戦の香気に誘われて   作:幻想のtidus

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Eröffnung

 

 ────地獄を見た。

 

 

 父恋し、母恋しと泣き喚きながら赤い炎に身を焦がされる幼子を見た。

 

 

 ────地獄を見た。

 

 

 目の前にある害意を退ける事が出来ず、志半ばで死にゆく騎士の亡骸が積み上がる。

 

 

 ────凄惨なまでの地獄を見た。

 

 

 世界が赤く燃え、黒に染め上げられていく。

 この場に慈悲や慈愛といった概念は存在せず、死だけが満ちていた。

 否、否と吼え、この結末を否定する騎士達。

 それを迎え撃つ巨悪。

 

 フィクションの中にある様な王道の様なシチュエーション。

 これから、始まるのだろう?

 正義と悪の大戦争が。

 勧善懲悪が具現するのであろう?

 

 ならば、この場は地獄の巷か?

 否、そんな生易しいモノではない。

 これこそ、この世界の真の姿で、人間という獣の業である。

 その凄惨な戦場が────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──どうしようもなく、愛おしいのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ──世界が暗転する──

 

 

 

 ☆★☆★☆

 

 

『一年・櫻井嶺二さん。試合の時間になりましたので入場してください』

 

 鼓膜に響くアナウンスに、嶺二は閉じていた目蓋をゆっくりと開いた。

 薄暗い通路に設置されているベンチから起き上がり、ゆっくりと身体を伸ばす。

 

 それにしても、先程の夢は心地良かった。

 出来ることなら、あんな場面に自分もいたいものだと考えながら、嶺二は会場へと向かう為に立ち上がる。

 

「やっと、起きたか。試合前に寝てて良かったのかい?」

 

「俺の好きだろ。お前が実況の仕事をサボるのと同じだ」

 

「今は嶺二ちゃんの監視(お守り)が仕事だからサボりじゃないんですー。それに、この仕事だって本当はやりたくないんだけどね」

 

 嶺二はすぐ横で壁に背を預けている西京と軽口を叩きながら、会場へと足早に歩を進める。

 この場に西京が居る理由。

 それは先日の嶺二が起こした騒動が原因だ。

 学園内での固有霊装の使用だけでなく、《実像形態》を用いた試合外での戦闘行為。

 本来ならば、常習犯である嶺二にはそれ相応の処罰が与えられる筈だった。

 

 

 だが、理事長である新宮寺が下したのは嶺二に監視役を付けるという判断であった。

 軽すぎる、あまりにも。だが、監視役が西京であるならば話は違う。

 彼女ならば、被害は最小限に留め、尚且つ嶺二を抑え込めのに適任なのだ。

 

 

 西京もそれを理解していたのか、文句を口にしながらではあるが、サボらずにこうして仕事をこなしている。

 

 

「それにしても余裕そうだねぇ。相手はこの学園最強のトーカ。

 油断してると嶺二ちゃんでも足元すくわれちゃうよ?」

 

 

 そう、彼の相手は学園内序列一位にして前年度の七星剣舞祭ベスト4の実力者。

 それに東堂刀華は、《闘神》南郷寅次郎の門下生の一人。

 気を抜けば、一太刀も与える事なく勝負が決してしまう。

 

 だが────

 

 

「どうだかな。普段ならば戦場に立つ事を恐れた奴に負ける事などない」

 

 

 嶺二ははっきりと西京の言葉を否定した。

 最初から戦う事に迷っている者になど負ける道理はないと。

 

「でもそれは普段なら、だろ?

 ほら、下剋上とか窮鼠猫を噛むって言うじゃねぇかよ」

 

 古今、弱者が強者に勝つなど、人類史には幾度となく行われてきている。

 革命、転換、淘汰。追い込まれた者達は何をしでかすか分からないのが世の常だ。

 

 

「それはそれで歓迎しよう」

 

 

 そう、期待は薄いが東堂刀華が食らいついてくるのなら、嶺二としても望ましい。

 まあ、どちらにせよ彼女が、この学園の生徒達が信じる騎士道とやらを真っ向から踏み躙るだから最初からやる事は変わらない。

 

 

「そうかい……忠告はしたかんね」

 

 

 西京はそう言って踵を返す。

 嶺二には彼女の言葉の真意がわからない。

 そのまま、彼は戦場へと足を踏み入れる。

 

 

 

 

 ☆★☆★☆

 

 

「いよいよだね、刀華」

 

 嶺二が眠りから覚めた時、青ゲートへの通路に東堂刀華と御祓泡沫の両名は居た。

 これから始まるのは破軍学園の頂点と獣の戦いだ。

 皆がどちらが勝つのかと語り合っている中、御祓泡沫は迷いなく、勝つのは刀華だと信じている。

 

 何故なら、泡沫は彼女の強さの源泉を知っているから。

 自分の為でなく、第三者の為に比類無き力を発揮するという高潔な魂の在り方している少女。

 

 

 確かに、櫻井嶺二は強いのだろう。

 それこそ、刀華に手を下せる程に。

 だが、それが何だと言うのだ?

 善意無き力を振るう獣如きに彼女が負ける道理は無い。背負っている物が、重さが違うのだ。

 

 だから、こうしていつも通り、彼女を送り出そうとゲート付近まで来たのだが……

 

 

(何だ、この違和感……)

 

 

 胸中に渦巻く不協和音。

 何かが噛み合っていない。

 この違和感は何から来ているのだろう。

 対戦相手が普通の相手ではないからなのか……その違和感の答えを持ち得ない泡沫は刀華がいつも通り戦える様に、彼は笑って送り出す。

 

 なのに────

 

 

「──往ってくるね、うたくん」

 

 

 何故、刀華は申し訳なさそうな顔をするの?

 

 

 ☆★☆★☆

 

 

『さあ、本日の第十二試合。皆さんも心待ちにしていたことでしょう!

 十一戦十一勝無敗。破軍学園の誇り!

 燦然と輝く一番星!

 栄光の道を歩み続ける少女の覇道を阻むこと能わず!

 三年《雷切》東堂刀華選手!!』

 

 実況する少女の声が上がり、歓声が上がる。

 拍手喝采が巻き起こる会場を威風堂々と歩く姿は皆が目指すべき理想の騎士像。

 

 彼女こそ破軍最強の騎士。学園内序列一位。

 そんな彼女が見つめるのは、正面の男ただ一人。

 

 

『そんな彼女の相手も十一勝無敗!

 翳る事を知らない死の凶星!

 森羅万象あらゆるものを、木っ端微塵に粉砕する獣!

 一年《天香香背男》櫻井嶺二選手!!』

 

 

 こちらは正に対象的だ。

 拍手喝采は、すぐさまにブーイングに変わり、嫌悪が撒き散らされる。

 勿論、嶺二は愛おしいと感じるだけで、動じることはない。

 そんな異質な試合を観戦する為に、黒鉄一輝達は足を運んでいた。

 

 

「ねぇ、イッキ。この試合、どちらが勝つと思う?」

 

 唐突に、ステラは一輝に問いかける。

 それは難しい質問だった。

 大半の者は東堂刀華だと答えるだろう。

 それは願い、懇願だ。

 私達の希望が、あんな下劣な獣に負ける筈がないという願い。

 

「僕自身、まだ分からない。ただ、どちらが勝っても可笑しくないよ」

 

 確かに、東堂刀華は強い。誇張でも何でもなく、純然たる強さが其処にある。

 《伐刀者》として完成された彼女が携える伝家の宝刀──《雷切》。

 彼女が誇る最強の一閃。

 

 

 それを加味しても分からないのだ。

 それほどまでに櫻井嶺二という《伐刀者》は謎が多い。

 今までの試合は全て一太刀で勝利しており、戦闘スタイルは不明、尚且つ能力も使用していない。

 分かるのはただ一つ。どの試合も彼には一切攻撃が届いていないのだ。

 いや、通じていないと言った方が良いだろう。

 

 故に────

 

 

「この試合は、東堂さんが誇る最強が、櫻井さんの盾を打ち破れるかどうかで決まると思う」

 

 

 そう口にして、彼らの視線は会場へと注がれ、試合開始のブザーが鳴った瞬間────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ──東堂刀華の一閃で、櫻井嶺二は会場の壁まで吹き飛ばされていた。

 

 

 

 

 ☆★☆★☆

 

 

 試合開始のブザーが鳴る。

 嶺二は彼女の姿を視界に入れ、《太白星》を構える。

 一太刀、いつも通り一太刀で決めて、早く《落第騎士》の元へ。

 目の前の刀華など目もくれず、彼は力を込め、魔力を廻す。

 

 刀華の足の筋肉に力が込もるのを視認した彼は待つ。間合いに入った瞬間に切り落とす。

 だが────

 

 

 

「は?」

 

 

 すでに刀華は彼の間合いに踏み込んでいた。

 まるでコマ送りにしたかの様に、彼女は苦もなく獣の領域に踏み込んだ。

 すかさず振るわれる剛剣。されど遅いと刀華は嘲笑う様に、納刀された《鳴神》を居合抜きの要領で、柄を用いて剛剣の軌道を上方へと逸らし、納刀。

 

 さらに一歩、踏み込み、そして────

 

 

「──《雷切》」

 

 

 轟く雷鳴と共に放たれる超電磁抜刀術。

 刀華の代名詞たる一撃が、嶺二の腹部に直撃する。

 凄烈な一閃を受け、嶺二は会場の壁まで転がる様に吹き飛ばされる。

 だが、刀華は止まらない。

 

 

「《雷鷗》」

 

 

 即座に《鳴神》を三度抜刀。三日月型の斬撃を撃ち放ち追い打ちをかける。

 轟音と稲光と共に嶺二の姿は砂煙の中に消える。

 この試合を観ていた者達は絶句するしかなかった。これは東堂刀華らしくない。

 普段なら、相手の出方を伺う筈なのに────

 

 

「嶺二くん……貴方、私のこと“戦場に上がらなかった腰抜け”と思ってますよね?」

 

 

 不意に刀華が口を開く。

 

「まったくその通りですよ。あの時の私は腰抜けだった。其処に弁明する余地はありません」

 

 

 まるで親友に話しかけるかの様な清澄な声音。

 されど、その根幹に在るのは殺意。

 目の前の男が何であるかを認め、尚且つそれを否定し踏み躙るという覚悟、人としての本能の発露だった。

 

 

「あの時から、私はずっと後悔してました。

 何故、躊躇したのか。何故、立ち向かわなかったのか────だからこそ、私は思ったんです。戦場から逃げ出した女がどうして七星の頂に至れると思い上がったのだろう、と。

 

 

 ならば、どうするか。決まっています。過去を清算するんですよ。貴方と決着をつけ、私は七星の頂に上り詰める……と言った所で、貴方はまた建前かと落胆しそうなので、はっきりと言わせてもらいます。

 

 

 ──私は貴方が気に食わない。私は騎士道を歩むが為に、()()()()()()()為に貴方という獣を打ち倒す」

 

 

 気に食わない。私の覇道の前に立ち塞がる、目の前の獣が許せない。だから有無を言わせず叩き切る。

 彼女の眼は、彼を真っ向から否定すると訴えている。

 

 

 

 

 

「ははは、はははははははははははは!!」

 

 

 

 突如として響く獣の笑い声。

 獣は砂煙の中から出てきた。

 制服は既にボロボロで、煤まみれだが、彼の身体には傷一つ付いていない。

 それは単純な魔力防御か、はたまた何らかの《伐刀絶技》か。

 だが、彼も人だ。ならば必ず殺せる。

 

「いやはや……俺も人を見る目がない。何だ……いるじゃねえかよ真の人間(けもの)がよ」

 

 

 それが意味しているのは賞賛であり謝罪。

 嶺二は完全に東堂刀華という少女を見誤っていた。

 元々彼女は自身よりも強い相手と相対した時に高揚する事が出来る生粋の騎士……いや、戦闘者なのだ。

 

 

 だが、そんな彼女が今回の試合────嶺二を()す為だけに彼女は騎士道も、背負ったモノ、建前を全て捨てたのだ。

 彼が信ずる本能に身を任せる事ができる人間に最も近い位置にいる少女。

 

 

 これを僥倖と言わず何というのだ!

 ああ、素晴らしい。喰らい甲斐があるぞ、砕け散れ。

 

 

「今のお前はとても素晴らしい。だが、当然この程度ではないのだろう?」

 

「勿論、勝つのは私です」

 

 自然と刀華の口角は吊り上っていく。

 刀華は今日初めて騎士道を捨てたのだ。

 この一回だけ、この一戦限り、彼女は騎士である事を捨てた。

 

 

 一歩、一歩、二人は距離を詰め、お互いの間合いに同時に踏み込み、視線が交錯する。

 これより先、殺意(やいば)が欠ければ死ぬぞと彼らの両眼は訴える。

 

 

 そして────

 

 

 

 

 雷鳴の轟く音と共に火蓋は切って落とされた。

 

 




支離滅裂になってそうで怖い(ガクブル)

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