其処はとても美しい日本様式の庭園だった。そして何より目を引くのはこれまた美しい日本様式の屋敷だった。其処は日本最強の武力集団と言われる零仙家の本拠地だ。
東京都の郊外の山奥に存在する屋敷のある一室にて少女に見える少年と、その兄、そして彼等が入学する或いはしているはずの破軍学園の理事長の女性が机を挟んで向かい合っていた。
「零仙弟、お前後数日で破軍の入学式だというのに手続きどころか準備すらしていないそうじゃないか」
女性が呆れたようにため息まじりに言った言葉を少女に見える少年は寝耳に水といった様子で反論した。
「そもそもボクは破軍どころかどの高校にも願書を出してないはずなんですけどね」
少年の反論を聞いて今度は女性 神宮寺黒乃が寝耳に水といった様子で眉をひそめる。
「なに?だが妙だな私の元にはお前の名前の願書があったが」
ほらこれだ、と彼の名前が書かれた願書を取り出す。確かにその願書には少年の名前である
するとそれを見ていた紅刃はあることに気が付き自らの隣に座る兄を睨みつける。
「よく似せてるけどこの字の癖
これってどういう事かな、と怒りのあまり目のハイライトが消えかけた笑みを浮かべる。
「だってお前の願書出したの俺だからな。癖が似てるもクソもないだろ」
しかし蒼刃は悪びれもせずに事の真相を告げる。
黒乃の元に紅刃の願書があるのも、それを紅刃が知らないのもなんて事はない。第三者が勝手に願書を出していたのだ。
となれば被害を被った紅刃は当然問い詰める。なんでそんなことをしたのかと。
「伶奈がさ、姉妹兄弟同士で破軍学園に通いたいなぁて言ってたからさ」
蒼刃の返答を聞いて紅刃は舌打ちし吐き捨てるように呟く。
「
天城狂い。それは零仙家の魔導騎士の特徴を捉えた蔑称だ。
本来魔導騎士とは
無論零仙家の全ての者がそうという訳ではないが
「おお、久しぶりに聞いたなそれ。だけど紅刃もいずれ__」
付き合いきれないと言わんばかりに兄を視界から消した紅刃は黒乃をなんとか説得しようと向き合う。
だが話し合いが再開される事は無かった。別に黒乃が根負けした訳でも紅刃が折れた訳でもない。なら何故か。
「セイッ‼︎」
「っ⁉︎」
A.後ろから兄の霊装の鍔で頭を殴られ気絶する。
もしクイズ番組であったなら大顰蹙間違いなしの展開が起こってしまった。
「おいおい」
「よし理事長今のうちに紅刃を学園に運びましょう」
黒乃はさすがに呆れているがそれを意に介さず蒼刃は紅刃を縄で縛り背負う。
紅刃が目を覚ました時には既に近郊を抜け都市部に差し掛かっていた。
「ん?…はぁ⁉︎車停めてよ!ていうかまず縄!縄解いてよ!」
「往生際が悪いな紅刃」
目を覚ますやいな騒ぎ始めた紅刃を蒼刃が呆れたような表情を見せる。
「ていうかなにしてんのさ後ろからしかも霊装で殴るなんて!」
呆れたような表情の蒼刃を見ておかしなテンションの紅刃は隣に座る蒼刃を蹴り上げる。
「あ〜。零仙弟あんまりそいつを責めてやるな。どのみち私もお前が首を振るまで諦める気は無かったからな。自発的に行くか強制的にかの些細な違いでしかないさ」
その後も紅刃は破軍学園に着くまで騒ぎ続けることになる。
黒鉄一輝の朝は早い。
まだ皆が就寝しているであろう時間に起きる。
しっかり柔軟体操をし身体を温めた後約20キロのマラソンを行う。それもただのマラソンではない。全力疾走の後にジョギングの高負荷をかける走法でだ。
その後約20キロのマラソンを難なく消化し正門近くのベンチでスポーツドリンクを片手に休憩していた。
すると正門前に黒塗りの高級車が停まった。
車からでて来たひと組の男女は破軍学園の理事長の女性 神宮寺黒乃とここ一年苛烈な妨害を受けていた一輝にとって唯一と言える友人 零仙蒼刃だ。
そんな一輝にとって恩人とも言える2人がナニカを協力しながら引っ張り出していた。
好奇心に誘われた一輝はその光景を眺めているとようやく引っ張りだされたナニカの正体を知る。
引っ張り出された者は一輝も顔だけは知っていた。日本に2人しかいないAランク騎士の片割れたる零仙紅刃だった。
理事長の神宮寺黒乃が迎えに行くのはなんとか理解できるがなぜ単なる学生の蒼刃も一緒に迎えに行ったのかと疑問が浮かんだが自らの友人に苗字を思い出しすぐに察する。
黒乃が一輝に気付いたのか近づいてくる。
「黒鉄じゃないかコイツを零仙と運んでくれ」
そう言うと黒乃は3人を置いて去ってしまう。
どうしようかなと取り敢えず視点を動かすと一輝は紅刃と目が合ってしまう。
「そこの先輩と思わしき人。縄を解くだけでもいいので助けてください」
特に断わる理由も無かった一輝は自らの霊装 隕鉄を召喚し縄を切る。
「よう一輝、朝からトレーニングか」
「おはよう蒼刃。一体どうして?」
「ああそれがな、学校行きたくないって駄々をこねてるわからず屋を迎えにな」
そろそろ時間だから任せると一輝に丸投げした蒼刃は走り去る。その背目掛けて紅刃は拾った石をわからず屋はお前だと叫び投げる。石を蒼刃が避けたが軌道上の樹木を貫通し石畳を粉砕する。
怒りのあまり肩を揺らしていた紅刃に一輝が声をかける。
「えっと、大丈夫かい?」
「ああさっきの先輩ですか、ご迷惑をおかけしました」
「僕は黒鉄一輝。訳あって留年してるから同じ学年だよ」
「ボクは零仙紅刃といいます」
寮に着くまで喋っていた2人は名前で呼び合う程度には打ち解けていた。
「部屋も隣なんだし何か困ったら頼りにしてね紅刃」
「分かったよ。また後でね一輝」
紅刃はドアを開けると先に靴があったことに訝しみながらも部屋に上がる。
「え?」
「ん?」
どうやら同居人は目の前の銀髪の美しい少女らしい。
「同じ部屋の者か。よろしく頼む」
少女が何かを言っているのは分かったが紅刃には聞き取る余裕なんて存在しなかった。それほどまでに少女に目を奪われていたのだ。
つまるところ紅刃は少女に一目惚れをしたのだ。それも生半可な感情ではなく本能レベルから発せられた強烈な恋情だった。
「私の名は天城伶愛と…む?聞いているのか?」
「可憐だ」
「いきなりなにを言って…」
紅刃は自分でもなにを言っているのか分からなかった。
「お、おいっ大丈夫か⁈」
そして意識が遠のきかけている自分を知覚した。
焦っている表情も可愛いなと場違いにもほどがあることを考えて紅刃の意識は暗転した。
結局のところ紅刃は零仙に掛かる天城狂いの宿命からは逃れることができなかったのであった。
これが後に世界中に名を轟かせる英雄夫婦の出会いであった