幸せになる番(ごちうさ×Charlotte)   作:森永文太郎

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第8話、曖昧模糊な関係(前編)

 その日のラビットハウスの夕食はカレーであった。市販のルーを使い、具材は人参、玉ねぎ、ジャガイモ、豚肉という極シンプルなカレーだ。

 ココア達が働いている間に夕食を用意し、店の片付けと着替えを終えた二人が来たら夕食にする。最近はもっぱらこの流れである。

 有宇もこの二週間程で大分料理には慣れてきたので、今は一人で三人分の夕飯を作っている。料理の作り方も今はネットで作り方は見れる。もっとも有宇は家出中の身なので、携帯の位置情報から自分の居場所がおじさんにバレないよう携帯は実家の方に置いてきてしまっている。

 しかし、有宇が今使っている部屋にはコーヒーの本は勿論のこと、経営や法律の本など沢山の本がおいてあり、その中に料理本もあったため、その本を頼りに夕飯を作っている。

 そしてこの日も有宇が作ったカレーを、いつものように二階のキッチンのテーブルにつき、三人で食べていた。

 しかしその食事の最中、ココアが人参を皿の端に除けながら食べているのを有宇は見逃さなかった。

 

「おい、何してんだココア」

 

 ギクッ!

 

 バレたとわかった途端、ココアは顔を引きつらせて苦笑を浮かべる。

 

「あはは……お母さん大目に見て?」

 

「誰がお前のお母さんだ誰が!!いいから残さず食え。大体チノはお前と違ってそんな……」

 

 そう言いながらチノの方を見ると、チノもまたココアと同じように人参を皿の端に除けながら食べていた。

 有宇の視線に気づくと、顔を赤らめ(うつむ)き、申し訳なさそうに答える。

 

「すみません、野菜はあまり得意ではなくて……」

 

 チノの反応に有宇は呆然とする。

 いや、いつもサラダとかもちゃんと食べてたし好き嫌いとかないものだと思っていたので少し驚いた。

 きつく言うのも憚られたので、それとなく少しは食べるように促す。

 

「……まぁ少しは食べろよ」

 

「はい……」

 

 チノが申し訳なさそうに頷く。

 

「はぁ~い!」

 

 そしてココアがチノとは違い、申し訳ないと思う気持ちの欠片も見せないような元気な返事をする。

 チノに注意した流れに乗って、自分も人参を残そうとしているようだがそうはいくか!!

 

「いや、お前は全部食べろよ」

 

「え~なんで~」

 

「自称姉なんだろ。ならお姉ちゃんがお残しはできないよな」

 

 有宇はココアに意地悪く棘を含む言い方で、ココアを追い詰める。

 

「う~有宇くんの意地悪」

 

「人聞きの悪い。お前のためを思って言ってやってるんだから寧ろ感謝しろ」

 

「そんな~!」

 

 そして結局、ココアは涙を浮かべながら皿の端に避けた人参を食べることとなった。

 

 

 

「う〜人参の味がまだ舌に残ってるよ〜」

 

 夕食を終え、一緒に夕食の片付けをしていたココアが、人参を無理やり食べさせられたことについて文句を垂れていた。

 

「半分で許してやっただろ。大体いい歳して好き嫌いとか恥ずかしいぞ」

 

「でも苦手なんだもん!それに有宇くんだって甘い物苦手だって言ってたじゃん!」

 

 有宇は実家にいた頃、妹の歩未の作る甘いピザソースを使った料理を毎日食べさせられていたせいで、甘い物が苦手である。

 この前「そういえば有宇くんって嫌いなものあるの?」と聞かれたときに甘い物が苦手だと答えてしまったのだ。その時は「甘兎で美味しそうに和菓子食べてたのに意外!?」とココアに驚かれた。まさか覚えているとは……。

 

「苦手ではあるが食えなくはないしな。それにお前と違って残したりはしない」

 

「ゔ〜」

 

 有宇に反論されて、ココアは悔しそうに唸った。

 まぁ、嘘なんだけどな。確かに歩未の作る朝食や夕飯は歩未の前なので残せないため無理矢理口に詰めてはいたのだが、歩未の目の届かない昼食の弁当に関しては、トイレに全部流して学校へ行く途中で買った弁当を食っていた。

 しかしそれを馬鹿正直に言うと、妹至上主義のココアに何言われるかわからないし、ココアが野菜を残す言い訳になりかねないので言わないでおく。

 するとココアはこんなことを言い出す。

 

「ていうより有宇くんはチノちゃんには甘い気がするよ……」

 

 甘いだと?この僕が?

 

「そんなことないだろ」

 

「ううん、絶対チノちゃんにだけ優しいよ!さっきもチノちゃんにだけ優しかったし」

 

「いやそれはチノは申し訳なさそうにしてたけど、お前、悪びれる様子すらなかっただろ」

 

「えぇ、そうかな……はっ!もしかして有宇くんチノちゃんのお兄ちゃんの座を狙って!?」

 

「それはない」

 

「いくら有宇くんでも、チノちゃんのお姉ちゃんの座は渡さないからね!」

 

「別にいらねえよそんな称号……」

 

 相変わらずこいつは話を聞かないというかなんというか……。そもそもチノはそういうの嫌がるだろ。

 それから夕食の片付けを終え部屋に戻ると、有宇はココアに言われたことがまだ気になって、少し考える。

 僕はチノに甘いのか?いや、確かにマスターの娘ってこともあって他の連中よりかは多少気を使って話してるが、別に甘やかしてるつもりはない。

 そう見えるのは単にまともに話せるのがチノしかいないからだ。他の奴等とは違い、僕が指摘するまでもなくしっかりしているからであって、別にチノが他の連中のような頭のねじが飛んでる奴だったら僕だって容赦はしてないはずだ。

 だが、正直チノとどう接していいのかわからないというのは、確かにあるかもしれない。

 最初に会った時、チノに抱いたイメージは大人しいしっかり者という印象だ。それは今も変わらないのだが、口数が少ないからあまり人と接するのが好きじゃないのかと思えば、マヤやメグのようにそれなりに友人関係を築いているようだし、ココアのことだって普段はうざがってるように見えるが、なんだかんだでココアに付き合ってたりするし、何ていうか感情が見えにくい。

 僕に対してもそうだ。ココアの街案内の後、周りへの接し方を変えた時もチノは何も言わなかった。単に僕に興味がないのか、それとも言いたいことを黙ってるだけなのか。

 思えばチノとは仕事関係の話とかしかしてないし、会話という会話もココアを介してしかしてない気がするしな。

 前にもリゼに注意されたし、もう少しチノに歩み寄ってもいいのか……?

 

 

 

 その日の夜、有宇が部屋で本を読んでいると部屋のドアがノックされる。

 ドアをノックする時点でココアではないのは確かだ。

 そして有宇は、開いていた本にしおりを挟んで机に置き、椅子から立ち上がりドアを開ける。

 

「はい」

 

 しかしドアを開けても誰もいない。

 

「あれ?」

 

「下です」

 

 すると急に下から声がした。

 言われた通り目線を下に下げるとチノが立っていた。

 

「うぉっ!?……居たのか」

 

 大体いつもドアをノックして部屋に来るのはマスターなので、ドアがノックされたときは目線をいつもより上にするようにしているから、背の低いチノの姿が見えなかったのだ。

 

「今お話よろしいでしょうか」

 

「あ、あぁ」

 

 そして有宇はチノを部屋に招き入れる。

 

「ていうか珍しいな。どうしたんだ夜遅くに」

 

「はい、実はさっきココアさんが明後日までにやらなきゃいけない課題があるのを思い出したらしく、それで千夜さんのところで課題をやるから明日仕事を休むみたいで。それでその……申し訳ないんですけど明日続けて午後も入ってもらえないでしょうか?」

 

 ココアのやつ、余計な仕事増やしやがって。課題ぐらい前日に徹夜でやればなんとかなるだろ。

 まぁ課題はいつも能力で乗り移って、クラスメイトのノートを書き写していた僕が言えることじゃないか……。

 

「別にいいけど、リゼは明日いないのか?」

 

「はい、明日はリゼさんはお休みです。リゼさん、受験勉強のためにシフトを減らされたので」

 

 成る程な。まあ流石に受験だし仕方ないか。寧ろそれでバイト続けてるのが不思議なぐらいだからな。僕にはとても真似できん。

 まぁ、とにかくシフトに穴開けるわけにはいかないし引き受けるか。

 

「わかった、明日はよろしくな」

 

「はい、こちらこそよろしくお願いします」

 

 そう言うとチノはぺこりとお辞儀した。

 そのまま部屋を出て行くのかと思えば僕の部屋を見渡していた。

 

「どうしたチノ?」

 

「いえ、乙坂さんが来てから大分経ちましたけど、あまり前と変わってないなと」

 

「まぁ私物もそんなないしな。そういやこの部屋って元々誰の部屋なんだ?本とかいろいろ置いてあるけど」

 

「この部屋は元々祖父の部屋です」

 

「祖父って先代マスターの?」

 

 この喫茶店、ラビットハウスは元々チノの祖父が始めたらしい。その爺さんも二、三年程前に亡くなったようだ。

 確か以前、ココアがそんな感じのことを話してくれてた気がする。

 

「なるほどな、道理でコーヒーの本やら経営の本とかがたくさん置いてあるわけだ」

 

「読んだんですか?」

 

「まぁ少し、パラパラっとな。読んじゃまずかったか?」

 

「いえ、そういうわけじゃないです。寧ろいずれは処分する予定でしたので欲しいのがあれば譲りますが?」

 

「いや、流石に形見の品なんて貰えないよ」

 

 暇な時に少し読んだり、料理の参考にしてる程度で、別に欲しいって訳じゃないしな。

 にしても爺さんが死んでまだそんな経ってないようだが、チノは死んだ爺さんのことをどう思っているんだろうか。

 遺品を処分とか言ってるし割と平気そうだが、またこの前みたいに変な地雷踏むとあれだしな。些細なことでも聞いてみるか。

 それに、チノともっと話した方がいいと思ってたところだし、こういう些細な会話を積み重ねることで、チノのこともよく知ることができるだろう。

 

「えっと……こういうこと聞いていいかわかんないけど、チノは爺さんのこと好きだったのか?」

 

「はい、大好きでした。コーヒーを淹れる姿はとても尊敬していました」

 

「そうか、じいちゃん子だったんだな」

 

「そうですね。でもさみしくはないですよ。父もティッピーもいますし、それに今はココアさんもいますし」

 

「意外だな」

 

 率直な感想だった。

 チノからしたらいきなりなんだと思うだろうけど。

 

「何がでしょうか?」

 

「いや、てっきりココアのことはあまり好きじゃないのかと思ってたからさ」

 

 ここに来てから毎日のようにココアを(たしな)める姿しか見てないもんだからてっきりそう思っていた。

 

「確かにココアさんは五月蠅いですし、時々天然でやらかしたりしますが、決して嫌いなんかじゃありませんよ。あれでいいところもありますし。それにココアさんがいたから、今の私があるって時々思うんです」

 

「どういうことだ?」

 

 有宇がそう聞くと、いつも物静かにしているチノにしては珍しく、熱弁を振るって語り始めた。

 

「その、ココアさんがこの店に来てから、千夜さんとシャロさん、青山さんや凛さんと出会って、それからリゼさん、マヤさん、メグさんとも前より親しくなりました。ココアさんと出会ってから、私は色々と変われたと思うんです」

 

「変われたって?」

 

 有宇は再び聞き返す。

 有宇にとっては接する人間が増えたところで、だからどうしたとしか思えなかった。

 自分を慕う人間が増えること自体はいいとは思うのだが、僕に言わせればそんなものは自分の名声を高めるための手段でしかない。周りの人間なんて僕にとっては僕自身の自己顕示欲を満たすためだけに利用する道具に過ぎない。

 それに変われたって何が?環境が変わったってことか?いや、そんなことわざわざ言いたいわけじゃあるまい。じゃあ何が?

 そしてチノは続ける。

 

「私は見ての通り、あまり人と積極的に接するタイプではなかったので、だから友達も少なかったですし、人と話すこともあまりありませんでした」

 

「でもマヤとメグがいるじゃないか」

 

「あの二人が積極的に話しかけてくれたから友達になれましたが、今ほど親交はなかったと思います。ココアさんは見てわかるように気軽に人と話せる人です。だからここに来てからすぐに皆さんと仲良くなられました。気づけば私もその和の中に入っていて、そして色んな人と仲良くなれました。ココアさんがいなかったら、きっと今も私は一人だっただろうなって」

 

 なるほど、ココアが千夜やシャロ達と仲良くなれたから、自然とココアの側にいたリゼやチノもその輪の中に入れたわけだ。更にチノと親しい関係にいたマヤとメグもその輪に入り、そのおかげでマヤとメグとも以前より仲を深めることができたってことか。

 だから友達を作ることのできない自分が、ココアとの出会いをきっかけに友達を作ることができた。それがチノの言う自己の変化だ。

 でもそれってさ……。

 

「それって単にココアのおこぼれを貰っただけじゃないのか?」

 

「え?」

 

「いや、チノはなんかココアと会ってから自分は変われたみたいなこと言ってるけどさ、単にココアが作った仲良しの輪に入れたってだけで、お前自身何か変わったわけじゃないのかってことだよ」

 

 ……はっ、何言ってるんだ僕は!?

 ついつい思ったことを口にしてしまったが、明らかにチノに喧嘩売ってるように受け取られてもおかしくないこと言ったぞ。

 流石に怒らせたか?と思ったが、チノの態度は依然として変わる様子はなかった。

 

「そうですね、確かに乙坂さんの言うとおりだと思います。だからまだ自分に友達を作る力がついただなんて思っていません。でもココアさんが私に人と接する機会を作ってくれたから、私はもっと皆さんと一緒にいたいって、もっと色んな人と出会えたらいいなって、そう思えるようになったんだと思います」

 

 チノはそう自信満々に言い放った。まるで僕の発言など物ともしないぞとでも言うように。

 

「昔は一人でいようとも平気でしたし、お店でコーヒーを淹れられればそれでいいと思ってました。今でも静かなお店でコーヒーを淹れるのは好きです。でも今は、皆さんと一緒に遊んだり、騒がしいお店でコーヒーを淹れるのも悪くないって、楽しいって思えるようになりました。今はその……なんていうか、一人でいると落ち着かないんです。ココアさんと出会えたからこそ、誰かと一緒にいることの楽しさを知る事ができました。大したことじゃないかもしれません。でも私は、今まで知ることのなかったとても大切なことを知ることができたような気がします」

 

 今まで、チノがこんなに長く喋ったことがあっただろうか。いや、それだけこの思いを伝えたかったのだろう。

 正直僕には誰かといる楽しさなんてものは知らないし、これからも理解しようだなんて思わない。

 チノとココアが今までどんな風に過ごしてきたかは話聞いたぐらいしか知らない。けどチノにとってはきっと、今まで過ごしてきた時間の中で、チノの人生観を変えるほどの何かを得られるほど、意味のある物であったのかもしれないな。

 

「そうか、悪かったな変なこと言って」

 

「いえ、気にしないでください」

 

 そう言ってチノは僅かに微笑む。

 にしても改めてこう聞いてみるとチノって……。

 

「なんだかんだでココアのこと結構好きなんだな」

 

 有宇がそう言うと、たちまちチノの顔か赤くなっていた。

 

「なっ!?べ、別にココアさんのことは嫌いではありませんけど……でも特別好きというわけでは……」

 

「わかったから落ち着け落ち着け」

 

 取り敢えずチノを(なだ)める。

 それからチノは少し息を整えてから言う。

 

「すみません、見苦しいところを見せてしまって。あの、ココアさんには今の話言わないでください。絶対調子乗りますから」

 

「あぁ、わかった」

 

 ああ、なんかなんとなくチノのことがわかってきた気がする。

 大人しい奴ではあるが、決して根暗な奴じゃない。

 口数こそ少ないが、本当は人と話すのが好きで、ココア達といることだって好きなんだろう。

 最もそれを素直に認めるのはまだ恥ずかしいようだがな。

 

「つい喋りすぎてしまいました。すみません、長居してしまって」

 

「いや別にいいよ、どうせ本読んでただけだしな」

 

「そういえばよく本読んでいますよね。本好きなんですか?」

 

「ん?まぁ、趣味も無いし暇な時は読んでるな」

 

「好きなジャンルとかあるんですか?」

 

「いや、適当に本屋で良さそうなのとかベストセラーとか売り出されてるやつを適当に手に取ってる感じだな。別に読書家ってわけじゃないぞ。漫画とか雑誌とかも普通に読むしな」

 

 飽くまで本は周りの流行りとかを押さえるための手段で、漫画や雑誌もそうだ。こういう日々の積み重ねが周りとの会話の糸口になるからな。

 その中で本を積極的に読んでるのは、単に頭良さそうに見えるからだ。まぁ口に出すと頭悪そうに見られるから言わないけどな。

 要は他にやることも無いし、周りの評価を得るための手段として趣味にしているということだ。

 

「チノは本は読むのか?」

 

 単純な疑問として聞いてみた。

 個人的に結構読んでそうなイメージがあるけど。

 

「いえ、全く読まないわけではないですけど、そんな読むわけではないですね。ココアさんはよく読んでますけど」

 

 ココアの方が読んでるっていうのが意外だな。あいつこそ漫画とかしか読んでないイメージなんだが。

 

「そういえば以前ココアさんに本借りてましたよね」

 

「ああ、前に本読んでてにいきなり部屋に入ってきた時に、本好きなの?とか聞かれたから適当に頷いてたら貸してきてな。最初はあいつの読む本なんかろくなもんじゃないだろと思ってたけど意外に面白かったな。この本もあいつから借りたやつなんだ」

 

 そう言って有宇は、机の上に置いてある『カフェインファイター』の本に手を添える。

 以前、ココアに借りた借りた本が面白かったので、ココアから同じ作者が書いているこの本を借りたのだ。

 読んでいる途中だが、この本もまた結構面白い。

 

「フフッ、すっかり青山さんのファンですね」

 

「そういえばその人、この店にたまに来てるんだよな?今度紹介してくれよ」

 

 前回読んだ『うさぎになったバリスタ』は喫茶店を立ち上げる爺さんの苦悩が語られるシリアスな感動系の話だった。調べてみると映画にもなっており、なんとこの喫茶店がその舞台だったようだ。

 そういえばこの街を調べるときに古本屋で買った雑誌にも、映画の舞台になった喫茶店と書いてあったが、その映画というのがこの『うさぎになったバリスタ』だったようだな。

 そして今読んでる『カフェインファイター』はシリアス要素はあまりなく、コメディー色が強い話となっていた。一々敵キャラの口上が中二臭い割に、やってることがギャグそのものなのがまた面白い。

 読んだのはまだこの二冊だけだが、この二冊を手がけた作家、青山ブルーマウンテンは他にも子供向けの本とかを書いてたりするらしい。

 多種多様なジャンルを書き分けられる作者に、基本他人に興味のない有宇にしては珍しく興味を持ったのだ。

 そして何でもその作者はこの店の常連らしい。最近は姿を見ないということだが、会えるというなら折角の機会だし会ってみたい。

 

「はい、今度いらっしゃった時に声かけますね」

 

「ああ、頼むよ。そういえばチノは普段部屋で何してるんだ?」

 

 有宇は趣味が特にあるわけではないので、他人が普段何をやっているのか若干の興味があった。

 それにチノの趣味が分かれば、そこから話を共有して仲を深めることもできるしな。聞いといて損はないはずだ。

 

「普段ですか?宿題とか明日の授業の予習とか……あと受験に向けて少し勉強もしてます」

 

 そういえばリゼだけじゃなくてチノも受験生だったな。

 チノは一見、小学生にしか見えない見た目ではあるが、実はこう見えて中学三年生である。だから僕と一つしか差がないのだが、未だに少し信じられない。

 そして中学三年生なので、当然高校受験を控えている。今が頑張り時の時期だろうな。

 僕の受験シーズンの時は、近辺の色んな進学塾に潜入して、頭のいい受験生の情報を調べることにひたすら時間を割いていたっけ。

 今思えば無駄なことだったなと今更ながら後悔する。

 

「仕事に勉強に大変だな」

 

「いえ、そんな勉強ばっかというわけでもありませんよ。息抜きもちゃんとしてますしよ。よくパズルや趣味のボトルシップ制作もしてます」

 

 パズルにボトルシップか……パズル系のゲームが好きなのか?というかボトルシップってなんだ?

 

「ボトルシップってあれか、ペットボトルで船でも作るのか?」

 

「いえ、そういうのではなくて……見てみますか?」

 

「え?あぁ……」

 

 そう言われてそのままチノの部屋に連れて行かれた。

 思えばチノの部屋に入るのって何気に初めてじゃないか?

 

「どうぞ」

 

 そう言われて中に入ると、物は整頓されている綺麗な部屋だった。そして広い。

 女子の部屋にしては少し地味な気もするが、うさぎの人形が置いてあり、女子らしいものもある。まぁ、何故か人形には眼帯が付いているのだが、チノの趣味なのか?

 そういえばココアもあいつ、部屋とか汚くしそうなイメージなのに結構綺麗なんだよな……とか思っている間にチノがボトルシップを持ってきてくれた。

 

「これです」

 

 そう言われてチノが持ってきた物を見てみると、それは中に船の模型が入っている瓶だった。

 

「これがボトルシップか。で、これどうすんだ?川にでも浮かべて遊ぶのか?」

 

「違います。ココアさんと同じことを言うんですね」

 

 あいつと同じこと……だと……。

 それだけバカなことを言ったということだろうか。地味にショックだ。

 

「ボトルシップは作るまでが楽しいんです。そういう風に遊んだりする物じゃありません」

 

「作るって言ったって組み立てて瓶に入れるだけだろ?プラモと何が違うんだ?」

 

「まぁそういうタイプもありますが、私が作っているのは分解・組み立てタイプですので」

 

「分解?組み立て?」

 

「はい、確かに瓶の外で作ってから瓶に入れるものもありますが、それだと瓶の口の大きさや船の大きさが制限されてしまうので。分解・組み立てタイプは船のパーツを予め分解しておいて、バラバラのパーツをピンセットをうまく使って瓶の中で組み立てるんです」

 

「むずっ!?」

 

 そんな器用な作業よくできるな!?

 あまり人を褒める質じゃないが、素直に凄いと思った。

 

「……僕には出来そうもないな」

 

「いえ、先程も言いましたが外で作ってから瓶の中に入れるタイプもありますし。それに偽ボトルシップというのもありますし」

 

「偽ボトルシップ?」

 

「はい、瓶のそこを切り抜いて、予め作っておいた船の模型を入れて接着剤でくっつけるという他と比べると一番簡単な方法です。それにボトルシップ組み立てキットとかも模型店とかで売っているので、もし興味があるようでしたらそこから始めるのをお勧めします。乙坂さんもこの機会に是非どうでしょう!」

 

「あ、あぁそうだな……気が向いたら……な……?」

 

「はい、お待ちしてます!」

 

 さっきのココアの話よりも饒舌に話してる。

 同好の士が欲しいんだろうか。チノの目が心做しかキラキラしている。他にこういうの好きそうなやつ、チノの周りにいなさそうだしな……。

 けどチノには悪いが、付き合うつもりは全く無い。僕にこんな器用な作業は無理だ。

 するとチノが時計を一瞥する。

 

「あっ、もうこんな時間ですね」

 

 チノがそう言うので時計を見てみると、もう十時を回っていた。

 部屋で色々話して、チノの部屋に来たりしてる間に結構時間が経ってたみたいだな。

 

「もうこんな時間か……」

 

「話してたらあっという間に時間が過ぎてしまいましたね」

 

「そうだな」

 

 確かに思ってたより時間が経っていた気がする。

 チノとは落ち着いて話せるので、ココアと話すときみたいに疲れたりしないからだろうか?

 取り敢えず明日も早いし、もう寝るか。

 

「それじゃあ、僕は明日も早いし部屋に戻るよ」

 

「あっはい、あの……乙坂さん」

 

「何だ?」

 

「その……お話できてよかったです」

 

 少し緊張しているのか、チノはもじもじしながら恥ずかしそうに少し俯きながらそう言った。

 もしかしたらチノも僕のように、僕との距離感を探っているのかもしれないな。僕もチノとちゃんと話さないといけないと思っていたところだったし、これはちょうどいい機会だったのかもしれないな。

 

「僕もチノと話せてよかったよ。何だかんだ、ここに来てから二人で話したことって仕事関係以外のことでなかったし、楽しかったよ」

 

「はい、私も楽しかったです。おやすみなさいお兄さん」

 

「あぁ……ってお兄さん?」

 

「あっ……!す、すみませんつい……」

 

「あ、いや、別にいいけど……」

 

 いきなりチノに兄と呼ばれたため、有宇は少し驚いた。

 そういえばマヤにも「有宇にぃ」と兄呼ばわりされたが、なんだ?僕から兄オーラでも出ているのか?

 ……いや、兄オーラってなんだよ!と内心で一人ツッコミをしてしまう。

 

「えっと……それではおやすみなさい、乙坂さん。明日はよろしくお願いします」

 

「あ、あぁ、おやすみ」

 

 チノの兄呼びにまだ少し同様したまま、有宇はそう答えて部屋を出た。

 

 

 

 チノの部屋から自分の部屋に戻ると、机の上に置いてある本に目がいく。そういえば、結構いいところでチノが来たんだっけか。

 しかし、本の続きは気になったが、明日も早いので流石にもう寝ることにした。

 そしてそのまま電気を消してベットに横になる。

 

『大したことじゃないかもしれません。でも私にとっては大きな一歩でした』

 

 目を閉じると、ふとチノの先程の言葉が思い起こされる。

 あいつは……チノは今も変わろうとしている。僕よりも小さいあの子が、人と接する努力を、不器用なりに必死に頑張っている。

 じゃあ僕は?僕はどうだろうか?

 

『変わるも変わらないも有宇くん次第だよ』

 

 あの日のココアの言葉が思い出される。僕が変わらなければいけないと思い直したあの日、ココアが僕に向け言った言葉だ。

 変わると簡単に言ってくれるが、そもそも変わるったってどんな風になればいい。

 チノは人と話せるようになりたいという、変わりたい自分の理想の姿があるわけだが、僕は自分がどう変わればいいかなんてわからない。

 敷いて言えば今まではそれが他人から羨まれる、誰からも認められる人間ってことだったんだけど、カンニング魔として悪名を立て、人生のレールから外れてしまった僕がその理想を叶えるのは無理がある。

 だからといって、ココアみたいに誰かと積極的に繋がりたいとか、友達になりたいとか、そう思うことはできない。

 今のままじゃ駄目なんだろうけど、でも具体的にどうすればいい?どう変わればいい?

 そんな悩みを残したまま、眠りについた。




後編に続きます。

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