子路記   作:Kabash


原作:陰陽師
タグ:オリ主 陰陽師 山兎
彼は熊羆。
密度の高い毛の生えた体は大きく雑食で、太く短い四肢には鉤爪をもつ。
成体になれば家族と離れ、決して群れず孤高の道を進む。
主に山岳地帯や森林に生息し、寿命や天敵によってその生は終わる。
だがある時、その内の一頭に異変が起こる──





今流行りの本格幻想RPG『陰陽師』を原作にした作品が無かったので書いてみました。
(既に存在していたらすみません)

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ある日の森の中。くまさんは出会った。

 我は昔から力が強かった。

 兄も大きな体を持ち剛力だったが、あれは頭が悪かった故に罠にかけられた後、……鈍く光る長物を携えた人間に殺されてしまった。

 長子である兄はよく我ら弟たちから食糧を奪ったり、崖から突き落として遊んだりして虐めていた。

 そんな兄だったが、同族との争いで家族が傷つけられると怒り狂い、爪や牙でその敵を切り裂き我らを命懸けで守る一面もあるのだ。

 我はそんな兄が嫌いではなかった。尊敬を抱いていたかもしれない。

 しかし末の弟は体が小さく、いつも我の後ろをついてくるほど臆病なやつだ。

 食糧を分けてやろうと振り向くと、不安げにこちらを見上げていた弟の姿をよく覚えている。

 兄に食糧を奪われるのは日常茶飯事なため、いつも我が新たに狩ってきてやったものだ。

 しかし一度兄から我と弟の分を取り返そうと、虚仮威しだが咆哮したところ兄は恐ろしいものと遭遇したように身を固くし、我から離れてしまった。

 その時、我の内部でナニカが生成されたような気がしたが、背後の怯えた表情で今にも逃げ出しそうな弟を落ち着かせることの方が大事だった。

 

 それから時が経ち弟は、病的なほど痩せ細った状態で巣である木の孔から動かなくなっていた。もう、昔のように我の後ろをついてくることはないのだ。

 時折見せる頼りない笑顔も、もう見ることができないのだ。

 寿命だ。体の弱い弟が淘汰されず30年生きることが出来たのは奇跡と言って良いだろう。

 母は冬眠中我らを産み落とし立派な爪牙を持つまでに育てた頃、病を患い徐々に衰弱していった。

 父はいつものように狩に出かけた後、二度と帰ってくることはなかった。

 兄と同じく人間に殺されたのか、同族に殺されたのかはわからない。

 ……あの時は、情けないが涙を流してしまった。

 そして先日弟の骸が昔の巣穴で横たわっていたことで、我の家族はいなくなってしまった。

 孤独だ。

 我も直に寿命の筈だが、この身はつい最近まで成長していたのだ。

 膂力は著しく、山の獣等は掌で押すだけで生命を刈り取ってしまう。

 当然、自然死する気配もない。

 むしろ気力は漲るばかりで、念じれば爪に暗色のナニカを纏わせて大岩を切断することもできる。

 これは中々爽快感があり、付近一帯を更地にしてしまったことがある。

 我の巨大な体を隠すことが出来ないのは拙く、少し控えている。

 暗色のナニカを放出し、形を練っていると辺りが随分暗くなっているのに気づいた。夜が更ける頃だ。

 無防備なことに我ながら隙だらけだったが、ここらの者では我の体に傷をつけることが敵わない。

 いつからか、ナニカが体に薄く纏っていたのだ。

 それと今から食糧として牛馬を調達するために降りる都には、凄腕の陰陽師とやらがいるらしいがこの防御があれば少しは抵抗できるだろう。

 

 木々を時折踏み倒しながら山を下っていると、前方右辺りから蛙が跳ねてくるのが見えた。

 何故か植物と同じような匂いなため、視覚で捉えられる距離まで気がつかなかった。

 蛙にしては大きすぎるが、姿形は蛙なのであれは蛙なのだろう。

 だが珍しく、やつは言葉が話せるようだ。女の子どもの声だ。

 言葉が話せる者は何度か会ったことがある。

 

 いつの日か山を整地している時、腹に鋭い痛みが走ったのだ。痛みを感じるのは随分久方ぶりだった。

 何事かと腹を確認したが幸い、少し切れて血が流れているだけだった。

 安堵と共に怒りを覚えつつ前方を見ると、驚いた顔をした人型の者がいた。

 人間ではない。彼の顳顬(こめかみ)辺りから伸びる、力強い一対の紅角が存在感を放っていたのだ。

 そしてその右手に圧縮しているナニカが我の腹を傷つけたもので間違いないだろう。

 ナニカは我のものと同質なようだ。──これは後に妖気なるものであると知った。扱うことのできる我もまた、妖怪であると。

 彼は面白いものを見つけたように獰猛に笑い、こちらへ突撃してきた。

 我は必死に対抗したが妖気の防御は容易く破られ、分厚い筈の皮膚は幾度も傷つけられた。

 彼の紅一対の内、右角を折ることで一矢報いはしたが、その圧倒的な素早さには鈍重な我が身では敵わず、地に沈められてしまった。

 初めての敗北だった。しかし不思議と悪くない。

 生まれて一度も負けたことのない我はどうやら、負けたがっていたようだ。

 さあ一思いに殺すが良いと瞳を閉じるが、豪快に笑った後彼は大層楽しそうな声色で我に酒を勧めてきたのだ。

 理解し難かったが敗者は勝者に従うまでと杯を交わした。

 その酒は美味だった。ついこの間味わったものは何だったのかと惚けるほどに。

 我らは語り合った。

 語り合いは夜更け前まで続いたが、彼がそろそろ帰らねば怪しまれると言ったためそこで閉会となった。

 

 最後に聞いたが、彼は鬼という種族らしい。あれだけ強いのだ、首領だったりするのだろうか。

 それならば、さぞ慕われていることだろう。

 しかしもうあと少しあの美酒を飲んでいたかったのだが、仕方あるまい。

 

 

 

 

 

 

 最近走りに行くようになった、あの都を舞台に競争してみたら面白そうと考えた彼女は、自身と同じく『妖怪に乗っている妖怪』である友だちとこの間、競争の約束を交わした。

 それに勝つために、今日も今日とてこの山で特訓していたのだ。

 だがその約束の日程が、本日だったということを今思い出した。

 

「蛙ごっこ! 起きて、起きてよ〜〜!

 しゅつげき、出撃なのだぁーー!」

 

 ……正確には、思い出したのは現在自身の下にいる蛙なのだが。

 大慌てで彼女は蛙を駆って住処を飛び出した。

 

 

 草木の揺れる音と風がその間を通り抜ける音だけの世界を、幼い女の子の声と嫌々だが満更でもなさそうな声が切り裂いた。

 

「あはははは! はやいはやーい!

 木がよけてくよ〜!」

 

「あまりはしゃぎすぎるなよ?

 ここら辺にはヌシがいるって噂」

「もっと速く走ってよ〜!」

 

「聞けよ! ──いってぇ⁉︎ だからすぐに頭の花を引っ張るな‼︎」

 

 今はまだ幼いが、将来は絶世の美女に育つであろう容貌と、頭から伸びる兎の耳。

 時折頭上の木の葉から滴り落ちる雫が、透き通るように白く柔らかな肌の健康さを主張する。

 そんな可愛らしい彼女が乗り回すのは、子どもを泣かせるような恐ろしい形相だが彼女へ送る視線には、どこか父性を感じさせる単眼の大蛙。その背では植物が混生している。

 彼らは山兎と山蛙。妖怪である。

 

 山兎は自身より強大な山蛙を乗り物代わりにしているが、それは昔山兎が山蛙の急所である単眼にラビットキックをかまして見事勝利を収めたからだ。

 山蛙は服従させられているように見えるが、その実山兎は力が弱く一人では生きていけないため、山兎よりは力を持つ山蛙が彼女を守ってやっているのだ。

 そして山兎は兎の姿をしてはいるが、一応は鬼である。角は見当たらず、甘ったれていて怖がりであるが。

 山蛙もただの蛙ではなく、正確には魔蛙という妖怪である。山兎が両手に掴まっている双角がその証だ。

 

 しばらく山中を右往左往していると前方左の空に、熊の顔が見えてきた。

 色は一般的な黒ではなく、陽光を反射して輝く純白だった。

 龍のように厳つく鷹のように鋭い目つきで、今にも暴れ出しそうだが、どうやら何か考え事をしているのかその場から動かない。

 しかし最初は顔が木の上に浮かんでいるのかと思われたが、二足歩行をしているため周りの木々から頭部だけが突き抜けているだけのようだ。

 

「あれは……鬼熊か? 色は黒だったはずだが……。

 しかし随分大きいな。六間あるんじゃないか」

 

 緊張の滲んだ声色で山蛙は言う。目をつけられてはたまったものではない。

 

「……迂回しようぜ。超スピードってやつを体験させてや」

「話しかけてみようよ! 都への近道を知ってるかもしれな」

「このバカ! 絶対すぐさま食われちまうよ!

 兎鍋にされたいのか‼︎」

 

「ぴぃっ! ……で、でもぉ」

 

「あいつがここらのヌシってやつなんだろうさ!

 大人しくさっさと──いってぇ⁉︎ だからそれやめろっての‼︎

 わ、わかったから、いけばいいんだろ⁉︎」

 

「たぶん大丈夫だよぉ。だって寂しそうなんだもん!」

 

 山蛙の忠告と悲痛な叫びは山兎には届かない。

 彼女は身近にある可愛らしい花を鷲掴みにし、操縦するかのように前へ引っ張りながら山蛙を走らせるのだった。

 

「チクショーー‼︎」

 

 

 

 

 

 

「ねえねえ、そこの大っきなくまさん。

 どこ行くの〜?」

 

「あっ、おい。いきなり……!」

 

 あの美酒の味を想起していたが、舌足らずな声に遮られた。

 先日打ち負かされたばかりだというのに、また隙だらけで突っ立っていたようだ。反省せねば。

 しかし今度は我を攻撃する気のない者らしい。

 顔を下に向けると、先ほどの大蛙が我を見上げていた。

 近くで見る蛙は単眼に山羊のような双角をもち、その上には白い髪に赤い瞳の幼子が乗っていた。

 その子の頭にも角、ではなく兎の耳が覗いている。

 

「……我は都へ向かっている。食糧を確保しにな」

 

「ぴぃっ!」

 

 我の声が低く響くと、それを聞いた彼女らは怯えたように身を縮こまらせた。

 怖がらせてしまったのだろうか。

 

(蛙さん、蛙さん!

 も、もしかしてその食糧って、私たちのことかなぁ……!

 兎鍋にするぞ〜、ってことかなぁ……!

 怖いよぅ。食べられちゃうよぅ!)

 

(ま、まだ俺たちが生きてるってことは、その可能性は低いだろうな。

 あの血気盛んな鬼熊なら出会い頭に顎門を開いてくる筈だ……恐らく。

 まあ、この鬼熊は大人しいようだから大丈夫だろう。大方都の牛や馬辺りを攫うんだろうさ)

 

「おい、鬼熊!

 都へ行くなら俺たちも連れて行ってくれよ。

 コイツは方向音痴なもんだから、親友との約束があるってのに一向に都へ辿りつきやしないんだ」

 

「なにをぅ! 私だって本気を出せば、道くらいわかるんだよぅ!

 …………都は、あっちだ!」

 

 そう元気よく指で指し示した先は、鬱蒼と茂る木々の群れ。

 そちらにあるのはせいぜいメダカの都だろう。

 

「……我で良ければ、案内しよう。

 夜更け故、よからぬ者も出よう」

 

 小さな女の子と大きな蛙では、夜の山は危うい。

 親友との約束とやらに間に合っているのかはしらないが、最近は寂しいと思っていたところだ。

 ……食っても不味いだろうな。

 

「ありがとう! くまさん!

 ほら、私の言った通りだったでしょ〜」

 

「……良かったなあ、山兎よ」

 

 我は山兎と山蛙を伴い、再び山道を降り始める。

 それにしても賑やかなやつらだ。

 酒を交わし語り合うのも良いが、たまにはこういうのも悪くないか。

 

 

 

 

 

 

 

 



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