試合の後、応援席からリングに下りる者達は誰もいなかった。当然と言えば当然の帰結なのだ。
彼らはAランク────最高ランクの騎士を、あの試合を見ていたのだ。
相手を殺す事さえ厭わない男の戦いを。
そんな彼らの事を、嶺二は酷く落ち込んでいた。
新宮寺は言っていた。
戻って来れば、求めたモノを────この胸の奥の渇きを潤せると。
しかし、結果がこれだ。
渇きは潤うどころか更に悪化している。
「随分と気落ちしてるねぇ。そんなに初戦がショボかったのかい?」
背後から聞こえる鈴の音の如き声音。
知った声だ。それも、ごく最近に知り合った────
嶺二はその声の主へと視線を向ける。
「そこまで気落ちしてると、うちも慰めたくなっちゃうよ。どう? 今夜辺り夜の特別授業でも」
其処には歩く公然猥褻女──西京寧音が居た。瞬く間に彼女は嶺二の懐まで潜り込み、身を寄せてきた。
端から見れば、ただ近くに寄っただけだ。しかし、嶺二からすれば、彼女は
着物の胸元をはだけさせ誘惑してくる童女。
だが────
「──生憎、
嶺二はそう言って彼女を片手で引っぺがす。
すると西京はケラケラと笑いながら口を開く。
「うわ、流石のうちもそんな事言われると傷つくわぁ〜」
確かに、西京寧音の持つ魅力は素晴らしいだろう。童女の如き可憐さは、ある種の美しさの極限と喩えても差し支えないだろう。
だが、違うのだ。嶺二にとって今の西京は単なる餓鬼っぽい女という印象でしかなく、あくまで今は興味を引く相手という印象なのだ。
あくまで今は────
「だが、今夜なら
「情熱的なデートをお好みかい? やんちゃだね〜」
二人は笑みを浮かべているが、その笑みが意味する感情は全く別のモノだ。
一人は目の前の童女に好奇心を抱き、
一人は目の前の
だからこそ、彼は次の言葉を投げかける。
「要件はそれだけか?」
黒い瞳が、西京の童顔を映す。
嶺二は彼女が下らない事を言うのは知っている。だが、今までのは明らかに冗談の分類だ。ならば本題がある筈だ。
そんな嶺二の心を見透かす様に西京は不適な笑みを浮かべる。
「なに、数日の間、ちょっとばかし付き合って欲しいのさ。うちも試合の実況してたんだけど、しょぼい試合ばっかでさぁ」
「拒否権は?」
「あると思ってんの?」
有無を言わさず、制服の袖を引っ張り、西京は嶺二を連れ歩く。
こうして見ると、彼女が本当に大人なのか疑わしくなる。なにせ見た目はほぼ子供なのだから。
しかし、そんな事どうでも良いのだ。
己は血沸き、肉踊ればそれで良いのだから。
☆★☆★☆
────炎が落ちる。
全身を覆う甲冑ごと、遍く不浄に罰を下さんと妃竜の剣が振り下ろされる。
たった一振り、常人のそれとは天と地ほど離れた一撃。Aランクたる彼女にとって、一つ一つの行動が必殺となり得るのだ。
彼女こそ、歴代最高成績で入学した
《紅蓮の皇女》──ステラ・ヴァーミリオン。
彼女が魅せた試合は、圧倒的という言葉一つで片付くだろう。
それほど彼女は強いのだ。
「どうだい? お前さんの眼には彼女はどう映る?」
お前は彼女を見て、何を抱いた?
西京の言葉が鼓膜を揺らす。
「凄まじいな。《紅蓮の皇女》──常人の30倍の《総魔力量》と聞いてはいたが……それだけではないな。全方位に秀でた天才なのだろう」
嶺二の言葉は的を射ている。
彼女は正しく天才。その資質は異様のほど、万能だ。
そして、彼女の戦闘スタイルは自身の持ち味を活かした力押しだ。
持ち前の膂力と、生来の魔力にものを言わせた高機動、さながら暴力の嵐だ。
飲み込まれれば只人では秒も保たないだろう。
「ああ……確かに新宮寺の言った事は正しい。これならば、満足できるやもしれん」
お互いにAランク、確かに単純なステータスを見比べれば、己は彼女に劣る。
だが、それだけで闘争に於ける勝敗は決まらない。如何に相手の喉笛を食いちぎり、屍を踏みつけるか────最後に立っていた者こそが勝者。そこに介在するのはどちらが強いか──ただ一つのみ。
剣と剣、意思と意思、そのぶつかり合いの果てにこそ──……
「おーい、恍惚としてんじゃねえよ気色悪いな〜」
不意に投げかけられた西京の言葉で我に返る嶺二。
「お前さん、やっぱり面白いよ」
そんな嶺二の姿を肴に彼女は笑う。
もし彼が、あの《紅蓮の皇女》を打ち倒した落第騎士を見ればどうなるだろうか────さっきみたいに面白い反応を見せるだろうか。それとも────
「これ、見たかい?」
突如、西京は携帯端末を取り出し、とある一本の動画を再生した。
それは《紅蓮の皇女》が破軍学園で行った模擬戦だった。
だが────
「なんだ、この試合は?」
理解不能、意味が分からない。
大剣と刀の撃ち合い、火花を散らす。
皇女の炎の一閃をいとも容易く受け流す男
馬鹿馬鹿しい、あり得ない。あの暴力の嵐と対面し、試合を継続しているなど。
皇女の相手を務める彼がBランクやCランクと言った天才ならば話は簡単だ。
才気あふれる者ならば、やって然るべきだ。
だが、彼は────
一瞬だけ映った訓練場のモニターに記された彼のステータスは……
「Fランク……だと……!」
「
大地を震撼させる妃竜の剣が何度も振るわれるが、いとも容易く受け流す彼が、Fランク?
落第騎士?
悪い冗談だ。あの実力は低く見積もっても並のCランクを凌駕して余りある。魔法騎士という存在の根底を揺るがしかねない存在を初めて目にした嶺二は────
「はは、はははは……」
────笑っていたのだ。心の底から。
素晴らしい。これだ、これなのだ。こういう相手を求めていたのだ。彼の様な存在がまだいるのなら、これからの試合をもっと楽しめる。
冴え渡る絶技、気合の咆哮、実に心地良い。これぞ戦。これぞ闘争。こうでなくてはならない。
「感謝しよう新宮寺。感謝しよう西京。
この戦場を用意してくれたこと……俺の闘争は此処にあるのだ」
故に、さあ……廻れ、廻れ、運命よ。
俺をさらなる闘争へと導け。
────その果てに、勝利の凱歌を掲げよう。
今回は落第騎士、紅蓮の皇女。
戦闘はもう少し先になります。
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