魔弾の射手の英雄譚   作:鍬形丸

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3話

天城(あまぎ)伶愛(れあ)は何故こんなことになったのだと天を仰ぐ。

 

破軍学園の入学手続きを終えた後伶愛は寮に入って一息ついた。

その後ドアが開く音が聞こえるまで同室になるはず生徒を思い浮かべていた。

入ってきた同居人と思わしき生徒は同性(・・)の伶愛から見ても可愛らしく1人の職人が一生を掛けて作ったかの様な芸術品めいた容姿だった。

蒼混じりの白髪を腰のあたりまで伸ばしそれを一本の尻尾の様に束ねていた。

疲れているのか挨拶をしても反応が無くどうしたのかと内心首を傾げていたら同居人の少女(・・)がようやく口を開いたかと思えばとんだ爆弾発言をして倒れ込んでしまった。

 

「か、可憐だなんてこいつは初対面の私に何を言っているんだ。と言うかこいつは女なんだよな?」

 

そう言う趣味なのか?とつぶやきながら二段ベッドの下段に運ぶ。

ベッドに横たわらせる時に体勢を崩し少女(・・)を押し倒す形になってしまい、その時にうっかり触れてしまった胸に感触に違和感を覚えた。

 

「…んっ」

 

何故かまだ私服だった推定少女が身じろぎしたが起きることはなくほっと息をつく。起こさない様にそっと胸に手を置く。やはり少し違和感を感じる。

さすがにそろそろ退かないと社会的にまずいなと推定少女の上から退こうとした時だった。

後ろから声が聞こえた。というか姉の伶奈だった。

 

「久しぶりにあった妹がレズ趣味に走ってた件。しかも同室の娘を昏倒させてからのR18案件」

 

どこかズレたような事を呟く姉を前にして伶愛は完全に固まってしまう伶愛であったがやがてはっと意識を取り戻す。

 

「違う!これは不幸な事故だ!と言うか姉さんいくら姉妹とはいえ入るならノックくらいしてくれ!」

「何回もしたしそっちが行為に夢中だけ。それにその娘の胸に両手をしっかり置いたまま言っても説得力ない」

「だから私はレズじゃない!そしてこれは事故だって言っているだろう!」

「ふーん。だけど最後のアレを見ちゃったから」

「な、何を見たと言うのだ」

「押し倒した後にわざわざ胸に手を持って行った」

「⁈ちっ、ちがっ!それは⁉︎」

 

思わせぶりな姉の発言に伶愛はシラを切ることで対応したのだが姉のさらに一歩踏み込んだ一言によって冷静さを完全に失う。

伶愛は元々羞恥心とか怒りとかによって顔を赤くしていたがさらに顔を赤くなりもはやリンゴとかと形容できそうなレベルだった。

慌てて自分でもなにを言っているのかよくわからなかったが姉の悪戯が成功した時の悪童のような表情を見て伶愛は自分がカマをかけられた事を悟る。

 

「本当にやったんだ。やっぱそういう趣味が」

「本当にそれは誤解だ!」

「ああうん。誤解。そうだね」

 

伶愛は大騒ぎをする。それはもう隣の部屋からの悲鳴がかき消されるほどだった。

この時の伶愛に余計な物事を考える余裕なんてものは微塵たりとも無かったが彼女は思い至るべきだった。なぜ自分が推定少女の上から退こうとしたのかを。

 

「おはよう。運んでくれたのは嬉しいけどそろそろ退いてほしいな」

「あっ…」

 

伶愛は推定少女が起きた時に凄まじい勢いで飛び退いた。

推定少女は伶愛が退くとゆっくり起き上がり乱れていた服を正す。

 

「ふぅ。色々遅れたけど自己紹介といこうか。ボクの名前は零仙紅刃よろしくね」

「ああよろしく頼む紅刃。改めて名乗るが私は天城伶愛だ」

 

伶愛と紅刃は握手を交わした後伶愛は今回の騒動の元凶を問い詰める。

 

「そう言えば紅刃。お前は何でいきなりあんな事を言ったんだ?」

「あんな事?」

「ほらあれだ。可憐だとか何だとか」

「え、あ、あれは思わずというか何と言うか。とにかく君を見たら自然と口に出たんだ」

 

顔を赤らめながらボソボソと言った言葉に伶愛も顔を赤らめる。

 

「ななな、何をいきなり言っているんだお前は⁉︎というかお前は同性愛者なのか」

「え?ボクは同性愛者じゃなくてちゃんと異性愛者だよ」

「ならなんで同性の私を口説いたんだ」

「え?」

「え?」

 

なにやらお互いの認識に大きなズレがあるらしい。

 

「まさか紅刃。お前はその容姿で男なのか?」

「ああそう言うことね。うんよく間違えられるけどボクはれっきとした男だよ」

 

どうやらこの同居人に男らしいと理解しそこで男に口説かれたという事実に気づき顔を赤らめる。

とそこで2人は完全に固まってしまった。

 

「ねぇそろそろ2人の世界から帰って来てもらってもいい?」

 

2人の硬直を伶奈は一言で粉砕する。そしてさらに新しい声が入ってくる。

 

「よう、さっき振りだな紅刃」

 

我が物顔で部屋に入って来たのは蒼刃だった。部屋の中を一瞥して伶奈に話し掛ける。

 

「探したぜ伶奈。部屋に居なかったから学園中を彷徨ったぞ」

「お疲れ様。ナデナデしてあげる」

 

今度は蒼刃と伶奈が2人の世界に入っていたがやがて帰って来た蒼刃が紅刃に向き合う。

 

「紅刃今から入学試験だ。早く制服に着替えてアリーナに向かえよ」

「わかったよ」

 

実技試験のためアリーナに向かうとそこではさっき別れたばかりの一輝と破軍学園で唯一紅刃と同格(Aランク騎士)のステラ・ヴァーミリオンが決闘をおこなっていた。

まだ春休みのためか席はガラガラだったので最前列に座る。

最初はステラの攻撃をいなしているだけだった一輝だが次第にステラが一輝の攻勢を防ぐのが精一杯になっていた。

それを見て紅刃は一輝の剣士としての評価を上げる。ブレない重心や一定の歩幅から見て只者ではないと思っていたが想像以上だと自分の中の鬼がくつくつと嗤う。

 

「残念だな。あれだけの剣術持っているのに」

「零仙弟、お前はそう見るか?」

 

そうポツリと呟くとそれを黒乃が拾う。

 

「一輝は剣士として見るなら一流(Aランク)ですが魔導騎士として見るなら落第生(Fランク)。そう言うことです」

 

ステラの霊装を大きく弾いた一輝はそのまま霊装で一閃する。

周りの見る目の無い観客はFランクがAランクに勝ったのかと騒つく。しかし一輝の霊装は単なる魔力に弾かれる。

 

「だがあいつは手加減したとは言え私に勝ったぞ」

「なっ⁉︎」

 

紅刃は目を見開いて驚く。それはその筈。なにせKOK元三位が手加減したとは言えFランク騎士に負けるとは到底信じがたい。

 

「まあ見ていろ」

 

何か喋っていたのかしばらく戦闘は止まっていた。

ステラはどうやら剣術では勝てないと分かったらしく魔力を高める。伐刀絶技(ノウブルアーツ)で決めに掛かる。

 

天壌焼き焦がす竜王の焔(カルサリティオ・サラマンドラ)

 

収束した焔は天井を破壊し戦域を焼き払う。

その圧倒的熱量を前に観客は逃げ惑う。逃げなかったのはいつの間にか来ていたKOK現三位の西京寧音を含めた黒乃と紅刃の3人と他数名、そして他でも無い最も近くで対峙する一輝だ。

 

「さぁ見せてよ一輝。君の真価を」

 

『僕の最弱(最強)を以って、君の最強を打ち破る』

 

一輝の伐刀絶技(ノウブルアーツ)《一刀修羅》を発動した後の戦況は一方的だった。

ステラが竜の息吹を何度振るっても一輝はその先を行き、ステラの頭上を取った一輝はそのまま振り下ろし切り裂く。

 

「理事長アレは?」

「人は常に自らに生存本能(リミッター)をかけている。黒鉄はそれを意図的に破壊し正真正銘の全力を1分で使い尽くす。それが黒鉄の伐倒絶技(ノウブルアーツ)《一刀修羅》だ」

「狂ってる」

 

紅刃はそう言いながらも罵倒の色は無く代わりに闘争心と喜色があった。

 

「随分と楽しそうじゃないかい紅坊」

 

そんな紅刃を茶化すのは寧音だ。

 

「来てよかったなぁ」

「とても数時間前まで罵倒を並べていたヤツの言葉とは思えんな」

「数時間前のボクは愚かでしたね」

 

そう言って立ち上がった紅刃はとても人に見せられる類のモノではない笑みを浮かべる。溢れんばかりの闘志と魔力は際限無く高まっていきやがてヒトならざる気配を滲み出させる。

 

「零仙弟、お前の入学試験はこの後すぐに行う。行くぞ」

 

黒乃は紅刃を連れてアリーナのゲートに向かう。

そんな中寧々はいつもの飄々とした気配が微塵たりとも無く真剣な眼差しで見つめる先には紅刃の背中があった。

 

 

魔人(デスペラード)?いやでもそんな気配は…」


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