幸せになる番(ごちうさ×Charlotte) 作:森永文太郎
「……というわけで、今年もパン祭りを開催します!」
ある日の午後、この日有宇は女子三人とシフトが重なり共に働いていた。そんな最中、ココアが突然そんな事を言い出したのだ。
「……なんだって?」
「だからパン祭りだよ!もう、有宇くんちゃんと聞いてた?」
「いや、聞いてたけど……」
ココアの話によると、何でも去年、夏のパン祭りと題したイベントをこの店でやったらしい。ヤマ○キじゃあるまいし何でそんなことやってんだって話だし、というかここって喫茶店だよな?パン屋じゃねえんだぞ。
というかなんで突然そんな話をと思うが、なんでもどうやら今年はまだそのパン祭りイベントをやっていないらしく、ココア主催の元、また今年もやりたいのだという。
イベント事なんて面倒な。ココアの話を聞いて有宇はそう面倒くさがる。しかしすぐに思い直す。
しかしまぁ、今も客のいないこの店内を見ると、少しは集客していかないと不味いのかもしれない。まっ、少しぐらいは肌を脱いでやってもいいか。
「で、そのパン祭りはいつやるんだ?」
有宇はココアに尋ねる。
「今週の土曜日!」
ココアは元気にそう答えた。
「今週!?もうすぐじゃないか!」
「うん、そうだよ。はりきっていこう!」
「いやいや待て待て、それなりのイベントなんだし……こう準備期間とかないのか?」
まさかそんなすぐやるとは……。もっと間が空くもんだとばかり思ってたぞ。
するとチノがココアの代わりに有宇の質問に答える。
「いえ、パンの材料は沢山ありますし、前日に普段よりパンの仕込みをするだけなので、それ程期間を空ける必要はありません」
「宣伝とかは?流石にもう始めないとやばいだろ」
今週の土曜となると、もう今日からでも宣伝をやらないとイベントが客に周知されず集客が望めなくなる。
「ふふん、大丈夫。これからみんなで持ち回りで外にちらしを配ります」
そう言うココアの手にはチラシの束らしきものがあった。
チラシ配りか……まぁそれぐらいしか宣伝の手段はこの店にはないか。パソコンとかあればホームページとかSNS等も使えるんだがな。
チラシをわざわざ配り歩くとなると正直かなり面倒くさそうだが、生憎今週は午後のシフトは今日入れてあと一回だけだ。その一回というのが例の土曜日だから、つまりチラシ配りは殆どこいつらが配りに行くことになるだろうから、僕は当日だけ頑張ればいいというわけだ。
「わかった。それじゃあまぁ頑張れよ」
「何言ってるの?有宇くんもやるんだよ」
「……は?何言ってんだ、今週僕の午後のシフトの日は当日のあと一回だけ……」
「うん、でもタカヒロさんにパン祭りのこと話したら、有宇くんも手伝えるようにシフト調整してくれるって言ってたよ?」
「マスタァァァァ!?」
ちょっと待てっ!?そんなこと聞いてないぞ!
てかそんなこと言ったら、午前中に店で仕事して、午後になっても外でずっと突っ立ってチラシ配りの仕事しろってことか!?
てことはこれから一週間、一日中働き詰めじゃないか!?
「取り敢えずリゼちゃんもう外で待ってるし、今日は私とリゼちゃんが外で配ってくるから、有宇くんは、今日はこのままチノちゃんとお店よろしくね。それじゃあね!」
「あっ、おい待て!?」
そう言うと、足早にココアは店を出ていった。
店に残された有宇はというと、今週の日程に絶望していた。朝早く起きてパンの仕込み、こいつらの弁当作りの手伝い、朝飯作り、それが終わったら洗濯物を干したりして、仕事の準備をしてから午前中はカフェの仕事だ。
いつもならそれで終わりだが、今週に関しては、それが終われば午後にこいつらと仕事をしなければならない。いや、前からたまに午後にも入ることはあったけど、今週は毎日か……。
しかもそれが終われば日によっては夕飯の買い出し、それから夕食準備。おまけに休日はパン祭りで大忙しだから今週一週間、一日中働かされっぱなし……ブラックすぎるだろ。
「あの、お兄さん、きついようであれば私から父に言っておきますから……」
有宇を気遣ってくれているのか、チノは有宇にそう声をかける。
その優しさは素直に有り難い……が。
「……いやいい。一応世話になってる身だしな、手伝うよ」
居候身分だとやっぱり断りづらいしな。まぁ、別にただ働きってんじゃないんだし、甘んじて仕事に励むとするか……。
「いえ、本当に大丈夫ですよ。私達だけでもなんとかなりますし無理はしなくても……」
「いや、でも人手は少しでもあったほうがいいだろ。それにこの店が景気よくしてるところは僕も見たいしな」
「お兄さん……!そんなにこの店のことを大事に思って……」
「ああ、なにせ僕がこの店に来てから、この店の席が満席になった所見たことないからな。本当前々からこの店大丈夫かと心配してたところだ」
この店には潰れてしまっては困るからな。少しは客が沢山来るところを見て安心したいところだ。それにここが潰れたら本当に行く場所がなくなっちまうしな。
「……」
「ん、どうしたチノ?」
何故かチノが微妙な表情を浮かべて黙り込んでいた。
「そういう意味ですか……いえ、何でもありません」
てっきり店のことを大切に思ってくれていると思っていたので、有宇の言葉に内心がっかりしたチノであった。
「?まぁいいか、とにかく僕も手伝うし心配するな」
「わかりました。でも無理はなさらないでくださいね」
「ああ」
こうして、パン祭りまでの一週間、有宇のハードな日々が始まった。
◆◆◆◆◆
「えへへ、有宇くんと二人きりって珍しいね!」
「そうだな……はぁ」
「その溜め息はなに!?」
「別に……」
いや、誰とやろうとやることは変わらないんだけどさ……こいつと仕事とか不安でしかない。
「とにかく、お客さんに来てもらえるように頑張っていこー!」
「……おぉ」
「ダメだよ有宇くん、そんなんじゃお客さん来てくれないよ?」
「お前のテンションについていけないだけだ」
「え〜いつもと変わんないよ?」
いつもテンション高けぇってことだろ。ったく、ココアは無駄に元気があるから一緒にいるだけで疲れる。
この日、有宇はココアとチラシ配りを担当することになり、人の集まりやすい広場に来ていた。
見た感じそこそこ人もいるし、この広場は効率良く配るには絶好のスポットと言えるだろう。シャロもここでよくフルールのチラシを配ってるしな。真似するようであれだが、こっちも商売だし、利用できるものは利用していこう。
「それじゃあはい、これ有宇くんの分」
「あぁ」
そして有宇はココアからチラシを受け取る。
そういえばチラシのデザインとか聞いてなかったな。
そう思いココアから受け取ったチラシを見てみる。まず目に入ったのが手描きのうちにいる毛玉うさぎ、そして『ウェルカムカモーン』と、でかでかと書かれた文字だ。
「……何だこれ」
「あ、それ私が去年書いたやつなんだ。今回は時間がなかったからデザインはほとんど去年の使い回しなんだけど、今年のはちゃんと去年間違えたスペルミスも直してあるし、なかなかいい味出してるでしょ」
何故か自慢気にそう言う。
いや、普通にひどいなこれ……つか手描きかよ。手描きにするならもうちょっと綺麗に書けよ。
チラシを見た瞬間から、有宇はこのチラシの出来に不満しか抱かなかった。
ていうかなんだウェルカモーンって。おまけにこの毛玉うさぎの絵、なんか目がでかくてキモいし、字が小さくて見にくい上に、背景がピンクで目がチカチカして、より字が見えにくくなっている。店への地図も抽象的過ぎてめちゃくちゃわかり辛い。
ある意味人目を引くチラシではあるが、まるで子供の落書きだ。酷過ぎる。
もっとマシなものかと思っていたのだが……ていうかこいつに書かせたら間違いなくアウトになるってなんとなくわかるだろ。なぜチノもリゼも止めない。
「次こういうの作るときは、お前には一切任せない方がいいな」
「ええ!?なんで!?」
なんでじゃねえよ。……はぁ、このイベント本当に大丈夫かよ。
パン祭りの先行きが一気に不安になる有宇であった。
それから二人はチラシ配りを各々開始した。
そして早速有宇は、帰宅途中と思しき二人組の女子高生に声をかけた。
「すみません」
「はい?あっ……///」
話しかけられた女子二人は有宇の姿を見た途端頬を赤らめる。
制服からしてリゼとシャロの通うお嬢様学校の生徒か。どうやらファーストコンタクトは成功したようだ。
「今週の日曜日に何かご予定はありますか?よろしかったら、実はうちの店でこういうのをやるんですが」
女子生徒二人にチラシを渡す。
「パン祭り……?」
「はい、よろしければ是非」
女子生徒二人に優しく微笑む。
「は、はい……///あ、あの!当日は店員さんもいますか?」
「はい、その日は一日中いますよ」
そう言うと女子生徒は、二人で「キャーッ!!」と声を上げ、「絶対行きます!!」と言って去っていった。
「おお有宇くん、モテモテだね〜」
有宇の様子を見てココアが言う。
「当然だ。お前も無駄口たたいてないでさっさと配れ」
「は〜い」
つーか今更だが、こいつ含めそうだけど、僕の周りの女どもは僕に惚れることはなかったよな。他の男よりも顔はかなりいいはず……だよな?
ココア達があまりにも自分のことを意識しないことに気付き、少し自分に自信をなくした有宇であった。
「ふぅ、流石に疲れたな」
配って一時間は経過しただろうか。ずっと声出して立っているのも結構きついものだ。 だが、若い女子をターゲットにして配った甲斐あって、持っていたチラシはもう僅かだ。まぁ僕の手にかかればこんなものだ。
少し自分に自信を取り戻したところで、そういえばココアの方はどうだろうと思い、有宇はココアの様子を見に行くことにした。
ココアの持ち場に行くと、ココアの声がはっきりと聞こえてくる。
「パン祭りやりま〜す。是非来てくださ〜い」
相変わらず馬鹿みたいに元気だな……。
しかしまぁ、僕ほどじゃないがそこそこチラシは減っているようだ。人当たりはいい奴だし、こういうのは元々向いているんだろう。
「あっ有宇くんお疲れ。おおっ!いっぱい配ったね」
すると、ココアが有宇に気付き声をかけてくる。
「まあな、僕にかかればこんなものさ」
最初は若い女子をターゲットにして、女子が通るたびに積極的に話しかけてチラシを渡していたのだが、途中から僕が話しかける前にむこうから群がるようになっていた。そのおかげで持っていたチラシがみるみる減っていく。これというのも二枚目の僕だからこそやれるというもんだ。
有宇が一人鼻を高くしていると、二人の元に年端もいかない四〜五歳ぐらいの幼い子供がやってきた。
「お姉ちゃん、それちょうだい」
「いいよ、はいどうぞ。おいしいパンがいっぱいあるからお母さんと一緒に来てね」
そう言ってココアはチラシを子供に渡す。
「うん!」
子供はチラシを受け取ると、向こうの方にいた友達と思しき数人の子供の元へと走って行った。
そして、子供の姿が見えなくなると、有宇はココアに言う。
「なぁ」
「うん?どうしたの?」
「もしかしてお前、子供にも配ってるのか?」
「え?そうだけどそれがどうしたの?」
「いや、ダメとまで言うつもりはないけど、チラシ印刷するのだってタダじゃないんだしあんなガキに配るのはやめた方がいいんじゃないか?広告費ドブに捨てるようなもんだろ。あんなガキに渡したところでどうせ家で紙飛行機にされるのがオチだぞ」
「え〜そんなことないよ。ちっちゃい子だってみんなパン好きだろうし」
「けどあれぐらいの歳のガキに渡しても、実際金出して来るのは親だぞ。喫茶店は子供を連れてくのには不向きだ。狭い店内じゃ子供の声が響いて他の客に迷惑がかかるから、あまり子連れの母親は喫茶店には行きたがらないだろう。それにパンはともかく喫茶店は子供の好きな飲み物も少ないしな。うちなんかその典型だ」
喫茶店は店が何を売りにするかにもよるが、子連れ客向きではない。小さいガキンチョは席でじっとしているのが苦手だし、泣きわめいたりもする。他の客に自分の子供が迷惑をかけるかもしれないと心配する親は行きづらいだろうし、子供向きのメニューが少なければ尚更心配することだろう。
特にうちの店なんかはチノの祖父の意向でドリンクメニューはコーヒーが殆だ。苦いコーヒーは子供は好まないし、かといってコーヒー以外のドリンクメニューは牛乳と紅茶しかない。
おまけに店内はそこまで広いわけじゃないから、子供の泣き声や叫び声が響き渡りやすい。それも子連れの親から見たらマイナスだろう。
小さい子供が好きそうなジュースの類も置いてない上、自分の子供が迷惑をかけやすく、居づらくてゆっくりもできない、そんな子連れにとっては少し敷居が高いのがこの店だ。
そして理由はこれだけではない。
「チラシ配りは受け取ってもらうのも大事だが、チラシの数が限られている以上、うちに来る客層かどうかもしっかり見極めるべきだ。そういう意味でも子供にチラシを配るのは得策じゃない。今みたいに要求されたら渡さないわけにはいかないが、そうでないなら渡さん方がいいぞ」
僕が小学生の時だ。昔小学校の課外授業かなんかでクラスで学校外に出たとき、クラスの他の連中がふざけてチラシを大量に貰ってきた。それでまだ家に持って帰るとかならともかく、奴等は貰うや否や紙飛行機にして飛ばして遊んでいやがった。
ガキとはそういうものだ。チラシなんて奴等に玩具を与えると同義。こちらの意図なんぞ理解してないし、タダで貰える玩具程度にしか考えてないのだ。
大体ガキは金がない。喫茶店のメニューなんてガキの欲しがるものも少ないし、端から顧客になり得ない。敷いて言えばその親が顧客になり得るが、親の手に渡るまでが稀だし、その親だって来るとは限らない。
確かにチラシを貰った人間が全員来てくれるはずはないが、だからといって奴等に広告費を割くのは本当に無駄でしかない。ただでさえうちは貧乏喫茶店で、チラシを刷るのにだってそんな高い金かけられないっていうのに、その限られたチラシを、来る望みの薄いガキ共に割いてたまるか。
つまり、僕の経験則含め、子供にはチラシを配るべきではないと考えるのが定石だろう。実際僕はというと、子供単体でチラシを貰いに来たときは、「コーヒー苦いぞとか子供が飲めるものじゃないぞ」という風に遠回しにチラシを受け取らせないようにしていた。
有宇がそう言い終わると、ココアはポカンと間の抜けた顔を浮かべている。
「どうした?」
「ううん、なんか感心しちゃって。てっきり有宇くんのことだから子供が嫌いとかそういう理由かなって思ったけど、ちゃんとお店のこと考えてくれてたんだなって」
「確かにガキは好きじゃないが、仕事との区別ぐらいつけてるさ」
有宇がそう言うと「それもそうだよね」とココアは笑う。しかし「でも……」と続ける。
「確かに、集客率を考えるなら有宇くんの言う通りなのかもしれないけど、私は色んな人に来て欲しいな。それで色んな人にラビットハウスのコーヒーを味わって欲しいの。だから相手がちっちゃい子でも、そのための機会を奪うようなことはしたくないな……なんて私のワガママかな」
こいつらしいといえばそうだが、僕には理解できない。
ティッシュ配りのバイトだって、ガキの方から欲しいと言われない限りガキ相手に渡そうする奴はそうそういないだろう。
それにこういうチラシ配りによる広告のいいところは、自ら狙った客層をターゲットにできることだ。その利点を生かさないでどうする。効率がいいとわかっているならその方がいいじゃないか。なのに、何故あえて非効率な手段を取るんだ。
色んな人というなら、それこそたくさんの人に来てもらえるように客層を絞ったほうがいいと思うんだが……。
まぁ、それを言ってもこいつには無駄か。 そういう理屈が通じる奴じゃないだろうしな。別に悪いことでもないわけだし、納得はできないが、わざわざ反論する気にもならん。
有宇は一言溜息を履くと、呆れたように一言言う。
「ま、勝手にしてくれ」
ココアはただニコリと笑っていた。
それから有宇は、自分の持ち場に戻り再びチラシを配り始める。すると有宇の目に見知った顔が映る。
「おい、シャロ……」
有宇がそう声をかけると、彼女はくるっとこちらを振り向いて万面の笑みで答える。
「フルール・ド・ラパンで〜す!よろしくお願いします!」
「……よう」
仕事中の営業スマイルなのはわかってるんだが、なんかいけないものを見たような気分だ。
シャロも知り合いだと気づかずに営業スマイル全開なところを見せてしまって少し恥ずかしいのか、コホンっと咳を立てて顔を赤らめていた。
「あんた、そんな格好でなんでここにいるのよ。お店はどうしたのよ?」
「お前と同じチラシ配りだ。土曜にパン祭りをやるんだよ。お前も来るか?」
そう言ってチラシを見せる。
「ふ〜ん、そういえば今年はまだやってなかったわね。あっでも今年もその日は一日中バイトだから行けないわ。ううっ……お腹いっぱいメロンパン……」
するとシャロは悔しそうに目に涙を浮かべる。
メロンパン好きなのか?なんとなくこいつって黄色のイメージカラーあるから、メロンパンの色とも似てるし、何かシンパシーを感じてしまう。にしても落ち込みすぎだろ……。
哀れに思った有宇は、珍しく気を使って声をかける。
「パンぐらいなら持ってくるぞ別に」
「本当……っ!!あっ、んんっ……ありがと」
今すごい嬉しそうだったな。
すると今の声でシャロがいることに気付いたのか、ココアがこちらにやってきた。
「あっシャロちゃんだ。シャロちゃんもチラシ配り?」
「ココアもいたのね。二人だけ?」
「うん、今日は有宇くんと二人でチラシ配りだよ」
「そう……ならいいけど」
シャロがほっと安堵する。
どうせリゼのことでも考えてたんだろうな。生憎今日、リゼはチノと店番だけどな。まぁ、こいつ的には僕と二人きりでいるよりはいいって感じだろうな。
しかしココアがここで余計な一言を加える。
「あっ、でも明日は有宇くんとリゼちゃんがチラシ担当だよ」
「なぁっ!?」
あ、このバカ余計なこと言うなよ。
「べ、別に羨ましくないけど!有宇!リゼ先輩に変なことするんじゃないわよ!」
「別にしねぇよ!」
こいつ、リゼの事になると本当めんどくせぇな。
またなんか色々因縁つけられても面倒くせぇし、元々何かするつもりはないが、素直に頷いた方がいいだろう。
「ならいいわ。じゃ、私は仕事に戻るから。あんた達も頑張んなさいよ」
「じゃあねシャロちゃん」
有宇も軽く手を振る。それからシャロはすぐに満面の笑みでチラシを配り始める。
にしても、人への対応を瞬時に変えられるところを見ると、あいつもなかなか役者だな。そういやココアも前にそんなこと言ってたか。僕も人に良い顔するのは得意のつもりだったが、世の中探せば他にもそういう奴はいるもんだな。
そしてココアもシャロの仕事ぶりに感化されたか、はりきった様子で有宇に言う。
「よし、じゃあ有宇くん、残りも配っちゃおう!」
「あぁ」
それから二人もチラシ配りに戻り、今日一日分のチラシを配り終えた。
◆◆◆◆◆
「あぁ、店で仕事だと座ってられるからいいな」
「おい、怠けるな。仕事中だぞ、全くだらしないな」
「んだとぉ。こっちは午前中から入ってんだぞ。客もいないんだし少しぐらいいいだろ」
一昨日はココアと、昨日はリゼとチラシを配り、今日はまたリゼと二人で今度は店番。
別になんかあったわけじゃないが二日連続チラシ配りで外に立ちっぱで、ずっと声張ってなきゃいけないのはとても疲れる。
特に僕の場合若い女性をターゲットにしてるので、気は抜けないしな。しかし店には早速チラシ効果で、パン祭り前だが客がそれなりにやって来た。
今はラッシュが終わって客もいないので一休みしていたところだ。
「こいつ……この姿をさっきの客達にも見せてやりたいな」
「ほっとけ」
ちなみに先程まで、早速有宇からチラシを貰った女性客達が店に来ていた。女性客の殆どは女子高生で、リゼ達の通うお嬢様学校の生徒達であった。
お嬢様ということもあり男子との関わりがあまりないのか、比較的顔立ちの整っている有宇に興味津々の様子で、パン祭り前にも関わらず店にやって来たようだ。
女子にちやほやされて普段なら素直に喜ぶ有宇だが、今日は素直にそう喜ぶ気にはなれなかった。その理由は……。
そして有宇はリゼに厭味ったらしく言う。
「にしてもお前、女子のくせに女子に人気があるとはな」
「別にそんなことないだろ」
リゼはまるで自覚なしって感じでそう答える。
「さっきいた女子どもの中にいたお前の学校の女子数人が、僕を無視してお前にまっしぐらだったのを僕は忘れてないぞ」
「ゔっ……!それは……」
有宇の不機嫌の理由。それは先程やって来たお嬢様学校の女子達の何人かが、有宇を無視してリゼのもとへまっしぐらだったことだ。有宇にとってはそれが地味にショックだったし、プライドを傷つけられたのであった。
クソッ、こいつ特別ボーイッシュってわけでもないのに、なんであんなに同性に好かれてんだよ。確かに頼りがいがあるところとかは男らしさがあるのかもしれんが、近くにこの僕がいるにも関わらず、この僕を差し置いて向かうほどなのか?
ていうかそういう百合っていうのか?女子同士でそういうのってシャロぐらいしかいないだろうと思ってたのに、他にもそういう奴が結構いることが一番の驚きなんだが。
創作物とかでは、よく女子校で女子同士の恋愛模様が描かれたりするけど、こうして現実で目にして、改めてそういうのって本当にあるんだなって思えるよ本当。
「ふん、女らしくなくて悪かったな」
すると、リゼが機嫌を損ねる。どうやら女子らしくないと言われたことにふてくされてしまったようだ。
「なんだよ、んなこと言ってねえだろ。拗ねんなって」
有宇がそう言うものの、リゼはそっぽを向けたままだ。すると、今度は何やらぶつくさと呟き始めた。
「演劇部の助っ人に出る時も男役ばかりやらされることが多いし、やっぱり私は女らしくないのか……?」
部活の助っ人なんかやってたのか?
そういうの漫画の中だけだと思ってたが、現実でもそんなことってあるんだな。
にしてもなんかさっきからこいつの周りだけ漫画みたいになってないか?お嬢様学校、百合が日常茶飯事、部活の助っ人、まるで少女漫画の世界を体現したかのようだ。
部活の助っ人やってるってことは、じゃああれもあんのか?有宇は気になったのでリゼに"あれ"について聞いてみる。
「なぁ、部活の助っ人してる時ってさ、周りに結構人いたりするのか?」
「えっ?あーそうだな、結構応援してくれる人が来てたりするな」
「……それってお前の応援だったり……?」
「まぁ、私も応援されるけど、別に私だけってことはないと思うぞ」
出た、部活の助っ人すると、自分のファンの生徒が集まってくるやつ。まさか本当に現実でそんなことがあるとは……。
つまりこいつ、本当に学校じゃ「お姉さま〜♪」って感じなのかよ。んだよそれ、男の、しかもそこそこモテてるはずの僕でもそんな漫画みたいなモテ方したことねぇよ。
「クソッ、僕としたことが羨ましいと思ってしまった……」
「何を羨ましがってるんだ!別におまえの思ってるようなもんじゃないぞ!」
リゼはそう言うが、僕はさっき実際に、こいつが女子生徒にちやほやされているところを見ているからな。リゼ自身、自覚はないようだが、学校でのこいつはまさにアイドルのようなものなんだろう。
すると先程までと打って変わって、何やらしゅんとした様子のリゼが、有宇に尋ねる。
「なぁ有宇、やっぱ男のお前から見ても私はその……女らしくないのか?」
なんだ突然、急に萎らしくなりやがって。女らしいかだって?そんなもん……。
「知るかよ。んなことどうだっていいよ。んなこといちいち気にすんなよ鬱陶しい」
「なっ!?こっちは真剣に悩んでるっていうのにお前って奴は……」
「知らねーよ。大体、んなこと気にしてる時点で自覚あるってことだろ?じゃあそういうことなんだろ」
こいつが男らしいとか女らしいだとか、そんなことにいちいち興味は持たない。他人の悩みごと程どうでもいいことも他にないもんだ。
しかし有宇の答えを聞いたリゼは「そうか……」と呟き、顔を俯けた。
あれ、言い過ぎたか?てっきりいつものようにポケットから銃を取り出してキレるのかと思ったのだが……。
流石の有宇も落ち込んだ様子のリゼを見て、少し心配する。
しかしあれか、あまりリゼと関係悪くするとシャロとの関係もまた悪くなりそうだな。またあいつに「リゼ先輩になんてことを……!」とか言われるとまた険悪な感じになるかもしれんな。
それにここでの僕の立場は低い。シャロ以外にも、ココア含めた女子グループにリゼを苛めたとかどうとか文句つけられると面倒なことになりそうだ。少しはフォローしてやらないとまずいか。
そう思うと有宇は途端にリゼにフォローを入れ始める。
「まぁあれだ、そんな気にすんなよ。お前にもそのうち女らしいところの一つや二つぐらいつくようになるだろ」
よし、華麗にフォローしてやった。
そう思い有宇はやりきった感じになっていたが、対するリゼの反応は微妙そうな表情を浮かべている。
「お前……もしかしてだけど、それってフォローしてるつもりか?」
「他に何だと?」
有宇は自信満々に答える。するとリゼは微妙な表情を浮かべたまま言う。
「お前……モテないだろ」
「あ゛!?モテますけど?」
喧嘩売ってんのかこいつ!?
リゼの突然の罵倒に、有宇は機嫌を損ねる。
「確かにお前、顔はいいんだろうけど、多分誰かと付き合ってもそんなんじゃすぐ別れるのが目に見えてるぞ。なんかお前って結構空気読めないとこあるし、気も使えないし、そんなんじゃモテたところですぐ呆れられるぞ」
「ぐぬぬ……」
リゼは思っていることを有宇に容赦なくズバズバと言い放った。
この野郎……!言わせておけばいい気になりやがって!
「うるさいっ!大体何故僕が気を使わなきゃならんのだ!寧ろ僕としては、こっちが付き合ってやってんだよ!そんなんですぐキレる女なんて端から僕の眼中にないっつうの!」
有宇がそう言い切ると、リゼは「はぁ……」とため息を吐く。
「べつにお前がどんなスタンスを取ろうが私は別に構わないが……。まぁ、けどお前と付き合う女性は苦労しそうだなって思っただけだ」
そんなリゼの反応にイラッときた。なので先程フォローしたばかりだったが、有宇はボソッと愚痴を漏らす。
「……そんなんだから女子にしかモテねぇんだろ」
有宇が小声でそう愚痴ると、どこから取り出したのか、リゼは銃を有宇の額に押し付ける。
「なんか言ったか……?」
「ヒッ……!な……何も言って……ません」
「そうか、ならいい」
そう言うと銃をポケットにしまう。
こいつ、以前から何も変わってねぇ!銃を向けられるこっちの身にもなれよ!ていうかそれ、流石にモデルガンだよな?でもこいつの親父が軍人とか言ってたし……本物じゃないよな?
なんか少し気になったので、有宇は銃について尋ねてみることにした。
「なぁ、いつもそんなもん持ち歩いてんのか?」
「あぁ、護身用にな。あとコンバットナイフも携帯してるぞ」
そう言うとポケットから、よく軍人とかが持ってそうなでかいナイフをポケットから取り出す。
「見せなくていい!いいから仕舞え」
有宇がそう言うと、リゼは素直に再びナイフをポケットに仕舞った。それから再びリゼに尋ねる。
「なぁ、それって親の方針とかだったりするのか?」
ミリオタっていうんだっけか。こういう銃とかナイフが好きな奴は一定層いることは知っている。だが、だからといって普段からそんなもん携帯してる奴は中々いないし、それもこいつは女子だ。女子でここまで重度のミリオタはそうそういないだろうし、普通じゃない。
だからもしかして自分の意志ではないかもしれないと有宇は思った。確か親が軍人とか言ってたし、何か複雑な事情があるのかもしれないと思った。もしかしたらそれで父親の方針でそんな危ない物を持たされてるだけかもしれないと思ったのだが、有宇の予想はあっさりと覆される。
「まぁ、確かにうちの親父は軍人だけど、これは私の趣味だ。常時肌身離さず持ってるのは一応護身用にな。まぁ、体術だけでもそこらのチンピラ程度なら軽くいなせるけど」
……まぁ、そうだよな。別に親の方針で持たされてるだけなら、持ってるだけで使わなきゃいい話だし、割とこいつ平気で取り出してくるもんな。
予想は着いてたっちゃ着いてたが、リゼの答えに若干呆れる。更にリゼは語り出す。
「幼少の頃からよく親父の部下の訓練キャンプに付いていったりしてな。それがまたすごく楽しいんだ。勿論、訓練だから厳しくもあるんだが、ああした環境でしか感じることのできないものがあるんだよ。それに親父の趣味でミリタリー映画は揃ってたからよく見てたし、うちには射撃場もあるし、趣味を謳歌するのに事欠かなかったよ。そうそう、あとうちのコレクションルームには……」
「長い長い!いつまで続ける気だその話!」
長くなりそうだったので、話の途中だったが有宇は話をやめさせた。
「ったく、お前の趣味の話なんざに興味ないってのに……」
勝手にべらべら喋り出しやがって。僕はミリタリーなんざに興味はないぞ。
するとリゼは再び急にしゅんとした態度をみせる。
「すまない、やっぱりこういうところが駄目なんだろうな……女らしくなんてなれないはずだよな……」
なんか先程よりも落ち込んでいるように見える。
なんか思った以上に女らしくないだとかを気にしていたようだな。おそらくリゼはその要因がミリオタ趣味にあると考えているんだろう。それだけじゃないと思うが……
まぁ何にせよ、こいつが萎らしくしてるのはなんか見てられんしな。流石にもう少し真面目にフォローしておくか。
「……まぁ、あれだ、人にすぐ銃を向ける癖を直した方がいいが、ミリオタ趣味自体はそんなに気にする程でもないだろ。それにお前料理とか結構上手いし、僕から言っても顔は悪くないしな。聞けば他にも色々できるらしいじゃないか。それだけでも十分女らしいんじゃないか?」
ココア達から聞いた話だと、リゼは髪型のセットから裁縫から何から何までできるという。それと合わせて料理も上手いし、ぶっちゃけ言うほど男らしいかと言われるとそうでもない気がする。
何でもできて頼りがいがあるというのは男らしいと言えなくも無いが、髪型のセットとか、世間一般的に女らしいに含まれることも出来るんだ。女らしくないわけじゃない。
それに顔も悪くない。スタイルだっていい。身長も高めで出るとこ出て、引き締まるとこは引き締まってる。別にボーイッシュってわけでもないんだ。男らしい頼りがいのあるところやミリオタ趣味があったところで、外見も内面も含めてそんな男らしいってことはない。寧ろ十分女らしいといえる。
いちいちこんなことを僕の口から言いたくはないが、言ったほうがリゼも納得するだろうしな。これでリゼも少しは機嫌を直すだろう。
そう思ってリゼの方を見る。しかし、何故かリゼは顔を俯けてプルプルと震えていた。
「ん?どうした」
「な、な、何を言ってるんだお前はぁぁぁ!?」
「ええぇぇぇ!?」
なんでフォローしてやったのにキレられるんだよ!
だがリゼの顔をよく見ると顔が真っ赤だ。もしかしなくてもだがこいつ……照れてるのか?
「か…可愛いとか私をからかってるのか!?」
「いや可愛いなんて言ってねえよ。いいから落ち着け」
リゼをなだめて、ひとまず落ち着いてもらう。
「すまない、取り乱した……」
「いや、別にいいけど、案外褒められ慣れてないのな?」
「あぁ……なんか恥ずかしくてな。お前はそういうの平気そうだよな?」
「まぁ、当たり前のこと言われてもなって感じだしな」
「……お前のその自信過剰なところ少し分けてもらいたいぐらいだ」
「僕が自信過剰なんじゃない。僕はただ事実をありのままに受け止めてるだけだ。お前も素直に受け止めろ」
「受け止めろってそんなこと言われてもな……恥ずかしいしだろ」
今日のこいつは本当に、いつもよりなんか萎らしいな。なんというか、さっき僕に銃を向けたような覇気がない。
「謙虚は美徳とはよく言うが、力があるのに力がないように思い込むのは逆に周りを苛立たせるってもんだろ。例えばお前がブスの前で『あたし、そんなに可愛くないから……』なんて言ったらそいつの心中は酷く荒れることだろうな。『じゃあお前が可愛くないっていうなら、お前よりブスな私は何なんだ』ってな」
「そう言われるとそんな気もしてきたが……っていうかブスとかそういう言葉はあまり言うもんじゃないぞ」
「は、優等生気取るな。事実を事実として言って何が悪い。大体折角他人より優れたものを持ってるのに、それを自分で否定してどうする。リゼ、聞いた限りお前は周りに大分評価されてる。だからそれは素直に喜ぶべきだ」
自分の持つ力、リゼの場合はさっきも言ったが多彩な能力とその美貌だ。頼りにされるほど何でも卒無くこなせる力。そして周りを引き寄せる外見。スタイルも出るところは出ていて、引き締まっているところは引き締まっている。顔だって悪くない。いや、ぶっちゃけかなりいい。
周りの女子達だって、何も全員が全員、リゼを男らしいと見てるわけではないはずだ。完璧なリゼに同性として憧れや魅力を感じるからこそああして評価しているのが殆どだろう。
結局のところ、それをリゼはみんなが自分を男らしいと見ていると思いこんでいるに過ぎないと僕は思っている。
だが有宇がそう言ってもリゼは納得のいかない様子だった。
「と言ってもな……」
まぁ言いたいことはわかる。
僕とは違い、要は周りに評価されたいとかではなく、ただただ自分が女らしくありたいのだろう。どんなに評価されようとも、女らしさで評価されないと本人的には意味がないのだろう。
ここだけ聞くと贅沢な悩みのような気もするが、こいつの場合、自分自身の評価と周りの評価が邪魔して自分は女らしくないと思ってしまっている。だからそれが自分の欠点だと思いこんでいる節がある。
なら、ここで無理に気にするなと言うより、こいつの中の定義を変えてやればいい。そう思い有宇はリゼに問いかける。
「リゼ、じゃあ逆に聞くが女らしいってなんだ?」
「え?そりゃ……お淑やかな感じの……?」
「自分でもよくわかってないだろ。だいたい女らしいの考え方なんてもんは人それぞれだ。顔だったり、それこそお前のようにお淑やかさだったり色々だ。そんなもんいちいち気にしてたらきりないぞ」
「そう……なのか……?」
「あぁ、それにさっきも言ったがお前は器量いいし、あのココア達を引っ張っていくだけの統率力もある。料理もできるしよく働く。これだって人によっては女らしいと言えなくもない。それに下手にキャラ変えたところで周りを心配させるだけだろうしな。だからあんま気にすんな。お前は今のままでいい」
そう言い終わると、リゼは有宇の言葉に呆気を取られたのか呆然としている。
「ん、どうした?」
「有宇……!お前……やればできるじゃないか!」
「あ゛!?」
この野郎……一体僕をなんだと思ってやがる。
「勘違いすんな!外見その他諸々いいところはあっても、女らしさとか云々別にして、お前が銃やナイフを忍ばせてる危ない奴なのには変わりないからな!」
「わ、わかったって……!」
折角慰めてやろうとしてやったのに馬鹿にされて苛ついたので、若干キレ気味で嫌味たっぷりにリゼに言いたいこと言ってやった。
しかしリゼはそんな有宇に、にこやかに微笑みかける。
「悪かったよ。有宇なりに元気づけてくれたんだよな。ありがとな、有宇」
その笑顔に思わずドキッと、有宇の胸の鼓動が高まる。
いやいやいや、外見に惑わされるな!こいつの中身を忘れたのか!?銃だのナイフだの平気で持ち歩く危ない女だぞ!落ち着け落ち着け……。
今まで見たことないようなリゼの笑顔に、内心ドキドキな有宇であった。
カラン
するとその時、店の扉が開いて見知った顔の二人が入ってきた。
「リゼ先輩、有宇、こんにちは」
「リゼちゃん、有宇くん、お邪魔するわ〜」
シャロと千夜だった。こんな平日に珍しい。二人とも今日は仕事ないのか?
「どうしたんだ二人とも?まだパン祭りの日じゃないぞ?」
「いえ、今日は普通にお客さんで来ました」
シャロは相変わらずリゼに対しては態度違うのな。学校の先輩っていうのもあるんだろうけど、まぁ、理由はそこじゃないんだろうな。
するとシャロはキョロキョロと店内を見渡す。
「ココアとチノちゃんはいないんですね」
「ああ、今日は二人とも外でチラシ配ってるよ」
今日はココアとチノが配りに行ってる。
最も昨日までで大分配れたと思うからもう必要ないとも思ったのだが、ココアが結構チラシを印刷していたので、ひとまずなくなるまでは配りに行こうということになったのだ。
あのチラシ、無駄にカラー印刷だからな。モノクロよりカラーの方が見えやすいしいいんだけどさぁ。けどカラーだと一枚一枚の印刷費がモノクロのものより高いし、今度刷る機会があるときは、枚数少なめにしないとな。
「それより二人で何話してたの?」
千夜が有宇とリゼの二人に聞く。
「いや、その……ちょっと有宇に自信をつけるコツみたいなのを聞いてたんだ」
流石にさっきのことを話すのは恥ずかしかったのか、どうやらさっきまでの話はシャロたちには隠しておくつもりのようだ。
「自信?あぁ確かに有宇って自信過剰ですもんね」
「そうね〜」
シャロと千夜は、目の前の有宇のことなどお構い無しに好き勝手言う。
「……本人の目の前で言うなよ」
流石にちょっと傷つくぞ。
そして有宇の言ったことなど無視して、シャロはリゼを元気づける。
「でもリゼ先輩、もっと自信たっぷりでもいいと思います!リゼ先輩かっこいいですし可愛いですし何でもできますし!」
「あ……ありがとなシャロ」
意外だな。今のを聞いて有宇はそう思った。
こいつはリゼのことを男らしくてかっこいい先輩としか見てないのかと思ってたが、そういうわけではないらしい。一応リゼの女子らしい一面にも惹かれているようだ。流石というべきか、ガチ勢は違うな。
「というかシャロも有宇と同じ様なこと言うんだな。流石に照れるな」
あっバカ、言っちゃだめだろそれ!
千夜は「まぁ♪」と言って微笑んでいたが、シャロは「なぁ!?」と言って驚愕の表情を浮かべた。そしてすぐに物凄い勢いで有宇に詰め寄ってきた。
「ちょっと!!今のどういうことよ!?」
「別にお前の思ってるようなことじゃない!自信をつけてやろうと色々言っただけだ!本当だ!」
リゼを口説いたと思われると色々厄介だ。またシャロに目つけられたらたまったもんじゃない。
取り敢えず気まずいので話を逸らそうと有宇は周りを見渡す。するとシャロが何か持っているのに気が付く。
「そ、それよりもお前、何持って来たんだ?」
「……なんかはぐらかされたような気がするけどまぁいいわ。っていうかお前って……前から思ってたんだけど私の方が年上なんだけど」
「いやだって僕より上だなんて思ってないし」
「なんですって!?」
無遠慮な有宇の態度にシャロは憤る。するとすぐにキレるシャロを千夜が
「落ち着いてシャロちゃん。ほら深呼吸して」
「落ち着いてるわよ!ったく。でもそうね、あんたがそういう奴なのはもうこの数週間でわかってたことだわ。さっきのリゼ先輩のことも何かの勘違いよねきっと」
そして何やら自問自答してひとまずシャロは落ち着いた様子をみせる。
「でシャロ、結局何を持ってきたんだ?」
改めてリゼがそう聞くと、シャロはすっかり調子を良くして答える。
「本屋で買った雑誌です」
そう言って持っていた雑誌を有宇とリゼに見せる。
「あ、この雑誌って以前取材受けたところの?」
「はい、そうです。この雑誌、結構美味しい喫茶店紹介してくれるので、あれからもたまに買ってるんです」
「本当はまたリゼちゃんの写真が載らないかチェック……」
「言うなバカァァァァァ!」
とシャロのシャウトが店に響いた。
一方有宇はというと、三人が仲良く話してる中、一人疎外感を感じていた。
以前?取材?
有宇には三人の言ってることがわからなかった。取り敢えずこのまま放っておかれるのは癪なので聞いてみることにする。
「取材って何のことだ?」
すると三人は「ああそっか」といった感じで顔を合わせる。
「あぁそうか、あの時はまだ有宇がいない時だもんな」
とリゼ。
「去年取材を受けたのよ。フルールと甘兎が」
とシャロ。
「その後ラビットハウスも取材されてたわよね」
と千夜がそれぞれ答える。
へぇ、そういやそんなことココアが食事のときかなんかに話してたような……。
それから雑誌に目を移す。すると、雑誌をよく見ると、何やら既視感があった。
(ん…?この雑誌って…)
雑誌をよく見てみると、やはり何故か見覚えがあった。もしかしてと思い、有宇は三階へ駆け上がる。
「どこ行くんだ有宇?」
「ちょっとな」
そして自分の部屋に行き、カバンの中のこの街を調べる際に古本屋で買った中古の雑誌二冊を持ってくる。
「それは?」
「僕がこの街のことを調べるのに使った雑誌だ。やっぱり僕が思った通り同じ雑誌だ」
有宇の読み通り、シャロが買って来た雑誌と同じ『Walker』雑誌だった。各地の飲食店とかを紹介する情報誌のようだ。どうやら割と広い範囲で売られてるようだな。
「まぁそれを確かめたかっただけなんだけどな……ってどうした?」
三人とも有宇が持ってきた雑誌を懐かしそうに見ている。するとリゼが喜々とした様子で答える。
「これだよ!さっき言った私達が取材受けたときのやつって」
「え?」
そんな馬鹿な。
たしかにこの雑誌でラビットハウスのことは知ったけど、こいつらの写真なんかあったっけ?
ページをめくり、ラビットハウスのことが書かれている記事を見つける。するとそこにココア、チノ、リゼが仲良く三人で写っている写真があった。
「本当だ、全然関心なかったから気が付かなかった」
あの時は職探すのに夢中で、流石にマスターの顔は押さえていたけど、写真の従業員の顔なんか眼中に無かったな。
「さり気に失礼だなお前」
「そうよ、リゼ先輩に失礼よ!」
いちいちうっせぇなこいつら。すると千夜が懐かしそうに話す。
「こっちのやつにはシャロちゃんも載ってるのよ。ほら」
千夜が有宇の持ってきたもう一つの雑誌を手に取りページをめくると、フルールの記事があり、そこにはシャロの写真が確かにあった。
「お前ただのバイトじゃなかったか?」
「いつの間にか撮られてたのよ」
「こんなカメラ目線なのにか?」
写真のシャロは見事な笑顔をこちらに向けていた。
「うっさい!別にいいでしょ!」
そして更にページをめくったすぐのところに甘兎の記事も発見した。
「甘兎も載ってるのか」
「ええ、いつかはもっと大っきな記事になるよう精進するわ!」
何故か知らないが、無駄に張り切った様子で千夜はそう答える。
そんな千夜の様子に若干引いていると、シャロが小声で耳打ちで理由を教えてくれる。
「千夜、この時甘兎の記事がフルールの記事より小さいってショック受けてたから……」
「あぁそういうことか」
別に記事になるだけでも十分すごいと思うがなぁ……。
そしてページをパラパラめくると、ある記事が目に入った。
「ん、これ……?」
「あっ、その写真は……!」
「あら、リゼちゃんの写真ね」
「あぁ、懐かしいな」
その記事は街の美人を特集した記事で、その中にあるスナップ写真にリゼの姿があった。写真は『クール&キューティー』と題されており、他の女達の写真よりもでかでかとリゼの写真は掲載されていた。
「リゼちゃんよくこういう雑誌に載るわよね」
「あぁ、恥ずかしいけどこういうのに載るのも悪くないしさ」
顔はいいとは思っていたが雑誌に載るほどとは……。
にしてもこいつ……よくこれでさっきまで女らしくないだのなんだのうだうだ言えたな。他の顔面偏差値平均以下の女が聞いたら嫌味にしか聞こえないだろうな……。
ていうか僕ですらまだ雑誌なんか載ったことないのに……クソッ。
軽く嫉妬に駆られ、リゼの写真を恨めしそうに眺めた。
「あら?有宇くんじっと見てるけど、もしかして写真のリゼちゃんに心奪われたの?」
「なっ!?」
千夜がそう茶化すと、シャロがそれに釣られて声を上げた。
別にそんなんじゃないんだが。寧ろ心奪われるどころか、嫉妬に駆られているところだ。
「いや、ちょっと恨みを込めてな……」
「この数秒の間にお前に何があった!?」
するとリゼが雑誌を奪い取る。
「ったくもう、私の写真はいいだろ。あっほら、ここ。有宇の会いたがってた青山さんの写真があるぞ」
恥ずかしかったのか顔を赤らめ、話題を強引に変えようとしている。まぁ別にいいけど。
そしてリゼの指差したページには確かに、
〈青山はらぺこグルメマウンテン〉
と題した記事があり、街のグルメについて色々紹介していた。そして肝心の青山ブルーマウンテン本人の顔写真も載っていた。
「……結構美人だな」
写真を見た瞬間、有宇はそんな言葉を溢した。
何となく作風やペンネームから女性だとは思っていたが、思った以上に若くてお淑やかそうな美人だった。
「あら有宇くん、青山さんみたいな人がお好み?」
千夜がそう茶化してきたが、有宇は特に恥ずかしがることもなく答える。
「そうだな。というか美人でお淑やかで才色兼備な女性だったら誰でもいい」
「誰でもいいってあんたね……ってそれってリゼ先輩のことじゃ……!」
「それはない」
「それはないってどういうことよ!」
「あーもううっせぇなぁ、どうだっていいだろ」
シャロは本当にうっせえな。別にお前のお姫様は取ったりしねぇよ興味もねえし。ったく、ダル絡みうぜえな……。
するとリゼが怪訝そうな顔をして有宇に言う。
「にしてもお前、さっきから才色兼備だなんだと……少し夢見過ぎじゃないか?もう少し現実見たほうがいいぞ?」
「は、お前に言われんでも十分見てる。大体僕みたいな二枚目に釣り合う女はそれぐらいじゃないと務まらないだろ」
「自分で二枚目って……。自信過剰とは前々から思ってはいたがここまでとは……」
リゼは呆れた様子で何も言えないといった感じだ。
「そういえば有宇くんって向こうに仲いい子いたわよね。確か白柳さんっていったかしら。中学の同級生の子だったかしら?その子とは結局本当に何もないの?」
千夜がそんなことを聞いてくる。そういやそんなこと話したっけか。まだ覚えてたのかそんな話。
「千夜、有宇に彼女なんているわけないじゃない。こんな傲慢を形にしたようなやつ」
グサッ!
シャロの言葉が地味に心に刺る。
この女……言ってくれるじゃないか……!
すると千夜がシャロを窘めようとする。
「シャロちゃん言いすぎよ。有宇くんはあれよ……ちょっと自信過剰でナルシストなだけよ」
グサッ!
更にリゼが追い打ちをかけるように言う。
「あとデリカシーもないよな」
グサッ!
オーバーキルされすぎて、流石の有宇も机にうつ伏せてダウンする。
「こいつ、人にあれだけ言っておいて結構メンタル弱いな……」
「あらあら」
「情けないわね」
誰のせいだ誰の。クソッ、こいつら口々に好き勝手言いやがって……。
すると、好き勝手罵倒するリゼ、千夜、シャロの三人に苛ついた有宇は、つい躍起になり、こんなことを口走ってしまう。
「うるさい!それに、僕にだって彼女ぐらい……い、いたぞ!」
有宇がそう言うと、真っ先にシャロが突っかかってくる。
「恋人?あんたに?あんたね、そりゃ私達も言い過ぎたけど、見栄張んなくていいわよ別に」
「嘘じゃない。高校のときに白柳さんと……」
そう言いかけたとき、シャロが目ざとく反応した。
「高校?あれ、あんた確か高校行ってないんじゃなかったっけ?それにあんた前千夜に聞かれたとき、白柳さんって子とはなんにもないって言ってなかった?」
シャロにそう言われると、有宇は自分の犯した過ちに気付き後悔する。
しまった、こいつらには白柳弓は中学の同級生ってことになってたんだ。
有宇の言う彼女というのは当然白柳弓のことである。
白柳弓、有宇がかつて在籍していた陽野森高校の同級生であり、一学年の男子に限らず、他学年の男子生徒からも『学園のマドンナ』などと呼ばれており、非常に人気の高い女子生徒だった。
スポーツもでき、成績も学年三位の実力者で、まさに有宇の求める才色兼備な女性像そのものであった。
そんな彼女を堕とすために、自らに宿る、他人に乗り移る特殊能力を最大限悪用して彼女に近づいた有宇だったが、結局もうすぐで恋人になれるという寸前でカンニングがバレ、そして叔父と口論になって家出してから、彼女とは二度と会っていない。
だからまぁ、言ってしまえばそもそも彼女ではないのだが、三人の舐め腐った態度に腹を立てつい嘘を言ってしまった。それ以上に、三人には以前、白柳さんは中学の同級生だと言ってるし、更に白柳とは恋人ではないと否定している。
そもそも、三人の中では僕は家庭を顧みない粗暴な父親によって家を追い出され、高校にも通えずこの街に来たことになっている。
つまり今の僕の発言は、僕が今までついてきた嘘と矛盾することになる。
そして黙り込む有宇に、更にシャロは追い打ちをかけるように問いかける。
「今のもそうだけど、結局あんたって何でこの街に来たの?確か以前複雑な家庭環境で家を追い出されて、それでお金稼ぎに来たみたいなこと聞いたけど、今のあんた見てるととてもそんな風には思えないのよね」
「それは……だな……」
それを説明するにはまずは色々打ち明けなければならない。僕が嘘をついてきたこと。ここに来るまでのこと……その全てを。
話していいものなのか?ココアとチノは受け入れてくれた。けど、こいつらは僕に対して好感を抱いていないし、強く拒絶される可能性は十分にある。
するとココアとチノとのやり取りのことを思い出す。まぁ今更もう隠すことでもないか。どうせいつかはバレるのだから……。
有宇はそっと口を開いた。
「えっと……実は……」
有宇は三人に話した。以前ココアに話した身の上話が嘘なこと。学校でカンニングをしまくり、高校に入学してしばらくしてそれがバレたこと。おじさんと口論して家出したこと。それから白柳さんについてのことを話した。
学園のマドンナと呼ばれる彼女を堕とすために、色々と策略を巡らしたこと。能力のについては流石に言えないので、ここはぼかしながら話した。
そして白柳さんに好意を持ってもらえることには成功したが、結局正式に交際する前にカンニングがバレて学校を辞めさせられ、おじさんと口論して家出して今に至ると。
有宇が全てを話し終える。そしてそれを聞いた一同の反応はというと……。
「クズね」
「えっと……クズね♪」
「クズだな」
うぐっ!
三人揃ってクズ認定だった。いや、まぁこれに関しては何も言えない。
「つまりあんたはカンニングを駆使して陽野森だっけ?その有名な高校に入って、そのご自慢のルックスとかを駆使して千夜そっくりの女の子を堕としたはいいけど、カンニングがバレて全部失って、家出して仕事と住むところを探してここに来たってことでいいのよね」
「……まぁ、概ね合ってる」
能力のことや妹のことを除けばそれで大体あってる。
流石に能力のことは言えないし、歩未のことは別にこいつらに話すようなことではないと思ったので言わなかった。
「おかしいと思ってたのよ。来たばっかの時の猫かぶってたあんたならいざ知らず、今のあんたじゃココアから聞いた話と全くイメージが合わないんだもの。にしても本当にクズね!それにガキね!自分のことしかまるで頭にないし、挙句家出なんて。全部自業自得じゃない」
悔しいが、僕に反論の余地はない。これは言われても仕方のないことだ。
そもそもココアやチノみたいにさらっと受け入れるのがおかしいんだ。普通は罵倒の一つや二つ飛んできてもおかしくないことをしてるんだ僕は。
それからもガミガミと有宇を叱るシャロを、千夜が「まぁまぁ」と宥める。すると、シャロは一息ため息を吐いてからこんなことを言った。
「ま、でも安心したわ」
「は?」
安心?今の僕の話を聞いて何に安心したって?
「あんたがとんでもない奴とかだったらどうしようかと思ったけど、たかが知れててよかったわ」
「あぁ、思ったより小物臭かったな」
「チキンね♪」
シャロに続き、リゼと千夜までもがそんなことを言う。
こいつら、相変わらず言いたい放題言いやがって……。しかし流石に逆ギレするわけにはいかないし我慢だ我慢。
すると千夜が改まって有宇に言う。
「でも私は例え有宇くんがどんな人でも構わないわ。だってココアちゃんがいるもの」
「なんでそこでココアの名前が出てくるのよ」
有宇の代わりにシャロが突っ込む。それから千夜は有宇の方を見て答える。
「さぁ、なんででしょうね」
なんだろう、千夜に至っては話すまでもなく、端からお見通しって感じだな。そんな気がする。
千夜ってココアと同じくらいバカっぽいとこあるけど、結構鋭いところがあるというか、案外侮れない奴かも知れないな。最も、隠すこともなくなった今となっては警戒する必要なんかないんだろうけど。
「で結局その千夜そっくりの……白柳さんって子とはその後どうなったの?」
「……さぁな。カンニングがバレてその日の内に家を出たし知らん。携帯もおじさんにGPSで見つからないように置いてきたから連絡も取れないし。ただ、僕をはめた奴等とかがカンニングの噂とかは流しただろうし、今頃は僕の悪口でも言ってんじゃないか?」
有宇がそう言うと、シャロが少しムッとする。
「あんたねぇ……まぁ、そんなんじゃどの道カンニングがバレようとバレなかろうと長続きしないわよ」
「なんだと!」
「そうでしょ。だって本当に好きだったら、そんなぞんざいに接したりする?あんたもどうせその子のことなんか本当に好きじゃなかったんじゃないの?」
「それは……」
言い返せなかった。
確かに白柳弓は容姿端麗で才色兼備の僕好みの女だった。けど家を出る時、白柳弓のことが頭に浮かぶことはなかった。
実際今だって歩未のことを思うことはあるけど、白柳弓のことを思うことはこうして話すまで考えたことなかった。
再び憤るシャロを、今度はリゼが宥めに入る。
「まぁシャロ、落ち着けって。確かにその子には気の毒だけど今更どうこうできるわけじゃないんだ。それに一応付き合っていたわけではないんだし、向こうも有宇のことなんて忘れてるさ」
リゼがそう言うと、シャロは落ち着きを取り戻したようだった。
僕のことなんか忘れてるか。それはそれで寂しい……なんていえる立場じゃないのはわかってるけど、でもまぁ、それがお互いのためか。
向こうだってカンニング魔のことが好きだったなんて黒歴史忘れたいだろうし、僕だってもう白柳さんと交際できるような状況じゃないんだ。それが一番だ。
そしてシャロを宥めた後、リゼは有宇に真剣な眼差しを向けて言う。
「有宇、安心したとはいったが、正直いって今の話を聞いてお前を軽蔑したのは確かだ。カンニングや家出とかはお前自身の事情だから、私からとやかく言うつもりは無い。けど、白柳っていう同級生に対してのお前の行動には責任感がない。恋人ではなかったにしろ、なんにしろ、お前はもう少し他人に対して責任感を持て。発言一つにしても、態度にしてもだ。普段の口の悪さはお前の個性だから別にしたとしても、お前は人に対しての行動にしても自分本位過ぎる。もう少し相手のことも考えろ。お前の今後の課題点だ」
リゼの叱り方はまるで学校の教師宛らのものであった。決して激昂することはなく、感情的になることもない。ただ淡々と冷静に僕の悪かったところを非難し、そしてその改善点を述べていった。
だが、最後にこうも言った。
「まぁでもなんだ、人間性に問題は多少あるが、マヤメグの件もある。チノもなんだかんだお前に懐いてるし、シャロと喧嘩したときだってお前は頑張っていた。私にはお前がただ冷たいだけの奴だとは思えない。だからさ、有宇、お前のこと信じてるから。だから有宇も色々と頑張ってみろよ。今までのこと、なかったことにできるぐらいさ」
有宇は何も答えなかった。顔を俯けたまま黙っていた。それから千夜とシャロも結局何も頼まずにそのまま帰っていった。
有宇はただ情けないと思っていた。無条件に認められようと思っていた自らの愚かさを。それと同時にそんな自分でも信じてくれると言ったリゼの優しさに暖かさと感じつつも、気まずさから何も言えなかったことを有宇はひたすら恥じた。
◆◆◆◆◆
そしてそれからあっという間にパン祭り前日、チラシも全て配り終え、明日のパン生地などの仕込みも終わった。
普段はそんな客も来ないし大量に仕込むことはないのだが、流石にパン祭りというだけあってかなり大量に仕込んだため、なかなか大変だった。
「いよいよ明日だね!チノちゃん、有宇くん、リゼちゃん、明日は頑張るよ!ラビットハウス三姉妹……ううん、ラビットハウス四
「おー」
「おー」
「おー」
ココアに言われて声を出すも、三人共声に張りがない。
「みんなもっとやる気だそうよ!?」
ちなみにリゼもいつもより上がる時間遅くなるにも関わらず、残って仕込みの手伝いをしていた。
そして明日の準備も終え、解散する直前だった。有宇が三人に声をかける。
「あーちょっといいか。いい忘れてたんだが、当日レジをやる奴は──まぁ僕とココアになるんだろうが一応リゼとチノも。パン祭りに来た客の会計する際にはこれを渡してくれ」
そう言って有宇は三人に一枚の紙切れを見せる。
「なあにこれ?」
一体これが何なのかわからないココアが、有宇に紙切れの詳細を問う。
「店の割引券だ。昨日パソコンで僕が作った」
「あれ?有宇くんパソコンなんて持ってたっけ?」
「マスターに事情を話したら知り合いの使わないノートパソコンくれたからそれで作った。ココアの手書きの汚いチラシみたいにしたくなかったからな」
「酷い!?」
酷いと言うが、ココアが作ったあのチラシの方が酷い。こいつに任せたら酷いデザインになると思ったからこそ、わざわざ僕自らの手で作ったんだ。理由はそれだけではないが……。
「でもこれよくできてますね」
「あぁ、地味に手が込んでるな」
割引券自体は縦五〜六センチ、横十センチの名刺サイズの紙切れだ。よくある感じのコーヒーの写真を乗っけて、ドリンク商品百円引き!って文字と有効期限等の詳細を入れただけなんだが。三人には好評のようだ。
するとリゼが疑問を呈する。
「でもなんで今更?パン祭り前にやっておいたほうがいいんじゃないか?」
「アホか、ただでさえパン祭り中はパン商品全部十パーセント引きで、しかも好きなドリンクメニュー(一杯まで無料でおかわり可)とパン食べ放題のセットで千円とかサービスしまくってるのに、割引券まで配ったらこっちが損するだろ」
「じゃあなんで配るんだ?」
「集客率を少しでも上げるためだ。パン祭りは確かに大勢の客が来るが、そいつら全員がパン祭りの後、この店のリピーターになるとは限らない。事実、去年もたくさん人が来たっていうのに、今午後のお前らのシフトの時間帯、店の中ガラガラだろ?バン祭りそのものがその後の集客に結びついてないのが明白だ。そこで割引券をパン祭りに来た客に配る。そうすることで折角割引券貰ったからとまた足を運んでくれる可能性が高まるわけだ」
つまりはパン祭り後の集客をアップさせるためだ。パン祭り自体は去年の結果を見るに、一時的な集客にしかなっておらず、その後の集客には繋がってないことがわかる。
だからこそ、継続して客を呼び込むために、新規の客が大量に来るであろうこのタイミングで次回から使える割引券を配り、パン祭り後の集客を上げる。欲張っていえば、その勢いでリピーターを増やして、継続した客入りを図りたいところだ。
そして有宇の説明を聞くと、三人とも有宇の熱弁に感心する。
「確かにそうですね。いいと思います」
「あぁ、いいんじゃないか」
「有宇くんがこんなにお店のこと考えてたなんて……お姉ちゃん感激だよ!」
何はともあれ納得してくれたならそれでいい。できればこれを皮切りに、ポスターやらその辺の仕事をココアから遠ざけていこう。
「取り敢えず理解したなら、明日よろしく頼むぞ」
「うん、了解しました有宇くん隊長殿!」
ココアがふざけて敬礼する。すると……。
「あぁ!」
「はい!」
何故かリゼとチノも敬礼をした。なぜに敬礼……?
いやもう特にツッコむつもりはないが……。これで明日の準備は万全だし明日を待つばかりだ。
その日の夜、部屋のドアがノックされる。こんな時間に誰だ?
「有宇くんまだ起きてる?」
訪問者はどうやらココアのようだ。ていうか珍しくドアをちゃんとノックしたな。そっちにまず驚いたぞ。
まぁ流石に寝てるかもしれない時間帯に、いきなりドア開けて入ってくるようなマネはしなかったか。
そして「あぁ起きてる」と答えると、ココアが部屋に入ってきた。
「ごめんね夜遅くに」
「別にいいけど早く寝ろよ。明日パン生地の焼き上げとかで早いんだから」
「うん」
「で、なんのようだ?」
「大した用じゃないんだけどね。どうして割引券作ったのかなって」
「いや、それはさっき言っただろ」
「そうじゃなくてね。有宇くんあんまりこういうの積極的にやるようなタイプじゃないからさ。なんでかなって、気になっちゃって」
そんなこと聞きにわざわざ部屋に来たのか。相変わらず変わった奴だ。
そして有宇はココアの疑問に答える。
「ただの気まぐれだ。それに居候先が無くなられたら困るしな。それだけだ」
「そっか」
ココアは何故か優しい笑顔で微笑む。それから「おやすみ」と一言言うと部屋を出て行った。
もしかしてあいつ……わかってたのか。いや、まさかな……。
それから有宇は机の上の割引券に目を落とす。
リゼ達に全てを明かした後、僕は考えた。ここで自分ができることを。リゼ達に叱られた後、僕はリゼの言った信じてると言った言葉が離れなかった。
以前ココアは僕に言った。人は信じ合い、他人同士という不完全な関係を乗り越えていくのだと。
リゼは僕を信じようとしてくれている。人を陥れ、傷つけてきたこんな僕を。まさにあの時のココアと一緒だ。拒絶しようとした僕という人間との関係を断ち切らせないように必死に繋ぎ止めようとしたあの時のココアと。
リゼもまた、僕という人間を非難しながらも、僕自身に何かを期待し、信じようとしてくれている。僕とリゼ達の関係は未だ不完全なもので、僕の秘密を知ったことで、その関係は酷く脆い物になってしまっただろう。それでもリゼは信頼という鎖で、繋ぎ止めていてくれている。
そうだ、ココアが、チノが、リゼが、僕みたいな人間を信じてくれるなら、僕もその信頼に応えたいって、そう思ったんだ。
だが結局、信頼に応えるために考えた末、結局単純にこの店に貢献することぐらいしか思いつかなかった。
取り敢えず行動しようと思い、思いついた割引券の案をマスターに相談してみて、そしたらいきなりノートパソコン渡されたから仕方なく作ってみた。それでこの割引券ができたわけだが、まぁリゼ達の信頼回復になるかは置いといて、この店には潰れてもらっては僕も困るし、面倒ではあるがこの店の集客率アップには個人的に手を惜しまないつもりだ。
さて、明日はパン祭り本番だ。当日はどうなることやら……。
◆◆◆◆◆
有宇くん、頑張ってるなあ。ちゃんと変わろうとしてるってこと、お姉ちゃんわかってるからね。
有宇の部屋を出た後、ココアは有宇の様子を見て、そんなことを考えて安心していた。
チノちゃんと千夜ちゃんの話聞いた感じだと、みんなにもちゃんと自分から本当のことを話してくれたみたいだし、一歩前進してるね、有宇くん。
でも千夜ちゃんの話だと、なんかリゼちゃんとシャロちゃんには怒られちゃったみたいだね。なんとかしてあげたいけど、でもこれは有宇くんの問題だから、彼自身が向き合わないと意味がないもんね。ここは心の鬼にして見守らないと。
ううっ、弟を持つのは初めてだし、有宇くん色々と複雑なところあるから、お姉ちゃんドキドキだよ。
でも今日、あの割引券を見せてくれたとき、有宇くん、成長してるなって思った。きっと彼は自分の問題と向き合って、とにかく変わろうと足掻いている。その成果がきっとあの割引券なんだと思う。私にはそれが嬉しかった。
まだまだ問題がないわけじゃないし、彼がちゃんとみんなと仲良くやっていけるのか不安もいっぱいあるけど、前より私達と接してくれる気にはなってくれてる。それが何より嬉しいの。
有宇くんは男の子だし事情が事情だから、チノちゃんと違ってちょっと厳しめに接してるけど、でも彼が悩んで、立ち止まりそうな時はしっかりお姉ちゃんとして支えていきたいな。
それにチノちゃんのお姉ちゃんとしてもまだまだだし、私もお姉ちゃんとしてレベルアップしていかないと!
そうして寝室で一人、密かに姉としての向上心を燃やすココアであった。
◆◆◆◆◆
パン祭り当日、物凄い忙しさだった。店は珍しく、というか僕がここに来てから初めての満席で、休日ということもあって朝から店の外にも長蛇の列が出来ていた。
有宇達はそれぞれ役割を分担して仕事に取り掛かった。有宇はホール全般&レジ、リゼとチノはドリンク&飲み物全般、ココアは洗い物や、手の空いてるときはホールの手伝い、あと途中で切れたパンの仕込みと焼き上げを担当した。
来る客の殆どがやはりチラシを受け取った人が多かった。特に有宇がチラシを配ったおかげか、若い女性が結構多かった。実際女学生とかも来ており、その殆どが有宇目当てだった。
有宇としては当然の結果だと思っていたが、そう素直に喜んでもいなかった。女性客はやはり話したがりで、この忙しい中、有宇に話しかけてくる客が多いのなんの。そのせいで有宇は忙しさ二倍で慌てふためく羽目となった。
そしてもう一つ────
「お姉ちゃん来たよ〜」
そう言いながら入店してきたのは、ココアがチラシを渡した子供とその母親だった。
「おお、来たね!いらっしゃい、さぁ、お好きなパンを召し上がれ」
ココアはいつもの明るい調子で子供をもてなす。
「わぁ、美味しそう!」
子供も喜んでいるようだ。そして子供の母親が有宇に声をかける。
「あの子がすごく来たがってたんですよ。パンもそうだけど優しいお姉ちゃんに会いたいって聞かないんですよ」
「……そうですか」
それからも、子連れの客が何人か来た。それでも、おそらく結果としては、僕がチラシを配った客の方が多く来たと思う。
だが、僕一人がチラシ配りをしていたら、子供達が店に来ることも、店でこうして笑顔でいることもなかったかもしれない。
相手が小さい子供でも、お店に来る機会を奪いたくない。そんなココアの言葉が思い起こされる。ココアは年端のいかない子供でも、ちゃんと見せに来てくれると信じていた。対して僕は信じるどころか、来るはずがないと高を括り、チラシを渡さなかった。
きっとこういうところなんだろう。ココア達にあって、僕にはないもの。僕が必要なもの。僕が……変えていかなければいけないもの。
何はともあれ、僕には為せないことをココアは成し遂げた。そう思うと、僕はなんだかココアに負けたような気分になった……。
それからみんな、休憩なしのフルタイムで働き続けて、ようやく今年の春のパン祭りは無事終了した。
流石に有宇を含めて皆クタクタだった。
「お疲れ様みんな〜。みんなお腹すいてるだろうからパン持ってくるね〜」
そう言うとココアはキッチンへ行った。
ココア以外は後片付けをしながら話に花を咲かせる。といってもリゼもチノも疲労が目に見える様子だった。
ココアの方も、キッチンへ行くとき少しよろけていたから、流石に疲れが表れているようだ。
すると有宇は唐突に、あることを思い出す。
「あぁそうだ、この後シャロにパン届けに行かないと」
シャロにパンを届けることを思い出した。
面倒くさいし、なんとなく顔を合わせ辛いが、かなり楽しみにしていたようだし、行かないわけにも行かない。
「そうだな、後でみんなで行こうか。にしてもお疲れ有宇、初めての割にはなかなか良い働きだったんじゃないか」
リゼがそう言って有宇の肩を叩く。
「はい、お客さんを捌く姿がまるでシャロさんみたいに完璧でした」
チノもそう言って、有宇の働きぶりを評価した。
「そうか?」
「はい、私は接客はあまり得意ではないので尊敬します」
「そうか……」
そうはいっても、実は結構、僕も手を焼いていたけどな。
パン祭りに来るのは何も女性客や子供に限らない。あれこれ注文つけたりする客もいたり、いちゃもんつけてくる客もいたり、普通に迷惑な客もいたりで、いつもより人が多いから当然そういう客も出てきたので、そういった対応にも追われたりで大変だった。
まぁ、何にせよ無事終わってくれて何よりだ。とにかく今はめいいっぱい休みが欲しい。
「はぁ、明日は休みだからいいけど、明後日まで休みたいぐらいだな……」
「大分疲れてるな」
「でも乙坂さんこの一週間ずっと休み無しで働いてくれてますし、明後日も休まれてはどうですか?明後日はお弁当も自分たちで作りますよ」
「そうしてくれると助かる……」
するとリゼがこちらをじっと見つめる。
「ん、なんか僕の顔についてるか?」
「あぁいや、なんだかんだで文句言わずやってるよなって思ってさ。家事とかもやってるんだろ?結構大変そうなのにきっちりこなしてるよなって素直に感心してさ」
「僕だって少しは自分の置かれている状況ぐらいわかってるつもりだ。それに、こうした忙しさに身を置くのも悪くない」
家事労働なんかは、ここに来る前までは殆ど歩未がやってくれていた。僕も手伝うことはあったけど、言うほどではない。
しかし、ここに来てからというものの、家事労働は居候として、ほぼ全てをこなすこととなった。掃除洗濯料理に全部だ。今まで皿洗いと洗濯の終わった衣服を干したり、干し終わったのをたたんでタンスに入れるぐらいしかやらなかった僕がだ。
最初は当然大変だったし、ココアやチノにも手伝ってもらっていた。だが最近は全部一人でこなせるようになったし、料理だってもうチノのサポート無しで出来るようになった。
勿論、慣れたといっても大変ではある。だが、こうしてると改めて歩未の苦労がわかるし、そして家事をやる目線に立つからこそ感じるやりがいも生まれる。家事をやるこらこその感謝もされる。だからこそ、大変ではあるが、そう悪いものじゃないと思えるのだ。
そして有宇の答えを聞くと、リゼは微かに微笑んだ。それから有宇の頭を何も言わずに撫でる。
「ちょ、なんだいきなり。やめろ、髪が乱れる!」
「いいから撫でられておけ」
「何がいいからなんだよ!いいからやめろ!」
有宇にはわけがわからなかった。
一体なんのつもりだ?クソッ、ガキ扱いしやがって。二つしか歳変わんねえだろ。
しかししばらくして、リゼが急に撫でるのをやめて言う。
「あ、有宇。ここ、髪にゴミがついてるぞ」
リゼにそう言われると、有宇は髪を弄り、ついたゴミを取ろうとする。
「なに、どこだ?僕の髪にゴミがつくなんて……だめだ見えん。取ってくれ」
「はいはい、ちょっとじっとしてろ。取ってやるから」
有宇にゴミを取るよう頼まれて、リゼが有宇の髪についたゴミを取ろうとした時だった。ちょうどそのタイミングでココアが焼きたてのパンを持ってきた。
「みんな、ちょっと休憩してパン食べよっておわっ……!?」
すると、パンを乗せたトレイを持ったまま、見事に転んで有宇にぶつかる。
「うわっ……!」
「え……うわっ!」
そして有宇もココアに押されて、目の前にいたリゼに覆いかぶさる形で転んでしまった。
ズドン!
「いってぇ…………はっ!」
転んですぐに有宇は理解した。
自分の右手がリゼの胸の上に置かれていることを。
漫画とかだとこういうときって、一もみ二もみしてから気づくが、リゼの豊満な胸の感触は、触れた瞬間に感じ取る事が出来た。
殺される!と思い有宇はすぐに体を起こし弁解を図る。
「す、すまん!別に悪気があってやったわけじゃなくて、後ろから押されたからで、別にわざとじゃなくてだな……」
しかしリゼは何も言ってこない。どうしたんだと有宇は目を開けて様子を見る。すると、リゼはぷるぷる震えて何か呟いていた。
「うっ……」
「う?」
「うわぁぁぁぁぁ!!」
そして突然、叫び出したと思ったら顔を真っ赤にして店を飛び出して行った。
「リゼさーん待ってください!」
リゼが飛び出して行くと、チノも急いでリゼの後を追って店を飛び出す。
「チノちゃん待って〜」
そして元凶のココアもチノが飛び出した後を追っていった。店に一人残された有宇はポツリと呟く。
「なんだこれ……」
取り敢えずココアが落としたトレイとパンを拾い上げる有宇だった。