魔弾の射手の英雄譚   作:鍬形丸

8 / 9
8話

紅刃は目の前の試合を見下ろす。

1人は紅刃の数少ない友人の1人の一輝で対するは、紅刃の目からしてもかなり速い部類に属するであろうスピードファイターで《速度中毒(ランナーズハイ)》の2つ名を持つ校内序列4位の兎丸恋々だ。

恋々は速度で一輝を翻弄する程だがあのレベルの剣客という人種に対してはほぼ意味が無い。彼女は騎士であって剣客では無いためそれを理解することが出来ない。

一輝の背後からマッハ2に迫る速度で突撃する。しかし一輝はそれを目に捉え難なく躱しそのエネルギーを利用し地面に叩きつけることで勝利を決める。

 

『決まったぁぁぁぁ!校内序列4位《速度中毒(ランナーズハイ)》を相手に《一刀修羅》すら使わずの勝利だぁぁぁ!これで9連勝の黒鉄一輝選手!』

 

校内最強クラスの騎士を難なく倒したのを見て実況の女生徒も観客も大騒ぎだ。

続いてのステラと校内序列5位《城砕き(デストロイヤー)》砕城雷との試合はステラが砕城の必殺の一撃を容易く受け止めるというプロレスのようなパフォーマンスを見せ返しに一撃を見舞い試合は決着となる。

試合が終わったのを見て紅刃と伶愛は珠雫とアリスと共に会場を後にする。

珠雫は一輝を視界に入れると駆け出し腰に抱きつく。それに嫉妬したステラがとがめるといういつもの光景だ。

そしてステラが下僕という言葉を口実にとがめるのを珠雫は、意気地なしがと小声で毒突く。

紅刃達はこの6人で過ごすことが多い為あまり意識することが無いがこの6人は代表選抜戦のダークホースとして学園中を引っ掻き乱している。そんな6人が集まれば野次馬が付くのは当然のことなのかも知れない。

ある者は雰囲気があると言い、ある者は今年こそは七星剣武祭を優勝できるかもと思いをはせ、ある者は熱狂的なファンとなり軽口すらとがめ、ある者は邪な想いを抱き睨まれ新たな扉を開けたりしていた。

少し開けたところで一輝が最近の変化を語る。

 

「最近の変化といえば大きいのはアレかな」

「お兄様アレとは?」

「実はね僕、ストーカーされてるみたいなんだ」

 

一輝がストーカーをされていると聞き、一輝に恋心を寄せるステラと珠雫は大声を上げ詰め寄る。

 

「ストーカーってあれよね⁉︎付け回したり、勝手に部屋に入ったり、ヒゲ剃りを手紙で送ったりするヤツよね⁈」

「対象の行動を分単位で把握していたりするな」

「え?」

 

ステラと伶愛がストーカー行為となるものをピックアップしていると怪訝そうな紅刃の声が耳に入った。

 

「なんだその『え?』は」

「分単位で行動を把握するのはストーカーとは違うよ」

 

紅刃の堂々たる態度のあまり常識を誤認しそうになる伶愛だったがステラがツッコミを入れ正道に戻す。灯台下暗しというがストーカーも近くにいるらしい。

 

「え?そ、そう…か?え?ああ、そうかもしれ…」

「イヤイヤイヤ、何言ってるのよ⁈違うでしょ⁈」

「ハッ!…ところで紅刃本当にストーカー私をしたのか?」

「いや、付け回したりしてないよ」

「……昨日の5時頃私は何をしていたか?ちょっと忘れてしまってな」

「そうなの?伶愛は昨日5時6分に加賀美と七星剣武祭について17分間くらい喋っていて先輩とかに応援されるのに計6分くらいで寮に帰る途中に珠雫とアリスにあってファッションについて…どのくらいだっけ、え〜と…」

「分かった。もう口を閉じろ」

「普通にアウトですよ」

「え?ちょっと待って」

「なによ一輝、ストーカーを庇うの?」

「いやそうじゃないけど、昨日は紅刃と一緒に5時前から6時くらいまで鍛錬してたんだ」

「嘘でしょ⁉︎」

「だから付け回したりしてないよって言ったよ」

「ならなんであのレベルで把握しているんだ」

「最近の事だけどね、伶愛がどこで誰と何をしてたかがわかるんだ。まあAランク騎士としてわかって当然だよねっ」

「とか言われてますけどどうなんですかステラさん。もしそうならお兄様には10km以上近づかないでください」

「できるわけないでしょ⁈あとAランク騎士を馬鹿にするなっ!」

 

うがーとステラが吠える。伶愛ストーカー事件は犯人がドン引きレベルのオカルト能力で起こしていたようだ。魔力すら使っていないそうだ。よって無罪。

 

「そろそろ話を戻しましょう」

 

アリスが手を叩いて注目を集め脱線していた話を戻し一輝にどうなの?と目で問う。

 

「うん。今ちょうどそこの木の裏に隠れてるよ。ねぇ隠れている人僕に何か用?」

「ひょわぁぁうっ⁉︎」

 

木の裏からそんな奇声が聞こえ1人の少女が出てくる。自身の隠行に自信があったのかあわあわさせながら両手に木の枝を持っていた。伶愛を頂点に考える紅刃からしてもそれなりに美少女と言える程度には整った容姿だった。

 

「うぅ…ご、ごめんなさいっ、ボクはそんなつもりじゃ……」

 

あまり言い訳になってない言い訳を口にしながら逃げ出した少女は茂みの石に足を取られ池に頭から突っ込む。池の底でゴン、という嫌な響きの音が聞こえ沈没した少女は背中を頂点に浮かび上がってきた。

気絶しているのかピクリとも動かない。怒涛の展開に呆気にとられていた一輝だったがハッとし慌てて救助する。

 

「大丈夫…!……大丈夫では無さそうだね。紅刃この人運ぶの手伝って」

 

 

二人掛かりで負担をかけないよう医務室に少女を運ぶ。珠雫が少女の耳元でブツブツと呪詛を吐く。最初は安らかに眠っていた少女だが珠雫の怨念が届いたのかうなされている。

 

「う、う〜ん…ハッ⁈」

「あら、もう起きたのね」

「かなり大きなたんこぶだったから心配したぞ」

 

目が覚めた少女はアリスと伶愛の介抱で身体を起こす。

続いて自らを運んだ一輝と紅刃に礼を言う。

 

「手当てしてくれてありがとう」

「いや、怪我に関しては僕が原因みたいなものだしね。取り敢えず大事なくて良かったよ。ところでなんで目を逸らしてるの?」

「え⁉︎いや…気にしないで」

 

この少女そうなのだ。どういうわけか目が覚めてから一輝を視界に入れまいと横を向いているのだ

 

「それじゃ、そろそろ名前を聞いてもいいかな」

「ボクの名前は綾辻絢瀬。三年だよ」

 

学年を聞いて紅刃は少し驚いた。目の前の少女改め絢瀬が相当なドジっ子だと認識していたので先輩とは思えなかったのだ。

 

「な、なにかな、そっちの君の視線は妙に生温いけど」

「いえ別に。ドジっ子とか思ってないですよ」

「ボクはドジっ子じゃないよ⁈」

 

紅刃の一言に目を見開いて目を合わせ否定の言葉を使う。訂正を求められたが一度そう認識してしまったら簡単には外せないのだ。

そして紅刃には目を合わせられることから鑑みるに絢瀬は女子校の生徒以上に異性に耐性がないようだ。

一輝に対してはとうとう顔を背けるどころか背を向けてしまった。これまでどうやって生きてきたのかと問い詰めたくなる程に耐性がない。

戦闘に関しては照魔鏡の如き洞察力を持つ一輝だが異性に対しては鈍感もいいところの為に訳を殺せず問う。

 

「そ、その、恥ずかしいんから」

「は?」

「なんで黒鉄くんは会ったばかりの異性の目を見ていられるの?」

「いや、でも先輩は紅刃と目を合わせられていますよね」

「え?」

 

今度は絢瀬が呆気にとられる番だった。顔立ちから完全に同性だと思っていたため理解に時間が掛かる。

 

「えぇぇぇぇ⁉︎女の子じゃないの⁈」

 

叫ぶ絢瀬だが紅刃に対する態度はあまり変わらない。絢瀬のドジっ子疑惑と同じく、紅刃の性別の認識はそうそう変わらないらしい。

 

「それで先輩はなんであんな事を?」

「ボクは最近スランプ気味だったんだ。そんな時珍しい剣技の使い手がいるって聞いて何か切っ掛けだけでも掴めればと思ったんだ」

「そうですか。もし先輩が良いなら放課後一緒に修行しませんか?」

「いいの?ありがとう!よろこんで」

 

 

「あっもうやってるね」

「あの人だかりを抜けるのに手間取ったからな」

 

自分らを中心に形成された人だかりを抜けるのに時間が掛かった紅刃と伶愛が校舎の裏の森の広場に行くと既に始めていた。

一輝が絢瀬の足に触れて真っ赤にさせているが恐らく間違った癖を矯正しているのだろう。それを見たステラは嫉妬に叫ぶ。

 

「あ、そうだ伶愛」

「なんだ」

「一輝がやってるみたいに伶愛の癖を見ようか?」

「出来るのなら頼みたいが……」

 

出来るのか?と言おうとした伶愛だが紅刃にいいからいいからとゴリ押しされてしまった。

伶愛は炎を纏い収束させ《朱雀凰》を召喚し素振りを始める。

伶愛の性格が現れている真っ直ぐな剣筋で振るう。体幹がぶれず身体のつま先から膝、腰と連動する動きは紅刃からみてところどころ拙いところはあるものの矯正する程のものではなく目論見が外れてしまった。

 

「どうだ?」

「伶愛の剣はまだ拙いところもあるけど、矯正するようなところはないよ。このまま経験を積んでいけば完成すると思うよ」

「ありがとう。ところでなんでそんなガッカリそうなんだ?」

「いや、別にぃ。矯正する箇所が無くて残念だなぁって」

「お、お前は⁈ま、まさか、あんな事をしようとしていたのか⁈」

 

その時にようやく紅刃の企みに気付いた伶愛はそれを想像してか顔を真っ赤にさせる。

そして紅刃は追撃に余念が無くさらなる発言をする。

 

「今度の休みに近くのプールにいこうよ」

「別に構わないがプールか?少し早くないか?」

「室内プールだから大丈夫だよ」

「そうなのか」

「あ、これはデートだからね」

「はぁっ⁉︎く、紅刃!またこの流れなのか⁉︎」

「だって言質取らなないと伶愛逃げるでしょ」

「うっ」

「まあそういう訳だからね」

「…楽しみにしてるぞ」

「ボクも週末が楽しみだよ」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。