カルネ連邦共和国   作:夕叢霧香

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第21話

A ボルトアクション

 

 

「フールーダ?」

「うん。フールーダ・パラダインていう魔法詠唱者(マジックキャスター)がいるって。第6位階の魔法まで使えるんだって。」

「直ぐ出てくるかな。」

「分からない。」

 僕とエンリの会話。傍目に見ると、白木の箱の上に座ってるエンリが独り言を言っているように見えてるだろう。

「第6位階か………まあ、僕より強いと思っていた方が良いだろうね。」

「つかさより強いの?やだなぁ。」

「まあ、普通に考えたら、こんな小さな部隊を優先的に狙おうとは考えないと思うよ。普通に考えたら、ね……。」

「何よ、その奥歯に物がはさまったような物言い?」

「この部隊は目立ってると思う。」

「何よ。カルネ義勇軍旗を立てろって言ったのはつかさじゃない。それにエンリ旗って何よ?」

 カルネ軍は軍旗の他に、エンリ軍旗を作っていた。それをゴブリン達は応援団の応援旗のような感覚で我先にと自分が持ちたがった。本当にすごい忠誠心だ。

「いや、旗じゃなくてさ、ゴブリンやらゴーレムやら人形やらが動き回ってればいやでも目立つでしょ。」

「狙ってくるかな?」

「そのときは彼らの出番でしょ。」

 

「ああ、…そう言えば、このアイアンゴーレムね、もしかしたら徴発されそう。」

「…あーらら。」

「今、貴族達が私達から取り上げようと色々動いてるみたい。」

「参ったねそりゃ。でも動かしてるのはゴブリンサマナーって言ってるんでしょ?」

「うん、ゴブリンは私のいう事しか聞かないからダメって言ってはいるんだけど……。」

人形師(エンチャンター)から離されたらこのコ等、加護を失って普通のゴーレムになっちゃうんだけど……。」

「理屈じゃないんでしょうね……。他人のおもちゃがたまらなく欲しいみたい。」

「まあ、今までわがままが通りっぱなしだったろうからね………。僕からある程度離れたら自動的に動かなくするけど、ただの彫像となったゴーレムにも執着するなら美術品とかとして売っても良いかな?」

「徴発ならお金はくれないと思うよ。」

「同じ重さの銅か鉄位は要求しなよ。ネムとか呼んでくれば恐らく倍以上の銀には変えてくれると思うよ。」

 ため息をつくエンリ。

 

「姐さぁん!!敵軍に動きがありますぜ。」

 僕は森に潜伏させている召喚したキジバトからの映像を送らせる。

「敵兵は約1000、帝国四騎士の旗が見えまさ!」

 ゴブリン達から報告が続々上がってくる。

「強そうだ。」

 

「総員、戦闘準備!つかさはゴーレムと人形を用意して。バリスタ準備は?」

「いつでもOKです。」

「全員A装備で。バリスタ装填開始!」

 全員が指定の20基準備したバリスタに付く、もしくは弓やボウガンを装備する。

 発射準備が完了するとゴブリンリーダー・ジュゲムが三角の緑旗を上げた。

「距離2000!」

「速度10、射程圏内へあと1800!」

 開戦前、ゴブリンが目印を置いてきておいた。それを目安に続々と報告が上がってくる。

 

「真正面から砦を落とそうとしてるのかな?」

「まあ、こっちの人数が大したことないって分かってるでしょうからね。正面からで十分って思ってるんじゃない。」

「騎兵ってこの坂を登れるのかな?」

「速度は大きく落ちるだろうけど、登れないほど急じゃないからね。」

「距離、1500、予想射程圏内到達時間、あと5分!!」

「安全索を切って!」

 石を止めておいた安全索をゴブリンが斧で切る。

「敵軍!騎兵隊、襲歩(ギャロップ)開始!距離!1000!」

「バリスタ打ち方用意!目標騎馬兵、赤、先頭、青、3列目、黄、5列目!セーフティ、解除!」

 ゴブリンと一般人の射手がそれぞれセーフティを解除し、トリガーに指を掛ける。

「敵軍、射程圏、侵入!!」

「撃て!」

「バリスタ隊!撃てーー!!」

 ジュゲムが緑旗を振る。

 先頭を走っていた騎兵含め、5~6人が落馬して後続にはねられていく。

 

「再装填!落ち着いて、訓練の時の様にね!」

 滑車で弦が引かれ、バリスタに矢が再装填されていく。その間にも騎馬兵は接近してくる。

「装填完了したバリスタから急ぎ撃て!打ち終わったら留め金を外してふもとへ落として!」

 再発射したバリスタは留め金を外され、坂道をふもとへ蹴り落された。そして打ち終わった射手はそれぞれ弓に持ち替え、撃ち始める。

 ゴーレムが石を投げ始めた。既に帝国兵は坂の半ばを上り来ている。

「ダイノ!ファイアーボール!」

「へい!」

「弓兵、撃て!」

 戦闘が始まって、30分程で、カルネ義勇軍陣地付近には大量の帝国兵が倒れた。

 既に集めてきた石は半分を投げおろしている。落石が終わると、マリオネット・ジョーカーが突撃していく。肘や足にあるナイフで帝国兵がよじ登ってくるのを蹴落としていく。

「姐さん、もう魔力が……。」

「もう少し頑張って!はい、ポーション。」

 ダイノはバレアレ印のポーションを飲むと、再度魔法の詠唱に入る。

 

「でも、思った以上に無茶攻めしてくるね。」

「何だろう?ちょっとアツくなりすぎてるみたいだね。」

「けど、こっちもそろそろ矢も尽きてくる。岩も半分を切ってきたよ。」

「うん。初日の、初めてまだ2時間位なのにこれじゃあ……。」

「計画を早めるしかないね。僕は打ち合わせ通り麓へ避難させてもらうよ。」

「分かったわ。ジュゲム!そろそろ出番よ!」

「待ってました!ゴブリン隊!テーブルクロス引きだ!」

 ゴブリン隊は続々と準備を始める。

 ゴーレムに最後の岩を落とさせると、僕の入った棺桶はゴーレムにふもとの方へ蹴り落された。

 ……痛い…。

 僕の目にはもう小高い山しか見えないが、キジバトから共有される視界に、外の様子は手に取るように分かる。

 戦力はないがこれは、なかなか便利だ。

 

「おわ、姐さん!前線、突破されました!」

「防いで!!」

「こっち、あと10人、回してくれ!!」

「予備兵はもういないの!前線を下げて対応して!」

 思うんだけど、エンリって本当に実戦初めてだよね。撤退戦の一種なんだけど……。あんなに村娘が上手く撤退を指揮できるものなんだろうか?

 いや、自分がそうさせたんだけど……。これは出来過ぎだ。

「………味方の援軍はまだなの!!?」

「姐さん!味方援軍は来ません!」

「えぇ!?」

「貴族の連中、勝手に死ねって!」

 その言葉に帝国兵の意気が上がる。

「………全員、盾を装備!武器は捨てていきなさい!撤退するわよ!!」

 村人が先に、牽制をゴブリンが引き受け、ゴーレムとマリオネットでしんがりを任せる。

 

 全軍を無事、麓まで撤退させると、エンリは大きく息を吐く。

 先んじて撤退していた民兵達が、麓に滑り落ちていたバリスタを立て直して応急の陣を張っている。

 ほぼ、頂上は帝国兵で埋まった。今まで僕達が詰めていた砦を帝国兵が物色している。

「全員、疲れてると思うけど、ここからが真骨頂よ!水を飲んでおきなさい!」

 全員が水と戦闘食を口に入れる。

「パイポ!準備は?!」

「OKでやす!」

「全軍伏せて!点火!!」

 

 ズ、ズ…ドッドオォォォン………。

 

 爆風が頭上を吹き荒んで行く。

「皆、無事!?点呼!!」

「1班、10名重軽傷者なし!!」

「2班、10名……。」

 続々と報告が上がる。

「補給班、12名、重傷者無し、軽症者2名!戦闘参加に支障なし!」

「衛生班、8名、損害ありません!!」

 

「じゃあ行くわよ。高地奪還作戦発動!」

『おおおお……………!!』

 ゴーレムを先頭に、全軍頂上を目指す。

 頂上はちょっとした地獄だった。

 即死者もかなりいたようだが、もんどりうって泥まみれになってもがいているもの、半狂乱になって叫んで頭を押さえているもの、手足がちぎれ飛んでそこらに散らばっていた。

 さすがのエンリも自分の作戦成果にドン引きしていた。

 しかしそこはそれ、ゴブリン隊や、ゴーレム、マリオネットはそんなことはお構いなしに敵兵を排除に掛かる。

 帝国兵はもう戦意などなかった。

 両手を上げて降参するものがほとんどだ。身体を引きずりながら逃げていくのもいたが、背中に矢が当たると、簡単に坂道を転がっていき、麓で動かなくなった。

 

 高地は再びカルネ義勇軍の旗が翻った。

 

 

「全員!負傷者を手当して!」

 エンリは重傷者から手当てするように命じた。

「敵味方関係なく、重傷者から!重傷者には黄色の目印を、軽症者には緑の目印をつけて置きなさい!」

「お湯が足りません!!」

「他の部隊にも協力を求めて!」

 エンリは戦いのときより声を張り上げている。

「重傷者は僕の前に連れてきてくれるかな。そばにゴブリン・クレリックをカモフラージュで置いておいてね。」

 重傷者は大体150人。

 潰れた目や千切れた手足位は直してやった。全回復はさせなかったけれど。…そんなにMP無いし。

「遺体は王国本隊にも頼んで弔ってもらって。」

 このままではアンデッド化してしまうこともある。さすがに本隊も協力しないとは言ってこないだろう。

 捕虜は300人。直属の上司であるガゼフに送り付け、その日は暮れてしまった。

 吹き飛ばしてしまったから、昨日の様に砦で寝ることは出来なかったが、疲れ切っていた全員は交代でゴザの上で熟睡した。

 

 

「大勝利だね、エンリ将軍。」

「将軍は止めてってば。それに戦いも局地的で、大勢に影響はないでしょ。」

「あるよ。」

「え?」

「全軍に与えた影響。見なよ。」

 王国軍は各部署歓声が上がっており、逆に帝国軍は意気消沈している。

 一部騒がしいところがあるが、どこの軍だって例外はある。

「なるほどね。」

「胸を張るといい。」

 

「さてと。じゃあ、僕はそろそろアルバイト行ってくるよ。」

「つかさは疲れてないの?」

「全然。僕はずっとこの棺桶でじっとしてただけだからね。」

「私はすっごく疲れた。」

「君も寝ておきなよ。アラームドール作っておいたから。何かあったら起こしてくれるし、僕も直ぐ戻るから。」

「ありがとう。そうさせてもらう。」

 エンリも相当疲れていたのだろう、僕の棺桶の上で横になると、直ぐに寝息が聞こえてきた。

 

 

 パンドラズアクターとの仕事は面白い。

 パンドラズアクターは仕事中はあの饒舌がなりをひそめるが、やっぱり彼とはウマが合う。

 休憩にはすごくおいしいお茶とお菓子をシズが持ってきてくれる。

 時折シャルティアが仕事の邪魔をしに来るが、シズに首根っこをつかまれて連れていかれる。本気でやりあえばブーストされたシズでさえ手も足も出ないのだが、シャルティアはこういうやり取りを結構楽しんでいる様だ。

 僕もシャルティアのかまってかまって、的なじゃれ付きは嬉しくもある。やはりシモベとして身に染み付いているのだろうか?

 さて、まだそう時は経ってないけれど、もうあらかたアインズさんから言われた仕事には目途が立った。後はホムンクルスやら計算の得意な人形を使って全ての計算を行わせるだけだ。

 

 そして今日の仕事も、もう終わりが見えた。

「この後、どうです、つかさ?」

 言ってパンドラズアクターはお猪口を傾けるしぐさをする。

「いいね。おごりだよね?」

「はっはっは、ワリカンに決まってるじゃないですか。」

「財務長官がしみったれた事を……。ここは交際経費に計上してナザリック経済の活性化を……。」

「そうです。私の地位は財務長官ですよ。贈収賄になってしまいます。」

 くるくる回って言うパンドラズアクター。

「世知辛いなあ。」

 

 僕等はバーに行くと、マスターにいつものを注文する。

「戦争の方はどうです?」

「そうだね、順調、というと不謹慎になるかな?」

「結局あの後ずっと膠着しているのですな?」

「うん。」

 

「邪魔して良いかな?その話は私も興味があるのでね。」

「これはアインズ様!」

 パンドラズアクターは直立不動の姿勢になると敬礼する。

「敬礼は止めろとイッタ!」

「あ、はぁ。」

「カッコイイのに…。」

「お前のセンスは…何と言うか、懐疑的だ!」

 パンドラズアクターはアインズさんを僕と挟んで座るよう、自分のウィスキーロックを手に、席を移動した。

 

「で、ここ3日間、膠着が続いているようだが……。」

「そりゃ初日にあんな戦果を見せつけられれば皇帝も慎重にもなるでしょ。」

「確かにな。今、お前達の陣の周りに偵察兵が20人は潜んでるぞ。人気者だな。」

「え?……そんなに?」

「知らなかったのか?」

「5人までは把握してましたが………。」

 

「それで?あの戦闘でどうやら経験値は得られたようだな。」

「はい。ゴーレム達と僕の作った爆薬で倒した敵兵の経験値は僕に入ってきました。LVも2上がりましたよ。」

「あれだけ倒してたった2か?」

 割に合わんな、とつぶやくアインズさん。

「アインズさんはどうでした?強欲と無欲でしたっけ?吸収実験するとか言ってましたよね。」

「あんな戦闘が膠着してれば吸収どころじゃないな。しかし、これで終わりなんてことは無いよな?」

「僕としてはこれで終わってくれれば文句なしなんですけど……。」

 

「そもそも君はこの戦争にどういう価値を見出しているんだ?人が死んでいくのを君はよしとはしないだろう?」

「そりゃカルネ村の村民が安全に暮らせるようにですよ。」

「それだけじゃないだろう?それだけならたとえば君は最後尾に付けさせて補給だとかさせる。…最悪ゴーレムを盾に防御に徹させるだろう?領主のガゼフも最前線に立てなど言うまい。」

 もうそこまでわかっちゃうんだ?やっぱすごいなこの人。

「………アインズさん、王国の内情って調べてます?」

「ん?ああ。私、直々にも出向いて調べている。」

「僕もエンリやネム、子供達から聞いただけだから全て分かってるとは思ってないですけど……、あまりにひどい。税金は取れるだけ取ってるのに、じゃあ村民を守っているかというとそうじゃない。」

「………。」

「だから自分達で全てやってしまおうと思っているんです。国に税金は決められた額しか払わない。その後、通商を近隣の国々とそれこそ国境も関係なく行って、村でたくさんの特産品を作って売り出します。」

「それは自治区…。」

 今まで黙っていたパンドラズアクターがつぶやいた。

「そう。自治区。理想は自由貿易都市共同体。僕等はもう王や貴族を頼らない。今、村民たちに農地改革を進めさせてます。」

「ほう。」

「そして、領主が貴族からガゼフさんになった。これから農地改革で年々取れ高と特産品が倍々で増えていくでしょう。彼なら増えた分を搾り取る事はしないはず。けれど、……。」

「貴族達はそれを取り上げようとしてくる……。」

「そうです。そうなる前に僕達は連中に対抗できる手段を手に入れておかなければならない。」

「そのための戦争か……。驚いたな。まさかそこまで考えていたとは……。」

「まだ100人だから何もできないけれど、これからどんどん大きな都市、州にできたら………。あとは自由を手に入れる為の戦争。ならば僕はその戦争を否定はしません。」

「なるほど。遠大な計画だ。しかし、であれば、どうしてつかさは自らトップに立とうとしないんだ?」

「僕は自由でいたいんですよ。僕はぐうたらなので。」

「それは良いがなぁ…。しかし……。」

「しかし、そうですな、傍から見ればつかさは悪党です。戦争をけしかけさせておいて、自分は後ろで高みの見物と?第三者の目には悪党の黒幕だって見られますな。」

「うーん。僕、捕まったらA級戦犯ですかね?」

「A級戦犯だろうな。」

「……ですね。」

 

「それでも、村人、特にエンリをはじめとした子供達はつかさを慕っている。本心はリーダーに望んでいるんじゃないか?」

「僕にはアインズさんみたいな牽引力はありません。」

「そうかな?自分を過小評価するのは良くないぞ。」

「それに、タナボタの様に簡単に与えられると人はダメになるって僕達は知っているじゃないですか。ちょっと回り道でも1から叩き上げた方が良い。」

「……そうだったな。」

 かつての世界の歴史。アインズさんにはピンとくる話が幾つかあるのであろう。

「カルネ村には人材が結構埋もれてますよ。彼等に偉大な指導者になってもらいましょう。」

「ふむ。彼女等は私もちょっと興味があるな。」

 

「あ……。アラームドールから警告が…。」

「何?」

 アインズさんは無限の背負い袋(インフィニティハヴァザック)から遠視の鏡(ミラーオブリモートビューイング)を取り出す。

「どうやら暗殺者(アサシン)が向けられたようだな。3人だ。」

「ちょっと、行って来ます。」

 すぐさま僕はテーブルにユグドラシル金貨3枚を置くと、上着とバッグを持って走り出した。

「ご武運を。」

 パンドラズアクターの言葉に僕は手を振って答えた。

 

「エンリ!エンリ、聞こえる?!」

 メッセージを送りながら僕はメイドの控え室の奥にある転移部屋へ急ぐ。

「………んーー。」

 寝ぼけてる…。

「起きて。そっちに暗殺者(アサシン)が3人向かってる。総員起こしだ。」

「あ、暗殺者(アサシン)?」

「ラッパを鳴らして!早く!」

「わ、分かった。」

 

 僕が棺桶に戻ると、マリオネット・ジョーカーが暗殺者(アサシン)と戦っていた。

 ゴーレムでは遅すぎて相手にならない。僕はゴーレム2体をエンリの防御につけ、マリオネットを支配(ドミネート)する。

 今まで互角だったのだが、突然相手のマリオネットが強くなったことに驚き、暗殺者(アサシン)は無理をせずに撤退を始めた。無理をしない。これも優秀な証拠だ。

 

「大丈夫だった?」

「ありがとう、つかさ。貴女が居なかったら私、殺されてたわ。」

 エンリはがたがた震えていた。軍対軍であれば堂に入った将軍も、暗殺者(アサシン)の前ではただの女の子と言うことか…。

「姐さん!御無事ですかい!?」

 心配そうに言うジュゲム。

「だ、大丈夫よ。私は大丈夫だから、けが人の手当てをして。」

「へい!」

 何人かが手傷を負わされたようだ。

「砦の完成した翌日を狙ってくるなんて。……人の心の隙を突くいやらしい人だね。」

「でも、動揺したら負けよね。」

「そういうことだ。頑張って。」

 気丈な子だ。棺桶に入っていなければ撫でてあげられるんだけど………。

 エンリは水をごくごく飲むと、干し芋を口に入れた。

 何とか気を落ち着けようとしているのだろう。

 何度か吐き出すがそれでも胃に押し込むエンリ。

 

 ちょっと見ていられない。

 戦場に引っ張り出してきて本当に良かったのだろうか?

 パンドラズアクターの言ではないけど、僕は本当に悪党だ。こんないたいけな村娘に先頭に立たせて僕は安全な棺桶の中なんて……。

 もし彼女がこれ以上いやだと言うなら考えなければいけないな。

 

 

 さて、かの皇帝は次はどんな策を弄してくるだろう?

 そう身構えていたが結局その日の動きは無かった。

 動揺させておいて、その隙を突く、と見ていた僕の目算は外れたが、エンリにはありがたかったようだ。時間と共に精神が立ち直っていく。

 本当に強い子だと思う。

 しかし、夜になるとまた震えがぶり返してきた。

 その日はアルバイトも休みだったので寝入るまで僕はずっと話しかけていた。

 

 しかし翌朝、エンリは完全に回復していた。

 朝からもりもり食事を取ると、エンリは自分の頬をパンパン張った。

「もう大丈夫。つかさ、心配掛けてごめんね。」

 強い子だ。僕のほうこそごめんだよ。

 

「姐さん!!帝国軍に動きがありやす!!」

 砦の最上階で見張りをしていたゴブリンから報告が入る。

 エンリは最上階へ駆け上がった。僕はキジバトの視界を借りる。

「あの旗は?」

「アレは、えっと、レイナース・ロックブルズ、帝国四騎士、重爆のロックブルズでさ。」

「こっちへ来る?」

「いえ、方向はガゼフの隊でやす。」

「総員、警戒態勢!バリスタ準備!」

 

 突然ロックブルズ隊が方向を転換して駆け始めた。

「あれは……。」

 初日にエンリが指摘した場所。

「何と……。」

 一撃、だった。鎧袖一触だった。

 一気に鶴翼の裏へ回ると、中央部隊の裏を取られる。王国軍は一気に浮き足立つ。

 割れた陣から続々と帝国軍が裏へ回りこんでくる。囲い込む筈の陣形が挟撃される形になってしまう。

 そしてそれは僕等の布陣する場所へも影響は少なからず出てくる。

 

「何て人だ。」

 帝国軍は優秀な人が多いと言うけど、4騎士とは皆こんな人達なんだろうか?ガゼフさん一人で何とかなるのか?

「帝国軍全軍に動き!!」

 中央は特に挟み撃ちになる。これはまずい!

「皆、逃げる用意はできてるから安心して!それまではここを守るわよ!」

 エンリの言葉に全員が動揺を抑える。

 ロックブルズがガゼフさんと一騎打ちを始める。

 ほとんど互角だった。

 武技は精神力と体力を削る技と言う。しかし、ガゼフさんとロックブルズは次々と武技を繰り出してくる。あれは僕では勝てないだろう。ガゼフさんに頑張ってもらうしかない。

 

「敵兵!来やした。前回と同じやつ等でやす!」

「バリスタ用意!タイミングはジュゲムに委譲するわ。」

「へい!」

「今回は包囲される可能性がある!敵を他の味方の方向へ誘導するのよ!」

 状況はよろしくない。鶴翼の片翼は完全に崩された。

 ずっとここを守っていてもジリ貧になるだけだ。

 

 ズッドオーン!!

 

 突然僕等の隣の陣が爆発炎上した。

「きゃあっ!何?!」

 着弾地点がそれほど離れていなかったため、エンリが頭を抱える。

火球(ファイアーボール)だね。もしかして、フールーダ?」

「今の第6位階なの?」

「いや。そんな高位じゃな…」

 

 ドドォーン!!

 

「きゃぁあ!」

 今度は逆、ガゼフ隊の中央だった。結構連射してくる。効果範囲を狭めて回数を増やしているのか?

「密集地が狙われてる。こちらの翼ももがれたら終わりよ。」

「しょうがないね。こちらも虎の子を使うしかないようだ。」

「グーリンダイ、シューリンガン、出番よ!!」

「「ヘイ!!」」

「毎日のカモ撃ちの成果、見せてあげなさい!」

「「ヘイ!!」」

 二人のゴブリン・アーチャーはライフル銃を手に砦の最上階に向かう。

 ライフルは今僕が使えるレベルの錬金術で作ったものだ。性能は…微妙だ。

 敵は空中を飛行(フライ)で飛びながら爆撃機のように地上を攻撃している。

 ゴブリンアーチャーはそれを目で追って、接近するのを待っている。

 …………。

 ………………。

「…まだなの?」

 その間にも地上は爆撃され、地上軍は右往左往するしかない。

 どんどん陣形が崩されていく。

 

 ダァン!

 

 空中のフールーダから血がしぶいた。

 命中した。

 落下していくフールーダらしき物体を一緒に飛んでいた魔法詠唱者(マジックキャスター)が追っていく。

「よし!」

 ゴブリン・アーチャー達は薬きょうを棄て、新しい弾丸を再装填する。

 

 ダァン!

 ダァン!

 

 今度は二人の魔法詠唱者(マジックキャスター)が落下していった。

「命中!」

「命中!」

 敵魔法詠唱者(マジックキャスター)は空にいると狙撃される危険に気づいたのだろう、慌てて本陣の方へ去って行った。

「グーリンダイ、シューリンガン、良くやったわ!!」

「「あ、ありがとうございやす!!」」

 エンリのお褒めの言葉に目を潤ませて感激するゴブリン・アーチャー達。

 スコープの無い単純構造のライフルで5~600m先の目標に当てた。レンジャーであっても人間には無理じゃないだろうか?

 

 今回はどうやらこれが終戦の合図となったようだ。

 虎の子の魔法詠唱者(マジックキャスター)部隊を退けられ、帝国軍は撤退を余儀なくされた。

 ロックブルズ対ガゼフさんの一騎打ちはどうやら引き分けに終わったようだ。

 帝国にはあんな強い女の人がいるのか。4騎士って事は後3人も……。

 

 帝国軍が退き終わると、全王国兵はその場に座り込んでしまった。

 とにかく、これにて今回のカッツェ会戦は終わりか…。

 さて、今回は一体どちらの勝ちになったのだろうか?

 まあ王国上層部は勝ちだと言い張るのだろうけれど。

 

 

続く

 


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