戦の香気に誘われて   作:幻想のtidus

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Flamme

 剣戟の調べが響き、火花が散る。

 鋼と鋼が奏でる鋭い音色が戦場を彩る。

 心の底から二人は殺し合っている。

 嶺二が振るうは一撃で全てを刈り取る剛剣。受ければ敗北必至の一撃は不規則な軌道を描いて飛来する。

 上段からの斬撃が、下段からの打ち上げる様な一撃が、全ての剣閃が刀華を嘲笑うかの如く軌道を変える。

 

 

 だが────

 

 

「ふっ───」

 

 

 ──刀華は全ての剣閃をいなす。嶺二の剣の軌道を読み、斬り結ぶ。

 

 まるで《落第騎士》相手取っていると錯覚するほど、彼女の防御は的確かつ最善手。

 そもそも、皆が《落第騎士》の照魔鏡が如き観察眼にばかり注目されているが、眼に関しては東堂刀華も一家言持っている。

 

 《伐刀絶技》──《閃理眼(リバースサイト)》。

 人間とは生きた精密機械だ。彼女の眼は身体に流れる微細な伝達信号を感じ取れる。

 

 今の彼女は嶺二の一挙一動を手に取る様に理解しているのだ。

 

 下段からのかち上げ────

 

 

────わかっている。

 

 上段から袈裟斬り────

 

 

────わかっている。

 

 左からの横薙ぎ、と見せかけて刺突───

 

 

────わかっている。

 

 

 全て、全て手に取る様に分かる。

 徐々に、嶺二の連撃を刀華が追い抜いて、獣の身体に《鳴神》の刀身が当たり始める。

 互角、ではない。傷こそ与えてはいないが、確実に刀華が嶺二を圧しているのだ。

 触れれば斬る、視界に収めれば斬ると言わんばかりの鋭利な殺意を放ち続ける人間()

 そんな彼女は────

 

 

 

「───素晴らしい!」

 

「ぐッ────!」

 

 

 今まで出会った者達の中で、最も人間()らしい少女。

 こんな特上の獲物を前に、欲が溢れなければ人ではないぞと、彼は回転率を狂った様に上げ始めた。

 一が千へと上がるが如く、単純に剣を振るう速度を上げるだけ。

 確かに、彼女の瞳は俺の身体の動きを完璧に読み取るだろう。この眼を欺くのはほぼ不可能に近い。

 何故なら、身体を動かそうとする挙動させ感知されてしまうのだから。

 

 

 故に、彼が導き出した……いや、実行したのは単純な力押しだ。

 相手は俺の動きを先読みできる?

 だからどうした。なら、先読みしても間に合わない程に速度を上げれば良い。

 などという稚児でも容易に思いつく方法を本気で実践しているのだ。

 

 

 されど、それでも刀華は折れない。

 膂力、耐久力、総魔力量etc……嶺二と比べれば格段に劣るかもしれない。

 だが、彼女には卓越した武技がある。

 そして、ことクロスレンジに於いて東堂刀華の間合いは絶対領域。

 何より、この戦いは人間同士の戦いであると同時に《伐刀者》同士の戦いだ。

 

 

 突如、嶺二の視界が白く染まる。

 一瞬にして視覚情報は抹消され、眼球神経を焼き尽くされる。

 数瞬遅れて紫電が帯電する音が耳朶を打つ。

 

 

「ぬぅぅッ───!」

 

 

 紫電を利用した目眩し。

 彼自身への攻撃は効かないならば、初めから当てなければ良いのだ。

 結果、生まれたのは一秒にも満たない小さな隙。だが、彼女にはそれだけで十分。

 

 

「────《雷切》!!」

 

 

 電光一閃、再び放たれた伝家の宝刀。

 音速を遥かに超越した一刀は、彼の両眼目掛けて放たれる。

 

 

「ぐ、おぉッ……!」

 

 

 その一刀は、嶺二の頭をかち上げる。

 あまりの衝撃に体勢は崩れ、たたらを踏むが、彼は無傷。

 そして嶺二は生来の才能と、身体能力を反射的にフル稼働。すぐさま体勢を立て直す。

 

 そう、そうだ────もっと激しく俺を否定してみせろ!

 

 

「オオォォッ!!」

 

「ハァァ──!!」

 

 

 更に苛烈に、お互い高まり合う戦意と殺意。

 紛れもなく圧されているのは嶺二だ。

 だが、刀華の本能は警鐘を鳴らしていた。

 疾く目の前の獣を両断せよ、でなくば喉笛を噛みちぎられるぞと。

 実際、刀華はその原因を知っていた。

 目の前の獣は、()()()なのだから。

 彼は今までの試合の全てを、ただ全身に魔力を廻し、放出するという初歩中の初歩のみで戦っているのだ。

 

 故に、彼は未だ《伐刀絶技(つるぎ)》を抜いていないのだ。

 その抜刀を、許してはならない。

 

 

 

 そして────

 

 

 

「心地良い……ここまで心躍る戦は久しぶりだ」

 

 

 彼は地を蹴り、数十m距離を取る。

 その顔は恍惚に染まっていた。この時こそを望んで彼は破軍学園に戻って来たのだ。

 彼の望みは図らずも叶ったと言っても良い。

 しかし……

 

 

「まだだ、まだ足りない……!」

 

 

 彼の我欲に限りはない。

 目の前の美しく輝いている少女の本能を、その深淵に潜む獣性を更に望む。

 

 

 故に、彼は、四足獣の様に体勢を低くし、右手に《太白星》を構え、四肢に力を込め、三日月の如き笑み浮かべて、告げる。

 

 

「────往くぞ」

 

 

 未だ産まれたばかりの人間()よ。頼む、頼むから精魂果ててくれるなよ────!

 

 

 

 ☆★☆★☆

 

 

 

 

 凄絶なまでの死闘。

 目の前で行われている剣戟の嵐は正に全国レベル。

 《雷切》も《天香香背男》も、どちらも一歩も引かない戦い。

 弾き、砕き、やり返す。まるで子供の喧嘩だ。しかし、子供の喧嘩にしては些か以上に過剰で醜い。

 用いられる技術、力の度量があまりにも隔絶しているのに、何故かそこに驚愕する事が出来ない。

 

 

 だが、観客達にはそんな事、どうでも良かった。

 東堂刀華が櫻井嶺二に勝利する。それ以外の結末など認めたくない。故にこの状況に歓喜しているのだが……

 

 

「トーカ……なんで……!」

 

 

 そんな中、本来なら刀華の勝利を一番喜ぶべき、いや応援しているだろう泡沫はこの状況を素直に喜べないでいた。

 それは彼女の根幹を知っている彼だからこその苦悩。

 

 

 確かに、刀華は勝てるかもしれない。

 しかし、この勝利は泡沫も、ましてや刀華自身も喜ぶべきではないものだ。

 何故なら、今までの刀華の強さの根幹を否定するものだから……

 

 

 なぜ気が付けなかった?

 自分は長い間、刀華の近くに居たというのに、何故……!

 

 

 考えれば考えるほど、思えば思うほど溢れ出る悔恨の渦は止め処ない。

 だが、彼の苦悩は、まだ続く。

 

 

 

 

 ☆★☆★☆

 

 

 

 泡沫が苦悩している中、別の席で試合を見ていたステラは驚嘆していた。

 アレが学園最強。アレが自分と同じAランク騎士。

 彼らは紛れもなく強者。

 本来ならば、強者との戦いに思いを馳せ、自分は彼らにも勝つと戦意が高めるのだが……

 

 

「観てて気味が悪いわね……!」

 

 

 胸に巣食っているのは不快感。

 二人の戦いは高度なのに、どうしても認められなかった。

 

 

「同感ですね。アレは騎士同士の戦いじゃない。まるで子供の喧嘩……いや、それ以下じゃないですか」

 

 

 それを見兼ねた珠雫は同感だと頷き、その不快感の原因を告げる。

 彼らがしているのは騎士同士の高尚な戦いでも、子供同士の喧嘩ですらない。

 お互いの魂を穢して、汚して、貶す。言うなれば喰らい合い。

 

 

 彼らは自身の死すら度外視して、ただ相手を叩きのめす事しか頭にない。あるがままに振舞っている。

 

 

「でもこの試合、《雷切》の勝ちじゃなかしら?

 彼、彼女の攻撃をもらい始めてるし」

 

 

「いや、違うよアリス。東堂さんと櫻井さんが剣で戦えば、()()()()()()()んだ」

 

 

「お兄様、それはどういう……」

 

 

 一輝は告げる。彼が見抜いた獣の理の片鱗を。

 

 

「櫻井さんの剣の理には一定の形が存在しないんだ」

 

「形が一定じゃない? どういう事なのイッキ」

 

「そのままの意味さ。彼の理には一貫性がなく、型はバラバラ。呼吸も散漫で規則性は全くと言って良いほどないんだよ。

 それを魔力と膂力でカバーしてるんだ」

 

 

 誰しもが持つ、一定の形を持っていない。

 それはそれで脅威だ。剣士には剣士のセオリーがあり、弓兵には弓兵のセオリーが存在する。

 しかし、彼にはそのセオリーが全く存在していない。

 剣の理を紐解いたと思えば、突然、弓の理に切り替わる、という風に彼の根幹に根ざした理は突拍子もなく変化してしまうのだ。

 変則的過ぎるのだ、何もかもが。

 

 しかし、東堂刀華レベルの戦闘者ならば、彼の変則的な攻撃など然程問題ではない。所詮は才能とセンス頼りの力押し。刀華が示している様に、いくら変則的と言えど鍛え抜かれた武技を上回る力技でも持たない限り彼女に剣戟で勝てる道理はないのだ。

 

 されど、彼は揺るがない。

 まるで、相手を殺せるならば何でも良いと言わんばかりに。

 

 

「でも、一輝。いくら彼の剣の理が変化しようと貴方の眼なら、『櫻井嶺二という本人』の理を見抜けるんじゃない?」

 

 

 有栖院の言う通り、確かに彼本人の理を紐解けば、その変化さえ読み解き、櫻井嶺二という人間を一輝は掌握するだろう。

 

 だが────

 

 

「確かに、出来るかもしれない……だけど、底が見えそうにないんだ」

 

 

「…………」

 

 

 一輝とて、有栖院が言った通り、先日の騒動で彼の理を紐解き始めていた。

 だが、その根幹の終着点────底まで辿り着くまでに広がっている暗闇。

 読み切ってしまえば最期、自分の大切な何かを失う予感が一輝にはあった。

 

 

 でも、彼にはどうしても気になってしょうがない。一輝は二人の戦いから、何故かステラや珠雫達が感じている不快感、ではなく別の感情を抱いていた。

 それは好奇心だった。何故か惹かれる。何故か魅せられる。

 理由は分からない。

 その理由を知りたくて……彼は二人の動きに眼を凝らすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ────失う事を恐れずに。

 

 

 

 ☆★☆★☆

 

 

 四足獣の様に体勢を低くしていた嶺二は皆の視界から消えた。

 その瞬間、響くのは鋼と鋼の擦れる音。

 火花が散り、風が唸る。

 直後に刀華の手に迸る痛痒。

 《鳴神》の刀身に奔る衝撃に、彼女は解答を得た。

 

 

「これが、貴方の片鱗という訳ですか……!」

 

 

 彼は《狩人》の様に消えたのではない。

 彼はただ魔力放出を利用して動いているだけに過ぎないのだが、これは異常だ。

 

 

 生徒会には兎丸恋々という少女がいる。

 彼女には《マッハグリード》という《伐刀絶技》が存在する。

 能力は『速度の累積』、停止しなければ無限に加速する事が出来る、速さに重きを置いたものだった。

 その速さたるや音速を容易に超え、超音速の領域へと至るのだが、目の前の光景はそれを遙かに上回っていた。

 

 

 初速から超音速越え、尚も加速、加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速───止まらない。

 狂喜して回転率を上げ続ける。

 ただの魔力放出だけで彼は序列三位の速度を凌駕したのだ。

 

 

 だが、それは同時に大きな隙となる。

 未だ戦場はクロスレンジのままだ。ならば何を恐れる必要があろうか。

 踏み込んで来た瞬間を狙い打てば罷り通るのだから───!

 

 

 距離にして二十m。間合いに入るのには一秒とかからない。

 しかし、それで十分。

 彼がどれだけ速かろうが、強かろうが、《雷切》はそれさえ凌駕し踏破すれば良いのだから。

 

 

「《雷切》ィィィ───!!!!」

 

 

 空気さえ裁断し、《雷切》が嶺二に振るわれる刹那────

 

 

 

 

 

 ────獣の咆哮にも似た、大気の振動と熱波と共に、刀華の身体は吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




前回に引き続き、支離滅裂になってそうで怖えぇ……!
感想、アドバイス等、お待ちしております!

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