A 知識対知恵
王都南西の外れ。岩を荒削りに組んだ質実剛健な建造物。
王族の別荘らしい。別荘と言うか城だ。
僕は真夜中、
テラスから中に入ると……。
「よう。」
「うわっ!」
思わず声が出てしまった…。
「気付いて無かったのか?その割にはずっとこっちを見てた気がするが……。」
「ガ、ガガーランさん。こんばんわ。」
カーテンの隙間から現れたのはガガーラン。何で隠れてるの?
結構ドッキリさせられた。むしろ見てびっくりだよ!闇夜の
「一応、武器は置いてってもらうぜ。」
「初めから持ってきてないよ。」
「こっちだ。」
ランプを手に歩き出すガガーラン。
「……本当なら、イビルアイに居て欲しかったんだが、あいつは今ティア、ティナと一緒に法国だ。お前さんの依頼を果たしにな。」
「君は行かなかったのかい?」
「俺に潜入とかできると思うか?目立ってしょうがねえよ。」
まあ、確かに。国境で直ぐにとっ捕まるだろう。
「この部屋で待っていてくれ。」
しばらくして女性が一人入ってきた。
凛とした感じの女性だった。
「はじめまして。ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラと申します。」
「つかさです。はじめまして。お噂はかねがね……。」
差し出された手を軽く握る。
「貴女には仲間達が色々世話になったようですね。」
んー、これは皮肉だろうか?
「今回の依頼の報酬です。ゴーレムは大きいので、アインドラ卿の宮殿へ送っておきました。」
ラキュースは風呂敷の中にあった人形を確認する。
「確かに。ティア、ティナとイビルアイが結構吹っ掛けたのにあっさり払ってしまうなんて……。」
吹っ掛けてたのか、あいつ等………。
「これで済むなら安いものです。僕等にとって、ネム・エモットはそれだけの存在ですから。」
しばし僕の目を見るラキュース。
「フ…、いいでしょう。3人は既に法国に侵入は果たしている頃です。明後日頃には一報が入るでしょう。良い報告を期待してください。」
「よろしくお願いします。僕にお手伝いできることがあれば何でも言ってください。」
「必要ありません。大船に乗ったつもりでいてください。」
不敵に笑うラキュース。法国が相手であってもこれだけの自信。仲間を信じているのだろう。
「さて、ではラナー王女殿下との会談場所へご案内しましょう。」
きた。
さて、鬼が出るか蛇が出るか……。
僕は暖炉のある小さな部屋に通された。
懺悔室のような感じの部屋を想像していたので、ちょっと拍子抜けした。
ちょっと待てと言われて10分。
来ない……。
暫く待っても来ないので、手持ち無沙汰だった僕はふかふかなじゅうたんの上に座って、粘土で人形を作り始める。
コンコン。
「お待たせいたしました。」
……………………。
「…あの、……つかさ殿?」
「………ちょっと、待って…。」
あとちょっと。あとちょっとだから……。
人形に緑の瞳を入れると、僕は顔を上げた。
二つの顔が僕を見ていた。
「これは……。」
「私?」
ラキュースと、一人は恐らくラナー王女だろう。
「ああ、ごめんなさい。あまりに暇だったので……。」
ラキュース人形を彼女の手のひらに乗せると、人形は動き出し、ぺこりとお辞儀する。
「ごめんなさい。」
本物のラキュースよりちょっと甲高い人形の声。
「おお、これは?!!」
ラキュースの驚きの言葉に指を鳴らすと人形はコテンと力なく横たわった。
「何と言うか、ケシカラン。これは没収シマス。」
う…。ちょっとやりすぎたかな?
「はい、どうぞ、お納めください。」
「ククハハ…。」
やばい。怒ってる?凄い笑顔になってるんですけど……。
突然クスクスと笑う声。
「こんな方、初めてです。普通の人なら憤るか、そわそわして待っていたりするものですけど………。」
?……じゃ、待たされたのは試されていたって事?
そのために小一時間も?僕もそんなに暇じゃないんだけど……。
僕は粘土カスやら布の切れ端を
「失礼しました。私はラナー……。」
自己紹介を始めた王女様の言葉を僕は手のひらを向けて止める。
「無礼ですよ、つかさ殿。」
「だって、全部聞いたって覚えられないくらい長い名前なんでしょ?」
眉を顰めるラキュースに僕は首を傾げて言う。
実際何度聞かされても覚える気のなかった僕にはその名を覚えることは出来なかったし。
ラナー王女はクスクス笑って許してくれた。
僕が立ち上がって背伸びをしていると、ラキュースが僕に噛み付いてきた。
「ちょっと、これ、動かなくなったんですけど。」
「そりゃ魂入ってないので。」
「入れてください。」
「入れちゃうと戻らないよ。棄てたりしない?」
「棄てませんとも。」
「耳元で騒がれるとかなりうっとうしいよ?」
「耳元で……、騒ぐ?」
「毎日微量だけど主に君のMP…、魔力を食べるからね、あまり長いこと離れられなくなる。当然、居場所は君の肩とか、ポケットとかになると思う。」
下を向いて肩を上下させるラキュース。やはり覚悟が必要だと考え直しているんだろう…。
「戦闘をサポートとかは出来ません?」
「そりゃある程度上位の精霊とかスプライトを憑依させれば第2位階魔法くらいは使えるようになるだろうけど、結局君の魔力を消費して使うことになるから……。」
「入れてください!」
「……えと…。」
「入れてください!!」
「分かりました。」
怖い……。
とりあえずその辺に漂ってる一番強そうな精霊を人形に入れ、ラキュースの髪と血を使って契約させる。
「スキル・物質変換・中位人形作成・付喪神。」
人形とラキュースの身体が光る。
光が消えると、ラキュース人形が空中に浮いていた。
「おおおおお……。」
ラキュースは付喪神を手のひらにのせると、手足を触ったりスカートをめくったり、その度に奇声を発する。
「あの、マスター?」
付喪神が僕の方を向いて声を上げた。
「何?」
その声に答えたのはラキュース。
「いえ、あの、私を創ったのはそっち……。」
「私が、貴女の、
おろおろと僕の方を見る付喪神。僕は頷くしか出来ない。
「じゃあ、神様、私の名を決めて……。」
「私が付けます!良いですね?!」
僕等はその迫力に圧倒される。
「貴女の名前は……スキュラ!」
付喪神・スキュラに指を突きつけるラキュース。
「「……えー…。」」
「何か?!」
ラキュースは僕等をキッとにらんで来る。
「いやだって、いずれ成長したら君を襲ってきそうな名前だよ?」
「襲ってくる…。友達が、我を忘れて襲ってくる……、涙をこらえて倒し……、自我を取り戻させ……。」
何やらぶつぶつ言ってるんですけど…。
「あなたの名前はスキュラよ!!」
うんまあ、それで良いなら……。
とりあえず僕等は応接テーブルの前に座る。
「ラキュース。貴女はその子と打ち合わせがあるのでしょう?」
ラナーは紅茶のカップから口を離し、ラキュースに目だけを向ける。
「え?あ、でも……。」
何やらそわそわし始めるラキュース。
「私は一人で大丈夫。」
「そ、そう?」
ラキュースはそそくさと席を立って行ってしまった。
……良いのか?
扉が閉まると、ラナーが口を開いた。
「さて、結論から話しましょうか。私がカルネ公女になる事を承認してください。そしてカルネ州は王国から独立します。」
「ブ!!」
僕は紅茶を噴出してしまった。
「ゴホゴホッ……。何言って……。」
「もちろん、今すぐというわけではありません。私の目算では多分、…5年後。」
「………5年?」
ゾッときた。
計算に入れていた年月ではある……。
「貴女の目的なのでしょう?カルネ州を独立させることは…。」
どこでその話を…。いや、そもそも僕はそれを誰にも打ち明けていない…。
「そんな噂が王都では流れているんですか?」
「いいえ。私が推測しました。」
推測………。
「ここ数か月で人口が10倍以上。貿易量はさらにその3倍以上。」
「……どうやって…?」
「ガゼフ戦士長がカルネ州からの収益をほぼ全て王に献上しています。逆算すれば簡単ですわ。」
………。
「他にも、道路、上下水道等のインフラ建設、医療保険制度の確立等、多岐にわたって収益を未来投資しているようですね。素晴らしい試みです……。いいえ、試みではないのかしら?次から次へと方策、政策を打ち出すのは成功すると確信しているとしか思えません。」
……何て人だ。
「黒字で取られる税を目減りさせるためにわざとインフラに投資していく。その投資が雇用を生み、しかもそのインフラは民衆の生活を向上させる。聞いた人が集まってくる、彼等がさらに消費と富を生み出す……。」
この人は経済を分かって……感じている。
「……………。それは、他の貴族の耳には………。」
「入っていますよ、もちろん。ただ、彼等は単にカルネ州が儲かっているというハイエナ的嗅覚で群がってるだけですが。」
思わず舌打ちしてしまった。
「そんな金の生る木が政治的に無力な人間の手にある……。さてさて、貴族達はどう動くか?」
この事態を想定してはいたが、速すぎる。
「特に元の領主は旧領を取り戻そうと躍起になっています。」
「いずれ、……内乱、王国軍対カルネ州軍となる、と?」
「そうです。また貴族に無駄にむしり取られるのはお嫌でしょう?となると行きつく先は独立……。」
「王国は独立を認めないでしょうね。」
「お金が儲かれば儲かるほどに、独立は認めないでしょう。別に王国はカルネ州を守るつもりは無い。カルネ州にとっては王国は単に税をむしり取っていく害虫みたいなもの。そしてその害虫が付くと、金の生る木は枯れ始めるでしょう。」
「……そうですね。つまり、その害虫から貴女が守ってくれる、と?内乱を回避させられると?」
だからこんな話を始めたということ…。同国人同士の血が流れない為にも……。
「いいえ。時間稼ぎをしてあげます。」
「5年?」
「いいえ。3年。それで王国貴族と張り合えるだけの国力は付くでしょう?」
……………。
それはやはり無血の独立は無理と言うこと?
ダメだ、色々考えるとこの人の頭の回転についていけない……。
「順を追って、話してください。」
「そうですね、では先ず私の目的から話しましょう。」
そう、彼女の目的、……本心を話してくれれば、だけれど…。
「私は王家のくびきから離れたい。それには後ろ盾が必要なのです。」
「なるほど…。カルネ州が対抗しうる力を持つと踏んで……。」
「今までは何処の地方や都市、貴族が力を持っても興味は無かった。その力が長続きすることも無いと分かっていましたから。けれどカルネ州は違う。これから恐らく5年で、帝国すら恐れる力を手にし始めるでしょう。」
「……帝国。」
そうだ。独立に対して、それは考えていなかった………。
「ただ、帝国皇帝がその考えに至るまで後、恐らく半年は必要でしょう。今はロックブルズ州が大きくなり始めている事を恐れているはず…。」
何というか、複雑になってきた……。そのロックブルズ州とは上手くやり始めている所なのに…。このままだと……三つ巴の戦争とか…、三国志じゃあるまいし………。
「そこで、まず私が公爵の位を買って、この州の公王となります。」
「……公王?」
王家を離れる為……?御料地だといけないのか?
……そうか、王派閥にも貴族派閥にも認められやすいからと言うことなのだろう。
「王もカルネ州がかなり大きくなってきたことが紛争の種になり始めている事を危惧しています。だから私がそこを治めるという形を作ってしまうのです。王が納得すればガゼフ戦士長も反対しないでしょう。」
………。
「爵位を買うお金は、あるんですか?」
「フルト銀行に借ります。カルネ市には支店を建てようとしているのでしょう?」
一体、何処からその情報を……、いや、今はそんな事を考えてる場合じゃないか…。
「帝国の銀行が王国内に出来てしまう……。貴族や官僚の反発は如何な物か…。それに対しても、私の助けは必要ありませんか?」
やばい…、魅力的過ぎる……。これは術中にはまっているのだろうか?
「そうしたらお金は1年もあれば利息付で還納できるでしょう。帝国は現状では私に任せてくださいとしか言えませんね。」
曖昧ではあるけれど、これだけの人物なら期待が持てそうではある……。
「方針については分かりました。しかし我々は……。」
「王族に統治を期待していない、そう言うことでしょう?」
「……その通りです。」
「ならば問題ありません。私の目的は単に、王族から外れて楽しく暮らしたいだけなのです。私も貴女の言う自由が欲しい。権力もお金にも興味はありません。必要なら念書も書きますよ。」
何か裏がありそうな気はするんだが……。害虫が付くより、共存できそうな気はする………。いや、害虫より害悪と言うこともありえるのだろうか?戦争の種を撒き散らすとか……。
……………………。
しばしの沈黙。
「ならば、王位についた後、宣言してもらえますか?」
「…何を?」
「君臨すれども統治せず、と。」
「君臨すれども……統治せず…。」
フフ、と笑い始めるラナー。
「いいでしょう。ならば私からも1つ要求、よろしいですか?」
「何でしょう?」
「カルネ市のはずれに私のお城を建てて頂けますか?私には自由にできるお金が少ないのでしょう?でも元首としては見栄を張らないといけない場合があります。」
「あまり豪華絢爛なのは無理です。」
「上に大きくなくて結構です。篭城するつもりはありませんし。公使を失礼なく迎えられる城。あと地下3階と隠し部屋、通路とかを作って頂ければ。」
隠し通路?そうするとやはり圧政をするつもりがあると言う考えに結びつくんだけど……。ただ、それが国庫を直撃する事はこの人は理解しているはず……。
「地下室は暑いときの避暑に使わせてもらうだけですわ。そもそも城を建築するのは貴女のゴーレムなのでしょう?だとしたら隠し部屋なんて名ばかりでしょう?私も人間。プライベートくらい欲しいと思っては変ですか?」
まあ、確かに。人間であれば羽を伸ばす場所は誰だって欲しい。地下室に入って暴漢に襲われたときを考えれば隠し通路は必要だろうし……。
「換気と、殺菌の為、採光窓はつけないといけませんけど……。それと使用人やら官僚やら衛兵のための別館も近くに…。」
「その辺り、全てお任せしますわ。……期待してます。」
微笑するラナー王女、いや、公女。
「1つだけ、貴女の予想通り事が運べば僕等とガゼフ戦士長が戦うことには……。」
「なりませんよ。そのための私でもありますしね。貴族との衝突はあるかもしれませんが…。」
でしょうね。
「分かりました。陛下がカルネ公国元首となり、独立を勝ち取り、共存できるよう尽力しましょう。」
ネムと王族の相互扶助外交は魅力的だ。ラナー陛下が目的通り動いてくれれば、だけれど……。
「ただし念のため、僕は権力者ではないですよ。」
「分かっています。貴女の協力があるだけで十分です。」
にっこり笑うラナー陛下。
僕はラナー陛下と握手を交わした。
次ぐ日の夕方、法国に潜入したイビルアイから連絡が入り、無事ネムを奪還したと連絡が入ったとの事。
その連絡を僕の元へ持ってきたのは何故かスキュラだった。もう便利に使われているようだ。しかも服装も僕が作ったものではなく、なんだかラキュース本人以上に気合の入ったドレスになっていた……。
彼女、僕が思っていた以上に自由度が高い様だった。
良かった良かった……のだろうか?
まあいいか、二人とも仲よさそうだし、幸せそうだし……。
続く