立ち上がったの。本当は地元の浪人達がカリスマ性の高い彼を利用したというのが有力らしいんだけど、それでも彼が島原の人達の為に立ち上がったのには変わりないわ」

 

「でも失敗するんだろ、島原の乱って。正直僕はバカだと思うけどな。政府相手に真っ向からぶつかり合って勝てるわけないだろ。英雄っていうより蛮勇、ただの無鉄砲のバカにしか思えない」

 

率直な感想だった。

そんな勝てもしない勝負に出るなんてなんと愚かなのだろうと。

僕だったら絶対逃げる。

農民達から支持を集められるだけのカリスマ性があるなら他の地でもやっていけなくはないだろうし、わざわざ勝てない勝負に出ようとは思わない。

 

「そうかしら?確かに無茶だとは思うわ。現に失敗に終わってしまったけど……」

 

「なら……」

 

「でも、無茶だとわかっても、人ってやらなきゃいけない時って必ずあると思うの。有宇くんだって、もしかしたら誰かのために何かを成し遂げる日が来るかもしれないわ」

 

「僕が?まさか、僕は誰かのために力を尽くせる人間じゃない」

 

心からの本音だ。

ここに来てそれなりに考えが変わったりした部分はある。

だが、それで特に慈善的な考えを持つようになったとかではないし、ましてや無謀だとわかってるのにやろうとは絶対に思わないだろう。

すると千夜はいつものようにフフッと笑う。

 

「そうかしら、有宇くんは十分優しいと思うわ。きっと天草四郎のように誰からも愛されるヒーローにだってなれるわ」

 

「ヒーローって……。ま、お前が僕をどう思うが知ったこっちゃないし別にいいけどな。ていうか長々と話したけど天草四郎って受験とかで出るのかこれ?有名だけどそんな問題に出るイメージないんだが……」

 

天草四郎って有名な割には、問題として出すところもそんなないし、問題集もパラパラっと見た感じ、そんな出てきたりはしてないような気がするんだが。

すると千夜が自信なさげに言う。

 

「そうね……確か、もしかしたら将来教科書から外される偉人だったような……」

 

「は!?それじゃあ今までの話なんだったんだ!?やる意味なかったんじゃないのか!?」

 

「えっと……でもまだ確定じゃないから。まぁ、覚えて損はないはずよ……?」

 

「じゃあなんで疑問系なんだよ!」

 

「えっと……それより、次いきましょ♪」

 

「誤魔化したな……」

 

結局、天草四郎を学ぶ意味はほぼなかったということか……。

まぁ、覚えて損はないというのは確かだろうし、別にいいけど……。

そんな調子で日本史を進めていった。

 

 

 

 

 

「それじゃあ今日はここまでね」

 

夕方、五時のチャイムが外では鳴り響き、僕も夕飯の準備があるので切り上げることにした。

 

「あぁ、ありがとう千夜」

 

「いいのよ。私も今日は有宇くんのお姉さんになった気分になれたもの」

 

「お姉さんて……頼むからココアみたいにはなってくれるなよ」

 

ツッコむ奴が増えるのはゴメンだ……。

そしてカバンに教材をしまい、席を立つ。

そして会計を済ませてそのまま出ようとしたのだが、ある物が目にとまる。

 

「そういやここって、色々売ってるのな」

 

有宇が気に留めたのは、レジの周りに置いてある土産品だ。

 

「ええ、お土産とかうちで使ってるお茶とか色々売ってるわ」

 

「ふ〜ん」

 

今まで普通に会計済ませたらそのまま店を出てたけど、確かによく見てみると色々売ってるな。

お茶っ葉に和菓子、それになんだこれ?白亜の宝珠と擬態する毒玉?

わさび入りって書いてあるけどこれってロシアンルーレット的なあれか。

こんなのもあるのか……。

他にもお茶を立てる道具なども置かれている。

そしてその中から先程目に留めた物を一つ手に取る。

 

「千夜、これくれ」

 

「いいけど、それ何に使うの?」

 

「なに、物は試しにな」

 

「?」

 

そして有宇はそれを買って、甘兎を出た。

 

 

 

 

 

有宇が甘兎に行った次の日、午後になってチノが最初に帰ってきた。

 

「ただいま」

 

「あぁ、おかえり」

 

有宇がカウンター越しのキッチンで、コーヒーを作りながら出迎える。

いつもならチノはそのまま更衣室へ着替えに行くのだが、有宇のコーヒーの作り方の異様さに気づいて立ち止まる。

 

「どうしたチノ?」

 

「お兄さん……何を作ってるんですか?」

 

「なにって、お客さんからオーダー受けたからコーヒー作ってるだけだが?」

 

「えっと……でもそれって……茶筅ですよね?」

 

そう、有宇が持っていたのは茶を立てるのに使う茶筅だった。

普通サイフォンでコーヒーを攪拌する際はヘラやスプーンなどでかき混ぜるのが普通だ。

チノたちも今まで細長い攪拌用のバースプーンでかき混ぜてきたので、有宇が茶筅を使っているのが不思議でたまらなかった。

するとコーヒーを注文したお客さんも言う。

 

「私も最初茶筅を取り出した時は驚いちゃったわ。でもそういうのもあるのね」

 

お客の方は珍しがってはいるが、特に不満がある様子ではないようだ。

しかしチノは何故有宇がそんな物を使っているのか疑問でしかなかった。

 

「あの……何故茶筅を?」

 

「昨日千夜の店で見かけたから買ってきたんだ。前からスプーンだと混ざりにくいなって思ってたからさ。ほら、茶筅て混ぜるのに適してるだろ?だからいいと思ってさ。あ、勿論マスターからの許可も得たぞ」

 

それを聞くとチノは納得した。

確かにスプーンやヘラでも混ぜられないことはないが、注意して混ぜないとムラができてしまうし時間がかかる。

サイフォンは火にかける時間を長くかけてしまうと、苦味やえぐ味が出てしまう。

だから茶を点てたりするのに使われる茶筅は、効率よく素早く混ぜられる。

そして、今まで自分ですらやろうとしなかったことに気づいた有宇にも、チノは感心した。

 

 

 

 

 

その後ココア達も帰ってきて、有宇は上がってしまい、いつもの三人で店を回す時間になる。

有宇の提案した学割サービスも既にスタートしているのだが、まだそこまで効果はないようで、今お客さんは二人しかいない。

 

「中々お客さん増えないね〜」

 

「まぁ、まだ始まったばっかだしな」

 

「はい、それにこれからPV作成とかもありますし、まだまだわかりませんよ」

 

するとココアがチノのコーヒーの作り方がいつもと違うことに気づく。

 

「そういえばチノちゃん、いつもと使ってる道具が違うね?」

 

「はい、これは見てのとおり茶筅です。お兄さんが甘兎庵で買ってきたんですが、これのおかげでコーヒーの攪拌がやりやすくなりました」

 

「おお、流石有宇くん!目の付け所がシャープだね」

 

「有宇がか?あぁ……そういえばあいつ、甘兎の常連だったもんな」

 

それを聞いてココアが浮かない顔をする。

 

「う〜でも有宇くんが千夜ちゃんの弟になっちゃうんじゃないか心配だよ」

 

ココアがそう言うと、チノもそれに同意する。

 

「確かにそれは私も心配ですね……。甘兎の方がうちのお店より景気いいですし、甘兎に転職してしまわないか心配ですね……」

 

するとココアはこんな情景を思い浮かべる────

 

 

 

 

茶碗を持った、書生姿の有宇が言う。

 

『悪いが今日限りでこの店とはおさらばさせてもらう。こんなボロいコーヒー屋よりも、甘くてほろ苦い甘味を楽しめる甘兎の方がよっぽどいいしな』

 

有宇はそう言うと、千夜と一緒に並んで決めポーズをする。

 

『『甘兎庵 看板姉弟 爆誕☆』』

 

 

 

 

 

「ヴェアアアア!!有宇くん取られる!!」

 

いつものように奇声を上げて後ろに倒れ込む。

お客さんはもう慣れているのか、フフッと笑っていた。

リゼとチノはそんなココアを冷めた目で見ていた。

 

「大げさな……。あくまで可能性の話だろ?別に有宇本人が出ていくって言ったわけでもないのになぁ」

 

「ココアさんは感性が豊かですから」

 

さらっと遠回しにココアをdisるチノ。

すると丁度上の階から有宇が降りてきた。

 

「お、噂をすればだな」

 

「?何がだ」

 

事態を飲み込めていない有宇にはリゼの言葉の意味がわからなかった。

だが、すぐ傍らでココアが白目で口を開けてぶっ倒れている姿を見て大体察した。

そしてリゼ達同様冷めた眼差しを倒れているココアに送る。

 

「奇声が聞こえたから来てみれば、やっぱりこいつか……一体今度はなんだ?」

 

するとココアが体を起こした。

そして有宇に手を貸して貰い引っ張って貰いながら、有宇の質問に答える。

 

「有宇くんが甘兎に行っちゃうんじゃないかって……」

 

「僕が?は、まさか。確かに甘兎の和菓子は好きだが、作りたいとかまでは別に思わん。それに、作りたいとしても、今の慣れた仕事をわざわざ手放そうとは思わないしな。大体あそこ千夜と千夜の婆さんの女二人所帯だろ?僕が居候するのは流石に無理があるだろ」

 

「あ、そっか」

 

言われてみれば確かにと思い、ココアは納得した。

リゼとチノはやれやれといった感じだ。

するとその時、有宇は何かを思いついたのか、手を顎に当て、その場で何かを考え始めた。

 

「有宇くん?」

 

「どうしたんだ?」

 

ココアとリゼが声をかけても有宇は反応しなかった。

するとしばらくして、こんなことを言い出した。

 

「なぁ、甘兎庵とコラボしてみないか……?」

 

「「「え!?」」」

 

有宇のその発言に、三人は驚きの声を上げた。


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