幸せになる番(ごちうさ×Charlotte)   作:森永文太郎

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プロローグ
第0話、逃避行


 少年、乙坂有宇には特別な力があった。

 それは目の前の他人に、わずか五秒間乗り移ることができるというものである。しかしたった五秒しか乗り移れないため、一見大した使い道がなさそうなこの力だが、彼はこれをあることに利用した。

 ───それがカンニングである。

 有名な進学塾に潜入するなどして頭のいい生徒の情報を大量に集めた彼は、その生徒達が受ける受験校に自らも受けて、彼らに乗り移ってテストのカンニングをしたのだ。

 その甲斐あって見事、彼は難関校である私立陽野森高等学校に成績トップで合格したのである。その後も実力テストで学年トップを取り、学園のマドンナと呼ばれる少女、白柳弓を堕とすための演出のためだけに、彼女にトラックを突っ込ませたりと、有宇の行動は次第にエスカレートしていった。

 しかし、彼の暴走もここまでだった───彼はあまりにも注目を集めすぎたのだった。

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 ある日の放課後、乙坂有宇は放送で生徒会に呼び出されて生徒会室の前に来ていた。有宇には生徒会に呼ばれるような覚えはないが、無視するわけにもいかず、ここに来た次第だ。

 ドアを開け中に入ると、 すぐ目の前には教室によくあるような学習机、その更に奥には長机がおいてあり、そこにこの学校の生徒会長が座していた。

 

「生徒会長の大村です」

 

 生徒会長は一言そう言ってあいさつを交わした。

 

「……なんのようでしょう。人を待たせているんですが」

 

 白柳弓と一緒に帰る約束をしていた有宇は、生徒会長に急かすようになんの用かと聞く。すると生徒会長が答える。

 

「乙坂君、君にはカンニングの容疑がかかっています」

 

「なにっ!?」

 

 生徒会長のその言葉に有宇は驚きを隠せなかった。

 なにせ超能力によるカンニングが見破られるなんてあるはずがないと有宇は高を括っていたからだ。

 

「数名の男子生徒が、あなたが人にテストでカンニングをしたと言ってるところを見たと言っています」

 

 そんなはずはない!!

 有宇には生徒会長の言った言葉が信じられなかった。

 この学校で唯一親しい関係にある白柳弓にすらカンニングはおろか、能力のことは誰にも喋ったことはない。だから僕が誰かにカンニングをしたと言ったところを目撃されるなんてことはまずないはずだ!

 だとすれば成績優秀で、学園のマドンナすら手に入れたこの僕に嫉妬した輩の嫌がらせと考えるのが妥当なところだろう。

 クソッ!行動に移すのが急過ぎたか!?

 

「誤解です!カンニングなんてしていません!」

 

 有宇は咄嗟にそう弁明した。しかし有宇の弁明は生徒会長には聞き入れられなかった。

 

「でしたらそこの机の上に置いてあるテストから一教科解いてみてください。この前の実力テストとまったく同じものです。九十点以上なら白、それ未満なら審議の対象となります」

 

 テストをもう一度やれだと!?冗談じゃない!!

 まともに勉強をしてない上に、他人に乗り移って書き写しただけなのに、まともな答案が書けるわけないだろ!!

 

「ばかばかしい、帰らせてもらう!」

 

 そう言って有宇はその場を立ち去ろうと生徒会長に背を向けた。すると生徒会長が言う。

 

「この件は校長先生も承認しております。帰れば退学となります」

 

「た……退学!?」

 

 退学と聞いて思わず声を上げ、勢い良く生徒会長の方を振り向く。もはや有宇に逃げ道はなかった。

 そして結局、席に着き大人しく問題を解き始める。教科は国語を選んだ。既存の知識がなくても点が取れそうな教科を選んだ。しかしそう上手くもいかなかった。

 記号問題なんかはまだかろうじて覚えていたが、書き問題はほぼ全滅だった。ある程度の点数は取れただろうが、九割なんてまずいってないだろう。

 そして試験が終了し、テストは生徒会長にもっていかれた。テストは職員室で教師に採点されるらしい。その間生徒会室で待機させられた。

 待機している間に携帯で、放課後一緒にパンケーキを食べに行く約束のために校門前で待っている白柳弓に、今日は行けないという旨をメールした。

 有宇にはもうわかっていたのだ……この後すぐに帰れるわけがないということが。

 

 

 

 二十分ほどしてドアを開けて教師が三人入ってきた。入ってきたのは有宇のクラスの担任と学年主任、生徒指導の教師で、そこに生徒会長の姿はなかった。

 それから早速テストでカンニングをしたのかを問い詰められた。

 最初はひたすら否定した有宇だったが、先ほどのテストの点数が半分ちょっとしか解けていなかったことを指摘され、もはやカンニングを認めざるを得なかった。

 カンニングの方法に関しては、まさか本当に超能力を使っただなんて言えないので適当なことを言って誤魔化した。

 そして学校始まって以来の初のカンニング騒動ということもあり、今回のテストに限らず入学試験でもカンニングをしたのかなど色々問い詰められ、やけになっていた有宇は思わず全部認めてしまった。

 結局その日は帰るのが夜遅くになった。

 叱られるだけ叱られ、後日、日を改めて三者面談をすることになった。それまで自宅で待機することとなっているが、もはやこの先退学になることは避けられないだろう。

 クソッ、まさかこんなことになるなんて……。

 綿密に計画したにもかかわらず、こんなことで、こんな早くにすべてが水の泡になるとは思いもよらなかった。もっと少しずつ地位を上り詰めて行くべきだったのだ。

 もっとも、今更後の祭りだがな……。

 

 

 

 家に帰ると、有宇の妹、歩未が迎えてくれた。

 

「お兄ちゃん遅い!」

 

 しかし家で待つ歩未は頬を膨らませご立腹だった。それも当然で、時計はもう十時を回っていた。

 

「いや、ちょっと色々あってだな……」

 

「それだったら、心配するからメールいれてほしかったのです」

 

「悪かったって……」

 

「もうご飯の支度できてるのです」

 

 歩未はそう言うとテーブルの上に置いてあるサランラップをしてあったオムライスをレンジで温めようとしていた。

 普通オムライスはケチャップを使うが、乙坂家のオムライスは、有宇たちの母親が昔作った乙坂家秘伝のピザソースを使っている。

 そのピザソースがとても甘く、たまに食べるだけならいいが、歩未は毎日このソースを使ったメニューを作るのだ。

 その理由を聞くと、歩未はいつも「だって、お兄ちゃんこれ好きでしょ?」と答える。オムライスが好きだったのは子供の頃の話だと何度も言ってるのに……。

 まぁ、それでもいつもなら歩未のために我慢して食べるのだが、今日は流石に食べる気にならなかった。

 

「歩未、今日は食欲無いから夕飯はいいよ」

 

「そうなのです?お兄ちゃん体調悪いの?」

 

「いや、心配するほどじゃないから大丈夫だ」

 

 流石に歩未に今日のことは言えなかった。

 言えるはずがなかった。歩未の中で僕は優秀な兄ということになっているのだから。その兄が実はカンニング魔で、それがバレて学校を退学になりかけてるなんて言えるはずがない……。

 すると突然、ポケットの中の有宇の携帯が鳴り出す。

 

「僕のことはいいから食べていてくれ。僕の分は冷蔵庫にいれてくれればいいから」

 

「はいなのです」

 

 歩未がテーブルに着くのを見終えると、有宇は携帯を手に外に出た。

 

 

 

 外に出た有宇は、電話の相手が誰かを見る。電話の相手は有宇たちの親権者のおじさんだった。

 電話の内容はわかっていたが無視するわけにはいかないと思い電話に出る。

 

「もしもし」

 

『なんで電話したかわかっているな』

 

 当然カンニングのことだろう。

 おじさんの声は予想通り厳しいものだった。

 

『先生から聞いたよ。テストでカンニングをしたそうだな。しかも入学試験の時にもやっていたと言うじゃないか』

 

 何も答えられずただ電話に耳を貸す。

 

『中学の成績もよかったから安心していたというのに……。ということはお前、まさか中学の頃からしていたんじゃないか?』

 

「それは……」

 

『俺はお前にいい学校に入れと言った覚えは一度もない。俺はお前のできる限りでやれればそれでいいと思ってたんだ。でもお前が優秀な成績をとってあの陽野森高校に入ったと聞いた時はうれしかったよ。なのにまさかこんな裏切られ方をするなんてな……』

 

 この言葉に有宇はいらだちを覚えた。

 有宇の陽野森高校への入学が決まった時、まともに顔を見せに来ることもなく、お祝いの言葉一つかけてもらわなかった。

 どうせ入学金がもったいないぐらいしか思ってないくせに……。

 すると次におじさんはとんでもないことを言い出す。

 

『有宇、お前ももう成長しただろ。自分の責任は自分で果たせ。自分の力で生きてみろ』

 

「はぁ!どういうことだよ!」

 

『そのまんまの意味だ。家から出て自分でなんとかしてみろ』

 

 一瞬言葉の意味がわからなかったが、その意味を理解すると、先程まで黙っておじさんの言葉に耳を貸していた有宇だったが、これには流石に反論せざるを得なかった。

 

「いきなり何言ってんだよ!大体……なんとかって無理に決まってるだろ!それに歩未はどうすんだよ!」

 

『安心しろ、歩未はこっちで引き取る。学校は転校することになるだろうがあの子なら問題ないだろう』

 

「いや、問題あるだろ!何考えてんだよ!」

 

『何考えてるんだはこっちのセリフだ!カンニングなんかしやがって!お前みたいな奴はもう乙坂の人間じゃない!今すぐうちから出ていけ!』

 

 言わせておけばいい気になりやがって……。

 普段人に対しては表面上は穏やかにしている有宇も我慢できず、激怒した。

 

「あーそうかよ……わかったよ、だったらそっちの望み通り今すぐ出てってやるよッ!!」

 

 電話の向こうでおじさんはまだ何か言っていたが、有宇は無視して電話を切った。

 

「クソッ!!」

 

 有宇は携帯をその場に叩きつけた。

 

「はぁ……はぁ……クソッ……なんでこんなことになってんだよ……」

 

 完璧だと思っていた。この異能の力があれば僕は誰にだって認められるエリートになれると思っていた。なのに……なんでこんなことになるんだよ……。

 地面に跪く有宇の瞳からは涙が雨のようにアスファルトの地面に降り注がれた。

 悔しくてもどかしくて、だけどもうどうしようもなくて、有宇はギリギリと歯を噛み締めた。

 

 

 

 しばらくして落ち着くと、投げつけた携帯を拾い上げ家に戻る。すると歩未が心配そうに声をかける。

 

「外から大声聞こえたけど何かあったの?」

 

「いや大丈夫、心配ないよ」

 

「そう……有宇お兄ちゃん帰ってきてからなんか元気ないからあゆ心配だよ……」

 

「大丈夫だよ。ほら、後片付けできないからさっさと食べろよ。」

 

「うん……」

 

 歩未には何も言わず、その場は誤魔化した。

 しかし有宇にはもうこの時既に、ある決意が芽生えていた───

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 食事を終えると、二人で夕食の後片付けをして、風呂に入って床についた。いつもは寝る前に歩未は望遠鏡で星を見るのを日課としているのだが、今日は有宇に気を使っているのかすぐ寝ることにしたようだ。

 そして歩未が寝ついた頃、有宇は行動を開始した。

 歩未が風呂に入っている間にバックに必要なものを急いで揃え、書いといた書き置きを机の上に置いておく。更に歩未が寝る支度をしている時に、用があると言ってコンビニに行き、ATMで歩未の分の生活費を残して残りの金を全額引き出した。

 歩未が起きないようこっそりと布団から起き上がり、荷物を詰めたスポーツバッグを持ち玄関に向かう。そして、音を立てずひっそりと有宇は家を出た。

 外に出ると、もう五月も下旬だというのに、夜はまだ肌寒かった。

 空はこんな日だというのに綺麗な星がいくつも瞬いていた。星を見て、ふと歩未の顔が過り一瞬引き返そうかと思った。だがそんな思考はすぐに振り払って歩みを進めた。

 家を出ると決めたのは紛れもなくおじさんに対する反抗だ。だが、それを抜きにしても僕がこのまま家にいたら、一緒にいる歩未だってカンニング魔の妹としていじめられる可能性だってある。

 いや、一緒にいなくたって僕がカンニングをして退学になった噂が歩未の学校に流れれば、その時点でお終いなんだがな。

 その時、歩未はどんな風に僕のことを思うだろうか。完璧だと思っていた兄が最低なカンニング魔だと知ったら。きっと軽蔑することだろう。

 そうなったら僕はもう立ち直れない。だから、もうどの道僕がこの家から去るしかないんだ……。

 

 星空の下、有宇は一人宛もなく歩き始めた。




始めまして、著者の森永です。
今回の作品は僕の始めての作品となります。
これから先も是非読んでいただけたらと思います。

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