カルネ連邦共和国   作:夕叢霧香

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第33話

B ノアの方舟

 

 

 

 私とコキュートスは3日間、トブの大森林を冒険した。

 初日の午前はあまりにコキュートスの存在感が凄まじすぎて敵が3km以内に入ってこないので、ただ駄弁って歩いていただけだった。

 しまいには私はコキュートスによじ登って遊んだ。『オ止メクダサイ』とか言ってたけど、喜んでるのがバレバレだ。

 まったく、カワイイ子だね。

 しかし、お昼。食後にアインズさんにめっちゃお小言言われた。

 いや、だって、ねえ、敵が現れなければ何もできないじゃん?!

 

 狩が本格的に始まったのはアインズさんがコキュートスに気配隠蔽のアイテムを装備させてからだった。

 オーガとかゴブリンとかが襲ってきたがしかし何の危険も感じ無かった。

 コキュートスが素手で取り押さえたのを絞めるような戦い?だった。

 ちょっとまあ、やるせないと言うか何というか……。

 

 

 しかしまあそんなこんなですぐにLVが10を超えた。

 満を持した様に、デミウルゴスの宣戦布告が法国全土に夜空をスクリーンとして高らかに宣言された。

 魔王としての、デミウルゴスが法国を滅ぼす的な宣言だった。難しい言葉とか使ってたから、私にはよく理解できなかった…。

 何か、パンドラズアクターに演技指導を受けてのその宣言に、法国全土が恐怖に恐れ慄いたようだ。

 ニグンの必死の説得を無視していた連中はこの時初めて事態の深刻さに気付いたようだった。

 

 ニグン他、法国の有志達は3日以上前から避難所から水食料の準備、そして戦闘準備まで全て不眠不休で準備していた。

 私はアインズさんとつかちゃんと一緒にその様子を見ている。

「5区!避難状況はどうなってる?!」

 ニグンはそれぞれ九箇所の避難所支部にメッセージドールを1つづつ置いておいた。避難本部へは次から次へと指示を求める連絡が入ってくる。

『4ヶ村の避難はほぼ完了。後、10ヶ村に何名か不明者が存在します。』

「もういつハルマゲドンが始まるかも知れん、戦闘員を撤収させよ!」

 最終戦争・悪(アーマゲドンイビル)。法国ではハルマゲドンと言う言葉は子供でも知っている。なのでニグンは国民に分かりやすくその言葉を使った。

『もう少し!もう少しだけ捜索に当たらせてください!』

 非情なニグンの命令に5区の避難所から血を吐くような声が響く。

「ダメだ!ハルマゲドンが始まって、守る者が戻れなくなってしまったら、もしもの時、避難民が全滅してしまう!全ての罪は私が引き受ける。全員撤収の合図をあげろ!」

『………分かりました。』

 

 通信が終わると、ニグンは頭を抱え、つかさの方を見る。

「お見苦しいところを…。失礼しました聖女様と勇者様方。」

「大丈夫?目の下に隈、出来てるよ?」

 つかちゃんは何度か疲労回復の魔法をニグンに掛けてあげてたけど、それでも直ぐに疲れが溜まっていくようだ。

「何のこれしき……。」

「戦闘が始まる前に少しだけでも寝ておいた方が良い。」

「はい。お言葉に甘えて……。」

 

 と、ニグンが私とモモンさんに向き直って、深くお辞儀をする。

「今回は王国と帝国からわざわざ救援に駆けつけて頂き、感謝の言葉もございません、漆黒の英雄、モモン様、セイレ様。」

 私はひねりも何にも無いけどセイレと名乗っている。

「なに。困ったときはお互い様だ。」

 モモンの言葉に深々と頭を下げるニグン。

「私は冒険者じゃないよー。」

 私の種族はランクが1つ上がったけれど、姿形はまだそのままだ。法国では蔑視される異形種。貫頭衣でほぼ姿を隠蔽はしているけれど、一部の人間には私の正体はばらしている。しかし、ニグンや彼の仲間達はあまり不快感を示さなかった。驚きはした様だけど……。

 つかちゃんの教えが効を奏しているみたいだ。

「私達、つかちゃんにはエライお世話になったからねぇ、恩返しだよ。」

 それでもありがとうございますと異形種の私にも頭を下げた。

「それと、こちらは……。」

 言ってニグンはシズに向き直る。

「この子は僕の使える最強のお人形さんだよ。」

 という事になっている。シズとつかちゃんの双方の思惑が合致したみたいなんだけど……。

 ちなみに“漆黒”のナーベは別場所で避難場所を護っている。

「はあ…。」

「……………。」

 微動だにしないシズ。ほとんど人間のように見えるのに、意思を持っていないと思ったのか、それでもシズに一礼するニグン。

 

 ニグンはつかさに向き直った。

「それにしても、聖女様、私は腑に落ちない事が1つあるのです。」

「何かな?」

「今回、アインズ・ウール・ゴウン様は何ゆえ、法国を攻める方と、護らせる方に分けられたのでしょう?我々にはありがたいのですが、下手をすると味方同士で争うことにもなりかねませんか?」

 今回の戦いは一般人には混乱を避けるため、魔王が法国を滅ぼしに来たという方便を使っている。

 しかしニグンなど一部の人間には事の顛末は知らされていた。つかちゃんによると、後で知られる方が厄介なことが多々あるためらしい。

「このお話、疑問に思っている者も少なくないと思いますので、我等の仲間達にも聞いてもらってよろしいでしょうか?」

 つかちゃんが頷くと、ニグンは全メッセージドールの通信を開く。

「まずカ・ラ・ビンカ様、…この女神はあれだけの事をされてもなお、人間を救いたいと思われているよ。」

 その言葉にニグンは涙を流す。

「何という慈悲慈愛。」

 いや、そんなに感激されるような事?単に私は皆が居なくなると皆の前で歌えなくなるのはやだなーって………。

「ただ、神にとって、人間も、亜人も、獣人も、全て平等と言う考えをする方は少なくない。」

「我々が亜人を狩ったり、売買しているのを神々は御不興に思っておられるのですか?」

「どうだろう?興味無い感じかな?でも、自分達は亜人を狩ってるのに、じゃあ狩られる側になると悲哀を叫ぶというのはちょっと違う、とは思っているね。」

「………。」

 ぐうの音も出ない感じだろうか?

「彼等の感覚は、神を主人、人間をペットと考えれば近いんじゃないかな?なついて来れば可愛がるし、牙をむいてくれば追い払う。実際カ・ラ・ビンカ様は人間に混じって楽しく暮らしてたしね。」

「………はあ?!支配していたとかではなく?」

「多分あのかたはそんな考え一顧だにしないよ。楽しく皆とわいわいやりたいってタイプだ。」

 まあ、…そうね。

「何という親和的な神でしょう………。」

「それを踏まえて、……そうだね……。ニグンさんはノアの方舟の話、聞いたことある?」

 彼女の話し方は何というか学校の先生…、と言うよりは分かりやすいTVの解説者やらコメンテイターをほうふつさせる。バカな私でも分かりやすい説明や、たとえ話やらで納得させてくれる。

「はい。」

「アインズ様も同じ様に考えたんだと思うよ。怒ってはいるけれど、冷静な部分ではむこの民を助けたいとも思う…。」

 あ、モモンさん首傾げてる。……違うってさ。

 

「そもそもカ・ラ・ビンカ様はアインズ様の部下達も心酔、と言うか偏狂的なファン……痛っ。」

 私の投げたコップがつかちゃんの頭を直撃した。そこはせめて熱狂的と言ってよ!!

「まあ、相当に愛されてる人だ。もちろんアインズ様にとってもとても大切な人だ。その人が何度も殺される目にあった。そのときの激怒ぶりはちょっと僕も怖かったよ。止めた僕も殺されると思った。」

 つかちゃんがモモンさんのほうを見る。フイッと視線を逸らすモモンさん。

「アインズ様の部下はあまりの怒りに本当は法国そのものを滅したがった。アインズ様も今でも心のどこかではそうしようと思っているかもしれない。でも貴方の様に話の分かる人間が存在することもアインズ様は知っている。だからこそのノアの方舟だ……。改心し、すがれば、救いは有る、と…。」

 言ってつかちゃんは教会の塔の天辺に翻っている私のシンボルマークの入った旗を指差す。

「今回の救いのシンボル、カ・ラ・ビンカ様の旗。あれはね、アインズ様は多分、罪の意識と救済を貴方達の魂に直接刻み込むつもりなんだと思う。」

「……なるほど。我々のせいでお苦しみになられたカ・ラ・ビンカ様。その神を表す紋章を救済に使うことで、神の愛と、慈悲に必然頭を垂れ、それすなわち我々の罪を自戒する事になると…。」

「うん。そして、この最終戦争で、多分アインズ様は一部始終を見届けることになる。人間を救うべきか滅すべきか、栄華を約束するか、一顧だにしなくなるか……、試金石にするつもりなんじゃないかな?」

「神の慈悲や、他人を顧みる事をせずに醜い争いを繰り広げれば、アインズ・ウール・ゴウン様は人間をお見捨てになる、と……。」

「そうだね。」

「………私には自信がありません。」

 人間は追い詰められれば本性が現れるものだ。この後襲うだろう惨劇。そこで人はどんな醜態を晒すだろうか?神はそれを見てどう思うか?

 ニグンはそんな事をつらつらと話していた。

 

 つーか、ニグンの言ってる神はここでもう見てるんだけどね。

「人と言うのは、長いこと安寧が続くと、自戒しない限り堕落していくものだよ。貴方方聖職者は今後、これを糧にしてこんな事が二度と起こらないようにする。今回の事で皆がそれを分かってくれるだけで良いんじゃないかな。アインズ様もそれを望んでいるはず。そして僕達は被害を最小限にとどめる。」

「はい。我々も出来るだけの事をやって見せます。」

 憑き物のとれたような顔になったニグンは私の紋章に向けて手を組み、ひざまずいて祈りを奉げた。そしてこれは各地で聞いていた者達も同じであったらしい。

 …まあ、悪い気はしない。

 でも、え?

 モモンさん、そうなの?

 表情は分からないけど、モモンさんは腕組みしてうんうん頷いていた。

 

 

 

 ニグンは部下に通信対応を引き継ぐと、テントで仮眠を取り始めた。

 

 私はメッセージでアルシェに連絡を入れる。彼女は今、レイナースとクレマンティーヌと一緒に別の場所を護っている。

「はい。アルシェです。」

「そっちは大丈夫?もういつ大量の悪魔が現れるか分からない状況だよ。」

「うん。準備は万端。私も魔力が続く限り、三日三晩連続でも戦えるわ。」

 MPの補充はコーラルチャームが何とかしてくれるだろう。強力な魔法を次々唱えない限り大丈夫だ。

「二人は?」

「姉さんはまだ民の避難を手伝ってるわ。クレマンティーヌは交代の騎士と一緒に寝てる。」

 ………………。

 多分彼女は戦いが本分だからそれまでは体力を温存して置こうって、そういうことなんだよね?疲労無効付けてる筈だけど…。

「アルシェもあまり無理はしないようにね。」

 まだデミウルゴスがどんな結界を用意しているか分からない。強力な悪魔が現れたら結界を破られる可能性も考えないと…。

 私の呼べた救援は帝国からのレイナース救助隊のみだ。本当なら州兵を向かわせたかったが皇帝から藪を突付くようなマネは止せと言われたらしい。

 多分救助隊それ自体も皇帝はいい顔はしないだろう。そろそろ皇帝との仲が大分きな臭くなっているようだ…。

 ナザリックからは人間の容姿に近い者か、鎧や貫頭衣に身を包んだ者が主要な場所を警護している。

 そしてつかさは蒼の薔薇を副都に、王国国境側にガゼフ、そして虎の子カルネ義勇軍をカルネ州に最も近い都市を護らせた。

 

 

 時が来た。

 今もまだ避難民が押し寄せてきている中、まだ陽があると言うのに皆既日食が起こったかのように辺りが暗くなった。

「……始まった。」

 つかちゃんが近くにいた兵にニグンを起こすように告げる。

 ニグンは上着を羽織りながら飛び出してくると、メッセージドールに向かう。

「全区報告!」

「2区、辺りが急激に暗くなりました!他に異変はありません!」

「3区、同じく……………………。」

 ……………。

 次々と報告が上がってくる。

 全部の報告が済むと、カ・ラ・ビンカの旗が輝き、そこを中心に光が放たれた。

 オーロラのような光が旗から出現すると、そこから半球を描くように領域を包んでいく。

「全区に通達!第一班は天使を召喚!今、出現した結界に天使の加護を与えよ!」

 私達のいる一区の中でも、二人の召喚士が天使を召喚。オーロラを守るように天使が力を与える。

 

 辺りに居た一般人から歓声が上がる。天使の威容に事態を理解していない大衆はこれで大丈夫だと思っているのだろう。

 他の地域でも同じことが起こっているのだろう、次々とメッセージドールから歓声が聞こえてくる。

「ニグンさん、皆を激励してあげて。」

 つかさがマイクをニグンに渡し、全避難所のスピーカーに繋がっている旨を告げる。

 

『避難民の皆さん、この事態は我々が全て予知していたものです。不安に思う必要はありません。我々聖職者の指示に従って、この未曽有の災害を切り抜けましょう。』

 

 単純明快に告げるニグン。

「さて、そろそろ出るぞ。」

「「「はい。」」」

 モモンさんの言葉に私とつかちゃん、それとシズが答えた。

「宜しくお願い致します。」

 ニグンと彼の仲間達が深々と頭を下げた。

 

 広場はテントでひしめき、人々は不安そうに暗い天を見上げている。それでも子供達は元気に走り回っている。

 大通りもシートで簡易テントが設置されている。

 やがて結界の端が見えてきた。7色に輝くオーロラのような結界をモモンさんが触ると、スリットの様に向こう側の世界が開いた。

 全員が結界の外に出ると、結界は再び閉じていった。

「始まりはこんなものか…。」

 オーロラの結界の向こうとこちらは一応シースルーで、双方の状況はつかめるようだ。

「ふむ。ではシズとつかさはビンカさんをくれぐれも頼む。」

 辺りを見渡しながら指示を出し始めるモモンさん。

「「はい。」」

「ビンカさん、渡したワールドアイテムは所持していますね?防具はちゃんと装備してますね?何かあったら俺を直ぐに呼んでください。」

「やだなぁ、子供扱いしないでよ。」

 軽口を叩いたらポムってチョップを食らった。

「貴女はただでさえ戦闘向きではないんですから、油断しないでください!ここには我々と伍する連中も存在するんですよ!」

「はいぃ…。」

「メッセージ。ニグレド、傾城傾国はまだ見つからんか?」

「申し訳ありません。…残念ながら。しかし範囲内に現れたら直ぐに、作戦を発動する準備は整っています。」

 はー…。モモンさん、相変わらず統率力ずば抜けてるわ。

「よし。ではシズ、索敵。」

「はい。」

 モモンさんの言葉にシズがソナーを打ち上げる。

「スキャン完了。周囲1km、モンスター24。飛行型、11。LV7~10。」

「固まっている場所があるか?」

「南東222m、13匹。」

 淀みなく報告するシズ。

「ゆくぞ!」

 

 シズの指定した場所にヘルハウンドが10匹くらいたむろして何かを食べていた。

「うぅ。」

 死体だった。それも一人や二人じゃなかった。子供までいた……。

「もう始まってたか。」

 冷静に言うのはつかちゃん。どうやら動揺しているのは私だけみたい……。

 と、一匹が私達に気付き、襲い掛かってきた。

 パンパン!!

 銃声が響くと、ヘルハウンド2匹が地べたでもがき始める。

「カ・ラ・ビンカ様、とどめを。」

「シズちゃん早いね。いつ出したの?」

 いつの間にか、シズの手には拳銃が二丁。

 私は手にした聖遺物(レリック)級トライデントでとどめをさしていく。これはコキュートスとの狩りの為アインズさんが作ってくれたものだ。

 

 ドスン!

 突然、目の前にガーゴイルが落ちてきた。

「のわっ!……ファフロツキーズかよ!」

 みればつかちゃんが私の頭の上に居た飛行型のガーゴイルを蹴り落してくる。

 私はと言えば落ちてきた奴らをトライデントで串刺しにするだけだ。ガーゴイルは次々とただの石に戻っていく……。

 

「ふむ。二人に任せておけば大丈夫そうだな。では私も遊ばせてもらうとするか!」

 結構ノリノリなモモンさん。大剣二つで俊敏なヘルハウンド達を狩っていく。

 私はその討ち残しを残飯整理よろしくつぶしていく。

 時折銃声が響くと、私の周りにもがき苦しんでるヘルハウンド、空からはつかちゃんに羽を切られたガーゴイルが蹴り落されてくる。

 その戦闘音を聞きつけたか、モンスターが集まり始めた。

 

 さあ、LV上げの時間だ!

「じゃあ、ビンカさん、歌、お願いします。」

「おうともさ!」

 私はトライデントをしまうと、竪琴に装備を変更する。

「スキル・みんなのうた。」

 経験値をパーティ全員で分かち合うスキル。

 戦力の劣る私のおんぶにだっこなスキルだ。以前もこれで色々な人に世話になったんだよねー。

 ちなみに他の場所でもマーレがワールドアイテム強欲と無欲で経験値を集めてくれているそうだ。お礼に今度2曲歌わせてあげるからね…。

 

 さて……。

 この激戦を生き抜いた猛者共すら驚嘆させたモモンさんの暴れっぷり。

 近づく飛行タイプをことごとく撃ち落とすシズのハンターっぷり。

 闇夜に光をもたらすように、敵を引き裂いて行くつかちゃんの舞いっぷり。

 そして私は見た人に応援(チア)担当と思われていたようだけど、実は皆様から経験値を頂いていただけというゲスっぷり。

 我々の勇姿に、結界の向こうからこちらを見る目が希望に輝き始める。

 うん。実にバランスの取れたパーティだ。

 ………だよね?

 だってほら、モモンさん、すごく楽しそうだし。

 シズも無表情ながらハハハハハって笑ってるし。…………まさかトリガーハッピーなんじゃないよね…?

 つかちゃんだけが結構真面目に戦ってるみたい。彼女もこの機に一気にLV上げ、って考えてるらしい…。

 

 人それぞれ…、それぞれの思いでこの戦いに臨んでいた。

 

 

 

 5日も過ぎると出現する悪魔もかなり強くなって来、必然、得られる経験値も跳ね上がり、私のLVも50を超えてきた。

 そして、私はようやく念願のマーメイドに戻る事が出来た………。

「何やってんですか?貴女!」

 あきれた声を上げるつかちゃん。

「いや、ビックリしたわ…。」

 マーメイドになるなり、呼吸困難になり、私は陸に打ち上げられた魚のようにビッタンビッタンもがいた。

 私はつかちゃんに臨時のプールを作ってもらってようやく一息つくことが出来ていた。

「ビックリしたのはこっちですわー!!何いきなり溺れて死に掛けてるの?!戦闘での危険ばかり予測していたってのに、こんなピンチ、ビックリだよ!!悪い意味で意外性てんこ盛りだわ!!」

 噛み付いてくるつかちゃん。

「まあまあ、相変わらずおっちょこちょいですね、ビンカさん。」

「そう。カ・ラ・ビンカ様、何も、悪くない。」

 モモンさんとシズちゃんが軽くフォローを入れてくれる。うん、いいパーティだ。

「てへ♡」

「あー、ムカつく、こいつ!!」

「つかさでも、カ・ラ・ビンカ様、悪く言うの、許さない。」

 スタンガンに火を入れるシズ。

「え?何で僕が悪いみたいになってるの?」

「うん、まあそりゃ、なあ。」

「勘弁してくださいよ、モモンさん!何かあったら僕がデミウルゴスに殺されるじゃないですか!」

「まあ、こういうアクシデントもあってこその冒険じゃないか。」

 何か、懐かしいな…。いつもこういう役目をモモンガさんが引き受けていたものだ……。

「そうそう。楽しいねー!」

「反省しろー!!」

「あいててて……。」

 こめかみ辺りをぐりぐりしてくるつかちゃん。

「まあともかく、パッシブスキル魔女の秘薬は直ぐに覚えられる。シズ!この辺りのモンスターを軽く狩るぞ!」

「はっ!」

 モモンさんとシズが瞬く間に周りの敵をほふって行く。この分なら2時間もあればこのプールから直ぐ出られるようになるだろう。

 

 でも、何か手伝えないかな?何か使えるスキルは……。

 あ、これが使える!!ローレライのスキル……。

「タイダルウェイブ!!」

 ザッパーン!!

「おお!」

 つかちゃんが驚く。無理も無い。近くに居たレッサーデーモンが一掃されたんだから。

 でも……。

 プールの水が全部波とうになって無くなりました。

 ビッタンビッタン……。

「おバカーーーー!!」

 この後、つかちゃんにしこたま怒られました……。

 

 経験値がたまり、ようやく私がプールから出られた時、ニグレドから連絡が入った。

「アインズ様!ターゲットを捕捉しました!」

「何?何処だ?」

「その場所から30km北西です!」

「良くやった!つかさ、シズ、私はちょっと行って来る。ビンカさんを頼んだぞ。」

「「はい。」」

 モモンさんはフルアーマー姿から、オーバーロード、アインズ・ウール・ゴウンに戻ると、転移門(ゲート)を開く。

「ニグレドは引き続き他のターゲットを捜索せよ。」

「は。」

「では、ビンカさん、くれぐれも無茶な事はしないようにお願いしますよ。あまりつかさを困らせないように…。」

「うん。いってらっしゃい。」

 ひとつ頷いてアインズさんは暗闇の向こうに消えて行った。

 まあ、ターゲットがどうなるか、私達は知らない方が良いよね?つかちゃんも複雑そうな顔をしてるけど……。

 

 

「さて、と………。」

 私達はそれぞれに定期連絡を入れる。つかちゃんはカルネ義勇軍とガゼフ戦士長と蒼の薔薇とニグンに。私はアルシェに……。

 2日程前から結界内にもぐりこむ悪魔が増え始めて、防衛組は対応に追われている。

 いざとなれば私達も戻って排除に掛からないといけない…。

 

 つかちゃんの方はまだ非常事態と呼ばれるような状態に陥ってはいないようだった。しかしアルシェからの連絡は……。

「え?クレマンティーヌが突然変になった?」

 うーん、元からちょっと変な子だからねー。

 とりあえず私達は飛行(フライ)で3人娘の下へ急行した。1時間も飛べばたどり着くだろう。

 

 クレマンティーヌはギガントバジリスクと男の遺体の前でたたずんでいた。

「どうしたの?」

「………。」

 みればクレマンティーヌは泣いていた。

「知り合い?」

 ………………。

 さめざめと泣いているだけのクレマンティーヌ。

 私はレイナースに向き直る。

「元に…元の姿に戻れたのね。」

 レイナースとアルシェが抱きついてきた。

「うん。皆のおかげだよ。ありがとう。」

 ところで、と、私はクレマンティーヌを見る。

「お兄さんらしいわ。」

 遺体を見て言うアルシェ。

「…そうなんだ。あ、じゃあ蘇生魔法で……。」

「生き返らせないで良いよ。」

 割とあっけらかんと言うクレマンティーヌ。

「え?何で?だって泣いてる……。」

「何でだろうね?前はあんなに殺したい奴だったのに……。」

「は?殺したい?」

 突然、クレマンティーヌは掻き消えると、空中から襲ってきた上位のガーゴイル3体を一瞬でただの石にして破壊する。

「こんなのに殺されるなんて……。」

「クレマンティーヌのお兄さん、あのモンスターの群れに襲われて殺されたみたい。」

 と、アルシェ。そして何時の間にか私達の周りには同じガーゴイルが30体ほど集まっていた。

 

二重の竜巻(ツインツイスター)!」

 アルシェが風の魔法でガーゴイルの羽を切り裂く。

 タタタタタ!

 シズのマシンガンが残りのガーゴイルを打ち落とした。

 落ちてきたガーゴイルをレイナースとつかちゃんがただの石像に戻していく。

 モンスターは彼等に任せておけば大丈夫だろう。

 それよりも、大丈夫じゃないのはこっち……。

 私はクレマンティーヌの頭を抱きしめる。

「ううう………。」

 クレマンティーヌは声を殺して、子供のように泣き始めた。

 

 あらかた片付けると、つかちゃんは私達のほうを見てレイナースに話しかける。

「もしかしてあのバジリスクは彼の使役獣?」

「みたいね。」

「相手が悪かったみたいだね。石像に石化は効かないだろうしね。」

「それにしても、こんな弱いモンスターにクレマンティーヌの兄が……。」

「弱い?とんでもない。こいつら普通に強いよ。」

「………え?」

「モンスターテイマーのブーストがあっても石化も毒も効果を期待できないギガントバジリスクじゃ1対1で対等くらいじゃないかな?それがこんな数いたら……。」

「しかし……。」

 言ってレイナースはカリンを軽く投げると、ガーゴイルを串刺しにし、破壊する。リボンを引くと、カリンは直ぐにレイナースの手に戻った。

「こんな弱い……。」

「いや、君等が強すぎるだけだから……。」

「……そうなのか?」

 つかちゃんは苦笑するだけだった。

「ところで、こちらの方には生き残りの人達はもういないの?」

「ああ。3日前くらいだったら何人か逃げ遅れがいたのだが、もう居ても遺体か、隠れていた冒険者か、騎士くらいだ。彼等も既にアルシェが避難させた。」

 そうか。じゃあもうじきこれも終わるかな?

 

 と、全方位放送が流れ始めた。

 ニグンが流し始めたようだ。

『各戦闘員傾聴!』

 私達が思っていた以上に結界内にも混乱が起こり始めているようだ。獲物を求めて結界を破るモンスターが増え始めたのだろう。

『このノアの方舟は沈ませない。戦士達よ奮戦せよ!』

 結界内の戦士達はよろよろと立ち上がる。

『今まで我等はたくさんの人命を奪ってきた。それが正義と、必要なことと信じて……。』

 私達はクレマンティーヌをレイナースとアルシェに任せると、元の神都避難所へとんぼ返りを始める。

『命令でも命を奪うのは辛かったろう、苦しかったろう。それに比べて今の辛さ、苦しみは比でもない!我等は僥倖である!自分に言い聞かせる必要も無い、今はただ、汝らの隣にいる弱き者を護れ!』

 戦士達が槍を構える。召喚士は最後の天使を召喚する。

『結果、力足らず死しても、我等は胸を張って神の下へ旅立てる!』

「今、彼等は余力を振り絞っているのか……。」

 つかちゃんの独り言が聞こえた。あと少し、多分、あと少しで終わる。皆、頑張れ!

『非戦闘員の皆さん。あと少し。あと少しです。戦える人は盾をとって下さい。子供達を護るのです!未来を護るのです!!』

 放送は終わった。メッセージドールからは各地の咆哮が聞こえてきた。

 ニグンの激励が効いたようだった。

 

 

幕間

 

 どうやら避難区では神都が一番激戦だったようだ。

 放送の後、ニグンが呼び出した最後の天使が光となって消えた。

 全ての戦闘員は各地での戦闘に駆り出されていた。

 それでもニグンは子供達を護ろうとモンスターの前に立ちはだかる。

「超技! 暗黒刃超弩級衝撃波(ダークブレイドメガインパクト)!!」

 ニグンに襲い掛かったモンスターが吹き飛んで粉々になった。

「お、お前は………。」

「礼なら不要よ。」

「クソ、まさか貴様に助けられる事になるとは……。」

「あの時の事は悔い改めた?」

 言ってラキュースは背後のニグンに振り返る。

「あの時?ああ……。」

 言って頬の傷を触るニグン。

「今でも間違った事をしたとは思っていない!」

「まったく、さっきの演説をした人間とは思えない!!」

 言ってグレムリンを黒い剣で葬っていくラキュース。

「お前、ボロボロではないか!」

「3日3晩、寝ずに戦えばこうにもなる。」

「何?副都は大丈夫なのか?」

「あっちはめどが付いた。ここは避難民も多い。だから!」

ご主人様(マスター)後ろ!」

 スキュラの言葉に振り返って剣を振るうラキュース。

 後ろから攻撃してきたモンスターは両断された。

「飛んできた。」

 ニヤリと笑うラキュース。

 

 ラキュースとニグンとで悪魔の攻撃を防ぎ、いなし、時間を稼ぎ、やがて空が明るくなり始める。

「もう直ぐ終わる!頑張れ……。」

ご主人様(マスター)!!」

 ニグンの言葉が終わる前にラキュースが吹き飛んだ。

「ぐはっ……。」

 壁に叩きつけられ、ラキュースは咳き込む。

 

 今までの悪魔共の軽く倍近くある巨体。

 ニグンは盾をかまえ、用心深く立ち位置を選ぶ。悪魔、スケイルデーモンの腕が振り上げられ、叩きつけられる。

 盾で防ぎはしたが、猛牛に体当たりされたように吹き飛ばされる。

「うぐっ!!」

 どうやら右肩が脱臼したようだ。立ち上がろうとして腕がだらりと下がる。

 目の前に剣が一本転がっていた。それを左手で拾うとスケイルデーモンに投げつけた。

 剣はカツンと軽い音をたてて弾かれた。その攻撃はどうやらスケイルデーモンを怒らせただけだった。

 でもそれでいいと思うニグン。

 怒ったスケイルデーモンが子供達からニグンに目標を定め、突撃してくる。

 もう指一本動かせない。ニグンは目を瞑った。

 

 ………………。

「良く頑張ったな。ニグン・グリッド・ルーイン。」

 目を開ける。

 スケイルデーモンはオーバーロードの手のひらに止められていた。

「……………。」

「お前達の戦い、見せてもらったぞ。」

 ………………。

「……………神よ…。」

 

____________________________

 

 私達が神都についたとき、既に戦闘は全て終わっていた。

 

 血なまぐさい戦いは終わり。

 

 さあ、今日から、復興支援の始まりだ。

 

 

 

続く


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