幸せになる番(ごちうさ×Charlotte)   作:森永文太郎

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第12話、お嬢様との昼下がり

 リゼの部屋の前で待機してから数分後、ようやくリゼが着替え終わり、部屋から出てきた。

 はぁ、ようやく生きた心地が実感できるというもんだ。リゼの前で連中もどうこうしたりはしないだろう。無論、まだ安心するには早いがな。

 有宇は後ろをぱっと振り向く。人の気配はない。だがあの黒服たちなら余裕で気配ぐらい消せそうで怖いしな。

 

「何してんだ有宇」

 

「いやちょっとな……」

 

「?そうか」

 

 リゼに見張りのこと言えば、それはそれで解決するかもしれないが、あの眼帯親父がそれで諦めるとも思えないし、取り敢えず背後の警戒をして、リゼへの態度に気をつけていればひとまず大丈夫だろう。

 それに本当に気のせいだった可能性もある。リゼに話して下手に騒ぎ立てないほうがいいだろう。まぁ、気を取り直して出かけようか。

 そして有宇はリゼにこれからどこへ行くのか尋ねる。

 

「で、どこ行くんだ」

 

「あぁ、ちょっと服屋に付き合ってくれるか?」

 

「服屋?」

 

「あぁ、最近行ってなかったしな。それに折角有宇がいるなら男の意見も欲しいしな……って有宇はつまらないか」

 

「いや、別に行きたい場所もないし、お前が行きたいならそこでいい」

 

 というより時間潰せるならこっちとしてはもうどこだっていい。僕としてはお前の相手を適当にやって、さっさと家に帰って一安心したいところだ。

 

「そっか、ありがとう。じゃあ行くか」

 

「あぁ」

 

 そして二人で服屋へ向かうことになった。

 

「にしても服とか結構着飾る方なのなお前」

 

「まぁそうだな。可愛い服とかそういうのは着てて楽しいからな。有宇はどうなんだ?」

 

「僕?僕はまぁ雑誌とかで流行りの服とかは抑えてるけど、別に特別関心があるわけじゃない」

 

「そうか。てっきりナルシストなとこあるから好きなのかと思ったぞ」

 

「誰がナルシストだ。まぁ、確かに洒落た姿をしている自分を見るのは悪くないと思うが」

 

「やはりナルシストじゃないか……」

 

 大体服なんて悪魔で周りにダサいと思われないように気を使うぐらいだ。僕も自分のセンスがダサいと思われるのは嫌だし、だからこそ流行りの無難な服を見繕って着ている。といっても金ないし殆どユニ○ロだがな。

 それに、服を着るのが楽しいというより、僕の場合は自分に似合う服を着て周りに評価してもらうことにこそ意味があると思っている。だからまぁ、特別お洒落をすることそのものに価値を見出してはいない。

 それにどんな服を着ようとも僕の顔なら大抵のものは着こなせるだろうしな。

 にしても幅着飾ったりとか、なんだかんだで自分が思ってるより乙女趣味だよなこいつ。

 そしてリゼ邸を出てからしばらく歩くと、街の方に出た。そこから数分歩いていると、目的の服屋に到着する。

 

「ここか……」

 

 以前僕とココアが生活品とか揃えるのに寄った服屋とは違う店のようだ。まぁ、あの時は、僕の服を探しに来たから、男性服が置いてる店に行ったからな。あと少し高級感があるようにも見える。リゼが金持ちだと知ったせいだろうか。

 そしてリゼはというと早速店内で服を物色していた。そして服を2つ取ると、どちらがいいか悩んでいるようだ。有宇の方は近くに置いてあった椅子に腰を下ろし、その様子をただじっと暇そうに見ていた。

 暫くしても決めきれずに悩んでいると、リゼは急に有の元までやって来たと思ったら、両手に持つ服を見せてこんな事を聞く。

 

「なぁ有宇、どっちがいいかな」

 

 どうやら有宇に意見を求めたかったようだ。しかし有宇は興味なさそうに返事する。

 

「どっちでもいいんじゃね?」

 

「適当に答えるな。付き合ってくれるんだろ」

 

「一緒に行くとは言ったが、服選びを手伝うとまでは言ってない」

 

「お前なぁ……」

 

 女子の服なんか知らねぇし。余程酷いものでなければぶっちゃけ僕から何か言ったりはしないし、どうでもいいし。大体お前のビジュアルなら大概のものは似合うだろうが。それに……

 

「金持ちなんだしどっちも買えばいいじゃないか」

 

 そう、こいつの家は超が付くほどの金持ちだ。あの親父が本当に軍のお偉いさんなのかっていうのには疑問はあるが、金があるっていうのは確かだ。

 その家の一人娘であるこいつは、当然小遣いだって沢山貰ってんだろ。あの親父、リゼには甘いっぽいし。ならケチケチせずに両方買えばいいだろ。

 するとリゼは有宇の言い分にこう返す。

 

「何言ってるんだ。親父からは金はもらってない」

 

「えっ、なんで?」

 

「そりゃ親父に言えば貰えるかもしれないが、欲しいものぐらい、自分で買いたいしな。だから社会勉強も兼ねてラビットハウスで働いてるわけだしな」

 

「ふーん、よくまぁわざわざそんな面倒なことするなぁ。ぼくがお前ならバイトなんかしないで親父から金を貰って遊びまくるのに」

 

「お前は……そういう奴だよな」

 

 リゼは呆れたようにそう言った。

 リゼはどうせ、僕を怠惰な男と呆れているんだろうな。でも実際、リゼみたいな恵まれた立場にいたら、その環境を最大限活かしたいと考えると思うだろ。

 贅沢するしないはともかく、わざわざ時間削って労働に勤しむなんてよくやるなとは思う。高校生なんだし、バイトしないで小遣いだけ貰ってる奴だってまだいるだろうし、小遣い貰う事自体はそんな恥ずかしいことでもないだろうに。

 有宇はリゼの話を聞いてそんなことを思いつつも、話を本題に戻す。

 

「ま、とにかく服は自分で見てくれ。僕はぼーっとお前が選び終わるの待ってるから」

 

 そう言うと有宇は大きくあくびをする。リゼはそんな有宇の態度を不満に思いつつも、こんな提案をする。

 

「お前なぁ……わかった、後でなんか奢ってやるからそれでいいか?」

 

「よしわかった。選べばいいんだろ?」

 

「現金な奴だな……」

 

 報酬があると言うなら話は別だ。それによく考えたら、店に来て忘れてたけど、今も見張りが見ている可能性があるしな。さっきあんなことがあったばかりだというのに……用心しないとな。

 しかし、さっきから視線も感じないし、特に出てくる気配はない。

 僕の気のせいだったか?流石に外まで追っては来なかったか。いや、でもここにリゼがいるからアクションを起こしてないだけかもしれないしな。なんにせよ油断ならん。

 改めて有宇は緩んだ気を引き締めた。

 さて、服を選ぶんだったか。そしてリゼの持つ二つの衣服を見比べる。

 リゼの手にした服の一つは白いシフォンシャツだ。

 生地が薄く、これから迎える夏にもぴったりと言えるだろう。

 もう一つは黒いオフショルダー──いわゆる肩出しというやつだろう。露出が他の服と比べても比較的多いのが特徴だ。リゼの豊満な体付きじゃ色々見えてしまいそうだが……。

 

「お前こういうの着るのな……」

 

「あぁ、可愛いと思ってさ」

 

 こういう露出多い服着るやつって大概自分に自信あるやつなんだよな。よくこれであんな女らしさだの何だのグチグチ悩めたな。

 

「駄目か……?」

 

「いや、取り敢えず二つともキープしておいて下探そう。下と着合わせてみないと判断出来ないし、他にもいいのがあるだろう」

 

 まぁ自信はあるに越したことはないしな。大体僕が言えたことじゃないか。

 それから二人であれこれ話しながら下も決め、取り敢えず試着室で着させてみた。

 最初は上にリゼの選んだ白のシフォンシャツ、こちらは胸元のフリルとリボンタイが特徴的だ。それと下には黒いヒラヒラとしたミニのスカートを合わせた。個人的には、夏のお嬢様をイメージしてみたコーデだ。

 それに合わせて髪もサイドポニーにしてもらい、嬢様っぽくなったと思う。着替え終わると、リゼが少し恥ずかしそうに着衣所から出てくる。

 

「どうだ……?」

 

「うーん、僕好みではあるが……他の色とか、あとスカート以外にもズボンとかも試してみるか。ひとまずこれとこれ着てまた出てこい」

 

 そう言うと有宇は、手に持っていた衣服をリゼに渡す。

 

「あ、あぁ」

 

 そんな感じで結構時間をかけてい服を色々吟味し、ようやく買う服を何着か決め、レジに出した。買い終わると女性店員が微笑みながら言う。

 

「服を選んでくれるなんて、かっこいい彼氏さんですね〜。羨ましいです」

 

「なっ……/// ち、違う!こいつは彼氏なんかじゃない……!」

 

 リゼはそれを聞いて顔を真っ赤にしていたが、僕としては至極どうでも良かった。悪いイメージで見られていないのなら、別に構わない。

 レジを去った後も店員達は後ろで、僕達二人を若いカップルと勘違いしたまま、僕等を温かい目で見送っていた。

 店を出た後も、リゼはまだ少し顔が赤かった。

 

「……全く、お前も少しは否定しろよな」

 

「若いカップルっぽい男女を見て、微笑ましいって思っただけだろ。別に悪意があるわけでもないんだし、わざわざ水を指すことじゃないだろ。どうせ他人なんだし、そのうち忘れられるだろ」

 

「お前はそうかもしれないけど、私はまた行くんだぞ。全く……」

 

 そんなこと言われてもそこまで気が回らなかったし、そもそも回す気もなかったしな……。

 

「で、それで満足かお嬢様」

 

「お嬢様はやめろ!でもそうだな、いいと思うぞ。ただなんというかお前の選んだやつはその……ヒラヒラのものが多くて……全体的に女の子っぽい服が多いなと」

 

 まぁ確かにそういう系のやつを選んだしな。大分渋っていたが、軽く後押ししたらかごに入れていた。

 そもそも最初にヒラヒラしたシフォンシャツを選んだのはリゼだし、本当は着てみたかったのだろう。だから僕に背中を押して欲しかった……ってところだろ。だから僕もそれに合わせて下も選んだつもりだ。

 そして有宇はヒラヒラの格好に照れるリゼにこう言う。

 

「お前の普段着がどんななのかとか、そんな見ないし知らないけど、まぁたまにはいいんじゃないか?素材はいいわけだし、色々着てみるのもさ」

 

「そ、そうか……」

 

 そう言うリゼは少し嬉しそうだ。

 因みに早速リゼは買った服を着ている。別に今着替えんでもいいと思うのだが、折角だから今着たいとのことだ。

 今は、最初にリゼが選んだ白のシフォンシャツに黒いガウチョパンツという格好だ。一応最初に選んだスカートも買ったのだが、今は恥ずかしいからこれでいいとのことだ。

 個人的には、着替える前の黒いインナーに、灰色と白のシマシマのVネック、下はデニムのショートパンツという格好も別に女らしくないなんてことはないと思うが、まぁリゼにはリゼの基準があるんだろ。

 

「にしても結構真面目に選んでくれるとはな。適当に選ぶかと思ったぞ」

 

「後でケチつけられたくなかっただけだ。それより奢りの話忘れんなよ」

 

「わかったよ。でもそんな高いものはだめだからな」

 

「安心しろ、僕だってそれぐらいわきまえるさ」

 

 にしても確かに奢りのためとはいえ、結構集中して選んだかもしれんな。まぁこいつ、見た目はいいから正直見てて楽しかったっていうのはあるのかもしれない。

 

「それより次どこ行く?」

 

 正直もう見た感じ追手もいなさそうだしな。やっぱ気のせいだったかもしれない。あん時はまだリゼの親父に銃を向けられたトラウマが残ってたしな。視線を感じたのもきっとそのせいだろう。

 それに自然に解散すれば、別に見張りがいたとしても別にどうにかなったりとかにはならないだろう。まぁ、だから解散になろうが、これから何処へ行こうが、どうだっていいってことだ。

 

「そうだな……」

 

 リゼが有宇にどこへ行くか聞かれて悩んでいると、突然そいつらは現れた。

 

「あー!リゼと有宇にぃ!」

 

 いきなり僕等二人を呼ぶ声が後方からした。見張りかと思ってバッと振り返ると、背の低い小さいガキ二人が近づいてきた。

 

「お、マヤとメグじゃないか、どうしたんだこんなところで?」

 

 リゼが二人にそう声をかけた。

 この二人はマヤとメグ。チノの同級生で、この前こいつらが盗まれたっていう腕時計を取り返してやったのをきっかけで知り合った奴等だ。まぁ、チノの関係者だったなら、遅かれ早かれ顔を合わせることになってたと思うがな。

 そしてマヤはリゼにこう返した。

 

「二人で遊んでただけだよ。それよりリゼは何?有宇にぃとデート?」

 

「エー!お二人はそういう関係なんですか!?」

 

「違う!!」

 

 リゼが強く否定する。

 どうやらあの服屋の店員達に限らず、他から見ると僕等はそう見えるらしい。メグまでもデートと聞いて顔を赤くしていやがる。

 するとマヤは、今度は有宇の方にニヤニヤと笑みを浮かべて聞いてきた。

 

「ねぇねぇ有宇にぃ、そこんとこどうなの?」

 

 そこんとこ……か。元を正せば、親父の追手がいるかもしれないから、リゼの言うことには逆らわない方がいいと思ったからだから……。

 

「そうだな……脅されて仕方なく?」

 

「おい!?」

 

 しまった、この言い方じゃリゼ自身に脅されたと言ってるようなもんだ。

 

「エー!リゼさんがお兄さんを無理やり!?」

 

「衝撃の事実だ……」

 

 すると、有宇の発言を真に受けたメグとマヤが、驚きの表情を見せる。

 

「ちがぁぁぁぁぁう!!」

 

 そして僕等の茶番に業を煮やし、リゼの怒声が辺りに響き渡る。

 

 

 

 その後、これ以上はリゼがガチでキレかねないので、二人にはちゃんと事情を説明した。

 有宇が昨日、不幸な事故によりリゼの胸に触れてしまったこと。それを謝罪しにリゼの家まで来たら、リゼの父親に許す代わりに軍人になれと言われたこと。そして、それを断ったら殺されそうになったことを。

 

「へぇ、リゼのお父さんって怖いんだな」

 

「コワイネー」

 

 結構やばい出来事だったというのに、マヤとメグの反応は割と軽かった。こいつら……他人事だと思って……。

 すると、そんな二人にリゼがこう言う。

 

「お前らは大丈夫だから安心しろ。ただ有宇はその……男だったからな」

 

「それだけで殺されかけたら溜まったもんじゃないぞ……」

 

 本当あと一歩のところで死んでたからな僕。

 

「まぁ、もう親父にはきつく言っておいたから有宇も安心しろ。お前が私の部屋で感じた視線というのも多分、警備が巡回してただけだろうし」

 

 ちなみにリゼの家で視線を感じたことも一緒に話した。

 にしてもそうか、だから僕が部屋を出たときにはいなかったのか。結局僕のただの思い過ごしか……。

 無駄に気を使い過ぎたな。いや、一度は殺されかけたわけだしあの状況じゃ仕方ない。

 すると今の話を聞いた上で、マヤが未だにこんな事を言う。

 

「でも二人って結構傍目から見たらカップルみたいだよね。二人とも見た目いいし」

 

「え?」

 

 マヤのやつ、まだ言うか。

 

「本当は付き合ってたりして?」

 

「「絶対ない」」

 

 有宇とリゼは、二人して声を揃えて言う。

 

「え〜お似合いだと思うんだけどな〜」

 

「「それはない」」

 

 再び息ぴったり息を合わせてそう返す。

 たしかに僕はかっこよくて、こいつも結構見た目はいいし、そう思うのも無理ない。だがこいつん家に嫁いだ瞬間、戦地に送られて死ぬかもしれないんだぞ!冗談じゃない!

 

「でもお兄さん、なんだかんだでリゼさんのお父さんに認められてるんだね〜」

 

 メグがそんな事を言い出す。おそらくリゼの親父が、リゼと結婚させてやると言ったことを言ってるのだろう。

 そういえばそうだよな。戦地に送るとかいいつつも、大事な一人娘であるリゼの婿にしてやると言ってたし、僕のことをろくでなしなんて言った割には、案外僕のことを認めていたりするのか……?

 有宇がメグの話を聞いてそんな事を考えていると、その幻想を打ち壊すようにリゼがこう返した。

 

「いや、有宇は単に家出人だから、最悪死んでも隠蔽しやすいってことで選んだらしい。それに結婚の話も元々口約束だけってことで、本気で私と結婚させるつもりはなかったらしい。要は、家の後継者とは別に、有宇を軍の後継者に仕立て上げるのが親父の目的だったみたいだ」

 

「はぁ!?聞いてないぞ!?」

 

 あのクソ親父ぃ……端から僕を家の後継者にする気は無かったってことかよ!?

 おかしいと思ったよ、あれだけ娘を溺愛しておきながら無理やり結婚させるなんてマネするのかと。端からそれが狙いだったのか……クソッ!

 利用されそうになっていたことに気づいて一人憤慨する有宇だった。

 

 

 

「じゃあ私達ラビットハウスに行くからまたねリゼ、有宇にぃ!」

 

「リゼさん、お兄さん、マタネ〜」

 

 その後、マヤとメグはラビットハウスに行くと言って去っていった。すると、リゼが改めて有宇に聞いてくる。

 

「で、次どこに行こうか?」

 

 どこに行くって言われてもなぁ。特に行きたい場所があるわけじゃないし……。

 

「なんか遊べる場所とかないのか?ゲーセンみたいなとことか」

 

「ゲームセンターは見たことないな……ん?」

 

 すると、話している最中にも関わらず、リゼが何かに目をやった。その目先の方向を見てみると、何やら怪しげな細い裏路地があった。そしてリゼは何故かその路地のある方へと歩いていくので、有宇もその後ろを付いて行く。

 路地を覗いてみると、暗くて汚くて、この街には珍しく危なそうな場所である。この先に不良のたまり場でもありそうだ。この街にそういった人間がいるのかは知らないが。

 正直者出来ることなら通りたくない道だ。路地を見てそんな事を思っている一方、リゼも何やら顎に手を当てて何かを考えていた。そして有宇にこう尋ねる。

 

「なぁ、こんな道、ここにあったか?」

 

 どうやらこの路地は、地元民であるリゼも知らない道らしい。だが、そんなこと僕に聞かれてもな……。

 

「僕が知るかよ。あったんじゃないのか?実際あるんだし」

 

 この街に来てまだ二週間程しか経ってないのに、そんな僕がこの街の、それもこんな細い路地まで、地理を把握しているわけがないだろ。だからじっさいこうして路地が存在している以上、あったんじゃないのかとしか言いようがない。

 すると、リゼは「それもそうか……」と呟いたと思ったら、また暫く考え込んだ。

 なんだよ、この道に何かあるのか?ただの道じゃないか。少し薄気味悪いが……。

 何かを考え込むリゼに対し、有宇は呑気にそんな事を思っていた。そして数秒の間が空いた後、リゼは突然こんな事を言い出す。

 

「……よし。なぁ有宇、この先探検してみないか?」

 

「は?探検……?」

 

「あぁ、昔この街中を隅々まで探検して回ったこの私が知らなかった場所があったなんてな。正直ワクワクしてくるんだ。それで、有宇もどうだ?」

 

「いや、どうだじゃねえよ。やだよ普通に」

 

「そうか?楽しいと思うぞ?」

 

「お前今いくつだよ……」

 

 探検って小学生じゃあるまいし、なんてそんなことをしなきゃならない。こんな暗くて汚くて治安悪そうなところに繋がってそうなところ通るのなんて、僕は嫌だからな。

 大体知らないなんていうけど、どうせ覚えていないだけなんじゃないか?こいつが昔どれだけこの街を歩き回ったかは知らないが、そんだけ言うほど歩いていたのなら、歩いてる内に『あ、やっぱここ通ったことある』って絶対なるだろ。

 リゼの突然芽生えた冒険心に対し、有宇は辟易していた。

 

「大体折角買った服が汚れるぞ」

 

「大丈夫だって、暗いけどそんな汚くなさそうだし。それで、どうだ?」

 

 リゼはもうすっかり探検気分だ。こりゃ他の選択肢を提示したところで、こいつがそれを呑むとは思えんな。

 さて、どうするか。もう別にリゼの家の人間にはつけられていないっていうのはわかったし、リゼの言う事聞いて、行動を共にする必要も無くなったわけだ。解散してもいいけどな……。

 解散しても構わないと思いつつも、有宇の中には一つ、迷いがあった。

 下手に断って解散になって家に戻るとなぁ、今家に戻ったらマヤ達が僕達の事をココア達に話してるだろうし、帰ったら色々聞かれたりしてめんどくさそうだな……。

 ココアなんか得にこの手の話題には食いつきそうだしな。またリゼが恥ずかしがってどうこうとかなりたくないし、出来ればほとぼりが冷めるまで帰りたくないしな……しょうがない、もう少しリゼと一緒にいるか。

 

「わーったよ。行けばいいんだろ行けば」

 

 そういうわけで有宇とリゼは、二人が知らないこの怪しい路地を探検することになった。

 

 

 

 路地に入って暫く進んでいくと、だいぶ道は拓けてきたが、人の気配が全く感じられない。そこはかとなく不気味さを感じる。

 建物とかは普通にあるのに、人の気配が全く感じられないっておかしくないか?誰一人として遭遇しないし、人の声とか音もろくに聞こえない。

 路地に入って暫く経ったとはいえ、路地に入る前の大通りには人がちらほらといたはずだ。大通りの人の声や、街に流れる音楽やその他雑音等が、少しは聞こえていてもいいはずなんだがな……。

 そんな裏路地の不気味なぐらいの静寂さに、有宇は若干疑念と恐怖を感じていた。更に進んで行くと、この街では珍しく景観に沿わない、日本式の潰れたボロアパートのような建物が見受けられた。

 

「この辺にもあんな建物があったんだな」

 

「大分昔のやつだと思うぞ。今は景観条例でああいう建物は消えていったからな」

 

「けいかん条例?」

 

 何だそれ。警察と何か関係がある条例なのか?

 有宇がわからず聞き返すと、リゼは呆れた表情を浮かべる。

 

「お前なぁ、中学の社会科で習うとこだぞ」

 

 そんなこと言われても、中学の授業なんてまともに聞いてねえし知るかそんなもん。

 するとリゼは、景観条例について知らない有宇に説明してやる。

 

「景観条例っていうのはその地の伝統的な街の景色を保つために、その街並みを保つ条例のことをいうんだ。京都とかがいい例かな。京都とかじゃブラバとかも全部京都の街並みに沿った和風の造りになっているんだ」

 

「ふーん、じゃあその条例ってのがこの街にもあるってわけか」

 

「そういうことだ。千夜の家もそんな感じだろ?だから未だにこんな建物が残ってるなんて珍しいってことだ」

 

 確かにこの街はコンビニから何から何まで、外からの見た目が外国っぽい建物が多いなとは思っていた。

 この街のコンビニは、外装が白いレンガで出来ているものや、入り口がガラス張りになっていたりと、お洒落な感じのものが殆どだ。更に、その他の商業施設や会社とかの建物なんかも同様にレンガ造りだったり、木組みの街の名の通り、木組みの建物だったりするしな。

 千夜の店なんかも、洋風と和風が混じったような店の外装だよな。それというのも、その景観条例とやらが原因だったのか。

 因みに話の中に出てきたブラバとは、正式名称がBright Bunnyというアメリカシアトル発祥のカフェチェーンのことだ。世界規模でチェーン展開しており、その人気は計り知れず、シアトル系コーヒーというスタイルを確立した大手中の大手だ。最も、あそこの店のコーヒーは甘いのばかりで、僕の好みには合わないんだけどな。

 

 

 

 それから僕等は潰れた日本式のアパートの側を離れ、再び路地の奥へと向かう。やはり相変わらず人の気配が感じられず、不気味さもどんどん増していく。

 

「なぁ、気味悪いしもう帰ろうぜ……って、うん?」

 

 あまりの不気味さに、有宇がリゼに帰ろうと切り出したときだった。二人の行く先に大きな建物が見える。

 

「あれは……なんだ?リゼ、知ってるか?」

 

「いや……私もこんな所があるなんて初耳だな」

 

 やはりリゼも知らないらしい。

 よく見てみると、建物の表にある看板には、

 

 〈 BUNNY ARCADE〉

 

 と書かれている。更に建物の看板にはピエロのうさぎのマークが付いていた。

 

「バニーアルカデ?」

 

 アルカデってなんだ?

 するとリゼがまたしても呆れた様子で指摘する。

 

「アーケードな……お前本当に大丈夫か」

 

 ああ、あれでアーケードって読むのか。英語は苦手なんだ、仕方ないだろ。まぁ、逆に何ができるって話になるから言わないけど。

 にしてもどうやらここは何かの施設のようだな。バニーっていうぐらいだし、如何わしい施設か?いや、この街のことだから、ただのうさぎ関連の施設である可能性も否定できない。

 だが何かの施設や店だとして、ここ今も開店しているのか?こんな人家のないところでそもそも営業できているのか微妙なところだが……。

 有宇はこの建物からなんとなく怪しい雰囲気を感じていた。ここがどういうところなのか知らないが、危ないことになったりしたら嫌だし、さっさとここから立ち去ろう。

 リゼにもそう言おうと思った矢先、リゼはこう言い出した。

 

「よし、中に入ってみるか」

 

「え?マジで言ってんのか」

 

「だって気になるじゃないか」

 

「いや、そりゃそうだけど普通入るか?……っておい!」

 

 有宇が躊躇しているのなんてお構いなしに、リゼは先に進んでいった。有宇も仕方なくその後ろを追った。

 中に入ってみると耳障りなぐらい、いろんな電子音が響いていた。音だけじゃない。色々な機械がカラフルにピカピカと、暗い店内で光り輝いていた。

 よく見るとこの光る機械全てがゲーム筐体であり、何台ものいろんなゲームが見受けられる。

 

「ここって……ゲーセンか?」

 

「ああ、ていうかアーケードってさっき言っただろ」

 

 アーケードって、ゲームって意味なのか。覚えておこう。

 ていうかリゼはゲーセンだってわかってたから躊躇せずに店内に入って行ったのか。

 

「にしても本当にゲームセンターとは……。この街にもゲームセンターがあったんだな」

 

「いや、お前この街出身だろ」

 

 逆にこっちからしたら、なんで知らないんだって感じなんだが。ここら辺のことは知らなくても、街にゲーセンがあるとか、それぐらいの情報は知っててくれよ。こいつ本当にこの街に詳しいのか?

 するとリゼは慌てた様子で弁解する。

 

「いや、本当にこんな所があるなんて聞いたことないんだ。でもそうだな、折角だし遊んでみるか」

 

 リゼはここで遊んでいくことを提案する。まぁ、元々遊べる場所を探してた訳だし特に異論はないが……。

 

「ここも全くもって人がいないな……それに店員の姿もない。なぁ、いくら何でもおかしくないか?」

 

 ここもさっきまでと同様に人が一人もいないのだ。客がいないだけならまだ納得できる。だが客だけじゃなく、店の店員の姿さえ見えないのだ。

 路地とかはまぁ、単に人気がないところなんだろうと納得できるが、ここに関してはいくら何でもおかしい。普通店員の一人でもいるはずだろう。

 流石に不自然だと感じ、リゼのようにそう素直に遊ぶ気にはなれなかった。しかし……。

 

「おい有宇、これ見てみろよ!すごい昔のゲームがあるぞ!」

 

「って聞けよ!」

 

 リゼはお構いなしにゲームに目がいっていた。これだけおかしな状況だというのに。ったく、少しは気にしろよ……。

 そして渋々リゼの方に近づくと、そこには確かに昔のゲームがあった。

 

「なんだっけこれ……インベーダーゲームだっけか?」

 

 確かこれ、そこそこ昔のゲームじゃなかったか?インベーダーゲームだけじゃない。周りのゲームもよく見てみると、一昔前に流行ったゲームとかが多いような気がする。

 なんだここは。まるでタイムスリップでもしたかのような場所だな。

 

「あ、有宇、これ一緒にやらないか?」

 

 いつの間にかインベーダーゲームの前から離れていたリゼが、銃のようなものを持ち、有宇を呼びつける。リゼの前にあるのは、今でもゲーセンとかにおいてあるガンシューティングのゲームだ。手に持ってるその銃もこのゲームのものだろう。

 まぁ、あれこれ言っても仕方ないし、もう既に僕等はここに足を踏み入れてしまったんだ。さっきのリゼの家の追手だって気のせいだったんだ。おそらくこれも僕の考え過ぎに決まってる。ここは素直にゲームを楽しむか。

 そして有宇はリゼの呼びかけに答える。

 

「あぁ、いいぞ」

 

 そしてリゼの隣に立つと、財布を取り出し、百円をゲーム筐体に入れる。すると早速ゲームが始まった。

 ゲーム自体は画面に出てくるゾンビを倒していくよくあるやつだが、これが中々難しい。二ステージ目で有宇は死んでしまった。

 

「有宇、まだまだ爪が甘いな」

 

 リゼはというと、僕がやられた後も先のステージに進み、最終ステージまで見事にクリアした。流石普段から銃を持ち歩いてるだけのことはある。

 にしてもすぐ死んだとはいえ、結構楽しいなこれ。悔しいのでコインを入れて再びリベンジする。

 

「またやるのか?」

 

「クリアするまでやる」

 

「お前、結構負けず嫌いだな。まぁ頑張れ」

 

 今度は一人でプレイだが、リゼが隣からアドバイスをしてくれたおかげか、それとも流石に慣れてきたのか、正確に敵を射殺し、ライフも温存して先に進む事が出来た。そして見事ラストステージのボスも撃破することに成功した。

 まぁ、ボス戦であとちょっとのところで一度死んだので、連コインしてコンティニューして勝ったのだが。

 

「よし!」

 

「おっ、やったじゃないか有宇!」

 

「あぁ」

 

 ゲームセンターか、あんまり来たことはなかったが中々に楽しいな。今度また来てもいいかもな。

 ガンシューティングを終え、次に僕等の目に入ったのがメリーゴーランドみたいな……というよりメリーゴーランドそのものであった。

 なんでゲーセンなんかに。普通遊園地とかにあるもんだろこういうのって。

 しかし流石に遊園地にあるような大きなものではなく、子供用の小さなメリーゴーランドだ。馬も小さいし、数も五体しかいない。当然メリーゴーランドなので、機械の馬に乗るというそれだけの遊具に過ぎない。

 だがしかし、リゼの方は目を輝かせて乗りたそうに見ている。

 

「有宇!これ乗らないか?」

 

 案の定、乗らないかと誘ってきた。

 この年でこんな子供用のメリーゴーランドに乗るなんて嫌だぞ。せめて街の広場に置いてあるメリーゴーランドなら大人も乗れるやつだしいいんだけどなぁ……。

 

「僕はいい。ここで見てるからお前一人で乗れよ」

 

 いい年して子供用のメリーゴーランドなんて乗りたくないしな。有宇はリゼの誘いを断った。しかしリゼはそう簡単には折れてはくれなかった。

 

「そんなこと言わずに折角だから乗ろう。ほらっ」

 

「あっおい!」

 

 リゼは有宇の腕を強く強く引っ張って無理矢理馬に乗せる。それからお金を入れると、何故かリゼは有宇の後ろに跨がった。

 

「待て、なんで一緒の馬に乗るんだよ」

 

「あ、悪い。つい勢いで」

 

 勢いでよく、わざわざ僕の後ろに乗ろうと思ったな。狭いしやめてほしいんだが。

 

「とにかく降りてくれ……」

 

「あ、ああ」

 

 有宇に言われて、リゼが馬から降りようとする。しかし、ちょうどそのタイミングでメリーゴーランドが愉快な音楽と共に動き始めた。

 

「あ……」

 

「おい!」

 

 メリーゴーランドが動いている途中で降りるのは危ない(といってもリゼなら普通に降りれそうだけど)から、結局二人して同じ馬に乗ることとなった。

 メリーゴーランドは音楽と共に上下に揺れ、割りかし速いスピードで回っていく。有宇にとっては揺れが気持ち悪いだけだし、楽しいとは思えなかったが、リゼの方は楽しそうである。

 

「楽しいな。本物の馬もいいけど、たまにはこういうのもいいな」

 

「そうか……」

 

「ん?有宇どうしたんだ?気分でも悪いのか?」

 

「いや、気にすんな……」

 

「?」

 

 本物に乗ったことあるのか?とか本来聞きたかったところだが、有宇はそれどころではなかった。

 馬は有宇が前でリゼが後ろに座っていたのだが、ちょくちょく揺れるためか、リゼは振り落とされないように有宇の肩にしっかりと捕まっていた。しかし揺れのせいか、時折リゼの豊満な胸が有宇の背中に当たることに気付いたのであった。

 普通こういうシチュエーションは、異性を意識してドキドキするものなのかもしれないが、リゼに気付かれたらまた顔真っ赤にしてまた逃げだすに違いない。そうなれば今度こそあの親父に殺される……。

 そう思うと有宇は、いつリゼに気付かれるか気が気でなく、リゼの胸が当たってることにドキドキしている余裕などなかった。最も、リゼにバレてリゼの父親に殺されるか、それともバレないで何事もなく終わってくれるかの緊張感で、ある意味ドキドキはしていた。

 

 

 

「ん〜楽しかったな有宇!」

 

「そうだな……」

 

 数分後、メリーゴーランドはようやくその動きを停止した。リゼは満足そうに腕を伸ばしているが、有宇としては無事バレることなく終わってくれてよかったと安堵の気持ちでいっぱいで楽しむ余裕はなかった。

 それからも穴をめがけてボールを投げるゲームやら、昔ながらの格闘ゲームとかをやったりと、二人はゲーセン中のゲームを遊びまくった。殆どのゲームで有宇はリゼに勝つことはできなかったが、初めてのゲーセンは有宇にとっても中々に楽しめたようであった。

 しかし、その時間というのも永遠ではない。

 

「有宇、次は何で遊ぼうか?」

 

 リゼがまた別のゲームで遊ぼうと誘ってくる。しかし……。

 

「待てリゼ、もうこの辺で終わりにしないか?」

 

 今まで楽しそうに遊んでいたはずの有宇だったが、突然もう止めようと言い出したのであった。

 

「どうしたんだよ急に?」

 

「……財布がヤバイ」

 

「あぁ……そういうことか」

 

 そう、遊びすぎて大分散財してしまったのだ。すっからかんというわけではないが、今日一日でまさか財布を空っぽにするわけにはいかないだろう。

 ここで遊ぶ時間は永遠ではない。財布の中身という限界があったのだ。どんなに楽しくても、金がなければ遊ぶ事はできない。ゲームセンター恐るべし!

 

「私も今日は使いすぎちゃったし、もういい時間だしな。名残惜しいけどそろそろ帰るか」

 

「あぁ」

 

 そして二人で出口に向かう。しかし、その途中でリゼが立ち止まった。

 何かと思ったら、出入り口の近くにクレーンゲームが置いてあるのだが、リゼの視線が完全にそちらに向かっていた。

 

「……おい」

 

「す、すまん、ただあの人形いいなって思ってさ」

 

「人形?」

 

 リゼの視線の先のクレーンゲームの中に、店のマークにもなってるピエロうさぎの人形が景品として入っていた。

 

「あんなのが欲しいのか」

 

「可愛くないか?」

 

「……僕にはわからん」

 

 まぁピエロの格好をしているが別に不気味な感じではない。けど、僕は特に可愛いとは思わない。

 するとリゼが物欲しそうに、有宇に頼み込んだ。

 

「なぁ有宇、あれ最後にやってきていいか?」

 

「まぁ別にいいけど」

 

 僕がやるわけじゃないし、それにリゼならこんなゲーム、さっさと終わらせるだろう。そう思ったから、最後だし別にいいだろうと許可したのだが……。

 

「結構難しい!」

 

「おい!」

 

 ものの見事に手こずっていた。そして、五百円六回分をあっという間に使い切ってしまった。

 隣で見ていた感じ、リゼの狙いは的確だったが、アームの力が弱すぎて全然掴みようがなかった。

 

「これ掴めないやつじゃないか?もう諦めて帰ろうぜ」

 

「くそ……ここまでやって引くのは……」

 

 帰るよう促したが、リゼは台の前から離れる気配が一向にない。こいつも大概負けず嫌いだよな。流石、軍人の娘。

 しかしいつまでもこんなところで時間使って帰りが遅くなっても嫌だしなぁ……。

 そう思い有宇はリゼにこんな提案をする。

 

「なぁ、店員いないみたいだし揺らしてみたらどうだ。そしたら落ちるんじゃないか?」

 

 見たところ、あれからも店員らしき姿は見ていない。他の客もいないし、クレーンゲームの筐体ごと揺らしてしまえば、こんだけ入ってるわけだし、一つぐらい取れるだろう。

 しかし有宇がそう言うと、リゼは顔をしかめる。

 

「いや、そんなことしちゃだめだろ」

 

「別に誰も見てないから良くないか?」

 

 有宇としては、リゼのことを思っての発言だった。しかし……。

 

「有宇、お前そういうところは直したほうがいいと思うぞ」

 

 先程とは違い、声を強めてリゼは有宇にそう言った。

 んだよノリ悪いな……。元々お前がこんなの取るのに手間取ってるのが悪いんだろうが。

 リゼの発言を受け、有宇は少し不機嫌になる。けどすぐに思い直す。

 まぁでもよく考えたら確かにリゼの言い分も一理ある。もしかしたら監視カメラとかがどこかについてるかもしれないしな。下手な事はしない方がいいだろう。

 もし不正してぬいぐるみを取ったことがバレたら、またあのカンニングのときと同じ目に合ってたかもしれない。いや、今度は警察の世話になるだろうからカンニングのときより酷いことになる。

 しかしかといってもなぁ。これじゃいつまでも帰れないしな……仕方ない。

 すると何を思ったか、有宇はこんな事を言い出す。

 

「替われ、僕がやる」

 

 そう言って有宇はリゼを押しのけて、クレーンゲームの前に立つ。

 

「え、いやお前大丈夫か?そもそも金ないんだろ?」

 

「一回で決めればいい話だ。いくぞ!」

 

 リゼの心配など他所に、有宇は財布から無け無しの百円玉を入れてアームを動かした。

 確かにクレーンゲームなんてやったことないが、さっきまでリゼのやつを見てきたし、見様見真似で何とかなるはず……たぶんっ!!

 そして取りやすそうなぬいぐるみに狙いを定めて、ここだと思うタイミングでボタンを押して、アームを下げる。

 

「どうだ!」

 

「おお、この有宇の気迫なら……いけるか!」

 

 しかしアームは人形のすぐ横を通過していった。

 

「あ」

 

「ダメじゃないか!」

 

 そんなこと言われてもクレーンゲームなんてやったことねえしな。

 しかし二人がダメだと諦めたその時、奇跡が起きた。

 

「「おおっ!」」

 

 クレーンのアームが人形のタグを捉えていたのだ。そしてそのままぬいぐるみを持ち上げて穴まで持っていく。

 

「「いっけぇぇぇぇぇ!」」

 

 しかし残念なことに(すんで)のところで穴には入らず、穴のすぐ横に落ちてしまった。

 

「あぁ……惜しかったな」

 

 リゼが落胆を顕にする。

 くそっ、あともう少しだったのに。アーム弱すぎだろ。なんとかして取りたいな……。

 すると有宇は辺りをキョロキョロと見回す。クレーンゲームの近くだし、カメラぐらいあると思ったがなさそうだな。これなら……。

 

「よっと」

 

 すると有宇は即座に台に蹴りを入れた。それで台が軽く揺れ、見事に人形は穴にホールインした。そしてその人形を取り出す。

 

「おい!」

 

「まぁこれぐらいセーフだろ。ほらよ」

 

 人形をリゼに放り投げる。

 流石にあれはこの店のアームにも問題あるし、本当にあともうちょっとだったんだ。これぐらいはセーフだろう。

 するとリゼも特に怒ったりするでもなく、顔を少し赤らめて礼を言う。

 

「あ……ありがとう」

 

 そんなリゼに有宇はニヤッと笑いかける。

 

「これでお前も共犯者な」

 

「なに!?」

 

「さて、じゃあさっさと帰るか」

 

 そう言ってリゼに背中を向けて出口に向けて有宇は歩いた。リゼはそんな有宇の背中に、笑みを浮かべる。

 

「……仕方ないな。今回だけだぞ」

 

 そう言ってリゼは有宇の背中を追う。このときのリゼには、台を蹴ったことよりも、自分のために必死になってくれた有宇の心意気が嬉しかったのであった。

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

「すっかり遅くなっちゃったな」

 

「そうだな」

 

 ゲームセンターからの帰り道、来る前と同様に辺りに人の気配はない。それどころか夜になったせいで、辺りは来る前よりも暗くなり、おまけに電灯すらついていない。そのせいで不気味さはゲームセンターに入る前より、よりずっと増していた。

 来る前は威勢の良かったリゼも身を縮めて、有宇から貰った人形を強く抱きしめて震えていた。

 

「もしかしてだけど怖いのか?」

 

「べ、別に怖くなんてないぞ!」

 

「そうか」

 

 そう言うと有宇は足を早める。

 

「ああ待て!頼む、一人にしないでくれ〜!」

 

「最初から素直にそう言えよ」

 

 こいつ、普段は威勢いいくせに、こういうとこビビリなのな。

 すると、リゼは今更になってゲームセンターで遊び過ぎたことを後悔し始めた。

 

「うう……こんなことならもっと早く店を出るべきだった」

 

「そうだな。ていうかこの辺り、ゲーセン入る前から真っ暗だし人気もなかっただろうが。気にならなかったのか?」

 

「いや、知らないところを探検するのが楽しかったから……」

 

「どんだけ探検ごっこが好きなんだよ……」

 

 ガキじゃないんだから。こいつ、もっとこうできる女感ある奴じゃなかったか?ココアの周りの中じゃ一番の年上だし、頼りがいのある大人らしい人間、そう思っていたんだが、こういうところ意外と子供っぽいのな。

 好奇心は意外と旺盛で、ゲーセンとかの遊びになれば大はしゃぎ。おまけにお化けが苦手ときたもんだ。……まぁ、僕も霊とかそういうのは得意な方ではないけど。

 だがラビットハウスに来て暫く経つのに、割と知らない一面が見つかるもんだな。だからどうというわけではないが。

 するとリゼはこんな話をする。

 

「私が特別探検好きってわけでもないと思うけどな。ほら、うちの街には子供の遊びにシストの宝探しっていうのがあるし、この街の子供はみんな街を歩き回るのは好きなはずだぞ」

 

「シスト?なんだよそれ」

 

 初めて聞いた名前だな。そんなものがこの街にあるのか?

 

「ああ、シストっていうのは要は宝探しゲームだよ。宝箱に宝物を入れて、それを街に何処かに隠し、更にその隠し場所の書かれた謎解きの地図も、同様に何処かに隠しておくんだ」

 

「えっ、地図も隠すのか?それじゃあ見つけられないじゃないか」

 

「だから地図を見つけられた人だけに、参加する権利があるってことだよ。子供の頃は街中の地図を探して、そしてその地図の宝物を探し歩いたんだ」

 

「うわっ、面倒臭そうだな……」

 

 地図を見つけても、今度はその宝の地図を見つけなきゃいけないんだもんな。おまけに謎解きときたもんだ。面倒なんてレベルじゃない。

 にしてもあれか、リゼがこんなに街を歩き回るのが好きなのもその遊びのせいなのか。いや、でも同じこの街の人間であるシャロ達はそんなことないしな。やっぱ単純にこいつが子供っぽいだけだろうな。

 リゼの話を聞いてそんなことを考える。にしてもと有宇は改めて辺りを見回す。電灯すらついておらず、僕らはリゼの持つ携帯の明かりだけを頼りに歩いているようなこの状態。明らかにおかしすぎる。やはり僕等は神隠しにでもあったのではないか?

 人気もなく、まるでこの辺りだけ街が死んでいるようだ。或いは他に例えるならそう……。

 

「まるで石の街だな」

 

 思わず一言そう漏らした。

 

「突然どうした。石の街?」

 

 リゼが突然出てきたその言葉に首を傾げる。

 

「例えだよ。なんかほら、まるでこの辺りだけ時間が固まったように何も起こらない。おまけに人っ子一人いない。石にされたみたいじゃないか?」

 

 石の街……自分で言っておいてあれだが、言い得て妙だな。まさに今のこの辺りの様子に相応しい例えじゃないか?

 するとリゼもそう思ったのか、こう言った。

 

「ああ、まぁ確かにそんな感じだよな。にしてもお前結構詩的なんだな」

 

 詩的か……悪くない。

 リゼに詩的と言われたことが嬉しかったのか、有宇は機嫌を良くして天狗になる。

 

「ふっ、クールな僕にピッタリだろ?」

 

「あ、ただのナルシストに戻ったな」

 

「なんだと!!」

 

「ハハッ、悪い悪い」

 

「……ったく」

 

 せっかく詩的と言われて機嫌を良くして天狗になっていた有宇も、今のリゼの一言ですっかり気分が冷めてしまった。

 そんなこんなで、二人で話しながら歩いていると、ようやく路地の出口に差し掛かる。

 

「お、ようやく出れるな」

 

「出れないかとヒヤヒヤしたよ」

 

「んな大げさな」

 

 そして路地を出ると、街灯の灯りが差し込む。夜なのでそこまでじゃないが、人の姿もちらほらと見えている。

 

「まるで異世界から抜け出した気分だな」

 

「まぁそんな感じだな」

 

 どっちかというと神隠しに近い気もするが。まぁそれだけさっきの場所が異世界といっても過言じゃないくらい異質に見えたのは同意だが。なんにせよ、無事こうしてちゃんと戻れてよかったよ。

 

「それじゃあここいらで解散するか?」

 

「そうだな」

 

 そしてここでリゼとは別れようとする。もう時間も遅いし、チノ達も夕飯の準備に、既に取り掛かってることだろう。

 しかしその時だった。解散しようとしたその矢先、この街に来てからは聞かなかったバイク音とかの騒がしい音が二人の元まで聞こえる。

 

「何だ?」

 

 そして二人で音のする方に行ってみると、何やら夜の広場で、いかにも不良といった容貌のカラフルな頭をした若者達(クズども)(たむろ)していた。

 反射的にすぐそこの草むらのところに、二人してしゃがんで隠れる。

 

「……この街にもあんな奴らがいたのか」

 

「いや、おそらくバイクで他のところからやって来たんだろう。偶にああいうバカどもが来るんだ」

 

「ふーん」

 

 ミツバチ族みたいな感じだろうか?未だにああいう連中がいるとはこの辺も物騒だな。いや、でもうちの地元にも柄悪そうな奴らは結構いたな。

 そして連中の様子を伺うと、ゴミを散らかしているのはもちろんのこと、通り掛かった人にも突っかかったりしているのが見て取れる。更によく見ると、金を強請っているのも見受けられた。

 どうやらただの騒がしい連中ってわけではなさそうだ。関わると非常にまずい気がする。絡まれる前に僕等もここを離れた方がいい。

 

「おい、もういいだろ。さっさと帰ろうぜ」

 

 有宇がそう言って、この場を離れることを忠告する。しかし何故かリゼは動こうとしなかった。

 

「おいリゼ」

 

「何してんだお前らこんなところで」

 

 すると、いつの間にか不良連中の一人が、二人の後ろに立っていた。

 クソッ、こいつがグズグズしてるから!

 

「いえ、僕達はたまたま通り掛かっただけで……」

 

「んなことどうでもいいんだよ!それより金貸してくんね……って何だ、結構イカした女連れてるじゃねえか色男。よし、じゃあ金と女置いてさっさと消えろ。でないと……わかってるよな」

 

 不良は指をボキボキ鳴らして迫ってくる。

 クソッ、やっぱりこうなるか。だがここで素直に金を出す僕じゃない。今からでも僕の能力を使ってこいつをなんとかすれば、逃げる時間ぐらいは稼げるだろうし、さっさと逃げよう。

 そうと決まったら早速リゼにそっと耳打ちする。

 

(おいリゼ、逃げるぞ。僕が時間を稼ぐからお前はダッシュで逃げろ。いいな)

 

 有宇がそう言うと、リゼその場では立ち上がった。

 よし、それじゃあさっさと逃げるか。リゼの前だが緊急事態だ。力を使って……!

 だがリゼは逃げようとはせず、持っていた人形を有宇に投げ渡した。

 

「リゼ……?」

 

「有宇、お前は逃げろ。私はこいつらを片付けていくから」

 

「なっ……!?」

 

 なんと、リゼはこの不良達と一人で闘うと言い出したのだ。何を言い出すかと思えば、何考えてんだよっ!?

 

「片付けるって……バカ!何言ってんだ!お前の腕っぷしが強いのは知ってるが、あんな大勢相手にできるわけ無いだろ!」

 

 確かにリゼは強い……と思う。学校での運動神経もピカイチらしいし、何より軍人の娘ってぐらいだしな。よくわからんがマヤの話によると、CQCとかいう武術も(たしな)んでいるらしいし、そこらの男なんかには負けない腕っ節の強さはあると思う。

 それにリゼには銃がある。本物ではないと思うが、モデルガンでもそれなりの威力はあるはずだ。どうせ改造とかしてるだろうし。それだって対人戦では役に立つはずだ。

 だが相手が悪すぎる。向こうは喧嘩慣れしてるだろうし、数だって十人以上いる。一対一ならまだしも、いくら何でも無茶だ。

 しかし、有宇の必死の制止の言葉には耳を貸さずに、リゼはこう言った。

 

「うちの家はな、この街の治安維持の為の警護の仕事もやっているんだ。だから、天々座の人間としてこの屑共を見過ごすわけにはいかない」

 

 リゼがそう言うと、屑共と言われて苛ついたのか、不良がキレる。

 

「あ゛このアマ、今なんつった!?」

 

 なに挑発してんだよこいつは!?

 とにかく他の連中に気づかれる前に止めさせなければ!!

 

「んなもん後であのクソ親父に言いつけておけばいいだろ!?いいから逃げるぞ!」

 

「でもその間にも今金を強請られた人みたいな犠牲者が出る。だから、お前は行け」

 

 こいつマジで言ってんのかよ……バカバカしい、付き合ってられるか!

 有宇はリゼを止めることを諦めた。本当ならこいつ見捨ててさっさと逃げ出していたところを、散々見捨てずに呼びかけてやったっていうのにこの女ぁ……。

 

「あぁそうかよ、じゃあもう勝手にしろ!」

 

 自分の言うことに耳を貸さないリゼに痺れを切らし、有宇は自分一人で逃げることにした。

 だが逃げようとする間際、リゼが有宇の方を振り返って呼び止める。

 

「あぁ、そうだ有宇」

 

「何だよ!」

 

 するとリゼは優しく笑みを浮かべる。

 

「今日は楽しかった。ありがとな」

 

「……」

 

 有宇は何も答えず、そのままダッシュで走ってその場から逃げ出した。

 

「あ゙っ!?この野郎……待ちやがれ!!」

 

 不良が逃げ出した有宇を追いかけようとする。しかし、その不良の前にリゼが立ち塞がる。

 

「いいのかよ、彼氏逃げちまったぜ?」

 

「別にあいつは彼氏じゃない。それにお前達の相手は私一人で十分だしな」

 

「んだよお前、マジで俺達とやるつもりなのかよ」

 

「女だからといって舐めない方がいいぞ。本気でかかってこい」

 

「上等だゴラァァァ!」

 

 不良がリゼに殴りかかる。しかしリゼはそれを敢え無くいなし、思いっきり腹に重い一撃を喰らわす。

 

「……ガハッ!」

 

 そして、不良はその場で倒れる。騒ぎを聞きつけ、広場にいた仲間たちもやってくる。

 

「なんだ、これは……」

 

 不良達の眼前に立ちはだかるのは美しい少女が一人。その側に味方が一人転がっていた。

 不良達はその異様な光景に恐怖し、一歩後退る。そして少女は不良達を睨みながらこう呼びかける。

 

「さぁ、怪我したい奴からかかってこい」

 

 

 

「ったく……あいつ……バカじゃねえのか……」

 

 一方、有宇はひたすら走って逃げていた。今までの人生でこんなに走らなかっただろうというぐらい全力で走った。

 

「ハァ……ハァ……もう大丈夫か……?」

 

 後ろを振り向くと人の姿はなく、どうやら追手は来ていないようだ。追手が来ていないことを確認すると、近くにあったベンチに座り込む。

 にしてもこれからどうする。店に帰るか?ていうか、もうそれしかないか……。

 確かリゼの親父が、タカヒロとマスターのことを呼び捨てにしていた。リゼ自身も確か、あの親父の紹介であの店で働き始めたらしいし、マスターにこの事を言えば、リゼの親父に動いてもらえるだろう。

 ただ一つ問題がある。リゼの親父にリゼを置いて逃げたことを知られたら今度こそ殺されるんじゃないか?わざと胸を触ったわけじゃなかったのに、僕のことを殺しにかかるような親父だぞ?殺されるかもしれない……。

 じゃあ黙ってるか? いやダメだろ。いくらリゼが強いからといって、あの数を相手にするのは……。

 それにあの中にもぱっと見、かなり強そうな奴も数人いたしな。相手が複数のことも含め、まず勝てないだろうし助けは必要だろう。

 しかし……。

 

「クソッ、どうしろってんだよ……」

 

 このままじゃリゼがボコボコにされて犯されるか、リゼの親父に助けを求めて僕が殺されるかのどちらかだ。クソッ、なんでこんなことになってんだよ。 あのままあそこで解散していればこんなことにならなかったのに……。

 いや、でもそうだ、リゼは僕に逃げろと言ったんだ。なら別にこのまま見捨てても……。リゼの親父だって、リゼの願い通りに動いた僕にどうこうすることは……いやダメだ、そんなのはもう午前中の一件でわかったことだろ。 そんなことを素直に聞く親父じゃない。

 そもそも今から助けを求めて間に合うのか?もうリゼは今頃全員とタイマン張ってるだろうし、今から助けを求めてもどの道間に合わないんじゃないか?

 じゃあどうすればいい……どうすれば……。

 

 選択を責められ、ただ困惑するしかなかった。すると有宇の中に第三の選択肢が浮かぶ。

 いや、あるにはある……あるじゃないか!僕が今からダッシュで戻って、能力を使えば助けられないこともないんじゃないか?今までだってそう、能力の活用を模索してたときだって、腹いせに不良の一人に乗り移って、仲間内させて憂さ晴らししたこともあったじゃないか!

 それに、これならリゼの親父にも、リゼを見捨てて逃げたことも隠せるかもしれない。それでいてリゼを助けられるかもしれない。

 しかし、そこまで考えてすぐに不安が頭を過ぎる。

 いや、だがそううまくいくだろうか。他人に乗り移ってる間、僕の体は無防備だ。相手が数人程度ならまだしも、相手は十人以上いた。

 もし僕が乗り移ってる間に、誰かに僕の無防備な体が発見されれば間違いなくやられる。そりゃクズ共に乗り移って憂さ晴らししたことぐらいはあるが、喧嘩に使ったわけじゃないし、あまりにもリスクが大きい。

 

 そして有宇には更に、不安に思うことがあった。そもそもの話、僕は今、あの力を使えるのか?

 有宇の中にあった不安。それはリゼの親父に能力が使えなかったことだった。

 僕があの親父に乗り移れなかったのは、単に僕が能力を失ったからじゃないのか?もしそうなら、リゼの元に駆けつけたところでなんの役にもたたないどころか、死にに行くだけだ。

 実験したくても、夜で他に人がいないしな。だが今もこうしてる間にあいつが……。どうする、このままリゼを見捨てて逃げるか。それとも僕が……。

 再び選択を迫られる。リゼを見捨てるか、それとも自分が助けに行くか。もう考えてる時間はない。だが……。

 有宇が悩んでいるその時だった。手に持っている人形になんとなく視線を移す。すると────

 

『今日は楽しかった、ありがとな』

 

 不良達から逃げる間際、リゼが自分に見せたあの笑顔が頭に浮かんだ。

 僕は……僕は……!

 

「……クソッ!」

 

 気づけば有宇は来た道をダッシュで駆け戻っていた。

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

「ハァ……ハァ……なかなか手こずらせてくれたじゃねぇかこのアマ」

 

「くそッ……離せ!」

 

 リゼの方は敵に取り押さえられピンチを迎えていた。とはいえ大分健闘し、十人以上いた不良達も今じゃ六人程度しか残っていない。それ以外のメンバーはリゼに倒され戦闘不能となっている。

 しかし流石にこれだけの数を相手にしているため、僅かな隙を突かれて後ろから大男に羽交い締めにされ、更に別の男に足まで抑えられてしまい、(のが)れようがなかった。

 

「さて、手こずらせてくれたんだ。たっぷり楽しませてもらうとするか」

 

 不良たちのボスらしき男が、リゼにいやらしい視線を向けて迫ってくる。

 

「くっ……」

 

 リゼも流石にここまでか……と覚悟したその時だった。

 

「ぐわっ!」

 

 リゼを羽交い締めにしていた男が突然うめき声を上げる。

 チャンスと思い、リゼは自由になった腕で思い切り、足を押さえつけていた男を殴る。

 

「はっ!」

 

 バキッ!

 

「へぶしっ!」

 

 そうして自由の身になると、素早く男達から距離を取る。すると、自分を羽交い締めにしていた男に何があったかを悟った。

 大男の背中にナイフが刺さっていた。しかもそれを刺したのは、仲間であるはずの別のメンバーだったのだ。

 

「てめぇ……」

 

「お、俺じゃない!か……体が勝手に……!」

 

 何だ、仲間割れか?このタイミングで?一体何が……。

 リゼが目の前の光景に疑問を抱いている間にも、更に不思議なことは立て続けに起きる。

 

 ガンッ!

 

「グハッ!」

 

 今度はナイフを刺した男が別の仲間に鉄パイプで殴られていた。

 

「何やってやがるてめぇら!」

 

 ボスの男が仲間達に怒声をとばす。だが仲間達の仲間割れは止まらず、メンバー同士が喧嘩し始めた。

 突然のその事態にボスの男は警戒する。そしてボスの男自身も疑心暗鬼に陥り、仲間が近づこうものなら一発入れていった。だがしかし……。

 

 ブスッ

 

 警戒の甲斐無く、ボスであるその男は突然、自分の太ももに向かって、持っていたナイフを突き刺した。

 

「ぐわぁぁぁぁぁ!!」

 

「ひぃぃぃぃぃ!!」

 

 そしてボスが倒れたことによって、残った不良たちも目の前で起こる謎の現象に恐怖し、パニックに落ちた。

 

「おい待て、てめぇら……逃げる気か」

 

 更に地面に(うずくま)るリーダーの静止を聞かずに、残った不良達は皆バイクに一目散に乗って、リーダー含む動けないメンバーを残して逃げていった。

 だがバイクに乗って逃げたメンバーにも悲劇が訪れる。バイクに乗った内の一人が突然他のバイクに急に幅寄せをし、そのせいで逃げたメンバーも全員見事に事故ってバイクは炎上、逃げたメンバー達の悲鳴や断末魔が辺りに鳴り響く。

 

「くそっ……な、何が起こってやがる」

 

 ナイフによる激しい痛みで地面に蹲るボスの男にリゼが近づく。

 

「た、頼む……助けてくれ……死にたくない」

 

 ボスは近づいてくるリゼに命乞いをした。そこにさっきまでの威勢の良さは最早無かった。

 

「助けを呼んでやってもいいが、もう二度とこんな真似するな。いいな」

 

「わかった!だから……助けてくれ……!」

 

 男が涙を流しながらそう言うのを確認すると、リゼは携帯で救急車と警察を呼んだ。

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

「上手くいったようだな」

 

 有宇は広場にいる不良達をギリギリ視認できる距離にある建物の影に隠れていた。そう、不良達に立て続けに起きた謎の現象は有宇の能力によるものだった。

 全力疾走で現場に戻った有宇は、リゼが羽交い締めにされているのを見つける。そしてすぐに、リゼ達の側にいた男に乗り移った。そしてその手に持つナイフで、リゼを羽交い締めにしている男を刺したのだ。

 これで自分の能力が失われたわけじゃないことを確認すると、同じ要領で次々と他の不良達に乗り移り自滅させた。

 リーダーの男は流石に手強かった。他のメンバーに乗り移ってから攻撃を加えようとしたが、近寄らせまいとぶん殴られてしまったのだ。自分の体は傷つかないとはいえ、流石に痛かったな。

 仕方ないので、リーダー本人に直接乗り移って自滅させたのだ。流石に乗り移った体に自分でナイフを刺すのは、激痛が一瞬とはいえ走るので、結構覚悟がいった。しかし状況が状況なので、覚悟を決めて乗り移って実行に移した。

 結果的に無事成功したようで何よりだ。だが勿論そこで終わりじゃない。

 リーダーの負傷を受けて、残党が一斉に逃げ出した。見逃すこともできたが、散々面倒かけさせられたしな。誰一人として逃がす気はなかった。そして綺麗に横に並列してバイクを走らせてるものだから、一番端を走るメンバーに乗り移って、隣の奴に思いっきり幅寄せてしてやったら、まぁドミノ倒しみたいに事故る事故る。これにて一網打尽というわけだ。

 にしてもこの能力、結構喧嘩にも使えるのな……覚えておこう。ていうか能力が消えたわけじゃないのに、なんでリゼの親父には能力が使えなかったんだ?

 こうして能力は自分の中に健在していることは確認できた。では何故あの男には能力が通じなかったのだろう。

 疑問に思うものの、それに対する答えは浮かばなかった。

 まぁもう今更どうでもいいか。さて、後はもう大丈夫だろうしさっさと帰るか。リゼに見つかると面倒なことになるしな。

 そして、有宇はそのままその場を立ち去ろうとした。しかし……。

 

「有宇!」

 

 立ち去ろうと現場に背を向けたその時、背後にリゼが立っていた。

 しまった、見つかってしまった。不味いな……能力のこととか面倒なこと聞かれる前に誤魔化さないと……。

 

「よ……よう、やっぱ心配になって戻ってきたんだが、大丈夫そうで何よりだ。流石軍人の娘……」

 

「有宇!」

 

 だがリゼは有宇の言葉を遮り、声を強めてそう有宇の名前を呼んだ。流石の有宇も思わずビクッとする。

 

「な、何だよ……」

 

 そして、リゼは驚きの言葉を口にした。

 

「お前……超人なのか」




次回の話は少しRewriteのネタバレ的なことを含みます。
Rewriteの原作ゲーム、又はアニメを見ていない方でネタバレが嫌な人はそちらを先に見ておくことをお勧めしておきます。予めご了承ください。
因みにお話の中で出てきたブラバことBright Bunnyは、ごちうさの8巻に出てくるカフェです。この「幸せになる番」という話では『ブラバ=スタバ』と考えて頂ければと思います。

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