戦の香気に誘われて   作:幻想のtidus

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幕間


 ────厳然な実力差とはこういうものです。

 

 

 何処か、遥か遠い世界で、とある蜘蛛が囁いた言葉を、彼は知ってか知らずか心の中で反芻していた。

 

 

 ────奇策や相性で引っくり返せる強弱など、結局の所ある程度拮抗した関係である事が前提なのです。

 どう転ぶか分からないという天秤を傾けるのが策であり状況。

 最初から絶望的に開いている差をそれらで埋める事は出来ません。

 

 

 その通りだ。事実、自分がそうだったのだから、この言葉を否定する否はない。

 己が使用する力は、どんな《伐刀者》が相手だろうとある程度、戦えてしまう力だ。まともな対策と言えば、《紅蓮の皇女》の様な広範囲攻撃で辺り一帯を潰しかない程、優秀な技。

 

 そう、自分は優秀、天才だった。一年の間に不可能だった事を可能に出来るほど、成長も早く、皆に誇れる才があった。

 

 

 だが────現実は非情である。

 

 

『僕の最弱(さいきょう)を持って、君の最強を捕まえる!』

 

 

 遥かに格下であり、見下してさえいた相手に醜態を晒しながら敗北。たった一度の敗北で信頼も、取り巻き達も失った。

 更に、皆から蔑まれさえし始めたのだ。

 当然と言えば当然の結末だが、そんなモノは彼の頭にはない。

 かと言って全面的に彼が悪いと言えば理不尽だろう。彼の行動や思想を助長させたのは今までの破軍学園と黒鉄家、ひいては魔道騎士連盟日本支部だ。

 

 そして、今までちやほやしてきた取り巻き達や、手の平を返して黒鉄一輝に擦り寄ってくる人擬きもまた度し難く、今の彼と同じく醜い。

 故に彼の病理は深い。

 

 許せない、許せない、許さないぞ黒鉄一輝!

 お前さえ居なければ──お前が騎士を夢見、目指さなければ僕は此処まで落ちぶれる事はなかったのに!

 

 憎悪、憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪、憎悪しか感じない!

 

 今に見ていろ、僕は必ずお前を再び地の底へ引きずり下ろしてやる!

 僕の装飾品如きが粋がるじゃないッ!

 

 

 爆発し、連鎖する自己愛。他を圧し、己のみ輝けばそれで良い。

 他者など所詮は己を華々しく魅せる装飾品だ。その装飾品が己の輝きを損なわせるのなら、塵の様に捨てるのが一番だろう。

 

 

 狩人たる彼の胸中に渦巻く憎悪に塗れた殺意。最早、慈悲も慢心も何もない。あるのは今までで最高純度の殺意(コレ)だけだ。

 殺す、殺す、黒鉄一輝に最高の絶望と最低の死を。

 

 

 そう心に復讐を誓った狩人。

 悲しい事に、彼は気付かない。自分が磨き上げた殺意の純度はあまりにも低く、それが低俗である事を。

 

 

 もし、彼が生きる世界が、天狗が統べる唯我の世界ならば、その赤子(しゃが)と成り得る可能性を秘め、また彼にとっては居心地の良い事だっただろう。

 

 

 だが、何度も言うが現実とは非情である。

 自己愛に濡れ、憎悪に塗れた殺意に支配されている彼は気付けない。

 対戦相手の決定のメールを確認し、相手が誰であるのかを理解しながら、殺意に酔い痴れたが故に、普段ならば棄権を即決する筈なのに彼は試合に臨んでしまった。

 

 

 これは淑女と魔女の試合と同時刻に行われた、とある試合。

 《狩人》と呼ばれた男の追憶である。

 

 

 

 

 ☆★☆★☆

 

 

 この日の第二訓練所の観客席は、淑女達が試合を行っている訓練所と比べると、観客が酷く少なかった。

 だが──これは必然だ。今回の試合は謂わば嫌われ者同士の戦いだ。

 大勢の中で一際浮いた異端者。

 醜悪なりし失墜した天才。

 

 この試合を観に来ている者と言えば、よっぽどの物好きか、()()()()()()()だ。

 

 

 そんな中、《狩人》桐原静矢は会場の中心で対戦相手を待ち続ける。

 今の彼にとって、誰が相手かどうかはどうでも良かった。今、この胸に渦巻く憎悪を他者にぶつけるたいだけ。

 黒鉄一輝も憎い、自分を見限った奴らも憎い。何もかもが憎くて仕方がない。

 

 装飾品であるお前ら、僕の轍になってくれ。

 そうさ、負けようと僕が天才である事は変わりないのだから。

 

 

 剥き出しの本能とも言うべき殺意は研がれ、過去最高純度と言えるだろう。

 今ならば、かの《紅蓮の皇女》や《雷切》、いや序列五位までならば倒せる。そんな予感がしてならない。

 

 

「おいおい、対戦相手はまだなのかい? それともアレかな。僕の相手をするのが怖くて逃げ出しちゃったかな?

 ははははははははッ! まあ、当然だよねぇ!」

 

 此処に来て饒舌となっていく狩人。

 自分がこうだと思えば、本当にそうなっても可笑しくないと本気で思っているからこそ、性質(たち)が悪い。

 それは才があるからこその自負にして傲慢だ。

 

 もはや、彼の暴走は止まらないだろう。

 黒鉄一輝に復讐を遂げるまで、天才たる《狩人》は殺意を滾らせ、成長していく事だろう。

 

 

 だが────それも、きっと此処までだろう。

 

 

 

 

「おいおい、中々心地良い啖呵じゃないか」

 

 

 

 

 奈落の底から響くような声が鼓膜を打つ。

 音の発生は遥か前方──自分とは反対側のゲートから。

 コツ、コツと徐々に近づいてくるのは獲物の足音。否、死神のそれである。

 良くぞ啖呵を切って見せた。ああ、良いぞ。俺はお前の期待に応えて、芥の様に殺してやるから、お前も俺の期待に応えて、その真価を、輝きを魅せてくれよ、と彼の殺意が流れ出す。

 

 東堂刀華との試合を経て、彼の破軍学園の生徒への期待は更に膨れ上がっていた。

 愛おしい、輝かしい、ゆえに結末にも妥協しない。

 初めから全力、本気だと言わんばかりに会場の気温が急激に上昇していく。

 魔力障壁をも突破せんと身に灯った劫火の燐光は熱く、猛り、迸る。

 

 

「待たせたな。さあ、始めよう《狩人》よ。お前の殺意は本気だとも。俺が保証する。ゆえに砕かせてくれよ」

 

 

 それが、《狩人》の自愛の限界であり、最期だった。

 結果────

 

 

「ははははははははッ!!

 実に、実に、実に実に実に面白い趣向じゃあないか!」

 

「なんで僕がこんな目にィィィ───!?」

 

 

 ────こうなった。

 勝てる気がしたのは最初だけだった。

 

 

 

 ☆★☆★☆

 

 

 時は少し遡り試合開始直後、桐原は黒鉄一輝の時と同じ様に最強の隠密、《狩人の森(エリアインビジブル)》を使用する。

 

 あれはまるでピアニストのそれだ。空間を駆け巡る指が構築(かな)でるのは彼の所以たる戦場()を創り上げる為の序曲。

 

「これが《狩人の森》か、ふむ……面白いッ!」

 

 

 その光景を見た瞬間、凶星にして獣たる彼は喜悦の表情を浮かべながら、不退転を、吼える。

 

 

「奴はこう言ったな、“僕の最弱を持って、君の最強を捕まえる”、と。ならば、俺は正面から破ってやろう」

 

 広範囲攻撃など使わない、《落第騎士》の様な瞳などない。小賢しい策など何一つ使わずに正面突破のみ。

 これを馬鹿だと言うなら言えば良い。

 ならばそれがお前の限界だ。越えられぬと吼えるなら、死骸を、恥を晒しながら死ぬが良い。

 負けぬ、負けぬ、我は全てに勝利する。

 

 

 そう、此処までは桐原も願ったり叶ったりだった。黒鉄一輝との試合は彼が保有する《完全掌握》という埒外の瞳により、彼自身の理を見抜かれた故の敗北だった。

 そして、目の前の獣にその様なインチキ紛いの瞳を保有しておらず、更には唯一の突破口だった広範囲攻撃も使わないと言っている。

 

 

 これならば最早、彼を捉える事など不可能に近い。

 予想通り、彼は当初《狩人》を全く捉える事が出来なかった。

 また、飛来する幾多の矢は彼の身体を傷付ける事もまた、中々出来なかった。

 それもそうだろう。何せ、彼の鎧は《雷切》の渾身の一撃で漸くまともなダメージを与えられるレベルなのだ。

 

 

 されど、《狩人》は攻撃を続けた。

 矢を番え、放つ。

 音は無く、熱も無く、何も感じさせない。

 この空間に於いて、嗅覚も触覚も聴覚も視覚も意味を成さない。

 空気の振動や熱源探査etc……きっとどれを使用しても《狩人》を捉える事は出来ない。それほど、この絶技は隠密に長けすぎているのだ。

 

 

 故に、戦況は《狩人》が一方的に彼を攻撃し続ける結果となったのだ。

 

 

 そして、転機は訪れた。

 それは針の先ほどの小さな小さな傷だった。常人ならば蚊に刺された程度、誰かに指先で触れられた様なものだったが、傷を負ったのは彼だ。

 小さな傷は即座に治癒、そこからそれは連鎖する。

 回復、破壊、傷口が拡がる。

 回復、破壊、傷口が増える。

 回復、破壊、傷口が──……連鎖する創造と破壊の嵐。血飛沫を上げながら、彼の身体は赤く染まっていく。

 

『はははははははッ! やっぱりだ、やっぱりアンタは傷を付けられると()()()()んだな!』

 

 会場全体から、《狩人》の声が響く。

 桐原は知ったのだ。《雷切》との試合、彼の異常性でもある過回復。アレが()()()()()する事に。

 

『さぞかし、君の鎧は強固だった事だろうねぇ。けれど、一度攻撃が通れば自壊していく柔過ぎる身体だ。要するにアンタ、過敏なんだね』

 

 彼の一撃では、出来て針の先ほどの傷しか与えられぬだろう。

 だが、彼の身体は傷に対して過敏なのだ。今までまともに傷を負うなど、《雷切》との試合が初なのだ。その結果、精神はその傷を尊んでも、傷に対して極端なほど過敏な身体は傷を負えば過剰に回復してしまう。

 その結果、彼の魔力消費量は増大し、傷は治るばかりか増えていく。

 

 

『こうなっちゃえば、もう僕が手を下す必要はないね。後はゆっくりアンタが倒れるのを待つだけなんだから』

 

 

 

 と、息巻き、現在に至る。

 端的に述べれば、挑発したら櫻井嶺二がその気になって彼が居る場所をピンポイントで全力で攻撃しているのだ。

 

 

『なんで、僕の居場所が分かるんだよォォォォッ!?!?』

 

 

 それは勿論、勘である。

 ピンポイントで彼の居場所を特定するに至る第六感。こと戦闘に於いて、悪意に濡れた殺意に当てられた彼の勘は正しく電波探知機のそれである。

 故に桐原静矢は順当に追い詰められる。

 

 想いの純度は最初から勝負になどなっていない。

 

 

「そこか」

 

『ぐ、ギ、ガァッ!?』

 

 遂に嶺二が桐原を捉えた。

 姿は見えずとも、この手が掴んだ肉の感覚を違える事などあり得ない。

 おそらくは首の辺りを掴んだ、と嶺二は手の力を強め、絞める。

 

『あ、──……!?』

 

 

 案の定、桐原から苦悶の声が上がる。

 すると彼の迷彩が剥がれ、透明化していた桐原が現れた。

 その目に、彼なりの特大の憎悪を宿らせて。

 

 

「何か、言いたげだな。聞こう、述べると良い」

 

 

 手の力を緩め、桐原の喉元に刃を番えながら、嶺二は待つ。

 その憎悪がどんな欲なのか、気になったから……

 

 

「なん、で……!

 なんで天才たる僕が負けるんだ……!

 僕は、天才なんだぞ……アンタに負けるなら、まだ分かる。認めるよ、アンタは正しく天災だ、けれど、なんで、なんで僕があんな黒鉄一輝(クズ)に負けるんだよ……!」

 

 

 それは嶺二に向けるにはあまりにも稚拙で的外れな憎悪。子供の八つ当たりにも等しい愚挙だ。

 けれど、嶺二は笑みを浮かべながら、最期まで聞き続ける。

 

 

「そうさ、あんな聖人気取り、あんな落ちこぼれ、此処に居ること事態が間違いなのさ。

 ああ……それなら倫理委員会にも邪険にされる訳だ。何が夢だよ、何が騎士だよ。馬鹿じゃないのか?

 さっさと死ねよ、ゴミ屑がァァァァッ!」

 

 語気を荒げながら垂れ流される罵詈雑言。

 自分本位な呪詛にして低俗過ぎる祈り。けれど何処までもそれは心の底からの絶叫だった。

 

 ああ、なんて、なんて────

 

 

「ふふふ、はははははは……」

 

 

 ────なんて、甘美なんだろう。

 

「ああ、お前の我欲は良く分かった。だが、よりにもよって……ふふ、ははははははッ!」

 

 これほど可笑しな事などない。お前はなんて的外れで面白い欲を曝け出すんだと呵々大笑する獣。

 

「な、何が可笑しいんだよ!」

 

「ははははははッ! 何って、よりによって彼奴が聖人気取り、聖人君子ときたか」

 

 

 的外れにも程があると、嶺二は笑い続けた。

 しかし、桐原には分からない。《落第騎士》が聖人の類じゃない?

 それこそ、あり得ない。では、何故あの時僕を殺さなかった?

 道理が合わない。悔しかった筈だ、苦しかった筈だ、悲しかった筈だ、恨めしかった筈だ。

 

 なのに、アレはなんだ?

 今まで奴を罵倒し、見下して来た奴らに稽古を付け、夢へと邁進する姿はなんだ?

 まるで悪感情など抱いていないかの様な聖人然とした立ち振る舞いは。

 アレを聖人気取りと言わずしてどう表現しろと言うんだ!

 

「そもそも……根本が違うぞ、《狩人》よ。奴は間違いなく悪感情の類を抱いている。

 ……いや、そもそも……悪感情の一つを抱かぬ者などこの世の何処にも存在しない」

 

 この世に完璧や永遠という概念が存在しない以上、そんな理想的な人間など存在し得ない。

 

 鋼の如き精神を持つ英雄が、悪に対する憤怒を抱いた様に──

 光を愛する魔王が、勇気のなんたるかも知らぬ腐敗した愚図の群れを嫌う様に──

 

 誰しもが持っている、ごく当たり前の心、即ち欲。それを持ち得ぬ者など最早、人ではない。

 

 

「奴の場合は複雑よ。外面ばかりを見れば聖人君子、夢へと向かう好青年としか映るまい。だが、中身はドス黒い悪感情の奔流だ。逆に中身が外面に出ない事の方が、俺は歪だと感じるよ」

 

「じゃあ、やっぱり……! 彼奴は聖人気取り、じゃ────」

 

「それは違う。意図してやっているのなら聖人気取りだろうが、奴は自分の中身など認識していない。自分が何をどう感じたかさえ知らぬ」

 

「なっ────!?」

 

 

 桐原は開いた口が塞がらなかった。

 自分の感情を正しく認識していない?

 そんな馬鹿な話があってたまるか。つまり、黒鉄一輝は自分が何をされようが、自分本位の悪感情を抱いても、それを認識していないと言うのか?

 

 自分以外へ向けられた悪感情には敏感な癖に、自分へ向けられた悪感情に対しては酷く空虚。

 例え、悪感情を向けられても自分は越えるから気にしないとばかりに……

 それこそ黒鉄一輝の異常性なのだと彼は言う。

 

 

「ああ……醜いなぁ、自分自身を尊ばずして博愛など芽生える筈もないというのに……」

 

 

 自分を心から愛せぬ者に、誰かを愛する資格など最初からない。

 低過ぎる自己評価は破滅を持たすものだ。だが、その意思は自分が《伐刀者》として最弱であるという事実が覆い隠してしまっているからこそ病理は深い。

 

 

「だからこそ、俺は疾く黒鉄一輝に人間(けもの)になって欲しいんだよ。心の底から、対等な立場で(はな)し合いたいのさ」

 

 抑圧された道徳、倫理、世界とやらは枯れ井戸に等しい。死合を試合と偽り、闘争を劣化させねば心が踊らぬ愚者の群れなどでは輝けない。

 そんな理不尽があってたまるか、そんな不条理があってたまるか。

 刹那を愛する渇望が原初の荘厳である様に、一心不乱に闘争を求める渇望もまた原初の荘厳である。

 

 

「故に、まずは(あい)そう、越えよう、踏破しよう」

 

 

 《太白星》の刀身に劫火が灯る。轟々と燃える赤は、徐々に黄金光となって輝きを増していく。

 それは正しく、《雷切》との試合で見せた究極の一、《天津甕星》。

 

「ま、待ってくれ、僕の負けだ! 降──」

 

「駄目だ。降参など許さん。疾く、俺の轍となれ」

 

 降参を宣言しようとした桐原の口を抑えつける。決して逃さん、戦場に上がれば最期、白旗など上げなどさせない。

 勝負を決めるのは勝者が決まった時で、敗者がそれを宣言する事などあってはならない。

 

「ン゛ン゛ン゛ンンンンッ!!!!」

 

 必死にもがく桐原だが、もう遅い。間に合わない。眼前に迫る死を前に、急激に成長してはいるが、無理なものは無理なのだ。

 

「《天津甕星》」

 

 放たれた劫火の刺突。

 黄金の波濤を一身に受けた事で、桐原の敗北は決定した。

 

 

 

 

 ☆★☆★☆

 

 

「お前、マジで馬鹿だろ! 何度言わせんだよ、これは殺し合いじゃねえって!

 ああぁぁッ! つうか、このやり取り何度目だよッ!!」

 

 

 バゴン、という大凡人が出して良い音ではない音が嶺二の頭から響く。

 それは、重力操作の恩恵を得た西京の拳骨だった。怒りを込めた一発だが、嶺二に大した痛痒を感じていない。

 いや、それよりも先の戦いの余韻に浸り、恍惚としていた。

 

「まさか、アレを受けてあの程度で済むとは想定外だったよ。やはり、あの男は天才と評して問題ないだろう」

 

 先の一撃。《天津甕星》の一撃を受けた桐原は東堂刀華よりダメージが軽度だったのだ。

 全身に甚大な火傷を負ったものの、それでもあり得ない現象だ。

 あの時、あの一瞬で、桐原は進化していた。

 黒鉄一輝との試合で、二つの絶技に目覚めた様に。

 黄金光の刺突にピンポイントで魔力防御を行使し、《狩人の森》を維持していた魔力や残った魔力を全力で使用し、被害を減らしたのだ。

 

 正しく天才の名に恥じぬ一芸。

 これには嶺二も驚いていた。

 

「ああ……楽しかったなぁ、やはり期待通り……否、期待以上だ!」

 

 短く、盛り上がりのかける戦いだったが、最期に魅せてくれたのだ。

 だが、まだだ、まだ足りない。未だに飢えは癒えず、飢えはどんどん増していた。

 

 ああ、誰か俺の飢えを満たしておくれよ。

 そして、彼は──とある少女達に魅せられた。

 

 

 

 ☆★☆★☆

 

 

 

『──例の写真、撮影完了しました』

 

「ああ、ありがとうございます。大変助かりましたよぉ」

 

『では、後は指定の口座にご入金、宜しくお願いしますね』

 

「んっふっふ、わかってますよ」

 

 彼は、通話を切り、ほくそ笑む。

 彼は、出世欲の塊だった。

 この計画を成せば喉から手が出る程、求めた地位を獲得する事が出来る。その為に彼を────黒鉄一輝を蹴落とす必要があった。

 

 今まで幾度も策を巡らせたが、黒鉄一輝は嵌らなかった。自分の行動がどう解釈され、どうなるかを理解していたから。

 そして、今まで通り彼を標的にした妨害は意味を成さない。

 だが力だけを求めた所で意味はない。結局は世界という荒波に飲まれて消えるのがオチなのだから。

 

 だから、今回は()()を標的にする。

 君達の愛は確かに純だろう。しかし、私の轍になってくれ。

 所詮は学生騎士、一人の子供だ。如何に長じた才能があれども世界の三分の一を敵に回して勝てる者などいないだろう。

 

 故に利用する。二人の恋を、二人の愛を。

 身分違いの恋、ああ……字面に起こせば実にドラマチックな言葉。されど無意味だ。

 現実はそう簡単じゃない。幾ら高潔な聖人君主でも、結局最期は悪意ある為政者に切り捨てられる。

 

 さて、連行したらどうしようか?

 無意味な査問会で無意味な質問を続け、精神を擦り減らそうか?

 食事に薬を混ぜ、肉体的に削ろうか?

 それなら試合も此処で行わせよう。

 決して救いを与えぬ様に、決して希望の光を見出させぬ様に。

 それでも勝つ様なら────

 

 

「んっふっふ……その時は、彼に頼むとしますかね」

 

 デスクトップに映る、櫻井嶺二を眺めながら、赤座守は悪意を孕んだ笑みを浮かべ、月光差し込む一室で、酒を嗜み続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────何処かで、獣の咆哮(嗤い声)が響いた。

 

 

 

 




嶺二の一輝に対する印象

嶺二「お前、あんなにやられっぱなしなのに、なんで彼奴らに殺意抱かんの?
おかしいやん!
自分の価値下げ過ぎや!獣に近いのに勿体無い!」


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