カルネ連邦共和国   作:夕叢霧香

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第28話

B 転生

 

 

 レイナース、アルシェ、クレマンティーヌ。

 私の胎内に命の炎が灯る。

 皆、起きて。

「ビンカ!」

「ビンカさん!」

「びんちゃん!」

 空間に浮遊する三人。

 それぞれ三者三様の反応をする。

 

 ああ、夢の中。長いこと見ていた夢。とうとう覚める時が来た。

 色々なことがあった。楽しい、本当に楽しい夢だった。

 次々と友達が出来て、それがすごく面白くて楽しくて……。

 

「皆、ごめんね。私のせいで、怖い思いをさせちゃったね。」

 皆、ただ茫然と私の言葉を聞いている。

 今の私の姿は揺らめいている炎。皆その魂の炎を見つめている。

「私はね、もう死ぬの。お迎えが来ちゃった。」

「何を言ってるの!!」

 私に手を伸ばしてくるレイナース。

「置いて行かないで!」

 泣きじゃくるアルシェ。

「………。」

 クレマンティーヌはただ呆然としている。

 

「もともと私は死んでいた人間。それが、死ぬ前にこんな……、こんな素晴らしい経験を与えてくれた。本当に、…本当に感謝している。神様に。この世界の皆に。貴女達に。」

 数ヶ月の夢だった。けれど、それは本当に誰も経験できないようなこと。

「皆に、感謝している。……だから私から最後の、贈り物をあなた達にあげることに決めたの。」

「お願いだからそんな事言わないで!」

「贈り物なんていらないから、一緒に居よ!前みたいに楽しく暮らそ!」

「……………。」

 浮遊した状態で、泳ぐように炎の前に集まってくる。

 ただ、ある一定の距離からは近づけない様になっていた。

 

「貴女達の身体のどこかに、紋章が刻まれてるはず。探してごらんなさい。」

 三人はそれぞれ自分の身体を見る。

「私は胸に、心臓の上にある…。」

 レイナースの胸の上、サファイアを中心として紋章が刻まれている。

「私は左手首に…。」

 アルシェの左手首に輝く紋章。

「私は、脇腹に…。」

 と、クレマンティーヌ。

 

「それは私の紋章。貴女達は私の娘として転生する。」

「「「娘?」」」

「ここは私の胎内。私が死んだあと、貴女達は安全な場所に生れ落ちる。」

 

「皆、今後は全てを忘れて幸せに生きて。」

「何でだよ!?」

「クレマンティーヌ?」

「びんちゃんの娘になるってことは私等、それなりの力を貰えるってことだろ? その力であいつを倒せってことじゃないのかよ?!」

 何でこの子はこんなに必死なんだろう?一番あっけらかんとしそうな子なのに……。

「倒す?ダメだよ。自分からモモンガさんと戦いに行ってはダメ。その力はあくまで、自分の身を護るためのもの。」

「だって、びんちゃんはあいつに殺さるって事なんだろ?」

「そうだね。でもいいんだ。私は彼に何度も救われてきた。だから彼に殺されるなら仕方ない。諦める。」

「嫌だ!諦めないで!」

 レイナースとアルシェが私に向けて手を伸ばしてくる。いつも冷静なレイナースがこんなに取り乱すなんて珍しい。

 だから愛おしい。

「でも、もし、彼が貴女達の生存権を脅かそうとするなら、戦いなさい。」

「彼等は何人いるか分からない。姉妹3人で、力を合わせて、無理をしないで戦いなさい。」

 姉妹という所でクレマンティーヌに視線が集まる。

 “何だよ?!”と睨み返すクレマンティーヌ。

 

「レイナースは心配ないよね。私が安心して逝けるように見送ってくれるよね。」

「ひどいよ!なんてズルい言い方……。」

「これ、ほとんど使ったことのない私の武器。貰って。」

「これは……。」

 ブルードラゴントライデント。ひねりもなにもない酷い名前。私はネーミングセンス、ゼロだし。

「貴女が銘をつけてあげて。それで貴女の物になる。」

「………カリン。」

 トライデントから延びるリボンがレイナースの右手に絡みつき、カリンは槍となり、光となって消えた。

 

「アルシェ、貴女は自分の成長の壁にぶつかって、悩んでたよね。」

「……知ってたの?」

「でも大丈夫。貴女は超位魔法すら操る大魔女になる。」

「超位魔法?」

 私はアルシェの頭に神器級(ゴッズ)のティアラを乗せた。

「……コーラルチャーム。」

 銘を打つとコーラルチャームは髪飾りの様になって風に溶ける様に消えて行った。

 

「クレマンティーヌ、貴女とは短い時間だったけど、楽しかったよ。時折見せる寂しそうな顔が貴女の素顔なんだよね。この時が来るのを分かっていたのかな?」

「うぐっ…そんなんじゃねーよ。何、知った風な口……。」

「これをまとってるときは無駄なケンカしちゃダメだよ。」

 私は羽衣をクレマンティーヌに掛けた。

「…ひさめ。」

 羽衣はひさめと命名されると、マフラーに変わり、クレマンティーヌの首から体中に巻き付くようにして薄れるように消えて行った。

 

 

「思えば皆、家庭の愛に飢えていた子達だったね。せっかく生まれ変わったのに、またダメな母親でごめんね。」

 3人は千切れるほどに首を振る。

「命を懸けて、子供達を守ってくれる…。えらかったねって優しく褒めてくれる。私が心底思いこがれた母の姿よ。」

 レイナース…普段あんなに凛々しいのに……。

「最期まで自分の事じゃなくて娘達を心配してくれる…。身分とか家柄とか、そんなものに左右されない夢にまで見た理想の母親像よ。」

 そう言えばアルシェの母親には私、会ってたね。

「やだ、行っちゃヤダ!」

 クレマンティーヌは駄々っ子の様に私の炎に縋り付く。

「ごめんね。時間みたい。」

「また私を捨てるのかよ!!また私だけ……。また私は一人に……。」

「捨てるんじゃないし、今度は一人じゃないよ。」

 

 

 言いたかった事は全て言いきった。

 もう十分。思い残すことは何もない。

 十分時間をくれた。それはモモンガさんの人間としての残滓がそうさせてくれたんだろう。

 彼は本当に気の付く、優しい人だった。

 あの曲者ぞろいのアインズ・ウール・ゴウンを唯一まとめ上げられる人だった。

 

 神よ!願わくば、昔の優しい頃の彼に戻りますように。

 

 星に願いを(ウィッシュアポンアスター)、ここで使えたら良かったのにな……。

「遺言はあるか?」

 充分だよ。ありがとう。

「もう、言ってきちゃったよ。皆、いい子になってくれるって、約束してくれた。」

 私の声、聞き取れてるかな?もうつぶやく位の声しかでないんだけど。

「そうか。」

「ああ、そうそう、貴方にも遺言しておかなくちゃね。」

 感謝しているよ。

「何だ?」

「私の部屋のレターケースの二番目。」

「何だそれは。」

「やっぱりね。」

 そういう所だけは変わらないんだ…。

「それが遺言か?」

「そうだよ。」

 疲れた……。

「では死ね!心臓掌握(グラスプハート)!」

 

________________________

 

 

 僕はパンドラズアクターが作ったゲートをくぐる。

 事態はひっ迫していた。

 多分あの魔法を食らったら、彼女はひとたまりもない。

 思った僕は二人の間に身体を躍らせていた。

「では死ね!心臓掌握(グラスプハート)!」

 

「かはっ!!」

 身代わり人形が土に還る。

 人形が受けた余波だけで僕の身体に負担が掛かってくる。

 体中、痺れたように動かなくなる。

 それでも即死は避けられたが………。

 それともアンデッドの身体であったから助かったのか?

 

「何のつもりだ?」

 ゾクッ……。

 声だけで分かる。

 相当怒ってる……。

「貴方に、今まで受けた恩を返しに来ました。」

「恩返し?仇で返されたように思えるが……。」

「つかさっ!早く謝りなんし!わらわも一緒に謝ってあげるから……。」

 悲鳴のように言うシャルティア。

 僕の頭を砂に押さえつけながら自らも頭を下げている。

「僕の命と引き換えに、5分だけで良いんです。5分、下さい。」

「……………良いだろう。何をしたいのか分からんが……。」

 僕は直ぐに痺れる手にムチを入れ、セイレーンの娘の身体をから次々とマジックアイテムを外していくのだが…。

 

 何もない?

 まさかの勘違いオチ?

 全てのマジックアイテムを外してみたが、僕が予想していた変化は全く現れなかった。

 既に3分は経過してしまった。

 汗が滝の様にあふれてくる思いだ。

 

生命の精髄(ライフエッセンス)魔力の精髄(マナエッセンス)。」

 ………おかしい。LV1で、こんなぼろぼろなのに、HPもMPも高すぎる。やっぱりこれには何かからくりがあるはず。

 と、先程僕がぶつかった為、気を失いかけていたセイレーンが目を覚ました。

「気が付いた?大丈夫?」

「………。」

 あえぐような声が全てを物語っていた。

「僕の名前はつかさ。君は?」

「……懐かしい響き……カ・ラ・ビンカ。…安藤、和美。」

「………何?」

 つぶやくようにアインズさんが声を漏らした。

「君には何か、気配を紛らわせる何か、アイテムとか、装備とか、あるんじゃない?」

「……………。」

「眠っちゃダメ!」

 彼女は僕の手の上に左手を乗せた。

 …………。

 手には何もない。

 ……もしかして……。

 僕は砂を一握り取り、彼女の手に振りかけてみた。

「あった……。」

 透明化していた。何でこれだけそんな事をしていたのかは分からないが今はそれを追及している暇はない。

 

 透明化していた指輪を外す。

 僕には何もわからなかった。しかし、周りの激変が教えてくれた。

 

 シャルティアは腰を抜かしたのか、尻餅をついていた。

 マーレは杖を胸に掻き抱き、涙を流して首を振っている。

 コキュートスは片膝を付き、呼吸を乱している。

 アルベドは鼓動が跳ねるのか、心臓の上に手を置き、目をむいていた。

 

 そしてアインズさんは………。

 絶望のオーラ!!

 アインズさんの身体から黒いオーラがあふれ出てくる。

「ダメです!この人、死んでしまいます!!」

 ビンカさんは今、なんの抵抗もできない。

「ああ……。」

「アインズさん!!!」

 僕も今はまだ足が痺れた状態から回復できず、身動きができない…。

「止まらない……。止められない。」

 呆然と言うアインズさん。

 

「アルベド様!アインズ様を殴ってでも、止めて!!」

「殴る!!?」

 悲鳴のような声を上げるアルベド。

 そしてビンカさんとアインズさんを交互に見る。

「早く!!」 

「でも……。絶望のオーラから遠ざければ、それで事足りるのでは…。」

 それは愛する人を殴る役目なんて嫌だろう。

 しかし、ここでビンカさんを遠ざけるとアインズさんの心にトラウマ的な傷が残る事になるだろう。本人と分かっているのに、それが自分の意思でないとしても、殺してしまう行為になるのだから。

 もしかしたら自分から会いに行けるチャンスを失わせることになる可能性もある。

 それは世界の終わりを予見させる。

 だから自分の力で止めさせないと…。

 

 もちろん、もっとも大事なのはビンカさんを殺させないこと。余裕はそれほどないが、一回くらいは大丈夫なはず。

 だったら……。

「やるんだ!!君がアインズ様の后になると言うなら殴ってでも止めろっ!!」

「后……。」

「これは君が正妻になれるかどうかの試金石。王を支えるのが后だ、王命にただ従っている、間違ってることを正せないなら側室に甘んじてろ!!」

 

「言わせておけば!」

 覚悟を決めたかアルベドはアインズさんに向き直った。

「し、失礼します。」

 ぱし…。

 殴るというより、頬を触った程度だ。

 あまり変化はなかった。

 しかし、アルベドはアインズさんの頭をギュッと抱きしめた。

 …………………。

 徐々に絶望のオーラは収まっていく。

 

 ホッとしたのも束の間、シャルティアが僕の首を締めあげてきた。

「お前!!アインズ様を殴れとか……。」

「良い!!」

 直ぐにアインズさんがそれを止めてくれる。

「つかさの判断は間違っていない。」

 渋々ながらもシャルティアは僕の首を放してくれる。

「それからアルベド、よくやってくれた。」

「は、はい!」

 良かった、大丈夫そうだ。

 

 僕は回復魔法をビンカさんに掛ける。

 ビンカさんは直ぐにうっすらと、目を開けた。

 ……………。

「もう、大丈夫だよ。誤解は解けた。」

「……………。」

 ビンカさんは虚ろな瞳で周りを見渡す。

「…誤解?」

「そう、誤解。」

 

「ビンカさん、ナザリックへ帰りましょう?」

 アインズさんが手を伸ばす。

「っ…………!!」

 怯えている。

 目をギュッと閉じて……、

 彼女の腕は僕の首に絡み付いて小鳥のように震えていた。

 ビンカさんは明らかにアインズさんに怯えていた。

 これはアインズさんが一番されたくない反応では無いだろうか?

「あの、アインズさん、ビンカさんを僕に預けてくれませんか?……今、連れて行っても………。」

「お前は何を言ってるの?!カ・ラ・ビンカ様は我等の元へ帰るのが当たり前……。」

「行かない!」

 アルベドの言葉を悲鳴のように否定するビンカさん。

 この流れはちょっとまずいような……。

「今、彼女はちょっと感情的に、情緒不安定な状態ですから……。」

「行くわけないでしょ、私の娘達をあんな目にあわされて……。」

 流れを別に向けようとしたのだが、直ぐに戻されてしまった。

「ビンカさん、それ以上はちょっと待とう。」

 

「皆、嫌いだよ。」

 ぼそっと言った一言。

 それで、ざわっ、と辺りの雰囲気が一変した。

 慌てて僕はビンカさんの口を塞いだ。

 恐る恐る周りを見てみる。

 誰が、とは言っていない。しかし、至高の御方から最も聞かされたくない言葉が発せられた。

 ショックで全員フリーズしていた。

 

「僕の家に連れて行きます。アインズさん、後でメッセージを送りますので………。」

 どっちも心配だ。けど、今はビンカさんだろう。

 彼女には付いていてくれる人が誰も居ないのだから。

飛行(フライ)。」

 5km位飛んで振り向いて見た彼等は微動だにしていなかった。

 そして、どのことが悲しいのか、ビンカさんは僕の腕の中でずっと泣いていた。

 

 

続く

 


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