A 逃走劇
やばいやばいやばい…………………。
千五百が全滅って………冗談じゃない。相手はたったの41人しかいないってのに…。
一緒に踏み入った友達どころか、千五百の味方全員とはぐれてしまった。
やっぱり来るんじゃなかったと思っても後の祭り……。
「うっ!」
ほとんど涙目で角を曲がったところで
どうするか…。
一瞬悩んだその隙を
「っく、スキル発動!
一か八か僕は霊の種族が持つ憑依の上位スキルを発動した。相手が格下か、油断している場合のみ憑依が完遂されるが……。弾き飛ばされたら武器防具、装備アイテム無しで敵陣の真っただ中だ。
憑依成功!の文字。
直後、僕の元の体、自動人形コッペリアが直後にバラバラにされた。
死亡は避けられたが……………。
「……………言葉になんねー。」
もう一方の
「……………。」
コッペリアのコアと、身に付けていたアイテムを僕はこっそりと
しばらくして、もう一方の
今まではLV100の自動人形であったが今はLV80前後の
「さて、とにかく出口を……………。」
前から
僕は直ぐにその進路を開け、頭を下げ通過を待つ。
コキュートスはそれが当然のようにのしのし僕の前を歩きすぎて行った。完全憑依はちゃんと機能しているようだ。
「ふう………。」
ビキッ。
おっと、思わずコールドブレスを吐いてしまったようだ。床を凍り付かせてしまった。ダメージゼロが床に表示される。……何か腹立つ。
しかしあいつ、誰だったか倒したはずなんだが…、もう生き返らせたのか?
とにかく、生きてここを脱出せねば。デスペナも嫌だがコッペリアのコアとフレイヤビスチェを失うわけにはいかない。
ユグドラシル。世紀末日本で一世風靡したDMMO-RPG。いわゆるネトゲ。その中でも有名なDQNギルド、アインズ・ウール・ゴウン。メンバー総数41名、全員異形種、カルマ最悪、ワールドアイテム所有率最高、難攻不落のナザリック大墳墓を拠点にする一大ギルドだ。
『ここを襲撃する。仲間は千人以上集まった。』そんなメールが友人から入った。
普段ソロプレイばかりの僕だ、普段であれば見向きもしなかったのだが……。
添付ファイルで二もなく参加を決めた。
その添付ファイルには「お兄ちゃん、らめえぇぇぇぇ。」というロリ声と、『ぶくぶく茶釜ってこの人』と銘が打たれていた。
もうそりゃあ行くでしょう、ファンであれば。あわよくばって思うでしょう、ファンであれば。
そしてそんな野心の結果が今、…………。今。涙と鼻水垂らして逃走中です。
さて、今のところ
とにかく敵プレイヤーにエンカウントしてはいけない。彼等は一発で憑依を見破るだろう。慎重に慎重に…………。僕はそっと柱の陰から上りの階段を覗き見る。
……………。
また要注意NPCだ。
名前は確かアルべド。防御特化のLV100キャラだ。防御特化とは言え今の僕には勝機が無いうえ、防御に徹されて仲間を呼ばれれば一巻の終わりだ。
僕は先程と同じようにアルベドの進路を開け、頭を下げて通過を待つ。
……………。
妙だ、と思って顔を上げると、立ち止まっていたアルベドが微笑んでこちらを見ていた。
『こ、怖えぇぇぇぇ……!』
何?何なの?憑依がばれたの?
「な、何か?」
思わずNPCに話しかけてしまった。
その表情が変わったように感じる。微動だにしていないはずなのにだ。
30秒程そのまま動かないでいると、アルベドは終始笑顔のまま去って行った。
思わず尻餅をついてしまう。
だめだ。こんな伏魔殿、てか逢魔殿にいつまでもいたらリアルの寿命まで削られてしまう。
気を取り直して、僕は不自然にならないよう速足で出口を目指した。
頭に入れておいた攻略サイトの最短脱出経路をひた走る。第一階層までほとんど何事もなかった。何事もなさ過ぎた。
しかしそんな懸念は出口の光を見た時にはすべて吹っ飛んでいた。周りに敵は居ない。気づいたときは走り出していた。
あと10m、9、8……、3、2、1………。
大墳墓の外はまぶしい光であふれていた。
ピコッとポップアップ音。
”第6階層へようこそ!”
……………は?
円形闘技場?第6階層
「え?何?何なの?孔明の罠?」
「そうです。私がアインズ・ウール・ゴウンの孔明です。」
昔のコメディアンの口調で茶化された。ドッと数名の笑い声が上がる。
と、観覧席の中央に植物の化け物が現れた。ちなみにしゃべったのはどうやらその隣のバードマンのようだ。
「わあ、どんなキャラが現れるかと思ったら
おおお、ぶくぶく茶釜さんだよー。イイ声!やっぱ癒されるわー。こんな場面じゃなかったらっ!ホントこんな出会いじゃなかったらっ!!
「え?どういうこと?第5階層のコって?」
「憑依してんだよ。ウチの
「ほほぅ、出口のトラップまでたどり着いただけあるな。やけくそアタックを繰り返した連中よりは頭が回ると見える。」
あー、攻略サイトに載ってたプレイヤーがひい、ふう、…7人かー。
死んだ。
「さて、ここまでこれたのは君が初めてだ。勇者よ、我々を楽しませてくれた君に選択肢をあげよう。」
渋い声で言ったのはオーバーロード。おそらくこの方はギルド長のモモンガさんだろう。あー、大物のお出ましだ。
「君の持つアイテムを一つ、ここに置いて行くか、我々の一人を選んで一騎討ちを行うかだ。もちろん他の選択肢もあるがね、我等に袋叩きにされるか、ナザリック内を鬼ごっこで遊ぶか、奇跡をあてにするとか。」
「えっと、僕の持つアイテムって何を差し出したら納得してくれるんです?」
他の選択肢というのはまあ最悪のパターンになるだろう。だったらモモンガさんの提案に乗るほうが良い。
「ふむ、では
……………。
全員が頭?を突き合わせて相談を始めた。
数十秒後。
「コッペリアのコアだな。」
「はわっ、それはアイテムじゃないですよ!それだけはご容赦を………。」
変な声でた。しかし、何百もあるアイテムの中から、まさか壊れた人形のコアを選ぶとは……やっぱり一筋縄ではいかない人達だ。
「しかし唯一の
何気にショックな一言だった。僕の半年の集大成が………。
「逆にここには
「コッペリアは僕の憑依体ですけど、娘みたいな感覚も持ってて…。だからそれはあげられません。」
7人のうち5人がニコマークをだした。何かが琴線に触れたようだ。
「では?」
「はい、一騎討ちで、お願いします。」
たとえ一騎討ちで死亡しても破損アイテム扱いのコッペリアのコアがドロップすることはまずないから。
「良かろう。では誰と?」
「では、ぶくぶく茶釜さん、お願いします。」
「ほぅほぅ、ワタシをご指名かね?防御特化だからって、くみし易いと思っていると痛い目見るよ。」
「あ、そういうんじゃなくて、僕貴女の大ファンなんです。殺されるならせめて貴女の手で、と………。」
……………。
ドッ!
数瞬の後、その場が大爆笑になった。
「いやー、なんて言うかもう楽しませてくれる人だ。」
「いや、ホント、この待ち伏せポイントは大当たりだよ。」
「確かに。ここ一年で一番笑ったがね。」
「おいおい、失礼だな君達。私のファンで大爆笑て!」
「いや、ツボはそこじゃなくて…。」
「つーか、ねーちゃんが一番笑ってたじゃんよ。」
「いやいや、すみません茶釜さん。アイテムは期待外れでしたが彼はなかなか見込みがある。そんな彼が大ファンだと言う。素晴らしいことだと思いますよ。」
何かもう…。笑われるようなことだろうか?
ひとしきり笑われた後、オーバーロードのモモンガさんが両手を広げて宣言する。
「では両名闘技場中央へ。」
ピンク色のスライム。防御特化のLV100プレイヤー。一通りスキルや魔法は知っているが彼女について僕がそれより精通しているのは彼女の演じたキャラや役だ。つまり戦いの役には全く役に立たない。
「さてさて、今更だけど、ワタシが茶釜お姉さんだよ。よろしくね。」
最後の“よろしくね”をロリ声で言ってくれてもう天にも昇る思いだ。来た甲斐あった。
「ええと、僕はつか…アルスターって言います。よろしくです。」
握手してくれた。……触手でだけど。…リアルじゃないけど、もう死んでもいい。
「では、始め!」
まあ、ある意味滅多にない新進気鋭実力派人気声優との一騎討ち。幻滅されないようがんばるとしますか。
一礼して先ず僕は距離をとってコールドブレスを吐いた。ゲル状の外皮が凍り付いたのを見てコッペリアの時の癖で爪と蹴りでの攻撃をしてしまう。
「おぉ!ねえ皆見た?
思った通り全然効いてない。余裕でさばかれてしまった。まあコッペリアの攻撃力に比較すると三分の一以下になっているし、通常攻撃は無理だろう。
さて得意な人形師としてのスキルはほとんど使い切ってしまっているし、どうするか?
「スキル・幽結!」
「
「うおぅ。びっくりした。」
茶釜さんはたったその一言ですべての攻撃を余裕でさばいてしまった。
戦い始めて5分程で大体わかった。彼等の目的は初めからアイテムやPKKではない。単に楽しみたいだけなんだろう。ならば…………。
「………おっ。」
「どうしましたか?ぷにっとさん?」
「奴さん、こちらの目的にもう気付いたみたいですよ。」
「ほぅ。………確かに見栄えのする技が増えましたよね。」
「さすが幾重の罠をくぐり抜けてきただけの方ですね。」
「スキルと魔法の組み合わせとか、勉強になりますな。」
「俺としては
「コッペリアの癖が残っているんでしょうね。」
「でも時折歌舞伎的動きにもなります。和洋折衷、うん、非常によろしい。」
のんきな会話が耳に入る。相手はカウンター以外の攻撃をしてこないのだから、普通のPVPよりは余裕があるのだが…………。
半分以上スキルとMPを使ったがおそらく5分の1もHPを削れていない。しかもちょっと休むだけでリジェネレートで回復していくし。
とにかく弱点と急所を探り当てないと……。
そんなこんなで20分程したころだろうか、いきなり足首に触手が絡みつき、地面に引きずりこまれてしまった。
「かかった。」
「ふむ、意外と時間がかかりましたね。」
「それだけ彼女、いや彼かな?警戒心が強かったんでしょう。」
何これ?毒の沼地でおぼれる感覚。そして触手が首、腰、手足に何本も絡みつき、口にも何本か突っ込まれる。
「おお!何かエロい!」
身を乗り出してくるバードマン。
「モモンガお兄ちゃん…大変。」
「どうしましたか?!」
「なんだかイケナイ気分になってきちゃった。」
「……………。」
6人から苦笑、バッテン、呆れ、ため息のアイコンが出される。
「BANされろ!姉!」
「黙れ、弟!」
……え?何今の声?ぶくぶく茶釜さんの声?低くて怖っ…。
つか、…やばっ、酸と毒の複合攻撃でHPがごそごそ削られていく。しかし暴れてももがいても触手は緩む気配すらない。
ああ、ぶくぶく茶釜さん、途中からこれ狙ってたんだ。何か誘導するような動きとかヘイト稼ぎとかしてたからおかしいとは思っていたんだけど…。
コッペリアのスキルや魔法なら脱出方法はいくつか考えられるのだが………。
半ばあきらめかけたところで異変が突然現れた。
「ぎゃあああああああああ……………。」
目の前に突然、雲霞の如きゴキブリの群れが……。
パニックになったのは僕だけではなかった。アインズ・ウール・ゴウンメンバーのうち、モモンガさんと、ぷにっと萌えさん以外全員パニックになっていた。
「これは…まさか……。」
「ええ、こんなことする人はあの人しかいないでしょう。まったく。」
「ちょ、も、モモンガさん、そんなおちつい…いっやぁぁぁぁ……。装備の中に入ってきたあぁぁぁ。」
「ちょっと、皆さん落ち着いて、CGですよ、ただのCGですって!」
「きょわあああぁぁぁ……取って、取って、取って……。」
既に二人は気を失っていた。ぶくぶく茶釜さんはただのゼリーみたいになっている。
あれ、何だか毒の沼地から抜け出せちゃった……。
「第二陣、キターーーーーー!!」
「
「
「スキル・ショットガン・ファイアーアロー!」
危なっ!
あたりかまわずいろんな攻撃を連射するLV100プレイヤー達。
大空襲だ。ナザリック大空襲だ。避難しなければ。
おそらくこそっと逃げ出す僕をモモンガさんは気付いていただろう。しかし彼は温情をくれたのか、ゴキブリの駆除に手一杯だったのか、何も言わずに見送ってくれたのだった。
続く