藤丸さんちのカルデア事情   作:アーニャMK9

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どうも、アーニャです。
今回はジャンヌオルタのお話しです。4回目にしてようやくマシュ以外のキャラが出ました。

どういう風に動かすか悩んだ分、面白いと思いますのでお楽しみください


ジャンヌ・オルタ/愛とは何か

「今だオルタ、宝具を!」

「ええ」

 

 魔力を送りながらの命令を受けて、ジャンヌ・オルタは剣を抜く。溢れんばかりの魔力が炎へ変換され、敵に向かって放たれる。

 

「これは憎悪によって磨かれた我が魂の咆哮ーー『吼え立てよ、我が憤怒』(ラ・グロントメント・デュヘイン)!!」

 

 敵の足元から吹き上がる炎。それは一切の不正、汚濁、独善を焼き尽くす怨念の業火。さらに追い打ちをかけるのは、かつて聖女の命を奪った串刺し。それに包み込まれた相手は、断末魔をあげる暇もなく灰となり、消滅した。

 敵の消失を確認し、マスターである藤丸立香(ふじまるりつか)は息を吐く。何度もやってきた戦闘だが、その時その時で状況は変わるので、一瞬も油断できない。緊張が張り詰めていたのをようやく解くことができたので、立香は息を吐いたのだ。

 

「お疲れ様ジャンヌ、ケガはない?」

 

 立香はジャンヌ・オルタへと駆け寄り、声をかける。対するジャンヌ・オルタは小馬鹿にしたように笑い。

 

「当たり前です。それとも何? 私がこの程度で傷付くとでも?」

 

 相手を見下し、蔑むような顔でジャンヌ・オルタは言う。

 そのような顔を向けられても、立香は嫌な顔をせず、むしろ申し訳なさそうな表情になる。

 

「ごめん、ジャンヌを信頼してないわけじゃないんだ。ただ心配だったから」

 

 それを聞いて、ジャンヌ・オルタは軽く吹き出す。それから右手を持ち上げ。

 

「ハン、人の心配より、自分の心配しなさいよ。人類最後のマスターちゃん」

「いてっ」

 

 ジャンヌ・オルタは、立香の額にデコピンをくらわせ嗤う。そのまま立香を置いて、歩き始める。

 打たれた額を押さえて、立香もその後を追いかける。

 すぐに隣に並ぶと、ジャンヌ・オルタに合わせて歩いていく。

 

「今日の晩飯何かなぁ」

「さあね。アンタの好きなものなんじゃない」

「そうかな。だったら一緒に食べようか」

「……好きにしなさい」

 

 これが二人の日常。

 一見歪に見える、藤丸立香とジャンヌ・ダルク・オルタの関係である。

 

 

 カルデアのジャンヌ・オルタの自室。

 レイシフトから帰還し、休息を取るためにサーヴァント達一人ひとりに割り振られている部屋を、彼女も使っていた。

 普段の戦闘で着込んでいる鎧や服は脱ぎ、ラフな黒シャツとショートパンツといった格好で、ベッドに腰かけて雑誌を読んでいる姿は、まさに普通の少女という形で、とても復讐の魔女とは思えないほどだ。

 

「フン、相変わらずつまらない内容ばかりね。よくもまあ、飽きもせずにこんなものを作れるわ」

 

 そう吐き捨てるジャンヌ・オルタ。彼女が読んでいる雑誌は、カルデア内のサーヴァント達によって暇つぶし目的で発行されているものだ。毎週毎週、無料で配布されるそれは、絶大な人気を誇っていた。

 現に口では悪く言うジャンヌ・オルタも、毎週かかさず読んでいる。

 

「まあ、このファッションコーナーは、悪くないわね」

 

 雑誌の中には女性サーヴァントによるオシャレファッションコーナーがあり、女性スタッフから絶大な人気を得ている。ジャンヌ・オルタも愛読しており、今まで貰った雑誌の全てのファッションコーナーに、付箋を大量に貼っているほどだ。

 

「それにしても、お腹空いてきたわね。何か食べに行こうかしら」

 

 ジャンヌ・オルタは雑誌をベッドに置き、部屋を出る。

 食堂へ向かって歩いていく途中、何人かのスタッフ達とすれ違った。皆、一様にしてジャンヌ・オルタと目を合わせないようにして去っていく。

 ジャンヌ・オルタは軽くため息を吐き、その光景を眺めていた。彼女自身の性格上、スタッフだろうとサーヴァントだろうと、上から目線のキツイ口調は変わらない。そのため、一部のスタッフからは未だに恐れられているのだ。

 

「まあ、別に嫌われたからといって、どうということはありませんが……」

 

 そう、誰にも聞かれないようにつぶやく。

 やがて食堂に着くと、出来るだけ端の人の少ない場所を選ぶ。他人と深く関わることを良しとしないジャンヌ・オルタにとっては、食事の席を決めるのも一苦労であった。

 手元にあるメニューを開くと、適当にページをめくっていく。やがて目についたものを選ぶと、注文のためにカウンターへと向かう。

 

「ちょっと。『シェフの気まぐれランチ』と『世界樹の種の胡麻和え』を一つずつ頂戴」

「あいや分かった。しばし待たれよ、グレた聖女よ」

「誰がグレたのよ!」

 

 キッチン係としてオーダーを取るタマモキャットの言葉に思わずツッコむ。しかしキャットは笑うだけで、怒りも意味をなさない。仕方なくそれ以上の言及はやめ、ジャンヌ・オルタは席に戻ることにした。

 待っている間、ぼんやりと周囲の光景を眺める。

 様々な時代から呼び出された英霊達が、思い思いに騒ぐ様子は異常ではあるが、カルデアでは当たり前のこと。人理を救うという目的のために集まった彼らは、実に楽しそうにしていた。

 

「能天気なものね、相変わらず。あれで英霊なんて笑わせます」

「『笑いを忘れた者は楽園でも笑えなくなる』。そう言う奴もいるがな」

「ん?」

 

 独り言に反応する声を聞き、ジャンヌ・オルタは隣を見る。

 そこには翠緑の衣装を纏った少女、アタランテが立っていた。アタランテはクールな微笑を浮かべて、話しかける。

 

「こんな隅で一人で食事か。相変わらず、不器用な女だな。汝は」

「余計なお世話よ。あんたこそ、こんなところになんの用ですか? まさか、一緒に食べる相手がいなくて、私のところに来たわけじゃないでしょうね」

 

 ニヤリと嗤いながら、ジャンヌ・オルタは言う。相手を馬鹿にして、見下すような表情だ。

 アタランテはそれに気分を害した様子もなく、少しだけ肩をすくめる。

 

「なに。寂しくないのかと不思議に思っただけさ」

「それこそ余計なお世話。復讐の魔女に、寂しいなんて感情はありません。むしろ近くにいると呪われますよ? それが嫌なら、さっさと離れることね」

 

 意地悪く言うジャンヌ・オルタ。それを見て、アタランテはやれやれというような、苦笑を浮かべる。

 

「何よ、何か言いたいことでもあるわけ?」

「別に、少し伝言があっただけだ」

 

 その言葉に、ジャンヌ・オルタは眉を歪める。

 

「伝言?」

「ああ。マスターからの伝言だ。今日は一日オフだから、ゆっくりしてくれ、とな。最近まで忙しく戦闘に出ていたのだろう? この機にゆっくりすると良い」

 

 そう言うと、アタランテはテーブルから離れ、去って行った。ジャンヌ・オルタはその背中を眺めて、呟く。

 

「まるで私を子供みたいに扱いますね、あの人は」

 

 彼女のことは苦手だと、ジャンヌ・オルタは改めて思った。

 

 ★

 

 一日オフとなったジャンヌ・オルタは、カルデアの中を散策していた。部屋に戻っても特にすることもなく、時間を持て余すだけ。ならば、身体を動かした方が良いと判断したためだ。

 あてもなくカルデア内をさまよい、適当に足を進める。

 

「あれ、ジャンヌじゃん。ヤッホー!」

 

 突然、前方からやって来た誰かに声をかけられ、ジャンヌ・オルタは足を止める。

 声をかけてきたのは、狐耳を生やし、女子高生の制服に和服を混ぜたような独特な衣装を纏った少女、鈴鹿御前だった。

 鈴鹿御前の姿を視界に収めると、ジャンヌ・オルタは顔をしかめる。いわゆるJKという風な彼女の雰囲気を、ジャンヌ・オルタは苦手としていた。

 

「ねえねえ、何してんの? 珍しいよね一人でこんなところまで来るの。なんか用事? それとも嫌なことでもあった? 良ければ話くらい聞くし。あ、そういえばメイクとか興味ある? 時間あるならちょっとお話しようよ」

 

 矢継ぎ早に放たれる言葉に、ジャンヌ・オルタは後ずさる。

 飲まれてたまるかと、なんとか手で制し、鈴鹿御前の言葉を止める。そして、相手を軽く睨みつけて、口を開く。

 

「相変わらず、バカみたいに口が働きますね。舌を抜いてやれば、少しは収まるのかしら?」

「え~? そんなこと言わないでよ~アタシはジャンヌと仲良くしたいだけだし~」

「私はあまり仲良くしたくはないのですが……」

 

 呆れた声音でジャンヌ・オルタが言う。

 しかし、鈴鹿御前は諦めない。いきなりジャンヌ・オルタの腕をつかむと、勢いよく引っ張っていく。

 

「見た感じ暇でしょ? 暇だよね! だから、ちょっと付き合ってよ!」

「ちょ、離しなさい! って、力強いわねアンタ!」

 

 抵抗するも成す術もなく引きずられるジャンヌ・オルタ。

 筋力D(鈴鹿御前)筋力A(ジャンヌ・オルタ)。単純なステータスでは測れない力量差が、あるようだ。

 ジャンヌ・オルタを引きずる鈴鹿御前。やがて、自らの部屋の前で足を止める。だが、掴んだ腕は離さない。

 扉を開けて、中に入ると、すでに何人かのサーヴァントが集まっていた。

 フランスの王妃、マリー・アントワネット。

 白百合の騎士、シュヴァリエ・デオン。

 そして自由の獣、タマモ・キャット。

 意外な面子に、ジャンヌ・オルタは首を傾げた。

 

「なんで、JKの部屋にアンタ達がいるわけ?」

 

 すると、テーブルでクッキーをつまんでいたマリーが答える。

 

「私達は鈴鹿さんから、お茶会に誘われたのよ。あなたもそうではなくて? 黒いジャンヌ」

「いや、私は無理やり連れて込まれたというか……」

「マリーちゃん、せいか~い! 暇そうにしてたのを誘ってきました!」

「だからアンタが無理やり連れて来たんでしょう!?」

 

 テンション高めで叫ぶ鈴鹿御前に対し、ジャンヌ・オルタはツッコむ。

 その光景を見ていたデオンが、見かねて声をかける。

 

「私達もいきなり呼ばれてね。まあ、お茶会だと思って、少しだけ付き合ってくれないか」

「嫌ですよ。なんで私がお茶会なんか……」

 

 そう言って、部屋を出ようとするジャンヌ・オルタ。しかし、鈴鹿御前に服を掴まれ、足を止められる。

 

「まあまあ、そう言わずにさ。せっかく来たんだし、ちょっとくらい付き合ってよ!」

「だから、なんでそんなに力強いのよアンタは!」

 

 結局、なすすべもなく椅子に座らされるジャンヌ・オルタ。目の前で流れるような動作で、紅茶が淹れられるのを、黙って見ているしかなかった。

 

「ハァ……わかりました。少しくらいなら付き合ってあげます。でも、竜の魔女をお茶会に誘って、不幸が起こっても知らないわよ」

「うし! さすがジャンヌ、話が分かるね! 色々お話、聞かせてよ!」

「まあ、黒いジャンヌのお話! 私も聞きたいわ!」

 

 楽しそうに目を輝かせる鈴鹿御前とマリーに、ジャンヌ・オルタは少し引いた。楽しい話など、一つもできる気がしない。

 

「グレた聖女は、ツンデレというやつだから、簡単には話してくれないワン。まずは色々、こちらから話すべきではないか?」

「っと、それもそうね」

 

 先程からお菓子を食べるために黙っていたタマモキャットが言うと、鈴鹿御前はきちんと座り直し、紅茶を淹れる。

 

「じゃあ、何から話そっか。メイクの話とか? マリーの肌って本当綺麗だよね~なんかメイクとかしてるの?」

「ウフフ、私はほんの少し、たしなむ程度よ。デオンはどう?」

「い、いや、私はそういったことは……」

「ふむ、キャットは野生、そのような服飾さんは、ごめんなのだな」

 

 各々が好き勝手に会話を盛り上げていく。その様を見てジャンヌ・オルタは思う。

 

「これ、お茶会というより、井戸端会議ってやつなんじゃ……」

 

 ★

 

 あらかたの話題を振られても、ジャンヌ・オルタは興味がない、と切り捨て続けた。そろそろ撤収しようと思い、紅茶を飲み干すためにカップを持ち上げる。

 その時、鋭い刃が彼女を貫くことになる。

 

「ジャンヌはさ、好きな人とかいないの?」

 

 鈴鹿御前の問いに、カップを持ち上げていた腕を止める。

 動揺したわけではない。単にくだらない問いだと思ったからだ。

 

「いません。復讐者は恨みこそすれ、好きになることはありません」

 

 呆れた声でジャンヌ・オルタは言う。そのまま、紅茶のカップを持ち上げ、飲み干そうとする。

 

「ええ~? でもジャンヌ、マスターのこと好きでしょ?」

「ブフッ!?」

 

 今度こそ、大いに動揺し口の中の紅茶を吹き出した。せめてもの意地で下に向かって吐き出したが、おかげで服はびしょ濡れになった。

 

「だ、大丈夫か?」

「思ったより動揺していたな。実に分かりやすい」

 

 デオンが素早くタオルを持ってきて手渡し、タマモキャットは腕を組んで、何かに納得したように頷く。

 受け取ったタオルで体を拭きながら、ジャンヌ・オルタは鈴鹿御前を睨みつけた。

 

「なにを、なにを馬鹿な事を言ってるんですか! 私がアイツを好きになるわけないでしょ!」

「いや、思い切り動揺してるじゃん」

「これは、あなたが馬鹿なことを言うから、可笑しかっただけです!」

 

 顔を赤く染め、必死に言い訳をするジャンヌ・オルタ。その様子を見て、鈴鹿御前は意地悪く笑う。

 

「いや、その反応は脈アリっしょ。どの程度であれ、ジャンヌはマスターのことを好きでいる、これは確定ね」

「まあ、あそこまで分かりやすく動揺されればな……」

 

 鈴鹿御前の追及に、デオンも同意する。

 ジワジワと追い詰められ始めたジャンヌ・オルタは、口をパクパクと開き、なんとか言い訳をしようとする。

 だがその前に、最後の一人が口を開いた。

 

「黒いジャンヌはマスターのことが好きなのね。それってとても素敵だわ!」

 

 輝くような笑顔で言い放ったのは、今まで沈黙を保っていたマリーだった。

 優雅な仕草で両手を合わせ、嬉しそうに笑う彼女に、全員の視線が集まった。

 

「何が……素敵だって言うのですか」

「あなたは誰かを好きになること、愛を知ったのよ。それは、復讐以外の糧を見つけられたという事ではなくて?」

「そんなこと……あってはなりません!」

 

 ジャンヌ・オルタは、微かな怒りを露わにしてマリーを睨みつける。

 復讐者(アヴェンジャー)として現界したジャンヌ・オルタにとって、復讐こそが生きる糧であり、存在理由だ。それ以外のものなど例え手に入れたとしても、塵芥(ちりあくた)のように消え去るのみ。

 そんな彼女に対し、マリーは復讐以外の生きる糧を得た、などと言う。

 その言葉は、ジャンヌ・オルタにとって大いなる侮辱であった。

 

「お気楽お姫様が……人をおちょくるのがお得意なようですね?」

 

 少しずつ増大していく魔力。デオンはマリーをかばうように立ち、鈴鹿御前とキャットもさりげなく身構える。

 しかし、マリーは三人を手で制し、真っ直ぐジャンヌ・オルタを見つめる。

 

「あなたは、復讐のためだけに生まれたと言ったわね。でもそれは違うわよ。例えサーヴァントでも、造られた存在でも、誰かを愛することは間違いなんかじゃない。復讐者でも、人の心を持ったっていいのよ」

「だから、私はアイツのことなんか、好きじゃないって……」

「それは違う」

 

 強い口調でマリーは断言する。

 思わぬ行動に、その場にいる全員が息を呑んだ。

 

「なら、なんであなたは、彼の召喚に応じたのかしら?」

「…………それは」

 

 ジャンヌ・オルタは反論せず、押し黙った。

 復讐者である彼女が、なぜ今カルデアに存在しているのか。その答えは、この場にいる全員が理解していた。

 マリーは紅茶を一口飲むと、柔らかな笑顔を浮かべて、さらに続ける。

 

「もし、あなた自身にも分からないのであれば、マスターに会いに行ってみればいいんじゃないかしら。きっと、答えが出るはずよ」

「……誰がするもんですか」

 

 そう言うと、ジャンヌ・オルタは立ち上がり、部屋を出て行った。

 その背中を見送り、マリーはポツリと呟く。

 

「少し、やり過ぎてしまったかしら?」

「いや、あれくらいがちょうどいいでしょ」

 

 テーブルの上に身体を倒しながら、鈴鹿御前が言う。

 

「自分でも自覚できてない恋心とか、どうしようもできないし。無理やりにでも目を向けさせるのが大事じゃん?」

 

 そう言って、鈴鹿御前はクッキーをつまむ。その言葉にうなずくデオン。

 

「しかし、彼女が持っている感情が、果たして恋と言えるのでしょうか……」

 

 デオンは不安そうに呟く。マリーも軽くうなずきながら。

 

「それは彼女が決めることね。私達は見守っていましょう」

 

 そう言って、優雅に紅茶を飲むのだった。

 

 ★

 

「あり得ないあり得ないあり得ないあり得ない!!」

 

 部屋を出たジャンヌ・オルタは、苛立った声を発しながら廊下を歩いていた。

 先ほどマリーに言われたことが頭を離れない。自分がマスターである立香に恋をしている、などと。

 

「私が、よりによってあんな奴に!」

 

 復讐者としての意地か、もしくは他の理由か。ジャンヌ・オルタはひたすら否定の言葉を吐き続ける。

 ズカズカと前を見ずに進んでいると、曲がり角で誰かが飛び出してくるのに気付かず、ぶつかってしまう。

 

「っ痛ぅ、ちゃんと前を見て歩きなさいよ……」

 

 文句を言おうと相手の顔を見た瞬間、ジャンヌ・オルタは硬直する。

 ぶつかった相手は、今最も会いたくなかった存在、マスターである立香であったからだ。

 立香も相手のことに気付いたらしく、笑顔を浮かべて話し出す。

 

「ああ、ジャンヌ。ちょうどいいところに。ちょっと話があるんだけどーー」

「は、話なんてないわよ!」

 

 立香が何かを言いだす前に、ジャンヌ・オルタは走り出す。

 今、立香の顔を見ていれば、取り返しのつかないことをしてしまいそうだったから。

 

「ええ!? 待ってよジャンヌ!」

 

 当然、立香も追いかけてくる。サーヴァントとしての脚力を活かし、なんとか距離を離すが、数々の特異点で鍛えられた彼の体力も、負けてはいない。諦めずに追いすがってくる。

 やがて、ジャンヌ・オルタは廊下の突き当りに行きあたってしまう。同時に立香も追い付いてくる。

 

「どうしたのさジャンヌ。なんで逃げるんだよ」

「なんでもいいでしょ。アンタの顔を見たくなかっただけよ」

「良くないよ。何か俺が気に障るようなことをしたなら、教えてほしい。謝るから」

「別にそんなことーー! 無いわよ。本当に何も」

 

 一瞬、怒ってしまいそうになるが、なんとか抑える。自分勝手に怒ってしまえば、自分の中の何かを認めてしまいそうだから。

 そんなことなど露知らず、立香はさらに詰め寄る。

 

「なんか変だよ? 気になることがあるなら、言ってくれよ」

「だから、何も無いって言ってるでしょ? もう、放っておいてーー」

「ジャンヌ・オルタ!」

 

 彼女本来の名前を呼びながら、立香は腕をつかむ。思わず身体を震わせるジャンヌ・オルタ。

 立香は力強い瞳で、ジャンヌ・オルタを見つめる。

 

「頼む。何かあるなら教えてくれ。俺にできることならなんでもやる。君が悩んだり、苦しんだりしているのを見るのはーー嫌だ」

 

 最後の方になるにつれて、言葉の覇気が無くなっていく立香。言ってる間に恥ずかしくなったのか、顔を少し赤くする。

 ポカンとしていたジャンヌ。オルタも、その様子を見てプッと吹き出す。

 

「情けないわね。カッコつけたいなら最後までカッコつけなさいな」

「う、うるさいな。慣れてないんだ、こういうの」

 

 立腹といった表情を浮かべる立香に、ジャンヌ・オルタは笑う。心底楽しそうに、愉快であることを隠さずに笑う。

 それと同時に、ジャンヌ・オルタの胸中には一つの確信が生まれた。

 ああ、きっと私は、この人のこういうところがーー。

 

「ああ、もう。なんだか悩んでるのが馬鹿らしくなってきたわ」

「あ、やっぱり悩んでたの?」

「ええ、まあね」

 

 主にアンタのせいだけど、とは言わない。

 笑っているうちに、鬱屈した気分が晴れたジャンヌ・オルタは、立香の顔を真っ直ぐ見つめる。

 

「マスター、一つ言いたいことがあるんだけど、良いかしら?」

「ああ、構わないよ。何?」

 

 不思議そうに聞き返す立香。その顔に向かって、ジャンヌ・オルタはとびきりの笑顔で、言った。

 

「私ーーあなたのこと、好きよ。マスター」

 

 それは今まで一度も言ったことのない、本当の、本心からの言葉だった。

 最初、立香はポカンとしていた。少し遅れて、言葉の意味を理解したのか、一気に後ずさる。

 

「え、ええ!? す、好きってその、仲間として……?」

「違うわよ。いや、それもあるけど、それ以上に、異性としてーー人として好きだって、言ってるのよ」

 

 自分の中でずっと(くすぶ)っていた感情。愛。

 復讐者でありながら、そんなものを持っている自分は歪んでいるのだろう。当然だ。自分は一人の男の妄執が生み出した、歪な存在なのだから。

 なればこそーーこうして一人の男に恋をしてしまったのも、必然であるのだろう。

 なぜなら彼は、こんな歪な自分を一人の人間として、扱ってくれるのだから。

 

 そう考えている間に、立香の方も精神を立て直したらしい。自らの頬を叩き、気合を入れなおしていた。

 

「そうか……ジャンヌ・オルタが俺のことを……なんだか嬉しいなぁ」

 

 笑顔を浮かべる立香だったが、何かを思い出し、ジャンヌ・オルタの手を引く。

 

「そうだった。渡すものがあるんだった。一緒に来てくれ」

「ちょっと、どこに行く気?」

 

 口ではそう言いながら、大人しくついていく。

 立香に手を引かれて辿り着いたのは、サーヴァントの強化を行う部屋だった。

 

「こんなところになんの用? もう私に強化は必要ないでしょう?」

「実はね、これを渡したかったんだ」

 

 立香は部屋の奥に置いてあった何かを取り出し、ジャンヌ・オルタに見せる。それを見て、ジャンヌ・オルタは目を見開いた。

 立香が取り出したのは、金色に輝く盃、万能の願望機である聖杯だった。今ではサーヴァントの霊基強化に使われるそれを、立香はゆっくりとジャンヌ・オルタに差し出す。

 

「これを、受け取ってほしいんだ」

「……いいの? 私なんかに」

「うん、今日この日渡すって決めてたから。今日が何の日か、覚えてる?」

 

 問われて、ジャンヌ・オルタは首を振る。

 

「今日は、ジャンヌ・オルタの誕生日だよ。一年前の今日、君が召喚に応じてくれた日だ」

 

 言われてジャンヌ・オルタは思い出す。かつて自分が言った言葉を。

 

『アンタが私を召喚した日ってあるじゃない。あれ、誕生日みたいなもんだから』

 

「よく覚えてたわね……私だって忘れていたのに」

「忘れたくなかったからね。それと、もう一つ。物じゃなくて質問なんだけど」

「何かしら?」

 

 立香は少し、顔を赤らめてから、口を動かす。

 

「本当は俺から先に言うつもりだったんだけどーー好きです、ジャンヌ・オルタ。俺とこれから先もずっと、一生一緒にいてください」

 

 飾り気のないストレートな言葉を、投げかける。

 ジャンヌ・オルタは一瞬ポカンとし、次の瞬間には、顔を真っ赤に染め上げた。

 

「い、いいい今のってまさか……」

「うん、プロポーズ、だよ」

 

 立香の顔も、ジャンヌ・オルタに負けないくらい赤くなっていた。しばらく二人とも沈黙が続いていたが、やがてジャンヌ・オルタの方が、先に口火を切る。

 

「--いいわよ、こんな竜の魔女で良ければ、いつだって、どんな時だって、地獄の底だろうとーーずっと側にいてあげるわ」

 

 聖杯を受け取り、身体を寄せて背伸びをする。柔らかい感触と音だけが、二人の感覚を支配した。

 やがて身体を離すと、ジャンヌ・オルタは意地悪く笑う。

 

「でも後悔しないでよ? 私は悪名高い竜の魔女。きっと幸せにはなれないわ」

「上等だ。絶対に幸せにしてみせる。俺の魂に誓ってね」

 

 二人は視線を交わし、どちらともなく笑った。

 朗らかな笑い声は、しばらくの間響き続けた。

 

 

 

 

 

 




今回の話は、我がカルデアのジャンヌ・オルタの話です。一年前から書きたいと思ってました。

しかし、ジャンヌ・オルタにこんなキャラさせて良かったのか、今更不安

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