戦の香気に誘われて   作:幻想のtidus

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Schlacht

 ──破軍学園・第一訓練場。

 この訓練場では“七星剣舞祭出場権”を巡る『選抜戦』の一日目が始まろうとしていた。

 

 さらに応援席は、それなりの賑わいを見せていた。

 観客達の大半は、これから戦うことになるであろう選手の偵察が主な目的だ。

 そう、勝負は既に始まっているのだ。

 

 

『さあ、ついに始まりました! 選抜戦初日の第一戦! ──去年の貪狼学園との交流試合で、安土山(あづちやま)道行(みちゆき)を相手に勝利を収めた期待の三年生、Cランク騎士、(すが)茂信(しげのぶ)選手!』

 

 

 放送部の少女の声が会場に響き、

 熱気が渦巻いていた会場の熱気は溢れようとしていた。

 それほどまでに、菅茂信という伐刀者(ブレイザー)は優秀だ。Cランクという破格の才と三年間の研鑽が、彼をここまで鍛え上げたのだ。

 そして、彼もまた七星の頂を目指す者。それに賭ける思いは誰にも負けないという自負は当然ある。

 

 

『相手をするのは──公式戦初参戦、約二年間の停学を経て、あの悪名高き男が帰ってきた!』

 

 

 放送部の少女が、菅の対戦相手の紹介に入った瞬間。菅を含めた、この会場にいる三年生の全員が顔を顰めた。

 

 

『《天香香背男(あめのかがせお)こと、一年、Aランク騎士、櫻井(さくらい)嶺二(れいじ)!』

 

『Aランク騎士!?』

 

『《紅蓮の皇女》以外にも居たんだ……』

 

『見物だね』

 

 

 Aランク騎士──このワードは観客達を驚愕させるのに十分だった。

 現在の魔法騎士制度において、破格にして最上のランク。正真正銘の化け物。

 

 

 そしてリングへとやって来た長身の男に視線が向けられる。

 好奇心、嫌悪感。()()()()()()()()と感じながら嶺二は入場を果たした。

 そして、菅茂信へと彼は視線を向ける。

 

 

(成る程……かなり鍛えてるな)

 

 

 見た瞬間、理解した。三年間の歳月をかけて辿り着いた努力と涙の象徴。

 おそらく、鍛錬は欠かさなかったのだろう。

 これなら十分楽し───……

 

 カン、と自分のすぐ真横で甲高い金属音が響く。

 其処にあったのは缶だった。飲みかけだったのか、中身が飛び散り嶺二の制服にかかっていた。

 

 

『どの面下げて戻ってきやがった!!』

 

『そうよ! この学園にあんたの居場所なんてないのよ!』

 

 

 応援席にいた三年生の大半が、リングへ向けて嶺二に向けて手当たり次第に物を投げまくる。

 紡がれるのは明確な拒絶。

 だが何故だろうか……拒絶している者達の眼に映るのは恐怖だった。

 だが、彼は拒絶の念に全く頓着せず、嗤い続ける。

 まるで、()()()()()()()()()()()という風に。

 

 

「……まるで変わってないんだな、二年前から」

 

 

 唐突に菅が口を開く。

 その眼には応援席の者達と同様の嫌悪が混じっている。

 

 

「変わる? 俺がか? なぜ?」

 

「……お前の所為でどれだけの奴が、心に傷を負ったと思ってるんだ!?

 忘れたとは言わせないぞ! 二年前、この訓練場でお前がした事は────」

 

「騎士にあるまじき行為、か?」

 

「────ッ!」

 

「ああ、全て陳腐だ。二年前のアレだろ?

 覚えてるさ。たかだか()()()()()()()()()()()にしただけの事だろ?」

 

 

 それのどこが悪い?

 奴らが弱かっただけだろう?

 この世は常に弱肉強食。負けた奴は悪で、勝者が善。敗者の意見など、聞くに能わず。

 されど────

 

 

「弱いって言いたいんだろ? 俺が、俺達が……それがAランクの余裕ってヤツかよ。だけどお前、節穴か? 他の奴らは兎も角、俺は違う」

 

 

 ────努力は決して裏切らない。

 その研鑽は自身の骨子(バックボーン)となり、確かな力として己を支えるのだ。

 その力こそ、天才を打倒するものなのだと──現に落第騎士と《紅蓮の皇女》の戦いが示したのだ。

 

「俺はお前を倒して、過去を清算し、七星の頂に立つ」

 

 魔力が溢れ、意思が猛る。

 学生騎士ならば、誰もが一度は目指す頂点へ駆け上がるための轍に変えるべく、菅は己の魂を燃え上がらせ、霊装を呼び出す。

 

「────《白雷刃(はくらいじん)》」

 

 稲光りと共に現出するは二振りの剣。

 その切っ先を嶺二へ向けて、不退転を誓う。

 しかし────

 

「それで?」

 

「は?」

 

「自身を偽る作業は終わったか?」

 

 この現状で、お前は何を言っている?

 菅は嶺二の言葉の意味がわからない。

 俺が、何を偽ったというのだ。疑問は絶えない、理解ができない。

 

「かつての雪辱を糧に俺を超えた? 七星の頂を目指す為に俺は強くなった? 成る程、高潔だな。反吐が出る」

 

 嶺二から吐き出されたのは侮蔑の言葉。

 さらに彼は続ける。

 

「そんなに高潔に振る舞いたいか? 自身を偽って、何になるんだ?

 どんなに綺麗な言葉を並べても、結局お前、俺が気に食わないんだろ?」

 

「そもそも、だ。お前の持つ双剣……それは何だ?

 答えは単純だ、暴力だ。本質はそんなものでしかねえ。だが、お前ら()はそこに虚飾を乗せるのが好きで好きで堪らない」

 

 例えば、大を救うために、小を切り捨てるとする。

 合理的な救済論かもしれないが、切り捨てられた者達はたまったものではないだろう。

 大に分類された者達は感謝するだろうが、小に分類された者達から上がるのは憎悪に満ちた言の葉。

 

 だから、切り捨てられた者達が発する非難(絶叫)から耳を塞ぐ為に、人は()()()()()()()()()()()()()()()()()……とばかりに自身の行いを正当化するのだ。

 こういう理由の元に俺は彼を殺した、などという風に。

 

 つまる所、菅や応援席の彼らがやっている事はそんなモノだと嶺二は語る。

 

 

「なぜ偽る? 殺したいなら殺したいと言えよ。

 気に食わないなら気に食わないと言えよ。

 異なる他者への排撃は人間()の根幹に刻まれた本能だ」

 

 例えば、それは戦乱の世で巻き起こった戦。

 例えば、それは現代でも起こるような些細な喧嘩。

 どちらも規模が異なるだけで、結局は他者を排撃するための行いに過ぎない。

 だからこそ────

 

「本能を偽るな、人間()であることを偽るな。無粋にもほどがある」

 

「───────」

 

 ────俺は本能のままに、お前を食らう(ころす)のだ。

 

「────撃滅せよ、《太白星(みょうじょう)》」

 

 彼の言の葉と共に手に顕現した無骨な野太刀。それを片手に構え、嶺二は不敵に嗤う。

 

「来いよ、菅茂信(人擬き)。お前相手なら一太刀で良いだろう?」

 

「───ッ、黙れェェェェッ!!!!」

 

 絶叫と共に菅は駆け出した。

 過去の雪辱と、現在の侮辱を振り切る為に、煌めく雷光を纏った二刀は吸い込まれる様に振るわれた。

 一太刀目は、首を横一文字に。

 二太刀目は、胴を袈裟斬りに。

 どちらも命中。

 魔力放出による威力の増大、研鑽を重ねた技のタイミング。どれも完璧だ。文句なしにそう言い切れるだろう。

 

 

 

 

 しかし────

 

 

 

「それが……お前が偽り続けた殺意の結果だ」

 

「なッ───!?」

 

 雷光を纏った二刀は嶺二を斬れずに止まっていた。それだけではなく、斬りつけた菅の手が裂けていた。

 斬りつけたのに、此方が傷を負う不条理。対して、目の前の嶺二は制服が斬れているだけで、傷一つ負っていない。

 

「お前の殺意(やいば)は錆びてんだ。余計なモンで自分を取り繕うからそうなるんだ」

 

 目の前で放心している人擬き。

 そんな四肢をもがれた獲物を前に、食らわない強者は存在しない。

 故に、嶺二は狙い澄ますかの様に霊装を上段で構え────

 

「ふっ────」

 

 ────振り下ろした。

 魔力で強化された膂力で振るれた剛剣は惰弱な防御を嘲笑うかの様に、菅の身体を霊装ごと両断した。

 

 それはあり得ない光景だ。

 《伐刀者》の使用する固有霊装は《伐刀者》の魂を具現化したモノだ。魔力で出来ているため、激しい戦闘でも基本的に破損することはない筈なのだ。

 

 しかし、菅の霊装は両断された。

 それはAランクという規格外の才能と常人のそれを遥かに上回る魔力による強化。

 この二つの要因が合わさった脳筋丸出しの力技に他ならない。

 

 そこに容赦は欠片もなく、あるのは殺意一色。

 地に一輪の赤い華が咲く。

 既に意識のない菅を一瞥し、

 

 

 

「なあ、おい。何で気絶してるんだ?」

 

 

 あり得ない事を口にしたのだ。

 《伐刀者》の魂を具現化した固有霊装はいわば魂そのもの。砕かれれば、精神面に多大な負荷を負うのは必定だ。

 菅が倒れ伏しているのも当然の帰結。なのに────

 

 

「何ですぐに意識を手放す? 意思を燃やして立ち上がれよ。

 霊装が砕けた? だから何だってんだ。お前、騎士である前に人間()だろ? 拳が、脚が、身体があるなら、まだやれるだろうが」

 

 ────彼は菅が立ち上がる事を望んでいる。しかし、いくら待っても菅は立ち上がらない。

 すると、深く溜息を吐いて、菅から応援席へと視線を移し、獰猛な笑みを浮かべて口を開く。

 

そこ(応援席)のお前ら……俺が気に食わないらしいな」

 

 ならば、やる事は一つだろう?

 嶺二の瞳に映るのは、獲物のみ。

 皆、建前(がわ)を剥げば、やれると知っているから────

 

「降りて来いよ。俺が好きなだけ相手をしてやるよ」

 

 応援席にいた、嶺二を嘲っていた三年達は恐怖した。

 アレは、何なのだろう。

 アレとやり合えば、自分達の基盤を砕かれる様な気がしてならなかった。だが、彼はそんな惨めな自分達にも『まだやれるだろう』と膝を折る事さえ許しはしないだろう。

 そのまま野太刀の切っ先を向け、彼は求める。

 

 

「さあ、闘争を──始めよう」

 

 

 血沸き、肉踊る……病み付きに成る程の闘争を、彼は求めている。

 

 

 

 

 

 

 


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