幸せになる番(ごちうさ×Charlotte) 作:森永文太郎
七月も中旬に差し掛かる頃、ココア達もテストが終わり、今日がテスト返却の日だ。これで特に問題がなければ明日からテスト休みに入るようだ。
「ただいま!遅くなってごめんね!」
そして午後、シフトに入る時間を少しオーバーして、学校からココアが帰宅する。
「おかえりなさいココアさん」
因みにチノはもう既に帰宅しており、着替えて仕事に入ってる。
「ったく遅えよ。今日五時間で終わりだろ確か。折角早く上がれると思ったのに、僕の労働時間が無駄に伸びるだろうが。さっさと着替えてこい」
有宇がココアにそう悪態づくが、ココアは慣れたように聞き流し「はーい」と答えて着替えに行った。
「さて、じゃあ僕もココアが来たら上がらせて貰うか」
「はい、お疲れ様ですお兄さん」
「あぁ、チノも頑張れよ」
有宇がそう言って仕事から上がろうとした時、店のドアが開き、一人の客が入店して来た。
「こんにちは〜」
やって来たのはどこかおっとりした雰囲気のある大人の女性で、中々の美女だった。
どことなく見覚えがあるような気がしないでもないような……。有宇はその女性にそんな既視感を感じた。
「あ、青山さん、お久しぶりですね」
女性の顔を見ると、そう言ってチノが出迎える。
「あ、青山さんだ!」
すると後ろからココアも、チノに続いてその女性を出迎える。
しかしまだ着替え途中だったのか、いつも胸元に付けている赤いリボンがまだ付いていなかった。
「ちゃんと着替えてから来いよ」
「だって有宇くんがさっさと来てこいって言うんだもん」
「にしても客の前でそんな格好みっともないだろ」
「いいえ、大丈夫ですよ。お気遣いなく」
言い合いをする有宇とココアに、青山さんと呼ばれる女性が二人を気遣ったのか、そう言った。
流石にココア達と違って大人なだけあるなぁと有宇が感心していると、有宇はあることに気が付く。
あれ?ていうか青山さんって確か……。
「あの……もしかして青山ブルーマウンテンさん?」
「はい、そうです」
やっぱりそうだ。
青山ブルーマウンテン、シリアスな大人向けのものから子供向けのものまで、一つのジャンルに囚われず、多彩なジャンルを書くことで有名な小説家だ。去年映画化した『うさぎになったバリスタ』は有名であろう。
そしてココアから本を貸してもらったのを期に、僕が今一番ハマっている小説家でもある。
確か以前、リゼ達と見た雑誌の中の青山さんの記事に写真が載っていた。僕が感じた既視感は、おそらくその写真で一度目にしていたからであろう。
すると青山さんは、少し戸惑った様子で僕に尋ねる。
「ところで、あなたは……えっと」
「青山さん、紹介するね。うちのお店に新しくバイトで入った有宇くんです」
僕の代わりにココアが間に割って入って僕のことを紹介する。それから僕はペコリと頭を下げて、自分で改めて自己紹介をする。
「初めまして、乙坂有宇といいます。一ヶ月程前からこのお店でお世話になっています」
よし、完璧な挨拶だ。
僕はいつものように二枚目の好青年を演じる。そして第一印象は完璧だろうと青山さんの方を見る。
すると、何故か青山さんはキョトンと呆けた顔を浮かべている。
「くん……?君ということは、もしかして男の人ですか……?」
「え?えぇ、まぁ……」
何故そんな当たり前のことを聞く?
そう思った次の瞬間、青山さんは物凄いスピードでココアの後ろに隠れた。
「えぇ!?なんで!?」
「すみません、男の人と話すのは苦手でして……」
そうだったのか……。
隠れられたのは地味にショックだったが、まぁ嫌われたのでないのなら別にいい……。
「そうだったんだ」
「知りませんでした」
「って、お前らも知らねぇのかよ!?」
どうやら既に青山さんと顔見知りだと思われるココアとチノも、青山さんが男が苦手なことは知らなかったようだ。
そして自分の背に隠れる青山さんにココアが言う。
「青山さん、安心して大丈夫だよ。有宇くん悪い人じゃないから」
「そうですか、信頼されてるんですね」
「そう……ですかね……?」
信頼……されてるのか?よくわからんが、まぁ今はどうでもいいか。
そしてココアに優しく諭されたおかげか、青山さんはココアの後ろから出てきて、そのまま近くの席に座った。席につくと青山さんは早速ブルーマウンテンを注文する。
チノがブルーマウンテンを作っている間に、ココアが青山さんに尋ねる。
「そういえば青山さん、ここのところ全然お店に来なかったよね。何かあったの?」
どうでもいいがこいつ、仮にも親しいとはいえ年上相手によくタメ口で話せるな。いや、年上のココア達にタメ口の僕が言えることではないが。
すると青山さんが答える。
「実は、ラパンの実写化が決まって少し忙しかったので」
ラパンの実写化!?マジか!?
「そうなの!ていうかラパンの作者って青山さんだったんだ!?」
「ってそこからかよ!?」
ココアの言葉に思わずツッコミを入れる。
こいつ、僕よりずっと前に読んでたくせに、何も知らなかったのかよ……。
とはいえ、僕もラパンの方はまだ原作には手を付けていない。とはいえ、こいつと違って作者が誰なのかぐらいわかってはいるが。
それにラパンのアニメの方は一応毎週ココア達と鑑賞してるので、アニメの内容までであれば、僕も一応は知っている。
そこで有宇はふと思い出す。
そういえラパンのアニメを見たのは、確か僕がまだ来たばかりの頃、僕がこいつらに素を見せてすぐの時だったか───
◆◆◆◆◆
あれはココアに初めて青山さんの本を貸してもらってすぐだったか。
その日の夜、ココアはいつものように突然、ノックもせず僕の部屋を訪れた。
「有宇くん!」
「うおっ!……ココア、ノックしろとあれ程……」
何度言ってもノックする癖を直さないので、ぼくが文句を垂れようとすると、それを平然とで無視して僕に言う。
「ねぇねぇ、一緒にラパン見ようよ」
「ラパン?」
「うん、怪盗ラパン。子供向けのアニメなんだけど、これが結構面白いんだ。先週は有宇くんまだ来たばかりで疲れて眠っちゃってたから誘わなかったんだけど今日はどうかな?きっと有宇くんも楽しめるよ?」
夕食を終え、風呂にも入ったこの寝る前の時間こそ僕の一日に与えられた貴重な自由時間だというのに、何故こいつらに時間を使わねばならん。それにネカフェ時代にアニメとかは結構見ていたが、流石にガキ向けのジャンルは見る気が失せる。
そう考えた有宇は、机に広げた読んでいた本に目を向けたまま答える。
「いい、お前らで見てろ」
「ええ〜面白いんだよ」
ココアはそう言って引き下がろうとしない。しかし……。
「いい」
「うん、わかった……」
有宇が強く断ると、ココアもすんなり引き下がった。
ココアがしょんぼりしながら部屋に戻って行った。
悪いことしたか……?しかし興味ないものは仕方がないだろう。時間を無駄にしたくはないしな。
ココアが去った後、再びココアから借りた青山さんの本に目を通す。すると、その本の帯にラパンの文字があった。
あれ?これさっき言ってたアニメだよな。なんでこの本の帯にそれが書いてあるんだ?
同じ出版社から出てるのか?と思いその帯をよく見てみると、
〈青山先生新作!『怪盗ラパン』絶賛発売中!〉
と書いてあった。
「有宇くん誘えなかったよ」
「乙坂さんはラパンはお気に召しませんでしたか」
「うん、そうみたい」
ココアは有宇に誘いを断られた後、チノの部屋に戻りラパンの放送開始を待機していた。するとその時。
ダダダダダ!
階段を駆け下りる音が聞こえたと思うと次の瞬間、ココアの部屋のドアが勢いよく開いた。
「うわ!ビックリした……」
「ビックリしました……」
ドアを開けて、そこに立っていたのは有宇だった。
「どうしたの有宇くん?」
「……やっぱり僕も見る」
有宇がそう言うと、ココアとチノが笑顔を浮かべる。
「そっか、じゃあここどうぞ。さぁ座って座って、もうすぐ始まるから」
ココアにそう促されてココアとチノの間に座り、共にラパンを鑑賞した。
◆◆◆◆◆
そうそう、あれが僕が初めてラパンを見たときだったな。
アニメを見た感じ、子供向けなところはあるが、ギャグも面白く、中々魅入られる作品だった。
あれからも毎週、ちゃんとココア達と一緒に鑑賞している。
今読んでる〈ベーカリークイーン〉を読み終えたら、ラパンの原作も読もうと思っているところだ。
「あら?私の書いた小説読んでくれたんですか?」
青山さんが僕に尋ねる。
まだ全部見たわけではないのに、ファンを名乗っていいものなんだろうか?
返答に迷っていると、僕より先にココアが答える。
「有宇くん大ファンなんですよ。私が本貸したらハマっちゃって」
「あ、おい!」
「まぁ!それは嬉しいですね」
クソッ、ミーハーな奴に思われるだろうが。勝手に答えやがって。
しかし今更文句を言っても仕方がない。僕は青山さんに、自分の言葉で改めて伝える。
「あの、いつも楽しく読ませてもらってます。でもまだ読み始めたばっかで、全部の作品はまだ読み終えてないんですが……」
「いえ、楽しく読んでもらえたならそれで構いません。本を楽しんで読んでくれる人に大も小もありませんから」
有宇はますます感心した。
何だろう、今まで会った女達とは違って大人っぽさがあるというかなんというか。
見た感じまだ結構若い筈なのに、こうちゃんと大人らしい人って今時珍しいと思った。今の世の中大人でもガキっぽい人間なんていくらでもいるだろうしな。
それに作家とかって気難しい人が多いイメージがあったけど、この人は穏やかでとても接しやすい。それに見た目もとても綺麗な人だ。
育ちも良さそうで、まさに僕が求める理想の才色兼備な女性像に一番近いかもしれないな。
有宇は青山さんのその人柄を見て、ますますファンになった。
「むっ、何だか弟の羨望の眼差しを取られた気がするよ」
ココアがいきなりアホなことを呟く。
「取られたも何もお前を羨望の眼差しで見た覚えはねぇよ。お前ももう少し青山さんを見習ったらどうだ」
すると、いつもならこんなことを言うと何か言い返してくるのに、何故か可哀想な物を見るような目で僕を見てくる。
「何だよその目は」
「有宇くん、その……青山さんって結構……」
するとブルーマウンテンを作り終えて戻って来たチノがココアの言葉を遮る。
「ココアさん、黙っておきましょう。お兄さんの夢を壊しちゃあれですし……」
「そうだね……」
何なんだこいつら。
二人の態度を一人、不思議に思う有宇であった。
「それで青山さん!実写っていつ放送するの?」
先程はつい話がそれてしまったが、ココアが改めてラパン実写化の話に戻す。そして青山さんが答える。
「放送は9月からですね。8月には撮影が始まるそうです」
どうやら映画とかではなく、連ドラ枠みたいだな。
そういうのって、個人的感想だがクオリティー落ちそうで嫌だな。
「ていうかそういうのって言っちゃって大丈夫なんですか?」
一応心配になって聞いてみる。まだ未発表の情報なのに話して大丈夫なのかと。
「はい、明日のアニメ版ラパンの放送終了時に発表されますので」
成る程、まぁだとしても本当は言っちゃだめなんだろうが、ココア達のことは信頼してるんだろうな。
青山さんとココア達が仲良くなった経緯とかまではよく聞いていないのであまり知らないが、付き合い長そうだし信頼するに足りると思ったのだろう。どの道僕が口出しすることじゃなかったな。
そしてココアが話をラパンの実写化に戻す。
「それでそれで!ラパンのキャストさんって誰なの?もしかしてシャロちゃん?」
「なわけあるか」
確かにラパンとシャロってアニメで見た感じ同じ髪型で雰囲気似てるし、アニメ版の声もなんとなくシャロと似てるけど、ただの一般人でしかないあいつをキャスティングとか無理に決まってるだろ。
すると青山さんが残念そうに答える。
「私もそう提案したんですが残念ながら……」
「え!?」
提案したのか!?
いくら原作者が押しても、一般人をメインキャストに据えるのは無理があるだろ!
そして青山さんは話を続ける。
「ですが、ラパンの役はアニメ版でもラパンに声を当てて下さった西森柚咲さんが演じて下さることになりました」
「えぇそうなの!?やったぁ!私柚咲ちゃんのファンだから嬉しい!」
「私もココアさんに勧められて曲を聞いてみたんですが、なかなか良かったです。それにアニメ版のラパンの役をやった方なら安心できます」
西森柚咲──確か歩未がいつもゆさりんだとかハロハロだとか言ってたアイドルだっけか。まさかラパンの声を当ててたなんて……気づかなかったな。
そういや主題歌もHow-Low-Helloてなってたけど、そうか、ハウロウハローでハロハロか……見落としていたな。
そういや今思えば歩未もラパンぽいアニメをチェックしてたような気が……。
西森柚咲と聞いて今更色々と気付かされる有宇であった。
「西森さんは一番シャロさんに近……ラパンにイメージが近い方なので、安心です」
今シャロに近いって言いかけたよな!?
ていうかさっきからこの口ぶり……いや、もう言われなくてもわかるがラパンのモデルってシャロか!?
そういやこの前読んだカフェインファイターの主人公もどことなくシャロっぽい雰囲気を漂わせていたような気がしないでもない。
どうやら青山さん、結構シャロのこと気に入ってるみたいだな。
「そっか〜楽しみだな。今からもう待ちきれないよ」
ココアがそう言うと、青山さんは更なる新情報を発表する。
「そうそう撮影なんですが、なんとこの街でやる事になりました」
「ええ!そうなの!?じゃあ柚咲ちゃんに会えるかもしれないんだ!やったぁ!」
マジかよ……。
正直それは有宇にとってはあまり嬉しい情報ではなかった。
撮影現場見たさに人が集まるだろうし街は大騒ぎになるだろう。……考えただけで煩わしい。
するとその時、店のドアが開く。今度は全く知らない普通の客のようだ。
さて、丁度いいタイミングだし、ここらで僕は上がるか。
そして有宇は青山さんに声をかける。
「それじゃあ青山さん、僕は上がりますのでまた」
「ええ、また。今度ゆっくり感想を聞かせてください」
青山さんに挨拶すると、ココア達にも上がることを告げる。
「ココア、チノ、僕はもう上がるから」
「あ、うん、お疲れ有宇くん」
「お疲れ様です」
そして有宇は着替えに階段を登って部屋に戻って行った。
◆◆◆◆◆
有宇が部屋に戻った後────
「有宇くん、そういえば普段何してるんだろ?」
ココアはふとそんな疑問を口にする。
「普段……とは?」
チノはココアの質問の意図がわからず、ココアに聞き返す。
「私達と交代した後いつも有宇くん一人で部屋にいるし、あと外に出かけてるときもたまにあるよね。だから有宇くん、一人でいつも何してるのかなって」
「確か部屋にいる時はお勉強してるんですよね。高校卒業の資格を取りたいとか」
「うん、シャロちゃんと勉強してからも、有宇くん毎日頑張ってるよ」
「そうみたいですね。それで外に出かけているのは……夕飯の買い物か何かじゃないですか?でもそれ以外の時は確かに何してるんでしょう?」
有宇は基本、仕事をココアたちに交代した後は夕飯まで部屋にいることが多い。
夕飯の買い出しで外に出るときもあるが、そうじゃない時もある。その時有宇が一体何をやっているのかは謎だ。
「あの〜有宇くんさんは皆さんとは一緒に働かないのですか?」
すると、青山さんがココア達の話を聞いて、当然の疑問を口にする。
「えっとね、有宇くん基本的に午前中から私達が来るまでの間にお仕事入れてるからあんまり一緒に働けないの。週に一度くらいは午後も入ってるけど。あ、あと土日とかは私達も朝から入る時とかあるから、一緒になれるのはそういう時ぐらいかな」
「そうなんですね。ですがそれだと学校にはいつ頃行かれるのでしょうか?」
「あ、えっと……ちょっと事情があって……」
ココアは青山さんから目を逸らす。
流石に勝手に有宇くんのこと話しちゃまずいよね。それに有宇くん、青山さんに少し憧れてるみたいだし、有宇くんが自分から言ったほうがいいよね。
「成る程、何やら込み入った事情があるんですね。失礼しました」
ココアの態度から何かを察し、青山さんはそう答える。
「いえいえそんな。それで青山さんは、有宇くん一人の時何してると思いますか?」
ココアが有宇の仕事後に何してるのかという話に戻す。
そして青山さんがこんな提案をする。
「そうですね。まだ今日会ったばかりなので私にはよくわかりませんが、気になるのでしたら尾行してみたはどうでしょう。私もよくシャロさんの後を追って小説のネタを探してますし」
「尾行!?成る程……」
「いやいや、勝手に後をつけたりしたらお兄さん怒ると思いますよ」
チノが尾行に興味を示したココアに、一応忠告を入れておく。
しかしココアはそんな事は意に介しなかった。
「大丈夫だよ!今度有宇くんが出かける時にリゼちゃんも誘って尾行しよう!」
「はぁ……お兄さんに怒られても知りませんよ」
こうして、有宇の知らないところで、密かに有宇尾行計画が始まっていた。
軽くゆさりん名前だけ登場です。
以前にも第五話後編の最後の方でハロハロの名前が出てますが覚えてるでしょうか?
そのうち本編にも出そうかなとか考えてます。
それはそうとkey最新作『Summer Pockets』の発売日が決まりましたね。
2018年6月29日だそうです。
AB1stが延長してなんだかんだで2015年6月26日に発売されましたから実に3年ぶりの新作です。
今から私も楽しみです。